雪白美洲、ココハドコ? ワタシハミシュ。
私には大事な友達が2人いる。
そのうちの1人の名前を白銀まりんという。
遥か昔に雪白から分裂した血筋らしいけど、200年以上も昔の話なので親戚かと問われると微妙だ。
黒蝶であればそこら辺もちゃんと管理しているのかもしれないけど、雪白は自由がモットーなのでそんな面倒な事は一切しない。
その証拠に私のはとこに当たるえみりちゃんなんて、今日もボケーっとした顔で三輪車を漕いでいる。最近はドライバーにはまってるらしくて、将来はドライバーを助ける正義の機関を作るだなんて言ってたっけ。たまにドライバーに出てくる怪人の親玉っぽい悪い表情をしているのは気がかりだけど、子供らしくて良い夢だと思う。
「あら……ミクちゃん、もう行っちゃうの?」
「ああ、うん。えみりちゃんにプレゼント持ってきただけだから」
「三輪車、本当にありがとね」
のえる姐さん、えみりちゃんのお母さんに声をかけられた私はぶっきらぼうにそう答える。
相変わらず綺麗な人だな。弾正君には勿体無いくらいだ。
「それに、えみりちゃんを見てると……」
「ふふ。自分の子供に会いたくなった?」
私はのえる姐さんの問いかけに小さく頷いた。
「そっか。ふふふ、ミクちゃんの秘密のお嫁さんには一体いつ会えるのかしら?」
「ごめん。ま……彼女と子供には静かに暮らして欲しいから、あんまり華族には関わらせたくないんだ」
「そっか……そうだよね。あのミシュ様の子供だし、黒蝶は雪白本家の私達の動きは常に監視してるから、私達が気軽に会うわけにはいかないわよね。年が近いならえみりちゃんのお友達になってくれるかもって思ったんだけど……諦めるわ」
やっぱり、のえる姐さんは聡い人だなって思った。
いずれしとりちゃんがもう少し大きくなって、ちゃんと自分で自衛ができる年になればと思ってたけど、今、まりんちゃんのお腹の中にいる2人目のあくあ君の事を考えるとそうはいかない。
弾正君に続いて分家とはいえ雪白姓で2人目の男の子なんて知られたら、黒蝶がどうにかして手に入れようとするだろう。そうなったら、黒蝶の次期当主、黒蝶揚羽と縁組されるのではないかと考えた。
2人の歳の差を考えてもわかるように、あくあ君が高校生になった頃、相手は30を超えてるおばさんになる。
あくあ君だって、マザコンじゃない限りそんな歳が離れた女性と結婚させられるなんて嫌だろう。
「ま、そういう事なら、早くお嫁さんに会いに行ってあげなさいな」
「うん。ありがとう。のえる姐さん」
私は迎えにきてくれたマネージャーと一緒にボディーガードが運転する車に乗って、雪白の本家を後にした。
車が走り出してから数分後、2人のボディーガードのうち、車を運転している1人が後ろを一切見ずに口を開く。
「後ろからつけてきてる車が2台いますね。片方は黒蝶で……もう片方はマスコミかな?」
「動きから見るとどちらも素人」
私の隣に座ったもう1人のボディーガードは目を一切開かずにそう答えた。
「あわわ、チカコさん。風見さん、どうにかなりませんか?」
助手席に座ったマネージャーは、慌てた表情で車を運転するボディーガードへと顔を向ける。
「任せとけ。このチカコ・ライバックにかかればそんな事は朝飯前よ!」
「心配しなくても貰った契約金の分は間違いなく働くつもり。国内にいるうちは私達、風見一族が安全を保証する」
マネージャー曰く、2人はとても有名なボディーガードなのだそうだ。
そんなわけで、うまく後続車を撒いた私達は、まりんちゃんとの待ち合わせ場所となっている都内の某高級ホテルへと向かう。
「1時間だけです。我々は正面の部屋にいますから、終わる頃に迎えにきますね」
「わかった」
私は3人と別れると、まりんちゃんの待っている部屋の中へと入る。
「ミクちゃん、久しぶり」
「まりんちゃん、元気だった?」
私達は久しぶりの再会を喜び合う。
まりんちゃんと私の関係は他の親とは少し違ってて、恋愛感情だとかそういうのとはまた別だ。
どちらかというと親友という表現が1番しっくりとくるような間柄に近いかもしれない。
「しとりちゃん、大きくなったわね」
「うん!」
私はしとりちゃんとも抱き合って再会を喜ぶ。
子供ってしばらく会ってないと本当に大きくなるんだなあっていうのを、しとりちゃんを見て初めて知った。
私は立ち上がると、まりんちゃんにゆっくりと頭を下げる。
「ごめんね、まりんちゃん。まりんちゃんばかりに負担をかけて……」
「ううん、そんな事ないよ。むしろミクちゃんのおかげで、2人も子供を授かる事ができたんだから、ありがとうって感謝したいくらいだもん。最初から子供だって本当は私1人で見るつもりだったのに、ミクちゃんが優しいから……。ふふ、3人目も作っちゃうおうかな」
3人……今日は、その事についてまりんちゃんと話すためにここに来た。
「まりんちゃん、その事なんだけど……」
「わかってる。あくあちゃんがいるから、これ以上はって事だよね?」
私はコクリと頷く。
これから産まれてくるであろうあくあ君を守るためにも、私との間にこれ以上、子供を作るというリスクは避けなければならない。
「その事なんだけど、あくあちゃんとミクちゃんを守るために、私は別の人との間に子供を作ろうって考えてるの」
「え?」
まりんちゃんの言葉に私はびっくりする。
いくら恋愛感情がないとはいえ、私の知らない人とまりんちゃんが交配するのはちょっとだけ嫌だ。
「レネちゃんと取引しようと思ってる」
「ああ、レナータとか……」
レナータ・アウイン・ノーゼライト。
中高時代にスターズから留学してきた私の……いや、私達のもう1人の親友だ。
スターズの伯爵家に生まれた一人娘で、今はアフリカ大陸や東南アジアを中心に貿易の仕事をしている。
サバサバした感じのタイプで、私としてはすごく付き合いやすいタイプだ。
「レネちゃん、お母さんに子供作れって毎日、電話で言われてるんだってさ」
「ああ……どこの国も似たようなもんなんだな。だけど、スターズの貴族なのに、相手が男じゃなくていいのか?」
「うん、お母さんもそもそも期待してないだろうからゴリ押すって言ってた」
「はは、レナータらしいな。それで、まりんちゃんは対価として同じ事をお願いしたと……」
「うん。ミクちゃんが嫌ならお断りするけどね。でも、あくあちゃんを守るためにも、あくあちゃんの親がミクちゃんだって悟られないためにも必要なのかなって思ってる。それに、しとりちゃんがすごくしっかりしてるからいけると思うんだよね」
まりんちゃんには勝てないなって思う。
私以上に家族を守る事をしっかり考えてくれてる。
子育てだって私の仕事の関係でほとんどまりんちゃんに投げちゃってるし、私に出来る事といえばお金で苦労させない事と、まりんちゃんが望む事をさせてあげる事くらいだ。
「わかった。私もあくあ君に何かあったら嫌だし、私達の親友のレナータが困ってるなら助けてあげたいって思う。まぁ、それも私が何かできるってわけじゃないんだけど……まりんが嫌じゃないなら、私に反対する権利はないよ。少なくともレナータとまりんちゃんの間に子供ができても、私は嫌じゃない」
「そっか。それならいいんだ。ふふ、レナータちゃんも美人さんだから、きっと妹のらぴすちゃんも美人になるわよ」
「はは、もう名前まで決めてるのか。まりんちゃんは本当に早いな」
こうしてまりんちゃんと私達の親友であるレナータの間で取引が交わされ、あくあ君が生まれた2年後にらぴすちゃんが生まれる事になる。
私は仕事が忙しいのと拠点がステイツだった事もあり、あまり会いには行けなかったけど、子供が生まれてからもとても順調だった。でも、そんな日にもいつかは終わりがやってくる。
「まりんちゃん。レナータとも話したけど、今度はスターズの方がきな臭くなってきた。あくあ君に私の血が……雪白の血統が入っている事がバレたら、伯爵家の血を引くらぴすちゃんの保護を口実に、スターズ正教があくあ君の強奪に向けて強引に動くかもしれない」
メアリー様が退位して、フューリア女王陛下になってから王家に求心力が低下しているスターズでは、主教キテラを中心としたスターズ正教が力を増している。
その事を考えると、あくあ君が私の子供だってバレない方がいいと思った。
「だから、まりんちゃん。辛いかもしれないけど、しばらくの間は会わないようにしましょう」
「ミクちゃん、私と子供達なら大丈夫だから。こうなるかもって、毎日のニュースを見ていてなんとなくわかってたし……寂しくはなるし、悲しいけど、国内も羽生総理に変わってからいい方向に向かってるし、いつかはまた会える日が来ると思うから。それとね。これは勘なんだけど、いつの日かきっと、あくあちゃんが私達を会わせてくれると思うんだよね」
「あくあ君が?」
「うん、だって……あくあちゃんが生まれた時、ミクちゃんと同じスターの目をしてたから。だからこの子もきっと、あのミシュ様みたいに凄い子になるってそう思ったの」
まりんちゃんの勘は結構当たる。それでも、その時はこんな事になるなんて思ってもみなかった。
いや、私だけじゃない。この世界の誰だって、こんな事になるなんて思っていなかったと思う。
あくあ君が年の初めに階段で頭を打って入院した。
その話を聞いた時は、無意識で飛行機のチケットを取って空港へと向かうタクシーに飛び乗っていた。
だけど到着した羽田の空港で、私はまりんちゃんからあくあ君の意識が戻った事を聞かされる。
やっぱり帰ろうかとも思ったけど、家族みんなを一目見たくて、どうしようかと悩んでいた。
普通なら帰るべきなのかもしれない。でも近くにまりんちゃんやあくあ君がいると思ったら、戻りたくないと思ったの。それからしばらくして、私はやっぱり遠くから一目でもいいから見たいと思って、渋谷のスクランブル交差点へと向かった。
まりんちゃんから、あくあ君がスターズとの友好記念として開催されるランウェイに出演するって聞いたからである。最初は何かの間違いかと思った。でも……。
『この国には白銀あくあがいる……』
きっと彼女も無意識だったのだろう。
会場のリポーターを務める国営放送のアナウンサーの切り忘れたマイクから聞こえてきた声を、その場に居た誰しもが惚けた顔で聞いていた。
もちろん規制線の内側になんて入れない。
規制線の外から変装して大型ディスプレイを見守った私は、その場に泣き崩れた。
ポーズをとって、顔が少し見えた時からもう涙が止まらなかったと思う。
私だけじゃなくてみんなが泣いてた。
もしかしたら、この国は、ううん、世界は良くなっていくんじゃないか。
みんな心のどこかでそう思ってたのかもしれない。
それからのあくあ君は凄かった。
私もランウェイ以降、隠遁生活を送ってる場合じゃないと女優として活動を再開する。
本当を言うと、それからあくあ君と会う機会は何度かあったけど会うのが怖かった。
だから、まりんちゃんにも付き合ってもらってしょうもない嘘までついて逃げている。
「そろそろ覚悟を決めなきゃな……」
自分がこうまでウジウジするタイプだとは思わなかった。
暗くなるまで河川敷でぼーっとしていた私は、近くの小さな通りへと出る。
そのタイミングで右からきたバイクの光が私を照らした。
「見つけたわよ。雪白美洲……」
「あ……」
バイクのヘッドライトが眩しくて私は手をかざす。
一体誰だろう? もしかしたら黒蝶かもしれないと私は身構えた。
あくあ君の活躍でスターズ正教は力を弱めたが、黒蝶の脅威は以前ほどではないにしろまだ残っている。
それこそこの盤面で黒蝶揚羽があくあ君を手に入れる事ができれば、この国とスターズを牛耳る事ですら可能になるかもしれないからだ。
「変な奴らじゃなくて、この私に見つかった事を感謝しなさいよね。全く、親子共々お世話してやるなんて私、超優しすぎでしょ」
「先輩……そういう事を言わない方が、きっとあくあからもっと感謝してもらえると思いますよ。そもそもこの方向にいそうって事を教えてくれたのも、このバイクを貸してくれたのも、私達に保護をお願いしたのも、えみりさんじゃ……」
「うっ、それはそれ、これはこれなの!」
ヘッドライトに見えた二つの人影のうち、その一つが私の方へと近づいてくる。
小柄な体なのにそれを感じさせないくらい圧と、有無をも言わせないほどのオーラ。
一目見て明らかに、今までの私が知っている彼女とは違ったと思った。
人には成長期があるように、役者も何かをきっかけに一気に伸びる人がいる。
彼女は何がきっかけでそうなったのかはわからないけど、間違いなく今の彼女は私の知っていた彼女ではなかった。
だって、この私がその笑みに畏れを抱くなんて事、あのレイラちゃんですらなかったのだから……。
つまり彼女はこの国に居ながら、役者として、私と同じ領域に入ったのだと確信した。
「わかったら、あんたもあのあくぽんたんと同じ様に、この私に、大女優、小雛ゆかり様に感謝しなさいよね!」
ヘッドライトの強烈な光ですら、彼女の前では自らを彩るスポットライトでしかない。
私やあくあ君、えみりちゃんと同じ、どんな暗闇すらも切り裂くほどのスタア性を余すところなくひけらかした女優、小雛ゆかりは背中を仰け反らせて大胆不敵に笑みを浮かべた。
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