千聖クレア、雪白美洲捕獲作戦。
「ワーカー・ホリックか。すまねぇ。ミシュ様の確保に失敗した」
「は?」
聖あくあ教十二司教の1人、粉狂いから連絡を受けた私は手に持っていた携帯電話を落としそうになる。
信徒の1人であったネットカフェの店員から、あくあ君の誕生日配信を視聴するためにやってきたミシュ様を確保したという連絡があり、私はすぐに粉狂いをネットカフェへと向かわせた。
確実で簡単な仕事、その予定だったはずなのに、どうしてこうなったんでしょう?
彼女はビスケット・ジャンキーな事を除けば比較的まともな事はわかっているから、失敗したのには何か理由があるはずです。私はその理由を問いただした。
「……それがな。信じられねぇ話だと思うが、トイレに行ったはいいが、帰り道に迷ってそのままスタッフ通用口を通って外に出たらしい。だから店員が気がついた時には、もうどこかへと行ってしまった後だったんだとよ」
え……? そんな事、普通にある?
って思ったけど、私の胃痛の種その1のあくあ君のもう1人のお母さんで、胃痛の種その2のえみりさんの親戚なのだと思ったら、何故か自分の中で納得した。
なるほど……私達のような凡人如きが御し切れるなんて思うなよって事ですか?
「わかりました。粉狂いは引き続き周辺地域の捜索を継続してください。こちらからも助っ人を手配します」
「了解した」
ふぅ……私は電話を切ると軽く溜息を吐いた。
溜息を吐くと幸せが逃げていくと聞きましたが、まさにその通りだと思います。
「くの一、いますか?」
「にんにん!」
くの一は口に何かを咥えながら天井から降りてくる。
最初は忍者らしく巻物でも咥えてるのかと思ってたけど、よく見たらカロリーが摂取できる栄養調整食品でした。
「食事中だったでござる……もぐもぐ」
「ごめん……」
あれ? 忍者といえば普通は忍者飯じゃないの?
「忍者飯みたいな小さくて黒い塊、もう不味くて誰も食わないで候。現代に生きる忍者の栄養摂取といえばこれでござる」
なんか、ちょっと夢が壊れたような気がした。
「えーと……休みの日に申し訳ないんだけど、人を集めて向かって貰えるかしら?」
「了……む? 何奴!」
くの一は手に持っていた物を投げる。
「あら、流石の反応ね」
物陰から現れた私の胃痛の種その3、闇聖女ことスターズ正教の主教キテラの姿を見た私は頭を抱える。
「でも……これはなあに?」
「あ……拙者のご飯……手裏剣と間違ったでござる」
りんちゃん……くの一ってそういう所あるよね。たまにおっちょこちょいというか、抜けてるっていうか……。
えみりさんがこれぞ本当の抜け忍、なんちゃって、なんてクソしょうもない事を言ってたけど、忍びの里から実際に抜けてきてるから笑い事じゃないんだよなぁ……。
闇聖女はくの一が食べていたのと同じ栄養調整食品をパクリと食べる。
「これはショートブレッドかしら? スターズのお菓子を思い出すわね。そういうわけで、はい、これ。うちのお菓子は日本と比べるとあんまり美味しくないけど、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「ありがたくいただくで候」
私とくの一は闇聖女から菓子折りの箱を貰った。
スコーンとクロテッドクリーム、ジャムと紅茶のセット、あっ、ここの結構お高い奴じゃないですか。
スターズに留学していた時の事を思い出します。
「拙者、スコーンは初めてでござる……! ありがとうで候!!」
うんうん、よかったね。って、そうじゃない!
闇聖女さんは、なんでこんなところにきたんだろう?
ただでさえ好き勝手行動して、急にこっちに移住してくるし、また私の預かり知らぬところで何かやろうとしてないでしょうね?
ああ……なんでここって、自由に動く人が多いんだろう? あ! そっか、信仰してる神様と聖女が好き勝手に動いているからだ! なるほどね。今、理解しました。
「ワーカー・ホリック、くの一は我が聖あくあ教で最大の戦力です。出来うる限りですが、観測手とくの一の2人はあくあ様から離さない方がよろしいかと」
うーん、でもそうすると誰を行かせるかっていうのが問題になるのよ。
ここってほら、貴女とか聖女とか貴女とか元女王様とか貴女とか皇家のお嬢様とか貴女とかみたいに何をしでかすのかわからない人が多いし……。
「それとお忘れかもしれませんが……くの一も方向音痴です。万が一の場合、ミイラ取りがミイラになる可能性も……」
「あっ……」
そういえばそうだった……!
スターズの時も迷子になってたって聞いてるし、そうなると更に余計な手間がかかってしまう。
「というわけで、ここは1番暇な私が向かいます。それでよろしいでしょうか?」
「あ……はい」
もちろんダメなんて言えるわけがありません。
うう、闇聖女の無言の圧が怖いよぉ……しくしく。
みんなさぁ、忘れてるかもしれないけど私って只の高校生なんだよね。
お家だって普通だし、えみりさんみたいなちゃんと高貴な血筋の生まれでもなければ、あくあ君みたいな超人でもないんですよ。
そもそもよく考えたら、いや、考えなくても、くくり様やメアリー様を差し置いて、私がナンバー1っておかしくないですか? って言うと、みんなまたまたご冗談をって顔をするんですよね。
それはむしろ私の方がいいたいんですけど……。
「あぁ、それと……雪白美洲の捕獲には、既に多くのグループが動いているみたいですね。白銀しとりさん主導のベリル、総理が主導している政府ならば先を越されても大きな問題にはならないかもしれませんが、他国には十分ご注意を……。それこそ粉狂いこと、ステイツの大富豪の一人娘でもあるアニューゼ・テイラー・クゼシックや、カノン様の親戚筋に当たるローゼンエスタ公爵家の後継者でもある司祭のナタリア・ローゼンエスタは、裏で白銀しとりさんと繋がっているみたいですし、十二司教やご学友と言ってもあまり信用なさらぬように」
は……? 今、なんていいました?
あくあ君のお姉さんと、粉狂いやローゼンエスタ先輩が繋がってるなんて聞いてないですよ!?
うっ……いたたたたた、胃が……胃がああああああああ!
「ワーカー・ホリック。胃薬です」
「あ、ありがとう……くの一」
「あ……なんならリラックス作用のある草が」
「アレはいらない」
聖あくあ教ではアレをタバコのような形状にして販売している。
副作用とか依存性はないなんて言ってるけど、本当に大丈夫なのでしょうか。
医師でもある神絵師から聞いた話では、依存症患者にも絶大な効果があるらしく、薬漬けになっていた末期患者ですら見るみるうちに元気になったとか、病気で死ぬ手前だった患者が元気に手を振って退院したとか、心の病気で苦しんでいた人が劇的に改善したって俄には信じられない内容ばかりでした。
でも実際にデータとして出ているんだから信じるしかないんですよね。
そもそもあれって、ただのヨモ……って事を考えると、やっぱりあくあ君の匂いが……え? じゃあ、あくあ君って本当に神なんじゃ……? ああ、ダメよクレア! 私がしっかりしないと!! 世界がポンコツ菌に汚染されつつある今、私だけでもちゃんとしないとって何度も自分に言い聞かせる。
「あーあーあーあー」
再び1人になった後、私は背もたれのついた椅子に座ったままぐるぐる回転する。
うん。少しは落ち着いてきたかな。
私は机の引き出しを開けると、クイズ番組とかお笑いのコントで使ったりするような赤いボタンを取り出す。
このボタンを押せば、世界各地にある核ミサイルが一斉に発射するという代物だ。
残念ながらもはやこの世界に残っているコンピューターは全て、アルティメットハイパフォーマンスサーバーとかいう馬鹿げたAIの支配下にある。
お昼のワイドショーじゃ呑気に未来のAI戦争とか、AIに自我がとか言ってるけど、うちのAIは自我どころか勝手に受肉して呑気に外を動き回っているのだ。
うん……何度も言うけど、私、ただの高校生なんだよね。お家だって普通だし、あくあ君みたいに神様なんかじゃないの。そんな私に、この組織とボタンはあまりにも重すぎます。
「はぁ……」
でも、このボタンがあったおかげであくあ君が怪我した時もどうにかなりました。
暴走しそうになった教徒達を集めて、ボタンの上を人差し指でトントン叩きながら私のお話を聞いてくれるかなあと言ったら、みんな静かに言う事聞いてくれたし……私、もう常にこれ持って教団内を歩こうかな。うん、そうしよう!
「頼む。それだけは洒落にならないからやめてくれってみんなが……」
私の元に聖女エミリーが土下座しにきたのはそれから数日後の事でした。
うん、わかってるならみんな自分勝手な行動は控えて、ちゃんと言う事を聞いてね?
そして肝心のミシュ様の行方はどうなったかと言うと……。
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