白銀あくあ、雨降って地固まる。
すみません。
投稿日時の指定を誤っておりました。
「あ……い、いらっしゃいませ」
ラーメン竹子に入ると、えみりさんが優しい笑みで出迎えてくれた。
えみりさん、メアリーおばあちゃんの所でも働いてるけど、こっちもたまにヘルプで入ってるって言ってたな。
俺はえみりさんの柔らかで上品な笑顔に癒される。
はっきり言ってこれを見ただけで、ラーメン竹子に寄って良かったなと思うくらいだ。
「こんばんは。ごめんね。小雛先輩のせいで貸切になっちゃって」
「う、ううん。営業時間終了後ならいつでも大丈夫って竹子さんが言ってたから。それじゃあ好きな席に座ってください」
うーん、えみりさんとはまだ少し距離を感じる。
もうちょっとこう、カノンに対して見せるような距離感で喋ってくれると俺としても嬉しいんだけどな。
「竹子さん。醤油と半チャーハンのセットね。あと餃子もよろしく」
「じゃあ俺はチャーシューメンと白ごはん、それに唐揚げお願いします」
注文を終えた俺はえみりさんが入れてくれた水で喉を潤す。
この夏だろうが冬だろうがキンキンに冷えた水道水を飲むと竹子に来たって感じがする。
窓から外を見るとまだ雨が結構降っていた。
「で、何か重要な話でもあるんですか?」
「……あんたってさ、本当のところ雪白美洲の事をどう思ってるのよ?」
予想外の質問に俺は少しびっくりした。
最初、言葉に間があったところを見ると、少しは気を遣ってくれているのだろうか。
言葉を選ぶところが小雛先輩にしては珍しいなと思った。
「どうって言われても。まだ会った事もないからなんとも言えないって言うのが素直な気持ちかな」
前のあくあならどう思ったか知らないけど、俺は前世じゃ親が居なかったからむしろ普通の事だし気にはしない。
「ふーん、じゃあ、迷子って理由を聞いても何も思わなかったと?」
「いやあ、流石にそれは少しアホかなって思ったけど……」
ん? なんかバックヤードからガタガタした音が聞こえてきたけど大丈夫かな?
誰か調理場でこけてない?
「ま、普通はそう思うわよね」
小雛先輩は何やら机をトントンと叩く。
んん? なんか今日の小雛先輩は少し珍しいな。
イラついているように見えるけど、怒ってるわけじゃないし……。
「先輩……落ちてるものは食べちゃダメって阿古さんも言ったじゃないですか」
「はあ!? 相変わらずこのあくぽんたんは!! こっちが気を遣って喋ってるのに、もう!!」
小雛先輩は席から勢いよく立ち上がると、奥の厨房の方へと向かう。
先輩、竹子さんとえみりさんに迷惑かけちゃダメですよ。
「ちょっと、もう面倒臭いから出てきなさいよ!」
「え……でも……」
「あーもう! 今考えたら、私はこういうまどろっこしいのが1番嫌いなのよ! ほら、さっさと覚悟を決めて出てくる!!」
「あ、心の準備がまだ……」
「心の準備もへったくれもあるか! ほら、私がもう面倒臭くなったから行くわよ!!」
何やら言い争う声が聞こえてきて大丈夫かなと思ったら、小雛先輩が誰かの手を引いてきて出てきた。
俺はその人物を見て固まる。え? なんでラーメン竹子にミシュ様がいるの?
「はいはいはい。とりあえず何か言う事があるんじゃない?」
俺がどう反応していいのか戸惑っていたら、小雛先輩は感謝しなさいよと言わんばかりに胸を張る。
「あ、はい。ありがとうございます」
「ふふん、中々素直でよろしい!」
俺は奥にいたえみりさんと目が合う。
ああ、なるほど。これは、えみりさんが色々と手を回してくれたんだなと察した俺は軽く会釈する。
後でちゃんとお礼はするとして、まずはこっちが先だ。
「え、ええっと、その……ミシュ様がその、俺のもう1人のお母さん? でいいんだよね?」
「一応、そういう事にはなるんだけど……果たして私に親だなんて名乗っていい資格があるのかどうかというと……」
俺はミシュ様の表情を見て何となく察する。
そこはかとなく感じる後ろめたさ、それは迷子になっただなんてしょうもない理由だけではない気がした。
「あの……もしかしたらだけど、今まで帰って来なかったのって他に何か理由があるんじゃないですか?」
ミシュ様はハッとした顔をする。これはビンゴかな?
「ほら、ちゃんとわかってるじゃない。こいつはあくぽんたんだけど、馬鹿じゃないんだし、もう結婚してるんだからちゃんと説明してあげなさいよ」
小雛先輩、あくぽんたんは余計です。
とはいえ、そこに突っ込んだら話が逸れそうなので俺は何も言わない。
「それじゃあ最初から順を追って説明するわね……」
ミシュ様の説明を聞いて、俺は少し疑問に思った。
黒蝶家って、確かお見合いパーティーの時にいたあの綺麗なお姉さんの事だよな。
しとりお姉ちゃんから男性保護法案を推進しようとしてる人だから、なんらかの接触があるかもしれないから気をつけてと言われていた事を思い出したけど、そんな嫌な感じの人には見えなかった。
なんとなくだけど、小雛先輩より全然話が通じそうな常識人って感じがするんだよね。むしろ、総理より真面目に政治家やってそうで好感持てるなんて言ったら総理に失礼かな……。
「なるほど……で、まさかの俺がカノンと結婚して、スターズの政情が安定したからちょっかいの可能性が低くなって、有名になって黒蝶さんもおいそれと手を出せなくなった今なら接触しても大丈夫だと思ったけど、今まで会ってなかった自分が、急に出てくる権利なんてないよねと思ったと……」
「はい。まさしくその通りです」
俺がミシュ様と同じ立場だったらどうだろう。
もし、カノンや他の奥さん達との間に子供が産まれたとして、俺は側から離れる事ができるだろうか?
多分できないと思う。だからどんな手を使ってもみんなの側にいようと努力し続けるんじゃないのかな。
でもそれは、俺の立場だからこそ許される方法かもしれない。
きっとミシュ様や母さんだって色々考えて、それでもその方法しかなかったから、そうしたのだろう。
その事を考えると胸がとても苦しくなる。10年近く会えないってすごく辛くて寂しいんじゃないかな。
だからミシュ様も、もう十分に苦しんだと思うんだ。俺は小さくなったミシュ様の肩に手を回す。
「俺は大丈夫だから。むしろ家族が増えて嬉しいよ。それよりも母さんやしとりお姉ちゃんに会ってあげてほしい」
母さんは結構寂しがり屋だし、しとりお姉ちゃんは物心ついてた時だから記憶にある分、俺とはまた違った思いがはあるはずだ。
「あ、ありがとう……うん。2人にもちゃんと会うつもり」
そんな事を話してたら、ラーメン竹子の引き戸がガラリと開く。
「ごめん。渋滞してたからちょっと遅くなった」
アヤナ!? 一瞬びっくりしたが、その後ろから入ってきた母さんとしとりお姉ちゃん、らぴすを見て納得する。なるほど、アヤナが白銀家のみんなを連れてきてくれたのか。
「まりんちゃん……」
「ミクちゃん……」
2人は抱き合って喜ぶ。うんうん、よかったよかった。
とりあえずしばらくは2人にしておいてあげようかと思った俺は、小雛先輩とアヤナを連れて違うテーブルに移る。
「先輩、アヤナ、2人とも本当にありがとう」
「わかればいいのよ! ほら、もっと私の事を敬いなさい!」
「私はなんもしてないから別にいいよ。それよりも、えみりさんの事を労ってあげて」
流石はアヤナだよ。是非とも隣で踏ん反り返ってる人を見習わずに、その優しい心を持ち続けて欲しい。
俺はじーっとこちらの様子を見守っていたえみりさんのところへと向かう。
「えみりさん、本当にありがとう。アヤナから聞いたけど、えみりさんが全て手配してくれたんだって?」
「あ……うん……雪白も関係してる事だし、だから気にしないで」
少し照れた表情を見せてくれたえみりさんを見て可愛い人だなと思った。
「えみりさん、俺に頼みたい事ってない?」
「た、頼みたい事!?」
「うん。俺にできる事ならなんでもするから」
「何でも!? そ、それって、セッ……」
せっ……? ああ〜! せっきゃく、接客を手伝って、て事か!
さすがはえみりさんだ。ラーメン竹子は繁盛店だと聞いている。
だから竹子さんの事を気遣って手伝って欲しいと……えみりさんはなんて優しい人なんだ!!
もう少しで○ッ○○と勘違いしそうになった俺なんかとは全然違う。
きっと清純なえみりさんだから、そんな事はミリも思ってないんだろうけど、男はそうじゃないから油断しないで欲しい。貴女みたいな綺麗な人がそんな不用意な発言をしようものなら、俺だって狼になるから気をつけてくださいね。
「わかりました。ラーメン竹子の接客、手伝わせてもらいます」
「え? あ、あぁ……うん。ありがとう。でも、あくあ様が手伝ってくれたら、きっとその大騒ぎになってもっと忙しくなるだろうし、その気持ちだけで十分に嬉しいから……」
なんて優しい人なんだろう。
きっと心が綺麗って書いて、雪白えみりって読むんじゃないのかな。
カノンは本当に良いお友達に恵まれたなって思う。
「あのさ」
「なんですか小雛先輩。今、良いところだから邪魔しないでください」
俺は小雛先輩を無視してえみりさんと話そうとしたら、耳たぶをつねられた。
「私の事は別に良いけど、お礼にアヤナちゃんとえみりちゃんにはデートくらいしてあげなさいよ」
「小雛先輩!?」
「小雛さん!?」
アヤナとえみりさんは驚いた顔をするが、小雛先輩は気にせず会話を進める。
「ほら、美味しいご飯連れてってあげるとか、2人の行きたいところに行くとか、色々あるでしょ」
「確かに……小雛先輩にしてはまともな提案だと思う」
「ちょっと、私にしてはって何よ。あんた、私に対してだけいつも一言多くない?」
「気のせいですって」
うんうん、気のせい気のせい。それだけ先輩には甘えてるってことで許してよって耳元で囁いたら、珍しく先輩が顔を赤くした。
なんだろう。先輩ってたまに顔が赤くなるけど、そのポイントがイマイチわかりづらい。
「そ、そういうのは、他の人に言いなさいっていつも言ってるでしょ! って、ほら、ラーメン来たから、のびる前にみんなで食べるわよ!!」
なんか誤魔化された気がするけど、まぁいいや。
ていうか、竹子さん、ちゃんとタイミングを見計らって料理を出してくれるなんて気を遣わせてしまって申し訳ない。俺は厨房に行って竹子さんにもちゃんとお礼を述べる。
その後、せっかくの貸切だからと、カノン達も呼んでみんなでラーメンを食った。
途中人が足りなくってきてからは俺も手伝ったけど、楽しいひとときを過ごせてすごくよかったと思う。
「それじゃあ、また!」
「あいよ!」
俺は竹子さんにお礼を言ってお店を出る。
外はもう雨が止んでいて、雲ひとつない空を見上げると今日も星が綺麗に輝いていた。
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