白銀あくあ、俺と小雛先輩。
バイクを走らせている途中で阿古さんから電話がかかってきたので、途中で阿古さんを拾って2人で小雛さんの自宅へと向かった。
「なるほど、そういうわけでしたか……」
小雛先輩から事情を聞いた俺は、軽く息を吐くと深く空気を吸い込んだ。
これは乱れた自分の感情と、思っていた以上に怒りに震えてる自分の心を落ち着けるためである。
もし許されるのであれば、今からでもそいつらをぶん殴りに行きたいけど、暴力で何かが解決するわけじゃない。俺がスッキリするだけじゃ意味がないし、それで小雛先輩やアヤナが救われるわけではないと言い聞かせる。むしろそれで心を痛めて逆効果にすらなり得るだろう。まずは冷静になって、小雛先輩やアヤナに対して、自分が何ができるか、寄り添えるかを考える事の方が遥かに重要だ。
それに何より、俺の隣では俺よりも怒ってる人がいるから、余計に冷静にならないとなと思う。
「……大体の事情はわかったわ」
阿古さんは怒りで拳を震わせた。
普段怒らない人が怒るとめちゃくちゃ怖いって言うのは本当だったんだな。
こんな表情の阿古さんを見るのはこれが初めてだ。
だからこそ俺が冷静にならなきゃいけない。
これで俺まで冷静じゃなくなったら、今から阿古さんと2人で釘バット担いで襲ってきた奴を襲撃しに行くところだった。俺達はそれくらいの怒りを覚えている。
「犯人が変な集団に連れ去られたという事だけど、被害届は出したのよね?」
「う、うん、すぐに警察の人が来てくれて、その場で被害届は出したけど……」
小雛先輩はそこで言い淀む。
それを見た阿古さんは心配そうに声をかける。
「どうかしたの?」
「なんかちょっとね、普通の警察とは少し様子が違ったような……でも警察手帳は本物っぽかったし、いや、それにしては手際が良過ぎたような。いやいや、パトカーと白バイだけならまだしも、流石に鑑識の車や道具までは偽装なんてできないだろうし、拳銃も持ってたし……。ま、まぁ、とりあえず被害届は出したから大丈夫だと思う」
被害届を出すのは凄く勇気がいる事だと思う。事件の後もそいつらと裁判とかで関わらなきゃいけないし、裁判で判決が出たとしても、そこで気持ちに整理がつく人もいればそうじゃない人だっている。
だから被害届を出さずに泣き寝入りする人も凄く多い。
俺としては被害届を出してもらって、そいつらに報いを受けて欲しいと言う気持ちもあるけど、2人の事を考えると心苦しく思う。だからこそ被害届を出すと決めた2人の決断と覚悟を尊重したい。
「わかったわ。ゆかり……次からこういう事があった時は、その日のうちに絶対に私かあくあ君に連絡する事。お願いだからそれだけは絶対に約束して欲しいの。絶対に1人になっちゃダメ。辛いかもしれないけど、だからと言って1人になっちゃダメなのよ」
阿古さんは小雛先輩の手を取るとぎゅっと抱きしめた。
今にも泣きそうな顔をしている阿古さんを見ると本当に辛くなる。
小雛先輩も辛いけど、阿古さんだって辛いんだ。だからこそみんなを辛くさせてる犯人が赦せない。
「ごめん、ありがとう……。本当にね、直接、何かされたわけじゃないし、だから心配かけない方がいいのかなって思ってたんだけど……」
「謝らなくていいよ。私だって自分でも結構無茶言ってるって自覚してるもの。連絡してくれただけでも本当は嬉しい。でも、でも、そんな時に1人のほほんとしていた自分が赦せなくて……私の方こそごめん」
昨日は、俺もその時間帯は仕事が終わって、りんちゃんやえみりさんと竹子さんのところでラーメン食ってた頃だ。
確かに2人がそんな事件に遭ってた裏で、自分が呑気にラーメン食ってたなんて考えると、やるせない気持ちになる。
「ゆかり……本当に無事でよかった」
「ありがとう阿古。心配してくれて嬉しい」
2人の目尻に光るものが見えた。
今はそっとしておくべきだろうか。
この2人だけにしてあげた方がいいと思った俺は、一旦、静かに席を立ち外に出る。
「アヤナ……」
小雛先輩の話だと、どうやら襲撃してきた奴らのリーダー格っぽい男は、アヤナが子役だった頃の顔見知りで、事あるごとに嫌がらせをしていたそうだ。
男の供述によると、今回も月9で活躍しているアヤナを見て、足を引っ張ってやろうと思ったらしい。そんな自分勝手な理由を悪びれずに答えた後に、早く釈放しろと迫ったそうだから手に負えないなと思った。
警察の人達は釈放するつもりはないらしいが、一部の権力者からは釈放の嘆願書が出ているらしい。
いくら男性が優遇される世界だと言っても、そんなのが認められるなら本当に間違っている。
「くそっ!」
どうしたらいい? 俺に何ができる?
こういう時、アヤナには、家族か誰か寄り添う事のできる人はいるのかな?
余計なお世話かもしれないけど、アヤナの事が気になった。
小雛先輩のアヤナの様子がおかしいと言うのが本当なら、もしかしたら誰にも相談できてないんじゃないか?
でも俺がアヤナの所に行ったとして、何ができるって言うんだろう。
おまけに俺がそこまで首を突っ込んでいいのかって思った。
俺だって責任を持てないのに、何でもかんでも首を突っ込むわけにはいかない。
カノンともその話を少しだけしたばかりである。
『女の子はあまり男の子から優しくされた事ないから、きっとみんな、あくあに優しくされちゃったら心がびっくりしちゃうと思うの。だからさ、色んな人に優しくするのはいいけど、女の子から好意を向けられるかもしれないって事だけはわかってあげて。それと、その好意に対してどれだけ応えるのか、全てに応えるのもいいとは思うけど、そうじゃないなら、そこもちゃんと考えておいてね』
俺はそこまで深く考えてなかったけど、この世界の男女比を考えたらそうなのかと思った。
確かに俺は1人しかいないし、向けられた好意の全てに応えるのは不可能である。
だからどこかで線引きをしないといけない。
もちろんアヤナがそうなるなんて思ってないけど、そうやって決めつけるのも俺の良くないところである。
小雛先輩の時は、堪らずに飛び出てしまったけど、だからこそ冷静になれた自分がいる。
どうしたらいい。どうするべきだろうと頭を悩ませる。
そんな事を考えていたら、後ろから誰かの気配を感じた。
「小雛先輩……」
「今日は本当に来てくれてありがとう。私はもう大丈夫だし……暫くは阿古が一緒に居てくれる事になったから」
そっか……阿古さんが側にいてくれるなら安心だ。
なんだか自分でもよくわからないけど、小雛先輩にはずっといつも通りでいて欲しいんだよね。
そうじゃないと調子が狂うって言うか、心がすごくざわつくし、落ち着かない気持ちになる。
自分でも知らなかった感情に今自分でも驚いているくらいだ。
「アヤナちゃん、今日は仕事だって言ってたわ。流石に今日くらいは休めばって言ったけど、あの子はあの子で強がりなところがあるから……」
確かにアヤナはどんな事があっても、周りがストップしない限りは仕事だけは休まない気がする。いや、ストップしてもアヤナの性格なら無理に笑顔を作って仕事に行くと思う。
だからこそ余計に不安だ。何もなければいいけど、辛い事を紛らわすために仕事を入れて、それで体調を崩したり、心を病んだりしたら取り返しがつかなくなる。いや、それならまだマシな方だ。無理をした心が壊れてしまって、どうしようもなくなる事だってあるかもしれない。
「お願い。私はもう大丈夫だから、アヤナちゃんのところに行ってあげて」
小雛先輩は俺の両手を握ると、俺の顔をじっと見上げる。
やっぱりいつもの小雛先輩と比べたら、今日の先輩はあまりにも弱々しい。
そんな弱った小雛先輩の姿を見て、抑えきれない感情が爆発しそうになった。
俺は小雛先輩の事をぎゅっと抱き寄せる。
「あ、あくあ……!?」
小雛先輩はびっくりした顔をしつつ、俺の体を抱き返してくれた。
改めて凄く小さいなって気付かされる。
いつもの感じのせいで忘れてたけど、こんな小さな体で男に襲われるなんて絶対に怖かったと思う。
それだけに本当に犯人が赦せなかった。ふざけるな! なんでアヤナとか、小雛先輩とか、頑張ってる人達の邪魔をするんだよ。そんな事してる暇があったら、もっとなんか別のことしろよって思った。
「小雛先輩、俺……これでも本気で心配したんですよ」
「うん……ありがとう」
小雛先輩は手を伸ばして俺の頭を撫でてくれた。
なんか、お母さんに頭を撫でられているみたいで気恥ずかしい気持ちになる。
くそ……なんで慰めにきた俺の方が慰められてるんだよ。
「でも私は大丈夫だから。ね、ほら、今はちょっとまだ心がびっくりしてるけど、あくあと阿古のおかげで今だって心からちゃんと落ち着いているし、緊張が解けて笑う事だってできたの。だからね……アヤナちゃんを1人にしないで。きっとあの子は1人で泣いていると思う。アヤナちゃんのお母さんはマネージャーだから、多分うまく甘えられてないんじゃないかな。今日仕事行ったところをみても、多分、無理やり自分から行ったんだと思う」
小雛先輩は俺から体を離すと、優しく微笑んだ。
まるで母親が子供に語りかけるように、俺を安心させるような優しいトーンで言葉を紡いでいく。
「もしかして悩んでる? 自分みたいな第三者が、ただのクラスメイトで共演者でしかないのに、アヤナちゃんの側に行っていいのかって」
俺はこくりと頷く。なんで俺の思っている事が小雛先輩にバレたんだろう。
小雛先輩はさっきまでと打って変わって、俺の背中を平手で勢いよくバンと叩いた。
「いい? よく聞きなさい!」
真剣な表情をした小雛先輩は、俺の頬を両手でむぎゅっと押すと、その大きな目でじっと俺のことを見つめる。
「そこで行くのが白銀あくあでしょうが! どうせ空気なんか読めないんだから、変に空気なんか読むな!! 少なくとも私はすぐに来てくれて嬉しかった。阿古と話せて良かったし、あんたのおかげで救われたんだと思う。だから、自分の思った事をしなさい。白銀あくあである自分を貫き通しなさい!! それが絶対に誰かを救うんだって私が保証してあげる!! でも、それでもダメだったら……その時は私が本気で慰めてやるから行ってこい!! あんたが何やらかしても、責任は全部、私と阿古が取るから、行きたいって思ってる自分の心に嘘ついてんじゃないわよ!!」
心臓にガツンと重いのが来た。
なんでだろう。今まで悩んでいた部分がスッと晴れたように、頭がクリアになった。
今、俺ができる事、すべき事がストンと腑に落ちる。
そうだよな……行って意味なかったら、それはそれでいい。
それで責任取らなきゃいけなくなったら、責任を取ればいいだけの話だ。
そうだよ、思い出せ俺。
俺の名前は白銀あくあだ。
女の子を笑顔にするのを迷ってんじゃねーぞ!!
全てを吹っ切れた俺は、小雛先輩に向かって笑みを見せる。
「ありがとうございます。先輩……おかげで最高に気合が入りました」
「うん、さっきまで私より思い詰めてた顔してたのに、随分マシな顔つきになったじゃないの。それでこそ私と阿古のあくあだわ」
小雛先輩はゆっくりと俺の両頬から手を離す。
ググッと背伸びをした小雛先輩は、爪先立ちの状態で目一杯、腕を伸ばして俺の頭を雑に撫でた。
もしかしたらお母さんに頭を撫でられるのってこんな感じなのかなって、馬鹿げた事を思ってしまう。
そんなに歳だって離れてないのに、何考えてるんだよ俺……。
でも小雛先輩に撫でられたところはすごく嬉しくて、俺のことを考えてくれている手つきだった。
あぁ、そういえば前に言ってたっけ。頭を撫でるって言っても、雰囲気で誤魔化して全員が全員同じ撫で方するんじゃないって。撫でられる人の事を考えて、ちゃんとその人に向き合って頭を撫でなさいってね……。
「行ってこい!」
「はい!」
俺はヘルメットを手に取るとバイク置き場へと向かう。
そこには阿古さんが待っていた。
「あくあ君、ありがとう。貴方のおかげでゆかりの側にいる事ができたわ。だからこっちは私に任せて、月街さんのところに行ってきなさい。なんかあっても全力で守ってあげるから、ね」
阿古さんはそう言うと、俺の方へと親指を向けた。
「私が信じた白銀あくあは、1人の女の子も救う事ができない……そんな腑抜けた男の子じゃないって証明してきなさい!」
はは……すごいプレッシャーだ。
でも、だからこそいいって思う。
最初会った時は、ただの優しい人、悪くいえば普通の人だって思ってたけど、阿古さんはそうじゃない。
俺のために会社を辞めて事務所を立ち上げてくれた時から、この人は最高に勝負師で、熱い人だって知っている。
阿古さんが俺のために自分の人生を全部賭けて応援してくれるなら、俺も俺の人生を全部賭けて証明するしかない。
あの日、あの時、特等席で最高の白銀あくあを見せるって約束した時にもそう覚悟を決めたはずだ。
「ありがとうございます。阿古さん。俺、行ってきます!」
「うん! 頑張れ!!」
俺はバイクに跨ると、アヤナが働いている現場に向かってバイクを走らせた。
本日はクリスマスという事で更新頑張りました。
まずは最初に、ムーンライトにて一部の人たちが望んでいたとあの話を公開しております。
こちらは本編とたまたま同じ名前のキャラクターが別の世界でやっている事なので、本編には一切関係ありませんし、何か特別なネタをやっているという事ではありません。
だから興味がない人、そう言うのが苦手な人でも読まなくてもいいように最大限配慮したつもりです。
でもこういう機会、クリスマスでもないと、こう言う話は投稿できないと思いました。
だから決して少なくないファンの人のために書いたので、楽しみにされていた方は読んでください。
そして、それだけではそれを望んで無い人にとっては、何もないのかって事になるので……。
下記サイトのfantia、fanboxにて、ペゴニアさん視点の1日を投稿しております。
ペゴニア視点は初めてなので、多分、楽しんでいただけると思います……。
https://fantia.jp/yuuritohoney
https://www.fanbox.cc/@yuuritohoney
以上を持って、普段読んで下さっている皆様に対しての、作者からのささやかなクリスマスプレゼントとします。
多分だけど、年末年始も休みません。巣篭もりされる方は退屈潰しにでもしてあげてください。
それでは、また次のお話で!
あと、今日の文字数少なくてすみません。次のアヤナ視点は別にわけたかったのでこうなりました。ご了承ください。
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