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ヘブンズソード 第14話「笑顔のその先に」

 私の名前は岩成ニコだ。

 長年ドライバーでスーツアクターの仕事をしている。

 私がこの仕事をするきっかけとなったのは、この名前がきっかけだ。


 いつもニコニコ笑ってられるように。


 母はそう願って私にニコという名前をつけてくれた。

 子供の時はこの名前が好きで、私はいつだってニコニコ笑っていた事を覚えてる。


『お母さん! 私、女優さんになるんだ!』


 子供の時に見たドライバーがきっかけで女優を目指した。

 オーディションを受け、事務所に合格して、初めての現場に行く時はとてもワクワクした気持ちだったと思う。


『ブスのくせに笑ってんじゃねーぞ! きもいんだよ!』


 現場にいた男性にひたすら罵倒され続けた私は、その日の収録ではうまく笑う事ができなかった。

 次の現場も、その次の現場でも……笑おうとする度に男性の事が頭にチラついてうまく笑えない。

 いわゆるトラウマというやつだったんだろう。

 人前で笑う事が怖くなった私は、素顔を晒して現場に立つ事にすら恐怖を抱くようになった。


『ニコちゃん。よかったらスーツアクターやってみない?』


 当時お世話になった監督にそう声をかけられて出演したのがマスク・ド・ドライバーだった。

 元よりドライバーに憧れてこの業界に入った事からアクションシーンは練習していたし、スーツアクターなら顔を出さなくていい。

 監督には目をかけてもらっていたし、私はそのオファーに二つ返事で答えた。


『本郷監督、新しいドライバーに誘ってくれたのは嬉しいけど、私はもう引退しようと思ってるんだ』


 本郷監督は初めて会った時から熱い女だった。

 私と同じ様にドライバーに憧れてこの業界に入ってきた女の子は、斬新なカメラワークとセンセーショナルな脚本で旋風を巻き起こす。

 本郷弘子が初めてメガホンを取った個人撮影の映画は、小さな劇場から始まってすぐに全国へと広がっていき、それが評価された事で次期ヘブンズソードの監督に白羽の矢が立った。

 そんな彼女が私の目の前で頭を下げて縋りついた。


『お願いします!! もう一度だけ……! たった一回だけでもいいんです。この作品には……ヘブンズソードには、岩成さんの力がまだ必要なんです!!』


 彼女の姿が笑顔を失う前の、熱を持った若かりし時の自分の姿と重なって見えた。

 あぁ、この人はマスク・ド・ドライバーが好きなんだとすぐに気がついたよ。

 だって私も彼女と同じくらいこの作品が好きだったから。

 私と同じように、きっと彼女もドライバーに救われたんだ。


『流石に私も年だからドライバー役は無理だ。それでも怪人……チジョーのアクターならいいよ』


 私は本郷監督の熱意に根負けして、一度引退を決めていたものの、それを撤回して仕事を受けた。

 おそらくこれが私にとって本当に最後の仕事になるだろう。

 今までずっとドライバーのスーツアクターを務めていた私が、最後の最後で怪人役というのも面白い。

 実はというと、一度はこっち側もやってみたいなと思っていたんだ。


「おかーさん! そろそろ、ドライバーの時間だよ!!」

「ああ」


 おっと、つい考え事をしていたら、もうそんな時間か……。


「おかーさん、今日も一緒にドライバー見よ!」

「もちろんだとも」


 私は今年で54歳になるが、娘のエミが生まれたのは私が48歳の時だ。

 長年の功績が認められて国から冷凍保存された生殖細胞を頂いた時は本当に嬉しかったな。

 若い時に私も生殖細胞を冷凍保存していたが、それでも出産は大変だった。

 それもあって今は本当に娘が可愛くて仕方がない。できればこの子には私と違って笑顔でいてほしいとエミという名前をつけた。


「ワクワク、ワクワク!」


 テレビの前ではしゃぐ娘の姿を見て自然と笑みが溢れる。


「始まった!」


 マスク・ド・ドライバー、ヘブンズソード。

 ドライバー史上初めて、女性ではなく男性がドライバーに変身する事から話題になった作品だが、この作品は従来の作品と比べても非常に出来がいい。

 ただ敵を倒すだけじゃなく、その心を救おうとする剣崎の優しさにみんなが胸を打たれ、背景に組み込まれた社会情勢などから多くの大人に今の世の中が本当に正しいのかを強く考えさせた。

 実際、番組終了後はSNSや掲示板などで議論がヒートアップして、その話題でトレンドランキングが埋め尽くされる事だってある。

 それこそ普段は政治や経済の話をしている国営放送の日曜激論では放送直後に生放送が始まる事もあってか、他局なのにヘブンズソードの話だけで番組が終わってしまった事があるくらいだ。


【能面みたいな顔をしやがって!】


 画面の中では1人の女性がその言葉に傷つけられて佇んでいた。

 あぁ……ついにこの回が放送されるのか……。

 私はこの回を知っている。なぜならこの回は、私が出演した回だからだ。


【あの子ってさ、本当に何考えてるのかわかんないよね】


 今回のチジョーになる子は、感情を外に出すのが苦手な子だった。

 そこをチジョーの幹部、トラ・ウマーに付け込まれ怪人ノウ・メーンにさせられてしまったのである。


【これがノウ・メーンに感情を奪われた人達だ】


 阿部さんが演じる田島司令は、感情が抜け落ちた女性達の姿を悲痛な表情で見つめる。

 その後ろには優希君が演じる夜影隊員と、とあ君が演じる加賀美隊員が立っていた。

 このシーンに出演したエキストラの1人は、雑誌で見たとあ君のファンだったらしく、太ももにボールペンを突き刺してでも感情が抜け落ちた演技をしたという。

 私も驚いたが、ヘブンズソードの現場ではプロじゃない人など誰1人としていない。

 エキストラですら命を懸けて撮影に臨んでいる。


【剣崎……お前こんなところでバイトしてたのか】

【橘さんこそ、こんなところでどうしたんですか?】


 あくあ君が演じる剣崎と、慎太郎君が演じる橘が結婚式場のカフェテラスで偶然にも邂逅する。


【……ふっ、剣崎、お前だってこの周辺でチジョーを目撃したという情報を掴んだからここにいるんだろ?】

【はい……。でも俺がここに来てから数日が経ちますが、チジョーの気配を感じません】


 今回のチジョーは感情が抜け落ちているために、人の感情を敏感に察知する剣崎にとっては天敵だった。

 逆にちゃんと出没情報からデータを分析する橘は、その類稀なる思考力を持ってチジョーが次に現れる場所を予想する。


【見つけたぞ、チジョー!】

【キサマ ガ ドライバー カ】


 橘はスーツの襟を正すとジャケットの裾をバッと左右に広げてベルトの部分を見せる。


【来い】


 草むらから飛び出たバッタ型の変身道具をキャッチした橘は、そのままベルトに装着する。


【変……身!】


 ライトニングホッパーを見た娘のエミがはしゃぐ。

 銃を武器に戦うライトニングホッパーはあまり激しいアクションがない事もあって、実は中のスーツアクターも慎太郎君が務めている事が多い。

 男子4人の希望もあった事から本郷監督が熟考した結果、主役のドライバー4人はできる限り本人にやらせている。

 その中でもあくあ君は全てのアクションシーンを自分で担当しており、その身体能力の凄まじさは月9でも証明済だ。


【チジョー、なぜ、人の感情を奪う!?】

【ヒト ノ カンジョウ ヲ クラウ タメダ】


 正確な射撃でノウ・メーンを追い詰めるライトニングホッパーだったが、近距離戦に持ち込まれて苦しい展開になる。


【ぐっ……!】


 手に持っていた銃を弾き飛ばされたライトニングホッパーは、敵の連打によって後ろに吹き飛ばされてしまう。

 トドメを刺そうと近づくノウ・メーン。しかし次の瞬間、SYUKUJYOの車両が近づくサイレンの音が聞こえる。

 それと共にどこからともなくブーンという羽音を立てながら飛んできたハチ型の機械が、ぐるぐると空中を舞う。

 これ以上の騒ぎになって他のドライバーが出てきてはまずいと考えたノウ・メーンは、その場から逃れることを優先した。


【おい! 大丈夫か!?】


 SYUKUJYOより先に、アキラ君が演じる神代が橘の事を見つける。

 変身が解けた橘を担いだ神代は、一先ず自分が居候している喫茶店へと連れて帰った。


【っ! ここは……?】

【安心しろ。俺の部屋だ】


 橘は神代に敵対心を見せるが、助けて貰った事には恩義を感じており素直に感謝の言葉を述べる。

 この時点では、SYUKUJYOの管理下で動く橘と違って、完全に別行動を取る神代との関係はあまり良くない。


【何故、助けた?】

【一度お前ともじっくり話してみようと思ってな】


 神代は話を重ねる度に剣崎と交流を深めてきた事で、ただ倒すのではなくチジョーの心を救うという事に意味を感じ始めていた。

 だからこそ、チジョーは例外なく容赦なく滅ぼすべきだというSYUKUJYOの方針に対して、違和感を覚え始めている。

 その一方で弁護士事務所で働く橘は、ちゃんとしたルールに則って裁くべきであるスタンスを曲げない。

 故にこの2人の話し合いは平行線だ。


【俺は剣崎と共に行動するうちに分かったんだ。あいつのやってる事に意味はある! だから……】

【そうして剣崎がいつものように無茶をして傷ついたり、取り返しがつかない事になってから気がついても遅いんだよ! チジョーは倒すべき敵だ! だからこそあいつはその甘さを捨てるべきなんだよ。お前だって最初はそう言ってただろ!!】


 橘は神代の胸ぐらを掴んで顔を近づける。

 このシーンの撮影は過酷だったな。

 カメラを構えていたのは私と同じくらいベテランの人だったが、シーンを撮影している最中に気絶してしまったほどだ。

 ヘブンズソードの撮影では珍しい事ではないのだが、みんなそれくらい満身創痍の状態で撮影に臨んでる。


「ねぇねぇ、おかーさん」

「どうしたんだい。エミ?」

「これって剣崎様が好きな橘さんと神代がお互いにマウントを取りあってるだけだよね? 2人ともお顔は悪くないんだけどなー。なんか2人とも愛が重そう。剣崎様と結婚したら病みそうだもん。エミは加賀美ちゃん派かなー。だって加賀美ちゃんの方が可愛いし」


 エミ? 男の子同士は結婚できないのに、一体何を言っているんだい?

 私の娘の感性は少し独特で、母親の私でもたまに理解できないところがある。

 その後も話は進んでいき、CMを挟んだ後にこのお話のクライマックスへと向かう。


【田島司令、本当にこの作戦で大丈夫なのですか?】


 ウェディングドレスを着た夜影隊員が田島司令に対して懐疑的な目を向ける。


【ああ! 今回のチジョーの傾向としては幸せな女性の方が襲われやすいというデータが出ている。つまり結婚式で幸せ絶頂な女性の笑顔を見せれば釣れるんじゃないかなと思ってな。そこで我々SYUKUJYOの全ブレインが行き着いた結果がこれだ!!】


 田島司令が指をパチンと鳴らすと、後ろからウェディングドレスを着た加賀美隊員が出てくる。

 このシーンでも多くのスタッフが立ちくらみを起こした。

 何度も言うが、ヘブンズソードの撮影現場は過去に類を見ないくらい過酷なのである。


【それでは只今より、夜影ミサと加賀美夏希の結婚式を執り行います】


 優希君はきっといい女優になるなと思った。

 普通の女優であれば……いや、ベテランの女優であったとしても、ドラマの中とはいえ男性と結婚式を挙げるなんてシーン普通なら卒倒したっておかしくはない。

 それこそ私はこのシーンを目撃した時に心の中で諦めがついたんだ。

 あの時、あの瞬間、共演した男性俳優に罵倒されなければ、私の人生は違ったんじゃないか? そう考えなかった日はない。でもそれは違ったんだ。

 自分はきっと優希君のようにはなれないってね。それを知る事ができただけでも、私はこの撮影に参加した意味があったと思った。


【きゃあっ!】

【シアワセ ノ ハドウ。 ヨコセ キサマ ノ ソノ カンジョウ ヲ】


 式場のスタッフが叫び声を上げる。

 もちろんそこに現れたのは、私がスーツアクターを務めてるノウ・メーンだ。

 式の参列者が立ち上がると一斉に懐から取り出した銃をノウ・メーンへと向ける。

 もちろん会場のスタッフ以外は全員がSYUKUJYOの隊員だ。


【かかったな!】

【キタナイ ニンゲンドモ ヨ。ワタシ ヲ ダマシタナ】


 怒ったノウ・メーンは一般チジョーをけしかける。

 それを見た夜影隊員がほくそ笑む。


【ふっ! ついにこの時が来た!!】


 夜影隊員はブーケの中に隠したベルトを引き出すと、自らの腰に装着する。


【来い! クワガタ!!】


 天高く手を伸ばす夜影隊員。

 しかし待てどもクワガタが来る気配すらない。


「ミサちゃん……もう諦めたらいいのに……」


 娘よ。それを言ってあげるな……。優希君もこの時は結構気にしてたんだぞ。


【何故だ! 何故、私には……】


 打ちひしがれる夜影隊員、そこに数人の一般チジョーが迫る。


【しっかりしてください。先輩!!】


 夜影隊員を守ったのは、隣にいた加賀美隊員だ。

 SYUKUJYOの攻撃ではチジョーを倒し切る事はできない。

 故に夜影隊員の変身を計画に組み込んでいたSYUKUJYOの作戦は早々に破綻し、防戦一方になった。

 私が演じるノウ・メーンはここがSYUKUJYOを潰すチャンスだと確信し、追加で一般チジョーをけしかける。


【ヤレ】

【くっ! このままでは……!】


 その時である。

 どこからともなく飛んできたハチと影から現れたバッタが、バチバチと喧嘩しながら戦場を縦横無尽に横切った。


【橘斬鬼、一旦休戦だ】

【ああ。足を引っ張るなよ神代】


 背中合わせになった2人を周囲のチジョーが取り囲む。

 その隙間を突破したバッタとハチが2人の掌に収まる。


【変身っ!】

【変身】


 本郷監督のめちゃくちゃかっこいいカメラワークで2人が変身する。

 2人のかっこいい変身シーンを余すところなく見せるために、今日は3カメまで行く。

 もちろんここでも橘のケツドアップも忘れない。しかも今回は珍しく神代のケツドアップまである。

 SNSと掲示板は大騒ぎだろう。


【ノウ・メーン! これ以上は罪を重ねるな!!】

【ナゼ オコル? ソノ カンジョウ ヲ ヨコセ】


 神代が変身したポイズンチャリスがノウ・メーンに接近戦を仕掛けて説得する。

 しかし、元より感情表現が苦手だった彼女は、チジョーになった事で完全に感情が抜け落ちてしまった。

 だから神代がいくらノウ・メーンを説得しても、その言葉は彼女の心に届かない。


【チッ! だから言っただろ!!】


 ライトニングホッパーがノウ・メーンに銃口を向ける。

 引き金を引いたライトニングホッパーの銃撃を、地面の影から現れたチジョーの幹部、トラ・ウマーが防ぐ。


【くっ……! また、貴様か!】

【いいぞ……! もっと焦れ! 苛立て! 橘斬鬼、お前の心の中にある闇と向き合うんだ!】


 第8話で絡んで以降、トラ・ウマーはずっと橘を付け狙ってる。

 ここまで多くの人間をチジョーに変えてきたトラ・ウマーは力を増したことで、手負いのライトニングホッパー1人に遅れは取らない。

 ライトニングホッパーがトラ・ウマーに軽くあしらわれている間、ジリ貧になったポイズンチャリスが壁面へと吹き飛ばされる。


【ぐはっ!】


 壁に激突したポイズンチャリスは、地面に転がると痛みに苦しむような素振りを見せた。

 普通なら絶対にあり得ない事だが、アキラ君はこういうシーンも自分で演じてる。

 だからなのか、見る人が見ればちゃんと本人の息遣いを感じるのだ。


【ぐ……やっぱり俺じゃ、無理なのか……】


 自然と画面を見る私の目が細くなる。

 アキラ君……この時も頑張ってはいたが、今のアキラ君と比べると本当に成長したなと思った。


【諦めないで!】


 加賀美隊員は神代に近づくと、彼を庇うように両手を広げる。


【チジョーに対抗できるのは、ドライバーだけだから! 君が折れたらダメだ!】


 結論から言うと私は彼の、とあ君の性別を知っている。

 それに加賀美隊員の性別がどちらで描かれているかも。

 だからこそ思う。このシーンを見てもわかるように、彼はちゃんと男の子なんだよ。

 とは言ってもそこら辺の普通の男子じゃない。

 あくあ君と同じ闘える男の子なんだ。


【危ない!】

【隊長!】


 ノウ・メーンが仕掛けた攻撃を復活した夜影隊員が防ぐ。

 2人はポイズンチャリスを守るように、ノウ・メーンの行く手に立ち塞がる。


【ジャマ ダ】


 私が演じるノウ・メーンは夜影隊員を力強く殴り飛ばすと、加賀美隊員の体を持ち上げ遠くへと投げ飛ばした。


【夏希!】

【夏希隊員!!】


 夜影隊員と田島司令の言葉が結婚式場に響く。

 もう誰しもが二階のバルコニーにまで飛ばされた加賀美隊員の大怪我を覚悟した。

 娘のエミもドキドキした顔で画面を食い入るように見つめている。


【っ!?】


 強い衝撃を覚悟した加賀美隊員は目を閉じて歯を食いしばり衝撃に備える。

 しかしそんな加賀美隊員を襲ったのは硬い地面の強い衝撃ではなかった。

 自分の体が何かに当たった衝撃で、加賀美隊員はおそるおそる瞼を開ける。


【あ……】


 まるで天から舞い降りてきた天女を優しく抱き止めるように、ウェディングドレスを着た加賀美隊員の体を誰かが優しくキャッチする。

 画面には白い男性用の革靴だけが映った。

 いやいやいや、普通に考えたら流石にそれはないでしょ!

 なんてツッコミをする人なんて誰もいない。

 これはそういう次元の問題ではないのだ。


【ノウ・メーン……本当にお前の中に感情は残ってないのか?】


 あー……やば。こんなおばさんですらドキドキさせてくるなんて、もう声だけでも反則すぎる。

 それなのに今日のあくあ君はあの伝説の結婚式と同じように、白のタキシードを着ているのだ。

 おそらくこれを見ているすべての女性が今まさに、私と結婚してくれと思っている事だろう。


【無駄だ! 剣崎総司、もはやノウ・メーンに感情はない! そのチジョーはもはや笑う事すらも忘れたただのサイボーグだ!! フハハハハハ! 今回ばかりは、遅かったな!!】


 高笑いするトラ・ウマーにライトニングホッパーが攻撃を仕掛ける。

 しかしその攻撃も軽くかわされ、ライトニングホッパーは逆にトラ・ウマーの反撃に遭う。


【行け! ノウ・メーン! 剣崎総司を、ヘブンズソードを倒せ!】


 トラ・ウマーの指示を受けたノウ・メーンはゆっくりと剣崎の方へと向かう。

 剣崎は右手一本で加賀美隊員を抱き上げたまま、左手の人差し指で天を指す。


【お母さんが言っていた】


 お約束の台詞だが、これを聞かなきゃ1週間が始まらない。

 向き合うように加賀美隊員をキャッチした剣崎は、抱きかかえた小さな体を優しく地面へと下ろす。


「だから言ったのよ……加賀美ちゃんがやっぱり正義だって。本郷監督はわかってる!」


 エミは画面を見て何やらぶつぶつと呟いている。

 大丈夫かな? 幼稚園の先生も時折エミが1人でぶつぶつと何か呟いてる時があるって言ってたけど、お母さんちょっとエミの事が心配だよ……。


【本当に良い男っていうのは、かっこいい男でもなければ、力の強い男でもない。女性を笑顔にできる男の事だってな】


 エミは両手を広げて喜ぶ。

 ちなみにこの台詞、全部アドリブで、考えてるのはあくあ君本人だ。

 あくあ君は飛んできたカブトムシをキャッチする。

 誰しもが変身すると思ったその瞬間、なんとあくあ君はカブトムシの背中にキスをして手放してしまう。


【今はまだ変身する必要なんてない】

【何っ!?】


 トラ・ウマーだけじゃなく全員が驚いた表情を見せた。

 もちろんエミですらもびっくりしてポカーンと口を開けている。

 エミ……そんな顔ばかりしてたら森川さんになるからやめなさい。


【ノウ・メーン、今から俺がお前の心を迎えに行く。だからそこで大人しく待ってろ】


 うわあああああああああああああ。

 かっけえええええええええええええ。

 この時の私、よく真正面でこれを見ていて耐えられてたなと思う。

 きっと頭の中に、アドレナリンがドバドバ出まくってたんだろうなぁ。

 うわぁ、改めて見るとやばすぎて直視できない。

 剣崎はそんな私の心の中の葛藤など知る由もなく、ゆっくりと階段を降りてノウ・メーンのいる場所へと一歩ずつ近づいていく。

 途中で襲いかかってきた一般チジョーの攻撃を華麗に回避すると、手首を掴んで地面に転がすように投げ飛ばす。


【クッ! クルナ!!】


 ノウ・メーンはここにきて初めて少し焦ったような声を出す。

 あまりにも堂々とした剣崎の姿に恐怖を感じたのか、それとも心がざわめいたのか。

 とにかく剣崎が起こしたアクションによって、ノウ・メーンの平坦だった感情の湖に波風が立ったのだ。


【攻撃するならすればいい。それで倒されてしまったとしても、剣崎総司がそれまでの男だったという事だ。だがな……この世に俺が抱きしめられない女性などいない。だから安心して、その心ごと俺に抱きしめられろ】


 はい、ここもアドリブ。っていうかもうここら辺から脚本家がリアルに勝てるかチックショーと匙を投げて、剣崎の台詞に関しては全部アドリブです。


【ナンナンダ キサマ ハ! イッタイ ナンダトイウンダ!!】


 この台詞に現場に居た全員が心の中で頷いたと思う。特に脚本担当の人とか。

 剣崎はノウ・メーンに近づくと、優しく包み込むようにして私の体ごとノウ・メーンを抱きしめた。

 私すげぇな。これでまともに立ってるとか半端ないって自画自賛しそうになった。


【俺か? 俺の名前は剣崎総司、この世の……いや、過去も、現在も、未来も、全ての女性を笑顔にする男の名前だ】


 心なしかお母さんの遺影がにっこり笑ってるように見えるから、過去すらもだなんて……そんなご冗談を、と言って笑う事ができない……。

 本郷監督、あんた本当にとんでもない人をドライバーにしちゃったよ。


【エガオ……。ワタシも笑って……良いの?】

【ああ!】


 ノウ・メーンの中にかろうじて残っていた人間の心が顔を覗かす。


【でも……私、笑うのが下手くそで……】

【俺が女の子の笑顔を見逃す男に見えるか? だから安心して笑うといい】


 剣崎はノウ・メーンの頬に優しく触れる。その手にノウ・メーンが手のひらを重ねた。

 これはまずいと思ったのかトラ・ウマーが妨害しようと動く。

 しかしその足首を頭のヘルメットが脱げ変身が解けかけたライトニングホッパーが掴む。


【行かせる……かよ!】


 同じようにポイズンチャリスも立ち上がり、加賀美隊員や、夜影隊員と共に一般のチジョーを抑える。

 その鬼気迫るような演技にチジョーもたじろぐ。


【邪魔するな!】


 トラ・ウマーはライトニングホッパーの体を何度も何度も蹴飛ばす。

 それでもライトニングホッパーはその手を離さない。

 意地を見せるためにアドリブでした慎太郎君の演技が現場でも多くの心を打った。


【お前こそ邪魔をするな……】


 式場の中に田島司令の低い声が響く。


【わけー男が、意地をはって女の子1人の心を救おうとしてるんだ!! それを同じ女のお前が、邪魔してんじゃねーぞ!!】


 阿部さんが見せたまさかのアドリブにみんながびっくりしたが、それでもスタッフはカメラを回し続けてキャストは演技に集中した。

 普段は脚本に忠実で、前触れもなくこんな事をする人じゃないのにな……。思わず笑みが溢れる。

 最初は小さな炎だった。本郷監督の熱がみんなに感染して、あくあ君や慎太郎君、阿部さんのアドリブに繋がったのである。

 はっ! これだからヘブンズソードの撮影はやめられないんだ。


【私……うまく笑えてるかな……?】

【ああ、他の誰がなんと言おうと、君の笑顔はとっても素敵だ。慎みがあって、それでいて優しさを感じる。だから何度だって言うよ。俺が、剣崎総司が、ここにいるみんなが君の笑顔が素敵だって事を】


 自然と私の両目から涙がこぼれ落ちる。

 実はこの時も中で泣いていた。

 さっき、今日の放送が始まる前に、娘に……エミに笑いかける事ができたのも、このシーンの撮影があったおかげである。

 笑っちゃいけない。笑顔になってはいけないとずっと思ってた。

 ああ……誰かが言ってたな。あくあ君はずるいって……。本当、全くもってそうだよ。

 これは演技だって、ただの特撮でしかないって理解してるのに、そんなの簡単にすり抜けてくる。

 こんなババアの、只のスーツアクターの心まで救ってるんじゃないよ。


【ありがとう……。ねぇ、私からの最後のお願い聞いてくれる?】

【あぁ、もちろんだとも】


 彼女は小声で剣崎に何かを囁くと、それを最後にノウ・メーンの顔に浮かんだ人だった時の彼女の顔が空へと霧散していった。

 次の瞬間、人の心が完全に消滅してしまったノウ・メーンが剣崎を強く突き飛ばす。

 あれが、彼女にとっての最後だったんだ。


【君の最後の望み……確かに聞き届けた】


 背中を見せた剣崎の元へとカブトムシが飛んでくる。

 ここであえて剣崎の顔を見せない本郷監督の演出がにくい。


【変……身……!】


 ここで流れるED曲のFULL SPEEDはもう反則でしょ……。

 もはや躊躇う事など何もない。

 ノウ・メーンの中に残っていた彼女の心は剣崎達に救われて、今、もう目の前にいるのは只の怪人なんだから。


「いけー! 剣崎様、ノウ・メーンなんか倒しちゃえ!!」


 エミは画面に向かって精一杯応援する。

 娘よ……申し訳ない。そのノウ・メーンの中に入ってるのはお母さんなんだよ。


【ドライバー……キック!!】


 ノウ・メーンはあっさり倒され、トラ・ウマーはその隙に逃げ出していた。

 結果的には勝ったかもしれない。でも誰一人として笑顔を見せなかった。

 彼女の心は救えたかもしれないけど、その命までもは救えなかったからだ。

 強い無力感が周囲を漂う。それでも剣崎は変身を解くと、空を見上げて笑顔を見せる。


【約束は果たした。だから……君の笑顔に、笑顔をもって送ろう】


 その言葉に続くように、みんなが空を見上げて笑顔で彼女の魂を見送った。

 なんだよこれ。改めて思うけど、日曜の朝にやる作品じゃないよ。

 どうなるかを知っていたとしても、どうしようもなく心の中が熱くなる。

 私はこの時の事を思い出した。


『岩成さん、引退するって本当ですか?』


 撮影後、あくあ君は私にそう言った。


『ああ……もう年だしねぇ』

『残念だな……』

『はは、そう言ってもらえるなんて嬉しいな。でも、最後に良い作品に出演できたよ。ありがとう』


 私はあくあ君と握手を交わす。

 本当はもうちょっとだけ続けたいなと思った。

 この作品をもっと良くできるお手伝いができればなと……。あぁ、なんで本郷監督の話を断っちゃったかなと、この時になって初めて後悔する。


『できればドライバーを熟知した、岩成さんにアクションを指導して欲しかったです』


 その言葉を近くで聞いていたアキラ君が、私とあくあ君のところにやってくる。


『岩成さん……お願いします! どうか我に……俺に、アクションの指導をしてくれませんか?』


 こんなおばさんに躊躇いもなく頭を下げたアキラ君に私はびっくりした。


『俺はもっとかっこいいドライバーの演技がしたいんです! でも、どうするのが良いか、まだ自分の中で掴めなくて……』


 本気だって思った。今ですら頑張ってるのに、もっと良くなりたいって言う。

 田島さんじゃないけど、若い男の子の意地に感化された。


『本郷監督。お願いします。お金はいらないからアキラ君の、ドライバー達のアクションの指導をさせてもらえませんか?』


 私はすぐに本郷監督の下に行って頭を下げた。


『そう言ってくれると信じて待ってた甲斐があります。岩成さん、貴女の席ならずっと空けてますよ』


 本郷監督の言葉に胸が熱くなる。

 そうして私はこの撮影以降、ヘブンズソードのスタッフの一員として加わったのだ。


「おかーさん、今日のドライバーも面白かったね!」

「ああ、そうだね」


 ふふ、娘はいつ最後のテロップにお母さんの名前があることに気がつくかな?

 その時の娘の反応を今から想像すると、すごく楽しみだ。


「あっ、そうだ、日曜激論の時間だ!!」


 エミは慌ててチャンネルを国営放送に切り替える。


「エミは難しい番組を見るんだね」

「うん! だって勉強できなきゃ剣崎様と同じ乙女咲に入れないんだもん!! だから今からいっぱい勉強してるの!」


 偉いなー! 私はエミの頭をいっぱい撫で回して、褒めまくった。


「あ! 始まった!」


 画面の中に見覚えのある人が映る。


「グッドモーニング、国民の皆さん!」


 あ……総理だ。そういえば今日、国営放送の日曜激論に生出演するって言ってたな。


「皆さんご存知の通り今日の日曜激論のゲストは私なのですが、実はインタビュワーの森川さんがですね、先日の収録でローション相撲をした際にどうやら鎖骨を骨折したみたいで、今はアラビア半島連邦で入院してまして、残念ながら今日は来られないんですよ」


 そんな事あるのかと思ったけど、森川さんならあり得るのかなと思った。

 ちなみに娘のエミは森川さんが骨折と聞いてゲラゲラ笑ってる。


「というわけで、今日は特別に! そう、特別にですよ。ピンチヒッターとして、この人に来ていただきました! どうぞ!!」


 これではまるで総理が前座のようだなと思っていたら、見覚えのある後ろ姿が映る。

 ゲラゲラ笑っていたエミも急に動きが止まったかと思えば、食い入るように画面を見つめた。


「目覚めたばかりの皆さん、おはようございます。夜勤明けで帰宅した皆さん、お帰りなさい。そして日曜なのにこれから仕事の皆さん、お疲れ様です。そしてこれから出かける全ての人に、いってらっしゃい。ベリルエンターテイメントの白銀あくあです。今日はよろしくお願いします」


 手慣れた朝の挨拶と共に、あくあ君の笑顔が画面いっぱいに映る。

 不意をつかれた私と娘は揃って、森川さんのようにポカンと口を半開きになった。

 私は心の中で呟く。


 あんたの笑顔が一番反則だよって。

Twitterアカウントです。作品に関すること呟いたり投票したりしてます。

現在、特別にはなあたの夕迅、聖女エミリー、月9のゆうおにのイメージ図を公開しています。

また黛、天我、とあのイメージも公開中です。


https://mobile.twitter.com/yuuritohoney


fantia、fanboxにて、本作品の短編を投稿しております。

最新話では、カノンとあくあの雑誌インタビューの回を投稿しています。


https://fantia.jp/yuuritohoney

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― 新着の感想 ―
[良い点] ドライバー回は本当にいいですね! 心が暖かくなります。 あくあの犠牲者がまた増えたのもすごく良かったです! 脚本家とか。
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