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月街アヤナ、満天の星空に囲まれて。

「ねぇねぇ、この前の新曲のPV見た?」

「見た見た、あくあ君かっこよかったよねー!」

「あっ、あっ、そのメガネ、慎太郎君のじゃん」

「へっへー、今月のお給料でお揃いの買っちゃった。羨ましいだろー」

「そういえば昨日の配信だけどさ、とあちゃんのくしゃみ可愛くなかった?」

「あるある。真似したけど、私がやってもミリも可愛くなかったわ」

「たまたま仕事で天我先輩とすれ違ったんだけど、身長高くてびっくりしちゃった」

「わかる。私も現場ですれ違ったけど、身長差にめちゃくちゃドキドキした」


 騒がしい楽屋の中で、私はいつものように準備を整えていく。

 今日も私が1番、今日も私が最高で最強だと自分に言い聞かせるように心を鼓舞する。

 そうよ……私はいつ、いかなる時だって弱い自分を絶対に見せない。

 入れ変わりの激しい芸能界では、弱さは自分の枷にしかならないからだ。

 ここで女性が生き残るためには、圧倒的な才能を持っているか、ただひたすらに努力するしかない。

 早くから才能がない事に気がついた私は、最初はがむしゃらに練習量を増やして努力していたけど、それじゃあダメだと気がついた。ただ努力するだけ、練習するだけじゃなくて、自分を分析して、周りの状況、芸能界、世間の流れをよく考えて努力しなければ、ただ練習しただけ、努力しただけで終わってしまう。

 例えば協調性がないと言われている小雛先輩は、実際は誰よりも周りの事をものすごく見ているし、状況の分析と判断にとても優れている。そういう意味ではあくあは、小雛先輩に似たようなところがあると思う。

 彼もまたいまいち空気の読めないところ、鈍いところがあるけど、局面の分析力と判断してから決断するまでの時間が異様に早い。本業はアイドルだけど、役者としてこれほど向いてる奴はそういないと思った。だから小雛先輩の心も揺れたんでしょうね。

 子供ながらに私は役者だけじゃ厳しいかもと、アイドル活動を始めたり、モデルとしての仕事を引き受けたり、とにかくなんとしてでも食らいつくんだって必死にやってきたけど……突如として現れたあくあの存在に、自分でも信じられないほどに心がざわついた。

 男性ってだけでも特別なのに、雪白美洲さんのように華があって、小雛先輩のような血の滲む努力を惜しまない。少しくらい才能がなかったり、才能や男性である事にあぐらを掻いてくれればいいのに、彼はそうじゃなかった。

 引き締まった肉体とハードスケジュールなところを見ても、彼は相当ストイックなんだと思う。

 掲示板にある、ただひたすらに真面目に白銀あくあを検証するスレっていうお堅いスレでも、その事について書かれていた。

 今でこそ打ち解けてはいるけど、最初は私自身の嫉妬もあって彼に対してすごく冷たく接していたと思う。

 本当にあくあには申し訳ないことをしたと思っているけど、私は男性の芸能人と聞いてあいつと重ねてしまったのだ。


「っ……!」


 昨晩の出来事がフラッシュバックしそうになって両頬をパンパンと軽く叩く。

 だめよ。こんな事で心を乱されて立ち竦んではいけないと、何度も自らを奮い立たせる。


「ねぇ、大丈夫?」


 そんな私の様子を見て隣の女性、私が所属するアイドルグループ、eau de(オーデ) Cologne(コロン)のメンバーでリーダーの(じょう)まろん先輩に声をかけられた。


「なんか今日のアヤナ、おかしくない? 体調悪いなら無理せずに休みなさい」

「大丈夫です、まろん先輩。やれます!」


 まろん先輩の射抜くような視線に思わず目を逸らした私は、鏡に映った自分を見つめる。


「本当に? ただでさえあんた仕事増えてんだから、休める時は無理せずに休みなさいよ」

「はい!」


 まろん先輩は、メンバーの中でも最年長の24歳だけど、誰よりもアイドルである事に、ううん、eau de Cologneである事に対してストイックだ。

 それこそメンバーの誰よりもeau de Cologneというグループを大切にしていて、企画はもちろんのこと、営業や雑用までいまだに自分でこなしている。アイドルが続けられなくなったら、裏からeau de Cologneを支えたいと言っているくらいだ。


「あれ〜? アヤナ先輩ってば今日、不調なんですか〜?」


 よりにもよって、eau de Cologneの中でも1番自分の弱いところを見せたくない奴に声をかけられた。


「なんならセンター変わってもいいんですよ? 今日と言わずにずっとね」


 彼女の名前は来島(くるしま)ふらん、12歳、確かまだギリ小学生だっけ。

 生意気な口を聞いているが、それが許されるくらいの才能が彼女にはある。

 時折垣間見える大人の顔と、ソロのシンガーとしてもやっていけるほどの圧倒的な歌唱力には女性の私でもドキドキさせられるほどだ。実際にアイドル総選挙のファン投票でも、ふらんはeau de Cologneの中では私に次ぐ順位で、いずれ……ううん、近い将来、私は彼女に追い抜かれるのだろうと思う。


「大丈夫よ。心配してくれてありがとう、ふらん」

「ふ〜ん。今日のアヤナ先輩……すごくつまんないよ」


 ふらんは興味が無くなったと言わんばかりに私から視線を逸らすと、棒のついたキャンディーをぺろぺろと舐めながら手に持っていたスマートフォンを弄った。


「eau de Cologneの皆さん、そろそろ出番なんで、スタンバイお願いします!」


 スタッフの人に誘導されて私たちは舞台袖の方へと移動する。

 私は心がざわつかないように、何度も大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせた。

 でも頭の中では、昨日の事がずっとちらついている。


『よぉ、久しぶり。元気にしてたか?』


 藤澤誠……私が男を嫌いになった原因。

 子役時代に、そいつのグループから嫌がらせのターゲットにされていた。

 頑張った仕事もそいつのせいで何度もなかった事にされて、家に帰って泣いた事だって1度や2度じゃない。

 それでも私は負けるもんかって頑張った。


『ねぇ、貴女、アイドルに興味ない?』


 そんな時、私に声をかけてくれたのが当時16歳だったまろん先輩だった。

 当時のeau de Cologneは無名で、だからこそあいつと仕事でかちあう事もなくなったんだよね。

 それがきっかけで嫌がらせも無くなって、それからは何もされてなかったのに、今更なんでって思った。


『お前、最近調子いいんだってな。久しぶりに遊んでやるよ』


 黒いバンから出てきた藤澤は、地面に落ちていた石を拾い上げると何度も上に飛ばして掌でキャッチする。

 その姿を見た私の体が強ばっていく。

 以前、あいつに石をぶつけられて、こめかみのところから血を流したことがあった。

 今はもう傷は完全に塞がっているし、普段は髪の毛で見えないけど、コンシーラーで隠せるほどの薄い跡が残っている。でもそれを鏡で見るたびに、あの時の事を思い出して泣きそうになった。


『ちょっと! どこのアンポンタンか知らないけど、うちのアヤナちゃんに何かしようってのなら許さないわよ!!』


 急速に冷えていく私の体を、小雛先輩が庇うようにぎゅっと抱きしめてくれた。


『小雛ゆかりか……お前も邪魔するんなら同業者として潰すけど? 女のくせに調子乗るなよ』

『はぁ? この私が名前も知らない雑魚のくせに、男だからって理由だけで調子に乗ってるやつに言われたくないんですけどー!?』


 すごいなって思った。

 私も芸能界に長くいるけど、男性相手にこれが言えるのはこの人くらいだと思う。

 藤澤は小雛先輩に名前も知らない雑魚と言われて激昂する。


『おい! こいつもまとめてボコボコにしていいぞ。女としての尊厳がぶち壊れるくらいまでやっていいぞ』


 せめて小雛先輩だけでも逃さなきゃって、そう思ったけど体がすくんで動かなかった。

 結局、そのあと誰か小柄な女性に助けられて事なきを得たけど、私の心はその時にズタズタにされたんだと思う。

 普段から強がっているのに、肝心なところじゃダメだって思い知らされた。

 今まで立っていた場所が急に不安定に思えてきて、足元がぐらつく。

 どんなに頑張っても頑張っても、私は報われないのかもしれない。

 また自分に嘘をついて立ち上がっても、こんな事がある度に弱い自分が顔を覗かせる。


 やめようかな。


 全部やめて、誰も知らない場所でゆっくり過ごすのも悪くないかもしれないと思った。

 幸いにもお金ならちゃんと貯金してるし、普通に高校生して大学に行って、やりたい事を探して何か新しい仕事に就けばいい。

 だからもう今日を最後にしよう。

 そう思って私は今日ここにきた。


「いくわよみんな!」


 まろん先輩の言葉でなんとか心を切り替えた私は、みんなと一緒にステージに向かう。

 なんとか最後までパフォーマンスをやりきったけど、私はeau de Cologneのセンターだ。

 センターがやりきった、最低限のパフォーマンスで許されるわけがないって事は私が1番よく知っている。


「せーんぱい!」


 パフォーマンスが終わって、ステージから降りると後ろからふらんが抱きついてきた。


「プライベートかお仕事かはわかんないけど〜、eau de Cologneにまでソレを引き摺らないで貰えますか?」


 ふらんの言葉が私の心に深く突き刺さる。


「人気者の先輩はもう忘れちゃったのかもしれないけど、今日のステージだって、ファンの子達はすごい倍率のチケットを取ってここに来てるんですよ。もしかしたら、その子にとってはこれが最初で最後の生ライブかもしれないのに、そんなパフォーマンスでステージに出ていいんですか?」


 ふらんの言う通りだ。音楽番組の収録現場の観覧チケットは通常のチケットよりも割り当てが少ない。

 でも通常のライブより近くでアーティストを見られるし、応援できるから当選確率はものすごく低いと聞いている。


「はいはい、言い方言い方」


 間に入ったまろん先輩が私の体からふらんを引き離す。


「ふらんはアヤナの事が大好きなのに、そういう言い方しないの」

「まろん先輩! それ営業妨害!!」

「はいはい、ネットでもファンコミュニティでも掲示板でも、ふらんがアヤナばっか見てるって、みんな気づいてるから誤魔化さない誤魔化さない。そもそも最初のオーディションの時に、アヤナ好き好き宣言で合格しておいてばれてないと思ってんの? あんたって、そういうとこ結構ポンコツよね」

「ぐぬぬ……!」


 ふらんは私の方を指差すと、この後のソロ曲でもそのパフォーマンスなら許さないからと言って、1人先に控室に帰っていった。


「あはは、やっぱ小学生って若いなぁ、羨ましい……。ってそうじゃなくって、アヤナ、本当に大丈夫?」

「す、すみません! まろん先輩のeau de Cologneなのに、腑抜けたパフォーマンスをしてしまいました」


 私がそう言うと、まろん先輩は悲しげな表情を見せる。

 ふらんですら気がつくのだから、まろん先輩だって私のパフォーマンスが良くない事に気がついているはずだ。

 まろん先輩がどれだけeau de Cologneを愛しているか知っていれば、私の見せた腑抜けたパフォーマンスは絶対に許せない筈である。


「アヤナ……eau de Cologneを最初に始めたのは私だけど、決して私だけのeau de Cologneじゃないの。eau de Cologneはね……私のeau de Cologneでもあって、ふらんにとってのeau de Cologneだし、私たち全員のeau de Cologneでもあって、ファンのみんなのeau de Cologneでもあるの。だからね。eau de Cologneはアヤナにとってのeau de Cologneでもあって欲しいな」

「まろん先輩……」


 まろん先輩の言葉にハッとする。

 私、最低な事を言ってしまった。

 eau de Cologneのセンターは私なのに、その自覚が足りなかったんだと思う。


「だから次のソロパフォーマンスは頑張ってね。何かあったのなら、私じゃ頼りないかもしれないけど後で相談に乗るし……。だから今だけはステージに集中して、eau de Cologneのセンター、月街アヤナはそんなもんじゃないってみんなに見せつけて欲しいの」


 私は自らの拳を強く握りしめた。

 プロとして、1人の社会人としてここに来たのなら、たとえどんな事があっても自分の仕事を完遂しなきゃいけない。ファンの人やメンバーは私の事情は知らないし、ここに立っている以上、どれも言い訳にはならないと思った。


「ありがとうございます。まろん先輩! おかげで気合が入りました!!」

「ありがとう、アヤナ。貴女のそのプロとしての意識の高さには同じアイドルとして敬意を表するわ」


 周りの他のメンバーからも頑張ってと声がかかった。

 私は改めて自分を奮い立たせる。

 後、何度、eau de Cologneとしてステージに立てるかはわからない。

 だからあんな奴のせいで、その残りのステージを、他のメンバーの想いを、応援してくれているファンとの絆を、支えてくれているスタッフの努力を、無下になんてしたくなかった。

 後少し、もう少しだけでいい、頑張れ、頑張れって自分の傷ついた心を応援する。


「月街さん、ステージの準備が整ったんで、ソロパフォーマンス行けますか?」

「はい……!」


 私はゆっくりとステージの方へと向かう。

 大丈夫、私ならやれる。そうやっていつものように自分を強がって見せた。


「きゃあっ!」

「何、何!?」

「ちょ、警備員」

「うわっ!」


 ざわついた観客席、何があったのかと思ったら、刃物を持った女性がステージの上に上がってきた。

 何が起こっているのかわからなくて私はその場に固まってしまう。


「あんたのせいで……あんたのせいで、誠君が逮捕されちゃったじゃない!!」


 あぁ……この人、あいつの、藤澤誠の取り巻きの女性の1人だ。

 確かあいつの従姉妹で、子役時代に虐められた事があるからよく覚えている。

 おそらく彼女は事前に藤澤が私を襲撃する事を知っていたんだと思う。

 それで、あいつが戻ってこずに捕まった事を知った。

 だからその原因になった私を攻撃しようとここにきたのだろう。

 普段なら警備員が何処かで止めてもおかしくないけど、藤澤は藤一族の末端だし、元々は芸能界に居た事もあるから、藤テレビ系列であるこの番組に侵入できたのかもしれない。

 でもそんな事がわかったところで、どうしようもなかった。


「死ねよ!!」


 彼女の振り上げた包丁が私の方へと落ちてくる。

 スローモーションになった世界で、私の方へと向かってくるまろん先輩とふらんの姿が見えた。

 危険だから来ないでって言おうとしたけど、私が声を発するよりもはやく包丁が私の方へと迫ってくる。

 あぁ……私も、これで楽になれるのかな、もう頑張らなくていいのかなと思ってしまった。

 次の瞬間、風を斬る刃の音が何かを掠めて、地面に金属音を響かせる。


「は……?」


 間抜けな女の声がステージの上で木霊する。

 目を閉じていた私がゆっくりと瞼を開けると、そこには彼がいた。


「どうしてこうなってるのかよくわからないけど……流石に刃物はダメだろ」


 そこにいるはずのない人物。

 私たちが出ている音楽番組、SOUND FAIRの出演者にも彼の名前はなかったし、月9の予定表に彼が藤テレビに来る予定はなかった。


「し……白銀あくあ……な、なんで……」


 呆気にとられる藤澤の従姉妹。

 周りで見ていたみんなもびっくりして、全員の動きが止まってしまう。

 その静寂を切り裂くように、ポタポタと何かが滴り落ちる音が聞こえる。


「きゃあああああっ!」

「血、血が」

「あくあくあくあ様に血ががががが」

「あわわわ、病院、救急車、いやそれよりもまず警察」

「あの女……殺す!」

「み、みみみみみんな落ち着いて!」

「警備員さん、こっちです!」

「あの女、みんなで取り押さえろ!!」


 よく見ると、あくあの手から血が滴り落ちていた。

 刃物を叩き落とした瞬間に、刃で切って怪我したのだろうか。

 痛そう……。私なんかのために庇うなんて本当に馬鹿げてる。

 もっと自分の事を大事にしなさいよって言いたくなった。

 ううん、それよりまず先にお礼を言わなきゃって、そう思ってたのに言葉が出ない。


「大丈夫か?」

「な、なんでここに……?」


 そうじゃないでしょって自分に突っ込みたくなった。

 ここで素直に最初は助けてくれてありがとうってお礼が言えないあたり、自分でも可愛げないなって思う。


「小雛先輩から話を聞いたから」

「それだけの事で……どうして……」


 心が余計に苦しくなる。

 だって私は、あくあがそうまでして助けてもらうほど価値のある女だとは思えなかったからだ。


「私なんか助けたって意味がない……! だって、どんなに、どんなに頑張っても……いつもこうやって誰かに邪魔される。もう嫌なの! もう頑張れないよ……!!」


 子供みたいな言い訳だって自分でもよくわかってる。

 今まで堰き止めていたものが決壊して、涙が止まらなくなった。


「私ね、才能ないの。そんなの随分前にわかってた。でも芸能界に憧れてここにきて、必死にしがみついて……それなのに、こうやっていつも誰かに邪魔されて、もう、どうすればいいのかわからないよ!!」


 彼女の刃はあくあに止められたけど、その刃は私の心を確実に切り裂いた。

 もう立ち上がれない。心が折れたと自分でもそう認識した。

 でもそんな私に対して、あくあは手を伸ばす。


「だからって、こんな事でやめたら絶対に後悔する。辞めるのならやり切ってからやめるべきだ。俺は……アヤナと共演した事があるから、君がどれだけ頑張っているかを知っている。だからこそ言わせて欲しい。ここで諦めるなよ! 才能がない? ふざけるなよ! 俺が知ってる月街アヤナは、そんな事で諦め切れるほど、諦めのいい女じゃないだろ!!」


 諦めの悪い女で悪かったわね!!

 それにそんな事は自分が1番わかってる。わかってるけど、私と同じくらい努力するくせに、才能があるあくあには言われたくなかった。


「うるさい! 才能もあって、努力もできるあんたと一緒にするな!!」

「それでも俺は小雛先輩には勝てなかった!! 忘れたのかよ。俺たちはまだ1人じゃ小雛先輩に勝ててない!! あの人を超えようって、どっちが先にあの人を超える演技ができるか勝負しようって2人約束しただろ!!」


 言われなくても覚えてる。

 いい演技ができたと喜んだ次の瞬間には、それを超える演技をされた。

 仲が良くなって良い先輩である事はわかったけど、役者としてはムカつくくらい格の違う演技をずっとされて、どうやったらこの人よりいい演技ができるんだろうって、あくあと何度も何度も練習した事を覚えてる。

 結局、最後まで1人じゃ勝てなかったけどね。

 でも、だからこそ私達は約束した。

 いつの日か、小雛先輩を演技で超えるんだって……。


「それにアイドルとしても、アヤナはそれで満足なのか? 周りを見ろ、月街アヤナ!! お前のファンはこんなにもいる。俺だってお前のeau de Cologneの月街アヤナのファンの1人だ。そんなくだらない奴の事より、こっちを見ろよ月街アヤナ!! 苦しかったら、辛かったら言え! お前は決して1人じゃないぞ!!」


 1人じゃない……。

 あくあの言葉が私に響く。

 まろん先輩も、ふらんも……他のメンバーだって私に声をかけてくれた。

 さっきだけじゃない。それこそ、今日顔を合わせてから何度も何度も大丈夫かって言われたのに、私は大丈夫って傲慢にも自分1人で抱え込んで、勝手に1人で折れていた。

 あくあは、もっと周りをしっかり見ろって観客席の方へと視線を向ける。


「そうだよ! アヤナちゃんは1人じゃない!!」

「私、アヤナちゃんがeau de Cologneに加入した時から応援してるよ!!」

「いつも頑張ってるアヤナちゃんには元気づけられてるけど、たまに休んで良いんだからね!」

「ファンの私達にも、もっと、もっと甘えてよ!!」

「そうだよ、いつだって元気もらってるのはこっちなんだから、たまに元気付けさせてよ!!」

「頑張るって辛いと思う。でもあえて言わせて欲しい。頑張れ、アヤナちゃん!!」

「そんな奴なんかのためにやめないで!!」

「どんなことがあっても、私達ファンはずっと一緒だよ!」

「頼むよアヤナちゃん! eau de Cologneの月街アヤナを一生推させてくれ!!」

「アヤナちゃんにいっぱい勇気を貰ったよ。だから今度は私たちが勇気をあげる番!!」


 あぁ……そっか、私、本当に周りの事が何も見えてなかったんだ。

 あくあに手を引かれて立ち上がった私は舞台袖へと視線を向ける。


「アヤナ、鏡じゃなくて、やっとこっちをちゃんと見たね」

「まろん先輩……」


 まろん先輩は私をぎゅっと抱きしめる。

 その後ろからふらんが私に抱きつく。


「……私が超えるまで、アヤナ先輩がセンターじゃなきゃ絶対にやだ」

「ふらん、それはちょっと我儘すぎない? そもそも次は私がアヤナちゃんに勝つかもしれないんだし!」

「まろん先輩には絶対に無理。あと私以外に負けるアヤナ先輩を見たくない」

「むかっ、絶対に次の選挙、ふらんに勝ってやるんだから」

「それも無理、私に勝てるのはアヤナ先輩だけ。だからアヤナ先輩がずっとセンターで居て」

「もう、本当にふらんはアヤナの事が好きだなぁ。ほら、アヤナも、こんなに後輩に好かれてるんだから、辞めるなんて絶対になしだからね」


 他のメンバーも2人に続いて私に抱きつく。

 それを見た他のアイドル達からも頑張れ、諦めるなって声援と拍手が飛んできた。

 なんかいいなって、芸能界に入って初めて温かい気持ちになれた気がする。

 ずっと自分にとって競い合うライバルで、でもそれだけじゃないんだ。

 同じ夢に向かって進んでいく同志なんだって思ったら、ここから離れたくないって感情が湧き起こってくる。


「くそっ、くそっ! 離せよ、私が誰だかわかってんのか!!」


 藤澤誠の従姉妹は、組み伏せた警備員に悪態を吐いていた。

 そちらに向かって、1人の女性がゆっくりと近づいていく。


「それじゃあ聞くけど、貴女は私が誰だかわかるかしら」


 その女の顔が青ざめていく。

 彼女に話しかけたのは、藤グループ総裁の藤蘭子会長だった。


「今を以て、貴女のお家を藤一族から追放します。あぁ、まさか警察に引き渡すなんて甘い事は考えてないでしょうね? あくあ様を傷つけた事、その身を以て知るといいわ。貴女達、本部の地下に彼女を運んで頂戴。地獄より楽しいところに連れていってあげる。あぁ、後、メアリー様にも連絡しておいてね」


 何を言っているのかまでは聞き取れなかったけど、女は藤蘭子会長の圧で失神してしまった。

 私はみんなから離れると、再びあくあの所へと行く。


「アヤナ」

「あ、それ……ごめん。私のせいで」


 私は血の痕を見て頭を下げる。


「いいって気にするなよ。見た目ほど深く傷ついてるわけじゃないし、もう血は止まってるから、こんなの唾つけとけばそのうち治るよ」


 嘘、普段演技がうまい貴方でも、それは嘘ってすぐにわかった。

 疑うような私の視線に気がついたのか、あくあは私のおでこを人差し指でツンと突く。


「男ってしょうもないから、女の子の前じゃ本当は痛くてもカッコつけたがるんだよ。だからそういう時は、うん、ありがとうって素直に言っておけばいいの」

「素直じゃなくて悪かったわね。でも……ありがとう」


 すぐにスタッフの人が来て、怪我をしたあくあの治療に取り掛かる。

 事件が起こった事で番組の収録は一旦中止になりかけたけど、それぞれの日程の都合と、ファンの気持ちを汲み取って収録を続行する事になった。

 

「アヤナ先輩って……もしかして、あくあ様とラブですか?」

「はぁ!? 何言ってんのよふらん!」

「あー、それちょっと気になったな。生のあくあ君、本当にかっこいいよね。今日だって、ドラマかと思っちゃった」

「まろん先輩まで!?」

「で、本当のところはどうなんですか?」

「ほらほら、素直になったアヤナちゃんは先輩に相談してみなよー」


 2人が私の方へと、にじり寄ってくる。


「わ、私、ソロパフォーマンスの収録があるから!!」

「あ、逃げた」

「アヤナ先輩、かわいい」


 全く、何言ってんのよ! って言いたくなった。

 確かにかっこいいけど、あいつは、あくあは誰にだってそうなの!

 そういう奴なんだから絶対に本気にならないほうがいい。

 だって好きになったら絶対に嫉妬するもん。


「月街さん、顔赤いけど大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です!」

「それじゃあ、ステージの方にどうぞ」

「はい!」


 私はゆっくりと舞台袖からステージの方へと向かう。でも、そこで足が止まった。

 ステージを照らすスポットライトの光と、昨日の夜に見たバンのヘッドライトの光が重なって体がふらつきそうになる。後退りしそうになった私の心と背中を、誰かの手のひらがそっと押してくれた。


「アヤナ」


 あくあの声に心臓がとくんと跳ねる。


「俺は、さっき役者として小雛先輩に勝ちたいって言ったけど、アイドルとしての月街アヤナにも負けたくないと思ってる。だから……どっちが先に最強のアイドルになるか競争しようぜ」

「ふふっ、それだと女の私の方が遥かに不利じゃない」

「でもアヤナはそんな事で諦めるやつじゃないだろ?」

「全く……どいつもこいつも好きなように私に月街アヤナである事を押し付けて……でも、悪くはないわね。良いわよ。1番にだってなんだってなってあげるわ。だから、だから私が勝つまで、あんたも誰にも負けるんじゃないわよ!」

「あぁ、もちろんだとも。だから、行ってこい。eau de Cologneの不動のセンター、月街アヤナの姿を特等席から俺に見せてくれ」


 本当に馬鹿、分の悪い勝負なんて絶対にしたくないのに、少しは冷静になりなさいよ。

 場の雰囲気なんかに流されるような奴じゃないでしょ、私。

 でも……たまには自分の心に素直になるのも悪くないのかなと思った。

 私は振り返らずに俯いてた顔を前にあげる。

 だってここで振り向いたら、私の中のお月様が堕ちてしまいそうだったから。


「いいわ。だから見てて、この数分間だけでいい。私から目を逸らさないでよ」

 

 私はゆっくりとステージの方に向かって歩き出す。

 あくあ……この私を本気にさせた事、絶対に貴方に後悔させてあげる。

 役者としてもアイドルとしても貴方には負けるもんですか。

 そして全部あんたに勝った上で、言ってやるのよ。

 だからその時まで、首を洗って待っていなさい。


 さぁ、ここからは私、eau de Cologneのセンター、月街アヤナのステージよ!

fantia、fanboxにて、ペゴニアさん視点の1日を投稿しております。


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[良い点] かっけぇ・・・。 (*T^T*)g アヤナ・・・
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