白銀らぴす、マネージャー見習い。
聖クラリスの課外授業の一環として、私とスバルちゃん、みやこちゃんの3人は職場体験の受け入れ先であるベリルエンターテイメントに来ていた。
「えーと、聖クラリスからきた、白銀らぴすさん、猫山スバルさん、鯖兎みやこさんの3人ですね。おはようございます」
「「「おはようございます!」」」
私達が緊張した面持ちで返事をすると、スーツを着たお姉さんがにこりと微笑む。
お姉さんのほんわかとした感じに釣られて、私達も硬くなっていた表情が自然と崩れる。
「うんうん、リラックス、リラックス。ちなみに芸能界では、夜でも挨拶はおはようございますって言うから覚えておいてくださいね」
へぇー、そうなんだ。兄様が夜でもおはようって言ってたのは、いつものようにとぼけていたわけじゃないんですね。
私はお姉さんがぶら下げている社員証へと目を向ける。
『ベリルエンターテイメント
天我アキラ専属マネージャー
垣内みゆり』
あ……天我先輩のマネージャーさんって、このお姉さんなんだ。
昔、事務所がもっと小さかった時は、私と母様、姉様、兄様と阿古さんしか居なかったから、何度かお掃除に行ったりとか手伝いに行ったりしてたけど、会社が大きくなってからは一度も行っていません。
だから、琴乃義姐様以外のベリルの社員さんとは、ほとんどの方が初対面です。
天我先輩のマネージャーならもっと尖ってる感じの人が担当しているのかなって思ってたけど、お姉さんからは天我先輩がプライベートで見せるようなほんわかとした印象を感じました。
そういえば天我先輩って、なぜかわからないけどいつもポケットの中に飴玉が入っていて、会うと必ずと言ってよいほど飴をくれるのですが何ででしょう? 子供にあげるためだよって兄様が言ってたけど、らぴすはもう中学3年になるので子供じゃありません。
「それにしても……スバルちゃんって本当にお兄さんにそっくりなのね。びっくりしちゃった」
「よく言われます」
あの雑誌が出た時も、聖クラリスでスバルちゃんなんじゃないかって話題になった事がありました。
私も最初勘違いしそうになったくらいですし、初対面の人はびっくりするんじゃないでしょうか。
「それに加えて鯖兎主任の妹さんと、あのあくあ君の妹さんね。んっんー、なるほど、琴乃さんが職場体験を受け入れたのはそういう事か」
垣内さんは改めて自己紹介すると、クリップボートに留めてあった用紙をパラパラと捲る。
「スバルちゃんは琴乃さん、みやこちゃんは鯖兎主任に預ければいいのかな? となると……薫子さん、ちょっといいですか?」
「みゆりさん、どうかしましたか?」
垣内さんは、メガネをかけたビシッとしたタイプのお姉さんを呼び止めた。
メガネのお姉さんは、泥のついてないハイヒールに毛玉のない厚手のタイツ、シワが一つもついてないタイトスカートと肩に埃も落ちてないジャケットと、全体的に清潔感を感じる装いをしていました。
それと同時に、私生活もきっと見た目と一緒できっちりかっちりとしてるタイプなのかなという印象を受けます。
私はお姉さんの首にかけた社員証へと視線を向ける。
『ベリルエンターテイメント
黛慎太郎専属マネージャー
花房薫子』
わわ、黛さんのマネージャーさんだ。
垣内さん同様、黛さんのマネージャーに会うのもこれが初めてです。
「薫子さん、2人を琴乃さんと、鯖兎主任のところに連れて行ってもらえますか? 私は、もう1人の子を例のところに連れて行きますから」
「わかりました。ところでみゆりさん、今度のクリスマスフェスの事で打ち合わせがしたいんですけど……」
「それじゃあランチの時にでもどうかしら?」
「了解しました」
私達は改めて花房さんと挨拶を交わす。
「スバルちゃん、みやこちゃん、またね」
「うん、お互いにがんばろ!」
「う、うん、らぴすちゃんも頑張ってね」
スバルちゃんは問題なさげだったけど、みやこちゃんは少し緊張してたのを見て安心しました。
緊張してるのは私だけじゃないってわかってよかったです。
直前まで大丈夫だったのに、会社に来たら想像していたのより会社の中が立派すぎて圧倒されました。
「ふふ、らぴすちゃん、緊張してる?」
「あ……は、はい……」
「大丈夫、私も最初ここに来た時はすごく緊張したし、みんなそうですから」
そうなんだ……。
垣内さんみたいな大人のお姉さんでも緊張とかするんだと思ったら、少しは気が楽になった気がします。
2人で社内の通路を歩いていると、目の前から金髪のお姉さんが歩いてきました。
「あ、みゆり姐さん、はよっす!」
金髪の少しヤンチャな雰囲気があるお姉さんが、垣内さんに気がついてぶんぶんと手を振る。
「……姐さんじゃなくて、みゆりさん、はよっすじゃなくて、おはようございます。それと、休憩中ならいいけど仕事中はもっとちゃんとしなさい」
垣内さんに怒られた金髪のお姉さんは身だしなみを整えて、改めて挨拶をする。
「あ……み、みゆりさん、おはようございます」
「うん、いいわね。そうそう、そんな感じよ。こうやって普段からやっておけば、社外に出た時も大丈夫だから、ね。ベリルは比較的自由だから、そういうのは気にしないだろうけど、私達の一挙手一投足がファンの皆さんや取引先の皆さんからも見られてるって事を覚えておいてください。所属タレントの皆さんや、エージェント契約、マネージメント契約を結んでいるクリエイターさん、ベリルを支援してくださってるスポンサーの皆さんに迷惑をかけないためにも、私達がちゃんとしましょう!」
「「はい!」」
あ、自分が言われてるわけではないのに、思わず私も反応して返事してしまいました。
そのせいで私に気がついた金髪のお姉さんと目が合う。
「ん? 誰っすか……じゃなくって、この子は誰ですか?」
「あくあ君の妹さんで、今日は職業体験学習の一環でベリルにきてる白銀らぴすさんよ」
「あ、あの噂の妹ちゃん……じゃなかった。は、初めまして、最近中途採用で入社した新人マネージャーの甲斐愛華です。逆から読んでも甲斐愛華で覚えてください!!」
「は、白銀らぴすです。いつも兄様がお世話になってます」
「いやいや、むしろお兄さんにお世話になってるといるのは私と言うか、私達全ての女性が……ヒィッ!」
ん? どうしたのでしょう?
私は甲斐さんが見ている方へと視線を向けました。すると、そこには笑顔の鬼さん……じゃなくて垣内さんが居たのです。
「甲斐さん、貴女は中学生の……それもあくあ君の妹さんに、いったい何の話をしているのかしら?」
「「す、すみませんでしたあ!」」
なぜか私は甲斐さんと一緒に垣内さんに頭を下げる。
それを見た垣内さんは小さくため息を吐く。
「まぁ、いいでしょう。愛華ちゃん、悪いけどらぴすちゃんを連れて、今から少しお使いに行ってもらえるかしら?」
「は、はい!」
垣内さんはすごい早口で、甲斐さんに指示を出していく。
わわわ、こんなに一気に言われたら訳がわからなくなります。
それでも甲斐さんは、さっきとは違って真剣な表情でメモをとりつつ垣内さんの話を聞いていました。
私も慌ててスマートフォンでメモをとるけど、指示の量が多くて打ち込みが間に合いません。
「それじゃあ、らぴすちゃん、頑張ってね!」
「は……はい!」
垣内さんとはここでお別れして、私は甲斐さんの運転する車で目的の場所へと向かう。
うう……ほとんどメモできませんでした。まさか自分がこんなにもポンコツだったなんて……と、落ち込みます。
それを見た甲斐さんが心配したのか優しく声をかけてくれました。
「大丈夫っすか?」
「あ……えっと、さっきの指示、全部聞き取れなくて、落ち込んでました」
「あー……なるほどね。みゆりさんも、薫子さんもメアリー大卒でめちゃくちゃ頭いいからなぁ。私もまだここにきて1ヶ月なんすけど、最初の方はすごく苦労したっすよ。だから、こんなのは慣れっす」
「何か、メモをとるコツとかありませんか?」
「それなら、これを見るといいっす」
甲斐さんはポケットから取り出したメモ帳を私に見せてくれました。
中を見ると、時間、場所、誰に会うかと簡単な内容だけが書かれてます。
「特に必要なのは時間と場所っすね。自分の場合はそこさえ書いとけばなんとなく思い出せるんで。あと人によっては携帯でメモ取るのが合理的で管理しやすいって人もいれば、自分みたいに書かなきゃ覚えられない人はメモの方がいいんで、そこも両方試してみるといいっすよ」
「なるほど、参考になります。ありがとうございました。私も両方試してみます」
私は甲斐さんにメモ帳を返す。
甲斐さんは信号で車を停めると、後ろの席に手を伸ばして段ボールの中をゴソゴソと弄る。
何かを探しているのでしょうか?
「それならこれあげるっすよ」
「あ、ありがとうございます」
手渡されたパステルカラーの虹色手帳の表紙をよく見ると、BERYL ENTERTAINMENTと書かれていました。
「こ、これは?」
「来年のベリルエンターテイメントの社員専用手帳っす。よかったら移動の間、中とかみてると結構面白いっすよ!」
私は言われた通りに手帳を開く。
するとそこには、兄様の筆跡でこう書かれていました。
【誰もが笑いあえる、そんな優しい世界を目指して】
これはプリントでしょうか。
その下には続けてこう書いてありました。
【俺たちは、ベリルエンターテイメントを支えてくれる全てのスタッフの皆さんの笑顔を大事にします。白銀あくあ】
その下には、猫山とあ、黛慎太郎、天我アキラ……そして、天鳥阿古とサインが並んでいました。
「それ、いいっしょ? その手帳、私がベリルに入社して最初に1人で担当した仕事なんですけど、初めのページに何か入れたくって、それをあくあさんに相談したら、こうなったんす」
「はい! すごく素敵です!!」
甲斐さんは嬉しそうに鼻の下を人差し指で擦る。
「よかったら、その先も見てくださいっす」
私は言われた通りにページをめくっていく。
中身は普通の手帳と変わりがないのかなと思ってたら、右隅にたまちゃんやシロくんがいる事に気がつきました。
しかもよく見ると、1ページ1ページ少しずつ絵が違う気がします。……あっ! これってパラパラ漫画になってるんだ!!
それに気がついた私は、最初のページに戻ってパラパラとページをめくっていく。
くるくる回転するたまちゃんや、こけるシロくんがすごく可愛いです!
そしてページが最後の方になると、それぞれの所属タレントの情報が写真付きで書かれていました。
って、あれ? なんで同じようなページがいくつもあるんでしょう?
あと情報も見開きで書けばわかりやすいのに、写真の裏側に書いてあって少し見づらいです。
「あー、それはっすね。取引先の担当者の人に名刺と一緒にあげると喜ぶと思ったんすよ。一応替えのレフィルも用意してあるんすけど、夕迅のあくあさんとかは人気だからすぐになくなるんじゃないっすかね。ちなみに個人的におすすめはコロールを着ているあくあさんっす」
「あ……わかります。この時の兄様は1番大人びていてドキドキしますよね」
「さすが妹さんっす! 話が早い。ただ、みゆり姐さんや薫子姐さんはわかってくれたんすけど、琴乃姐さんだけは、メリーさんモードのあくあさんなんすよね」
「あー……確かに琴乃さんはそういう方が好きかも」
このメモ帳がきっかけとなって、甲斐さんとのトークが弾んでいく。
学校でもそうだけど、よく知らない子とでも、大体ベリルの話をしたら仲良くなれるんですよね。
この前もテレビで、困った時はベリルの話さえしとけば大丈夫って言ってた事を思い出しました。
「っと、まずはここっす」
到着したのは、ベリル直営のショップが入ったビルでした。
「らぴすちゃんはこっちの小さい段ボール運んで欲しいっす。足元だけは十分に気をつけてくださいね。それと人が多い時は一旦止まってくださいっす」
「はい!」
愛華さんは二つの大きな段ボールを重ねて持ち上げた。
私は先に進む愛華さんの後ろに続いてベリルのショップへと向かう。
「おはようございます!!」
「おはようございます」
ショップの中は相変わらずの大盛況だった。
私達の存在に気がついた店員のお姉さんが大きく手を振る。
「あっ! おはようございます!! 店長〜! 本社の人が追加の商品を持ってきてくれました!!」
「すぐに商品追加して!」
「それなら私達が品出しもしておきますよ!」
「ありがとうございます!!」
私達は持ってきた商品を棚に置いていく。
お客さん達は私達が品出しをしている事に気がつくと、邪魔にならないようにスペースを空けてくれました。
さすがは世界で1番統率の取れているファンと呼ばれるベリルのファンです。
「あくあ様のグッズはやっぱ売り切れ多いね」
「仕方ないよ。あくあ君はやっぱり1番人気だもん」
「その分、グッズの種類も多いんだけどね」
「まだベリルのグッズはいいよ。ドライバー公式のグッズなんて、明らかに生産量足りてないんだから」
「わかる、ベリルのドライバーコラボのグッズの方がまだ手に入れやすいよね」
品出しをしているとファンの人達の声が聞こえてきました。
ふむふむ、兄様のファンが多いようでしめしめです。
「こんな感じでどうでしょう?」
「ありがとうございました!」
「気にしなくていいですよ。こういうのはお互いさまですから、それじゃあ、頑張ってください!!」
「はい!」
品出しを終えた私達は車に乗って次の目的地へと向かう。
まさか最初の仕事がグッズの運搬と品出しだとは思わなかったです。
「疲れたっすか?」
「あ、全然大丈夫です!」
「もしかして、マネージャーなのに、なんでこんな事をって思ったすか?」
「いえ……あ、はい」
愛華さんはクスリと笑う。
「そうっすね。理由はいくつかあるんすけど、1番重要なのは品出ししている時に、お客さんの生の声がリアルタイムで聞けるっていうのが大きいかもしれないっす。特にここのショップは感度が高い子がくるんでそういうリサーチには向いてるっすよ」
「なるほど、そういう理由があったんですね」
「とは言っても、本当の理由は単純にベリルの人手が足りないってシンプルな話なんすけどね」
私は車の助手席に座りながらずっこけそうになった。
それを見た愛華さんがニヤリと笑う。
「だから担当するタレントさんやクリエイターさんのいないうちらみたいなマネージャー補佐は、雑務の仕事もめちゃくちゃ多いっす。実際にうちもショップの店員さんにヘルプに入ったりとか、設営スタッフとかの手伝いに入ったりしましたから」
ハンドルを握る手に力を込めた愛華さんの表情は、どこかワクワクしていて、目をキラキラと輝かせていた。
「それでも今度のオーディション番組で合格者が出たら、自分達にも担当するタレントさんがつくかもしれないっす。だからそれまでの間に、姐さん達の元でいっぱい学んで力をつけて、自分の担当するタレントさんの力になれたらいいなって思ってるんすよ」
すごいなって思った。
とても前向きで、やる気に満ち溢れていて、見ているだけで元気をもらえそうな気がします。
ここまで色々考えてくれてる愛華さんみたいな人が担当についたタレントさんは、きっと幸せだろうなと思いました。
「それじゃあ、午前中に残りの雑務を終わらせるっすよ!」
「はい!!」
全ての雑務を終えた私達はベリルの本社へと帰ってくる。
流石に少し疲れました……。
「じゃ、私はこれをみゆりさんに届けるっすから、らぴすちゃんは先に食堂でご飯食べてきていいっすよ」
「はい!」
食堂に行くと少し遅めの時間だったからか、思ったより人はまばらでした。
私は食券機でミニあくあランチのチケットを購入する。ちなみに0円で中身はミックスランチの量少なめです。
「あ、らぴすちゃん!」
「らぴすちゃん、こっち」
「みやこちゃん、それにスバルちゃんも!」
私達3人は再会を喜ぶと、お互いに午前中どういう事をしてきたかを話し合いました。
みやこちゃんはサーバー関連の実務に携わらせてもらったり、スバルちゃんはたまちゃんの新しい衣装の選考会とかに参加させてもらったらしいです。
2人ともすごいな、らぴすも午後から頑張ろうと思いました。
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