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白銀あくあ、解放宣言。

 今日は深雪さんとデートの日だ。

 とはいえ、俺も今やテレビに出る芸能人の1人、自分が有名人であるという自覚はある。

 流石にこのまま普通にデートするわけにはいかないので、ペゴニアさんに頼んで変装させてもらった。


「ふぅ、我ながら完璧です」

「あわわわわわ、あくあがますます王子様っぽく……」


 パーマがかかった金髪のウィッグと黒縁の眼鏡か。カラコンも入ってるし、外国人ぽいなって雰囲気がする。

 前髪のおかげで顔も少し隠れてるから、これで大丈夫だろう。


「ペゴニア本当にこれで大丈夫? 確かにあくあとは違うけど、確実に騒がれると思うんだけど……」

「だからと言って、初めてのデートが女装姿では深雪さんが可哀想でしょう」

「確かに……って、私の初めてのデート、あくあは女装姿だったんだけど!」

「お嬢様……こまけー事を気にするメスはモテませんよ」


 カノンとペゴニアさんは相変わらず仲がいいなぁ。

 2人は俺に背を向けて何やらヒソヒソと話していた。


「それじゃあ行ってくるわ」

「あ、うん……気をつけてね」

「行ってらっしゃいませ、旦那様」


 俺は家を出るとバイクを走らせて目的地付近へと向かう。


「ちょっと早かったかな?」


 待ち合わせ時間より早く着いたけど、遅くなるよりかは全然いいだろう。

 駐車場にバイクを預けた俺は、待ち合わせ場所近くの自動販売機で温かい飲み物を買って深雪さんの到着を待つ。

 カノン以外とデートするのは少し変、というか本当に大丈夫なのかなぁ、いいのかなぁって気分がするけど、今日は余計な事は考えずに、深雪さんとの事を1番に考えよう。

 それが真剣な気持ちで俺に告白してくれた深雪さんと、俺の事を考えて深雪さんと向き合って欲しいと言ってくれたカノンに対してできる最大限の敬意だ。


「ねえ……あれって……」

「やば、前髪とメガネで顔がよく見えないけど絶対かっこいいでしょ」

「うっ! 立ってるだけなのに、フェロモンがですぎて鼻血出そう」

「あ、あれって伝説の立ち……って奴ですか?」

「ばっか、そんなのいるわけないだろ!」

「通帳と現金、クレジットカード全部渡せば足りるかな?」

「やめとけやめとけ、私達みたいな牛女を相手にしてくれるわけないだろ」

「牛女だけどあくあ様には需要ありますー!」

「ネットの噂を間に受ける奴乙、あくあ君に失礼でしょ」

「あの体型……まさか!? でも変装してるって事は……? なるほど、わかりました。空気読めってことですね。あーくあ!」

「まーた、1人で無防備にうろうろしちゃって、流石にもうちゃんと警備はいるよね? とりあえず暇……心配だから掲示板の民として変な奴に襲われないように見守っとこ」


 なんかやたらとチラチラ見られてる気がするけど、やっぱり男だから珍しいのかな?

 この世界で外を出歩いて男性を見かける機会はそんなに多くないけど、それでも以前よりかは確実に増えてると思う。それこそここ暫くは1回外にでれば1人には確実に遭遇できる。送迎してくれる車の中から、デートしている男女を見た事もあった。

 これは男性側も徐々に変わっていってる兆しなんじゃないかな?

 ハロウィンイベントにも、はじめ以外に2人ほど来てくれていたし、そのうちの1人、ナイスミドルの優しそうなおじさんは俺の知っている人で嬉しかった。後で楽屋に来てもらって少しお話ししたけど、すごく穏やかな人でなんというか空気がほんわかする感じの人だったな。

 もう1人の髭のおじさまは、とあと俺がサインを書くと膝から崩れ落ちるように泣いてちょっとびっくりしたけど、あの人も悪い人じゃないと思う。ちょっと変わってるような気はしたけど……気のせいだよな?


「はぁ……はぁ……」


 息を切らす女性の声が聞こえてきた。もしかして深雪さんかな?

 俺はそちらの方へと視線を向ける。その瞬間、呼吸が止まりそうになるほどの衝撃を受けた。

 何がとはあえて言わない。ただ、そう、ただひたすらに俺の眼の前で、二つの柔らかな塊が縦横無尽に乱れ、揺れ動いていらっしゃる。ああ……! なんという光景だろう……。

 できる事ならこの記憶を永遠に頭の中に刻みつけたい! ありがとう! ありがとう! 俺は心の中で何度も感謝の言葉を述べた。


「すみません、遅れました。もしかして待ち合わせ時間を間違えてお伝えしていましたでしょうか?」


 深雪さん……前屈みになるのはダメです。都の条例に違反して逮捕されても仕方ないですよ。

 あなたが膝に手を置いて、上目遣いになっただけで健全な男子高校生の頭の中がその事しか考えられなくなってしまいます。


「大丈夫ですよ。俺もさっき来たところですから。それと時間は間違ってませんでしたよ。俺が先に来ていたのは、このデートを楽しみにして待ちきれなかったからです」


 一部分がやたらと伸びているニットの状態をまじまじと観察する。これは男としての義務の一つだ。

 むしろ見ない方が失礼というか、ニットのリブ編みの生地が横に伸びて傷んでないか確認するのは男としての仕事みたいなもんだからね。ふぅ……それにしてもかなりパンパンだな。これだけでも十分に魅力的なのに、深雪さんは走ってきたせいか、ニットの一部に汗しみができていた。

 あのさ……深雪さんは流石に無防備すぎるよ。例えこの世界の男が俺の知ってる男とは違ったとしても、これで反応しない男が1人もいないなんて事は流石にないだろ。いや、ないと思いたい。これを見て、うずうずした気持ちにならないのは相手に失礼だろ!!


「す、すみません、朝からお見苦しいものを……」


 深雪さんは俺の視線で気がついたのか、ニットの汗ばんだところを隠そうとした。

 俺はそんな深雪さんの両肩に手を置いて、できる限り穏やかで優しげな表情を取り繕う。

 そう、あくまでも自然に、それでいて邪な気持ちなど一切ないという曇りの無いスマイルで話かけた。


「深雪さん、何を言っているんですか? お礼を言わなければいけないのはむしろ俺の方です。持て余した二つの果実が縦横無尽に揺れる姿、しかとこの目に焼き付けました。あぁ、なんて俺は幸せ者なのだろう。生きててよかった……! 朝から俺をほっこりとした気持ちにさせてくれてありがとうございます。深雪さん!」


 純粋な白銀あくあ個人としての気持ち、感謝の言葉を深雪さんに伝える。

 俺がファンに歌や演技、ダンスなどで笑顔を届けるように、深雪さんもその膨らみで俺を元気にしてくれた。

 疲れた俺の心を癒やし、明日からもまた頑張ろうという気持ちになる。

 あぁ、やはり女性の胸は素晴らしいな。

 もし俺が総理大臣なら、全ての女性に、全男子を代表して国民栄誉賞をあげたいくらいだ。ありがとう。女の子に産まれて来てくれて!!


「えっと……こちらこそ、あ、ありがとうございます……? そ、それでは行きましょうか」

「あ、はい」


 今日のデートプランを考えてくれたのは深雪さんだ。

 私がしっかりとリードしますから楽しみにしててくださいと言ってたけど、一体どこに連れていかれるんだろう?

 深雪さんの後について歩いていく一つの大きな建物が見えてきた。

 えーと、なになに、国立歴史資料館? おぉ〜、いかにもって感じがする。

 俺たちはそこの常設展示会場へと向かう。そこでは男子の数が減少した歴史を展示しているらしい。


「奥様とも話したのですが、ここならデートをしながら学ぶ事ができるのではと思いました」


 そっか、カノンと深雪さんは俺が記憶喪失だって知ってるから、2人は俺のそういうとこも考えてくれたのか。

 俺も軽くは学校の授業で知ってるけど、アイドル白銀あくあとしてやろうとしている事を考えると、より深く知っておくというのは重要な事かもしれないな。


「ありがとう深雪さん。俺の事を考えてここに連れてきてくれたんだね。嬉しいよ」


 俺は深雪さんに手を伸ばす。

 深雪さんはその意図がわからずに戸惑った表情を見せる。


「深雪さん、せっかくのデートなんだから、よかったら手繋がない?」

「手!? は、はい!!」


 俺がそう言うと深雪さんは両手で握手するように俺の左手を握った。

 いやいや、深雪さん俺は選挙活動中の議員さんじゃないですよ。俺は深雪さんの手を解くと、深雪さんの指を自らの指に絡めるようにして手を繋ぐ。いわゆる恋人繋ぎって奴だ。

 普段はクールな深雪さんの顔がほんのりとピンク色に包まれる。


「あ、手が汗ばんでたらごめんなさい」

「こっちこそ緊張で汗かいてたらごめんね」


 はっきり言って、女の子はもっと汗を掻くべきだと思う。

 女の子特有のフェロモンの入り混じったあの汗の匂いはもはや至高の香水としか言いようがない。ただ臭いだけの男の汗とは違うんだよね。それこそカノンが着ていた体操服の匂いを嗅いだ事があるが、本当に最高だった。でもそれを偶然にも目撃してしまったカノンに、流石にそれは恥ずかしいからやめてと体操服を取り上げられちゃったんだよね。解せぬ……。

 女の子ってなんであんなに匂いを嗅がれるのを嫌がるのだろうか。臭くなんてないのにな〜。むしろ臭かったとしても男子にとってはご褒美みたいなもんでしょ。


「えーと、最初はここからかな?」

「はい」


 はっきり言って最初の辺に書かれた歴史は俺の知っている歴史と全く同じだ。

 だからここら辺は流し見する。ちなみに深雪さんは歴史に滅茶苦茶詳しかった。


「あくあ様、ご覧ください。ここが丁度、歴史の転換点になります」


 1300年代、ちょうど室町時代初期の頃だ。

 世界で猛威を振るい始めた疫病、その疫病を広めたのは宇宙から降り注いだ多くの隕石が原因だったとされている。

 その疫病は男性に対して強い感染力を発揮し、最初はゆっくりと蝕み、確実に男性の数を減らし続けていった。

 それに合わせるように男性の出生率も緩やかに低下していく。

 先に進み明治時代にまで行くと男性の比率は今と同じくらいに落ち着き、それ以降は綺麗に横ばいになっていた。


「そしてこれがその隕石の1つ、我が国に落下したものになります」


 今、俺の目の前には、この国に落ちてきた隕石が展示されている。

 大きさは人間の顔くらいしかないが、これが世界中に降り注いだ事でこの世界は俺の世界とは違った歴史を歩み始めた。

 にわかには信じがたい話だが、事実として世界がそうなっているのだから認めるしかない。


「こうして世界は男性の数がこれ以上減らないために、男性保護と救済のための世界協定を結びました。この時、演説した各国首脳の宣言は、世界を争いから解放した世界解放宣言、または男性を争いの種から解放した男性解放宣言と呼ばれています。まぁ皮肉なんですけどね」

「皮肉?」


 俺は首を傾ける。


「はい。実際はスターズ正教のように男性保護や救済を名目にして、男性を管理しようとする動きを国の方針として行っている所もありますし、確かに大きな戦争は無くなりましたけど、国内の男性をめぐる争いはむしろ苛烈になっています。つまり、本当は何も解放されてないんですよ」


 なるほどね。だから皮肉か。

 続いて世界の男性保護や法律について書かれた展示資料を眺める。

 うん……改めて俺はこの国に生まれてよかったなと思った。

 自由の国ステイツとか先進国スターズとか言ってるけど、この国の自由はそんなものじゃない。

 根っこの部分にあるのほほんとした緩さと過保護な国民性が、この国の男性保護法案にもよく出ている。

 まぁ、そのせいで増長しちゃう男子や、甘えきった男子が増えちゃったんだろうけど、それはそれで仕方のない事だ。世の中、メリットもあればデメリットもあるんだから、たった1つの正解なんて存在しない。

 少なくとも俺はこの国でよかったと思った。もし他の国に生まれてたら、きっとアイドルなんてできなかっただろうな。


「ありがとう深雪さん。すごく勉強になったよ」

「こちらこそ……あの、途中でよく考えたら、その……退屈じゃなかったでしょうか?」


 俺は首を横に振る。


「深雪さんが俺の事を考えて連れてきてくれたのに、退屈だなんて思うわけがないよ。むしろすごく嬉しかった。ありがとう」


 俺がお礼を言うと、深雪さんは嬉しそうにはにかんだ。

 その顔を見て俺の心臓がドクンと跳ねる。


 ……いいな。


 すごくいいなと思った。

 ほんの少しぎこちなくて、笑い慣れていない感じにキュンとする。

 この人の、深雪さんの笑顔をもっと見たいなと思った。


「えっと、それじゃあ、今日はありがとうございまし……ひゃっ! あ、あくあ様!?」


 俺はデートを終わらせようとした深雪さんの腕を引っ張って抱き寄せる。


「深雪さんは、俺とこれ以上一緒にいるのは嫌?」

「そ、そんな、滅相もない! 本当は私だってもっと一緒にいたいです」

「それじゃあ、なんで帰ろうとしたの?」

「だって、私とこれ以上いても退屈かなって思ったから」


 深雪さんの表情に影が落ちる。

 以前から深雪さんは自分を卑下する言葉が多かったけど、なんでこんなにも自分に自信がないんだろう。

 俺は深雪さんの素敵なところをいっぱい知っているけど、深雪さんは多分自分が素敵だって事に気がついてない。

 もしくは、誰かが彼女に闇を落としたんだ。それが心のどこかに引っかかって、自分が肯定できなくなってる。そんな気がした。


「俺はね。深雪さんと一緒に居て、退屈だなんて思った事は1度もないよ。それに今だって、ここで深雪さんとお別れしたくないから、もっと深雪さんと一緒にいたいから引き止めたの、ちゃんとわかってる?」

「私ともっと一緒に……」

「うん。だからどこか近くにご飯食べにいこっか」

「は、はい!」


 この辺だと、どこがあるのかな?

 ま、適当に外うろついて食べれるところを探すのもいっか。

 そういうのを2人で相談しながら決めるのも結構楽しいしね。


「じゃあちょっと、俺トイレ行ってくるから待ってて」

「あ、それじゃあ私もお手洗い行ってきます」


 ふぅ……男子用のトイレってどうしてこんなに遠いんだろう。

 俺はお手洗いに行くと慌てて元いた場所へと戻る。

 するとその途中で、同じくお手洗いから戻ってきたのであろう深雪さんをロビーで見かけた。

 おーい! 俺が深雪さんに声を掛けようとした瞬間、俺じゃない誰かが深雪さんに声を掛ける。


「結、久しぶりね」


 誰だろう? 俺は咄嗟に物陰に隠れて様子を伺う。

 下の名前で呼ぶってことは相当親しい仲だろうとは思うけど……。


「お母さん……どうしてここに?」


 お母さん!?

 なるほど……確かに間違いなく深雪さんの遺伝子だと、俺はとある一箇所を見て確信に至る。

 親子共々、本当に素晴らしいものをお持ちで何よりです。


「仕事で来てただけよ。貴女こそ久しぶりね……こんなところで何をやってるのかしら?」


 んん? なんかお母さんの言葉から刺々しさを感じるな。

 余計なお節介かもしれないけど、もしかしたら深雪さんは、お母さんとあまり良い関係ではないのだろうか?


「わ、私はその……デートで……」

「は?」


 深雪さんのお母さんは、深雪さんの事を鋭い目つきで睨みつける。

 お母さんに睨みつけられた深雪さんは、青ざめた顔で体を小さく震わせた。


「あんたみたいな子とデートしてくれる男なんているわけないでしょ。もしそんな男がいたとしたら、貴女きっと騙されてるわよ」


 お母さんは深雪さんの手首を掴む。

 深雪さんは恐怖で手を振り払う事は出来なかったけど、なんとか足に力を入れてその場に止まる。

 それが深雪さんにできる唯一の抵抗だった。


「結! 騙されて私のようになりたいわけ!? さっさと帰るわよ!!」


 恐怖で縮こまる深雪さんをお母さんは更に怒鳴りつける。

 これは良くない。俺は様子見を止めると、お母さんの方へと声を掛けた。


「待ってください、お母さん」

「お母さん? って、貴方……男!?」


 深雪さんのお母さんは俺の事を見て驚いた表情を見せる。

 それと同時に、深雪さんのお母さんは、俺から庇うように深雪さんの体を自らの背中に隠した。

 やっぱりな……この人、口は悪いけど、本当は根っこの部分でちゃんと深雪さんの事を考えている。

 でもそれを素直に表現できないというか、自分の心を見せるのが不器用なんだ。


「今、深雪さんとデートさせてもらっている者です。俺は決して深雪さんの事を騙そうとか、誑かそうなんて思っていません。それくらい真剣に深雪さんとの事を考えています。だからデートを続行させてもらえませんでしょうか? お願いします!!」


 俺は深雪さんのお母さんに向かって頭を下げた。


「な……何を……な、ななな名前も言えないような人、信用できるわけないでしょ!!」


 確かにお母さんの言う通りだ。そしてこの言葉で俺は確信する。この人は本当にちゃんと深雪さんの事を心配しているんだ。だったら俺も真剣にこの人と、深雪さんのお母さんと向き合わなければいけない。

 ふぅ……ごめんね、ペゴニアさん。頑張ってセットしてくれたのに。

 俺は黒縁眼鏡と頭に被っていたウィッグを外した。


「ぎゃああああああああああああ!」

「あくあくあくあくあ様が、こんなところに!!」

「え? ちょっと待って、あれCGかなんか?」

「やばいやばいやばい、生のあー様見るの初めてなんだけど」

「ほえ〜、まさかこんなところであくあ君が見られるなんてなんかご利益あるかも、拝んどこ」

「こちらシスター、本部どうぞ。至急、警備員の増員をお願いします。あーくあ!」

「掲示板の民としてあくあ様の安全は私が守る!! あと、姐さん早く来てって書き込みしとこ」


 あ、そういえばここロビーだった。

 大勢の無関係なお客さん達に俺の正体がバレる。

 でもまぁ仕方ないよね。


「深雪さんのお母さん、初めまして。白銀あくあと言います。挨拶が遅れてすみませんでした。今日、深雪さんにお願いしてデートしてもらったのは俺の方なんです」


 俺は深雪さんのお母さんに軽く会釈すると、軽く事情を説明する。

 流石に深雪さんが担当官だとは周囲の人達に知られたくなかったので、お母さんの耳元で小声で囁いた。


「結が……あくあ様の担当官……?」


 深雪さんのお母さんは、自分の娘が担当官の仕事をしていたのは知っていたみたいだけど、俺が担当だった事は知らないようだった。


「ふ、ふざけるのも大概にしなさい!! 貴方みたいな素敵な男子が、うちの娘の事を好きになるわけなんてあるわけないじゃない!! ましてやこんな……私と同じ牛みたいな胸の女、貴方だって、本当は心の底で気持ち悪いって思ってるんでしょ!!」


 深雪さんのお母さんの言葉に、俺はピタリと固まる。

 今……なんて言いました?


「お母さん、ちょっといいですか?」


 俺の低い声に反応して、深雪さんのお母さんだけじゃなくて、深雪さんや周囲の人達も同じように体を震わせる。

 もし、俺がまだ黒縁眼鏡を掛けていたら、慎太郎のようにかっこよくクイッと持ち上げていた事だろう。


「牛みたいな胸の女が気持ち悪い? そんな事、一体誰が言ったんですか?」


 俺は拳を強く握りしめた。握りしめた拳から血が滲み、地面へと滴る。


「大きな胸が気持ち悪い? とんでもない!! いいですか? 男も女も老人も赤ちゃんも、元はと言えばね、その胸から命の源を貰って大きくなってきたんです!! 大きな胸は大いなる母性の象徴と言っても過言ではありません!!」


 もちろん中には母乳を飲まない子だっているけど、ここでそれを言うのは野暮ってもんだ。

 少なくとも俺だって前世じゃ飲んでないし、今世で飲んだ記憶もないからね。

 だからこそ俺は、ここまで女性の胸に恋焦がれているのかもしれないな。


『母さん……いくらなんでも開き直りすぎでしょ』


 俺が実家に住んでた頃、間違って母さんがらぴすのプリンを食べてしまった事があった。

 らぴすが学校から帰ってきた時にと俺が作って冷蔵庫で冷やしていたプリンを、母さんが普通に食べてしまったのである。それを母さんに問い詰めると、母さんは開き直って認めたのだ。


『あくあちゃん、良い? 時に開き直って全てを認めることも大事なのよ!!』


 母さん……今考えてもしょうもないなって思うけど、ちょっとだけその気持ちわかるよ。

 人生開き直るって事は大事なんだね。


「俺は女性の胸が好きだ」


 その言葉を外に吐き出した時、俺の顔はすごく良い顔をしていたと思う。

 女の人の胸が好きなんて、お前マザコンかよ。そう思われると思ってたからずっと言えなかった。

 誰にだって知られたくない事の一つや二つあるよな。

 だから俺はずっと自分の心に嘘をついて、誤魔化して、隠し続けてきたんだ。


「もちろん俺は大きいのが好きです。でもね、小さいのも実は同じくらい好きなんですよ」


 俺はスッと2人から視線を逸らす。

 視線を逸らした先には、お母さんと一緒に歴史資料館にきていた中学生くらいの女の子がいた。

 スバルちゃんと同じくらいのサイズ感を見て心が温かくなる。


「わかりますか、この俺の気持ちが……小さいのが好きなんて言うと軽蔑されると思ったから、ずっと言い出せなかった。でもね、俺は小さいのにもちゃんと惹かれているんです。妹のらぴすはもちろんのこと、とあの妹のスバルちゃんも、それはもうちゃんと妄想の中で使わせて貰いました!!」


 以前、妹のを見て心を落ち着けていたなんて言ってたけど、あんなん嘘に決まってるだろ!!

 くそっ……! こっちは真面目な話をしてるのに、余計な事を考えそうになった。


「でもそれとは別に、やっぱり大きいのは男にとってのロマン、そう理想郷なのです。見比べてください、この俺の掌と深雪さんのものを!! 確実にこの手では収まり切らないでしょ。くっ、なんて母性の塊なんだ! マザコンだって罵られても良いから甘えたい、この胸に!!」


 苦悶の表情を見せる俺に、深雪さんのお母さんはゆっくりと口を開く。


「バカ……言ってんじゃないわよ。わ、私だって気持ち悪いって言われたのに、この子だって!!」

「揉みたいに決まってるじゃないですか!!」


 俺は深雪さんのお母さんの声を遮るように腹の中ら自分の気持ちを振り絞った。


「だから、お母さん! 貴女もこんな立派なものを持ってて、悲しい顔をしないでください! 自分を卑下せずに、そのご立派なものを自慢に思ってくれませんか?」


 そっか……この人も、自分が大きかったから、深雪さんがそうなるってわかってたから……。

 俺は深雪さん達の過去を直接知ってるわけではない。

 でもこの胸が、俺にこの2人の関係をそっと語りかけてくれていた。


 いいか白銀? アキオは女性の胸に気をつけろと言ったが、女の子の胸は全てを解決する。その言葉を忘れるなよ。


 ジョージ先輩!! 貴方の言葉を今思い出しました!!


 白銀、胸の声に耳を傾けろ。女性の女と会話してこそ、真のマイスターと言える。


 ノリオ先輩!! これが女性の胸と会話するって事だったんですね!


 聞こえる……聞こえるよ。世界中の女の子達、その胸の声が!!

 羞恥心を捨て、全てを曝け出した事で、俺は今間違いなく覚醒した。


「俺は、深雪さんのも、深雪さんのお母さんのも大好きです。だからそれで良いじゃないですか? 胸が嫌いな男なんてこっちから愛想つかしてやればいいんですよ」


 俺はロビーにいるすべての女性を見渡す。


「みんな聞いてくれ! 他の男がなんと言おうとこの白銀あくあは貴女の、貴女達全ての女性の胸を肯定し続けます!! できる事なら俺だって、この胸もあの胸も全部自分のものにしたい。死ぬ時は女の子の胸に埋もれて窒息したらどれだけ幸せなんだろうって考えたりしてるんですよ。わかりますか、この俺の愛と覚悟が!! だからお母さん、俺はね、貴女のその大きな膨らみを全面的に支持しますよ。だって、娘さんに負けず劣らず、貴女はとても素敵な物をお持ちなのですから!! 他の男の需要なんてどうでも良いでしょ。そんなに揉んで欲しかったら俺がいくらでも後で揉んであげますよ。だからもっとみんな自分の胸を労ってください! 自分の胸を誇ってくれないだろうか? 貴女の胸は、貴女達の胸は、唯一無二の最高の胸だって俺が保証します!!」


 もうここまできたらヤケクソだ!

 俺は拳を力強く振り上げた!!


「聞け全ての女性達よ!! 俺はここに、全世界から、この国から、男性から、コンプレックスから抑圧されてきた女性の胸を解放する事を宣言する!! 世界解放宣言? 男性解放宣言? そんな言葉だけのチャチなもんじゃねぇ、これが白銀あくあの女性解放宣言だ!!」


 決まった……!

 もはや後には引けない。

 本当は途中からめちゃくちゃ恥ずかしかったけど、それでも最後までやりきった。

 だってこんな事でみんなが笑顔になってくれるなら、コンプレックスが解消されるなら、俺は喜んで羞恥心なんてものをドブ川に捨て去ってやるよ。


「うわあああああああああああ!」

「あくあ! あくあ! あくあ!」

「白銀あくあ最強! 白銀あくあ最強! 白銀あくあ最強!」

「ヤベェ、史上最高の祭りが始まった」

「ここだけの話、私Fだって嘘ついてたけど、本当はGなんだよね」

「あるある、私も明日から無理してワンサイズ小さいのつけるのやめるわ」

「ちょっとトイレでサラシ外してくる」

「あくあ様、素敵! 一生ついてきます。あーくあ!!」

「この国には白銀あくあがいる……森川の事舐めてたわ」

「こーれ確実に教科書に載ります」

「歴史資料館に勉強しにきたら、歴史が変わる瞬間にリアルタイムで立ち会えた件について」

「ちょ、誰だよ録画してた奴、アップロード早すぎでしょ」

「インターネットのニュース速報これで埋まった」

「女性解放宣言、世界トレンドランキング1位おめでとう!!」

「ニュース速報出たって」

「総理大臣が超緊急記者会見ってマジ!?」


 ロビーの中が大歓声と大拍手に包まれて行く。


「あーくあ! あーくあ あーくあ!」

「あーくあ! あーくあ あーくあ!」

「あーくあ! あーくあ あーくあ!」

「あーくあ! あーくあ あーくあ!」

「あーくあ! あーくあ あーくあ!」

「あーくあ! あーくあ あーくあ!」

「あーくあ! あーくあ あーくあ!」

「あーくあ! あーくあ あーくあ!」

「あーくあ! あーくあ あーくあ!」

「あーくあ! あーくあ あーくあ!」

「あーくあ! あーくあ あーくあ!」

「あーくあ! あーくあ あーくあ!」

「あーくあ! あーくあ あーくあ!」

「あーくあ! あーくあ あーくあ!」

「あーくあ! あーくあ あーくあ!」

「あーくあ! あーくあ あーくあ!」

「あーくあ! あーくあ あーくあ!」

「あーくあ! あーくあ あーくあ!」

「あーくあ! あーくあ あーくあ!」

「あーくあ! あーくあ あーくあ!」

「あーくあ! あーくあ あーくあ!」

「あーくあ! あーくあ あーくあ!」

「あーくあ! あーくあ あーくあ!」

「あーくあ! あーくあ あーくあ!」

「あーくあ! あーくあ あーくあ!」

「あーくあ! あーくあ あーくあ!」

「あーくあ! あーくあ あーくあ!」

「あーくあ! あーくあ あーくあ!」

「あーくあ! あーくあ あーくあ!」

「あーくあ! あーくあ あーくあ!」


 見ろよ世界、これがアイドル白銀あくあの姿だ。

 我が行動に恥じる事など一片もなし!!


 ちなみにこの女性解放宣言は、後で小雛先輩にクソほど弄られた。

 あとスバルちゃんの名前を出した事で、後日とあに呼び出されて本気の説教をされたのはまた別の話である。

すみません。遅くなりましたけど、真決勝戦の方をfantia、fanboxにて掲載しております。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ぽんぽんぺいん
[一言] 話数が増えるにつれてあくあ君の嗜好がオープンになっているのが読んでいて楽しいです。
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