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月街アヤナ、初めての恋。

 私とレイラさんは国家機密局の長官でもあり華族六家の天草家の当主でもある天草しきみさんと一緒に、控室から政府主催のお見合いパーティーを見守った。

 あまりバラエティ向きじゃない私にとって、国営放送の森川楓アナウンサーとあくあの軽快なトークは観ていて勉強になる。

 役者としても歌手としてもアイドルとしてもズバ抜けてるのに、MCにもなれるし、只のゲストとしても上手にトークできるなんて反則すぎるにも程があるでしょ。


「全く、どこまで行くっていうのよ……」


 あくあはあんまり他人からの評価なんて興味ないから知らないだろうけど、四半期に一度、本場ステイツが発表する世界の若手演者十傑にスターズの新星、チャールズ・ヘンダーソンと並んでこの国から唯一ランクインしていた。

 まだデビューして1月くらいしか経ってないのに10位にランクインしたチャールズ・ヘンダーソンの14歳とは思えない天才的な演技もすごかったけど、あくあですら女優陣を含めた若手ランキングで世界3位っていうんだから本当に世界は広い。

 まだこの上に2人いる。それも若手って枠組の中でって言うんだから、全体ともなるとこの国からランクインしているのはあのミシュ様だけである。今、私の隣にいる玖珂レイラさんを以ってしても世界のトップ10人には入れないのだから本当に馬鹿げた世界だ。

 そして本場ステイツが始めたこの若手ランキングの数十年に及ぶ歴史の中で、男性としてランクインしたのはこの2人が初めてである。

 ただ男性だからというのではなく演者としても高く評価される彼らと共演を望む女優は多く、星の王子様(スター・プリンス)、チャーリー・ヘンダーソン、それを上回る白銀の王(プラチナ・キング)、アクア・シロガネは今やこのエンターテイメントの世界におけるマーケットの中心だ。


 本当、同世代にとんでもないのが出て来るたびにため息が出るわ。こっちはこの世界で生き抜くだけでも必死だっていうのに……。


 だからこそ月9であくあと共演できたのは大きかったと思う。

 私も本場ステイツに倣って作られた国内の若手ランキングでは8位に入っているけど、トップに君臨しているあくあとは比べるのも烏滸がましいレベルだ。それどころか、このままいけば今は私より下にいる10位の天我アキラさん、ランキング圏外だけどヘブンズソードで回を増すごとに凄みを増していく黛くんに抜かれる日も近いと思う。

 天我さんには目を惹きつけるスター性と、その大きな身長を生かした派手なアクションがあるし、黛君が時折見せる深淵はあくあや天我先輩、それにヘンダーソンさんのようなスター性の強い役者と共演する事でより深く煌めくと思っている。あぁ、本当に才能って残酷よね。

 それでも私は諦めるつもりはないわ。目下、私の目標は私より上にいる6位のとあちゃんだ。

 僕は歌手だから演技の方は周りに合わせて上手くやるだけって言ってたけど、それでも私より上の6位にいるんだからすごい。はっきり言って、とあちゃんの演技はベリルの他の3人と比べると凄みはあまり感じられなかったけど、それでもとあちゃんが私より上にいるのは、そつなくこなしてしまうだけの器用さと高い表現力のせいだ。

 私はあくあにはなれないけど、とあちゃんの演技を参考にするのはきっと私の成長に役立つと思っている。

 小雛先輩にも悪くない着眼点って言われたけど、それでもまだ80点と言われた。一体、後20点何が足りないというのだろうか……。


「どうかしたか?」


 そんな事を考えていたら、隣にいたレイラさんに話しかけられた。


「あ、いえ、なんかこうやってレイラさんと一緒にいるなんて、改めて夢みたいっていうか……」

「ふふふ、アヤナ君、私と君は同じ白銀家で一夜を共にした仲だろ。そんな事いうなよ」


 こうやって近くで見ると、レイラさんってやっぱりかっこいいなって思った。

 恵まれた体型と綺麗な顔、私も綺麗って言われるけど、私の綺麗とレイラさんの綺麗は違う。

 私の綺麗はステイツやスターズでは通用しないけど、レイラさんの綺麗は向こうでも通用する綺麗だ。

 だからと言って自分が持ってないものを羨んでも仕方がない。私は私の持っているもので勝負するしかない。

 子役時代の嫌がらせがきっかけで今はアイドルとして頑張ってるけど、本来の私の夢は一流の役者になることである。


「それにしても理人の人気は凄いな。みんな、あんな奴のどこがいいんだ?」

「いや、理人さんは私からみても普通にモテると思いますよ。落ち着いてるし、優しいし、なんか頭良さそうだし……」

「ふーん……じゃあ、アヤナ君はあくあ君と理人、どっちが良い?」

「えっ……?」


 私の顔を覗き込んだレイラさんはニヤニヤした顔をする。

 なんかそれがちょっと悪戯する時の小雛先輩っぽくてイラっとした。


「なるほどね。アヤナ君、その選択は正しいよ。あくあ君は理人なんかよりよっぽどいい男だからね。だってちゃんと、1番好きな人と添い遂げてるんだから。それこそ全てを捨てる覚悟でね」

「ちょ、レイラさん! 私はまだ何も……」


 レイラさんは私の唇を人差し指で押さえる。

 その時のレイラさんがかっこよくて、女の私でも一瞬ドキッとさせられた。


「言ってなくても顔に書いてる。アヤナ君は咄嗟に踏み込まれた時の対応力を身につけた方がいいな」


 むぅ……。確かに私はあくあほどアドリブは上手くないですよ。

 少なからずあくあの事がいいなって思ってるのは事実だけど、この感情が恋心かどうかというと微妙だ。

 初めて同い年で尊敬する人に出会えたからとか、仲間っていうか、助けてくれた時はかっこよかったなとか、嬉しかったとか、そういう感情の方が強いと思う。多分……。

 だって、恋なんかドラマの中でしかした事ないし、この感情がそうなのかって言われたらよくわかんないよ。


「そういうレイラさんはどうなんですか? この前はすごくアピールしてたじゃないですか?」

「私か? 私ならいつだって受け入れ準備はできているぞ。だって私の遺伝子が2人の遺伝子と混ざり合うんだ。最高だろ?」


 はぁ……白銀あくあ、玖珂レイラ、雪白美洲の遺伝子を持ってるなんてチートでしょ。

 とんでもない大俳優が誕生するんじゃないかって思った。


「でも……私は子供に私達と同じ仕事をしろとは強制しないけどな。子供の人生はその子供だけのものだ。子供は自由なんだから好きな事をやればいい。とはいえ私も、子供には同じ仕事をしてもらうために、ミシュ様やあくあ君の映像見せまくってアピールくらいはするだろうけどな」

「レイラさん……」


 レイラさんは後ろを振り向くと、1人壁際に立っていた天草さんへと視線を向ける。

 天草さんは画面に映った理人さんの事をじっと見つめていた。


「しきみお姉ちゃんは、本当にこれでいいの?」

「レイラちゃん……そっか、これは貴女が始めた事なのね。だから白銀君は理人の事を総理に……」


 天草さんはレイラさんに向かって優しく微笑む。

 その笑顔は本当のお姉ちゃんというか母というか、そういう類に近い慈愛の心からくる笑みだった。

 天草さんは私の方へと視線を向けると、申し訳なさそうに会釈する。


「ごめんね。月街アヤナさん、私のせいで貴女まで巻き込んじゃって」

「いえ……。それに、レイラさんの気持ちは、その……なんとなく分かりますから」


 画面に映った理人さんを見つめる天草さんの視線は苦しそうだった。

 天草家のご当主なのに未婚だって聞くし、まだ後継者である子供を作っていないところを見ると、理人さんへの想いを引きずっているのは誰の目にも明らかである。


「レイラちゃんも本当にごめんね。理人君はもう何人も奥さんを娶っているというのに、まだ私だけが前に進めてないから……」

「違うよ! しきみお姉ちゃん、前に進めてないのは理人の奴も同じなんだ!! アイツも……今のしきみお姉ちゃんみたいな目をしてたもん!! それなのになんで2人は……ごめん。2人にだって事情があるのに……」


 レイラさんって本当に天草さんの事が好きなんだなって思った。

 私と喋っていた時とは違って、天草さん、しきみお姉ちゃんの前では子供っぽいというか、本当にお姉ちゃんのように慕っているんだなって事がよくわかる。


「でも、こんなのってやっぱりないよ!」

「そうね……。私だって何度も泣いたわ。そして諦めきれずに色んな道を探ったけど、天草を廃して分家に全てを移譲したとしてもそれはそれで揉めてね……。それに加えて、六家同士の婚姻には半数より多くの当主の認可がいるわ。天草と玖珂家は投票から除外されるから、つまりは投票権を持つ残りの当主4人全員が投票する必要があるの」


 確かに、そうなると現実的じゃないなと思った。

 あまり評判の良くない黒蝶家はもちろんの事、天草家が抜けて今のバランスが崩れる事を藤堂家、皇家がよしとするかはわからない。例え気持ちはわかってたとしても、そういう立場の人達はそれはそれ、これはこれで考えると思うんだよね。

 雪白家はそういう次元で動いてる人達じゃないから普通にいいよっていいそうだけど……1人が認可しても認められるわけではない。


「だからって……例えそうだったとしても、せめて想いくらいは伝えるべきだよ!!」

「レイラちゃん……」


 レイラさんは歯を食いしばり、強く拳を握りしめる。


「しきみお姉ちゃん……しきみお姉ちゃんにとって、理人への想いはそんなものだったの?」

「そんな事……!」

「そんな事じゃん! あくあ君を見てよ! あくあ君なんて男の子なんだよ!! それなのにスターズに乗り込んできてさ、他国の王族……しかも次期女王候補筆頭だったカノン君に想いを告げて、それで添い遂げて……。私は現地で映像を見てたけど、こんな事あるんだって思った。感動したの。中には奇跡だなんて言ってた人いたけど、そうじゃない。そうじゃないんだよ。あくあ君は自分から動いたから掴み取った!! しのごの頭で考えるよりも先に動かなきゃ、本当に欲しいものなんて何も手に入らないんだよ!! それなのにしきみお姉ちゃんはダメで仕方ないって理由ばっか探してるくせに、今だって絶対に理人の事が好きなんじゃん!」


 レイラさんはポロポロと涙をこぼす。

 私はレイラさんに持っていたハンカチを手渡すと、天草さんの方へと視線を向けた。


「私は部外者だから、本当は何も言う権利なんてないんだけど……一つだけいいですか?」


 私の問いかけに天草さんは小さく頷いた。


「私、本当は女優としての才能なんて何もないんです。今回、月9であくあや小雛先輩と共演して、その事がよくわかりました。あぁ、本物の人達ってやっぱり違うんだなって……。でも、だからと言ってこの夢が諦め切れるわけがないんですよね。だったらやるしかないじゃないですか。必死に足掻いて食らいついて、本当に好きなら諦められないはずなんですよ。それが例えどんなにみっともない事だったとしてもね」


 自分に才能がないのはもうわかってる。かといって素直に諦められるかというとそんな事はない。

 私が諦めのいい女じゃないってのは、私が1番知っている。

 月9であくあや小雛先輩と共演して、その想いはますます強くなっていった。この2人に置いていかれたくない。

 また2人と同じ画面の中で、あくあや小雛先輩と並んで演技がしてみたいと思った。


「どう足掻いてもダメだってわかってても、可能性があるならその想いをぶつけるべきです。少なくとも私が憧れた彼はいつだってそうだった」


 撮影中のふとした合間、隣に立っていたあくあの横顔を見つめた事がある。

 顔を上げて前だけを真っ直ぐ見つめるあくあの顔が好きで、今にして思えば見惚れていたのかもしれない。

 あの時から、この人は私と同じくらい真剣なんだって気がついた。

 いつだって全力で手加減なんてしてくれないし、無自覚にすごい事やるし、たまにとんでもない事してるけど、あくあが本気なのをみんな知ってるから、誰も何も言わないんだよね。


「天草さん、男の子がこんなに頑張ってるのに、国家機密局のトップである貴女がそれでいいんですか? 少なくとも私は頑張ってる男の子に初めて会って、負けたくないって思いました。例えそれが無謀だってわかっていたとしても、勝てる可能性があるなら私はそれにしがみつく。貴女は……天草さんはそうじゃないんですか?」


 天草さんは私の言葉に瞳を揺らせる。

 心が動いたって思った。その隙を見逃さないように私はレイラさんに視線を送る。


「しきみお姉ちゃんは本当にいいの? 天草家の天草しきみじゃない。只の天草しきみとして想いを告げるくらい、いいじゃない! 想いを伝えて理人と二人で頑張って、諦めるにしてもその後だよ!!」

「レイラちゃん……」


 俯いた天草さんを見て、後一つ後一歩だと思った。

 自分に何ができるのだろう、どうやったら彼女の背中を押せるのだろう。

 そこまでわかってるのに、ここからの最良の一手が指せない。

 だめ、自分がこれ以上何かを言っても、逆にここから一歩を引かせてしまう。

 せっかくあくあが私を頼ってくれたのに……! 自分の無力さに打ちひしがれる。


「あら、人が居たのね」


 そんな時、一人の女の子が私達のいる控室に入ってきた。

 誰しもが振り返るほどの高貴なオーラを身に纏った美少女。私は彼女のことを知っている。

 皇くくり、文化祭でメアリー様が連れてきた皇家の女の子だ。


「玖珂レイラに月街アヤナ……それに天草しきみ」


 くくりさんは私達の方へと視線を向けるとモニターへと視線を向けた。


「なるほどね。そういうことか……だからあくあ様は……ふーん、後一歩ってところかな」


 この一瞬で何がわかったというのだろうか。

 くくりさんは天草さんへと、大きな瞳をぐりんと動かすように視線を向ける。

 中学生とは思えない圧に、天草さんも思わず顔を上げて視線を返してしまう。

 それを見たくくりさんはにこりと微笑む。


「つまらない女」


 どこまでも冷え切った声が、この部屋の室温すらも下げていく。

 文化祭の時に見たお淑やかで可愛らしい彼女の姿とあまりにも違いすぎて私の頭が混乱する。

 ここで初めて、天草さんは怒りの感情を覗かせた。

 私とレイラさんじゃ引き出せなかった感情である。


「あ、貴女に何が……」

「私は」


 天草さんの声を遮るように、くくりさんが声を重ねる。

 私は、たった四文字で周囲を黙らせる彼女が発する声の圧に背筋が寒くなった。

 くくりさんは人差し指をスッと突き立てる。


「皇家なんてどうでもいいの。六家もこの国も同じ。でもね……あの人のためになるなら皇家の皇くくりでいてあげてもいいの。私が欲しいのは一つだけ。そう、初めて愛でたいと思った宝物を見つけたあの日から、私はそのたった一つの宝物のために動いてるわ。そんな簡単に諦め切れる生半可な気持ちしか持ってない貴女如きに、この私の何がわかるっていうのかしら」


 え? え……?

 あくあと話してた時って、そんな感じじゃなかったよね……?

 それこそぶりっ子の紛い物アイドルなんて、一瞬で浄化するほどの清らかな笑顔に私もため息をついたくらいだ。

 それなのに今、私の目の前にいるこの子は、小雛先輩が演じる悪役と何ら変わらないクオリティの黒い笑顔を見せている。


「生半可なんかじゃないわ……! 私だって……!!」

「私だって……ね。はぁ……だからそういう言い訳してるうちは一緒でしょ」


 思わずレイラさんと顔を見合わせる。

 この子、本当に中学生?


「あっ、そっかぁ! そういう事かぁ〜」


 くくりちゃんは急にぴょんと跳ねて、可愛らしい仕草で天草さんに迫る。


「貴女もう若くないものね。玖珂理人だって、もうババアの貴女には興味ないわよねぇ。ほら、若い子だって選び放題だしね」

「なっ!? 理人君はそんな人じゃ……!!」


 くくりさんはさっきまでの煽るような感じから一転するように、真剣な表情で天草さんを見上げる。


「それでもあの2人は無謀にも挑戦したわ。そして1人は勝ち得た。私はそれを聞いた時に心と体が震えたの。やっぱりあの人の周りは面白いって。このつまらない世界の全てを、常識だと思っていた事を片っ端からぶん殴ってぶち壊してくれるような面白さに溢れてる。だから今もこうやって、私の大切な時間を使って貴女に付き合ってあげてるの」


 その人、心当たりがあります。

 なるほど、だからくくりさんはあくあの前でだけはああいう感じなのね……。

 私も比較的、女性の悪意に触れやすいお仕事はしてるけど、くくりさんを見てやっぱり女の子って怖いなって再認識した。

 レイラさんはここがチャンスだと思ったのか、二人の声を遮るように声を上げる。


「しきみお姉ちゃん! 確かに理人はど真面目で融通は効かないし、あくあ君と比べるとクソがつくほどつまんない男だけど、皇くくりにそこまで言われていいの?」

「いや、私もそこまでは言ってないけど……身内である貴女の方が酷い事言ってるわよ。うん……」


 私も思わずくくりさんの冷静なツッコミに頷いてしまう。


「いいわけないじゃない!」

「だったら証明してきてよ! 理人はしきみお姉ちゃんの想いを受け取れないような、そんな男じゃないって!!」


 レイラさんは天草さんの両手を掴む。


「私も一緒になって考えるから、それでもダメなら3人で泣けばいいじゃん!」

「レイラちゃん……! 私、私……本当は嫌だったの、他の女の子が理人君と結ばれて、それなのに、私だけがって……」

「だったらもう行くしかないでしょ。挑戦しなきゃ何も変わらないって、あくあ君がそれを私たちに教えてくれた。ダメだったとしても、挑戦してダメだったのと、しないで諦めてるのは全然違うんだよ」


 そうだ挑戦しなきゃ、前に進まなきゃ、勝ち取れるもんなんて何もない。

 小雛先輩が魅せた演技の前に為す術もなく打ちひしがれたあの日。それでもあくあは前を見ていた。

 負けそうになっていた私とは違う。本当の強さを見た気がした。


『それでは最後に、玖珂理人さんへの告白タイムです!!』


 森川さんの言葉に、全員がモニターへと視線を向ける。

 番組もクライマックス、おそらく1番人気だった理人さんの告白は最後だ。

 一人ずつ告白する女性を、理人さんは丁寧な言葉と態度で断っていく。


「そうよ。あんなポッと出の女達に奪われるのなんてもう嫌!! 私、行くわ!!」

「え?」

「しきみお姉ちゃん?」


 行くって? まだ、番組の途中だよ……?

 告白しろとは言ったけど、それって番組の後とかじゃ……。

 天草さんは勢いよく扉を開けると控室を飛び出していった。


「待って、しきみお姉ちゃん!!」


 それを見たレイラさんが慌てて追いかけていく。

 そして私とくくりさんだけが部屋の中に取り残された。

 くくりさんはその大きな瞳で私を観察するように覗き込む。


「月街アヤナ、貴女はどうする?」

「え……?」


 どうするって言われても、私にはこの後の事もあるしついていくわけには……。

 そんな事を考えていると、くくりさんに溜息を吐かれた。


「貴女、そのツンデレな見た目通り、まだお子様なのね」

「はぁ!?」


 思わず声を荒げてしまった。

 確かに私は年齢的にはまだ子供だけど、急に年下の女の子に子供扱いはされたくないんですけど!?


「まぁ、それならいいわ。せいぜい貴女も私を楽しませてね」

「あ……」


 くくりさんはそれだけ言うと部屋の中から出ていった。

 一体、なんだったんだろう。

 確かに問題は解決したけど、なんかちょっとだけもやっとする。

 再びモニターへと視線を戻すと、画面に映った森川さんが残念そうな顔をしていた。


『それではこれにて玖珂理人さんへの告白タイムは終了となります。みんな、本当に頑張ったし感動しました。結果は残念だったけど、それでも私は勇敢にも告白した21人の女性達に拍手を贈りたい!! いえ、贈らせてください!!』


 森川さんは目に涙を溜めて拍手していた。

 別に嫌味でもなんでもなく、素でこれができるから森川さんは人気なんだろうなって思う。

 隣にいたあくあが手に持っていたハンカチで、鼻水を垂らした森川さんの鼻をかんであげてる。

 さぁ、残すは私とあくあのエンディング生ライブだけだ。

 そろそろ舞台袖に移動しようと思ったら、聞き覚えのある声がモニターから聞こえてくる。


『ちょっと、待ったぁ!!』


 息を荒げた天草さんが後ろに引っ込もうとした理人さんを呼び止める。

 幸いにもテレビ放送ではここまでの総集編が流され、この場面が放送されてるわけではない。


『しきみ……!?』


 天草さんの普通じゃない感じに理人さんもびっくりした顔をする。


『理人君……私は、ずっと貴方に言いたい事があった! ううん、あったじゃない。今でもずっと火がついた心が燻ってるの。貴方の事が好き。大好き! もう、この自分に嘘をついたまま過ごすなんて嫌、ダメでもいい。ちゃんとこの気持ちに答えを出して前に進みたいの!』


 勢いだけしかない告白だった。

 でもそうだよね。一旦決壊した感情を堰き止めるなんて不可能だ。

 それくらい長い時間、悩んで、抱えてきて、我慢した恋なんて私には想像がつかない。


『しきみ……私は……』


 理人さんはそこで口籠もってしまった。

 彼にも立場がある。散々煽るだけ煽って動かしたこっちと違って、感情の面だって追いついてないと思う。

 でも大丈夫だって思った。だってそこにアイツが……あくあがいるもん。


『理人さん』


 ほらね……そうだと思った。


『あくあ君……?』

『理人さん、答えはいつだってシンプルだ。只の玖珂理人として只の天草しきみが欲しいかどうか……。俺はあの時、カノンに告白した時に辿り着いた答えはそれだった。カノンのことを幸せにできるのは俺しかいない。今だってそう思ってる。貴方はどうだ? 俺とは違うのか? その程度の気持ちなら諦めたほうがいい』

『私は……』


 あくあはゆっくりと理人さんに近づくと、その胸ぐらを掴んだ。

 突然の出来事に、周りのスタッフから悲鳴が上がる。


『さっきの浜田さんの告白を見て、上坂さんの頑張りを見て、原口さんの笑顔を見て、何も響かなかったなんて言わせねーぞ!! 男なら! 惚れた女の気持ちにくらい応えてやれよ!! 家がどうとか! 誰かがどうとか! そんなのは後で考えればいいんだ!! 自分が幸せになる事だけ考えろよ!! なぁ!!』


 あくあは周りの人の顔を見渡す。

 男性陣はあくあの言葉に頷いた。


『玖珂さん、その人の事が好きだったら手を離しちゃダメだ。俺は少なくとも、あの時、離れていった秋葉さんの顔を見て後悔したから!!』


 浜田さんの熱い言葉にみんなが続いていく。

 そして最後に重い口を開いたのは口下手な上坂さんだった。


『俺は口下手だから……頑張って話しかけてくれる女の子達を見て、心が動かされた。それで思ったんだ……。俺の大好きな黛慎太郎は……きっと、そんな女の子を悲しませたりしないって……だからツーショットタイムで指名して、告白してくれた女の子達の気持ち全部に応えたんだよ』


 上坂さんは黛君に憧れてかけた伊達メガネをクイっと持ち上げる。


『もちろんこれから仲を深めていく途中で……ダメになる事だってあるかもしれない。それでも、それは付き合ってみないと、踏み出してみないとわからない事だ。それを俺に教えてくれたのは黛君と……そこにいた白銀君だ』


 上坂さんはゆっくりと理人さんに近づくと、その肩を優しく叩いた。


『ここで俺が立ち上がらなきゃ、立ち向かわなきゃ。俺は……俺はまた、逃げなきゃいけないのかよ』


 聞き覚えのある言葉に、みんなが肩を震わせた。

 中にはもう体を震わせて泣いているスタッフの女性がいる。あれ、あの人って確かテロップの……。


『もう、そんなのは嫌なんだよ。俺のせいで犠牲になる女の子を見るのは。彼女たちが男を守りたいって思うのと同じくらい、俺も彼女たちの事を守りたいんだ。俺は頼りなく見えるかもしれないけど……そんな俺にだってな。プライドの一つや二つくらいはあるんだよ。だから俺は……俺はもう絶対に諦めない』


 初めて黛君が変身した時に言った台詞だ。

 以前、ネットにヘブンズソードを見ている男の子達にとったアンケートという真偽不明の情報が出回った事がある。その中で男の子達がかっこいいと思ったシーンは大体あくあが独占していた。

 でも男の子達が1番共感したのは、この黛が初めて変身した時のシーンだって……。ただの普通の男の子が、あくあみたいなヒーローになる瞬間に誰しもが憧れたのだ。


『この言葉は俺を変えた。でも……この言葉が貴方を変えるかどうかはわからない。だけど、あえて俺がヘブンズソードで1番好きなこのシーンのこの言葉を贈らせてもらうよ』


 上坂さんは後ろで泣いていたスタッフさんにそっとハンカチを手渡すと、みんなを連れて控室へと戻っていく。

 すごい……。純粋にすごいって思った。あくあが黛君を変えて、黛君が上坂さんを変えたんだ。

 あくあの熱がみんなに波及して、世界を良い方向に変えていっている。心臓がこれまでにないほど、ドキドキした。


『理人さん、後は貴方次第だ。みんな、悪いけど後は二人きりにしてあげてくれないか?』


 あくあは端に映った泣いているレイラさんと森川さんを両手で抱きしめて、スタッフの人達を引き連れて奥へと引っ込む。カメラが捉えていたのはそこまでだ。

 天草さんと理人さんの告白の行方は気になったけど、私にはこの後の生ライブがある。

 あぁ、もう、せっかくメイクしたのに……! 私は軽く涙を拭くと、慌てて舞台袖へと移動した。


「アヤナ」


 舞台袖であくあの顔を見た時ドキッとした。

 そんな自分にびっくりして、少しだけ挙動不審になってしまう。


「やっぱりお前はすごいな」

「え……?」


 私が……? 凄いのはあくあじゃなくて?


「天草さんを動かしてくれてありがとう。上坂さんを動かした慎太郎といい、俺も負けてられねーなと思ったよ」


 あのさぁ……ちょっとくらい調子に乗ったっていいんじゃない?

 その黛君を動かしたのはあくあなんだよ?

 私だってあくあに助けられて……助けられて……?

 自らの知らない感情に困惑している私の隣にいたあくあが一歩前に出る。


「さぁ、最後は俺達の生ライブでフィナーレだ。行こう!」


 そう言ってあくあは私に手を差し出した。

 私は心臓の高鳴りに従うように、その手をとって小さくうんって頷く。


『さぁ、それでは最後に、参加者の皆さんとこのテレビを見てくれている皆さんのために、白銀あくあさんと、サプライズゲストの月街アヤナさんによるライブがあります。どうぞ!!』


 森川さんの言葉と共にライブステージにスポットライトが灯る。

 もうライブが始まったのに、私の心はどこか少しだけふわふわしていた。

 だめ、最初の歌い出しは私なんだから集中しなきゃ!


『熱にうなされたあの夜に見た、君の大きな背中を今でも覚えている。冷たい雫が火照った頬を伝う、震える濡れた体』


 月9で流れたこの曲、実はこの曲を作詞したのは私だ。


『雨風が窓を叩く度に、私の心が大きな音を立てる。暗闇に灯った月明かりの雫が、君の顔を照らす』


 恋なんてした事なかった。それどころか男の子に対してもそんなに良い感情を持ってなかったと思う。

 そんな私に男の子とのデュエットソングの作詞なんかできるのかなって思った。


『そっと君から視線をそらして、熾火を見ていた。だってこの気持ちに気がついたら、今まで頑なに閉ざしていた心が溶けてなくなる気がしたから。このまま、時が止まればいいのになと思った』


 そんな私が思い出したのは、月9ドラマを撮影した時の、あの二人きりになった夜の廃校舎での出来事だ。

 あの時の私は熱があったからかもしれないけど、普通じゃなかったと思う。

 そんな私に優しくしてくれたあくあを見て、自分の中で大きく何かが変わりつつある事に気がついた。

 私は隣にいるあくあへと視線を向ける。


『どうやったら君に寄り添う事ができるのだろうって、苦しむ君の顔を見て側に居たいと思う。寂しさを埋めるように、求め合うように、締め付ける心と雨音。揺らぎ、終わりを告げるクラクション』


 あー! もう! もう!! 本当に腹が立つくらい歌もうまいし! 役者としても凄いのに、本当にアンタってなんなのよ!! ほら、観客席見てよ。みんなアンタばっかり見てるじゃん!!

 

『初めて君の名前を呼んだ。確認するようにまた呼んだ。その名前を呼ぶ度に君が愛おしくなった』


 本当はもっと早くに気がついていたのかもしれない。

 アヤナって名前を呼ばれた時、心臓が跳ねた。

 だから、ちょっと、ほんのちょっとだけ、熱のせいにして自分を試してみたの。


『そっと抱きしめた君の体を見ないように、熾火を見ていた。この熱は夏のせいだろうか。それとも二人の体温なのかな。重ねた身体、触れ合った肌、心が溶け合って一つになる。ゆっくりした時間の中で、本当は君のことを見つめていた』


 初めて男の子に体を触られた。

 自分が思ってた以上に嫌じゃなくてびっくりしたの。

 男の子がこんなに優しく女の子に触れるんだって知らなかったから……。


『揺らめく炎が』

『暖かな火が』


 二人で交互に歌い合う。


『顔を照らした』

『顔を照らす』


 お互いの声を絡ませるように。


『心が揺れる』

『心が揺れた』


 心が寄り添うように。


『側にいて』

『側にいたい』


 二人の気持ちが通じ合うように。


『あと少し』

『ほんの少し』


 素直な感情だけが私の中を支配していく。


『こうしてていい?』

『こうしていたい』


 向き合った私とあくあの視線が合った。


『二人きりの夜、誰もいなかったあの世界。今も大事にしている記憶と、触れた掌の熱』


 私のソロパート。揺らぎそうになった声を抑えて必死に歌う。

 あぁ、そっか……これが、この感情が恋なのね。

 それに気がついた時、心が急に苦しくなった。

 瞬間、私の声に、あくあの声が重なる。


『そっと唇を重ねた私たちを、熾火だけが照らしていた。夏の終わりに始まりを感じた気がした。ゆっくりと溶けていく心が、自分の恋心を自覚させる。抱きしめられた腕の中で幸せな夢を見た』


 なんとか最後まで歌い終わると、大歓声と大きな拍手が私たちを包み込んでいた。

 あくあは私に顔を近づけると、誰にも聞こえないような小さな声で舞台袖と呟く。

 私がそこに視線を向けると、手を繋いだ天草さんと理人さんの姿があった。

 うまくいったんだね。本当によかった。


「お疲れ様でした!」

「あくあ君、アヤナちゃん! 二人ともすごくよかったよ!!」

「やばい〜、一也と莉奈のあのシーンを思い出して泣きそうになる」

「いやいや、なるじゃなくて泣いたの間違いでしょ」

「確かに」

「あははは!」


 舞台袖も笑顔に溢れていた。

 なんでだろう。あくあの行く所って、どこも気がついたら最後はこんな感じになってる気がする。

 みんなが笑い合って、心地よくて……うん、悪くない。そう思った。

 でもそんな和やかなムードが数人の人間によってぶち壊される。


「天草長官、玖珂理人さん、これは認められませんよ」


 政府関係者、首からぶら下げたIDを見る限り、黒蝶の関係者と思わしき人達が二人に詰め寄っていた。

 それでも二人は手を繋いで、しっかりとした口調で彼女達の言葉に応対している。

 二人の表情を見る限り、どうやら理人さんも天草さんも覚悟が決まったみたいだ。

 それにしても……反対するにしても、今じゃないでしょ。貴女達は一体、何をみてたのよと言いたくなる。

 ちょっと私が言ってきてやろうかと思ったけど、そんな私の肩を叩いて前に出た人がいた。

 最初はあくあかと思ったけど、そうじゃない。なんと私の代わりに前に出たのは総理だった。


「アヤナちゃん、よく頑張ったね! ここから先は大人に任せておいてよ。とは言っても子供の力も借りちゃうんだけどね〜」


 いつものように、のらりくらりとした感じで天草さん達のいるところへと近づいていく。


「総理! これは華族六家の問題です! 只の平民出の貴女に口を挟む権利はないはずです!!」

「うん、だったらさ、その華族なら口を挟んでいいんでしょ?」

「一体、なに……を!?」


 黒蝶の関係者の人達は総理が親指を向けた先を見て固まる。

 くくりさんが来ている事を知っている私ですらびっくりしそうになった。

 皇くくり、黒蝶揚羽、藤堂紫苑さん、雪白家以外の六家全員が勢揃いである。


「揚羽様!! いいところに! 玖珂家と天草家のトップが結婚するなどと戯けた事を……」

「別にいいんじゃない? それより、もう帰っていい?」

「はぁ!?」


 ええええええええええええええええええええええ!

 ちょ、ちょっと待って、事前の話じゃそこが反対してるんじゃないの!?

 私とあくあさんはレイラさんと顔を見合わせて驚いた。

 しかも黒蝶揚羽さんは一族の人をその場に残して本当に一人でスタスタ帰っちゃうし、それを見た藤堂さんは大笑いしてるし、一体何がどうなってるっていうのよ……。


「ちなみに私も黒蝶家の当主と答えは同じよ。だってあくあ様が絡んでる事に反対したら、後で妹の蘭子に殺されるかもしれないしね。私はまだまだ長生きしたいのよ」

「私も同じよ、だって反対する理由がないもの」


 これで後1人、でも雪白家のご当主って蟹工船かマグロ漁船に乗ったのを最後に消息不明だったんじゃ……。

 そんな事を考えていると通路の奥からドタドタした音が聞こえてきた。


「ここかあああああああああああ!」


 みんなが一斉に彼女の方へと視線を向ける。

 確かあの子ってメアリー様のメイドをしていた人じゃ……。


「おいくくり! あくあ様がピンチって本当か!! って、あくあ様!?」


 あっ、そう言えばこの人の名前って確か雪白えみりさんだっけ。

 くくりさんに呼び出されたって事は、やっぱり雪白家ゆかりの人だったのね。

 メイドさんなんてやってるから違うんじゃないかって思ってたわ。


「森川、ぐぬぬ……」


 なんだろう。森川さんに対しての殺気がすごい。

 親でも殺されたんじゃないかってくらいすごい気迫で睨んでる。


「はいはい、雪白家の臨時ご当主さん、そんな事よりこの二人が結婚するっていうんだけど認める? 認めないの? どっち?」

「はぁ!? いきなり呼び出されて、私には何が何のことだか……」

「彼女が彼に告白してOKしてもらったけど、こいつらがゴチャゴチャ文句言ってんの」


 ちょ、くくりさん雑! そんな雑な説明でいいの? もっと丁寧に説明してあげなよ。

 隣にいる藤堂さんも総理もコント見てるみたいに笑ってるじゃん。


「おい、お前ら……」


 えみりさんはあの雑な説明で、黒蝶家関係者に詰め寄る。


「何があったのかは、知らねぇけどな! 女が勇気出して男に告白したんだ!! だったら同じ女として笑顔で拍手してやるっていうのが筋ってもんじゃないのか?」

「いや……でも……」

「いやも、でもも、へったくれもねぇんだよ!! 女ならネチネチ言ってんじゃねーぞ! 私だってなぁ、そこにいるホゲ川の馬鹿面を見たら、ほんまこいつって思ったし、殺気の一つや二つくらいは飛ばすけど、ちゃんと抱きしめて褒めてやるくらいの事はするんだぞ!! お前らも私と同じ女なら、男の前でくらいかっこつけた女でいろ!!」


 黒蝶の人達もえみりさんの気迫にタジタジである。

 そこにまたくくりさんが口を挟む。


「つまりこの二人の結婚を認めるってこと?」

「あぁ、あたぼうよ!! こちとら生まれも育ちも江戸っ子でい!! 雪白えみりが雪白家代表として二人の結婚を認める!! 女に二言はない!!」


 お、おぉ〜! なんかよくわからない流れになってきたけど、みんなで拍手する。


「いや……あんた生まれも育ちも神奈川じゃん……」


 ん? 近くで森川さんが何かつぶやいた気がするけど気のせいかな?


「はい、じゃあこれ以上はややこしくなるから私たちは引っ込みましょうね」

「ちょ、待てよ! 私はそこにいるホゲ川に話が……」

「はいはい、後、後……」


 くくりさんはえみりさんを嗜めつつ別室へと連れていく。

 なんかすごいな。大人しそうな人だと思ってただけにびっくりした。

 黒蝶の人達も最初は呆気にとられていたが徐々に復活する。


「い、いや、待ってください。例えそうだとしても、天草の分家は……」

「それなら大丈夫ですよ」


 総理が胡散臭い笑顔でにこやかに微笑む。


「アレ? みなさん、もしかして気がついてないんですか?」


 何だろうこの違和感、心がザワザワする。


「天草家を廃したとしても、天の一族には、天すらも支配する彼がいるじゃないですか。天を我にすると書いて、天我アキラ、実家は東北の農家で今は平民ですが、血筋を調べたらちゃんと遠縁でしたよ? 彼が当主を務めるなら他の分家も反対しないんじゃないですか?」


 あ……そっか、そうだよね。黒蝶が黛の親戚なら、天草と天我が親戚でもおかしくはない。

 華族の分家は本家から一文字をあやかる事が多いから、歴史を重ねていくうちに平民にその文字が紛れる事も珍しくはないのだ。だからと言って平民落ちから本家に戻るなんて事できるのだろうか?

 天我先輩と天草家にゆかりがある事を知った周りの人達もざわめく。


「そんな話が都合よく……」


 総理はわざとらしくポケットから一枚の封筒を落とす。


「おっと、そういえば、天我君から条件付きでご当主になってもいいって許可も貰ってるんでした。いやぁ、私としたことが、その事が書かれた封筒を無くしていたと思ってたら、まさかポケットに入れっぱなしにしてたなんて……危うくこのままクリーニングに出すところでしたよ。いやぁ、よかったよかった」

「全く、総理ってば、しっかりしてくださいよ! 後でまた大臣に叱られちゃいますよ」

「メンゴ、メンゴ!」


 総理はお付きの秘書官といつものようにふざけてみせる。

 その一方で黒蝶の人達は言葉を失ってその場でへたりこんでいた。おそらくもう打つ手がないんだろう。

 それを見た天草さんと理人さんはポカンとした顔をしている。

 わかるわ……。今までの葛藤は何だったのかって思うくらい本当に一瞬で、雪崩れるように全てが解決してしまった。


「いやぁ、最後どうなるかと思ったけど良かったね」

「本当にねー」

「それにしても天我くんが天草の繋がりなんて驚いちゃった」

「わかる」

「それにしても総理は相変わらず……」

「わかる。わかるよ。せっかくかっこいい所だったのに、最後もうちょっとちゃんとしてほしいよね」


 違う……。この人は、総理は小雛先輩やあくあと同じだ。

 決して2人みたいに華があるわけじゃない。

 もちろん只の道化であるはずもない。

 この人は、この人は……心の中でとても悍ましいバケモノを飼っている。

 小雛先輩はその悍ましさを畏怖に、あくあはその悍ましさを畏敬に分かりやすく変えているけど、総理はその悍ましさを悍ましさのままとして腹の奥で飼い慣らしているのだ。

 テレビを通してしか知らない総理とは違う。あんなのはただの虚像でしかなかった。

 これがこの国の総理、私達1億人を超えるこの国の国民の頂点に立つ人……。

 そうだよね。何もないところから、只の平民からそこを目指そうとする人が只人であるはずがない。

 最初からここまで全部この人の……。


「あっ、アヤナちゃん」


 総理の声で体がビクンとする。


「今日はありがとうね。ライブすごく良かったよ」

「あ、ありがとうございます」


 これ以上は踏み込むなという警告だ。

 私が悟ってる事に気付いたって事……?

 くっ、レイラさんに注意されたばかりだけど、どうやら私は本当にわかりやすい表情をしているようだ。


「それじゃあまたね。ドラマも応援してるから」


 そう言って総理は政府関係者を連れて引き上げて行った。

 私はホッと息を吐く。


「はぁ……」


 怒涛のような1日が終わる。

 ふと隣を見たら、あくあがいた。


「よ! アヤナ、今日は本当にありがとな」

「ううん。結局、私、そんなに役に立たなかったし……」


 実際、ほとんど総理とかくくりさんとか、あくあとか他の男性陣だったり、えみりさんだったりが解決して、私ができた事なんて何一つない。


「ん? そんな事ないだろ? 俺は今回、ほとんど表に出ずっぱりだったから、裏で動けるアヤナがいなかったらどうしようもなかったからな。レイラさんの言葉だけじゃ絶対に動かなかっただろうし……」

「あり……がとう……」


 素直に喜んでいいのかわからなくて俯いた。

 そんな私の顔をあくあが覗き込む。


「どうした?」

「あ、いや……さっきのライブで月9の事を思い出しちゃって、ちょっと懐かしくなっちゃったっていうか、また共演できたらいいなって思っただけ」


 私は自分の気持ちを誤魔化すように嘘をついた。

 ここで素直に甘える事ができない自分にため息を吐く。


「じゃあまた共演しようぜ」

「でも……私は……」


 きっと、あくあは私なんか置いてどんどん先に行く。

 あくあや小雛先輩、レイラさんもそうだけど、総理やくくりさん、えみりさんを見ていて何だか今日は自信がなくなっちゃった。芸能人じゃないけど、くくりさんやえみりさんなんか私よりよっぽど華がある。

 あ……えみりさんって雪白家だからミシュ様の親戚か。そう考えると納得する。あの子、女優やったら一瞬で世界穫れると思う。それくらい才能って残酷だ。


「アヤナ……?」

「あ、ごめん。なんでもないの。やっぱりあくあってすごいなってそう思っただけだから」


 俯いた私が適当な言葉ではぐらかそうとしてたら、あくあが私の顎をくいっと持ち上げる。


「俺はアヤナとまた共演したいと思ってる。アヤナはそうじゃないのか?」

「そんなわけ……ないじゃない!」


 私だって本当は、またあくあと並んで共演したいと思ってる。


「だったらしようぜ共演」

「でもあくあは、きっと私より先に行くじゃない」

「それがどうした? 俺は、白銀あくあは、月街アヤナのしてきた努力を知っている。だって俺もお前と同じくらい努力してるからだ。そして俺は、アヤナが諦めが悪いって事も勝ち気なところも全部知ってる。だから、俺が先に行ったとしても追いついてこいよ。俺のライバル、女優月街アヤナはそんな簡単に挫けるような奴じゃないだろ?」


 全く……なんて奴よ。

 普通そこは、いつも他の女の子にやってるみたいに優しく慰めるんじゃないの!?

 でも、あくあがくれたその言葉は、私が1番欲しかった言葉だ。

 そうよ。私はまたあくあと共演したい。まだ小雛先輩だって倒してないし、それなのに才能ごときの前に諦めるなんて私らしくないでしょ。足掻いて足掻いて、それでもダメだったら泣けばいい。

 私はまだ努力できる。もっと前に進める。限界があるなら、限界を超えたその先に行けばいい。


「小雛先輩だけじゃない。この国にも、世界にもすごい人はいっぱいる。でも、いつの日か……そいつら全部倒して2人で共演しようぜ!」

「いいわね……。その案、乗ったわ。あんたが世界で1番の男優になるなら、その頃には私が世界で1番の女優になって見せるわ。そしたら今度は二人でどっちが上か勝負しましょう」

「あぁ! それでこそアヤナだ!」


 あくあは私から体を離すと、真っ直ぐ握り拳を突き出した。

 私は同じように拳を突き出して、二人の拳を突き合わせる。


「ふんっ。覚悟しておきなさいよ。絶対に、あんたより上に行くんだから」


 そして言うんだ。あんたと付き合ってあげるってね。

 だからそれまで待ってなさい。この気持ちに気づかせた事、私を本気にさせた事、絶対に後悔させてあげる。

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[良い点] ここで伝説のちょっと待ったコールだぁ! (歳バレ
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