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白銀あくあ、伝説の番組が始まります。

 番組の始まりは突然だった。

 ベリルの本社にある休憩室で俺がソファに寝転がってぐでっとしてると、何故か阿古さんがカメラを抱えた本郷監督と一緒に部屋の中に入ってくる。

 カメラが回ってることから撮影かなと思ったけど、俺はそのままいつも通りにとあが食べているチョコレート菓子を横から勝手に摘む。


「皆さん。お仕事の時間です」


 阿古さんはそう言うと、4人分のチケットを俺の方へと差し出した。


「ん? 飛行機のチケット……?」


 行き先を見ると大阪と書かれている。

 えっ? 大阪!?


「さぁ、時間がないから急ぎましょう!」


 俺と慎太郎、とあと先輩は阿古さんに急かされて会社が用意してくれたバンに乗り込む。

 そのまま羽田に行き飛行機に乗って僅か2時間ほどで目的の場所に着いてしまった。


「きゃああああああああ!」

「えっ? 嘘やろ?」

「ベリルが関西襲来やて!?」

「あくあ様、顔ちっちゃ! 女のうちより小顔やんけ!!」

「ほんまかいな!? ……ほんまや!」

「祭りや! 急げ!!」

「あれ最近のCGかなんかとちゃうん? 関西なんか来るのホゲ川くらいやろ!」

「せやかて、あくあ君のパチモンなんかおらへんやろ。あんなん2人もおってたまるか!」

「ご利益あるかもしれんし、とりあえず拝んどこ!」

「ちょっとお隣のせっちゃんにあくあ君来とるって電話してくるわ」

「とあちゃん、飴ちゃん食べるか〜?」

「あっ、もしもし、お母はん? 今、空港来たらあくあ様とおんなじ空気吸えるで!」

「黛くん、リアルで見るとシュッとしてカッコええな」

「せやろ。慎太郎君みたいな頭良さそうな子、関西の女は好きやもんな」

「天我先輩、タテジマーズのランディーよりでかいやんけ!! こんな男の子もおんねんやなあ……」

「頼む! あー様、タテジマーズに入ってくれ! もう17年も優勝しとらんのや!!」

「わかるわ〜。この前、スカウトが連れてきた外国人、選手かと思ったら通訳と運転手と用具係やったもんな〜。相変わらずうちのポンコツスカウトは胡散臭い代理人に騙されとるわ〜」

「いっそスカウトは森川がやったほうがええんちゃうか。謎の人脈でステイツからすごいの連れてくるかもしれんぞ」


 なんか……すごいな。

 東京だと結構遠巻きに喋ってる人が多いけど、普通にめちゃくちゃ騒いでる。

 でも手を振ったら節度を守った上で過剰に反応してくれるし、これはこれでいいと思う。


「はい、これ」


 空港から出たところで、阿古さんから鍵を手渡された。

 これって車のキーだよな……。俺、運転できないけどって思ってたら、天我先輩にキーを奪われた。


「我、免許持ってる。任せてくれ」

「わかりました。で、車に乗ってどこに行けって言うんです?」


 阿古さんは4人で読んでと書かれたカンペを提示する。俺達がそれを読んだのを確認してから、さらにカンペを捲る。


「「「「ベリル&ベリル、始まるよ?」」」」


 あぁ! 藤テレビで11月から月1でやる予定のあの番組か!

 スタジオ収録だって聞いてたけど、初回スペシャルだから遠出したのかな?

 阿古さんはさらにカンペを捲る。


「行き先は……淡路島!?」


 淡路島って、確か本州と四国の間にある島だよな?

 ロケとはいえ初めて行くところにワクワクしてくる。


「って? それだけ?」


 阿古さんは再び俺たちの目の前にチケットを差し出す。


「高松発……って、香川県!?」


 阿古さんは俺の反応を見てニコリと微笑むと、さらにカンペを捲る。


「えーと、なになに、普段疲れているみんなに体を労ってもらおうと1泊2日の旅行を企画しました。大阪の空港からスタートして、淡路島で一泊、そのまま高松に行ってあく……俺の好きなおうどんを食べて東京に帰るコースとなります」


 なるほどね、そういう体で行くって事か。

 どうやら泊まるところは既に予約してくれているらしいので、その間の行動は全て自由だそうだ。


「えーと、うん……それじゃあどうしよっか?」

「人多いし、とりあえず車乗って大阪市内に向かって走り出さない?」

「そうだな。それがいいかもしれない」

「ふっ、みんな車に乗れ! 我の運転で行く!!」


 俺達は阿古さんの用意してくれた車に乗り込む。

 ちっさ! ていうか狭くない?

 天我先輩、大丈夫? 190cmもあるから頭が天井スレスレじゃん……。


「ん?」


 窓をコンコンと叩く音に反応すると、阿古さんが手に持ったカンペを指差す。


「えーと、車は、藤重工さんの360という旧車です。この度、藤蘭子会長より番組のために愛車を寄贈していただきました。あーなるほどね。蘭子さん見てますかー? ありがとうございます!」

「「「ありがとうございまーす!」」」

「それとこの前、メアリーおばあちゃんと一緒に鴨南蛮蕎麦ご馳走様でした! 今度、メアリーお婆ちゃんと話してた原宿のアイスクリーム3人で食べに行きましょう!」


 俺がそう言うと、隣の席に座ったとあがジトーっとした目で俺の事を見つめる。


「あくあって、蘭子会長と仲良いよね」

「そうなんだよね。この前はカノンも入れて天ぷらご馳走になったし、蘭子さん美味しいところいっぱい知ってるからついつい……ね」


 蘭子会長からは、俺だけじゃなくて家族ぐるみで良くしてもらっている。

 カノンにも困った事があったら相談してねって言ってたし、ペゴニアさんの話では結構メールでやり取りしてたりするらしい。


「ところで、市内に行ってどうするの?」

「とりあえず飯じゃない? っと、その前にちょっとコンビニ寄ろう」

「「「はぁ!?」」」


 信号待ちのタイミングだった事もあって、全員が俺の方を見て、お前マジかという顔をされた。

 いや、うん……俺だって言いたい事はわかるよ。でもな……。


「いや、だってほら、これナビついてないから地図いるでしょ。それと観光雑誌とか買っといた方がいいんじゃない? 携帯没収されたし……」

「「「あー」」」


 ちなみに運転席には天我先輩、助手席には慎太郎、後ろにとあと俺が並んで座ってる。


「でも、大丈夫なのか? 流石に我らが行くと騒ぎになるんじゃ……?」

「いいんじゃない? 撮影用の車もついてきてるし、思ったよりみんなちゃんとしてるよね。今だって車でつけてくる人いるかなって思ったけどそんな事ないし、ベリルってさファンの質って言っていいのかどうかわからないけど、ちゃんとライン引いてくれるよね?」


 俺の言葉に3人とも頷いた。

 ファンの質って言ったらダメなのかもしれないけど、俺達のファンの子はそこまで過激な子はいないんじゃないかな。実際、カノンと一緒にスーパーに行った時もみんな遠巻きから見ているだけで、何か危害を加えようと近づいてくるような人は居なかった。それこそカノンと一緒にいる時は、俺よりもカノンを見て、その綺麗さに驚いてる人の方が多かった気がする。


「それに……何かあっても俺が3人を守るから安心してくれ!」


 俺が握り拳を作ってアピールすると、またしてもとあにジトーっとした目で見られた。


「うん、あくあってそういうところあるよね。まぁ、いいけど……って、天我先輩、そこコンビニ!」

「うむ! 任せておけ!!」


 天我先輩はコンビニの駐車場に車をゆっくりと停車させる。

 バックで入れる時やたらとかっこいいモーションだったけど、あれは一体なんの意味があったんだろう。


「ここ、入っても大丈夫そうかな?」

「取材許可とかいるんじゃないか?」

「じゃあ、ちょっと聞いてくるわ」


 みんなからはよりにもよってお前かよって顔されたけど、俺はそんな事は気にしない。

 ちなみにこの蘭子会長が寄贈してくれた360は、本来2ドアだが観音開きの4ドアに改造しているので、後部座席でも乗り降りは楽ちんだ。


「えっ、えっ、本物!?」

「ちょ、なんでこんなところにあくあ様が!?」

「あかん、実物めっちゃ男前やん!」

「あくあ君が大阪来とるって、急いで節子さんに電話せんと!」


 俺はお客さん達に、ごめんねー、今ロケ中だからとだけ言って、レジにいる店員さんのところへと向かう。


「すみません。撮影しても大丈夫ですか?」

「はっ、はい! 大丈夫だと思うけど、店長呼んできますね!」


 高校生くらいかな? バイトの女の子が奥から店長さんを呼んできてくれて無事、撮影許可を取ることができた。

 その間、俺はお店にいたお客さん達と握手を交わす。


「あ、あの……雑誌で見かけた時からずっと応援してます。頑張ってください」

「ありがとう! 今ロケしてるこれも11月に藤で放送するから見てね」

「絶対見ます!!」


 何人かのお客さんと握手していると、そのうちの1人のお客さんが慎太郎のアクリルキーホルダーをつけてる事に気がついた。


「もしかして、慎太郎のファンかな?」

「あ……ごめんなさい。黛君のファンは、握手……ダメですか?」

「ううん、そんな事ないよ」


 俺はその子と握手すると、ちょっと待ってねと囁いた。

 一旦コンビニの外に出た俺は慎太郎に向かって手招きする。


「おーい、慎太郎。お前のファンだってー」

「あくあ、お前って奴は本当に……」


 慎太郎は周囲の様子を伺いながらコソコソとこっちに出てきた。

 大丈夫だって、もうここの安全は俺が確保したから安心して欲しい。


「え、あ……ほ、本物……?」

「初めまして、応援ありがとう」

「こちらこそ、その、出てきてくれてありがとうございます?」


 慎太郎のファンの人は嬉しそうに笑う。うんうん、よかったよかった。

 俺は雑誌のコーナーに移動すると、適当に地図と観光雑誌を手にとって買い物籠の中に放り込む。


「あくあ、これもお願い」

「ほいほい……って、とあ?」


 いつの間にか車から降りて来たとあが籠の中にお菓子を放り込む。


「とあ……おやつは300円までだぞ!」

「あくあ……今の世の中、300円じゃお菓子買えないよ……」


 確かに……駄菓子屋さんならまだしも、コンビニで300円じゃ何もって事はないけど全然足りないな。


「ちなみにバナナは……?」

「バナナはおやつじゃありません!」


 バナナはフルーツであってお菓子ではない。

 それこそ楓なんてバナナが主食だぞ。

 3食のうち1回はバナナ、多い時は2回バナナの日があるらしい。


「あっ、それと天我先輩がコーヒーだって、ブラックね」

「いやいや、甘めでしょ? 先輩、カッコつけてブラック飲むけど、本当は苦いの苦手じゃん……」

「あくあ、しーっ!」


 俺たちの会話を聞いていたお客さんからクスクスと笑い声が漏れる。

 あ……そうだ。旅行だから他にも旅館で遊べそうなトランプとか色々買っておくか。


「うっ、お買い物してるとあちゃんとあくあ君を見てると動悸が……」

「なるほどね。これが新婚かぁ……」

「もう結婚しとるやろこれ」

「ずっとあくあ君の袖掴んでるとあちゃん、いくらなんでも可愛すぎんか」

「もう肩とか完全に密着しとるやん」

「てぇてぇ、てぇてぇすぎて昇天する」

「嗜みざまぁ!」


 ちょいちょいファンの人達の間で出る嗜みって何? まさか変なファンじゃないだろうな……警戒しとこ。

 俺達はお茶とか、他にも必要そうなものを放り込んでレジに向かう。


「あ、もうそのまま、お持ち帰りになって頂いて結構ですよ」

「いやいや、普通に払いますって! 全部タダとかむしろ気を遣うからやめよ」


 俺はお財布を取り出すと現金で支払う。

 電子マネーだったら携帯没収されたら使えないけど、普段から現金を持ち歩くようにしててよかった。


「ゴチになりまーす!」

「すまない。あくあ」

「いいって、これくらい気にするなよ」


 俺はそう言いながらお財布にお釣りを片付ける。

 店長さんからレジのところにサインして欲しいと頼まれたので、一旦、荷物を置きに行って天我先輩を呼ぶ。

 4人でレジの台の側面にサインすると、店長さんやバイトさんを入れて記念撮影した。


「ありがとね」

「い、いえ、こちらこそ、ありがとうございます!」

「またこっち来た時は寄るから」

「はい! またのお越しお待ちしております!!」


 俺達は店員さん達やお客さん達に手を振ってコンビニを後にする。

 この4人でコンビニなんて、ヘブンズソードの撮影以来じゃないか……。なんかもうこれだけでも満足したって感じがする。というか、これで大丈夫なら東京でも普通に出歩けるんじゃないか? そんな気がした。

 コンビニを出た俺達はそのまま高速に乗って大阪市中心部を目指す。


「どうする?」

「とりあえず市内目指して行って、たこ焼き食べようぜ。道頓堀行こう!」

「嘘でしょ……4人で道頓堀歩くの? 本当に?」


 3人、特にとあから呆れた顔で見られた。


「いいと思うけどなぁ。ダメ?」

「うーん、確かに行ってみたいかどうかでいえば僕だって道頓堀に行ってみたいけど……まぁ、いっか。なんかあくあがいたら、行けるような気さえしてくるし」

「だろ? 大丈夫だって、さっきもそうだけど案外どうにかなるものだって。あと折角大阪に来たんだから、あそこ行こうぜ。USJ、ユニバーサル・ステイツ・ジャーニー!」


 3人、特にとあから呆れすらも通り越えた、全てを諦めた顔をされた。


「うん……もう、あくあの好きにすればいいんじゃないかな?」

「だろ? じゃあ、行こうぜ。USJ!!」

「行くにしてもUSJなら撮影許可がいるんじゃないか?」

「確かに……ちょっと聞いてくるわ。先輩、そこのPA止めて」

「了解した」


 天我先輩に途中のサービスエリアに停車してもらい、前と同じように俺が先陣を切って外に出る。

 そしていつものように騒がれるけど、こちらも慣れてきているので同じように軽く会釈したり手を振ったりして公衆電話を探す。滅多にない公衆電話だけど、サービスエリアならあるはずだ。


「お……公衆電話みっけ!」


 俺は少し駆け足になると、公衆電話の前で雑誌を開いてUSJの窓口に電話をかける。

 やっぱ観光雑誌を買っておいて正解だったな。電話番号も載ってるし、めちゃくちゃ助かってる。


「はい、こちらユニバーサル・ステイツ・ジャーニー、お客さま相談室の谷口です! ご用件を伺ってもよろしいでしょうか?」

「あっ、もしもし〜」

「お、男の子!? し、しかもこの声って……」


 電話対応の谷口さんはびっくりした声を出す。

 どうやら声で俺の正体にも気がついているみたいだし、それなら話が早い。


「あ、初めまして、ベリルエンターテイメントでアイドルやらせてもらってる白銀あくあというものなのですが……」

「はい……はい! 存じておりますとも!!」

「あの〜、今ですね。番組のロケで大阪に来てまして……さっき、とあや慎太郎、天我先輩とUSJで遊びたいなって話をしてたんですよ。それで、ちょっとお邪魔させてもらったりとか出来ますか? あっ、無理なら無理でも大丈夫なんですけど……」

「あ、えっと、それじゃあ上司にちょっと確認してみますね」

「ありがとうございます。それとできれば撮影許可の方も頂けたら嬉しいなって思ってるんですけど……」

「わかりました! では、そちらも併せて上司に……って、え、あ……はい、はい、わかりました。白銀様、すみません。お電話中なのに。先ほど後ろに居た上司から許可が下りましてその……警備態勢もあるので、できれば2時間後なら……ありがたいのですが、大丈夫でしょうか?」

「あっ、わかりました。それじゃあ道頓堀でちょっとたこ焼き食べてからそっち行きます」

「はい、それでは2時間後にお待ちしておりますね。あ、後ファンです! いつも応援してます」


 俺は公衆電話に書かれた残り秒数を確認する。


「谷口さん、後まだ少し時間残ってるから何か言って欲しい事ある?」

「あ、あ、私! 本名、谷口真美子って言うんですけど、かっこいいあくあ君で真美子、ありがとうって言ってください!!」

「真美子、今日はありがとな。後でそっちに行くから、それまで大人しく俺の事を待ってろよ」


 そこでタイムリミット。電話が切れる時に受話器の向こうからは声にならない悲鳴が聞こえてきた気がする。

 流石にちょっとキザったらしくて、受話器を置いた後に急に恥ずかしくなった。


「本当、あくあはよくやるよ……」


 とあ……見てても見てない事にしておいてくれよ。


「真美子あれ確実に死んだやろ」

「真美子の死亡を確認!」

「よかったな真美子、一生の思い出確定やろ」

「USJ行くのか……これ言わない方がいいよね?」

「せっかく男の子4人が楽しんでるのに野暮な事はせんでええやろ」

「せやな。私達の胸の中に仕舞い込んで聞かんかった事にしとこ!」


 みんな優しいな。俺は手を上げて、みんなありがとなって言っておいた。

 とあと俺はSAで無料配布されてるパンフレットとかを適当に貰って車へと戻る。

 再度、車を発進させた俺達は談笑しながらどこで食べるか、あーでもないこーでもないと話し合う。


「そろそろ道頓堀近くのインターチェンジだぞ」


 道頓堀近くのインターチェンジで料金所のある出口に行くと、お金を清算するお姉さんがびっくりした顔をしていた。ちなみにナビがついてないこの車にETCなんて便利なものがついているはずがない。

 

「お姉さん、お仕事お疲れ様! 頑張ってね!」


 とあは後ろの座席から窓を開けて身を乗り出すと、俺が渡したお金と一緒にコンビニで買いすぎた缶コーヒーを手渡す。


「道頓堀きたー!」

「うぉー!」

「おー!」

「なんか楽しくなってきたね」

「おう!」


 俺達は道頓堀近くの帝都ホテル大阪へと車を走らせる。

 どこに車を預けようかと考えた結果、ここが1番近くて安全な場所だろうという判断からだ。

 帝都ホテルの経営は皇グループ、くくりちゃんの実家が関わってるから大丈夫だろうと思う。

 ちなみにこの側には、大阪帝都ホテルというよく似たホテルがあるから間違えちゃダメだぞ。


「うわああああああああああ!」

「あくあ君達やん!!」

「心なしかあくあ君達のおかげで、道頓堀が綺麗に見えるわ」

「わかるわ。空気が澱んでないもん。なるほどこういうことかー」

「東京もんが掲示板であくあ君がスターズ行ってた間は、空気が不味うなったって言ってた意味がわかるわ」

「今のうちに空気たくさん吸っとこ。空気はただやし」

「もしもし、節子おばさん? 今、道頓堀であくあ君達きとるで! ほら、節子おばさん夕迅様好きやろ!! 本物や、本物がおるで、え? 夢? 夢なんか見とるわけないやろ! これが夢ならもっとエッチな事になっとるって!!」


 道頓堀ともなると人が多すぎて、もう何を言ってるのかまでは聞き取れない。

 それでもみんな、俺たちからは一定の距離をあけてくれている。

 小雛先輩も言っていたけど、本当にファンのみんなすごいな。

 俺達はファンのみんなに感謝しつつ、道頓堀の通りを歩く。

 そこで閃いた俺は、俺は後ろにいる通りの人達全員に声をかける。


「みんなー、今からたこ焼き食べるんだけど、どこがいいー?」


 色々雑誌で調べたけど、こういうのは地元の人に聞くのが1番いいだろうって思った。

 とあに何やってんのって顔で見られたけど、そんな事は気にしない。

 この世界に合わせる事ばかりしてたら、いつまでたっても変わらないし、何よりも本当にヤバそうならこんな事聞いたりしないしね。少しずつ、少しずつ前に踏み込んでいく事が重要なのだ。


「それなら道頓堀じゃない方がええで!」

「いやいや、せっかくやし、最初はノーマルがええんちゃう?」

「わかるわ。観光地きたんやし、ここで食べて欲しい」

「こういうのはおいしさより雰囲気やろ」

「この大群引き連れて難波には行けんしな……千日前あたりで事故起こるぞ」


 みんな色んなとこの名前を出してくれたけど、その中で1番名前が上がったのは、ちょうど目の前にあったお店だった。


「あ、取材許可いるんやろ?」

「ちょっとおばちゃんが撮影してええか聞いてきたるわ!」

「おばちゃん達常連やから、まかしとき!」


 番組の進行まで考えてくれてありがとうございます。

 パワフルなお姉さん達にとあ達はたじたじだけど、俺はこういうノリが結構好きだから楽しんだ。


「店長ー、店長おるかー!」

「潰れかけた店に救世主がきたで!」

「誰が潰れかけやねん!! 今日も客まばらやけどな!」

「ほら、潰れかけとるやんけ!!」

「潰れかけて50年、婆さんの代からやらせてもろてます!」

「なんや、しぶといなー」

「そういうやウチの婆さんも、50年前からあそこ潰れる言うてたわ」

「そんな事よりあくあ君きたで!」

「あくあ君ってどのあくあ君や!?」

「あくあ君はあくあ君しかおらんやろ!!」

「いや、この前、電話でもしもしあくあですって詐欺しとった奴おるやろ!」

「それなら結構はよーに、なんとか教とかいうのが潰しとったで!」


 あかん、これ全然撮影許可取れないやつだ。

 俺はお店の中に入ると店主のお姉さんに声をかける。


「すみません。一応本物の白銀あくあをやらせてもらってる白銀あくあです」

「本物やん!」

「だからほんまもんがきたって言うたやろ!」

「いやいや、松下さんのところのCGかもしれんやん」

「松下もうないって! なんか横文字のナショなんとかって洒落た名前に変わったやろ」

「その会社も、もうないって、なんやよーわからん名前の会社になったんや!」


 俺は流れを断ち切るように再び会話に口を挟む。


「みなさん仲いいんですね。昔からの友達ですか?」

「いや? 今日初めて会ったばかりやで」


 嘘やろ……お姉さん、さっき常連だって言ってたじゃないですか。

 そこで耐えきれなくなったのか、とあがお腹を抱えて笑い出した。

 それに釣られて天我先輩が笑みを見せると、慎太郎も苦笑いする。


「あー、えっと、今、ロケ中なんだけど撮影してもいいですか?」

「ええで! ほら、たこ焼きやろ。すぐできるから座っとき!」


 俺達は4人掛けのテーブルでたこ焼きが来るのを待つ。

 心なしか周りの3人がすごくソワソワしてた。


「どうしたの3人とも?」

「あ、いや……なんかこんな日が来るなんてなって思って……」

「うん、わかるよ。撮影班の人達はついてきてくれてるけどさ、4人で旅行に来れるなんて思ってもみなかったもん」

「しかもこういう観光地で繁華街の中心にあるお店に入れるなんて、少し前なら考えられなかったと思うぞ」


 確かに……特にここ最近はだんだんみんなから自由が奪われてきてる気がした。

 こういう仕事をしてたら有名税として考えたら当然なのかもしれないけど、この世界の歪さもあって、周りの言う事を全部聞いていたらほとんど自由がない。

 せっかく慎太郎や天我先輩、とあの3人が外の世界と関わろうと思ってこの仕事をしてくれたのに、これじゃあ本末転倒なんじゃないかって思った。


「確かに、みんな心配してくれるのは嬉しいけど、俺たちもまだ学生なんだし、もっと外で遊びたいよな」


 俺がそう言うと、みんながこくりと頷いた。

 やっぱりみんなもそう思うよな。

 ワガママだって言われるかもしれないけど、少しずつこういうところも変えて行かない事には何も変わらないと思った。うーん、どうしたものかと考えていると、出汁の効いたいい匂いが近づいてくる。


「みんな出来たでー」


 色々なたこ焼きのメニューが俺たちの目の前に並ぶ。


「お昼食べてないんやって? お腹すいとるやろ。どれでも好きなん食べてや!」

「あ、ありがとうございます!」


 俺は普通のソースたこ焼きをつまむ。

 とあは明石焼を、慎太郎はネギポン酢、天我先輩は餅チーズを食べる。

 はふっ、はふっ、あちち……あ、うまっ、うま!

 外はカリっとしてるのに中はフワッとしててジューシー、とろとろになるほどお出汁の沁みた生地がソースと絡まって美味しさを引き立てていた。それに加えて鰹節と青海苔が香りや風味をより一層華やかにしてくれる。


「うっま」

「こっちも美味しいよ、あくあ」


 ふむ、そういうのなら……俺は口を開けて待機する。


「え? あ……あーんしろって事?」


 俺は口を開けたまま、うんうんと頷く。


「じゃ、じゃあ、はい! あーん……」


 パクリ……うっま!

 ソースとは違って、これでもかというほどお出汁の旨味が俺の口内を蹂躙する。

 これはもうお出汁の暴力だよ。シンプルに見えて、複雑に絡み合っただし汁のバランス。あーもう満足です。


「うめぇ。うめぇしか出てこないわ……」


 俺は目頭を抑える。


「ほらほら、後輩、我の、我のも!」


 はいはいって……え? 天我先輩もあーんするんですか?

 うん。まぁ、いっか。俺は天我先輩がやってみたそうにしてたからそれに応える。

 おっ……もちもちしてる! チーズの塩見が効いてていい感じ! 何より中に入ったお餅が美味しい!!


「ヤベェ、どれ食ってもうめぇわ」


 俺は天を仰ぐと慎太郎の方へと視線を向ける。

 この流れだとこうするしかないんだろうなとお互いに空気を読む。

 おお! ネギポン酢すごくさっぱりしてる!! これなら何個でも食べられるんじゃないかってくらい軽い!

 俺達はその後もたらふくたこ焼きを食べる。


「どれも美味しかったね。僕は餅チーズかなぁ。お餅美味しかったー」

「あぁ! 我は特に後から食べたこの醤油ソースが美味しかった気がする」

「わかります先輩。俺もソースと比べたら醤油じゃさっぱりしすぎてるのかなって思ったけど、最終的にこれが1番ハマったかも」

「僕はネギポン酢も悪くなかったけど、やっぱりオーソドックスなソースかな」


 みんなでわいわいとたこ焼き談義で盛り上がる。


「お姉さん、美味しかったです! またね!」

「ご馳走様でした! お土産まで頂いて本当にすみません!」

「ありがとうございました! いつかまた来ます!」

「世話になった。ありがとう! 家族にも美味しかったって言っておく」

「あいよ! また来てな! これであと百年はここで粘るから!!」


 お姉さん、100年は流石に無理です。俺もそこまで生きてる自信はない。

 俺達は店主のお姉さんにお礼を言ってお店を出る。

 ちなみにお金は払おうとしたけど、あくあ君達からお金なんか取れへんよ。取ったら周りのババアになんて言われるか分かったもんじゃないと言われて断られてしまった。


「美味しかったな!」

「うん、美味しかった!」

「それじゃあ、そろそろUSJ行っちゃう?」

「行きましょう!!」


 本当はもっと観光したかったけど、外に出たらすごい人だかりが出来ていたので慌ててホテルへと戻る。

 再び天我先輩の車で走り出した俺たちはUSJへと向かう。

 今思えば公衆電話からかけたのは怪しすぎだし、本当に大丈夫かなと行くまで不安だったけど、谷口さんはちゃんと準備を整えてくれていた。

 ここで阿古さんが声をかけてくる。


「あくあ君、あくあ君!」

「どうしました。阿古さん?」

「ここ、12月分のSP放送にするから、そのつもりで」

「OK! わかりました!!」


 そういうわけで俺達はUSJをじっくりと楽しんだ。

 この放送を見ている人達は、12月の放送をお楽しみに、ごめんねというコメントを別撮りする。


「USJ楽しかったね」

「本当にな。天我先輩ははっちゃけるし、慎太郎の眼鏡がお亡くなりになるし……」

「うむ、尊い犠牲だった……」

「ちょっと待ってくれ。なんか僕が死んだみたいになってないか?」

「「「ははは!」」」


 俺達が笑うと慎太郎も笑みを見せた。

 ちなみに俺たちは今それぞれに被り物をして車に乗ってるから中々の浮かれ具合である。

 本放送を見ている人達にとっては、この間がカットされてるので、何が起こったのだろうっていう感じだろう。


「ここか」

「ああ……」


 俺達は淡路島に行く前に、兵庫県のとある公園に来ていた。

 周りを見渡すと綺麗なビルや建物が立っていてわからないけど、今から30年近くも前に大きな地震があった場所である。

 俺達は慰霊碑に行くと4人で並んで手を合わせた。

 今もこの災害で深く傷ついてる人達がいて、その人達に対してなにかができるなんて思ってもないけど、こうやって手を合わせることはできる。そして悲しい記憶がある一方で、俺は実際にここに来て、ここに立ってみて、そこから立ち上がった人の強さ、人類の凄さ、絆の力を強く感じた。

 それと同時に、一度死んだ自分は死への無念さを知っているだけに、身が引き締まるという思いに駆られる。

 頑張ろう。生きてるなら、生きてる間に自分ができる事をしようと思った。

 ここに誓うよ。もっともっとこの国をよくするって、苦しんでも辛くっても何度だって立ち上がって、みんなが笑い合える世の中を目指すって。


「行こっか……」

「うん……」

「ああ……」

「そうだな……」


 少ししんみりとしすぎちゃったから、俺は元気付けるために3人の背中を叩いた。


「みんな! 今の俺達に出来る事は楽しむ事だ!!」


 悲しみがあって、喜びもある。

 観光客でしかない俺たちに出来る事は、とにかくいっぱい遊んで楽しむことだ。


「あぁ、そうだな!」

「うん、楽しもう!」

「うむ! それでは淡路島に向けて出発だ!」

「「「おー!」」」


 こうして車に乗り込んだ俺達は、360改めベリル号で淡路島に向かって走り出した。

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[気になる点] ちょいちょいファンの人達の間で出る嗜みって何? まさか変なファンじゃないだろうな……警戒しとこ ゲーム大会でのあのスパチャだよ、あくあくーん
[良い点] てっきり、サイコロ振って深夜バスに乗る企画だと思ったよ
[一言] そうか、男が少ないから必然的に大阪のオバちゃんが大量にいるのかw これ、北海道の某ローカル局のディレクターなら、このまま四国88カ所詣りさせるw
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