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白銀あくあ、この景色を忘れない。

「ん?」


 俺達が車に乗り込むと、窓ガラスをコンコンと叩く音が聞こえてきた。

 またカンペかなと思いつつ外へと視線を向けると、予想通りに阿古さんが手に持ったカンペをこちらへと向けている。


「えーと、ホテルでの夕食はバーベキューとなっております。皆さん、ホテルに着く前にどこかのスーパーで食材を買ってくださいね。だって」

「それじゃあ道すがらどこか適当なところに入る?」

「そうだな。そうしよう」


 外は暗くなり始めてて、明石海峡大橋から見た夕暮れはすごく綺麗だった。

 みんなこの旅でそれぞれ思うところがあるのか、運転している天我先輩以外はその景色をじっと見つめている。

 この世界に来てからまだ1年も経ってないけど、本当に色々あったな。

 それこそ、こんな短い期間で誰かと結婚したりするなんて思ってもいなかった。

 頭の中に結婚式でウェディングドレスを着ていたカノンの姿が思い浮かぶ。

 そういえば新婚旅行もまだだったなぁ……。

 奥さん達がどう思うかわからないけど、みんなで新婚旅行にも行きたいな。もちろん1人ずつでもいいんだけど、なんとなくカノンは琴乃達と一緒の方が楽しんでくれそうな気がする。

 家族旅行ってやつにも行きたいし、このロケを無事に終える事ができたなら考えてみてもいいなと思った。


「あそこ、スーパーじゃないのか?」

「おっ! 慎太郎ナイス!」


 俺は先に車を降りると、例の如く撮影許可を取りに行く。もはや誰も何も言わないし、止めもしない。

 スーパーの店員さんを見つけて声をかけると、すぐに偉い人が出てきて簡単に許可を出してくれた。


「我がカートを押す!!」


 と言ったので天我先輩にカートを託す。


「あくあ、野菜どうする?」

「淡路島といえば玉ねぎでしょ。淡路島の玉ねぎって甘くて美味しいからね。後じゃがいも買ってじゃがバターにでもするか」

「「「じゃがバター!」」」


 みんなの声が揃う。わかる。わかるよ! BBQと言えばじゃがバターだもんな!!

 俺は他にもとうもろこしとか、お茄子、キノコ類、ししとうなどを籠の中に入れていく。

 次の鮮魚コーナーでは、イカとかエビとかホタテとかタコを追加し、反対側にあった卵も1パック分だけ確保する。

 おっと、それに締めの焼きそばも確保してっと……。

 お肉のコーナーでは奮発して淡路牛のお肉をゲットする。


「あっ、じゃがバター用にアルミホイル買っとかなきゃな」

「えっと、紙コップとか紙皿も必要だよね?」

「じゃあ僕はゴミ袋を取ってこよう」

「米選びは東北出身の我に任せてくれたまへ!」


 最初はみんなでくっついて買い物してたけど、段々とみんな感覚が麻痺してきたのか、各々にバラけて商品を持ってきて籠の中に入れる。

 おっと、塩胡椒やタレも買っておかないとな。

 俺は甘味のあるタレが好きなので、九州産の醤油ベースのタレと、オーソドックスな辛味のあるタレの両方を入れる。ん? 淡路島の玉ねぎを使った醤油? 面白そうだな。これも買ってみるか。

 食材や調味料は余ってもベリル本社にあるキッチンで俺が何か作って振る舞うから問題ないし、今月から始まったネット配信のお料理コンテンツでも使える。


「ベリルの子達がなんでこんなところに……」

「番組の撮影ぽいけど何だろう」

「さっきトゥイッターで大阪の辺りにいるって話が出てたけど、まさかここに来てくれるなんて嬉しすぎる!」

「有馬温泉じゃなくて逆張りでこっちきてた私、最高かよ!」

「とあちゃん、女の私より可愛いとか嘘でしょ……」

「あくあ様がこの世に存在してるって知れて良かった。これで毎日が楽しく生きられる」

「慎太郎君、メガネどうしたんだろう? も、もしかしてイメチェン!? 黛スレが荒れるぞ!」

「カート押してる天我先輩の子供っぽいところ見てるとバブらせたくなるから困る」


 おっとちょうど人が増えてくる時間だな。さっさと買い物を終わらせよう。

 俺達は会計を済ませると、車に乗って目的地となる宿泊場所へと向かった。


「ここが、そうかな?」

「みたいだな」

「うむ、いい旅館だ。中々いい面構えをしている」

「僕、お泊まりなんて初めて……」


 俺たちはホテルの入り口で車を預けると、そのままロビーに入って受付へと向かう。

 入り口では、全従業員が出てきてるんじゃないかって思うくらい壮大なおもてなしをされた。


「すみません。ベリルエンターテイメントで予約してる白銀あくあですけど……」

「はい。お伺いしております。4名様ですね。これがコテージの鍵となります」


 俺達は受付のお姉さんからコテージの鍵を受け取る。

 ここは本館の旅館とは別に離れのコテージがあり、俺達が宿泊するのはそちらのようだ。

 多分だけど、警備の関係上そっちの方がいいんだろうな。


「「「「おおー!」」」」


 最近流行りのグランピングとは違って、ちゃんとしたコテージタイプの家だ。

 俺たちは案内してくれたホテルの人にお礼を言うと、食材の入った段ボールを抱えてBBQをする場所へと向かう。


「嘘……でしょ……」

「あれってやっぱり本物だよね」

「え? 今からバーベキューするの?」

「だ、だだだ大丈夫かな? 手伝ってあげなくても……」

「大丈夫、あくあ君って絵はポンコツだけど料理は完璧だから」

「そういえばそうだった」

「確かとあちゃんもお菓子作りとかできたよね?」

「天我先輩も自炊してるし、黛君も自分でお弁当作ったりするって言ってたから大丈夫でしょ」


 自分達に用意されたスペースに行くと、まずは炭に火を入れ米を炊く準備を始める。

 スタッフさんが飯盒とか必要な道具を用意してくれていたおかげで最初は順調に進んでいたが、途中でとあがとんでもない事に気がつく。


「あ……お、お箸ないかも」

「「「な、何だってー!?」」」


 え? でも、さっき……紙コップと紙皿とか買ってような気がするんだけど……。


「うん。紙コップと紙皿はあるけど、割り箸買うの忘れちゃったんだよね」


 よりにもよって1番肝心なもんがねぇ……。

 最悪の場合はトングで食うしかないな。


「そこの海岸で拾ってきた木を削って箸を自作するという手もあるぞ」


 天我先輩がナイフをクルクルと回しながらとんでもない事を言い出した。


「先輩、落ちてる木はダメです。樹液も出るし普通に危険ですよ。それより俺にいい案があります」


 俺がそう言うと、みんなが疑わしそうに俺の顔を見る。

 どうしたみんな?


「あくあの良い案ね」

「後輩の良い案な」

「あくあの良い案か……」


 あれ? みんなの俺に対する信頼度のパラメーターって、そこまで低かったですっけ?

 くっそー、こうなったらみんなに良い所を見せて、信頼の2文字を挽回してやるぜ!


「ま、まぁ、任せとけって!!」


 俺はチャチャっと手軽に焼けそうなものを調理すると、紙皿にのせて他のお客さんがBBQをやってるところへと向かう。

 まぁ、そこで安心して見守ってなって。俺がこれをお箸に変えてきてやるよ!


「こんばんは〜」

「こ、こんばんは……」


 俺は怖くないよと笑顔で4人組のお姉さんグループに近づく。

 年齢を見る限り20代中盤くらい、雰囲気的にも大学生というより社会人のグループっぽいな。

 いかにもちゃんとした会社で働いてそうなしっかりとした感じの人が多いように見えた。


「ちょ、あそこのグループ……」

「あくあ様に話しかけられた……だと……?」

「え? 待って、そういう神みたいなイベントあるんですか?」

「えっちなゲームだと、この後で自分達の部屋に男の子を連れ込んで5Pする展開のやつ」

「ロケだとわかってても期待しちゃう」

「みんな急に髪とかセットし始めててウケる」

「そういうお前も化粧直してるけどな」


 お姉さん達が浴衣を着ているせいだろうか。

 明かりに照らされた潤んだ瞳や、みずみずしい唇からものすごく色気を感じる。

 俺が欲求不満だったら不味かったな。ありがとう嫁達と心の中で感謝する。


「お姉さん達、今ちょっと大丈夫?」

「は、はい……」


 うん、まだ少し緊張してるな。まずは緊張を解くところから始めるか。


「俺達、東京から来たんだけど、お姉さん達も旅行ですか?」

「あ……えっと、地元です。淡路じゃなくてみんな三ノ宮で働いてて、それで息抜きにBBQしようって話になって……」


 後ろにいたお姉さん達3人もこくこくと無言で頷く。


「あー、そうなんだ。俺たちも本当は三ノ宮で遊ぼうかって話してたんだけど時間なくてさ……」

「え? そうなんですか?」

「そうそう。本当はもっと時間があったら4人で三ノ宮に行ってショッピングしようって話してたのに、残念な事に1泊2日しかないんですよ」

「えーっ、そんなぁ……。じゃあ、明日はもう帰っちゃうんですか?」

「うん、そうなんだよね。残念だけど明日にはもう帰らなきゃいけないんだ。だからみんなでBBQをして思い出作りしようと思ったのに……ないんですよ」

「ないって? 何がないんです? お金なら全財産差し上げますけど……」


 そう言ってお姉さんは、普通にポケットから財布を取り出してこちらに手渡そうとする。

 前にもそんな事あったけど、男の子だからってそんなに甘やかさなくて良いから。


「割り箸がないんです。そこでお姉さん、提案があるんですけど、ここに美味しい食べ物があるので物々交換しませんか?」

「はいはいはい! します。しまーす!!」


 うぉっ!? 急に前のめりになったお姉さんにたじろぎつつ、俺は紙皿をお姉さんに手渡す。


「あっ、じゃあ割り箸、もうこれ全部持っていっていいんで」

「え? 本当にいいの?」

「はい、もう必要な分は取ってあるんで」

「ありがとうございます!!」

「こちらこそ。紙皿は家宝にします!!」


 家宝? 俺の聞き間違いかな? うん、きっと聞き間違いだろう。紙皿を家宝にする人なんて聞いたことないしな。

 俺は反転すると割り箸を天に掲げながらみんなの所へと帰還する。


「見ろ! 割り箸ゲットだぜ!!」

「「「おー!!」」」


 みんなが拍手で俺の事を出迎える。

 これで割り箸の問題は解決した。さてと、料理はどうなったかな?

 俺はホイルで包んだ玉ねぎとじゃがバターをトングで転がしつつ、出来上がった野菜をみんなに取り分けていく。


「はい、とあはキノコ多めね」

「うん、ありがとう」


 もちろんとあが苦手なピーマンはいれない。

 あくあさんは全面的に甘やかすタイプなので嫌いなものを入れない主義なのだ。

 それにこういうのは無理やり食べさせるより、何かの機会で美味しいものを食べたら嫌いじゃなくなったって人もいるしね。


「先輩、今日は運転お疲れ様でした。肉多めにしときました」

「うむ。助かる!」


 明日も先輩には運転してもらわないといけないので、肉を多めにしておいた。

 先輩が好物のアスパラはまだ少し先か。こっちもホイル焼きしてるから時間かかりそう。


「慎太郎には、これをやろう。あくあさん特選の海鮮焼きだ!!」

「美味そうだ。ありがとう、あくあ」


 慎太郎はとりあえず壊れたメガネをテープで補強したが、見栄えが良くないので今は撮影に気を利かせて外している。

 明日、朝のうちにどこかのメガネショップに寄ろうって話をしているので、そこでネジが外れてとれた柄を直すか新しいメガネを購入するつもりだ。


「うめぇ……」


 俺も自分で作った料理を自らの割り箸で摘んでパクパクと食べる。

 今日は結構はしゃいだからか、塩分が体に染み渡るぜ。


「てぇてぇ……もう全部がてぇてぇだよ」

「男の子4人のBBQとか破壊力やばすぎ」

「これあれでしょ。もう完全にあくあパパじゃん」

「あくあパパ!? 待って、これ以上私に新しい性癖を追加しないで!」

「はいはい、あくあパパに、とあママね」

「見た? さっき、あくあ君の、んっ、て言葉だけで反応して紙皿手渡すとあちゃん。もう阿吽の呼吸じゃん。完全に夫婦じゃん……」

「嗜みの死亡を確認!」

「嗜みザマァ」

「いやぁ、嗜みのぐぬぬ顔を想像しただけで米がうまい!」


 おっ、アスパラできてるな。芋と玉ねぎ、とうもろこしはまだ先か。米は後少しかな。

 俺はできた奴から火が弱い右側の端っこに寄せていく。


「先輩アスパラできましたよ。みんな、こっちの端っこに置いてあるのはできてるから自分達で取って。あと肉とかも自分で焼いてくれ。俺は休憩する」

「OK」

「了解した」

「任せてくれ」


 うん、流石に勢いに任せていっぱい作りすぎたな。

 後でスタッフさんも食べるだろうと思っていっぱい作ったけど、それでも多すぎた気がする。

 周りを見ると、みんなこっちをジッと見つめていた。

 ははーん、さてはみんなこの良い匂いに釣られちゃったな。


「お腹空いてる人ー!」


 俺が手を挙げると、全員が手をあげた。

 待て待て、流石に人が多いぞ。でも1人に1つずつなら大丈夫だな。


「よしっ! みんな列になって並んで、1人につき1つ1回限りね。じゃんじゃん焼いていくから。後、BBQグリル使い終わってるとこあったら貸してー。緊急開店、ビストロベリルだよー!!」


 俺は鬼のように色々焼いていく。

 もちろんみんなも手伝ってくれた。


「ふむ。どれが欲しいのだ? ほら、我に言ってみろ」

「あ、あしゅぱらが欲しいです……天我先輩」

「良いだろう。貴様には特別にこの一際太い奴をやろう」

「ありがとうございます!」


 天我先輩ノリノリだな。

 後そのコックさんの帽子どこから持ってきたの!?


「ねぇねぇ、お姉ちゃんはどれが欲しいの?」

「え、えっと、とあちゃんが焼いたキノコがいいな……なんちゃって」

「ふーん。じゃあこの焦げて余ってる奴あげるね。別に小さくてもいいよね?」

「あっ、あっ……」


 あのお姉さん、今にも昇天しそうな顔してるけど大丈夫かな?

 後、とあさんや。そのキノコもうほぼ炭だけど食えるのか? おまけにそれとあが焼いたやつじゃなくて、俺が焼いてたやつじゃないか。


「どれが食べたいですか?」

「黛君のお皿に乗った食べかけのやつ……」

「え?」

「あっ、ううん、ごめんね。そこの焼いたお茄子さん、取ってくれるかな?」


 お姉さんさっきなんかとんでもない事を言ってなかった? 俺の気のせいかな!?

 うん……あんな綺麗なお姉さんが変な事言うわけないよな。俺の気のせい気のせい。

 俺は米が炊けたのを確認してから飯盒を横にはける。あっつ!

 一旦全ての食材がはけたので、休憩を挟んでみんなで焼きあがった玉ねぎを食す。


「あっま〜!」

「え、玉ねぎってこんなに甘いのあるんだ」

「おぉ……これはうまいな」

「淡路島の玉ねぎ、初めて食べるが美味しいな」


 コクのあるまろやかな甘みの淡路島産の玉ねぎに舌鼓を打つ。

 俺は前に食べてたから知ってるけど、初めて食べる人には衝撃的だろうなと思った。


「これ、じゃがバターもできてるんじゃない?」

「おっ、本当だ。こっちも食おうぜ!」


 じゃがバターは普通に美味しかった。

 玉ねぎと比べると衝撃は少ないが、それでも安定して絶対に美味しいのがじゃがバターである。

 そもそも男の子はじゃがいもが好きなのだ。

 俺は半分だけ普通に食べると、残りの半分は黒胡椒を振って食べる。

 はふ、はふ……熱いけどうめぇ!

 猫舌のとあは悪戦苦闘してるが、あちちと舌先を見せる度に数人の女性がふらつく。わかるよ。かわいいもんな。俺はじゃがバターを食べ終えると、焼きもろこしにかぶりついた。

 くーっ! この醤油との甘じょっぱいハーモニー! 最高すぎる!

 俺は一通り食べ終わると、こちらを撮影しているカメラの方へとゆっくり近づく。


「本郷監督、どれか食べる?」

「えっ?」


 本郷監督もまさか撮影してる人に話しかけてくるとは思わなかったのだろう。

 びっくりした顔をしていた。


「撮影中だけど、全部が全部映像使うわけじゃないし、食べるならあったかいのがいいでしょ。色々持ってきたけど、どれ食べますか?」

「あっ、じゃあ肉か玉ねぎか、じゃがバターで!!」

「はは、それなら三つとも食べましょうか。はい、あーん」


 俺は割り箸で玉ねぎを一欠片分だけ摘んで本郷監督の方へと向ける。


「え?」

「あ……両手塞がってるからと思って気を効かせたつもりだったんですけど、カメラ置いて食べますよね。ごめんなさい」


 本郷監督は首をブンブンと横に振る。それでもカメラがぶれないところはプロだなと思った。


「じゃあ、はい、あーん!」

「んんっ!? あ、甘くておいひい……!!」

「でしょ?」


 本郷監督はブンブンと首を縦に振った。

 その後も俺は本郷監督に餌付けするように、パクパクと食べさせる。


「あっ、他のスタッフさん達も今のうちに食べてくださいね。それと……阿古さん、何かいる?」

「私も同じやつでいいよ」

「わかりました……あっ!」


 阿古さんも小さなカメラをこっちに向けて撮影していたので、同じようにあーんしようとしたら箸を落としてしまった。


「すみません。阿古さん、もう代わりのお箸ないんで、俺のお箸でもいい?」

「うぇっ!?」

「あ……やっぱり、嫌ですよね。それじゃあ……」

「ううん、大丈夫! それで大丈夫だから!」


 あちゃー、これは気を使わせてしまったかな。

 でもお箸がないので仕方ない。俺はさっきと同じように阿古さんにあーんする。


「はい、あーん」

「んっ……美味しい!」


 うん、なんだかどんどんと楽しくなってきたな。

 これ、家でもカノンと一緒にやろうかな。膝の上にでも乗せて一食丸々食べさせたい。


「ほら、次は少し大きめですよ。さっきより大きく口を開けて」

「ふぁ、ふぁい……」

「次は熱いから気をつけて」

「ん、私も猫舌……」

「じゃあ、ふーふーしますね」

「ふーふー!?」

「はい、ふぅふぅ、あーん」

「あ、あーん」

「あぁ、お肉のタレこぼして、はいこっち向いて、お口ふきふきしましょうね」

「ん……」

「はい、じゃあ次はお茄子いくよ」

「お、おなしゅ……」

「おいしい?」

「美味しいです……」


 ん? 気がついたらみんながこっちを見てる。

 どうかした?


「やっぱり社長って……」

「なるほどね」

「そこができてるのは仕方ない」

「これネットでは言わない方がいいよね?」

「見てない事にしとこう。きっと隠してるんだよ」

「これもう完全に嗜み死んだでしょ」

「嗜みザマァ」

「ふぁ〜、嗜みの顔を想像したら米がうまい!!」


 あっ、そういや米炊けてるんだった。

 俺は慌ててみんなのところへと戻る。


「本郷監督、さっきの私の部分はカットで」

「え? でも……」

「カットでお願いします!」

「は、はい」


 あっ、もうちょっと冷えてきてるな。

 よしっ、こうなったら焼きおにぎりにして食べよう。

 それと焼きそばに買っていた卵で目玉焼きを乗せて締めだ!


「お、おにぎり!?」

「あくあ君の塩おにぎり!?」

「これがあの伝説のおにぎり……ゴクリ」

「史上最高と呼ばれたおにぎりキター」

「くっ、おにぎり羨ましい……」

「このおにぎり、売ったら一億でも買う人いそう」

「宝くじじゃん……」

「おにぎりを握っただけで億を稼ぐ男、それが白銀あくあ」


 焼きおにぎりと目玉焼き乗せの海鮮肉焼きそばを振る舞った俺達は、綺麗に後片付けをしてBBQ場を後にする。後片付けまでがBBQ、あくあ君との約束だぞ。

 一旦コテージに戻った俺達は、浴衣を持って本館にある男性用の天然温泉へと向かう。

 更衣室で周囲を警戒したが、流石にここは撮影してなくて安心した。


「ほんと、楽しかったな」

「うん」

「そうだな」

「あぁ」


 俺たちは温泉に浸かりながら取り止めのない会話をする。

 ちなみにみんなスタッフさんが用意してくれた水着を着ているが、俺と天我先輩と慎太郎が海パン姿なのに、とあは一体型になってるボーダーの水着が用意されてた。


「もっと3泊4日とかで旅行できたらよかったのにな」

「わかる。1泊2日じゃ短すぎるよね」

「せめて2泊3日あればな……」

「いや、ここは欲張りに1週間くらいは欲しい」


 4人だけの落ち着いた、ゆったりとした時間が流れる。

 最初はどうなることかと思ったけど、このロケに、旅行に、4人で来れてよかったなと思った。


「景色、いいね」

「あぁ……」


 海を眺めながら入るお風呂は最高だった。

 とあがそっと俺の方へと寄り添う。


「あくあ」

「ん……?」

「ありがとね……」


 俺はとあの方へと視線を向ける。


「あくあが居なかったらこんな綺麗な景色を見る事はなかったと思う。あの日、あの時、あくあが僕をあの部屋から連れ出してきてくれたおかげで、昨日も今日も見たことのない景色を見て、したことのない経験ばかりの日々を送ってる。少し疲れる時もあるけど、それでも今がすごく楽しい。そして明日からもきっとそれは変わらないんだろうなって思ってる」

「とあ……」


 俺の反対側に慎太郎と天我先輩が腰掛けた。

 慎太郎はまだ線が細いが、天我先輩はアクションに力を入れてるからか最近筋肉がついてきてる。

 最初の頃のヒョロ長いイメージはもうない。


「僕も、まさかこんなところまで男友達と旅行に来るなんて思ってもいなかったよ。いい思い出ができた。ありがとう、あくあ」

「我もだ。後輩達と出会ってから本当に色々あったが、これまで生きてきた人生の中で、これほど楽しかった事はないってくらい充実してるぞ」


 みんな……俺は潤みそうになった目を誤魔化すように顔を洗う。

 素直に泣いても良いかなと思ったけど、途中でみんながニヤニヤしてたから、こいつら泣かせるために言ってるなと思って我慢した。でも、そのニヤニヤも俺と同じように気恥ずかしさを誤魔化すためのものかもしれない。


「俺、きっとこの景色を忘れないよ」

「僕も、大人になってもきっとこの景色を忘れないと思う」

「ああ……僕もだ。この景色をずっと覚えてると誓うよ」

「我も、みんなで見たこの景色を絶対に覚えてるだろうな」


 みんなと顔を合わせて表情を緩ませる。

 この世界に来て、本当によかったなと思った。

 お風呂から出た俺達は、温泉名物の一つ、温泉卓球ができる場所を見つけてしまう。


「おっ、卓球場あるじゃん!」

「ふっ、どうやら我の必殺レシーブを披露する時が来たようだな」

「2人とも元気だね。もう僕はいっぱいいっぱいだよ」

「僕も流石に体力の限界だ。あとお風呂上がりに汗を掻きたくない」

「あー、確かに僕も汗掻きたくないかも」


 とあと慎太郎はお疲れモードか……。

 しゃあない、ここは俺と天我先輩の2人でと思ったが、卓球は二面とも使われてた。


「お、おおおおおお風呂上がりのあくあきゅん……」

「あくあ君エロすぎ……嗜みうらやま……」

「4人の浴衣姿やばすぎでしょ」

「あっ、あっ、とあちゃん見てるとドキドキする。ま、前がおはだけしたりとか……」

「ふぁー、みんないい匂いする」

「ちょっと待って、みんな私達と同じ備え付けの石鹸とか使ってるんだよね? これもう同じ香りじゃないでしょ。メスと違ってすごく良い匂いがする」

「卓球するのかな?」

「えぇっ!? マジで?」

「あくあ君はうまそう。ゆうおにでお兄様やってる時もスポーツ万能だったし」

「ちょ、ちょっと私聞いてくる」


 手前に居たお姉さんがこちらに近づいてくる。

 ヤベェな。お風呂上がりの浴衣お姉さんは普通にまずい。

 お姉さんはつけてないのか、推定90超えの戦闘力をお持ちのものが上下に揺れて俺の目が奪われる。


「あ、あの、卓球台、使いますか?」

「あー……でも、みんな使ってるならいいよ。ごめんね。気を遣わせちゃって」

「い、いえ、大丈夫です! むしろ使ってください。お願いします!!」

「あっ、それなら対戦しますか? こっち俺と天我先輩出るんで」

「うぇっ!? わ、私達とってことですか?」


 俺は笑顔で頷く。

 そういうわけで急遽、俺と天我先輩コンビと、お姉さんコンビで対戦する事になった。

 残念ながら俺は卓球がうまい。そして天我先輩も謎のくねくねフォームが功を奏したのか普通にうまかった。

 お姉さん達には申し訳ないけど、パワー差もあって普通にやると差がつきすぎてしまう。

 そこで俺はお姉さん達に一つの提案をする事にした。


「ねぇねぇ、よかったら男女混合にしない?」

「え? 混合ってその……」

「俺がお姉さんとコンビで、天我先輩がもう1人のお姉さんとコンビで」

「い、いいんでしょうか? お、お金とか……」


 だからなんでそう直ぐお財布を出そうとするのさ。

 俺は差し出された財布を手のひらで押し返す。


「大丈夫大丈夫、さぁ、仕切り直していきましょう」


 いやぁ。卓球いいなぁ。うん、実にいい。

 決して俺の目の前にいるお姉さんのもの左右に揺れてるからではない。

 しかも谷間がね。おまけにこぼれ落ちそうになるし……これはいい目の保養になりそうだ。


「あっ」

「大丈夫?」


 ハッスルしすぎてこけそうになったお姉さんを抱き止める。

 おっふ、このお姉さんも中々のものをお持ちだ。


「ご、ごめんなさい」

「いえ、むしろありがとうございました」


 男ならちゃんと口に出してお礼は言っとかないとな。

 ちなみに勝負は俺のチームが勝った。


「ぐわぁああああああ。後輩強すぎるだろ!!」


 悪いな、天我先輩。俺は勝負事には手を抜かない主義なんだ。

 結局その後、とあも慎太郎も一緒にやる事になってみんなで卓球を楽しむ。


「まさか2回もお風呂に入るなんて……」

「はは、いいじゃん。いいじゃん」


 俺たちは4人揃ってお風呂上がりのフルーツ牛乳を嗜む。

 やっぱりお風呂上がりといえばこれだよな!

 コテージに戻った後も枕投げしたり、トランプしたりしてとにかく遊びまくった。

 疲れていたのか、俺もいつの間にか寝落ちしてしまったのだろう。

 朝、目を覚ますと小鳥のチュンチュンという鳴き声が聞こえてきた。


「おはようあくあ」

「おはようとあ」


 なんか知らないけど、普通にとあと一緒にこたつで眠ってしまった。

 慎太郎はちゃんとベッドに行ったっぽいな。で、天我先輩どこ?

 なんか庭の方でドムドムとボールがバウンドする音が聞こえてきたので窓を開けて外を見る。


「みんなよく眠れたか? バスケットしようぜ?」


 何故か天我先輩が目の下にクマを作って、バスケットを嗜んでおられた。

 そういえば、夜中に先輩がバスケットしようぜとかふざけた事を言ってた気がするけど……えっ? 先輩、え? 貴方、今日運転するのに、まさか寝てないんですか!?


「「先輩……」」

「ん?」


 とあと俺は先輩の両肩を掴む。


「寝てください」

「寝ましょう」


 とあと俺は先輩を無理やりベッドに寝かせる。

 流石に寝不足の人に運転させるわけにはいかない。

 こうして俺達の旅、2日目がスタートした。

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