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桐花琴乃、世界にたった一人だけの私。

「うーん」


 鏡に映った自分の姿を見た私は、微妙な表情で首を傾ける。

 どうしたらあくあさんに好きになって貰えるだろう。

 そう思ってカノンさんが着ているような白いワンピースを買ってみたけど、私が着るとただの痛いおばさんでした。

 最初から試してみるまでもなかったですね。胸の辺りも私が着るともうただの痴女です。これは後でタンスの肥やし行き確定かな。


「はぁ……」


 他にもたくさん女の子っぽい可愛い服を買ってみたけど、私が着るとおばさん無理するなよ乙って感じでした。

 くっ、まさかこんな最初の段階で躓いてしまうとは、私の考えた計画の見通しが甘かったとしか言いようがありません。

 これならまだ普段通りのスーツ姿の方が……いえ、それではあまりにも普通すぎます。ちゃんと女の子だって認識してもらわないといけません。

 私はパソコンを開くと、何かいい案はないかと掲示板を覗く。


「は?」


 その途中でとある情報が入ってきました。


 【拡散希望】白銀あくあ「女性解放宣言」


 いやいやいや……いやいやいやいやいやいや!

 流石にコラか何かですよね? お願いだからしょーもないコラか何かだって言ってください。


 ふぅ……。


 私は一旦軽く息を吐く。

 すぅーはぁー、すぅーはぁー、うん、落ち着いて深呼吸しましょう。

 今は深雪さんとのデート中だというお話は聞いています。

 深雪さんはとてもしっかりした方ですし、彼女が一緒にいるなら変な事にはなってないと思うんですよね。

 だからきっと大丈夫! 私はお2人を信じて動画をクリックする。


『牛みたいな胸の女が気持ち悪い? そんな事、一体誰が言ったんですか?」


 おぅ、のぉー……どっからどうみても本人です。ありがとうございました。

 そして息を吐くように最初から何やらとんでもない事を口走っています。

 私は再確認のためにもう一度最初から再生する。


『牛みたいな胸の女が気持ち悪い? そんな事、一体誰が言ったんですか?」


 うん、間違いなく本人が言ってますね。

 で? なんであくあさんはキリッとしたかっこいいお顔で、こんな馬鹿げた事を言ってるんです?


『大きな胸が気持ち悪い? とんでもない!! いいですか? 男も女も老人も赤ちゃんも、元はと言えばね、その胸から命の源を貰って大きくなってきたんです!! 大きな胸は大いなる母性の象徴と言っても過言ではありません!!』


 あわあわあわあわ、あくあさんそれはダメです!!

 ただでさえ大きなお胸の女性は母性本能が強いんですよ!!

 あくあさんみたいなDKがそんな庇護欲を掻き立てる事を言ったら、全国の大きなお姉さん達が、お母さんの代わりにこの子を大きくしてあげなきゃって勘違いしてしまいます。

 私も思わず出るかなってちょっと確認してしまいました。


『俺は女性の胸が好きだ』


 あーいけません、いけません!

 あくあさんがマザコン発言なんかしたら、全世界の女子がママになっちゃいます。


『もちろん俺は大きい胸が好きです。でもね、小さい胸も実は同じくらい好きなんですよ』


 もしかしたらアイドル白銀あくあは女性の胸が好きなのかもしれない。

 この噂はネット上で、まことしやかに囁かれてきました。

 夏にタンクトップきて接客してたらガン見られた気がする。

 産まれて初めてねっとりとした目で胸を見られてびっくりした。

 どれもこれも真偽不明の情報ばかりでしたが、ポップアップショップでのサイン会あたりから、女性達の中で憶測だったものが徐々に確信へと変わっていきます。

 私もベリルに入ってから気が付いたのですが、あくあさんが疲れている時に会話をしていると、たまに私の胸部を見ながらお話をしている時がありました。

 最初はやっぱりこの大きなお胸が不快なのかなって思ったんだけど、あくあさんの目線からは不快感や嫌悪感のようなものは一切感じられません。そんな最中に、私はあくあさんと事務所のジムでご一緒した時がありました。

 一言で言うとガン見です。ストレッチした時、ランニングマシーンをした時、あまりにもじーっと見られて気がついてないフリをするのが大変でした。


『わかりますか、この俺の気持ちが……小さいのが好きなんて言うと軽蔑されると思ったから、ずっと言い出せなかった。でもね、俺は小さいのにもちゃんと惹かれているんです。妹のらぴすはもちろんのこと、とあの妹のスバルちゃんも、それはもうちゃんと妄想の中で使わせて貰いました!!』


 あくあさん……むしろその時の私の気持ちが、心の中の葛藤がわかりますか?

 私、もう30なんです。今まで男性とお付き合いなんてした事ないし、男の子から女性としてみられた経験だってあくあさんが初めてなんですよ。

 もし私に理性がなかったら、大人としての節度がなかったら、あの時、あくあさんを襲っていた可能性だってあります。いくら大きいのが好きって言っても、こんなおばさんに襲われるのはあくあさんだって嫌でしょ?

 わかったら、そろそろ自重……って、スバルちゃん!?

 ス、スススススス、スバルちゃんをそういう対象に見てるって事は……いやいや、流石にそんな事ないはずです。


『でもそれとは別に、やっぱり大きいのは男にとってのロマン、そう理想郷なのです。見比べてください、この俺の掌と深雪さんのものを!! 確実にこの手では収まり切らないでしょ。くっ、なんて母性の塊なんだ! マザコンだって罵られても良いから甘えたい、この胸に!!』


 ……じゃあ、揉めばいいじゃないですか!!

 私のも深雪さんほどではないですが、それに負けないくらい大きいです。

 Gとか言ってるけど、本当はGよりのHなんですよ。

 甘えたい? 母性? マザコン? そんなに大きなお胸が好きなら、いつでも差し出す覚悟はできてます。

 どうせ私のなんて、あくあさん以外にはミリも需要なんてないんですから。あんな熱い視線で私の胸部ばかり見て、女の子がその視線に気がついてないって思ってるのかな?

 あんな視線で見られた経験なんてないし、女の子は男の子にどう見られてるかすごく気にしてるから、あくあさんの他の男性とは全く違う視線にすぐに気がついちゃうんですよ。

 ベリルで働いてる女の子達が膨らみがわかる服を着てたり、少し胸元が開き気味の服を着てたりする理由、まさかとは思いますが気がついてないなんて事はないですよね? みんな貴方の視線に気がついてるからこそ、健気にアピールしてるんですよ!!


『バカ……言ってんじゃないわよ。わ、私だって気持ち悪いって言われたのに、この子だって!!』

『揉みたいに決まってるじゃないですか!!』


 だからそんなに揉みたいなら、ここにあるのを好きに揉めばいいじゃないですか!!

 揉みしだいてヨシ! たわませてヨシ! 押してヨシ! 引っ張ってヨシ! これでも垂れないように毎日トレーニングしてるからハリと弾力性だけは自信があるんです!!

 あくあさんがそんなにお母さんに甘えたいなら、ちょっと恥ずかしいけど授……って、そうじゃなーい!


『だから、お母さん! 貴女もこんな立派なものを持ってて、悲しい顔をしないでください! 自分を卑下せずに、このご立派なものを自慢に思ってくれませんか?』


 はぁ、はぁ……あくあさんの演説に引っ張られて思考が変な方へと向かっていました。

 冷静になれ、冷静になるのよ、琴乃! 貴女は大人でしょ!? こんな暴走するあくあさんを守るのが貴女の仕事なの! 頑張れ琴乃、フレフレ琴乃、おーっ!!


『俺は、深雪さんのも、深雪さんのお母さんのも大好きです。だからそれで良いじゃないですか? 胸が嫌いな男なんてこっちから愛想つかしてやればいいんですよ』


 はぁ!?

 深雪さんは担当官だからまだしも、なんでそんなポッと出のお母さんのを揉むんですか!!

 どうせ揉むなら、こっちのにしてくださいよ!! 毎日毎日見られてる私の気持ちとかちゃんと考えてますか? こっちは何かの手違いであくあさんにいつ揉まれてもいいように、毎日クリーム塗ってベストコンディションに仕上げてるんですよ!!


『みんな聞いてくれ! 他の男がなんと言おうとこの白銀あくあは貴女の、貴女達全ての女性の胸を肯定し続けます!! できる事なら俺だって、この胸もあの胸も全部自分のものにしたい。死ぬ時は女の子の胸に埋もれて窒息したらどれだけ幸せなんだろうって考えたりしてるんですよ。わかりますか、この俺の愛と覚悟が!! だからお母さん、俺はね、貴女のその大きな膨らみを全面的に支持しますよ。だって、娘さんに負けず劣らず、貴女はとても素敵な物をお持ちなのですから!! 他の男の需要なんてどうでも良いでしょ。そんなに揉んで欲しかったら俺がいくらでも後で揉んであげますよ。だからもっとみんな自分の胸を労ってください! 自分の胸を誇ってくれないだろうか? 貴女の胸は、貴女達の胸は、唯一無二の最高の胸だって俺が保証します!!』


 はい、もう確定です。

 あくあさんには責任をとって、私のを揉んでもらいましょうか。

 まさか穴が開くほど懲りずに毎日見てて、今更嫌なんて言わないですよね?

 もちろん、あくあさんが本当に嫌ならやめますけど……。こんなに揉みたい連呼するくらいなら、揉んでって言うくらいは罪にならないはずです。だって揉みたいって本人が言うんだもん。


『聞け全ての女性達よ!! 俺はここに、全世界から、この国から、男性から、コンプレックスから抑圧されてきた女性の胸を解放する事を宣言する!! 世界解放宣言? 男性解放宣言? そんな言葉だけのチャチなもんじゃねぇ、これが白銀あくあの女性解放宣言だ!!』


 私は動画の停止ボタンを押す。

 とんでもない事が起こってしまった。

 なんでこうなったのかはわからないけど、これは間違いなくこの国が揺れます。

 SNSを見るとトレンドランキングが女性の胸ばかりで埋め尽くされていました。

 これ会社のSNSにDMで画像送り付けてる女の子たくさんいそう……。SNS対応室のみんな頑張れ……。

 私はニュースサイトのトップページを確認する。



 ・女性解放宣言を受け19時から総理大臣が超緊急記者会見へ。

 ・厚生労働大臣「皆様の生活に直ちに問題はない見通し」冷静になってと呼びかける。

 ・国家機密局の天草しきみ長官が今後の対応を協議。今夜にも緊急会議か。

 ・治安維持のために国家安全保障戦略に基づき各地の自衛隊に対して派遣要請。

 ・男性保護法案急進派の黒蝶揚羽議員は女性解放宣言に沈黙。SNSも更新せず。

 ・ベリルエンターテイメント、事実確認までもうしばらくお待ちくださいとアナウンス。

 ・一時インターネットに障害、ハイパフォーマンスサーバー管理のサイトは落ちずに強さ発揮、無双か。

 ・歴史を変えた白銀あくあ氏の「女性解放宣言」その全文を公開。

 ・各テレビ局は緊急特番放送へ。国営放送は森川アナウンサーと連絡がつかずに困惑。

 ・女性解放宣言を受け、スターズ政府から駐在大使を通して政府に問合せか。



 わーお……。私は見なかったことにしてニュースサイトをそっと閉じる。

 会社に残ってる人たち、ご愁傷様です。

 私は再び掲示板を開くとスレを確認する。

 案の定掲示板はお祭り騒ぎで盛り上がっています。

 ほら、頭の悪そうなレスを早速見つけてしまいました。



 検証班◆THiMPOsuki

 あ・く・あ! あ・く・あ!


 検証班◆07218KADO6

 あーくあ! あーくあ!



 よく見たら知り合いでした……。

 恥ずかしいので見なかった事にします。

 あと国営放送さん、ここですよ。ここにいます。



 ななし

 ティムポスキー早く携帯みろ!


 ななし

 ティムスキは携帯見たほうがいいと思うなー。連絡とかきてなかったりする?


 ななし

 ティムポスキー、携帯。


 ななし

 みんなこんな時でも冷静に優しすぎてクソワロタw



 本当にね。これもう絶対に正体に気がつかれてますよ。

 それでも黙ってくれているのはきっと優しさだと思うんです。

 でも肝心の楓さんはボケてて、全く気がついてなさそう……。



 白龍◆XQshotacon

 あ・く・あ! あ・くあ!


 774◆Hi-P3erver

 あーくあ! あーくあ!



 だめだ……比較的まともそうな人もおかしくなってました。

 私は掲示板をそっと閉じる。

 ん? 誰かから着信がありました。私は受話器のボタンをフリックして電話に出る。


「もしもし……」

「桐花さんですか? お世話になります。深雪ですが……実はちょっとお願いしたい事があってお電話しました」


 あらかじめ事情がなんとなくわかっていた私は、深雪さんからのお願いに快く頷いた。

 私は慌てて家を出ると愛車に乗って国立歴史資料館へと向かう。

 外は思ったより静かでした。ただいつもと違うのは路肩に停めてある車の数です。

 ……みなさんするならちゃんとお家に帰りましょう。昂ってしまったのはわかりますが、それは犯罪ですよ。

 目的地に着いた私は、すぐに男性保護室の方へと向かう。

 何人かの女性が居たので目で威圧して追っ払いました。こういう時にこの目は便利ですね。ほんの少し目を細めるだけで一目散にみんな散っていきますから。


「深雪さん、桐花です。今、到着しました」


 私がそう告げると深雪さんが入り口まで迎えにきてくれました。


「こちらです。どうぞ」


 こ……ここが男性保護室、通路を歩いたことのある女性ですら限られている全女子の理想郷と言われた場所。

 無機質な感じの作りですが、逆にそれがとてもロマンティックに感じられました。

 本当にただするためのお部屋なんだと思うと、すごく胸がときめきます。


「あくあさん……」


 男性保護室の中にいるあくあさんを見て、いろんな思いが入り混じって胸が張り裂けそうになりました。


「貴方の言葉で今、この国は大きく揺れています」


 私はなんとか自分のざわついた心に折り合いをつけ、冷静にただひたすらに淡々と話を進める。


「あくあさん、ひとまず家に帰りましょう。一旦世間が落ち着くまで学校にもお休みの連絡を入れて、仕事もキャンセルして……」

「桐花さん、お願いがあります」


 私の言葉をあくあさんが遮る。


「あいつらを……とあと、慎太郎と先輩を呼んでくれませんか? 3人にはまた迷惑かける事になるけど、あの曲を演るにはあいつらが絶対に必要なんです」


 真剣なあくあさんの表情を見て、私の心がとくんと跳ねる。

 あぁ、この人は今から自分の言葉に、発言に責任を取ろうとしているんだ。

 そうと覚悟を決めたあくあさんに、私が手伝ってあげられる事は一つしかない。


「……わかりました。きっと社長ならそう言うと思うから、だからあくあさんは、あくあさんのやりたいようにやってください」


 私はあくあさんを連れて駐車場へと戻る。

 途中で深雪さんに私も連れて行ってくれませんかとお願いされて、どうしようかと迷ったけど、あくあさんの深雪さんも一緒にという一言で連れて行く事を決めた。


「こちらです。桐花さん!」


 首相官邸に到着した私達は、先にこちらに来ていたベリルのスタッフに誘導されて建物の中へと入る。


「あくあ君、良く来たね。他の子達ももう来てるよ」


 用意された控え室に入ると、とあちゃん、黛さん、天我さんの3人はもちろんのことモジャさんや本郷監督、阿古社長も来ていました。


「悪いみんな、休みなのに俺のせいで集まってもらって、本当にすまないと思ってる。でも……目の前で苦しんでいる人がいて、俺にはそれを見過ごす事ができなかったんだ。だからみんな、俺に協力してくれないか? 世の中の女性にもっと自信を持ってもらうために、あの曲を歌おうと思ってる」


 あの曲……私がとあちゃんから聞いた話によると、ハロウィンイベントの後、4人で天我先輩の家に集まった時に作った曲だと聞きました。

 あのイベントを経て、みんな何か思うところがあったのでしょう。とあちゃんも心なしか、以前より大人っぽくなった気がしました。


「あくあ……言いたい事はあるけど今はいいよ。でも後でわかってるよね?」


 とあちゃんは、そう言うとあくあさんとハイタッチする。

 おそらくは妹さんの事を言っているのでしょう。わかりますよ、そのお気持ち。


「後輩、お前の進む場所が俺たちの行くところだ。いつだって我らの道は繋がっている」


 天我さんもとあちゃんに続いてあくあさんにハイタッチする。

 何も知らなければ良い言葉を言ってるなと思うけど、ヘブンズソードの台詞です。ありがとうございました。


「あくあ……お前そうだったんだな……」


 黛さん? 何やら黛さんの様子がおかしいような気がするけど大丈夫でしょうか?


「お前の演説、心に響いたよ」


 えぇっ!? 流石にその言葉にはみんなもびっくりです。

 あくあさんはびっくりしちゃだめですよ。貴方が言った言葉なんだから。


「実は俺も……好きなんだ。女性の……その……胸が……」


 ええええええええええええええええええええええ!?

 まさかの衝撃の告白に、声にならない声が部屋の中に響き渡る。

 あくあさんは黛さんに近づくと、涙を流しながら力強くハグした。


「慎太郎……! お前は……やっぱり俺の親友だよ!! 俺とクラスメイトになってくれて、本当にありがとう!!」


 せ、折角の男の子同士の友情シーンなのに、感動して良いのかどうかものすごく複雑な気持ちになる。

 でも何人かの女性は、よかったねあくあ君、慎太郎君もそうだったんだねとか涙をこぼしながら優しい顔で見守っていた。え? やっぱりこれって良い話なんですか?


「後輩……実は我も女性のお尻がだな……」


 天我さん!? 今の発言で何人かの女性が一斉にお尻を向けました。そこ自重なさい!! わざと落とし物を拾うようにお尻を突き出してるのはアウトですよ、アウト!


「言っておくけど、僕はそういうの絶対にノーコメントだからね」


 と、とあちゃんは冷静でよかった。とあちゃんまで変なこと言い出したら収拾がつかなかったかもしれません。

 あぁ……なんだかもう今日は色々ありすぎて訳がわからなくなってきました。

 とりあえず私も場の雰囲気に呑まれて拍手しておきます。

 その後、総理大臣と玖珂理人さん達を交えて綿密に打ち合わせをしました。


「さぁ、そろそろ時間だ。行こうか!」


 いよいよ記者会見の時間です。

 あくあさん達は記者会見に出演するために、控え室から出ていきました。

 私達はそのまま控え室に残ると、備え付けの大型テレビで記者会見を見守ります。


『国民の皆様、こんばんは、白銀あくあです』


 あくあさんの会見が始まりました。


『今ネット上に出回っている女性解放宣言の動画について、全てが私自身の発言である事を認めます。不用意な発言で、世間をお騒がせして申し訳ありませんでした』


 あくあさんは綺麗な角度で頭を下げる。

 すごい、下手な政治家の人達よりよっぽどお辞儀が綺麗だ。

 これも小雛さんに仕込まれたのかなと思うと、なんだか可笑しくなってきちゃいます。

 だって、そもそもこれって真面目に謝罪する必要なんてあるんですか?

 誰も損してないし、傷ついてなんかないよね?


『謝らないでー!』

『私達はあの言葉に救われたわ!』

『頭を上げてー!』

『あくあ様ー!』


 あの……貴女達ってマスコミの人ですよね?

 間違ってファンの人達きちゃいました?

 うん。慌てて首相官邸の人がチェックしに行きましたが、全員無事に? 報道用のIDをぶら下げていたらしいです。


『でも、私はあの発言について後悔もしていませんし、撤回をするつもりもありません。何故なら、この国はたくさんの素敵な女性達で溢れているのに、なんでみんなそんなに自信がないのか、そう考えているうちに段々と赦せなくなったからです』


 やっぱりあくあさんは反則です……。

 そんなかっこいいお顔でそんなこと言われたら、どんな女性だってときめいてしまうに決まってるじゃないですか。


『だから皆さんが素敵だって事を、この歌を通じて伝えさせてください! only star!』


 全放送局のカメラ視点が本郷監督のものへと変わる。

 おそらく首相官邸で歌うアイドルは、後にも先にも貴方達だけでしょう。


『誰かが君の代わりになんてなれない。君は僕のdear family!』


 イントロと共に最初は4人でマイクを持って歌うと、あくあさんにカメラが寄っていく。


『暗がりを優しく照らす夜空に輝く、たくさんの星を見上げた』


 あくあさんは記者会見場から通路へと出た。

 そこで隣から出てきた黛さんにスイッチする。


『煌めくように瞬く星もあれば、淡く光る星もあるね』


 黛さんがそのまま逆方向へと向かうと、途中ですれ違った天我さんとハイタッチする。

 カメラはそのまますれ違った天我先輩を追っていく。


『こんなにたくさんの星が宇宙(そら)にあって、決して同じ輝きのものは存在してない』


 宇宙と書いてそらと読む。ここのフレーズは絶対に天我さんが考えた歌詞だと思いました。

 立ち止まって歌う天我さんの後ろからとあちゃんが顔を出す。可愛い!! 


『一つ一つに違った光があって、だからこんなにも空は綺麗なんだよ』


 とあちゃんはマイクを持って軽くステップを踏みながら後ろ向きに前に進む。

 あ、あ、前向いて歩かなきゃ危ないよ! あ、ぶつかる!

 もちろん演出です。とあちゃんの事を黛さんが優しく抱き止める。


『いつだって君が愛してくれたって事を、僕達はちゃんと知ってるよ』


 黛さんがマイクを持って歌っていると、そこに天我さんがマイクを持って参戦する。


『それなのに君は、なんで自信なさそうに顔を曇らせるの?』


 そして天我先輩が歌っている後ろからあくあさんがやってくる。

 これで全員が揃いました。


『ほら、一緒に笑い合おう』


 全員の声が重なる。4人の綺麗なハーモニーに心が安らぐ。


『君は世界に1人だけしかいないfamily、僕達にとっての大切な人なんだ。だからもっと自分の事を好きになろう。僕達が愛を送るよ』


 この曲を作ったきっかけ。なんでこの曲を作ろうと思ったのか、とあちゃんから聞いた話を思い出す。

 ハロウィン・ナイトフェスティバルを経て、4人はそれぞれに思うところがあったと聞きました。

 支えてくれた家族が自分達にくれた愛、そして支えてくれているファンのみんながくれる愛。

 家族への感謝の気持ち、ファンへの感謝の気持ち。

 その全てを込めるように作られた曲がこの曲だと聞きました。


『道に迷って困った時、君の光が僕達を元気にしてくれるんだ』


 天我さんには好きな人がいると聞きました。

 その人と最初はうまくいかなくて、家族からも逃げるように東京に出てきたと……。

 だからこそ、みんなのおかげでこうやって家族と接する事ができて嬉しいと言っていました。


『いつだってそうやって、暖かく僕達を見守ってくれたよね』


 とあちゃんは女性に襲われた経験から引きこもっていたと聞いています。

 でもそんな時も、ずっと家族が僕を支えてくれたと言っていました。

 だから今度は、自分がみんなを助けられるように強くなるんだと言っていた事を思い出す。


『どんな時も無償の愛で僕達を明るく照らしてくれる。だからずっと寂しくなかった』


 あくあさんが記憶喪失だという話は聞きました。

 だから家族とどう接して良いか最初はわからなかったそうです。

 それでもお母さんはいつだって普通にそこにいてくれた。カノンさんと結婚した後に、そのありがたさに気がつく事ができたと言っていたのをよく覚えています。


『僕達はそんな君にずっと甘え続けていたんだ。だから今度は僕達が、君を明るく照らしたい』


 黛さんはお母さんと2人で留学した時は、思春期だった事もありいっぱい迷惑をかけたそうです。

 それでも自分のために一緒に異国の地にまでついてきてくれた母親の愛に気がつく事ができたと……。

 お母さんに対して素直になる事ができたのはみんなのおかげだと言っていました。


『頑張った君が俯く必要なんてないんだよ、もっと自分の事を誇ってあげて』


 とあちゃんはマイクを手に持って歌う。そのマイクに向かってあくあさんも歌いかける。


『みんなでいっぱいたくさん笑い合おう。今から君の手を引いて背中を押すよ』


 そして再び4人の声が重なる。


『さぁ、顔を上げて笑顔を見せて』


 私の頬を一筋の涙が伝う。

 亡くなったお母さんの事を思い出して、少しセンチメンタルな気持ちになったのかもしれません。


『今度は僕達が君を明るく照らす番だ。今から君を世界でたった1人の素敵なレディにする。そのために今日も愛を囁くよ。君が自分を愛せないなら僕達に愛させて』


 だめ……今日は休日だけど、今は仕事中。

 それなのにもう涙が止まらなかった。

 あくあさんがマイクを持って私たちに、私に向けて歌う。


『世界のどこを探しても、君はこの世界に1人しかいないんだよ』


 あくあさん……私、あくあさんに会えてよかった。

 お母さんが亡くなって、寂しさを誤魔化すように生きてきて、それでもどこか寂しくて、その隙間を貴方が埋めてくれたんです。


『だからもっと胸を張ろうよ。君は僕達のspecial one!』


 4人が私たちに向けて指をさす。

 基本的に彼らは誰かに対して指をさすことはないのですが、これはなんか、もう……反則ですよ。

 良いんですか? みんな貴方達に本気になっちゃいますよ?


 少なくとももう私のこの気持ちは止められません。


 可愛い服を着よう?

 どうやってアピールすれば良いのかな?


 そんな事を考えている時点でダメだったんですよ!!

 はっきり言って、あくあさんは超がつくほどの鈍感です。

 そんな相手にチマチマしたって意味なんかありませんよ。

 押して、押して、押しまくらないと、肝心なところで奥手っぽいあくあさんは落とせません。

 身近に居た私ならわかってたはずなのに、何やってるんですか!

 覚悟しておいてくださいね。なんて言っておいて、覚悟できてなかったのは私の方です。

 もう回りくどい事は止めにしよう。

 私は今日この後、あくあさんに本気の告白をする。

 そしてそれはきっとここについてきた深雪さんも同じ気持ちだ。


「どっちかが結ばれても恨みっこなしですよ」

「もちろんです。私も負けませんから」


 私は深雪さんと固く握手を交わすと抱き合った。

 どういう結果になったとしても受け入れる覚悟はもうできている。

 私がダメだったとしても深雪さんと結ばれるならそれでもいい。

 頑張ったってきっと自分を褒める事ができるから。

 胸を張りなさい琴乃、私の胸には誰にも負けない世界にたった一つの大きなものがついてるでしょ。


 だから、早く貴方に告白させてください!!

 あくあさん、私はやっぱりあなたの事が大大大大大好きです!!

すみません。遅くなりましたけど、真決勝戦の方をfantia、fanboxにて掲載しております。

上のサイトはたまにキャラ絵あり、下のサイトはキャラ絵なしです。


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