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92、色づいた私の世界。

 私の日常は毎日が同じ日の繰り返しだ。

 朝早く、見慣れた乗客たちと同じ電車で出社して、みんなよりも少し遅い時間帯に帰宅する。

 帰ってきた一軒家の部屋の中は真っ暗で、私の帰宅を待ってくれている人なんて誰1人としていない。

 モノクロームに彩られた私の世界、高校生の時に親をなくした私にとって、この生活も気がつけば10年以上になる。

 流石に私も大人になったのだろう。家族がいない寂しさで一人枕を濡らすことは無くなった。

 でも……今でもたまに、広い家の中に自分1人、どうしようもなく心が寂しくなる時がある。

 そんな時、私はいつもあくあさんが掲載された雑誌を眺めては、返事の返ってこない写真に向かって今日の出来事を話しかけた。


「ただいま、あくあさん。今日、私ねー」


 インターネットの某巨大匿名掲示板。

 私はその中のとあるスレッドの一つで、92と呼ばれています。

 そのスレッドの検証班の最古参として、初めてカフェを訪れた時に見たあくあさんの姿は、今もなお私の記憶の中に強く刻まれている。


「いらっしゃいませ」


 初めて会ったあくあさんは、私のような三十路のおばさんにも満面の笑みでお出迎えしてくれた。

 まるで心が10年以上前、高校生の時に戻ったかのように騒がしかったのを覚えている。

 夢のような3ヶ月、私は何度も何度もカフェに通い続けた。

 何度も通い詰めていたおかげか、あくあさんは私の事を覚えてくださったのでしょう。


「あっ、お帰りなさい! なんちゃって……よく来てくれるから、いらっしゃいませーよりこっちの方がしっくりくるかなって思ったんですけど、どうですか?」


 あくあさんは私に限らず、定期的にこのような爆弾を落としてくる事があります。

 初めてお帰りなさいと言われた時には、天にも昇るような夢見心地を味わいました。

 でも、そんな幸せな時間は突如として終わりを告げます。

 乙女咲へと通うことになったあくあさんは、あまりカフェのバイトには入れなくなりました。

 その後、雑誌が出た時にはネットがまた一段と盛り上がりましたが、私たちのような女性にとって、あくあさんと触れ合う機会は全くといっていいほどなくなったのです。


「ふぅ……」


 今日は珍しく早めに帰宅する事ができました。

 いつもならご飯を食べながら直ぐに掲示板に行くところですが、たまにはネットサーフィンでもしましょうか。

 私はあくあさんに出会った時の勢いで買った若い子向けのショートパンツのファンシーなルームウェアに着替える。

 改めて鏡の前で自分の姿を見ると、おばさん頑張りすぎだろと少し恥ずかしくなります。

 私は恥ずかしさを振り切るようにPCの電源を入れて動画配信サイトをチェックする。

 お目当ては新人Vtuberの発掘だ。

 もう三十になるのにいまだに可愛いものが好きな私は、もちろんのことVtuberの可愛い見た目や、その動きや仕草、ライブ感のある表情が大好物です。


「あっ」


 画面をスクロールさせると、先ほどライブを始めたばかりの新人Vtuberの人がいました。


 大海たま。


 ケモみみっぽい髪の毛といい、ボーイッシュな感じが私の好みです。

 私は迷わず動画の再生ボタンをクリックした。


 ……。


 …………。


 ………………。


 あれ? 反応がありませんね。

 私はチャット欄の方へと視線を向ける。


『初めましてーお邪魔しまーす』

『こんー、キャラに一目惚れしますた!』

『大丈夫ー? 配信始まっちゃってるよ?』

『あれあれぇ、もしかして緊張しちゃったのかなぁ? お姉さんたちは怖くないですよぅ』


 どうやら自分以外にも心配している人がいるようだ。

 再び画面の方へと視線を戻すと、目の前のたまちゃんが小さく口をぱくぱくと動かす。


「はにゃっ……じめまして!」


 噛んだ、可愛い……。


『可愛い!』

『和むー』

『声いいね』

『緊張しなくても大丈夫だよぉ』


 おおむね視聴者からも反応は良好みたい。

 私は本腰を入れて動画を視聴する。


「えっと、今日デビューしました。大海たまっていいます。よ、よろしくお願いしましゅ」


 あっ、また噛んだ。可愛い。


『ふーん、可愛いじゃん』

『こういう初々しさ悪くない』

『頑張れ、頑張れ』

『ちゃんと自己紹介できてえらいねぇ、えらい、えらい』


 チャット欄もとても和やかです。

 現在の視聴者はなんと215人! 個人勢の新人にしてはすごく多い方だと思う。

 でも、企業勢にも負けないキャラの出来の良さを考えれば当然だとも思った。

 それに加えて今日はなぜか大手の配信者が軒並みお休みしている。

 こういう運に恵まれたところもなかなかすごいんじゃないかと思った。


「そ、それじゃあ、僕はあまりお喋りするのが得意じゃないから、その代わりに今日はこのゲームをやりたいと思います」


 おー、マイクラかー。

 私はたまちゃんが僕っ子だったことで直ぐにお気に入りに登録した。


『僕っ子きたー』

『僕っ子いいですよ、はい』

『あざといけど、いいねぇ』


 マイニングクラフト、通称マイクラと呼ばれているゲームは、ゲーム実況者にとっては人気のゲームの一つです。

 ブロックで作られた世界の中で、そのブロックを使って建物を建てたり、世界を探究したり、時にはモンスターと戦ったりするゲームである。


「実はその……今日、一人で初めて配信するのがすごく怖くて、それで、えっとですね。お友達二人に協力して貰うことになりました。よろしくお願いします」


 えぇっ!? それってもしかして他の配信者やVとのコラボってこと?

 それならこの視聴者の多さも納得だ、どこかのSNSとかで告知されてたのかもしれない。

 でもタイトルにもその事は書かれてない……普通コラボならコラボする相手の名前が書かれる。

 となると普通にリアルの友達? 普通、Vでリアルの友達出てくるとかあり得るの……?


『リアルの友達? 大丈夫?』

『もしかしてまだ学生なのかなぁ? 怖がらなくてもいいんだよぉ』

『この展開は予想してなかった』


 案の定、チャット欄を見るとみんなたまちゃんの発言に困惑気味だった。


「よろしくお願いします!」

「……お願いします!」


 は? 間髪入れずに画面の向こうから聞こえてきた男性の声に、私の思考はおろかチャット欄も止まってしまった。

 え……これ、男の子の声だよね? しかも1人じゃなくって2人もいる。それにこの声……私はその人の声にとっても心当たりがありました。


「……あくあさん」


 私は誰もいない部屋で、一人画面に向かってそう呟いた。

 画面に映ったキャラのIDを見ると、一人はXx-MAYUSHINN-xX、そしてもう一人は、fps_SHIRO.a.q.u.aと書かれています。

 あぁ……これは間違いなく確定ですね。それにしても、あくあさん……そのIDじゃモロバレだよ……。お姉さんは画面越しにあくあさんの危機感のなさがとっても心配になりました。


『えっ、男の子いる?』

『嘘でしょ!? こんな展開ありえる?』

『ああああああ! お、男の人と一緒にゲームとか、初回から神配信じゃないですかあああ!』

『まさかの神展開キタコレ!』

『男の声聞いたの数年ぶりだわ』


 チャット欄は狂喜乱舞である。

 先ほどまでは視聴者215人に対して、チャット欄でコメントしてたのはせいぜい13人くらいだ。

 それが今や、視聴者の半数以上がものすごい勢いでコメントしている。


「えっと、それじゃあ今日はみんなで、このマイクラで理想の道路……じゃなくって、それぞれの理想のお家を作りたいと思います。制限時間は30分でどうかな?」

「えっ……30分じゃ無理じゃない?」

「確かに、できれば1時間は欲しい……」


 うん……できればこの夢のような時間を30分で終わらせてほしくはない。


『お願い! たまちゃん男の子たちのお願い聞いてあげて!!』

『チャンネル登録しました。だから1分でもいいので時間伸ばしてあげてください、おなしゃす!!』


 チャット欄でも、お願いだから1時間に伸ばしてあげてと延長のコールが続く。


「ん、それなら1時間で! じゃあスタート!!」


 ありがとうたまちゃん……チャット欄も、たまちゃんありがとう、たまちゃん女神の言葉で埋め尽くされていた。

 私は直ぐに別窓でいつもの掲示板を開くと、あくあさんが配信していることを告げる。

 既にこの段階で視聴者は倍近く増えていたので、おそらく見ていた人が私のようにSNSとかで情報を拡散させているのではないでしょうか。


「えっと……僕はカントリー系のログハウスでも作ろうかな」


 たまちゃんは手慣れた手つきでブロックを積み上げて、あっという間に家の外観を作っていく。

 早いだけじゃなく、現時点でもクオリティの高さが窺えた。


『すご……マイクラのプロゲーマーの方ですか?』

『男の子の声を聴きにきた私、何故かとんでもない建築を見せられるwww』

『あー、これは相当やってんね。男の子二人は大丈夫かなぁ?』


 たまちゃん視点なので、画面に映るのは自分の視線だけだ。

 ただ時折、たまちゃんが首を振ったりした時の男の子のキャラが端っこに写ったり、男の子のキャラがたまちゃんの目の前を横切っただけでもチャット欄は大いに盛り上がる。


「あっ、しまった。ブロック積む数間違えたぁあああ」


 突然のあくあさんの叫びに胸がドキッとする。


『は? ブロック積む数間違えるとか可愛すぎかよ』

『あああ、お姉さんが代わりにブロックの数を数えてあげたい、それかもしくはお姉さんをブロックに……』

『慌てふためている姿を想像したら捗る。あと自分がブロックになる事を考えた奴は天才』

『おい! 変な方向に話を持っていくな!! 配信がBANされたらどうするんだ!!』


 すごい勢いでチャット欄が流れる。

 ところでさっきチャット欄に同じ検証班の捗るさんが見えた気がしたけど、気のせいでしょうか?

 うん……きっと気のせいですね。恥ずかしいので他人のふりをしておきましょう。どうせそのうちBANされるでしょうしね……。


「ん? この木材微妙に色が違うのか?」


 もう一人の男の子は誰なのかはわかりませんが、随分と落ち着いた声です。

 声を聞く限りはまだ若そうですが、もしかして二人ともあくあさんの同級生とかなのでしょうか?


『まだいっぱい時間あるから大丈夫だよ!』

『落ちついて頑張ろっか、みんな応援してるよ』

『木材の種類なんてわからなくても大丈夫だよ』

『少しくらいのミスは気にしない気にしない!』


 二人の状況がどうなってるのかは分かりませんが、時折出てくる二人の言葉にチャット欄が騒がしく反応する。

 その中でも私以外にもあくあさんに気がついている人がいるようで、あくあさんが喋る度に配信の画面が何度も何度も重くなった。

 放送開始から10分足らずでもう視聴者数は1万を突破、せっせと建築をしているたまちゃんは今の状況に気がついているのでしょうか?


『これ、最初から勝敗決まってるんじゃwww』

『そもそも勝敗つけるんだっけ?』

『いやもうそんなのどうでもいい……男の子たちは、一体どんなお家作ったんだろう』

『たまちゃんはセンスあるよ。男の子二人呼んで理想のお家とかさもうね』

『理想のお家……妄想が捗る。特にベッドルームとかキッチンとか浴槽とかトイレとか念入りに造形してほしい』


 捗るさんはBANされたくなきゃ、そろそろ自重してください。

 貴女はそれを見て何を妄想してナニに使うつもりなんですか?

 それにしてもすごい勢いで建物を完成させるたまちゃん。

 技術とセンス、その手際の良さに、視聴者も段々と引き摺り込まれていったのか、チャット欄は男の子だけではなくたまちゃんにも反応し始めました。


「ふぅ……完成、かな? 二人とも、そろそろ時間だよー」


 あっという間の1時間。楽しい時って時間が過ぎるのが早すぎです。


「わ、わ、ちょっ、ちょっと待って」


 慌てるあくあさんの声に、チャット欄は、たまちゃん、後少しだけ待ってあげてーとお願いのコメントが続いた。

 中には運営は直ぐにでも収益化ONにしろ、この時間を引き伸ばしてくれるなら限度額まで赤スパするというものまでいる。しかもそんな事を言っているのは数百や数千単位ですらなかった、数万以上の人間がそう言っていたのだ。


「くっ……もはやここまでか」


 もう一人の子は声から諦めの色が見えた。一体どうなってるんだろうと、チャット欄の人たちはハラハラドキドキとしている。


「はい! おわりー。それじゃあそろそろ3人の建築見せ合いっこしよっか」


 無情にもタイムアップの時間だ。

 まずは最初に、たまちゃんのカントリー風ログハウスをみんなで見る。


「えっ、普通にすご……」

「すごい完成度だ」


 素直に驚くあくあさんとそのお友達。

 チャット欄では何故かみんな自分で作った気持ちになっているのか、男の子たちに褒められてやたらと自慢げだ。


「それじゃあ次に……マユシンくん。いいかな?」

「あ、あぁ……」


 マユシンくんのお家は、一言で言えば繊細で緻密だった。だが、それゆえに時間がなかったのだろう。

 お家は半分ほどしか完成しておらず、部屋がむき出しになっている状態だった。


『あー、惜しー、でもすごいすごい』

『うわぁー、これ完成してたらワンチャンあったかもー』

『ふーん、マユシンくんこういうお家が好きなんだぁ』

『えっ? 普通にすごい! それだけに完成したのが見てみたい!!』

『想像してたのより普通に上手かった……まさか、このレベルのものが続くんです?』

『剥き出しになったお部屋の壁になりたい……』


 チャット欄でもかねがね高評価だ。


「わっ! マユシンくんすごい! 細かいところの造形だとかすごく凝ってるね。これは僕には真似できないや」

「おっ! ここら辺とかの作りとかすごく丁寧だよなー、いかにもって感じがする。俺にはこういう細かい作業はちょっと無理だ……」

「猫……ンンッ、たまちゃんと、あー、シロにそう褒められると素直に嬉しいよ、ありがとう」


 え? この男の子もちゃんと女の子にお礼が言える素敵な子なんだ。

 やっぱりあくあさんのような素敵な男の子の周りには、同じくらい性格の良い男の子が集まってくるものなのかな?


『え……? この男の子たち性格良すぎない?』

『私の脳がバグって幻想でも見てるのかな? 男の子がこんなに優しい世界線とかある?』

『明日世界が滅んじゃったりとかしない? 大丈夫?』


 チャット欄でも総じて私と同じ反応をしていて苦笑した。


「ん、じゃあ次はー、えっと、あーくんの番なんだけど……なにこれ?」

「いや、普通に家だけど?」


 目の前のパソコンの画面に、あくあさんが作ったお家が映し出される。

 その前衛的な造形に、チャット欄も笑撃に包まれた。


『は? まさかの画伯かよ!』

『わぁ、一人でこんないっぱいブロック積めるなんて、あーくんはえらいね、えらい、えらい』

『いや、私、美大生だけど、これは芸術だよ、うん。ほら、有名な美術家だって当時は評価されなかったけど、後世に評価された人いっぱいいるし!』

『もはや家と言われなければ家とわからないレベル。どうしてこうなった』

『シロさんと一緒に住めるなら、私この家でも全然良いです』

『なるほど……ブロックを積む時点で介護が必要と……捗ります』


 凄まじい勢いでチャット欄が流れていく。その品評は様々なものだった。


 もはや作れただけでもすごいと褒める、超甘やかし過保護派。

 これは新しい芸術だと主張する、新美術派。

 寧ろ全てがかわいいと言い張る、かわいいは絶対勝利派。

 男性のする事を全て全肯定する、男性全肯定派。


 などなど……しかし全ての派閥が喧嘩するわけではなく、笑顔であくあさんの事について話し合ってる。

 たった一つの行動でここまで周囲を賑わせるあくあさんのスター性に、私を息を呑んだ。後、捗るさんはいい加減お黙りなさい。


「う、うん、まぁ、良いんじゃないかな」

「そ、そうだな、こ、これはこれでいいと思うぞ、うん」


 二人の戸惑った反応にクスリと笑みが溢れる。

 チャット欄も微笑ましいものを見るような和やかな時間が過ぎていく。

 本当にあっという間の1時間だった。


「今日は初めての配信を見にきてくれてありがとうございます。よかったらチャンネル登録してください」


 たまちゃんもこの配信内で成長して緊張が解けたのか、噛まずにはっきりと挨拶ができていた。


『よくぞここまで成長した』

『やればできる子だと思ってた』

『私が育てた』


 一体どこ目線の反応なのよ。

 まるで後方で腕を組んでる人みたいなコメントが並ぶ。


「手伝ってくれたマユシンも、あーくんもありがとうね」

「寧ろこっちこそありがとうな。今日はすごく楽しかった。たまちゃんもマユシンもまたやろうな」

「同じく感謝するのは僕の方だ。ありがとう、たまちゃん、シロ」


 終わりが近づいてきた事で、チャット欄がものすごい勢いで加速する。


『え? 待って、待って、やめないで!!』

『まだ見たいよー』

『お願いー、もっとぉ』


 誰しもが、この楽しい時間が終わって欲しくないと懇願した。たまちゃんは私たちの反応を見て戸惑う。

 しかし、ここで予想し得なかったとんでもない出来事が私たちを襲った。


 エラーが発生しました! しばらくしてからもう一度お試しください。


 どうやら国内のサーバーが耐えきれなかったようだ。配信サイトが視聴人数の多さにサーバーエラーを起こして動画が再生できなくなった挙句、強制的に配信が閉じられたのである。

 しかしこの騒動はまだこれだけでは収まらない。配信サイトが落ちた事で行き場を失った人たちがSNSで呟いたり、某掲示板に書き込みまくったりしたせいで続々と掲示板サイトやSNSが落ちていく。


「……すごい」


 配信の最後には、同時接続視聴者数が数百万になっていた。

 新人のVでいきなりVやゲーム実況の枠組みを超えて、国内最高の同時接続数を初回放送で更新とか伝説すぎるにも程がある。

 ネット掲示板はもちろんのこと、落ちる前のSNSのトレンドランキングも総じてこの話題一色になっていた。


「楽しかったな」


 放送が終わった後、私は椅子にもたれかかってさっきまでの楽しかった時間を何度も頭の中で反芻する。

 さっきまで家に一人、少し寂しい気持ちになりかけていたのが嘘のようだった。

 無機質に感じたこの部屋に、あの頃のお母さんがいた時の温もりを感じる。


「あっ、おかえりなさい!」


 喫茶店でバイトをしていた頃のあくあさんが私に言ってくれた優しい言葉を思い出す。気がつけば私の目からは涙がこぼれ落ちていた。でもこの涙は悲しいものなんかじゃなくて、とても大事で、優しくて暖かな感情に包まれた私の思い出。あくあさんのあの言葉があったから、私は自分がお母さんに愛されていた事を思い出す事ができた。

 自然と心がすごくぽかぽかと暖かくなっていく。あの言葉だけで、この思い出だけで、あくあさんのおかげで、1人でも生きていてよかったとそう思えた気がした。


「ありがとう……あくあさん」


 その日の夜、私はとっても幸せな夢を見た。

 朝起きた時には詳しいことは忘れてしまったけど、お母さんが生きていた頃の、私がまだ幼い頃の夢だったような気がする。


「行ってきます!」


 今日もいつもの朝と同じように、誰もいない家に別れを告げて会社へと出社する。

 相変わらず電車には同じ人たちばかり、いつもと同じ光景、変わり映えのない日常、でもその景色はモノクロームじゃなくって、今までとは違ってすごく晴れやかなものだった。


 あぁ、推しがいる生活って本当に楽しい!!


 心なしか、その日の街並みですれ違う人たちの表情は皆、私のように色づいて見えた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 終わりに近いところ。「のである。」が浮いているので、後で削っておいた方が良いです。
[一言] この回読んで、何か好きに成ったんだよな~
[一言] サーバーさん…。゜(゜´Д`゜)゜。ブワッ コメントで特定される捗る自重してくれww 今後言い回しが重要になりますぞ!
感想一覧
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