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白銀カノン、私って正妻ですか?

「ぷはーっ! やっぱ風呂上がりはコーヒー牛乳だぜ!」

「いやいや、お風呂上がりはフルーツ牛乳でしょ」

「私は、普通の牛乳の方が好きかも」

「いちごみるくで……」


 牛乳瓶を手に持った姐さんと、フルーツ牛乳を手に持ったティムポスキー、コーヒー牛乳を手に持った捗るが一斉に私の方へと視線を向ける。


「はぁ……。嗜み、それはねぇわ」

「え? 嗜み? え? フルーツ牛乳派の私も流石にないわ」

「嗜みさんはいちご好きですよね」

「あっ! そういえばこいつ、中学の時にいちご柄のパン……」


 私は捗るの方をキッと睨みつける。

 今日はあくあが居ないからいいものの、そんな子供っぽいのを穿いてるって知られたら、どうするつもりだったのよ! これでも最近はそういう子供っぽいのはできる限り避けてるんだからね!

 後、別に私がいちごミルクでもいいじゃん! 隣のペゴニアなんてメロンミルクなんだから!!


「ところで嗜みさん、あくあさんは本当に大丈夫なんでしょうか?」

「一応、小雛先輩が一緒だから大丈夫じゃないかな」


 小雛先輩の呼び出しで家を出ていったあくあがどうなってるかは知らないけど、こういうのはたまにある事だから、そこまで心配する事ではないと思う。

 姐さんが知らないって事を考えるとお仕事じゃなくてプライベートかなと思うけど、あの2人って本当に何もないのかな?


「で、どうする? せっかくのお泊まり会だし、まだ寝るにはいくらなんでも早すぎるだろ」

「なんかテレビでも見ようぜ!」


 ティムポスキーと捗るがリモコンの選局ボタンをカチャカチャと回す。

 って、そこ喧嘩しない! ティムポスキーは鎖骨を骨折してるんだから大人しくしなさいよね。

 そうじゃないとまた上司の人に怒られちゃうわよ。


「あれ? テレビ欄に、森川楓のお部屋って番組があるんだけど、楓さん、新しい番組始まるんですか?」

「あーそれね。確か生放送で、ゲスト呼んでくっちゃべるやつね。今日からスタートだったんだね」


 ん? 何かそれっておかしくないって思った私は、捗ると顔を見合わせる。


「おい待てティムポスキー、よく考えろ。生放送なのに、なんでここにお前がいるんだ? あと5分くらいで始まるぞ」

「え?」

「え?」

「え?」


 いやいやいや、びっくりしてる顔してるけど、ティムポスキーさん?

 なんで生放送なのにスタジオじゃなくって、ここにいるんですか?


「あわあわわわわわわわわ」

「ティムポスキー、ホゲって狼狽るのは後だ! とにかく服を着替えてすぐに放送局に行くぞ!」


 バイクの鍵を手にした捗るは、すぐに服を着替えようとする。

 でも時既に遅し、私達があたふたしている間に、森川楓のお部屋は本人不在のまま始まってしまった。


「は?」

「え?」

「ん?」

「何!?」


 画面に映った不機嫌そうな顔をした小雛先輩を見てみんなが固まる。


『ん? 何これ? もう始まってんの? はー、何? この番組ってこんなんなの? スタートからしてどっかの誰かさんみたいに全然締まらないじゃない! ていうか、せめて始まりの合図くらいはちゃんとしなさいよ。あまりにも演者に不親切が過ぎるでしょうが! AD、誰? あんた素人? ちょっとこっちきなさいよ!』


 初っ端から荒ぶる小雛先輩の姿に、私達は圧倒される。

 小雛先輩、スタッフの人に圧をかけ過ぎるとパワハラって言われちゃいますよ!

 それとさっき初回ゲストって書いてたけど、あれ? MCここにいるんだけど、もしかしてゲストだけで始めるんですか?


『どうどう……小雛先輩、落ち着いて』


 聞き覚えのある声に私たちは顔を見合わせる。

 ティムポスキーに限っていえばもうずっと口が開きっぱなしである。


「あくあ?」

「あくあ様?」

「あくあさん?」

「あくあ君?」


 え? 待って……姐さん?

 私と姐さんは顔を見合わせて、お互いに何も知らないよと首を左右に振る。

 この番組に出るなんて私も知らなかったけど、どうやら姐さんも知らなかったみたいだ。


『えー、ただいま、初回ゲストの小雛ゆかりさんから、そのー……スタッフに対してパワハ……ンンッ! 圧をかけたかのような印象を与える言動がありましたが、その……それはですね。小雛先輩はその、言葉が足りないところがありまして、決してスタッフの人を虐めようだとか、そういう意図は全くないんです。はい。もっと番組を良くしたい、みんなで一丸となって良い番組を作って、視聴者の皆様を楽しませたいという思いがですね。そう。思いが溢れ出てしまっただけなんですよ』

『長い! あんたは総理か!』


 なんて理不尽な……。せっかく、あくあが必死に取り繕ってくれているのに、一言で長いと言い放った小雛先輩を見た私達は驚きを通り越えて固まる。


『そもそも、そんなことばっか気にしてるから最近のバラエティ番組がクッッッッッッソつまらないのよ。コンプライアンスなんてチリ紙で包んでゴミ箱に捨てろ!!』

『わーわーわー』


 あくあは大きな声を出して、なんとか小雛先輩の言葉を止めようとする。


『何よ! わーわー五月蝿いわね!』

『小雛先輩、これ他人の番組です。この番組を初回放送で終わらせちゃうつもりなんですか!?』

『それよそれ! MCどこ?』


 MCここにいます。

 こら、ティムポスキーは姐さんの後ろに隠れないの!


『えーと……森川さんは鎖骨を骨折したために今日はお休みだそうです』

『はぁ? それでも普通、スタジオくらいには来なさいよね!』


 うん、正論だよね。ティムポスキーを除く全員が頷いた。

 小雛先輩はカメラに向かって目を細める。カンペでも出ているのかな。


『え? 何? あいつは使えないから置いて行くって?』

『そんな事、一言も書いてないですって! 今日はだからほら、今回、森川さんが仕事を受けるのに仲介に入ったのがベリルだったから、代役で俺が来たじゃないですか。ほんと突然だったから告知も間に合わなくって、見ている皆さんもびっくりしてたりするんじゃないかな』


 はい、少なくとも貴方の嫁は今まさに色んな意味でびっくりしてます。

 そういえばこれ民放だっけ。よかったねティムポスキー。これが国営放送なら上司の人から怒られてたね。


『よし、それじゃあもうこのまま私達でこの番組を乗っ取ろう。そこのスタッフ、名前何? あぁ、中西ね。あんた、この後ろの看板、来週から小雛ゆかりの部屋に変えておいて』

『ちょ、小雛先輩!? 喧嘩っ早い小雛先輩にMCなんて務まるんですか?』

『じゃあ、あんたが責任とってMCやりなさいよ! だから来週からあんたも来るのよ』

『ええ……そんな事したら、森川さん、泣きますよ? ただでさえ今日だって呼ばれてないのに……』


 はい、私の隣で泣いてます。

 私もあくあ君とおしゃべりトークしたかった? え? そっち?


『で、この番組って、何するわけよ?』

『えーっと、お部屋でダラダラしながらなんか適当に話してください。だって』

『何よ、そのぼんやりとした企画! ちょっとプロデューサー! あんたこれで金を稼ごうなんて、ふざけてるにも程があるでしょ。出てきて視聴者に謝罪しなさいよね! というか、その前に私たちに謝れ! 進行から企画まで完全に私とこいつに丸投げじゃないの!!』

『ストップ、小雛先輩、ストップ!!』


 制御不能な小雛先輩に振り回されるあくあを見て笑みがこぼれる。

 まさかあのあくあの方がストッパーになるなんて、誰が想像した事だろうか。

 それもあって既にもうちょっと面白い。


「こーれ、小雛先輩の方が嫁なみより距離が近いです。どんまい嗜み」

「え?」

「私は小雛先輩に番組を寝取られたけど、嗜みは小雛先輩に旦那を寝取られたんだ……。かわいそう」

「え?」

「嗜みさん……頑張ってくださいね」

「え? 姐さん……?」

「ほら、言わんこっちゃない。お嬢様。アレを使って旦那様を押し倒していればこんな事には……」

「ペゴニア?」


 って、みんなして、何よもう! 寝取られてなんかないもん!! あくあは私の旦那さんなんだから!!

 後、あんな大事な部分が丸出しになった下着なんて着られるわけがないでしょ! 只の痴女じゃない!! あくあだって普通に引いちゃうでしょ。


『あー、一応なんかちょっと指示っぽいのあるみたいですよ。えー、なになに、お部屋感を出すために、着替えてきてくださいだって?』

『ちょっとこれ生放送でしょうが! そういうのは番組前にさせておきなさいよ! 着替えてる間、完全に無駄な時間じゃない! ほんっと、この番組のスタッフは……段取りが悪過ぎるにも程があるでしょ。あんたら、もしかして今日放送あるってMCにも伝えてなかったんじゃないの?』

『あ……』


 あくあの顔を見て全てを察する。

 まぁそうだよね。普通に連絡があったら、今日こんなところで呑気にフルーツ牛乳なんて飲んでないだろうし……。


『んじゃ、私、こっちの更衣室だから』

『はい。それじゃあまた後で』


 2人は用意されたお部屋セットの中にある左右の扉を開けて同時に更衣室に入る。


『って、本当に大丈夫なんですかこれ? 今、誰もカメラに映ってないんじゃ……』

『だから私がさっきそう言ったじゃない! 今から番組を見始めた人は絶対に放送事故だと思ってるでしょ! っていうか、完全に放送事故じゃない!!』

『それをいうなら、森川さんが来れてない時点で放送事故とも……』

『なるほどね。MCが放送事故なら、番組も放送事故だわ。納得したら怒る気力すらも湧かなくなってきた』


 あ……画面から聞こえてきた服を着替える時の衣擦れの音に私達はみんなで顔を見合わせる。

 ちょっと待って、あくあのそんな音を聞かされたら、なんか変な気持ちになっちゃう……。って、捗る! 内股にならないでよ! もう!!


『小雛先輩、着替えました?』

『ちょっと待って……ん、大丈夫よ!』

『じゃあ、外に出ますよ』

『OK!』


 2人が更衣室の扉を開いて出てくる。


『あんたそれ何? 羊? って、私が贈ったやつじゃないそれ!』

『みたいですね。先輩から貰ったのは家にあるので、これは同じ商品だけど別のかな? で、小雛先輩はそれ何ですか? 猫? あ、狸か!』

『誰が狸よ! 虎よ虎! ほら、がおー! 怖いでしょ!』

『いや、むしろかわ……ンンッ、はい。怖いです』

『ちょっと! さっき可愛いって言いかけたなら、そのまま可愛いって言いなさいよ!!』

『かわ……いそうの間違いかもしれませんよ?』

『素直に可愛いって言え!』


 私は姐さんと顔を見合わせる。


「ふふっ、ふふふ、ダメ、笑っちゃいました」


 珍しく姐さんがお腹を抱えて笑った姿を見て、捗るは口を大きく開けた。


「姐さんが……笑った、だと?」

「私でも笑う事くらいありますが何か?」

「ヒィッ! すんませんでしたああああ!」


 捗るは本当に余計な一言が多いのよね。

 この前の配信の時もそうだったけど、直ぐに謝るなら言わなければいいのに……。

 ま、姐さんをそうやって弄れるのなんて捗るくらいしかいないから、姐さんも結構喜んでそうだけどね。


『で、このテーブルの上のカードは何?』

『えーっと、これに本日のお題を書いてるから話に困ったら選んでくださいだって。どれにします?』

『はい、これ!』


 選ぶのはっや!

 迷いなく一枚のカードを手に取った小雛先輩はそれをあくあに手渡す。

 そこは自分で読まないんだ……。顎であくあを使う小雛先輩を見ると、この人、本当にとんでもないなって思う。


『それでは最初のお題は……今年もそろそろ終わりですが、何かやり残してる事はありませんか? だって』

『ない。次』

『ちょ! それこそ流石にないでしょ!?』

『じゃあ、あんたはなんかある?』

『ない……かな』

『ほら! あんたも私と一緒なんだから、そもそもやり残しなんてあるわけがないのよ! やらなきゃいけない事はさっさとする! これができる女の条件よ! 誰よこのクソつまんないお題考えたスタッフは?』


 小雛先輩は次のカードを引いて、あくあに手渡す。

 え? さっきのお題はもう終わり? そのスピードだと、あっという間にカードがなくなるんじゃ……。


『じゃあ、次のお題は……この番組についてどう思いますか。だって』

『クソ、次』

『ちょっと、小雛先輩、流石に生放送でクソはまずいですって、もっとオブラートに……』

『オブラートもクソも、私は本当の事を言っただけよ! そもそも、こうやってカード裏返しにして隠してるのに、最初にこれを引いちゃったら感想もクソもなくない? こういう質問は最後にくるならまだしも、隠してる時点で最初に引く可能性があるって、企画やる前に普通はわかるでしょ!」

『確かに……』

『スタッフもホゲった顔してないで少しは考えなさいよ! そんな仕事で金が稼げると思うな!!』


 あー、うん。さっきからガチギレしてる小雛先輩の言いたい事はなんとなくわかる。

 確かにそれはスタッフ側の不手際じゃないかな。


『もういいわ。全部カードめくって、まともそうな奴だけ答えるわよ。そうじゃないとこれ、最後までグダグダになって私達まで巻き添え食らっちゃうじゃない。それともスタッフは私とこいつをつまんない奴にしたいわけ!?』


 いや、それはもう大丈夫かと……番組はつまらなさそうだけど、2人のトークは今の時点で面白いです。

 小雛先輩とあくあは企画を無視して、全てのカードをめくってお題を確認する。


『一個もまともなのがないじゃない! この番組のスタッフの頭はどうなってんのよ!』

『あー……これなんかまだマシじゃない?』

『どれよ? あー……まぁ、これならマシな方ね』

『うん、それじゃあ、このお題で』


 あくあはカードに書かれた内容を視聴者に見せる。


『これからやってみたいお仕事、小雛先輩なんかあります?』

『そういうのは聞く方が先に答えるのがマナーじゃない?』

『確かに、これは一本取られました。俺は……そうですね。もっとこう、ファンの人と触れ合えるような企画がある番組とかやってみたいかな。あとはこの前、ベリルアンドベリルで旅に行ったのが面白かったから、どこかに出かけたりする企画は面白そうだなって思いました』

『いいんじゃない? 私もどっか温泉とかに行ってのんびりしたいわ』

『仕事で温泉とか最高じゃないですか』


 小雛先輩は何かを思いついたのか、プロデューサーの名前を連呼する。

 普通、生放送をしている番組の最中にプロデューサーを呼ぶ? この弟子にしてこの師匠ありというのだろうか。もはや誰も小雛先輩のフリーダムを止められない。

 なるほどね。この番組のMCがティムポスキーで、代役があくあっていうのはそういうことなのねと思った。

 正直、ティムポスキーかあくあくらい鈍感じゃないと、普通のMCならストレスで胃がマッハで死にそう。


『この番組の予算っていくら?』

『え……? いやぁ、それは……』


 狼狽えるプロデューサーさんの顔を見て私達は同情する。

 普通に考えて生放送でそんな事言えるわけないよね。

 一般視聴者の私にすらわかる事だが、それを些細な事と認識している小雛先輩にとっては関係ない。

 前にテレビであくあの突飛な行動について、白銀あくあさんはそもそもそういう私達の固定観念や常識といった次元では戦ってない、って言ってた人がいたけど、小雛先輩も全く同じだと思う。

 テレビのタブーだとか、そういう不可侵領域なんかは彼女の前では全くの無駄なのである。なぜなら小雛先輩もあくあと同様に、そういう次元でテレビに出てないからだ。


『あっ、良い事思いついた! 鎖骨折って休みのMCがいるじゃない! あいつ、テレビに出てないんだから、そのギャラを全部カットして私達で温泉ロケ行けばいいじゃない! さすが私、頭いいわ。そういうわけでよろしく』


 もはや決定事項と言わんばかりに、小雛先輩は自分の言いたい事だけ言ってプロデューサーを追い返す。

 テレビの前に陣取っていたティムポスキーはそれを見てホゲった顔をしていた。


「がーん! シクシク、シクシク……」


 うん、仕方ないよね。

 ただ、捗るは慰めてるフリをしてあげるのはいいけど、仕方ない。お前役に立ってないもんは、全くと言って慰めてないと思う。むしろ傷に塩を塗りたくってるよね。


『で、小雛先輩はどういう仕事やりたいんですか?』

『そうね……私、あんま舞台とかミュージカルには興味なかったけど、あんたとなら一生に1回くらいは出てもいいわ』

『おっ! これは言質とりましたよ。本当にいいんですか?』

『いいわよ。ただつまんない脚本だったら、あんたの事を1から教育し直すから! ちゃんと面白いやつを持って来なさいよね』


 これには隣に居た姐さんと、只のファンとして両手を合わせて喜び合った。

 だってあくあと小雛先輩が出る舞台やミュージカルなんて楽しみでしかないもの。

 そんな事を考えていたら、私のスマートフォンにメールが入った。

 誰だろう? ん……玖珂レイラさん?


【それ、面白そうだから、私も出るって言っておいて】


 わわ! 玖珂レイラさんといえば本場ステイツのブロードウェイでも、間違いなくトップクラスのミュージカル女優だ。ただでさえあくあと小雛先輩の初挑戦で注目を浴びそうなのに、玖珂レイラさんまで参戦するとなったら凄い事になるんじゃ……。

 私は隣に居た姐さんにすぐその事を伝えた。

 流石にこれ以上は私では手に負えないので、ここから先はベリルの皆さんにお願いします。


『それじゃあ次のお題にいきましょうか』

『ない』

『え?』


 小雛先輩からあまりにもそっけない答えが返ってきたあくあは思わず聞き返してしまう。

 ため息をついた小雛先輩は再びカードの方へと視線を向ける。


『他のお題を見てみなさいよ。もう碌なのないじゃない! 例えばこれ! 好きな食べ物は何ですか?』

『うどん』

『はい、終わり。それ以上なんか掘る必要ある? しかもこいつがうどん好きなんて、ファンで知らない奴なんていないでしょ! せめてさ、どこの店のおうどんが好きですかとかそういうのにしたら……って、それ以上言ったら、明日お店の人に迷惑かかりそうだからここで止めとくわ』


 小雛先輩、ナイス判断です……!

 ていうかそういう気を遣えるのに、そんな感じなんですね。

 あくあのいう空気は読めるけど読まないっていうのはそういう事か……。


『ちなみに小雛先輩が好きなのはカレーです。しかも辛いのダメだから、ハチミツが入った甘いやつ』

『ちょっと! なんでバラすのよ!! っていうか、あんたも辛いの苦手じゃない!』

『いや、俺はめちゃくちゃ辛いのが苦手なだけで、カレーは普通に中辛……』

『裏切り者!!』

『ええっ? それはいくらなんでも理不尽すぎでしょ……』


 へー、小雛先輩って辛いの苦手なんだ。

 ちなみに私もカレーは甘口だけど、隣にいたペゴニアがやたらと頷いているのが気になる。


「旦那様って……案外、子供っぽい女性が好きなのでしょうか?」


 悪かったわね! 子供っぽくて!!

 そのおかげで甘口のドライバーカレーを美味しく食べれてますよーだ!


『ご飯の話してたらお腹空いてきた。なんか注文していい?』

『いくらなんでもフリーダムすぎでしょ……』

『あ、ちゃんとこっちに冷蔵庫とかキッチンあるじゃない。なんか作ってよ』

『マジか……って、ちゃんと食材入ってる』


 あくあが冷蔵庫を開けると、普通に一通りのものが中に入っていた。


『この番組、明らかに低予算なのに、変なところにお金使いすぎでしょ。今日、こいつが来なかったら、この食材、完全に無駄だったじゃないの! 食べ物を粗末にするんじゃない!!』

『えっ? 小雛先輩がそれ言っちゃうの……?』

『何? なんか文句ある?』

『い、いえ……ないです』


 あくあは冷蔵庫に入っていた食材を取り出すと、IHの電源を入れて本当に料理を始めた。


『先輩、お米がないからサンドイッチでも大丈夫ですか?』

『はぁ? 別にサンドイッチでもいいけど、何でお米がないのよ!』

『そもそもレンジとかトースターとかコーヒーメーカーどころか、かき氷機や餅つき機まであるのに、なぜか炊飯器だけはありません!』

『な……ちょっと! 何で1番重要なものがないのよ! え? 買い忘れた? 普通に考えて、それ買い忘れる? ありえないでしょ! 米農家さんに謝りなさいよ!!』

『先輩ストップ、お米が残ってたのを忘れて、炊飯器の中でカチカチにしてた先輩が言っていい台詞じゃないです』

『ちょっと!』


 ふふ、ふふふ……あくあのツッコミが的確すぎて普通に笑っちゃった。


「なるほどね。あくあ君は小雛先輩の家にある炊飯器の中も把握してると……」

「こーれ、嗜みとかいう奴の正妻の座がピンチです。掲示板に書き込んだろ」

「ちょっと! 捗る、止めなさいよね!」


 もう、ニヤニヤした顔して! 私に何かあるとすぐに喜ぶんだから。

 私は捗るから携帯を奪おうと手を伸ばす。しかし捗るがすんでのところで回避したために、空を切った手が捗るの体に触れてしまう。


「ん……」

「ちょっと捗る、変な声出さないでよ!」

「じゃあ、お前のも揉んでやるよ。ぐへへ、揉み師の捗るさんに全てを委ねなさい」

「な!? そのやらしそうな手つきで近づかないでよ!」


 私と捗るが子供のような喧嘩でお互いの乳を揉み合ってる間に、あくあは料理を完成させる。


『ほい。厚焼き卵とボンレスハムのカラシマヨサンドイッチいっちょ上がり!』

『へー、美味しそうじゃない!』


 あ……美味しそう……。

 私と捗るはじゃれ合うのを止めて、顔を見合わせる。


「しゃーない、腹へりの嗜みさんのために、私がサンドイッチを作ってあげますか!」


 捗るはあっという間に同じようなサンドイッチを作った。

 うん……さすがはあのペゴニアが料理で満点を付けただけの事はある。


「もぐもぐ、もぐもぐ……ん、パーフェクトです」


 ペゴニアはサンドイッチを食べながら親指をグッと突き立てる。

 ほんと、捗るってこういうのだけは完璧よね。


「あれ? この番組、料理もやったからティムポスキーのやってた毎日ご飯の企画まで取られたんじゃ……」

「シクシク、シクシク……サンドイッチがしょっぱくて美味しいよぉ……」


 捗るは自分でも余計な事を言ったと思ったのか、ティムポスキーに自分が食べるサンドイッチを渡して慰める。

 仕方ないから私と姐さんもティムポスキーを慰めた。


『なんか、お腹いっぱいになったら眠たくなっちゃったわね。ねぇ。この番組、あとどれくらい? まだ終わんないの?』

『先輩、食べた後に寝るのはダメですよ! 暇なら俺が洗い物してる時に掃除の一つくらいはしてくださいよ』

『あんたは私のお母さんか!』


 あくあは持ってきた台拭きでテーブルを丁寧に磨くと、こたつの中に足を突っ込んでくつろいだ。

 なんだろう。この2人を見ていると、普段から同居してるように見えるのは私の気のせいかな?

 私はとりあえず近くにいた捗るがさっきから寝取られ乙とか言ってうざいから睨みつけた。


『で、最近どうなのよ? あんた今月、忙しいんじゃないの? こんなクソみたいな番組出てる暇なんてないでしょ』

『先輩、きっと楽しんでる視聴者もいるはずだから、そんなクソを連呼しなくても』

『はぁ? さっきから私とあんたがしょうもない話をくっちゃべてるだけじゃない! こんなの見て笑ってるやつなんかアホしか……』


 あくあは慌てて小雛先輩の口を手で押さえる。


『小雛先輩、流石に視聴者批判はまずいって……』


 小雛先輩はあくあの手から逃れると、カメラに向かって目を見開く。


『こんなぼんやりしてる番組を見てニヤニヤしてる奴なんて、どうせ頭がポップコーンみたいな視聴者しかいないわよ!! スタッフもホゲ、来てないMCもホゲ、おまけに代わりにきたあんたもホゲ、視聴者もホゲ、全員ホゲってるじゃない!! ほら、だからさっきから全然CMに入らないじゃない! CMスポンサーですらまともについてないとかどういう事なのよ! これ、本当にギャラが出るのか心配になってきたわ!』


 あ……確かに言われてみればさっきから一回もCMに入らずに30分以上が経過している。


『この番組、CMを一箇所に固めて、極力トークの間をぶち切らないようにしてるらしいです』

『ふーん、そういう所はしっかりしてるじゃない! あんたたち、やればできるんなら、他のとこももっと頑張りなさいよ!!』

『そういうわけですし、小雛先輩も視聴者の皆さんも、初回放送だから少しはグダグダでも大目に見てくれると嬉しいです』

『ほら、やっぱりグダグダじゃん!』


 正直、小雛先輩の怒る理由もわからなくはないからなんとも言えない。

 それこそさっきから指摘するように、番組としてはグダグダもいい所だ。

 さっきのカードに書かれていた事も、話が広がらない微妙な質問が多かったと思う。

 それでもこの番組を見ている多くの人は、笑ってるんじゃないかな。

 それくらいあくあと小雛先輩の掛け合いが絶妙だ。どっちもボケにもツッコミにも回れるし、小雛先輩が他の女性陣と違って一切あくあに容赦がないのがまた面白い。

 ティムポスキーには悪いけど、来週からこの番組が小雛ゆかりの部屋になっていてもおかしくないと思った。


『それこそ最近……12月といえば、小雛先輩主演の映画もそろそろ公開じゃないですか?』

『腹を切るね。あんた、雪白美洲や玖珂レイラの映画より先に私のを見にきなさいよ。あ、いや、後でもいいわ』

『え? 小雛先輩、大丈夫ですか? 食べ過ぎでお腹壊しちゃいました?』

『失礼ね! つまり、そいつらのを先に見たとしても、私の方がいい作品だって言いたいの! アヤナちゃんの分と一緒にチケット2枚用意しておくから絶対に見にきなさいよね』

『はい。それと2人の作品なら試写会に招待されて、カノンと先に見ました』

『それをさっさと言いなさいよ! もう!』


 12月には、小雛先輩、レイラさん、ミシュ様の映画が3本同時期に公開される事が掲示板でも話題になってた。

 ただ既に試写会も終えてある程度の情報が出ているレイラさんとミシュ様の映画と違って、小雛先輩の映画はフラットな視点から見て欲しいという理由から一切試写会を行なっていない。

 一体どんな映画になるんだろうかと、あくあもすごく楽しみにしていた。

 だからそっけないふりをしてるけど、本当は心の中であくあが喜んでいる事を私は誰よりも知っている。


『そういえば、あんたも正月に国営放送のドラマ出るんでしょ?』

『先輩……この番組のMCは森川さんだけど、普通に民放です。普通に他局なんですよ』

『あ……普通に忘れてたわ。ごめん』

『あ……うん』


 微妙そうな顔をしたあくあに、小雛先輩がくってかかる。


『何よ、その反応』

『いや、普通に謝ると思わなくって……』

『あんた私をなんだと思ってるのよ!!』


 いや、私も普通に小雛先輩が謝るなんて思ってなかったし、きっと視聴者もあくあと同じ気持ちだと思うな……。


『小雛先輩ストップ。ちょっとスタッフの人が……』

『何よ? またなんかつまらない企画じゃないでしょうね』


 あくあはスタッフの人から一枚のフリップを受け取る。


『えーと……お休みの前に、男性から言われてみたい事ランキングだそうです』

『そんなの、普通におやすみなさいでしょ』

『なるほどね。ちなみにランキング5まであるそうです。で、5位と4位はこれです』


 5位 お疲れ様。

 4位 今日もお仕事たくさん頑張ったね。


 隣で姐さんがあーって言っていた。


『やっぱ、労う言葉を言ってもらいたい人が多いみたいですね』

『ふーん』

『小雛先輩、少しは興味持ってくださいよ……』

『だって、クソつまんないんだもん』

『はい、それじゃあもう最後まで一気に行きましょうか』


 3位 また明日。

 2位 いつもありがとう。

 1位 おやすみ。


『ほら、やっぱおやすみじゃん! なんなのよこれ! このフリップになんか意味あった!?』

『うーん……あるかないかで言ったら……ない、かなぁ』

『でしょ! こんなのお昼のワイドショーで、適当なタレントにやらせとけばいいのよ!! 私とこいつをキャスティングしてまでやる事じゃないでしょうが!!』

『小雛先輩落ち着いて、一旦、落ち着きましょう』


 こたつから立った小雛先輩を、あくあはなんとか座らせる。


『で? フリップこれだけ? 他になんかないの?』

『ないです』

『……は?』

『ちなみに番組もこれで終わりみたいです』

『はぁ!? こんな締まらない終わり方なんてない寄りのなしでしょ! ちょっと、こうなったら仕方ない。ほら、立って! 早く!!』

『はいはい、一体なんだって言うんですか』


 小雛先輩はあくあを立たせると、こたつの上に置いてあったカメラを持って寝室へと向かう。

 するとそのまま2人でベッドに入った。


「大人の時間キター!」

「そんなわけないでしょ。このおバカ!」


 とりあえず捗るにツッコミを入れた私はテレビの画面へと視線を戻す。


『はい。とりあえず、ほら、さっきのランキングの感じでなんか言いなさい。それで番組を無理やりいい感じに終わらせるのよ!』

『わ、わかりました』


 あくあは軽く咳払いすると、カメラを前にして表情を作る。


『いつもお疲れ様。今日もお仕事に勉強、いっぱい頑張ったね』


 あくあはそう言ってカメラの後ろへと手を伸ばす。

 あわわわわ、あくあに頭を撫でられたような気持ちになったみんなが無意識で自らの頭を手で押さえる。


『毎日、大変なのにありがとう。それじゃあ、また明日。おやすみなさい』


 あくあはカメラに向かって軽くウィンクする。そこで番組はCMに入った。


「あかん、これはできたかもしれん……」

「そんなわけないでしょ!」


 私は捗るに対しては冷静にツッコミを入れた後、泡を食って倒れた。


「お前が倒れるんかーい!」

「嗜みさん!?」

「嗜みー! 死ぬなー!」

「はぁ……お嬢様、少しは成長してくださいな」


 そんな私をみんなが介抱してくれた。

 あ、あれ、もしかして私より小雛先輩の方が……ううん! きっとそんな事ないよね!?

 だって、あくあが悪いんだもん。あんなにかっこいいなんて反則なんだもーん!!

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現在、特別にはなあたの夕迅、聖女エミリー、月9のゆうおにのイメージ図を公開しています。

また黛、天我、とあ、カノン、あやなのイメージ図などを公開中です。


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最新話では、アヤナ視点のバレンタイン回を公開しています。。


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― 新着の感想 ―
[良い点] >姐さんをそうやって弄れるのなんて捗るくらいしかいないから あー、せやった・・・。 本当に超えちゃいけない一線はちゃんと弁えてたわこいつ。 (´ー`)b
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