祈ヒスイ、ここから始まる。
「うわあ……」
ついに……ついに! あのあくあ様のいる東京に来てしまった……!!
私は冬休みを利用して、とある理由から鹿児島県の奄美大島から東京へと旅行に来ました。
「すごい……」
見た事もないほど高いビルがいっぱい建っています。
それに加えて、道を歩いている女の子達がすごくおしゃれな子ばっかりで、とてもびっくりしました。
私は近くのガラスに映り込んだ自分の姿を確認して、リボンの位置を直す。
大丈夫かな? 私、浮いてたりしない?
「ここが渋谷……って、こんな事してる場合じゃない!」
時間は限られてるんだから、ぼーっとしてる暇なんてないよね。
私は近くのロッカーに荷物を預けると、ウキウキしながらベリルのグッズショップへと向かう。
ショップは予約制だけど、私は運よく抽選で入店のチケットをゲットする事が出来ました。
「あわわ、あくあ様の等身大パネルだ!」
私は携帯でパシャパシャと写真を撮る。
出来たらこのあくあ様と一緒に記念写真を撮りたいな。
そう思ってたら、近くにいた身長の高いお姉さんに声をかけられました。
「よかったら、お写真撮りましょうか?」
「い、いいんですか!?」
身長が高くて目つきの鋭いお姉さんはにっこりと微笑む。
最初は睨まれてるのかと思ったけど、どうやら私の勘違いだったみたいです。
私はお姉さんのご厚意に甘えて、あくあ様のパネルと一緒に記念撮影しました。
「ありがとうございます!」
「いえいえ、今のうちに十分、東京を楽しんできてくださいね」
私はお姉さんと手を振って別れる。
お姉さんもあくあ様のファンなのか、紙袋いっぱいにあくあ様のグッズを買ってました。
かっこいいなぁ。ピシッとした、いかにも仕事ができるって感じの人だったから同じ女性としては憧れます。
私も将来あんな感じの仕事ができる素敵なお姉さんになりたいな。
「えっと、お母さんとおばあちゃんのお土産はこれにして、友達の……」
もー、素敵なグッズがいっぱいありすぎて悩むよー。
ある程度目星をつけてきていたにも関わらず、実際に手に取ってみるとどれもこれも欲しくなっちゃうから困っちゃう。
あっ、あのあくあ様のぬいぐるみキーホルダーだ! しかも最後の一つ! 私はそちらへと手を伸ばす。
グッズを見るのに必死になりすぎた私は、近くにいた人と肩がぶつかってしまいました。
「あ……ごめんなさい」
「こちらこそ、すみません」
わわわわ……めっちゃくちゃ可愛い女の子とぶつかってしまいました。
帽子を目深に被って、眼鏡をかけてるけど、今までに見た事がないくらいの美少女さんです。
あ、あれ……? なんかテレビで見たことがあるような……気のせいかな?
「お嬢様、グッズに夢中なのはいいですが、ちゃんと周りに注意してくださいね」
「ペゴ……んん、わかってるわよ。それよりもハイ、これ」
お嬢様と呼ばれた女の子は、私にあくあ様のぬいぐるみキーホルダーを渡してくれました。
ていうかお嬢様!? じゃあ、もう1人のお姉さんはメイドさんなのかな?
東京すご……そんな、お嬢様みたいな人が実際に存在してるんだとびっくりする。
「え? あ、でも、これって……」
「いいの。私はもうこれ5つ持ってるから、どうぞ」
5つ!? す、すごい……。入手難度Aクラスと呼ばれるこの商品を5つも持ってるなんて圧倒されました。
もしかしたら有名なファンの方なんでしょうか?
「実際に使うのと、保存用と、予備と、予備の予備と、いつか生産終了になるんじゃないかと不安になってもう一個買って……お嬢様、どうせ新しいのもそのうち出るんですし、絶対に5つもいらなかったですよ」
「もー、別にいいじゃない! この寝そべってる姿のあくあがいいの!!」
ふふ。2人のやりとりをみてたら自然と笑みが溢れます。
だって、お嬢様とメイドさんなのに、本当の姉妹みたいに仲がいいんだもん。
私はお嬢様にお礼を言ってグッズを譲ってもらいました。
それにしてもお嬢様だなんて、やっぱり美少女なだけあって、どこかの華族の御令嬢だったのかな?
まるで本物のお姫様のように綺麗で本当にびっくりしました。
やっぱりあくあ様ってすごい。だって、あんな綺麗な女の子でもあくあ様のファンなんだもん。
「それでは、こちらの品々、住所の方に発送しておきますね」
「ありがとうございます!!」
たくさん買ったらベリルのショップは無料で配送してくれるのが嬉しいです。
いつもなら送料無料でも別途料金取られたりするのに……。
って、配送用の箱もシロくんとたまちゃんのデザインなんだ! かわい〜!
ショップの店員さんは、中の箱が汚れないように二重箱にしてくれたし、別途に紙袋もたくさんつけてくれて、本当に至れり尽くせりでした。
「そろそろお昼だし、どこでご飯食べようかな」
ベリルコラボのカフェは抽選に外れちゃったし、ドライバーで有名なラーメン竹子とか、喫茶トマリギは人が多くて絶対に無理だろうなと思った。
あ……近くでラーメンマルシェやってるみたいだから、そっちに行こうかな。ラーメン竹子の画像見てたらラーメン食べたくなったしね!
私は目的のマルシェが出店されてる公園へと向かう。
「わー、いい匂い!」
どこも混んでるなあと思ってぶらぶらと歩いてると、遠くでポツンと立ってるお店が見えた。
違法営業でもしてるのかってくらい人目につかないところにあるし、お店の名前も書いてないけど本当に大丈夫かな? でもいい匂いがするから行ってみよ。
「へい、らっしゃい!」
「あ、こんにち……」
私はそこで固まってしまった。
元気よく挨拶をしてくれた店主さんがおばちゃんじゃなくて、今までの人生で見た事がないくらい綺麗な女の人だったからです。
え? え? さっきの美少女といい、東京ってこんなレベルの女の子がゴロゴロいるんですか?
お母さんやお婆ちゃんからは、東京には何とかスキーとか、はか……なんとかっていうチジョーみたいな女の子がいっぱいいるって聞いてたけど絶対に嘘だ。優しくて綺麗な人ばっかりじゃん!
「どーも、どーも、何にしますか? おすすめは、ラーメン竹子限定、剣崎のお母さん秘伝のチャーシューが沢山載った醤油ベースのヘブンズソードラーメンです!! それか神代始が感動した魚介のダシがふんだんに使われた塩ラ・メーンか、ピリリと辛い橘の好きなシナチク大盛りの辛味噌ラーメン、加賀美隊員の夜食ラーメンこと紅生姜入りのコッテリ豚骨もありますよ!」
「え? ラーメン……竹子……?」
「はい! ラーメンマルシェ初出店です!!」
ラーメン竹子ってあのラーメン竹子だよね?
何でこんなところにいるの? 普通に考えたらもっと真ん中の辺でデデーンとお店を構えていてもおかしくないと思うんだけど……はっ!? まさかラーメン竹子を騙った偽のお店じゃないよね!?
私が戸惑っていると綺麗なお姉さんは苦笑いを浮かべた。
「実は、本当は出店する予定じゃなかったんですよ。でも、竹子さんの昔のバイク仲間で、北海道からくるラーメン屋さんが大雪で来れなくなっちゃって、それで代わりに出店する事になったんです。場所がここなのは、最後にきたからここしかなくって……あ、ちゃんと本当ですよ」
綺麗なお姉さんはそう言って、ヘブンズソードのみんなのサインが入った色紙を見せてくれた。
わ! わ! 額縁越しとはいえ、実際のサインを見れて触れるなんて思ってもみなかった事です。
私は色紙の写真を撮ったり、お姉さんのご厚意で一緒に写真を撮ったりしました。
「え、えっと、それじゃあ、ヘブンズソードラーメンで、麺の硬さは普通でお願いします」
「あいよ! 竹子さんが言っていた! ヘブンズソードラーメンを食べたら本当の天国が見れるってなあ!!」
めちゃくちゃサービス精神に溢れるお姉さんでびっくりしました。ベテランの店員さんなのかな?
ラーメンの麺を水切りする時の動作がプロそのものです。
しばらく待っていると、綺麗なお姉さんがヘブンズソードラーメンを持って来てくれました。
「わー、美味しそう!!」
「熱いから気をつけてくださいね!」
「はい!」
まずは匂いを嗅ぎます。
あ、鼻に抜ける芳しい醤油の香りが堪らなく食欲をそそりました。
次にスープを少しだけいただきます。
これは、一体、何のお出汁でしょう? 鶏ガラのスープ以外に何かが入ってる気がします。
疑問に思っていたらお姉さんに隠し味に煮干しを使ってるんですよと言われました。あーなるほど。
次にちぢれ麺をスープに絡ませるように啜ります。
おっふ……これはなんという事でしょう。絶妙な硬さと柔らかさのバランスを保った麺がスープと合わさって、至極のハーモニーを奏でていました。
おまけにこの厚みのあるチャーシューも脂身と赤みのバランスが絶妙です。
煮卵や海苔がトッピングされているのも、すごく贅沢をした気分になりました。
え? このラーメン、500円って本当ですか?
「美味しかったですか?」
「はい!」
「そうでしょそうでしょ、替え玉もあるから言ってくださいね」
「あ、じゃあ、替え玉お願いします」
「あいよ! 替え玉入りまーす!」
すごい手慣れてる店員さんだと思ったら、エプロンのところにバイト見習いって書いてました。
え? バイト? 店員さんじゃなくって?
「竹子には今日みたいに、たまに臨時で入ってるだけなんで、あ、ちゃんと竹子ではバイトリーダーまで行きましたし、竹子さんからは暖簾分けを認められるくらいの腕はあるんで、味は安心してください!!」
「は、はい……」
実際、味は良かったし、お姉さんの言ってた事は本当だったんだと思います。
しかし、なんでここに人が居ないのかわかった気がしました。
店名も出してない、立ってる店員さんが1人でバイト見習い、さらに胡散臭そうな奥まった場所にある。
うん、人なんか来るわけないよね……。
でも、私が食べていたら、ラーメンの匂いに釣られたのか、帰るときには少しずつお客さんが集まってきてました。
「ご馳走様です! 本当に美味しくて感動しました!」
「いつか本店の方にもきてくださいね。ありゃぁとやしたぁ〜っ!!」
お腹も膨れたし、私は次の目的地に向かって移動する。
すると、目の前からカメラを持った集団が歩いてきました。
あ、テレビの撮影中かな? すごいすごい。なんか東京に来た感じがしました。
「それでは何人かの女性にインタビューしてみようと思います!!」
あ……。
アナウンサーのお姉さんと目が合いました。
確かあの人って国営放送のホ……じゃなかった、五里川さんとかいう名前のアナウンサーさんです。
あれ? 違ったかな?
「すみませーん。インタビューいいですか?」
「え、あ、私?」
「そうそう、そこの天然美少女ちゃん。君の事だよ!」
あわあわあわ……どうしようどうしよう。
インタビューなんてされた事がないからびっくりしました。
「東京の子じゃないよね?」
「あ、えっと……鹿児島県の奄美大島からやってきました」
「わお! 凄い!! 私、まだ奄美大島には行った事ないんですよ」
「それなら是非ともいらしてください。すごく綺麗でいいところですよ!」
「ぜひ! ところで今ちょっと幸福度のアンケートをやってまして、今、幸せですかっていうのを聞いてるんですけど……」
「幸せです!」
私はアナウンサーさんの質問に即答しました。
「いいですね! ちなみに私も幸せです!! なんで幸せかって言うと〜」
確かにアナウンサーさんの顔を見てたらとっても幸せそうに見えます。
でも、目の前にいるスタッフさんは曇った表情で、お前が幸せかどうかはどうでもいっからさっさとしろと書かれたカンペをサインペンでペシペシと叩いてました。
「幸せだって思った根拠はどこにありますか?」
「えっと、そうですね……。その、奄美大島には男の子がいなくって、全然わからなかったんだけど、あくあ様とかがテレビにいっぱい出るようになってから、男の子の事をすごく知れるようになって幸せです!!」
「そっかー、やっぱあくあ君はすごいね」
「はい! あくあ様は凄いです!!」
私がそう答えると、アナウンサーさんも満面の笑みを返してくれました。
「ふふ、インタビューご協力ありがとうございました。それじゃあ、残りの旅も楽しんでね!」
「はい!!」
インタビューに出るなんてびっくりしたけど、無事に終える事ができました。
さっき、国営放送だって言ってたし、島のテレビでも流れるかも。私は、お母さんやお婆ちゃんや親戚のみんなや友達のみんなに、インタビュー受けたのがテレビに出るかもしれないとメールしました。
「っと、確かこの辺だったかな?」
私は目的地のそばでキョロキョロする。
あ、あった!
【私の優等生なお兄様展】
もうあと1話で完結だからか、すごくたくさんの人で盛況でした。
運よく展示閲覧の抽選に当たった私は、入り口で電子チケットを提示する。
中では実際に使った衣装とかを展示してるだけじゃなくって、ロケで使った場所を再現しててすごく感動しました。
「やっぱり、莉奈ちゃんだよね」
「莉奈ちゃんのせいで、eau de Cologneのファンになった私」
「わかるわかる、私も月街さん推し!」
「eau de Cologneはふらんちゃんも可愛いんだよね」
「沙雪だけはない」
「沙雪は好きな人なんているの?」
「見た事がない。だって小雛ゆかりだもん」
ふーん、やっぱり東京でも莉奈ちゃんが人気なんだ。
確かに可愛いし、優しいし、かっこいいし、わかる気がします。
でも私は、沙雪も悪くないと思うんだけどな。
「全く、あいつら、見る目がなさすぎでしょ!」
「先輩、落ち着いて! 私達がこっそり見てるなんて知られたら騒ぎになりますよ」
「ふーん、人気の莉奈ちゃんはいいわよね」
「あ、先輩、そんな事を言わないでくださいよ。私は……沙雪も好きですよ」
「今、確実に間がなかった?」
「……」
「あ、視線逸らした!」
ふふ、あそこの2人は姉妹か何かかな?
仲が良さそうな姉妹を見て少しほっこりとした気持ちになりました。
私はグッズショップに行くと、沙雪のグッズが置いてあるコーナーへと向かう。
なんだかちょっと可哀想だったから、大量に余ってた沙雪のグッズを少しだけ自分用に購入しました。
みんなには無難に、お兄様や莉奈ちゃんのグッズを買っておこうかな。
「さてと、そろそろ時間かな」
ゆうおに展の会場を出た私は、ロッカーに荷物を取りに戻る。
するとそこで人混みに飲まれました。
わわ、すごい人です。なになに、何が起こってるの?
私は慣れない東京の坂道にこけそうになりました。
すると周りに居たお姉さん達が私の事を助けてくれたのです。
「大丈夫?」
「怪我はない?」
「ここ坂道だから気をつけて」
「あ、はい……」
みなさんすごく優しくて綺麗な大人の女性ばかりでびっくりしました。
あ、髪を留めていたリボンのバレッタが外れて私の目の前を転がっていく。
拾わなきゃって思った瞬間、目の前から聞き覚えのある声が聞こえてきました。
「すみません。少し道を開けてもらえませんか?」
信じられない速度で、それもしっかり統率の取れた動きで、私の目の前に居た女の人達がモーゼの海のように割れていく。え? 何? 何? 何が起こってるの!?
「え?」
その先に居たのは、なんとあのあくあ様だったのです。
テレビで見るよりも遥かにかっこよくて私は固まってしまいました。
私の事を助けてくれたお姉さん達も、目の前に現れたあくあ様にびっくりした顔を見せる。
「あわわわ、風呂ネキ、目の前からあくあくあくあ様が……」
「読唇術ネキまだ慌てる時間じゃないですよ。あわあわ」
「そういう藤百貨店ネキが1番慌ててる気が……」
あくあ様は私のリボンバレッタを拾うと、ゆっくりと私の方へと向かってくる。
しゅごい……。ただ歩いてるだけなのに、まるでドラマの1シーンのようです。
ただの道路なのに、ここは俺の道だと言わんばかりに、ランウェイを颯爽と歩くあくあ様とも姿が重なりました。
「大丈夫? さっき転んだように見えたけど……」
「だっ、大丈夫です! このお姉さん達が腕を掴んでくれたから」
「そっか、綺麗なお姉さん達、ありがとうございます」
あくあ様のスマイルに、お姉さん達は膝をガクガクと震わせた。
すごい。こんな綺麗なお姉さん達でも、あくあ様のスマイルではイチコロなんだ。
「あ、これ」
あくあ様から手渡されたリボンバレッタを受け取ろうとしたら、手が震えてまた落としそうになりました。
ああ、もう! 私ったら何してるのよ!
「すっ、すみません!」
「はは、いやじゃなかったら後ろ向いて、つけてあげる」
「え?」
私は言われた通りに後ろを向くと、あくあ様の手がそっと私の髪に優しく触れる。
いやーーーーーーーー! こんな事なら、直前に美容院でシャンプーしておきたかったです。
嬉しい気持ちもあるけど、恥ずかしさと後悔が同じくらいの量で押し寄せてくる。
「綺麗なリボンだね」
「あ、えっと……お婆ちゃんが作ってくれた大島紬のリボンなんです」
「へぇ、そうなんだ。大島紬って言うと奄美大島かな?」
「は、はい。今、ちょっと用事があって東京に来てて……」
「なるほど、それじゃあ東京は初めて?」
「はい!」
「そっか、それならしっかりと楽しんでね。はい、これでどう?」
「あ、ありがとうございます!」
「うん、よく似合ってる。それじゃあ、また会おう」
「はい!!」
夢のような時間でした。まさか、あくあ様に会うだけじゃなくて、お話もして、それに髪にまで触れてもらえて……まるで物語のヒロインにでもなった気分です。
その後、お姉さん達に再びお礼を言った私は、ロッカーからバッグを取り出してタクシーに乗って目的地へと向かう。
ずっと頭の中がポワポワしていた私は、そのせいであくあ様の最後の一言を疑問に思う事はありませんでした。
それくらい私の頭の中は初めての東京と、生のあくあ様で浮かれていたのです。
「よく来たっすね」
目的地の前で直立不動で立っていた砕けた口調のスーツを着た金髪のお姉さんは、首からベリルエンターテイメントの社員証をぶら下げていました。
「ようこそ、ベリルエンターテイメント協賛番組アクアリウムのアイドルオーディション最終審査合宿へ。待ってましたよ。エントリーナンバー9番、祈ヒスイさん」
合宿所にはもう多くの人が集まっていました。
みんなすごく綺麗だったり可愛い子だったり、中には外国人さんまでいます。
「ちょっと、道の真ん中でぼーっとしてたら、みんなの邪魔なんだけど」
「あ、あ、すみません」
あ、あ、ぼーっとしすぎてて怒られちゃいました。
私が横にずれると、黒髪の美少女ちゃんは真っ直ぐと合宿所の方へと向かっていく。
「待ってましたよ、エントリーナンバー6番、皇……」
「そういうのはいいから。みんなの通り道を塞がないでもらえるかしら?」
「う、うぃっす……! ひえーっ、美少女ちゃんはこえーっす……」
わかります……。
でも言っている事は当然の事なので、道のど真ん中でぼーっとしてた私が悪いんだよね。
「相変わらずですね。くくり様」
合宿所の中に入ろうとする怖い美少女ちゃんを、1人の女の人が呼び止めた。
ナンバー12……えっと、確か藤林美園さんだったかな?
美少女ちゃんは藤林さんの顔をチラリと見ただけで、そのまま無視して合宿所の中へと入っていく。
「お! ここが合宿所か!」
誰だろう? すごく元気な人がやってきました。
見た目はちょっと儚そうな感じの美少女なのに、中身がすごく元気があってパワフルな印象を受けます。
そのギャップが人を惹きつけるのか、それともその自信しか感じられないような態度がそうさせるのか、常に中心にいそうな、そんな感じの人です。
「待ってたわよ。私が望んだセンター、1番、那月紗奈さん」
藤林美園さんはそう呟くと、皇くくりさんの後に続いて合宿の中に入っていった。
私のセンター!? どういうこと……?
「おっ! みんなバッジをつけてるのは私と同じ受験者かな!?」
キョロキョロと周囲を見渡していた那月さんは、私と視線が合うとこちらに近づいてきた。
「えーと……9番って事は、祈ヒスイさんか! 那月紗奈です!! よろしくお願いします!!」
「あ、よ、よろしくお願いします。奄美大島からやってきた祈ヒスイです」
「おお! そんな遠くから来たなんてすごいなあ! お互いに切磋琢磨して頑張ろう!!」
那月さんは私と握手すると、ぶんぶんと何度も手を振った。
とっつきにくそうな人ばっかりだったらどうしようかと思ったけど、那月さんは話しやすそう……って、私、この人に勝たなきゃいけないの!? 無理、絶対、無理。さっきの皇くくりさんといい。絶対に勝てそうにないと思ってしまいました。
「っと、君は?」
「え?」
那月さんの視線が私から少しずれる。
後ろを振り返ると、身長の高いお姉さんが立っていました。
「2番、巴せつな。本戦では貴女に勝つ。それだけ言いにきた」
「おお! 宣戦布告か!! くぅ〜っ! ドライバーみたいなアツアツの展開きたー! お互いに死力を尽くして頑張ろう!!」
あわわわわわ、私を挟んで見つめ合わないでください!
ていうか、よく見たら周りにいた人達、全員こっち見てるじゃないですか!?
この視線に耐える那月さんのメンタル、お化けすぎない?
それとも鈍感で気が付いてないとか……いや、ちゃんと視線を返してるから気が付いていてこれなんだ……。
ひええ〜、み、みんな、ももももっと、仲良くしましょ。ね?
「全く、どいつもこいつも初日からピリピリしすぎやろ。な、嬢ちゃん!」
「ひゃっ!?」
後ろから誰かにお尻をむぎゅっと掴まれてびっくりした私は振り返る。
「嬢ちゃん……ええケツしとるな。私が今まで揉んできた中でも1番かもしれん」
私と同い年くらいの話しやすそうな関西弁の子にお尻を掴まれてしまいました。
んっ……ちょちょっと、今、悪びれもせずに追加で揉みましたよね!?
「9番、祈ヒスイちゃんか……小振りで引き締まってて、ああ、最高や!」
むーっ! 私はなんとか逃れるとお尻を両手でガードする。
「あはは、ごめんごめん。ヒスイちゃん緊張してたみたいやからほら、ほぐしてやろうかなと」
「じーっ……」
私はジト目で見つめ返す。
すると女の子は、両手を合わして拝むように謝る。
「本当ごめんって! 許して、堪忍して!」
「……もう。女の子同士でも勝手におしりを揉むのはダメですよ」
「いやぁ……あまりにもいいケツしてたからつい……。うちの名前は七瀬二乃、よろしくな!!」
七瀬さん、セクハラはダメだけど、話しやすそうな人が居てよかったです。
「わー、もうみんな来てるね」
あ、なんか元気そうなグループが……って、とあちゃん!? あ……いや、あれがそっくりだって噂の妹さんなのかな?
「う、うん……」
「みやこちゃん、どうしたの?」
「みやこ、体調悪い?」
「だ、大丈夫、ちょっと緊張してるだけ……」
なんか初々しくてほっこりするー!
ていうか初めて年下がきた!!
今まで歳上のお姉さんばっかりだったから、ほんの少しだけ緊張が緩んだ気がします。
「お、ハーちゃんここなのじゃ!」
「フィーちゃん、待って」
もっと小さい子がきました……。
その後ろからついてくる大きな人影が見える。
「2人とも、俺から離れないで」
「はーい、なのじゃ!」
「はいなのです」
って!? あくあ様!?
周囲の目の色が変わった気がしました。
さ、さすがは王族の2人、まさかのあくあ様がエスコートして会場に来るなんて……。
目の前を通り過ぎるあくあ様と視線が合う。
「や、またあったね」
「え? え?」
あ……あの時、そう言えば、また会おうって……。
「組み分けの時に、らぴすじゃなくて君を推薦したのは俺だから、頑張ってほしいな」
「す、推薦!? な、何の!?」
「おっと、これは入ってからのお楽しみって事で、それじゃあ頑張って」
「は、はい!」
推薦……あくあ様が、私を推薦……。
それも、あそこにいるあの美少女の妹ちゃんを抑えて私を推薦したなんて……。
何に推薦したのかは知らないけど、あくあ様は私の何かを期待して推薦してくれたんだ。
やれる。それが何かはわからないけど、私にもここにいる人達に負けない何かがあるのかもしれない。
お母さん……お婆ちゃん……みんな……。
私やるよ! そうだよ。鹿児島や奄美から他に受けた子だっていっぱいいたんだ。
その子達の分まで、私が頑張らなきゃと気合が入る。
「本戦出場者のみなさんは、会場にどうぞ!! そろそろ本戦の説明会が始まりますので、よろしくお願いしまーす!!」
あ、そ、そうだ。私も出るんだから、いつまでも外にいちゃダメだよね。
「それじゃあお互いに頑張ろうな!」
「は、はい! お互いに頑張りましょう」
私は七瀬さんと握手すると、2人で宿舎の中へと入る。
最初は、私なんかが本当にいいのかなって思ってたけど、あくあ様の一言でその迷いは吹っ切れました。
私は必ずここで生き残ってみせる。
そう決意を新たにした。
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