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白銀あくあ、退院しました。

 目が覚めてから3日後、特に異常が見つからなかった俺は退院の日を迎えた。

 お見送りに来てくれていたお医者さま達や看護師さん達に、ありがとうという感謝の気持ちを伝えたら、何故か全員がその場で崩れ落ちて咽び泣いてしまったので俺は困惑する。なんでも男性から感謝される事は珍しいらしく、感極まってしまったらしい。

 どうやらこの世界の男でクズだったのは、この世界の俺だけではなかったみたいだ。


「あくあちゃん、おうちに着いたのだけど……その様子じゃ、やはり記憶にないみたいね」


 母さんが運転する車の中から道すがら周囲をキョロキョロと確認したけど全く見覚えがない。明らかに俺が前世でお世話になった孤児院や、親戚のお家のあるご近所さんのある場所ではなかった。

 見るからに大きなお家が多い高級住宅街。その一角に、白銀家があった。入院中に聞いた話によると、母さんは華道や茶道の仕事をしているらしい。上流階級の子女向けに華道や茶道を指導する仕事や、それにちなんだ会社を経営したりとか、母さんは結構すごい人だった。


「というわけで……あくあちゃん、改めておかえりなさい」

「ただいま。母さん、今日から改めてよろしくね」


 俺がそう応えると、母さんは瞳をうるうると滲ませた。

 明らかに過剰な反応だが、入院中に言葉を返すだけで泣き崩れていた母さんの姿を見ていると、これでもだいぶマシになった方だと思う。

 車を降りた俺達が家の中に入ると、見覚えのない綺麗なお姉さんとかわいい美少女が玄関で待ち構えていた。


「お帰りなさい、あくあ」


 ほんわかとした甘い声で俺の名前を呼ぶ女性。

 おそらく彼女が俺の姉、現在は大学生の白銀しとりだろう。ふんわりとした蜂蜜色の髪と、目元の泣き黒子がとても印象的だ。

 視線を下に逸らすと上に着ているフリルのついたシャツが、自己主張の激しすぎるお胸様によって、今にもボタンが弾けそうなくらいパツンパツンに突っ張っている。なるほど……姉さんも母さんと同じで相当なものをお持ちなようだ。グラマラスな体とおっとりとした表情のギャップが、甘えたくなる様な母性的な雰囲気を醸し出している。


「おかえりなさいませ、あくあ兄様」


 そして、おそらくこっちが妹の白銀らぴすだろう。

 中学生と聞いていたからもっと活発な感じかと思ってたけど、逆にすごく落ち着いていてびっくりした。

 そしてもう一つびっくりした事がある。なんと妹のらぴすは、髪が苗字を表すかのように白銀なのだ。

 正確には遺伝の関係でプラチナブロンドらしいのだが、オッドアイの翠と藍の目のせいでお人形さんが歩いているように見える。確か俺とは片方の遺伝子が違うんだっけ。それしてもこんなに可愛かったら攫われちゃうんじゃないのか? 女性が多いこの世界でも心配になるくらいだ。姉さんも母さんも美人だし、俺がちゃんとしないといけないな。

 ちなみにらぴすの胸のサイズは中学生相応で、俺は別の意味で安心した。


「ただいま、しとり姉さん、らぴす」


 二人とも本来であれば病院にお見舞いに来てくれる予定だったが、俺が記憶喪失になった事で混乱を招くといけないからという理由から病院での面会を取りやめた。だから直接会うのはこれが初めてなのだけど、すでに姉妹の二人には、母さんの方から俺が記憶喪失になった経緯を説明されているらしい。


「母さんから聞いていると思うけど病院に入院する前の記憶が一切ないんだ。だから二人には迷惑かけるかもしれないけど、俺も至らないところは改善出来る様に頑張るからよろしくね」


 俺は握手をしようと二人に向けて手を伸ばす。

 しかしこの手が二人に握り返されることはなかった。なぜなら二人ともその場に崩れ落ちてしまったからである。え……なんで?


「気のせいかしら、あくあが私に返事をくれた気がしたのだけど、それに、私の事を姉さんって……」

「兄様が私の事をらぴすって……今まで私のことなんて、おいとか、お前とかしか呼ばなかったのに……」


 ああ、そっか、そういうことね。母さんからも聞いていたけど、やっぱりこの世界の俺はろくな奴じゃなかったっぽいな。こんなにも自分の事を心配してくれる家族がいて、一体この世界の俺は何の不満があったっていうんだ。

 俺は地面に片膝をつくと二人の手をそっと取る。


「二人とも、ごめんな。もしかしたら今の俺は、今までの俺とは違うかもしれないけど、それでも家族として受け入れてもらえると嬉しいな」


 しかし、どんなに酷いと言っても、二人にとっては今まで10数年一緒に過ごしてきた兄であり弟だ。そう考えると、いくらこの世界の俺がクズでも少しは胸が痛む。


「もちろんよ、あくあ……むしろお姉ちゃんとしては、ずっと今のあくあのままでいてくれていいの」

「勿論です兄様、むしろ今の兄様の方が、らぴすはとっても好きです」


 そっか……母さんにも、一生このままのあくあちゃんで居てねと念を押されていたし、どうやら俺は家族にちゃんと受け入れられたようだ。今世の俺には悪いけど、お前ができなかった分、俺が家族のことを大切にするから安心してくれ。


「あくあ、できればお姉ちゃんから一つお願いがあるのだけど」

「何、しとり姉さん?」

「あくあの事、昔みたいにあーちゃんって呼んでいい? それと私のことも昔みたいにしとりお姉ちゃんって呼んで欲しいな」

「もちろん、しとりお姉ちゃんの好きな様に呼んでくれていいよ」


 俺がそう返すと、しとりお姉ちゃんは目に涙を溜めて喜んでくれた。 え? こんな事でと思うかもしれないが、母さんも俺が何か言うたびに泣いてたから多分これが普通なんだろう。それくらいこの世界の俺は酷かったのだ。


「あっ、しとり姉様だけずるい……らぴすも……あ、らぴすはこのままでもいいかも」


 妹のらぴすはかわいいな、俺はごく自然とらぴすの頭へと手を伸ばす。

 らぴすは俺の手を見て一瞬だけ体をびくんと反応させるが、俺が頭を撫でると驚いたように目を見開いた。


「嘘……兄様が私をぶたない」


 ……おい、それは初耳だぞ。本当のドクズじゃんこの世界の俺。何を思ったら、こんな美少女に手を上げようと思うんだよ。


「二人とも……羨ましいわ。お母さんもあくあちゃんに下の名前で呼ばれたいし、頭だってなでなでして欲しいのに……」


 いや、流石に母さんの事を下の名前では呼べないし、頭は撫でられないよ。

 だって恥ずかしいし……。だから、そんな物欲しそうな顔で俺の方を見つめないで欲しい。


「なでなで……」


 なおも食い下がる母さんに、俺は視線をスッと逸らす。

 アイドル的な対応でならできるかもしれないが、それでもやっぱり母さんを相手にする事を考えたら恥ずかしさがある。そもそも俺の人生には、ずっと母さんという存在がいなかった。だから今になって急に母さんが出てきても、俺は母親というものに対して、どう接していいのかわからないのが本音である。

 そういう意味では姉妹の二人だって今までの俺の人生にはいなかったけど、こっちは歳が近いから友達との接し方の延長でどうにかなる気がするんだよな。でも母さんとなると参考にする人がいないから、やっぱりどうしていいのかわからない。母さんの事を傷つけたくはないから余計にそう思った。


「あくあちゃんのケチ」


 拗ねる母さんの可愛らしい仕草に戸惑う。

 通常時はキリッとした和風美人なのに、病院にいた時から俺に対しては破顔しすぎている気がする。

 流石に少し可哀想になってきたので、俺はできるだけ無表情で母さんの頭を優しく撫でてあげた。


「えへへ、ついでにまりんって呼んでくれないかな、チラッ、チラッ」


 母さんは俺が頭を撫でるともっとだらしない顔になってしまった。

 ちなみに後半の外に出た心の声と、チラッ、チラッという単語は聞かなかった事にする。


「あっ、お母さんまでずるい、私もあーちゃんに、頭なでなでして欲しいな」


 そう言ってしとりお姉ちゃんは俺の方に頭を突き出す。流石にこの状態で頭を撫でないわけにはいかないので、俺はしとりお姉ちゃんの頭も優しく撫でてあげる。頭を撫でる度にしとりお姉ちゃんのふわふわの髪が揺れて、蜂蜜のようなシャンプーの甘い香りが俺の鼻を掠めていく。


「兄様、らぴすももっと」

「あくあちゃん、お母さんももっとお願い」

「あーちゃん、しとりお姉ちゃんももっとして欲しいな」


 結局俺は、この後も求められるがままに頭を撫で続け、30分もの間、玄関から先に進む事ができなかった。

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[良い点] まりんがマリンすぎるww
[一言] んぁー(*゜д゜*) しとり姉さんも、らぴすもまりんマッマも可愛い!
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