白銀あくあ、走り出した夜。
「あ、あの……」
「ん……?」
全てが終わった後、誰もいない瞬間を見計らって森川さんが俺の着ていたジャケットの裾を引っ張った。
不安そうな森川さんの顔を見て、どうしたのだろうと俺は首を傾げる。
「さっきのって……その、番組を盛り上げるための……演出とか、そういうのだったりとか……」
「森川さん……」
どうやら番組の最中にサラリと言った事で、逆に森川さんを不安にさせてしまったみたいだ。
俺は森川さんの不安を和らげるように、震える手を優しく包み込む。
「番組を盛り上げようと思っても、冗談で付き合おうなんて言いませんよ。俺は前から森川さんの事がいいなって思ってたから森川さんの気持ちに応えたんです。それとも森川さんは番組を盛り上げようと思って、冗談で言ったんですか?」
森川さんは首を左右にぶんぶんと振る。
それに合わせて森川さんのポニーテールが左右に振れて可愛いなと思った。
「本当に、私でいいの?」
「はい」
俺はゆっくりと首を縦に振る。
男に二言はない。
「森川さんとお話しするのはすごく楽しいし、森川さんの前だとカッコつけなくていいというか、自然体でいられるんです。森川さんからしたら私の前でもカッコつけて欲しいって思うかもしれないけど、俺は森川さんといる時のそういう空気感が好きだな。今、思えば最初にあの喫茶店で会った時から、森川さんとはこんな感じでしたね」
「あ、ありがとう……?」
「ははっ、そこなんで疑問形? ほら、緊張しないで、いつもの森……楓を思い出して」
「楓……そ、そんな、急に俺のみたいな感じ出されたら、あわわわわ」
可愛いなぁ。
普段話しやすくて接しやすい楓だけど、ちょっとした合間に女の子らしい仕草を見せてくるところが可愛らしい。それこそ黙ってたら、天気予報に出てくるお姉さんくらいの美人だけど、愛嬌があるから話しかけやすいし、今みたいに裾を引っ張られたりとか、さりげないボディタッチにはドキドキさせられる。
「デートいつにする?」
「いつでも大丈夫です……! って、あ、有給もうないんだった……」
「ええ? 有給もう使い切ったんですか? ははっ、どうしたらそんなことになるんですか?」
「う……」
楓の目が泳ぐ。本当、見てるだけでも飽きない人だと思う。
女の子にそんな事を言ってもいいのかって思うけど、それが森川楓の魅力なのだから仕方がない。
放っておけない人って彼女みたいな人の事を言うのかもしれないな。
「じゃあ、あくあ君には申し訳ないけど、今度の私のお休みで……」
「いいよって言おうとしたけど、俺、実はお仕事でちょっと外国にいかなきゃいけない用事があるんだよね。今回、ちょっとだけ色んな人と取引しちゃったからさ……。だから……少しだけ、待っててもらえる?」
今回、俺が頼ったのは総理だけじゃない。
理人さん達と同じ六家の藤堂紫苑さんに、妹さんの藤蘭子会長を通して何かあった時は二人に味方してほしいと事前にお願いしていた。流石に今日、ここに来るとは聞いてなかったからびっくりしたけど……。
その代わりにと言ってはなんだけど、俺は紫苑さんからとある仕事を引き受けることにした。
すごく面白そうな話だったし、俺としては楽しめるから全然いいんだけど……阿古さんにスケジュール調整してもらったりして申し訳なかったな。あ……そういえばこの前、小雛先輩がテーマパークのチケットを4枚ももらって死にそうな顔してたから、アヤナも誘って4人で行こうってさりげなく提案しておくか。あのまま放置してたら一人で4回行って友達4人で行きましたとか言い張りそうだし、それは流石に居た堪れない。
少し話はそれたけど、俺は他にもメアリーお婆ちゃんを通じて、くくりちゃんにも二人の味方をするようにお願いしていた。勿論こっちもタダってわけじゃない。
くくりちゃんのお願いは二つで、一つはメールアドレスの交換、もう一つは色々と相談に乗ってほしいとのことだった。くくりちゃんは、乙女咲への進学を希望している受験生なので色々と相談に乗って欲しいんだろうと思う。
年相応の可愛らしいお願いに思わずほっこりした気持ちになった。
「は、はい! 5年でも10年でも、なんならあと60年くらいなら待てます!」
「いやいや、流石にそれは待ちすぎでしょ! 楓、そんなに待たされた時はちゃんと怒っていいんだよ」
「お……怒る……私が、あくあ君に……?」
「そうそう。もっと私の事も構ってよってね」
楓、ホゲーっとした顔してるけど大丈夫?
その表情が可愛くて、俺は楓の頭を優しく撫でる。
なんだろう。こういう時の楓ってマスコット的な可愛さがあるというか、ゆるキャラっぽいというか……まぁとにかく可愛いんだよね。ほれほれー、いっぱいなでなでしてやろう。
「わ、わわわわ私、ちょ、ちょっと上司に色々と! 本当に色々と相談してきます!! えっと……お休みの日、後でメールしておきますから!!」
楓は顔を真っ赤にして上司である先輩のところへと逃げていった。
可愛いなぁ。楓といると本当に退屈しなさそうだ。
「さてと……」
俺はその場から移動すると、今日のマネージャーを担当してくれている琴乃のいる場所へと向かう。
「あっ、あくあさん」
人がいそうな場所へと向かうと、先に気がついた琴乃から声をかけられた。
ん? 琴乃の表情を見る限り何かあったのかなと察する。
「すみません。今日これから政府の人達と、例の件について少し打ち合わせしないかって言われたんですけど……」
「あぁ、いいよ。せっかくだし時間のある時にやっておこう。日にちもそうないしね」
「はい! では、控室の一つを手配してるのでそちらに向かいましょう」
流石は琴乃だ。仕事が早いし、こうしたらこうって準備をしてくれているところがいかにも仕事ができるって感じがする。俺は政府の人達とにこやかに握手して打ち合わせを始めた。
途中総理が茶化しに来たけど、相手をしてるとかなり長引きそうだから適度にスルーする。
少しだけ時間が掛かったけど無事に打ち合わせを終えた俺は、先にその場から失礼する事にした。
「本当にあとは俺がいなくても大丈夫?」
「はい。あとは警備とか、空港からの移動とか、宿泊先のお話になってくるので大丈夫です」
「そっか、残りのお仕事、頑張ってね。琴乃」
「は、はい!!」
本当はほっぺたかおでこにキスしたかったけど、政府の人達が全員こちらを見ていたので流石に遠慮した。
多分、そんな事をしたら琴乃が恥ずかしがって撃沈しそうだし、そうなったら政府の人達にも迷惑をかけちゃうからね。
俺は政府の人達にも挨拶して、一人、先に打ち合わせから失礼する事にした。
どうしても行きたいところがあるからね。
「ん……?」
「あ……」
通り道で偶然にもえみりさんと出会う。くくりちゃんや楓ともお話ししてたのだろうか。
どこか少し凹んでる感じがするけど、俺の気のせいかな?
「えみりさん、さっきはありがとう」
「え……あ、えっと……」
やはり何かあったのだろうか。
俺はえみりさんに近づくと、相手の緊張をほぐすように柔らかな表情で微笑む。
「どうかした?」
「あ……その……さっきの私……」
今回の事で1番のイレギュラーはえみりさんが来た事だ。
江戸っ子口調もすごかったけど、まるでドラマの主人公のような立ち回りと迫力に俺も呑まれそうになったほどである。PVの時もすごかったけど、えみりさんは本気で役者とか目指さないのかな?
「さっきのえみりさん、すごくかっこよかった」
いやも、でもも、へったくれもねぇんだよ!!
耳が痛かったな。言い訳していた自分のお尻を後ろからガツーンと蹴っ飛ばされた気持ちになった。
「ほ、本当ですか? 私、その……いつも、あくあ様の前じゃ、猫被ってて……」
「はは、猫被ってるって、そこは普通に言っちゃうんだ」
「あ、いや……えへへ……」
えみりさんは誤魔化すように笑みを浮かべる。
初めてえみりさんと出会ったのは、俺が喫茶店でバイトしていた時だ。
お客さんで店に来たえみりさんを見て、びっくりした事を今でもよく覚えている。
あまり女性を容姿でとやかくいうものじゃないのかもしれないけど、後にも先にも俺が美しさでびっくりしたのはえみりさんとカノンくらいなものだ。くくりちゃんはまだ可愛いの方が強いからどうにかなったけど、もう少し大人になっていたら確実にこの二人と同じくらい目を奪われていたと思う。
えみりさんは当時から物静かで、いかにも深窓の御令嬢という印象をずっと抱いていた。
でも、仲の良いカノンや楓に対して喋ってるえみりさんを見ているうちに、それはあくまでも彼女にとっての一面でしかないという事に気がつく。
だから、今回のえみりさんを見ても驚かなかったというとか、ようやく彼女の心に触れられた気がして嬉しかった。
「でも……あくあ様は、やっぱり猫を被ってる方が、い、いいですよね?」
「えみりさん、俺はどっちのえみりさんも好きですよ。だって、どのえみりさんもえみりさんなんです。それこそ俺だって、カノンの前じゃこれでも少しは猫被ってるんですよ」
「嗜……カノンの前で?」
「はい。だってカノンの前じゃいつだってかっこいい俺で居たいんですよ。しょーもないプライドみたいなものだけど、カノンの前じゃかっこつけたくなるというか、かっこいい俺を見て欲しいんですよね。それって猫被ってるようなもんでしょ。あ、でも、ちゃんと格好つけられてるかって言われると難しいんだけど……現に恥ずかしいところも見られちゃってるしね」
俺は頬を掻いて過去を回想する。
うん……今にして思えば、結構恥ずかしいところ見られてるな。授乳プレイとか……。
「じゃあ、あくあ様はさっきの私を見ても引いちゃったりとか……」
「そんな事あるわけないですよ。むしろ俺が女の子だったら惚れていたかもしれません。だから、さっきはありがとうございました」
俺は改めてえみりさんに頭を下げた。
「あ、頭を上げてください。あくあ様! それに、お礼を言わなきゃいけない方は私なんです! も、森川と姐さんの事、ありがとうございました!! ホ……森川はちょっと……じゃなくてだいぶドジだし、間抜けだし、とぼけたやつで、ぼんやりしたところもあるし、有給を無駄に使い切っちゃうような馬鹿だけど、良い奴だから! それに姐さんも、目つき悪いし、はっきり言って今でもちょっと怖いと思う時あるし、胸だって尻だって体だってでかいけど、本当は乙女チックで可愛い人だから、その、その……本当にありがとうございました! で、でも……あくあ様でも、2人の事を泣かせたら赦しませんから! それだけは覚えておいてください!!」
本当にえみりさんは凄いなと思った。
最初は悪口を言ってるのかと思ったら褒めたりするところも面白いけど、何よりも最後には、そんな友人達を傷つけたら俺だって赦さないと言う……。男の俺にこんな事が言える女性なんて、この世界にどれだけいるのだろうか?
「ありがとう。えみりさんみたいな人が、カノンや琴乃、楓と友人でよかったよ。俺から言う事じゃないけど、どうかこれからも3人の良き友人でいてあげてほしい。大丈夫、琴乃も楓もカノンと同じように俺が幸せにしてみせる。そのえみりさんの心意気と友情に誓って約束しよう。白銀あくあは、愛を誓った全ての人を、守りたいと思ったすべての人を幸せにする。そしていつかは男性、女性に関わらずこの世界を笑顔でいっぱいにするって約束しよう」
「あくあ様……わ、わかりました! その決意、この雪白えみりが最後まで近くで見届けます!!」
「ありがとう、えみりさん。もしその約束を違えそうになった時は……」
「わかってます。その時は、私があくあ様を……白銀あくあを全力で止めます」
俺とえみりさんは固く握手を結ぶ。
最後まで近くで見届けるか……。えみりさんはその言葉の意味がわかってるのかな?
それってプロポーズみたいなものじゃないかと思ったけど、本人はきっとそういうつもりで言ったんじゃないという事にすぐ気がついた。だって、その事に後から気がついたえみりさんの顔が真っ赤に染まってたからね。
ん……? えみりさんとお話ししていると、通路の向こう側から足音が聞こえてきた。俺はそちらへと視線を向ける。
「あくあ君……もしかして、お取込み中だったかな? お邪魔なら後にするけど?」
「いえ、大丈夫ですよ。レイラさん」
レイラさんは真剣な表情でスタスタとした歩調でこちらに近づいてくると頭を下げた。
「本当に、本当にありがとうっ……!」
「頭を上げてくださいレイラさん。俺は今回ちょっとだけ手伝っただけです。最終的に、天草さんと理人さんがお互いに頑張ったおかげですから。むしろ俺なんかよりアヤナやここにいるえみりさんにお礼言ってあげてください」
「アヤナ君には先ほど礼を言ってきたよ。雪白えみり……君もありがとう。君と会うのは随分久しぶりだが……しばらく見ないうちにあの美しかった少女が、こんなにも綺麗な大人の女性になっていて驚いたよ。それに昔は大人しかった君があんな啖呵を切るなんてね」
レイラさんはえみりさんの方へと顔を向けて頭を下げる。
そっか、2人とも六家出身なら知り合いでもおかしくないのか……。
「お久しぶりです。私は……ただ、あくあ様を助けに来ただけですから、気にしないでください」
「それでもだよ。それに……あそこに居た全員、君の言葉に目を見開いていた。女なら男の前でくらいかっこつけた女でいろ……。良い言葉だと思ったよ」
俺はうんうんと頷く。
レイラさんはえみりさんをグイッと抱き寄せると、俺の目の前でいきなり口説き始める。
「ところでえみり君、役者に興味はないか? 今の君なら間違いなくミシュ様になれる!」
「うぇっ!? わ、私がおばちゃんみたいに?」
おばちゃん……? あぁ、そういえば2人とも苗字一緒だよね。
この前、ミシュさんが自分のもう片方の親だと知った時はびっくりしたけど、もしかしたらえみりさんとは従姉とかになるのかな? それとももう少し離れた関係になるのだろうか。
そこを聞こうと思ったら、俺が歩いてきた方向から2つの足音が聞こえてきた。
「うん、良いんじゃないかな」
そう言ったのは後ろから現れた総理だった。そして総理の隣に視線を移すと、くくりちゃんが立っている。
凄い組み合わせだと思ったけど、くくりちゃんがこの年でご当主様なのだとしたら、2人が知り合いでも不思議ではない。
「芸能活動は国民の皆さんに幅広く顔を知ってもらえるからね。数年くらい、みんなに名前と顔を覚えてもらうために、やってみたら良いんじゃないのかな? なに、若い時のミシュ様並みに雰囲気あるからデビューしたらすぐに売れるよ」
総理はえみりさんに笑顔で近づくと、自分の名刺を差し出した。
「それと、先生……メアリー様のところで厄介になってるって話には聞いてるよ。私もメアリー様からは本当に多くの事を学ばせてもらった。遊び方も、政治の事もね。だから妹弟子の君にはこの名刺を渡しておこう。何か困った事があったり、私の仕事に興味があったら連絡してきなさい」
そういえばいいですともでも、メアリーお婆ちゃんって最初は総理に電話をかけようとしてたんだっけ……。
結局、公務中だったのか繋がらなくて代打で楓が出る事になったのを覚えている。
楓と3人で話してた時にもスターズに留学していた時の話をしていたし、きっとその時にお世話になったのだろう。
「総理……本気ですか……?」
ん? 何だろう。珍しくくくりちゃんが総理の事を胡乱な目つきで見ている。
「あら、くくりさん、私はいつだって本気ですよ。これからやってくるあくあ君達の時代には、彼女くらい破天荒の方がいい。私にとって重要なのは、この国と国民に利するところがあるかどうかだからね。先生もそれがわかってるから彼女をメイドにしたんだろう。それに人を惹きつけるカリスマ性はどう足掻いても後から手に入るものじゃないからね」
何を話してるか内容までは聞き取れなかったが、総理が終始笑みを浮かべているところからも2人で楽しい話をしているのだろう。
「ところであくあ君、どこかに行くんじゃなかったっけ?」
「あぁ、はい」
おっと、気がつけば結構いい時間だ。
今から先生の家に着く時は夜になってるかもしれないな。
「それならこれを使ってください」
話を聞いていたえみりさんから、ラーメン竹子のキーホルダーがついたバイクのキーを受け取った。
あれ? これラーメン竹子のデリバリー用のバイクじゃないの? 俺が乗っても大丈夫?
「これ、移動に便利だろうって竹子さんから譲り受けた奴だから大丈夫ですよ」
「本当にいいの?」
「はい。使ってやってください。帰りは適当に誰かに……ううん、森川からタクシー代1万ふんだくるんで大丈夫ですよ!!」
「はは……じゃあ、ありがたく使わせてもらうね」
本当はお金を払っても良かったけど、えみりさんの表情が本気だったのでそんな野暮な事はしない。
ちなみにここから俺たちの住んでいる平河町まで5000円程度なので、1万はぼりすぎである。
ま、なんとなくだけど、えみりさんはそんな事せずにどうにかして帰りそうな気がするけどね。
一応カノンにメール入れて。もしもの時はペゴニアさんに俺のバイクで迎えに行ってもらうように言っておこう。
俺は改めてみんなに挨拶すると、1人駐輪場の方へと向かった。
さてと……先生、今からそっちに行くから待っててくれよ!
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