白銀あくあ、3人で過ごした夜。
首相官邸でのパフォーマンスを終えた俺たちは帰路に就く。
その途中で2人から大事な話があるからという理由で、落ち着いて話ができる最寄りの男性保護室へとやってきた。
「あくあさん、好きです。結婚してください」
「はい……?」
部屋に入った瞬間、桐花さんに秒で告白された。
確か前にも好きですって告白された事はあったけど、いきなり結婚というワードが飛び出てきて困惑する。
「私は自分で言うのもなんですが結構仕事ができる方です。蓄えもありますし、同じ会社の仲間としてあくあさんの仕事にも理解がある方ではないでしょうか?」
うん、それは知ってるよ。だって桐花さんがいなかったら今のベリルは回ってないよね。
俺なんて記者会見終わった後も、森川さんと総理の3人で椅子に座ってお茶飲みながらだらけて談笑してたのに、その後ろで桐花さんはめちゃくちゃ仕事してた。
あれ? そういえば会社が違うのに、森川さんも自分の仕事を桐花さんにしてもらってたような……ま、まぁ、いっか。
「こう見えて家事も全般できますし、結構尽くす方だと思います。夜の生活の方も……あくあさんの期待に応えられるかどうかは分かりませんが、命じてくだされば何でもするので希望があればお申し付けください。ちなみにサイズはGですけど本当はHに近いです」
なん……だと……?
俺は自分の力を過信しすぎるあまり、桐花さんのサイズを見誤っていた。
くっ……! すまない!!
俺は、俺はずっと君の事を、桐花さんをGだと過小評価していた。
もちろん大小によって優劣は決まらないが、桐花さんを小さいサイズでカウントするのは明らかに失礼にあたる。俺自身が君の声をちゃんと聞く事ができていたならこんな事にはならなかったはずだ。
自らの力のなさ、至らなさに憤慨する。
「あくあさん、私の第一希望は第二夫人ですが、愛人でも構いませんし、都合のいい女にしてもらっても構いません」
「ちょ、ちょっと待って、桐花さん! 桐花さんは素敵な女性なんだから、もうちょっと自分の事を、自分の体を大切にしてください」
深雪さんもそうだけど、この世界の女性ってなんでそんなに自分を安売りしたがるんだろう。
確かに価値観とかが違うのかもしれないけど、それにしたって限度がある。俺としてはもう少し自分を大事にして欲しいと思った。
だって桐花さんみたいな人が会社の上司にいたら半数以上の男子は心の中で拝むと思う。どこに対してとはあえて言及しないけど、辛そうにしている白いシャツや、限界がきているスーツのボタン、人によってはストライプのスーツスカートに皺が入っているのを見て涙する人もいるんじゃないかと思ってる。
「素敵という言葉が建前でないのなら、試しに一度どうですか? どうぞ、全てあくあさんのものですから」
「え……いや、それは……」
くっ、すごい圧だ!! どことは言わないが特に胸部あたりからすごいプレッシャーが俺の胸板に直でのしかかってくる。
これがあのウェートマシーンやランニングマシーンで鍛えたハリと弾力性だと言うのか! ありがとうございます! ありがとうございます! 大事な事なのでもう一度ありがとうございます!
「では、質問を変えます。私の胸はどうですか?」
「そんなの最高に決まってるじゃないですか」
即答だったね。この間僅かに0.01秒どころか、食い気味に答えたからむしろマイナス0.1秒すらある。
「そ……そうですか」
あれ? なんかちょっとだけ桐花さんが後ろに引いたような……。ま、俺の気のせいかな!
「あー様、大きいのでしたら、こちらにもご自由に使えるものがありますよ」
おっ、おっ、おっっっぱいが俺の背中に……!
しかもこの服越しの接触でもわかるマシュマロの柔らかさ、こんなものがこの世に存在していいんですか?
桐花さんのが男から絞りとる悪魔のものだとしたら、深雪さんのは包み込んだ男性を全て昇天させてしまう天使の抱擁だ。ちなみにどっちを選んだとしても最終的に男は死ぬ。究極の二択、DEAD OR DEAD、HELL OR HEAVENだ。地獄で桐花さんに吸い尽くされるか、天国で深雪さんに拘束されて搾取されるか……くそ、俺にはどっちも選べない。
そうこうしているうちに桐花さんと深雪さんに挟まれた俺は行き場を失う。
「あー様、もしかして迷ってるんですか?」
「迷う必要なんてないんですよ、あくあさん」
「「だって、どっちもあなたのものなんですから」」
くっ!?
2人の甘い吐息に一瞬で俺の脳みそが持っていかされそうになる。
お、俺はこのまま流されてしまうのか……!
『あくあ……』
そんな中、誰かが俺の名前を呼ぶ。
『あくあ……』
だ、誰だ!? いや……この清らかさが服を着て歩いているような声は、カノン! カノンなのか!?
湖の中から女神のような姿になったカノンが出てくる。美しい……。
しかもちょっと衣装が水で濡れて肌にはりついてるし、うーん、これはかなりやばいな。
『あくあが欲したのはこのG寄りのHですか?』
桐花さん!? カノンは桐花さんを抱き寄せる。
『それともこの超ワガママなIが欲しいんですか?』
深雪さん!? カノンは桐花さんとは反対側に深雪さんを抱き寄せる。
『さぁ、自分の心に正直になって』
お、俺が欲しいのは……!
2人の間に俺はゆっくりと手を伸ばす。
俺が1番欲しいのはカノンだ!!
確かに深雪さんのも、桐花さんのも魅力的である事には違いない。
でもな、俺にはカノンがいる。カノンのものは俺にとっての初めて、最高のものなんだ。
俺に母性の素晴らしさを説いて教えてくれたカノンのものに勝るものなんてこの世には存在してない。
だから俺は答えを出す事を迷わなかった。
『ふふっ、じゃあ正直者のあくあには、3つ全部あげるね!』
へ?
『私のDも、Hの姐さんも、Iの深雪さんも、全部あくあのものだよ』
カノーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!
嫁最強! 嫁最強! 嫁最強!
以上、私、白銀あくあの脳内からお送りしました!
「あー様」
「あ……」
深雪さんの手が後ろから伸びてくる。
「あー様、私も国家公務員としてお給料は沢山もらってる方です。最低限の家事はできますし、どうかたくさんご奉仕させてくださいませ。尽くすのは好きですから」
「待ってください深雪さん、冷静になって!」
俺は残り少ない理性を振り絞るように、深雪さんを説得する。
「冷静になれるわけなんてないでしょ! お母さんとの事を解決してくれて! 私のためにあんなカッコよく啖呵切ってくれて、好きになるなって言う方が無理です!!」
いやいやいや、冷静になって考えてくださいよ!!
はっきり言って俺、女の子の胸が好きとしか言ってないですからね!!
あとなんかいい感じにして歌にして無理やりまとめたけど、正直、首相官邸に到着したあたりで我に返って何やってるんだろうって気分になったし、総理の土下座パフォーマンス見て、これがプロフェッショナルかーって感心して、小雛さんに鍛えられた演技力でそれっぽい神妙な感じを出してただけですから!!
ほら、見てくださいよ、小雛先輩なんて、ママのミルク呑みまちゅかー? って、ニマニマした顔で手にガラガラと哺乳瓶持ってふざけたメール送ってきてるんですよ。いいですか? これが正しい反応です。
「それに、あー様が本当に嫌なら私なんて簡単に振り解けるでしょ? 嫌なら嫌ってはっきり言ってください! 多分泣いちゃうし、お恥ずかしい姿を見せるかもしれませんけど、それで……それでちゃんと自分の気持ちに区切りをつけて諦めますから」
「深雪さん……」
背中越しに深雪さんが啜り泣く声が聞こえる。
ちゃんとわかってたつもりだけど、それ以上に、俺が考えている以上に、深雪さんは本気だ。
だから俺も生半可な気持ちでうんとは言えないし、中途半端な覚悟で彼女を振り解く事なんてできない。
「あー様は他の男の子と違って、最初から私の事を女の子として見てくれました。男の子から気持ち悪いって言われて、蔑まれた目で見られた私の事だって素敵だって言ってくれたんです。本当に汚物を見るような目で見られて、お婆ちゃんからもお母さんに似て恥ずかしい体してって何度も叱責されて……そんな私の体を、あくあさんは肯定してくれた。嬉しくて嬉しくて……女の子に生まれてよかったって思ったんです」
は……?
深雪さんが気持ち悪い?
汚物を見るような目で恥ずかしい身体って?
なるほどね。
そいつらは俺に全面戦争を仕掛けてきたって認識でいいのかな?
アイドル改めて地獄のコマンドー、白銀あくあが出撃しますよ。
「私も同じです。体が大きくて目つきが怖いからって男の人から怖がられて、同性の女の子から馬鹿にされた事だって何度もありました。まぁ、私の場合は、楓さんやえみりさんが純粋にかっこいいなんて言ってくれたり、中学生のカノンさんから大好きなお母さんからもらった自慢の体なんだから胸張って歩きなさい。恥ずかしいところなんてないわって言われたりして助けられたんですけどね」
俺の嫁カッコ良すぎでしょ……。
なんかあんな記者会見と宣言やったあとだと、カノンが男装した方が俺よりアイドルっぽいんじゃないのかと思った。文化祭で男装した時も王子様っぽくて女の子がキャーキャー言ってたし、うん……これは俺の記憶の片隅に封印して考えないようにしておこう。
「あくあさん、私や深雪さんのように胸の大きな女性は少なからず皆同じような経験があります。だからあくあさんのあの宣言にきっと多くの女性たちが救われました」
深雪さんは曇った笑顔を見せる。
誰だ……? 誰がこんなにも彼女の笑顔を曇らせたんだ?
深雪さんもそうだけど、桐花さんも深雪さんもやたらと自己評価が低い。
きっと幼い時のそういった経験が彼女たちの心に影を落としているんだろう。
今の彼女達のこの笑顔を見て、俺は本当に2人を救えたと胸を張っていいのか?
「あー様……」
「あくあさん……」
否ッ!!
俺はまだ2人を救えていない!!
2人が辛かった記憶を克服したかのように、苦しそうに笑った顔を見て俺の胸の奥が締め付けられた。
深雪さんにも桐花さんにも心の底からちゃんと笑っていてほしい。
自分が素敵な女の子だってわかってもらいたかった。
いや……そんなのは建前でしかない。俺は……俺は2人が辛そうにしているのが耐えられなかったんだ。
これが好きからくる感情なのか、同情によるものなのかはわからない。
それでも2人を抱きしめずにはいられなかった。
「あ、あー様?」
「ああああくあさん!」
俺は一旦2人を振り解くと、自ら2人を抱き寄せる。
「俺は2人にそんな苦しそうに笑って欲しくない。どうやったら2人を笑顔にできる?」
「私が素敵な女の子だって、あー様が直接わからせて欲しいのです」
「私も同じです。たった一度だけでもいいから、あくあさんに女の子として扱ってほしい。女性としての自信が欲しいんです」
良いのか? そんな気軽な気持ちで?
少なくとも2人の事を他の女性以上には想ってはいるし、2人が傷付けられたら普通に怒るくらいには大事に思ってる。かと言って結婚するほどまで好きかというとまだわからない。
でも、それが2人の自信になるのなら……。
『なんかあくあって付き合うとか、結婚するとか大袈裟に考えてるけど、そんな深く考える必要なんてないと思うんだよね』
カノン……。なんてできた奥さんなんだろう。
俺は嫁の言葉で覚悟を決めた。俺は今から幸せにする! なんかあったら責任もとるし、2人が辛そうにしている方が俺は見ていて苦しい。
お前が……お前たちは、今日から俺と一緒だッ!!
「ひゃっ!」
「きゃ!」
俺は2人を力強く抱き寄せた。
「た……ただいま……」
明け方、俺はこっそりと1人、自宅に帰宅する。
琴乃と結はカノンに改めて挨拶すると言ってたけど、とりあえず今日だけは止めてくれと帰ってもらった。
だって、奥さんから全く連絡ないし……怒ってたりしたらちょっとね?
とりあえず昨日、総理にも土下座のコツを森川さんと一緒に聞いたし多分何があっても大丈夫だ。一応いつでも流れるように土下座ができるように、スライディング土下座に入りやすい姿勢でリビングへと向かう。
「カ……カノンさーん、お、起きてますかー……?」
リビングを通過して、そろりと寝室の中に入る。
するとカノンが背中を向けて座っていた。
こ、これは怒ってる!?
「あ、あの〜」
俺は前屈みになってスライディング土下座の体制に入った。
しかしそれよりも早くカノンが俺の方へと振り向く。
「あ、あっは〜ん?」
思わずズッコケそうになった。
ちょっと待って、カノン何してるの!?
よく見るとカノンの胸が不自然に膨れていた。
「カノンその胸……」
「お、女の子の胸が好きなんでしょ? だ、だからほら……あっ!」
パジャマの下からポトポトと胸パッドが落ちる。一体どれだけ詰めてたんだろう……。
「カノン……」
「あ、あ、これは違うくてその……ひゃっ!?」
俺はカノンの体を力強く抱きしめた。
やっぱり嫁だわ……。散々他の女の人としておいて最低だと罵ってくれて構わないけど、やっぱりカノンなんだよ。カノンからしか補給できない何かがあるとそう思った。
「カノン、できればずっとそのままで居てね」
「う、うん……別にいいけどって、え? え? 待って、深雪さんや姐さんといっぱいしたんじゃ?」
女の子にとって甘い物が別腹のように、俺にとってもカノンは別腹なんだよ。
そういうわけで俺は帰ってすぐにカノンと愛を囁き合った。
ちなみに他の女性と夜を過ごした事については、やはりミリも怒ってなかったらしい。
試しに森川さんと一緒に練習した土下座を披露したら、細かすぎるモノマネコンテストにでも出るのって大笑いされた……。解せぬ。
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