白銀カノン、私にしか言えない言葉。
あくあが出かけた後、私達3人はこれからについて話し合った。
「まずは金銭面の話になりますが、お二人の現在の収入に関しては今後も自分達の生活のために100%使ってもらって構いません」
1番最初にお金の話なんて……って思う人もいるかもしれないけど、これって結構重要なんだよね。
親しき仲にも礼儀ありじゃないけど、こういうところは最初にはっきりしておいた方が相手だって気が楽だと思います。
「姐さんは既に知ってると思うけど、今、あくあの資産を運用管理するための会社を経営しているのは私です」
私とあくあの資産を運用する合同会社プラチナグループ、公益財団法人の白銀財団、私は今この二つの企業を経営している。
例えば白銀財団では地域振興や産業の振興のための資金提供、留学に伴う援助や親元を離れて他県の学校に進学する子達などへの奨学金の無償提供、病気になった人たちへの医療支援とか、色々なところに支援をする事が主な目的だ。こちらの国の言葉では、金は天下の回りものと言うけど、お金は使う事によって初めて価値が出るものなのです。
「お二人には来月から毎月、私を通してあくあから皆さんに生活費を手渡します。このお金は皆さんのために使っていただいて構いません。また、子供が産まれた場合には、それに合わせて増額するつもりなので妊娠した段階で私にちゃんと相談してください」
姐さんと結さんはお互いに顔を見合わせる。
そりゃそうだよね。人によって差異はあるものの、ここ最近じゃ女の子が男性に対して男性の養育費用を渡すのが当たり前なのに、なんであくあからお金が出るのか、正直このシステムは私もよくわかってない……。
「あのー……一つよろしいでしょうか?」
「はい、なんでしょう琴乃さん」
「えっと、それって返したりとか……」
「ダメです」
私は軽く咳払いする。
「いらなくても貯金しておくとか何かに投資してください。ちなみに私は、将来的にあくあが何かをする時のために資金をすぐに調達できるように、合同会社プラチナグループに全額預けて投資運用しています」
「あ……じゃあ私もそれで」
「私もそれでお願いします」
ちなみにプラチナグループの資産運用はとても簡単です。
だって適当な企業に投資をしても、すぐに株価が跳ね上がるんだもん。
なぜそうなるかというと、あくあが投資してるからである。
投資イコール確実に上昇する事が約束されているなんて、もうインサイダー取引とかそういう次元じゃないよ。
だからこそ投資する企業先を調べる事は私にとってはとても重要な仕事です。
ブラック企業じゃない、社会貢献活動に積極的だ、利益を社員に還元してる、税金逃れをしてない、外注先の中小企業に対して強引な取引をしていない等々のチェックは重要で、ちゃんとした企業に投資しないと後で大変なことになるからだ。ちゃんと価値のある企業、この国と社員、いわゆる国民に還元されるような企業にこそ頑張ってほしいというのがあくあと私の考えです。
その事をプラチナグループが投資する企業の条件としてHPに記載したら、大企業の体質が改善したというお礼のメールをたくさんいただきました。もはや異常である。
この前テレビでこの国の総理が、もうあくあ君が総理大臣すればいいんじゃないかな。国民の意欲も爆上がりでしょ。なんて発言で炎上していたけど、掲示板ではバカウケでした。
「次に、お二人の居住地に関してです。そのまま現在のご自宅を使ってもらっても構いませんし、こちらのマンション内に移住してもらっても構いません」
将来きっとあくあに奥さんが増える事を考えて、予め広いところに引っ越したつもりだ。
だから部屋には余裕があるし、2人が越してきてもまだ空き部屋というか空きフロアがあるレベルで部屋が余っている。
「私はベリルで借りてもらっているマンションの方を解約するか、誰かに引き継いだ後にこちらに移り住もうと思っています。それと静岡に実家、持ち家があるのですが、もしかしたら子供ができたらそちらに再度引っ越しするかもしれません。あそこには思い出もありますし……お母さんも喜ぶかなと……。でもお仕事の事を考えると厳しいだろうし、そこはまた後でじっくりと考えたいと思っています」
姐さんの実家には何度かお邪魔してるから、そのことについては把握しています。
そして姐さんがお母さんとの思い出を大事にしている事も私は、ううん私達検証班はよく知っている。
「琴乃さん、わかりました。ただ……そこは1人で悩むんじゃなくて、あくあともちゃんと相談した方がいいですよ」
「はい。そうですね、そうしようと思います」
私は視線を姐さんから結さんの方へと向ける。
「結さんはどうしますか?」
「私が今住んでいるところは社宅のようなものですから、すぐにでも引っ越しをと考えています。現在の業務についてもそちらの方が都合がいいと思いますから」
「わかりました。ではそのようにこちらでも準備を整えておきます」
とりあえずはこんなところかな。もちろん他にも決めなきゃいけない事はあるけど、あとは実際にこっちに来てあくあを交えてから話しをする感じでいいと思う。
そういうわけであくあが帰ってくるまで、みんなで楽しく女子会を開く事にしました。
そういえば以前、あくあは女子会というワードに目をキラキラさせていたけどなんでなんだろう。女子会なんてとてもじゃないけど、男の子に見せられないレベルで酷い事しか言ってないのに……。きっとあくあだってみたら幻滅すると思う。
私はペゴニアにお茶を淹れて貰って、改めて2人から根掘り葉掘りと馴れ初めを聞く。
特に初めての時は全員で大いに盛り上がった。女子会あるあるです。
こういうお話は、やっぱり女の子同士じゃないとできないしね。男の子からしたらドン引きかもしれないけど、そういうトークが嫌いな女子はいません!!
「それにしてもすごかったよね」
「ええ、お茄子なんて嘘の情報を鵜呑みにするんじゃありませんでした」
「わかります。私も初めて見た時……」
うん……まぁ、そういう話になっちゃうよね。
個人的に1番くだらなかったのが、あの真面目な姐さんが楓先輩のあの名言? 迷言? をもじって、外国には核ミサイルがあるけど、この国にはあくあさんのお茄子が有りますって奴かな。ペゴニアですら吹き出してたもん。
どんなミサイルもあのミサイルには勝てるわけないよ。あのミサイルの前ではどんな女性も両手を挙げて全面降伏するか、蹂躙されて屈服させられるのがオチです。
本当にくだらない話で盛り上がりました。
丁度、その後にみんなで掲示板で話題になっていた帝スポの話をしていたタイミングで、事件は起こったのです。
「先ほど、ニュース速報のテロップでも出ましたが、ベリルエンターテイメント所属のアイドル白銀あくあさんが収録中に負傷したとの情報が入りました。繰り返します。先ほど……」
え?
最初はうまく状況が飲み込めなかった。
「か、会社に確認してみます!」
「私も上司に聞いてみます。国側に何か情報が入ってるかもしれません……」
そう言って2人はすぐに電話をかけるが繋がらない。
おそらくみんなが一度に電話をかけてで、回線が混み合っているのでしょう。
直後にテレビから流れてきた続報に私たちは釘付けになる。
「えー……先ほど新たに情報が入ってきました。ベリルエンターテイメント所属のアイドル、白銀あくあさんの負傷について、事故ではなく何者かの襲撃による事件だという事です……! 現在、負傷の程度は不明とのことですが、現場には血が流れたとの情報が……ねぇ、これ、もうちょっと詳細ないの!? ない……? 了解しました。繰り返します。先ほど……」
事故ではなく事件、誰かの襲撃、負傷の程度は不明、少なくとも出血している……。
色々な情報が一気に頭の中に流れてきて上手く整理できない。
心臓がドクンドクンと大きな音を立て、不安な気持ちが一気に押し寄せてくる。
「負傷……あくあさんが……あ、あ……」
姐さんの呼吸音がおかしくなる。これはおかしいと、姐さんを落ち着かせるために椅子に座らせる。
紙袋やビニール袋を使った対処法は現在では推奨されていないので、ゆっくりと長く息を吐いて落ち着くようにとお願いする。
「あくあ様……あくあ様が……」
あ! まずい!! そう思った瞬間、ペゴニアが意識を失って倒れる結さんの体を優しく抱き止める。
ナイスキャッチ、ぺご衛門!!
一気に2人が倒れた事で、ますます私がしっかりしないといけないと思った。
まず、ペゴニアには結さんをソファに寝かせたあと、すぐにクリニックの先生を呼ぶように指示をする。
2人の反応や、さっきスタッフに声を荒げていたアナウンサーの状況、繋がらない電話、何よりも掲示板やSNSをみてこの流れはまずいと感じた私は、落ち着いて冷静に行動するようにと掲示板とSNS両方に書き込みをする。
こんな時、1番あくあの身近にいる私からそういう発信をする事には意味があると思ったからだ。
ちょうどそのタイミングで、私の携帯に小雛ゆかりさんからの着信があった。
「はい、もしもし」
「カノンちゃん。よく聞いて……」
あくあがゆかりさんのところに行ってから、アヤナちゃんの収録に行った事。そして前日に起こった事件などの詳細をゆかりさんから聞く。なるほど……それなら、あくあを狙った犯行というよりも、アヤナちゃんを襲った犯人と同じグループの人間が襲撃してきて、それを庇ってあくあが負傷した可能性が高いのかもしれない。まだ情報は確定したわけではないけど、なんとなく事件の全貌の一端が掴めてきた。
「ありがとうございます。阿古さんはそっちにいるんですよね?」
「えぇ、私も今から阿古と一緒にベリルに行くわ。何か分かり次第、私からカノンちゃんに連絡するから」
「分かりました。ありがとうございます」
本当は、1分でも1秒でも早く、あくあのところに行きたかった。
でも私が下手に動くと、その分また動かないといけない人が増える。
事件現場は警察の人や救急の人で混乱してるだろうし、そこに何もできない私が行って邪魔するわけにはいかない。
私には待つ事しかできない……ううん、待つことが私の仕事だと思った。
とりあえず自分のできる事をしよう。
まずは家に来たお医者さんに、姐さんと結さんの2人を診せる。
彼女は私の侍医を務めていますが、普段は腕を鈍らせないために、下のクリニックや大学病院などに出向して働いています。
「とりあえず桐花琴乃さんの方ですが、初動の対応が良かったので今は落ち着いています。もう1人の深雪ヘリオドール結さんの方は、卒倒した時に頭を打ってなかった事が何よりも幸いでした。一応、念のために2人ともこれから私のお世話になっている大学病院の方へと連れて行きます。えーっと、できればどちらか同伴して欲しいのですが……」
「それなら私が同伴しましょう。旦那様が戻って来られた時、誰もいないのは良くありません。お嬢様はここにいてください」
「ありがとうございます先生。それとペゴニアもありがとう。2人の事をよろしくお願いします!!」
私は結さんと姐さんの2人を先生とペゴニアに預けて家に残る。
この広い部屋に1人残ると、ものすごく寂しい気持ちになった。
そんな中に、再び携帯電話の音が鳴る。ゆかりさんかなと思ってたら、電話をかけてきたのはらぴすちゃんだった。
「もしもし……」
「あ、あ、あ、カノン義姉様、お願い! 母様を止めて!!」
お母さん? まりんさんがどうかしたんだろうか?
「どこから持ってきたのかわからないけど、母様が事件の報道を聞いたあとに無言で薙刀とか日本刀とか持ってきて……お願いします! 兄様が悲しまないために、暴走する母様を止めてください!!」
「任せてらぴすちゃん、お母さん、まりんさんに電話を代わってもらえる?」
「は、はい!」
お母さんの気持ちはわかるけど、それで何か事件を起こしてまりんさんが捕まったら悲しむのはあくあだ。
私は人の心を失ってしまったカタコトのまりんさんを、電話越しに必死に説得する。
詳しくいうとお母さんが逮捕されたらあくあが悲しむよ、泣いちゃうよって事を必死に伝えた。
その甲斐もあってなんとか説得できたものの、今度は泣かれてしまう。どうしようかと思っていたら、らぴすちゃんがまりんさんから携帯電話を取り上げる声が聞こえてくる。
「あ、まって、らぴすちゃん、まだ話の途中……」
「カノン義姉様、ありがとうございます! あとはこっちに任せてください。それとしとり姉様も会社に向かったので、何かあったらカノン義姉様にも連絡するように言っておきますね」
そう言ってらぴすちゃんは電話を切る。多分まりんさんの話が長くなりそうだったから切ってくれたんだと思う。
らぴすちゃんまだ中学生なのに、しっかりしてるなぁ……。早くあくあのお嫁さんになってくれないかなぁと思った。
そして電話が切れると同時に、楓先輩からの着信が鳴る。
「あ、もしもしカノン? 報道を見れてなかったらと思って連絡したんだけど、一応こっちで聞いた話によると、あくあ君は手を少し切っただけみたい。確かに怪我はしたけど、命に関わるような怪我とか、手術や入院が必要なほどの大怪我じゃないって聞いてるから安心して」
軽傷という言葉を聞いてホッと胸を撫で下す。
とはいえ、あくあが怪我をした事には変わりがないんだけど、最悪の状況と比べるとそれよりも遥かにマシだ。
私の方からも楓先輩に姐さん達の事情を説明してから電話を切る。
そういえば……捗るは、えみり先輩は大丈夫かしら?
聖あくあ教は危険な団体だ。それに普段暴走してるえみり先輩を見てると急に不安になってくる。
私は慌ててえみり先輩の携帯に電話をかけた。
「あー、もしもし、なんだ、嗜みか」
なんだって何よ! でも、いつものえみり先輩の声でちょっと安心した。暴走してるって事はなさそうだ。
「今は聖あくあ教の本部にいるんだが、とりあえず暴走しかけてた奴は全員私の溢れ出る聖女パワーってやつで黙らせたから安心してくれ。ふぅ、えみりちゃんセンサーが危険信号マックスでピン立ちしてたおかげで助かったぜ。クレアのせいであとちょっとで終末戦争が起こって地球ごと滅亡してたかもしれねぇからな。あいつ、地球上に存在してる核ミサイルを全部発射しようとしてたんだってさ。ハハっ……って、よく考えると流石にそれはねーよな。まさか全世界の核ミサイルの起動コードを持ってるとか……。うん、きっと私の聞き間違いだと思う。それと……元々の犯行グループは全員こっちで捕まえて警察に引き渡してるから。ほら……この前、私と一緒に文化祭に来てたちっこい奴がいるだろ。あいつが昨日襲われた小雛ゆかりさんと月街アヤナの2人を助けたみたいなんだ」
え……マジ? あんな小学生みたいなちっこい子が!? 嘘でしょ……。それとなんかクレアさんがどうのこうのって言ってたけど、気のせいだよね? 聖あくあ教の幹部だって話は聞いてたけど、あくまでも捗る1人じゃ頼りないから居るだけであって、そんな危険な人じゃないはず……うん、きっとえみり先輩の聞き間違いだと思う。
えみり先輩からの情報を照らし合わせると事件の全貌が見えてきた。
つまり何……? アヤナちゃんがあくあと仲良くしてるのを見て、つまらなくなったから襲った?
それで男が捕まったからって、逆恨みでアヤナちゃんを攻撃しようとして、止めに入ったあくあが負傷したと……ふざけんなと心の中で叫ぶ。
あくあだって、アヤナちゃんだって、一緒に居たゆかりさんだって、助けてくれたあのちっこい子だって、誰も誰も悪い事なんか何もしてないのに、そんなくだらない理由で何人もの人達の心と体が傷つけられて、今だって事件には直接関係ないけど、あくあの事を心配している人達の心がたくさん傷つけられている。
こんなの絶対に赦されていい訳がない。私の心の中が憤怒で支配されていく。
「あー……その、だな。落ち着けよ嗜み……じゃなくてカノン。お前にはまだ重要な役割が、お前にしか出来ない事が残ってるんだからよ」
「重要な……役割?」
「おう! 理不尽かもしれないけど、あくあ様にみんな心配したんだよって私達の気持ちを代弁するって役目が残ってるだろ? それともう一つ……」
あ……うん、確かにそれは理不尽だけど、一言心配したんだもんって言うくらいはいいよね?
えみり先輩のもう一つの理由を聞いて納得する。それは確かに、私じゃなきゃ言えない言葉だった。
「とりあえず、こっちは私に任せろ。婆なみ……メアリー様の事も私がそばにいるから安心してくれ」
「うん、ありがとうえみり先輩……ううん、捗る。助かった」
私はそう言って電話を切る。直後にあくあから無事だから心配しないでというメールがきて、書かれている内容を見ると障害で電話が繋がりづらくなっていた事と、もう少ししたら帰るって事も記載されていた。
時間に少し余裕ができたので、私は掲示板を開いて姐さん達やあくあが無事だったことを書き込む。
テレビでは事件の時の映像が流れてて、刃物が振り下ろされた時は怖かったけど、無事に動いてるあくあの姿を見て少しだけ安心する。ネットではかっこいいって盛り上がってたけど、私としては怖かったって気持ちと、本当に無事でよかったって気持ちの方が強かった。
早く……早くあくあに会いたい。会って、ちゃんと無事だって確認したかった。
それからどれだけの時間が経ったのだろう。
途中でペゴニアから、念の為に2人が入院するから私も泊まって帰りますと連絡があった。
玄関で体育座りをしていたら、目の前の扉からロックを解除する音が聞こえてくる。
「ただ……うおっ」
私は立ち上がると、玄関から出てきたあくあに抱きついた。
あったかい……。
あくあが生きてるって事を再確認して、ぐっと我慢していた感情が揺らぐ。
「心配した」
「あー……うん、ごめん。カノンからしたら凄く不安だったよな。本当にごめん」
「謝らなくていいよ。あくあが悪いわけじゃないんだし……」
あくあは手に持っていた荷物を地面に落とすと、私の体をぎゅうっと強く抱き締め返してくれた。
さっきチラッと怪我を治療した痕が見えて、私の心がまた不安な気持ちになる。
そんな私の気持ちを汲み取るように、あくあはゆっくりとした優しい声で私の耳元で囁く。
「じゃあどうして欲しいの?」
「みんなが……ううん、私が心配したって気持ちを知って欲しいの」
「そっか、わかった。ついでだし、他に言いたいことあったら言っていいよ。全部聞くから」
そう言ってあくあは私の背中をポンポンと叩く。
ずるいよ。そんな事言われたら、我慢してた事を全部言わなきゃいけなくなっちゃうじゃん。
「……本当は、あくあに私以外の女の子となんて結婚して欲しくなかった」
「そっか……」
自分からあくあに言っておいて、ものすごく理不尽な事を言っているなって思った。
それこそ一夫多妻なんて当たり前なのにな……。
「でも、私1人じゃきっとあくあを守りきれないし、今はいいけど、いつの日かあくあが理不尽に政略結婚させられるくらいなら、その前に好きになった人達と添い遂げて、あくあの周りを、あくあの暖かい世界を守りたかったの」
総理は世間じゃ茶化されてるけど、あの人じゃなかったら本当にどうなっていたのかわからなかった。
政略結婚はもちろんのこと、それこそ私との結婚だって認められなかったかもしれない。
あくあが私と結婚する時も多少揉めたみたいで、そこを国会の議題に上げた議員もいた。
でも総理は、16の餓鬼が男として気張って好きだ愛してる結婚したいって言ってんのに、大人が邪魔するつもりなのか? 1人の女として、何よりも1人の大人として、お前ら全員、自分の心に今なんのために誰のために政治してんのかもう一度ちゃんと問いかけてみろって言った時には心が震えた。
男性保護の特任秘書官として見えないところで男性をサポートしている玖珂理人さん、国会機密局のトップとして今もあくあの生殖細胞を守り続けている天草しきみさん、そして総理を支える藤堂家と繋がりのある藤蘭子会長……誰が欠けてもあくあは守りきれなかったと思う。
泥を啜ってでも、土下座してでも、相手の靴をベロベロ舐めても、目標を達成するためにならなんだってやると言った総理の言葉は決して嘘じゃない。見えないところであくあをサポートしてくれている大人の人達を知って、改めて頑張ってる大人の人って凄くかっこいいんだって事を思った。
「カノン、ありがとう。今日だけじゃない。いつだってカノンには感謝してる」
「……だったら、毎日ギュってして」
「いいよ」
あくあは改めて私の体をぎゅっとしてくれた。
じんわりと伝わってくるあくあの体温と心臓の鼓動、触れ合ったところが心地よくてあくあの事で頭がいっぱいになる。
やっぱりあくあってずるい。ハグひとつで許しちゃうもん。
「他には?」
「えっとえっと……じゃあ毎日頭撫でてほしい」
「いいよ。これでどう?」
「うんとうんと、毎日好きか愛してるどっちか言ってほしい!」
「愛してるよカノン」
「……やっぱり好きも言ってほしい」
「カノン、好きだよ」
「あと可愛いと綺麗も!!」
「いつも綺麗だって思ってるし、今はすごく可愛いなって思ってる」
「……やっぱ、あくあってずるい」
私はあくあの胸板にぐりぐりと頭を擦り付ける。
もうこんなの不毛じゃん。絶対に好きになった私の方が負けるし、私の我儘を全部聞いてくれるなんて反則だよ。
私はあくあにここまでの経緯を説明する。あくあもまた、何が起こっていたのかを詳細に話してくれた。
「それで、うちのお姫様は後はどうしたら赦してくれるのかな?」
最初の時から私達は一歩も動いてない。私はずっとあくあにぎゅっと抱きついたままだし、あくあはそれを力強く抱き返してくれている。
本当はもう全部赦してるし、私が怒る権利なんてないんだけど、素直にどうしたいか言ってみた。
「……デート。私ともデートしたらそれで全部許してあげる」
「OK、いいよ。でも、その前に……」
あくあはゆっくりと私から体を離すと、いつものように笑顔を見せてくれた。
「ただいま、カノン」
その言葉で私の心がスッと軽くなった気がした。
あくあが帰ってきたんだって、無事だったんだって、今まで張り詰めていた緊張の糸が緩んでいく。
「おかえりなさい! あくあ!」
私は流した涙を手の甲で擦りながら、笑顔でそれに応えた。
えみり先輩が言っていた私にしかできない役目。それは無事に帰ってきたあくあにおかえりって言葉を伝える事だ。
もう! えみり先輩も普段はふざけてるのに、こういうところだけはちゃんとしてるから困る。
あくあといい、えみり先輩といい、総理といい、普段ふざけてる人って、こんな時だけかっこいいのは、やっぱずるい!!
「それじゃあ、行こっか」
「え? どこに……? って、ひゃっ」
あくあはあの時みたいに、私の体を軽々と抱き上げる。
「男と女が、夫婦がこういう時に行くところなんてひとつしかないだろ?」
「もう……あくあのバカ」
そうしてあくあは私の抱き上げたまま2人の寝室へと向かった。
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