白銀あくあ、帰ってきた俺の日常。
「今日から試験的に外を出歩いてみるようにしましょう」
朝、学校に行く前の時間、送迎の車に乗って家に来た阿古さんにそう言われた。
「いいんですか?」
「ええ。遠目から警備員は同行するけど、まずはやってみましょうかって話になったわ。それに色んな人とも相談したけど、あくあ君なら襲われても負ける事なさそうだし、もし襲われたとしても……ううん、なんでもない。そういうわけだから今朝はどうする? 久しぶりにバイクで行く?」
バイクか。確かにバイクは悪くない。
でも普通に外を出歩けると聞いて、俺は無性に普通の高校生っぽいことをしたくなった。
「そうですね。せっかくなんで久しぶりに電車で行こうかな!」
「電車!?」
阿古さんはポカンと口を開いて驚いた顔を見せる。
うん、まぁそうなるよな。俺だって何を言ってんだこいつって顔すると思う。
「無理そうならやめるけど、遠目から警備がつくなら最初に危険な順からやってみようかなと……逆に電車が大丈夫なら大体いけそうな気がしませんか?」
「うーん、わからなくはないけど……まぁ、いっか。あくあ君がやりたいのなら、もう止めはしないよ」
阿古さんからは半分は呆れたような、残りの半分は諦めたような表情をされた。
「カノンさんも大変ね……」
「はい……」
そういうわけで、俺とカノンは初めて2人で電車通学をする事になった。
「おぉ……!」
マンションから外に出ただけなのに、すごく新鮮な気持ちになる。
今まで色々と我慢していた分、やりたい事をやろうと思った俺はカノンの方へと手を伸ばした。
「ん」
「え?」
カノンは困惑しつつも俺の手を握り返してくれた。
やっぱ高校生カップルといえばこれだよな!!
カノンとは一足飛びに夫婦になっちゃったから、こういう甘酸っぱい事をすっ飛ばしちゃって、くそーって後悔してたんだよ。
はぁ、なんかエッチしてる時よりドキドキしてきたぞ。
「あ、あれ……!」
「嘘でしょ!?」
「なんであくあ様がお外に!?」
「ほら、この前のアレじゃない?」
「ああ!」
「しっ! みんな、静かに!」
「そうね。騒がないようにしましょう……」
「って、アレ!」
「だから静かにって……ナニアレ?」
「手を繋いでる……だと……?」
「嗜み死ね」
「しっ! 気持ちはわかるけど嗜みはNGワードよ!」
「間違っても捗るとかティムポスキーみたいな穢れた名前は口にだしちゃだめよ!」
「姐さん以外はNGワード了解」
「実は姐さんもアウトだけどOK、了解」
みんな遠目からこちらをみて何やらヒソヒソと話しているが、こちらに対して何か危害を加えようとする動きや、もみくちゃにしたりしようとする雰囲気はない。
やっぱりな。ベリルのファンの子達は、おとなしい感じの子が多いし、遠慮がちな品のある子が多いからいけると思ったんだよ。
「へぇ、こんなところにパン屋とかあったんだな」
「かわいい感じのお店だよね」
「じゃあ今度、2人で行ってみよっか」
「うん!」
俺とカノンは周囲の景色やお店を話のネタにしつつ駅へと向かう。
アラビア半島連邦で結と一緒に外を少し歩いた時もいいなって思ったけど、これからはこういう事もできるんだなあって思うと、感動して涙ぐみそうになった。
「さっきのパン屋、了解」
「あのパン屋、ただでさえ人気なのに……」
「ちょっとパン屋に行って、覚悟を決めておくように言ってくるわ」
「それがいいと思う!」
「ネットに情報は出さない方がいいよね?」
「そっちの方がいいと思う」
「もし出すとしても、パン屋さんの許可が取れて受け入れ態勢が整ってからでいいんじゃない?」
「あと、あくあ君が買いにきそうな時間は混まないように配慮した方が良くない?」
「それはある。私達が買いに行くのは、あくあ君が学校で授業を受けてる時とかにしよ」
「「「「「了解!」」」」」
久しぶりに外をちゃんと出歩いたせいか、思ったより寒いな。
カノンも少し寒そうな顔をしてた。
「今日は昨日よりも寒いね」
「あぁ、朝は冷えるって言ってたな。ほら、手、こっち」
「えっ?」
俺はカノンと繋いだ手をそのまま自分のコートの中に突っ込む。
「あ、あ、あ……」
カノンは顔を真っ赤にする。
なんだろう。もうそれ以上の事だってしてるのに、まだこれくらいの事で俺の事を意識してくれるなんて嬉しいな。カノンとならずっと恋人同士のような関係が楽しめるような気がする。
「ナニアレ?」
「え、待って、恋人同士ってあんな事するの!?」
「そんなこと聞かれても、男の子となんか付き合った事ないんだから、わかるわけないじゃない!」
「付き合うとまで行かなくてもいい、あくあ君とだなんて高望みもしない。一度でいいから男の子と手を繋ぎたい……」
「クソ乙女ばっかでワロタ。まぁ、私もそうなんだけどね」
「そのためのベリル握手会じゃない? 握手会じゃ合法的に手を触れるじゃん!」
「それだ!」
「天才かよ!!」
「定期的にイベントの時はやってくれるって言ってたし、私達にもワンチャンあるぞ!」
「「「「「おーっ!」」」」」
駅に着いた。
懐かしいなこの感じ。
この世界に転生して最初の頃も電車通学してたけど、電車内で時折女の子のが密着して何度美味しい思いをした事か……。
「じーっ」
あれ? カノンさんどうかしましたか?
僕は何もやましい事なんてカンガエテマセンヨ?
「あくあ様が電車通学!?」
「嘘だろ? 死人が出るぞ!」
「一旦落ち着こう。まだ慌てるような時間じゃない」
「みんな急ぎたい気持ちはわかるがゆっくりだ」
「間違ってもダッシュはしないこと! いいわね?」
「安全第一! 安全第一!」
「安全確認ヨシッ!」
「それ絶対アウトなやつじゃん」
「駅員の人にも迷惑をかけないようにするよ!」
「私、隣の車両にしよ……」
「わかる。同じ車両だと濃厚なあくあ君の香りで卒倒するかも」
俺はカノンと一緒に普通車両に乗り込む。
最初は空いてたから普通に席に座れたけど、その後、いっぱいお客さんが入ってきてすぐに一杯になった。
「あ……」
俺は席から立ち上がると、最後に入ってきた妊婦さんに声をかける。
他にも気がついて声をかけようとした人がいたけど、俺の方が少しだけ早かったみたいだ。
「良かったらどうぞ」
「え? でも……」
「いいからいいから」
俺はそう言って彼女を自分の座っていたところへと誘導する。
「あ、ありがとうございます」
「困った時はお互い様だから。それにいつかは彼女が妊娠した時にこうやって誰かに助けてもらう事があるだろうしね」
お母さんになったカノンを想像すると、ほっこりとした気持ちになった。
俺とカノンの子供ってどんな感じだろうな。女の子ならカノンに似てきっと美少女になると思う。
そうなるとやばいな。ぱっぱが男の魔の手からしっかりと守ってあげないと……。
少なくともパパより良い男じゃないと結婚は認めませんって、子供の時からしっかりと言っておこう。
「嗜みが妊娠?」
「え? あれ何かの合図ですか?」
「あーれ、嗜みは頭の中で嵐が吹いてます」
「そりゃ嗜みもホゲるわ」
「妊婦さんにも優しいあくたん見てますますファンになる」
「あくあ君ってリアルでも剣崎なんだね」
「むしろもう剣崎があくあ君なんじゃ……」
「はぁ、はぁ……やばい。微かに香ってくるあくあ様の匂いで……うっ」
「耐えろ! こんな経験2度とないかもしれないんだぞ!!」
「正直、生のあくあ君を間近に見てる住民なら、嗜みの事をポンコツなんて言えないよ」
「嗜みさんぱねぇ、24時間365日これに耐えるなんて、モブの私には無理だ」
電車から降りた俺達は、さっきと同じようにポケットの中で手を繋いで学校へと向かう。
その途中でクラスメイトの千聖クレアさんを見かけた。
「あ、クレアさん。おはよう」
「え……?」
こっちを振り向いたクレアさんは、俺を見て手に持っていたバッグをそのまま下に落とした。
だ、大丈夫? 俺はバッグを拾い上げると、クレアさんに手渡す。
「どうかした?」
「え、あ……なんで?」
なんで?
あぁ! そっか、そうだよな。
俺はクレアさんに、今日からは普通の高校生みたいに外を出歩く事になった事を説明する。
「……そうきたか。ふぅ……落ち着け私、まだ慌てる時間じゃあわあわ……」
「えっ?」
「う……胃が……」
「だ、大丈夫? とりあえず、保健室行こうか」
俺はカノンに、クレアさんを保健室に連れて行くから、先に教室に行っておいてと告げる。
クレアさん大丈夫かな? この前も胃を押さえてたし、やばかったら病院に行くんだよ?
「あ、ありがとうございます」
「うん、調子が悪い時はゆっくり休んでね」
俺はクレアさんを保健室に預けると、自分のクラスへと向かう。
その途中で新しく生徒会長になったナタリアさんとすれ違った。
「おはようございます。ナタリア生徒会長」
「あ……おはようございます」
少し遅れて反応したナタリアさんは照れた表情を見せる。
「すみません。まだ生徒会長って言われるとピンとこなくて」
「わかります。那月会長のインパクトが強いですもんね」
「ええ。そうね」
ナタリアさんは苦笑する。
生徒会長を退いた那月会長は乙女咲大学への内部進学が既に決まっている事もあって、いまだに生徒会室に入り浸っているようだ。
「それじゃあ私はこれで……」
「はい!」
ナタリアさんはそのまま俺が来た道の方へと向かう。
クレアさんが生徒会の書記を務めているから、保健室にお見舞いに行くのかもしれない。
俺は教室に入ると、近くにいた鷲宮さんに声をかける。
「鷲宮さん、おはよう」
「おはようございますわ」
鷲宮さんから聞いたけど、胡桃さんも今月中には退院できるらしい。
お見舞いにはまだ一度しか行けてないけど、今のところは拒絶反応もなく順調だと聞いている。
ちなみに乙女咲では、胡桃さんが留年せずにみんなと一緒に卒業できるように、オンラインでの授業の単位取得などで最大限サポートするそうだ。
「あれ? リボン変えた?」
「は、はい。良い生地があったので……」
へぇ、確かに綺麗な刺繍だ。俺は思わずリボンを手に取ってまじまじと眺める。
赤いリボンに金の刺繍はやっぱ映えるな。豪華な感じがいかにも鷲宮さんのイメージにぴったりだ。
俺も今度、らぴすに似たようなリボン作ってみようかな。
「あ、あ、あくあ様、その……」
「ん?」
鷲宮さんの顔を見たら赤いリボンに負けないくらい顔を赤くしていた。
「あ、ごめん。つい刺繍の部分がどうなってるのか気になって……手に取る前に聞けば良かったね」
「い、いえ、むしろいくらでも見てください。あ、それとも興味があるならまだ布地が余っておりますので……」
「本当? それならさ、お金は払うから妹のらぴすに同じやつを作ってくれないかな?」
「わかりました。で、でも、お代は結構ですわ……。あくまでも趣味ですから」
うーん、流石にそれじゃあ申し訳ないしな。
バッグの中になんかあったっけ? 俺はバッグの中をゴソゴソと漁る。
「代わりになるかどうかはわからないけど、良かったらこれもらってくれる?」
「え?」
俺が手渡したのは、村井熊乃先生原作のピンクのバラとコラボした栞だ。
文化祭で鷲宮さんと一緒に演じた時と同じで、この栞の裏にはアステルの服装をした俺が写ってる。
これはまだ試作品だけど、来年にはちゃんとした製品になって世に出る予定だ。
既に告知も出ているのでピンクのバラのファンなら既に知っている情報である。
「こ、これって……」
俺は鷲宮さんの耳元に顔を近づける。
「これ、まだ発売してないから、みんなには内緒ね」
「は、はい……」
俺は近くにいた黒上さんの方に視線を向ける。
「黒上さんもおはよう」
「ふふっ、おはよう」
あれ? 同級生だよね?
そんなアンニュイな雰囲気を纏いながら色気のある挨拶をする高校生っているんですか?
「あくあ君、リサちゃんはこう見えて普通の女の子だから、お手柔らかにね?」
「は、はい……」
「ふふ、わかればよろしい」
あかん。これは絶対に勝てないと確信した俺は、黒上さんのところからそそくさと退散した。
ヤベェな。しかもあの感じだと、ほんの一瞬だけ俺の視線が、机の上に乗っかった黒上さんの重たそうな膨らみに目が行っていた事も見透かされていたと思う。
「やっぱり、大きいのがいいんだ?」
「う……」
席に戻ると、とあにニヤニヤした顔で出迎えられた。
「スバルにもあんな事言ってたけど、大きいのが好きみたいだよって言っておこうかな」
「頼むから、それだけはやめてくれ……」
推しのスバルたんにそんな事知られたら、軽蔑されるかもしれないだろ!!
『ふ〜ん、お兄さんって小っちゃいのも好きとか言ってたのに、あれ、嘘だったんだ……?』
うっ……ハイライトの消えた目でスバルたんに軽蔑された自分の情けない姿を想像したら……。あ、あれ? ちょっといいかもしれない……。いやいや、きっと気のせいだ。うん、気のせいって事にしておこう。
「ところで、さっきカノンさんから聞いたけど、今日は普通に来たんだって?」
「ああ! 電車に乗ってきたけど、結構普通だったぞ」
とあは阿古さんと同じような諦めと呆れの入り混じったような目で俺の事を見つめる。
うん。お前の言いたい事はわかる。わかるけど……何も言うな。
「それと、クレアさんを病院送りにしたんだって?」
「いやいや、普通に体調が悪そうだったから保健室に連れて行っただけだよ」
クレアさんの具合が悪いのは、決して俺のせいじゃない……はず。
「あれ? そういえば慎太郎は?」
「確か職員室に行くって言ってた。進路の事で杉田先生に相談しとくんだってさ」
進路か……俺もちゃんと考えないとな。
「あくあは大学行くの?」
「……乙女咲の大学に進学しようかなって考えてたけど、今はどうするか迷ってる」
この世界に来て少し落ち着いて、11月は考える時間もいっぱいあったからこの先の事を色々考えた。
カノン、結、琴乃、アイの4人の事とか、子供の事、それにお仕事の事を考えたら、普通に大学へと進学する事が正しいかと言われると微妙な気持ちになっちゃったんだよなぁ。
大学は基本的に勉強をするところだが、実際に全員がそうかというと少し違う気がする。おそらく大多数の人間にとっては、いいところに就職したり、人脈を広げるための一つの手段として進学しているんじゃないかと思う。
自分のように既に就職する必要もなく、かといって何か学びたい事もない自分が果たして誰かの枠を使ってまで行っていいのだろうか。
大学生のしとりお姉ちゃんや天我先輩から良い所だぞって話は聞いてるけど……。うーん、仕方ない。面倒臭いけど、あの人にも一応相談しておくか。
俺は今度暇な時間ありますかってメールを送った。
そしたら秒で返信が返ってくる。は、早いな……。
送り主:小雛ゆかり
件名:友達の多い白銀あくあ君へ。
本文:友達の居ない私に対しての当てつけですか?
ああ、そっちに勘違いしちゃったか……。
面倒臭いすね方をされたら厄介だから、進路先について相談したいだけですって返信を送った。
うん、まぁこれで良いだろ。と思ったらすぐに返信が返ってくる。
送り主:小雛ゆかり
件名:わかった。
本文:ところで、そのことより先に言わなきゃいけない事があるんじゃないんですか?
日曜激論の時に……。
俺は自然と携帯の画面を閉じる。
学校であんま携帯使っちゃいけないしな!
決して面倒だからと蓋をしたわけじゃないぞ。うん、そう。そうに違いない。
「おはよう」
「あ、ああ、おはよう。アヤナ」
アヤナは俺の顔をジトっとした目つきで見つめる。
ど、どうかしました?
「日曜激論」
「あっ……」
俺は両手を合わせてアヤナ神を拝む。
もはや俺に出来る事はこれくらいの事しかない。
「別に謝れなんて言ってないじゃない……。ちょっと恥ずかしかっただけ。でも、ありがと……」
「お、おぅ……」
アヤナの可愛い反応に思わず心がキュンとした。
あーダメダメ、そうやってすぐに意識するところが俺の悪い癖だぞ。
アヤナはその事だけ俺に告げると、自分の席へと帰っていった。
「お前らー、席つけー!」
チャイムと同時に杉田先生と慎太郎が帰ってきた。
俺は慎太郎に軽く手を振る。
「よし、それじゃあショートホームルームを始めるぞ〜!」
「「「「「はーい!」」」」」
さーてと、今日から外出が自由になったから帰りも遊べるぞ〜。
帰りは誰を誘って遊びに行こうかな。
やっぱりカノンと普通に帰宅デートか?
それか、とあや慎太郎と普通に遊びに行ってもいい。
さっきのお詫びでアヤナを誘うのもありだろう。
久しぶりに鷲宮さんや黒上さんの部活に顔を出しても良いかもしれないと思った。
なんなら那月元会長やナタリア生徒会長のいる生徒会に顔を出してみるか。
それか、慎太郎みたいに杉田先生に進路を相談するのもいいな。
あ、体調が悪そうなクレアさんを病院に連れて行くのも良いかもしれない。
さぁ、どうしようかな?
俺は今からすごく放課後が楽しみで仕方がなかった。
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