白銀あくあ、また会う日まで。
「えーっと、それじゃあしばらく天我くんは休ませるとして、みんなはどうする」
天我先輩の一時離脱で、急遽俺達と阿古さんの間で話し合いが始まった。
「僕はできればその間にメガネを直したいと思います」
「僕は天我先輩と一緒にいようかな。誰かが側に居ないと寂しがりそうだし、途中起きてきたら強制的に寝させる人がいないとね」
「じゃあ俺はせっかくだし観光でもしてこようかな」
スタッフも含めた全員がまたこいつ何か言い出した的な目で見てくる。
みんなが何を言いたいのかはわかるけど、昨日の感じだとロケ中はそんな変な事にならないと思う。
みんな一定の距離を保ってくれるし、撮影にも気を遣ってくれていた。
「わかったわ。それじゃあとあちゃんは天我君をお願いね。黛君は本郷監督と一緒に地元のメガネ屋さんに行ってください。あくあ君は……私が面倒を見ます」
そういうわけで急遽、阿古さんと2人で淡路島を観光する事になった。
番組でバイクを借りてくれたので、俺が運転して後ろに阿古さんを乗せて撮影してもらう。
「それじゃあみんな。今から暫くの間は俺と2人きりだけどよろしくな」
俺はカメラに向かって話しかける。
ここからは阿古さんの撮影するカメラを通して、視聴者に語りかけるように進行するつもりだ。
「行ってきます!」
「気をつけてねー」
俺は特に場所を決めずに、阿古さんを乗せてバイクで走り出す。
あのお見合いパーティーの後にもらった楓の晴守のおかげか、外はこれでもかというくらいの晴天だ。
「風が気持ちいい! うわ〜、自分のバイク持ってきたかったな、これ」
今、俺が乗ってるバイクは、スクータータイプのどっちかというと可愛いやつだ。
「ほら、見てよ。すげーいい天気。絶好のバイク日和だよ」
俺は停止線でバイクを停車させると、赤信号で隣に並んだ車の人に手を振る。
すると隣の車の人が窓を下げて俺に話しかけてくれた。
「さ、撮影ですか?」
「うん、そう。地元の人ですか?」
「はい!」
「こっちの方向、なんかあります?」
「えーっと、牧場とかしかなかったと思いますよ」
「ありがとう。じゃあとりあえずそっちに向けて行ってみるね」
俺はとりあえず牧場に向かって走り出す。
その途中で、玉ねぎ農園と書かれた看板を見つけた。
「昨日の玉ねぎ美味しかったな〜。ちょっと寄ってみよう」
普通、こういう番組だと有名観光地に行ったり美味しいグルメを堪能するのが決まりとされているが、白銀あくあの1人旅は風の向くまま気の向くまま、俺がその時1番行きたいところに行くのだ。
「おっ、誰かいますね。玉ねぎ農園の人かな? 話しかけてみよう」
俺はバイクを停車させると、畑で作業していたお姉さんに手を振る。
お姉さんはこちらに気がつくと、びっくりした顔をした。
「えっ? えっ? 本物……?」
「どうも本物の白銀あくあです。松下さんのCGじゃないよ」
俺は玉ねぎ農園のお姉さんと握手した。
お姉さんは少し恥ずかしそうな表情で、俺のことを見つめる。
「ごめんなさい。こんな格好で」
「なんで? 働いている時のお姉さんの姿、とっても素敵でしたよ」
お姉さんは身だしなみを気にしていたけど、むしろ土がついて健康的で俺としてはグッときたね。
今だっておでこに土つけてて可愛いなって思う。
「ところでさっきは何してたの?」
「え、えっと……玉ねぎの苗の植え付けをしていました」
「へぇ。実は昨日、ベリルのみんなとBBQしたんだけど、淡路島の玉ねぎを使ったホイル焼き、とっても美味しかったですよ」
「ほ、本当ですか? とっても嬉しいです!」
俺はここでとある事を思いついた。
「ご迷惑じゃなかったらなんだけど、その苗の植え付けを手伝わせて貰えませんか?」
「えっ!?」
お姉さんはびっくりしたような顔で俺の事を見つめる。
まぁ、普通はそうなるよな。
「てっ、手伝うって、あああああくあ君が!? い、いいんですか?」
「うん。あ……本当に迷惑だったら言ってね」
お姉さんは首を左右に振る。
「迷惑だなんてそんな……。この時期は体験学習で子供達も受け入れたりとかもしてますから、よかったらどうぞ」
そういうわけで俺は急遽、玉ねぎ農園を営むお姉さんのご好意で苗の植え替えを体験させてもらう事になった。
作業をし易いようにと、俺はお姉さんから長靴やカバーオールを借りる。
「それではまず、植え付けのために、2cmくらいの穴を作っていきましょう」
「はーい」
俺はお姉さんと横に並んで、一つずつ丁寧に穴を空けていく。
はい。1、2、1、2……。最初はそうでもないけど、この作業をずっとすると腰にきそうだと思った。
これと変わらない重労働を毎日してる農家の人ってすごいな。
こうやって苦労して作られたものが最終的に俺たちの日々の食卓に並ぶのだから、改めて感謝してご飯を食べなければいけないと思った。
「なるほど、そういう事だったんですね」
「そうなんです。まさかいきなり関西に来る事になるなんて思ってもいませんでしたよ」
俺はお姉さんと和やかに談笑しながら作業を進めていく。
お姉さんの名前は千夏ととりさん、33歳、お婆ちゃんの跡を継いで農家をしているそうだ。
元々淡路島出身だったけど親の仕事の関係で東京に転勤して、向こうの大学を出た後にこっちに帰ってきたらしい。
「へぇ。いつくらいからこの仕事をやってみたいって思たんですか?」
「高校生の時かな。里帰りで淡路島に戻ってきた時、ここに帰ってきたいなぁって思って、でもここに帰ってきて私に何ができるんだろうって思った時に、子供の頃から大好きだったお婆ちゃんの玉ねぎを残そうって思ったんです」
「素敵なお話をありがとうございます。なるほど……そうしてこの玉ねぎの味は受け継がれてきているんですね」
順調に全ての穴を空け終えた後は、2人で並んで腰をほぐすようにググッと体を伸ばす。
ちょっと暑くなってきたな。俺はカバーオールのボタンを外して腰巻にするとシャツの袖を捲る。
「このシーン、まんまのうりんじゃん……白龍先生しゅごい……」
「え?」
「う、ううん。なんでもないの。それじゃあ次はいよいよ苗の植え付けをしましょう」
俺は指示された通りに、一つずつ丁寧に苗を植え付けていく。
「美味しくなーれ。美味しくなーれ!」
「ふふっ。いいですね。野菜って話しかけると美味しくなるって言いますし」
「えっ? 本当ですか? それじゃあいっぱい話しかけちゃおうかな」
「じゃあ私も。美味しくなってねー。いっぱい育つんだよー」
今、思ったけど、この映像ってちゃんと使えるのか?
ただ俺が楽しいだけで、テレビで放送するには少し地味なんじゃないかと思った。
撮れ高を期待してカメラを回している阿古さんには、申し訳ない事をしてしまったなぁ。
「とりあえず今日はこのくらいにしておきましょう。あっ、冷たいお茶を入れたのでどうぞ」
「ありがとうございます!」
2人で軒下に腰掛けて、お茶を飲みながら自分が苗植えした畑を見つめる。
自分が苗植えをしたからかもしれないけど、すごく愛着が湧いてきた。
「よかったら来年収穫した時に発送しましょうか?」
「えぇ!? 流石にそれは申し訳ないというか……」
「いえいえ、せっかくですから自分が苗植えした玉ねぎを食べてあげてください」
「わかりました。ありがとうございます」
その時期に休みがあったら、カノン達と旅行に来て、みんなで収穫を体験させてもらうのもいいなと思った。
千夏さんの話によると、収穫の時期も体験学習やってるって言ってたしね。
「お世話になりました!」
「こちらこそ、ありがとうございました」
千夏さんに別れを告げた俺は、後ろに阿古さんを乗せて再びバイクを走らせる。
寄り道した事もあって10時越えちゃったな。
「おっ、ここが牧場か!」
牧場の入り口には、牛の搾乳体験開催中という看板が立っている。
うん……いいな。これは是非とも参加しておかないとなと、謎の使命感に駆られた俺は、牧場の人を捕まえて話しかける。
「すみません。ちょっといいですか」
「あっ、はい……って!? あくあ様!?」
「どうも本物の白銀あくあです。体験に来ました」
「あっ……どうぞ。じゃなかった。はい、牛さんの方ですね」
思わずいいんですか!? って言いそうになった。
ちなみにこのお姉さん、結や琴乃を上回る素晴らしいものをお持ちである。
牧場は観光地になってるのか、多くのお客さん達が居た。
「う、嘘でしょ……」
「あくあ君がするの!?」
「ちょっと待って、カメラ回してるって事はこれ何かの番組かな?」
「それって子供が見ちゃいけないやつですか!?」
「やばすぎない!?」
「こーれ、捗るじゃなくても捗っちゃいます!」
「間違いなく死人でるぞ……。耐えられるかお牛さんサイズちゃんの私」
「あくあ君に、この世界に試されてる……」
「牧場のお姉さん、見た感じだけでJは超えてるし、絶対に意識しちゃうでしょ」
「あくあ様がしてくれるオプションでありますか?」
「ママ、まだ出るかな……」
お姉さんの説明を受けて俺も実際にやってみる。
はいはい、怖くないよ〜。
「あっ、すごく上手ですね。その調子、その調子」
牧場のお姉さんが前屈みになって、俺の耳元で囁く。
「はーい、今日もたくさん、ピュッ、ピュッしましょうね」
あれ? なんかちょっと変な感じになってません?
俺の気のせいかな?
「んっ……いーっぱい出たね。よしよし、よしよし」
お姉さんが牛さんを優しく撫でる。
うーん、なんかすごく変な気持ちになったのは、俺の心が汚れてしまっているせいだろうか。
「阿古さん、せっかくだし2人でソフトクリーム食べよ」
「え、えぇ、そうね……これ、撮ったのはいいけど、放送できるかしら……」
牧場の牛さんを眺めながら、阿古さんと2人で並んでソフトクリームを食べる。
長閑な風景に、さっきまで邪になっていた心が清らかになっていくようだ。
「あっ、阿古さん、クリームついてますよ」
「え? どこどこ?」
「ここ」
最近はキリリとした感じの阿古さんだけど、こうやってしてるとなんだか初めて会った時を思い出す。
俺はそっと阿古さんに手を伸ばすと、ほっぺたについたクリームをとる。
「あっ……」
俺はとったクリームをペロリと舐めた。うん、美味しい!
それを見た阿古さんが顔を真っ赤にする。
「あくあくあくあくん!?」
戸惑う阿古さんを見て可愛いなと思う。それと同時に、こんな阿古さんを見たのはいつ以来になるだろうと思った。
「阿古さん、本当にいつもありがとう。俺が自由に好き勝手できるのは阿古さんがいるからだよ」
「あくあ君……」
ゆったりとした時間の中で、こうやって2人きりで話すのも本当に久しぶりだ。
「阿古さん、俺が言えた立場じゃないけど、あんま無理せず休む時はちゃんと休んでください。しとりお姉ちゃんからも聞いたけど、あんま家に帰ってないんでしょ? きつかったら俺達の仕事もセーブしていいから」
つい最近、自宅に帰った時に、心配したしとりお姉ちゃんから阿古さんの事を相談された。
俺も無理するタイプだから阿古さんの気持ちはわかるけど、それで倒れて家族やカノンに心配をかけた事もある。
だからこそ、阿古さんに言っておかないとなと思った。
「ありがとう。それと心配かけちゃってごめんね。あくあ君。でも、そろそろまた追加で人が入ってくるから大丈夫。それよりもあくあ君は無理してない? 今月もゆっくりするって話だったけど、結局色々やっちゃったし……」
「大丈夫。カノンとペゴニアさんのおかげで自宅じゃゆっくりできてるし、実家でも母さん達のおかげですごくリラックスさせてもらってるから。阿古さんやみんなが支えてくれてるおかげだよ。こっちこそいつもありがとう」
逆に阿古さんに心配されてしまった。
それどころか、きつかったらもっと大人達に甘えていいよと言われる。
はは、阿古さんには敵わないな。俺は再び目の前の景色を見つめる。
「良い景色だな……」
本当はもっと絶景ポイントとか、映える場所の方が撮れ高があるんだろうなと思う。
でも、こういう日常を切り取ったような風景にこそ、その土地にしかない歴史と人々の愛情を感じられた気がした。
「あっ、天我君が復活したみたい。どうしよっか?」
「それじゃあどこかで合流しますか?」
「えぇ、そうした方がいいかもしれないわね」
気がついたら時刻は12時を超えてる。
俺は阿古さんをバイクに乗せてみんなとの合流場所を目指す。
「おーい!」
あっ、そこか。
元気に手を振っているとあの姿を確認する。
隣にいた慎太郎のメガネが復活しているのを見てほっこりした気持ちになった。
「本当にすまなかった……」
「謝らなくてもいいって、天我先輩の気持ちもわかりますから」
俺はしょぼくれた天我先輩を励ます。
「それじゃあ行きますか」
再び合流した俺達は車での移動を再開する。
初めてみる鳴門の渦潮にみんなで感嘆の声を漏らしつつ先を急ぐ。
本当は徳島でもゆっくりしたかったけど、今回ばかりは仕方がない。
俺たちは徳島を抜け香川県へと向かう。
「お腹すいたね。お昼どうする?」
「そりゃもう、香川と言えばおうどんを食べるしかないでしょ!」
問題はどこで食べるかだよな。
星の数ほどおうどん屋さんのある香川県、どこで食べても美味しいと言われているけど飛行機の時間を考えるとそう遠くにはいけない。
俺達は空港への道すがら、多くの人達で溢れたおうどん屋があるのを見つける。
「あれ、何か書いてないか?」
「本当だ。白銀あくあ様ご一行、ようこそ香川県へ。だって」
「マジか、行ってみようぜ」
「うむ!」
うどん屋の駐車場に入ると、たくさんの人達が拍手で出迎えてくれた。
その中央に立っているスーツを着た女の人が、緊張した面持ちで手になにやら賞状らしきものを持っている。
「は、初めまして」
「初めまして、白銀あくあです」
軽く挨拶を交わすとその女の人から一枚の名刺をもらった。
なになに、香川県の知事さん!? なんでこんなところに知事さんがいるんだろう。
俺達は顔を見合わせる。
「え、えーっと、ベリルエンターテイメント所属の白銀あくあ様。あなたはおうどんの販促に関して多大なる貢献をしてくれました。その功労と尽力を讃えてここに表彰し、新たなおうどん県大使として任命したいと思います! 香川県知事より! おめでとうございます!!」
「あ、ありがとうございます」
確かにおうどんは好きだけど、俺が新しいおうどん県大使でいいんですか!?
って、もしかしてこのために香川県に移動したの?
この準備の良さといい、阿古さんの顔を見るとこれも最初から計画されていた事だったのだろう。
「あ、よろしければ、お店の中にどうぞ。ここのおうどん美味しいんですよ」
「ありがとうございます。やっぱりおすすめはぶっかけですか?」
「ぶ、ぶっかけ!? あっ……はい。そうですね。おすすめはぶっかけです」
とあと俺はぶっかけうどんを注文し、慎太郎は生醤油うどん、天我先輩は釜玉うどんを注文する。
店の中は半セルフになっていて、自分達でネギや天かすをかけたりするのもすごく楽しかった。
「麺がシコシコしててうめぇな」
「うん、すごくシコシコしてるね」
「ツルツルしていくらでも食べられそうだ」
「このコシが凄いな。これが本場の讃岐うどん……恐るべし!」
お腹が空いてたから1杯じゃ足りなかった。
俺たちはさらに追加でもう1杯注文する。
とあは釜玉、天我先輩はカレーうどん、慎太郎はきつねうどん、俺は野菜天ぷらうどんを注文した。
「あっ、釜玉すごいね。これバターが入ってるんだ。なんか味も洋風っぽい」
「生醤油も良かったが、だし汁もうまいな。この出汁で卵焼きを作ったら美味しそうだ。何よりこの甘いお揚げが出汁を吸って美味しい」
「カレーも和風だしですごく美味しいぞ。まさかカレーとうどんがここまで合うとはな」
「天ぷらうどんヤベェ。サクサクのままでも美味しいけど、おうどんの出汁を浸ませてふわふわにしても美味しいぞ。特にこのお茄子、茄子天サイコー!」
お腹が空いていた事もあり、本場のおうどんに俺達も大満足した。
俺達は例のごとくおうどん屋さんでもサインを残して、みんなで記念撮影する。
いよいよ楽しかった旅も終わりを迎える時が来たようだ。
空港に着いた俺達はカメラの前で横一列に並ぶ。
俺達が今から飛行機に乗るのを知ってか、多くの人が空港に詰めかけていた。
「いやぁ、楽しかったな。みんなはどうだった?」
「楽しかったよ。本当に沢山の楽しい思い出ばかりだった」
「我もだ。想像していた以上に楽しかった」
「僕も同じだ。楽しかった記憶しかない」
俺はうんうんと頷く。
「あー、帰りたくないなぁ」
俺がそう呟くと、周りのお客さん達が帰らないでー、永住してーと言ってた。
「みんなありがとう。でも向こうにも俺達の帰りを待ってくれてる人が居るから。だから、いつかきっとまたここに来るよ」
俺の言葉に拍手と歓声が返ってくる。
目の前にいた阿古さんが笑顔でカンペを捲った。
「えーっと、それじゃあ、これにてベリルアンドベリル、初回スペシャルの男4人旅は終わりです! 次回は12月でUSJスペシャル回なのでお楽しみに!!」
俺達4人で顔を見合わせると、画面に向かって手を振る。
「それじゃあ、まったねー!」
とあは笑顔で手を振る。
「楽しかった。ありがとう!」
慎太郎は少しずれたメガネを直しつつ手を振る。
「うむ。次回も見るのだぞ!」
天我先輩も元気が出てきたのかいつもの感じに戻ってた。
「また会う日まで!」
俺も笑顔で手を振った。
帰りの飛行機、隣の席に座っていたとあが俺の肩にもたれかかる。
いっぱい遊んでおねむだったんだろうな。
それは俺も同じで、俺も隣のとあにもたれかかるように眠りについた。
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