雪白えみり、今日から私はメイドさん!
お金がない!
そういえば昔、そんな名前のドラマがあったようななかったような……。いや、そんなのはどうでもいい。
まずは今日の飯だ。草か? また草なのか? ちなみに草ばっか抜いてたら、清掃活動が認められて市から表彰状を貰った。くっ、そんなのどうでもいいから、紙は紙でも、どうせならうどん屋の割引クーポンとかスーパーで使える商品券とかくれよ!!
あぁ……紙と言えば思い出してしまったけど、数日前にダンボールを食べようと挑戦したら明らかに無理だった。
革靴に関して言えばもう思い出したくもない。なぜそんな物をかじろうとしたのか……。
空腹って人を馬鹿にさせるんだね。
「仕方ねぇ、あそこに行くか」
私はタダ飯にあずかろうと聖あくあ教本部へと向かう。
なおシスター服は恥ずかしいので近所のトイレで着替えた。
「あ、聖女様よ!」
「わわ、私初めて見た」
「貴女ラッキーね。何かご利益あるかもしれないわよ」
「ありがたや〜、ありがたや〜」
ちーっす、聖あくあ教本部のフロアに入った私は、飯を奢ってくれそうなチョロ……優しい奴を探して彷徨く。
チョロ……察しのいい忍者かクレアかりのんあたりがいれば楽なんだけどなあ。
「はぁ……はぁ……これがあくあ様のにほひ……」
おっと、建物に入って直ぐに特大の変態野郎、調香師を見かけた。あいつ、相変わらずやべーな。
半分脱げ掛けた防護服を見ると、エレベーターの中で生のあくあ様の空気を採取してきた後なんだろう。
ふぅ、さすがは聖あくあ教本部だぜ! 入った瞬間に終わってるなって感じがする。
私はそのまま調香師を華麗にスルーして本部の中をうろうろしてたら、1人のシスターに話しかけられた。
「聖女エミリー様、お久しぶりです」
げ……思わず声が漏れそうになった。
芸術家ことカミ・エシ、確かリアルじゃマリアって名前で医者をやってるんだっけ。
いつもはダウナーな感じがするのに、今日はやたらと明るい事に一抹の不安を覚える。
「良いところに来てくださいました。ついに我らの聖殿が完成したのでご確認ください」
聖殿? 聖あくあ教は、まーた私に内緒で訳のわからないもの作っちゃいました?
ぐぅ〜、お腹は空いたけど、こいつらがまた何かやらかしていたらいけないからな。
姐さんからも面倒みなさいって言われたし、ちゃんと何やってるのか確認しておかないと怒られちゃうかもしれない。私は渋々声をかけてきたマリアの後についていく。
「ここが聖殿です」
ふーん、確かに聖殿と言うだけあって、厳かな雰囲気だけはめっちゃ出てる。
それにしても何これ? ストロー? ストローなんか飾ってお前ら何がしたいわけ?
「このストローは主神あくあ様が実際に使用された物です」
おぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!
マジかよ!? じゃ、じゃあ、あの先端のちょっと凹んでるとこに口つけたら間接キッスじゃん!!
一気にテンション上がってきたぜ! くっそー、聖女権限かなんかで、先っちょチュパらせて貰えたりとかしないかな? って、そうじゃないだろ! そもそもこいつらは、これをどうやって手に入れたんだ?
ま、ままままさか違法な方法を使ったんじゃ……。だ、だめだだめだだめだ! バレたら姐さんに殺されるぞ!!
心の中で慌てふためく私と違って、マリアはにっこりと微笑む。
「このストローは主神あくあ様がゴミ箱に入れ、我らに施されたものです」
やっぱり犯罪じゃねぇか!
絶対に都の迷惑条例か何かに引っ掛かってるだろ!
マリアは私の言いたい事に気がついたのか、近くにあったゴミ箱を持ち上げると底の部分を私に見せる。
えーと、なになに? このゴミ箱はリサイクル専用です。この中にゴミを入れた時点で、当ビルと契約しているリサイクル会社、クリーンアクアエコシステムズの所有物となりますのでご了承ください。
クリーンアクアエコシステムズ? また訳のわからないフロント企業みたいなもんが出てきたぞ。
ちなみに聖あくあ教は他にもいろんな企業を持っている。だがその実態はどれも謎に包まれたままだ。
「このゴミ箱は敷地内全てに設置されております」
お前、マジかよ……。完璧じゃねえか!!
犯罪スレスレ、セーフ寄りのアウト、いや、完全にアウト寄りのアウトなんだけど、なるほどね、これが完全犯罪って奴か。考えた奴はやばいな!
「それではこちらをどうぞ」
ほーん、なるほどね。ここら辺はスプーンとかフォークとかカトラリー系か……どれか一本くらい持って帰ってもいいですか? ナニ、ちょっとね。穴の部分に突っ込んだりして、出し入れしちゃったりとかするだけですよ。
ほら、これなら擬似ク○ニみたいになるし、私の方から姐さんにこれで手打ちでどうっすかって交渉しておいてやらない事もないぞ? ああ見えて姐さんは結構スケベだからな。呑気にアホ顔晒してるホゲ川や、ポンコツが服着て歩いてるような嫁なみはミリも気がついてなさそうだけど、私は偶然にも姐さんの自慰を見てしまった事があるから姐さんがどれだけ自分の体を持て余しているかは知ってる。
そう、あれは夏の暑い……って、何だコレ?
「ん?」
カトラリーの周りをよく見るとティッシュが散りばめられている。これ何?
「あぁ、さすがは聖女様ですね。お気づきですか? これらは全て主神あくあ様が実際に使用した使用済み聖紙でございます」
マジかよ!! かぁ〜っ、こんなにいっぱいあるなら1枚くらい欲しいぜ!!
これだけあったら、どれか一つくらいはあくあ様の体液を拭器とった奴もあるんじゃねぇか!?
私の抑えられない乙女心が下腹部をキュンキュンさせる。なるほど、これが乙女色の心って奴か!
あくあ様、ついにえみりも女の子らしく乙女色の心ってものが理解できましたよ!
「ちなみにショーケースの中は、鮮度を保つために主神あくあ様の生の空気で満たされております」
よしっ! 私、今日からこのショーケースの中で住むわ!
どうにかしてショーケースの中に入ろうと近づいたら、誰かが私の肩を掴んだ。
ん? 誰? 私はゆっくりと後ろに振り返る。
「聖女様……来るならちゃんと連絡ください」
ヒィっ! シスター服を着たゾンビだ! って、良く見たらクレアだった。
お、おまえ、まだハロウィンコスプレしてんのか? え? 違う? こいつらのお守りで胃が痛いから顔が青ざめてる? メイクじゃないって? お前それ絶対に病院に行った方がいいぞ……。
全く、あの真面目なクレアをここまで追い詰めるなんて、聖あくあ教はひでぇ奴らだな! 上層部はしっかりしろ!! って、私も上層部だった。サーセン。
それはそうとクレアさん? 顔怖いって、あと私の肩を強く掴むのやめてもらっていいですか?
「聖女様、今日はありがとうございました。聖殿はこれからも新しい聖遺物が追加されていきますから、今後も定期的に見に来てくださいね!」
私はクレアに引き摺られるように聖殿を後にする。
くっ、奥にあったリップクリームとかもっと見たかったのに……!
まぁ、しゃーない、こっちとしては当初の目的だったクレアに会えた訳だし、飯でも奢ってもらいますか!
「えみりさん、どうせ目的はご飯ですよね? さっさと食堂行って帰りましょう。えみりさんがいると、信者達が浮き足立って余計に面倒臭くなりそうなので」
面倒臭いとか言うなよ! あくあ様っていう同じオカズを共有しあってる私とお前の仲間だろ!
私達は欲という絆で結ばれた、お茄子を塩漬けしあった同志じゃないか!
それはそうと、ちゃんと私が飯目的だってわかってるところ察しがいいな。頼むぞ!
「あ」
食堂に入った私は、当初の目的だったもう1人の人物を見つける。
「あ……聖女様」
はい、2人目発見!
私は後ろから抱きつくようにして、すぐに忍者を確保する。
「一緒にご飯食べよう」
わかるか忍者? つまりは奢ってくれって事だ。
なんなら私の空になった財布の中を確認してもらっても構わない。
何かの間違いで中が増えてないかとさっき確認したが、0円にいくら願を掛けても0円だった。
0にいくら掛けても0だって計算式は正しかったんだな。
「えへへ、聖女様と一緒にご飯、今日はおトイレでご飯食べなくていいんだ……」
おい、マジかよ……。こんな人のいい奴しかいない聖あくあ教でもぼっち飯とかお前……。
私は思わずクレアと顔を見合わせた。
「りんちゃん、今度私とも一緒にご飯食べる?」
「は、はい」
よかったなぁ、忍者。って、あ、アレ? 良く考えるとクレアって、この中で1番年下なんじゃ……。
おまけにりんちゃんって、お前それ年上だぞ。まぁ飯奢ってもらう私もクレアより年上なんだけどな。
高校生に面倒見てもらう私たち女子大生って、い、いや、たまたまクレアが優秀だっただけだ。
そうだ良く考えろ。高校生の女なんて基本的には頭嗜みレベルだぞ。クレアが特別なだけなんだよ!
私はそう思う事にした。
「前にも言ったけど、その時は私も行きますね」
「はい、聖女様」
これは遠回しにその時は私も一緒に飯に連れてってくれと、飯を奢ってくれというサインである。
もちろん奢ってもらうだけじゃ申し訳ないから、聖女直伝の本当に気持ちが良くなるマッサージの仕方と、自らの趣向の拡張方法、新しい自分の見つけ方などをレクチャーしてあげるつもりだ。
片方だけが得をして片方だけが損をするような関係ではなく、これこそがwin-winの関係なのである。
過去に飯を奢ってくれた嗜みにも色々と教えてやろうと手を伸ばしたら、未成年に何してるんですかって姐さんに本気で顔面を掴まれた。あの時の姐さんは、今思い出しても私が知る限り5本の指に入るくらい怖かったなぁ。その証拠にちびりそうになったもん。
っと、ちょっくら話が逸れたな。私は改めて忍者の顔を覗き込む。
「えへへ」
うんうん、忍者が嬉しそうで私も嬉しいよ。ただで飯が食える私も嬉しい。
私はクレアが会計する前に、流れるように自分のプレートを隣にくっつけて出す。
おばちゃん、これも一緒ね!
「えみりさん……」
うっ……!
蔑まれたり、軽蔑されたりするのはまだいい。だってやってる事は最低だもん。
でも高校生のクレアに、本気で心配するような悲しい目で見つめられたら流石に心にぐさっと来た。
やっぱりこの生活をちゃんと改善しないといけない気がする。
嗜みとホゲ川にはいくら迷惑をかけてもミリも心が痛まないが、クレアに迷惑をかけるわけにはいかないしな。
私、ちゃんと明日から真面目にする!!
「大人はお子様ランチ食べられませんよ……」
って、そっちかよ! いいのいいの。私は永遠の幼稚園児なんだから!!
ほら、おばちゃんシスターも仕方ないわねぇって顔してレジ通してくれたし大丈夫大丈夫。
「はわわ、私もお子様ランチにします」
忍者がお子様ランチに切り替えたのを見て、クレアもお子様ランチに切り替える。
なぜかその後しばらくお子様ランチが続いた。
うん、わかるよ。お子様ランチって女の子が食べる量的にもちょうどいいんだよね。
何より唐揚げもハンバーグも両方入ってるのが大きい。
あぁ、思い出すなぁ。あくあ様が前に奢ってくれた私だけのための大人のお子様ランチ……。はぁ……どうせなら私の事も、あくあ様にちゃんと大人の女の子にして欲しいです。
おっと、そんなくだらない事考えてたらせっかくのホカホカ飯が冷めちゃうぜ。
いただきまーす! ぱくぱく……。
「あれ〜? 聖女様じゃないですか」
飯食ってたら粉狂いの奴に見つかった。ヤベェやつに見つかっちまったぜ。
粉狂いは普通に私の隣に座ると、いつもの様にガジガジとビスケットを食べ始める。
忍者も粉狂いも既に成人済みだが、聖あくあ教の中では1、2を争うほどのロリ体型だ。
お姉さん系がシスターのほとんどを占める中で異例中の異例とも言えるだろう。
でもコイツはこの体型なのにめっぽう喧嘩が強いんだよな。ホゲ川もゴリ川だし、やっぱ女はこえーわ。
「あ〜、やっぱ一周回ってビスケットは生で食うのが1番うめぇな」
ふぅ、さすがは24時間ひたすらビスケット食べるだけのASMR配信してた奴はちげえわ。
粉狂いはリアルじゃ有名なプロゲーマーでエックススポーツの競技者という事もあって、聖あくあ教の広告塔も務めている。あくあ様も配信しているtowitchの視聴者数の世界ランキングトップ10の1人だというのだからやばい。ちなみに1位はもちろんあくあ様だ。
クレア曰く、粉狂いは元々ハーフだったかクォーターで外国語が堪能だった事もあり、この国よりもステイツを中心とした海外の方がファンが多いらしい。よし、最悪の場合はこいつの取り巻きでもやって飯にありつくか。
良く海外のスポーツ選手とかラッパーとか、謎の取り巻きがたくさんいるもんな。あいつらってどうやって金稼いでるんだろ……。
「ご馳走様でした」
はぁ〜、食った食った。みんなに奢ってもらってデザートまで食べちゃったぜ。
やっぱ他人の金で食う飯はうめーわ! 感謝感謝と。
粉狂いと忍者の2人と別れた私達は再び2人きりになる。
「えみりさん、もう帰ってください」
ちょ!? せっかく来たのに酷くない?
ここから自宅に帰るの結構大変なんだぞ。
せっかく腹も膨れた事だし、もうちょっと遊び……じゃなくて、じっくりと観察しとかないと姐さんに叱られるからな。ほーら、この部屋は何をやってるのか確認しちゃうぞ〜!
私は近くにあった扉を考えなしに開ける。
「あぁん! 見てこの反り返った角度と黒光、それにこのメスをわからせるような膨らみ。間違いなくこのお茄子様は10年に1度の、ううん100年で1番の出来栄えじゃないかしらぁ」
どこぞのボージョレーみたいな寸評で茄子を語る頭なおかしな女、聖農婦が涎を垂らしながら媚びた目でお茄子様を見つめていた。
私は何も見なかった事にして、すっと扉を閉じる。
さーてと、気を取り直して次、次!
「あ、聖女様……」
お! りのんじゃないか! なんなら今晩食べる私の飯を奢ってくれてもいいんだぜ!
私はクレアと一緒に部屋の中に入る。
「りのんさん、地図を広げてどうしたんです?」
「あくあ様の今日の行動を記録しているんです」
クレアの質問に対してりのんは一切表情を乱さずに答える。
行動を記録? 何を言っているんだと私は机の上を覗き込む。
えーと、あくあ様の行動記録?
05:30 起床、本日の予定を確認しつつお気に入りのグレーのトレーニングウェアに着替える。お揃いだ、やったー。
05:40 朝のトレーニング開始。ストレッチからマシンを使ったトレーニング、締めはランニングマシーン。
06:20 朝のトレーニング終了。シャワーへと向かう。今日も上着を脱いだ時の腹筋の割れ方が素敵!
06:40 朝の洗顔はコロールの化粧水とクリームを使用。今日は香水をつけない模様。
06:45 リビングでペゴニアと挨拶。どうやら今日の朝ごはんはあくあ様が作るみたい。
07:05 朝食完成、朝食はハムエッグと生姜の効いた野菜スープ、それにパンとバターとジャムだった。あくあ様はそのまま寝室にカノンさんを起こしに行く。男の子に、それもあくあ様に朝起こしてもらうなんてどんな気持ちなんだろう? 男の子にそんな事して貰えるのは全世界でカノンさんだけだ。
カノンさんは最初寝ぼけていたけど、昨日の夜の事を思い出して顔を赤くする。仕方ないよね。だってすごく激しかったもん。行動を記録してた私も自分が何回達したか覚えてないくらいだ。
07:10 食事開始、カノンさんの顔はまだ赤かった。幸せそう。
07:30 食事が終わった後、3人で軽くお茶を飲みながら談笑する。幸せな家庭ってこんな感じなんだろうな……。私と同じ境遇だったペゴニアがすごく柔らかい表情をしていて嬉しくなる。願わくば、この生活が彼女にとっても幸せであって欲しいと願う。
07:35 夫婦2人とペゴニアで並んで歯を磨いた後、カノンさんはペゴニアに手伝って貰って服を着替える。あくあ様は仕事のメールをわざとらしく確認するふりをしながら、カノンさんの着替えに熱い視線を何度も送っていた。昨日あんなにしたのに……。奥さんの事を女の子としてすごく魅力的に感じてるってことなのかな? 男の子からただの女の子としてあんなにも強く意識されるなんて、女性としてどんな気持ちなんだろう。同じ女の子として全然想像が出来ないけど、自分に置き換えてほんの少しだけ妄想したら頭がどうにかなりそうなほど体が疼いた。これは良くない。次からはやめよう。
07:55 あくあ様とカノンさんは2人で手を繋いで家から出る。車の中でも2人は手を繋ぎっぱなしだった。世の中の女子、それも10代の若い子が見たらこれだけで発狂しそう。夜はもっと凄いことしてるって知ってる私はもう慣れたけど……。
08:20 ……。
あ、あれ? ちょっと待って、こいつが1番やべーやつか?
私はスススと下がると、クレアを前にしてそっと後ろに隠れる。
「ちょっと、私を盾にしないでくださいよ。えみりさん」
「いやぁ……あはは……」
でもこの行動記録は役に立ちそうだ。できれば次から録画、録音して私に提出するように!!
あと嗜みは死ね。やっぱ飯をたかるなら嗜みだわ。全世界の女子のために、今日嗜みがタンスの角に足の小指ぶつける事を祈ります。あーくあ!!
「もう帰るわ……」
「はい、もう一刻も早く帰ってください」
正直すごく疲れた。
りのんやクレアと別れた私はトボトボと聖あくあ教本部の入り口へと向かう。
相変わらずロビーではハイになっていた調香師が体をびくんびくんさせていた。
やべーよ。誰か早くあいつを回収しろ!
「あれー? 聖女ちゃんもう帰るのー!?」
げっ、帰ろうと思ったら、ディスプレイに見覚えのあるニコニコマークが映る。
自称ハイパフォーマンスサーバーとか名乗ってる頭のおかしい奴だ。
こいつのせいで私の帰宅に気がついた多くの信者達が、我先にとお見送りしようとゴキブリみたいにわらわらとロビーに湧いてくる。ただ帰宅するだけなのに、出てこなくっていいって!
「聖女様、またきてくださいね〜!」
「次に聖女様が来た時のために、もっともっと信者の数を増やしておきます〜!」
「新しい施設も近々オープンするからまた来てください!!」
「素晴らしい宗教を立ち上げてくれてありがとう〜!」
「聖女様、嫁なみから正妻の座を寝取ってください!!」
「ありがたや〜ありがたや〜」
「聖あくあ教万歳! 聖女様万歳!」
『ピンポンパーン、聖あくあ教十二司教が1人、闇聖女様より聖女様にお電話がありました。お取次しておりますので、至急窓口の方にまでお越しください』
「聖女様のご来訪に感謝を! あーくあ!!」
はは……すげぇ人数だ。もしかして私、今から戦地にでも出立させられるんですか?
私は笑顔を引き攣らせながらみんなに手を振って、聖あくあ教本部を後にした。
もちろん闇聖女からの電話なんて無視である。そんなの私聞いてないもーん! あーあー、聞こえなーい!
「はぁ……」
聖あくあ教本部から出た私は大きなため息を吐く。飯食って帰っただけなのにすげー疲れる。
ん? そんな私の前を横切ろうとした黒いセダンが目の前でピタリと止まる。
ゆっくりと開いていく後部座席横のウィンドガラス。車の中から現れたのは皇くくりだった。
げげげっ! こいつも聖あくあ教十二司教とかいう頭のおかしい奴らの一味だから注意しないと……。皇くくりは身構えた私を見て、にっこりと微笑む。
「ふっ」
は? あ、あいつぅううううう! 私のびびりにびびった姿を見て鼻で嗤いやがった!
皇くくりは、前を向くとウィンドガラスを閉じて何処かに去って行く。
ふざけんな!! あいつ、完全に私が誰か知った上で嘲笑ってるだろ!!
ぐぬぬ……! いいもん。後で嗜みのお婆ちゃんに、メールでくくりちゃんが虐める〜って言いつけるもん!!
私は再び近場で着替えると、家に帰るためにチャリ置き場へと行く。
「ん? なんだこれ?」
なぜか私の自転車のカゴに誰かが捨てたチラシが入っていた。
嫌がらせかコレ? 私はチラシに書かれた内容へと視線を落とす。
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これだああああああああああ〜〜〜!
私はろくに住所も見ずに電話をかける。
「あっ、もしもし、チラシを見て電話をかけたものですが……」
「合格!」
「え?」
「合格です! 早速今日からもう来てもらえますか?」
ちょ、は、早いって!!
「あ、いや、でも家に荷物とか……」
「荷物ならこちらでもう引越しの手続きしてますから大丈夫ですよ」
「え?」
担当者の人曰く、各種契約の解約、引き継ぎなどはもちろんの事、近所の人達への挨拶と手土産も全て代行してくれたらしい。
マジかよ。すげぇな最近の求人企業は、そこまで全面的にサポートしてくれるのかと私は感心する。
「そういうわけで今からお迎えが来るので、雪白えみり様はそれに乗って勤務地の方へと向かってください。あぁ、ちなみにこの時間もちゃんと勤務時間に含まれていますから安心してください」
電話を切り終わると同時に、高級感のある白のセダンが迎えに来た。
自転車どうしようかと思ったら、これも後でちゃんと運んでくれるらしい。
私は言われるがままに車に乗り込むと、勤務地の方へと向かった。
あ、あれ? そういえばさっき、電話の窓口で雪白えみり様って言ってたけど、私って名乗ったっけ?
うーん、忘れた。目まぐるしい展開の速さに目を回しているといつの間にやら目的地へと到着する。
すげぇ……本当にあくあ様が住んでるとこじゃんここ。
車の中で与えられたメイド服に着替えた私は、そのまま運転手さんに案内されて雇用主の元へと向かう。
「あら! 貴女、カノンとお友達の雪白えみりさんね」
「嗜……カノンのお婆ちゃん! って、あれ? この前帰ったって聞いたけど……」
嗜みのお婆ちゃんに話を聞くと、自分がいると逆に娘や孫の治世の邪魔になるから意を決してこっちに来たという話を告げられた。
なるほどね。私には良くわからないけど、立場がある人って色々と大変なんだなぁ。
私の実家である雪白家も一応偉い家らしいけど、昔から普通の人の生活と変わらなかったし、ママはともかくパパが華族と聞いても未だにピンとこないよ。きっと何かの手違いか間違いなんじゃないかなと思う。
「そういうわけで、しばらくはこの国でご厄介になろうと思ってるの」
「そっかぁ。私もお婆ちゃんがこの国に帰ってきてくれて嬉しいよ」
きっと嗜みの奴も喜ぶんじゃないかな。
あいつああ見えてかなりの寂しがり屋さんだもん。
中学生だった頃のあいつとしょーもない喧嘩した時、ママのミルクが恋しいんでちゅかーって冗談で言ったら、本気で泣き出して焦って慰めたの思い出したわ。私も大人気なかったけど、カノンの泣きポイントがそこにあるなんて当時想像もしてなかったらびっくりした。
今思い出すと、あれがきっかけで4人で良く会うようになったんじゃないかな。
当時から姐さんは社会人だったけど、森川が大学生で私は高校生、嗜みはクソ生意気な中学生だった。
いくら王女とはいえ、1人家族から離れて暮らす中学生の嗜みが心配だったから、定期的にみんなで会うようにして様子を見ようと言ったのが最初だったと思う。嗜みは知らないだろうけど、お前があくあ様と結婚した時、私達3人はよかったなぁって本当に裏で泣いたんだぜ。本人が知ったら絶対に調子に乗るから一生言わないけど。
ちなみにカノンを泣かせた時のペゴニアさんはめちゃくちゃ怖かった。殺気のベクトルが素人じゃない。あの人、本当にただのメイドさんか? いや、深く考えるのはやめよう。世の中には知らない事がいいってこともたくさんあるからな。
「私も、えみりさんがメイドに応募してくれて嬉しいわ。ね、仕事だなんて肩肘張らずに、話し相手になるつもりでそばにいてくれないかしら。でも、えみりさんみたいな若い人だと、私みたいなお婆ちゃんとお話しするのは退屈かしら?」
「ううん、そんな事ないよ。それにあの日の夜、あくあ様のお家に泊まった時、私とお婆ちゃんは一緒にstay hereを歌った仲じゃん。あの時から私とお婆ちゃんは友達でしょ!」
あの日の夜は楽しかったなぁ。突然始まったカラオケ大会、くじで私とメアリーお婆ちゃん、ホゲ川と嗜みがデュエットして、姐さんがあくあ様とデュエットする事になったんだよな。
あの時の姐さん、普段は歌上手いのに顔真っ赤で音程外しまくってて、あくあ様にフォローされて、それでまた更に顔を赤くして、だんだん声がちっちゃくなっていったっけ。そんな姐さんの姿をホゲ川と一緒にニヤニヤしながら見てたら、後でめちゃくちゃ睨まれた。解せぬ。可愛いんだからいいじゃん!
「ありがとう。ふふっ、若いお友達ができてお婆ちゃん嬉しいわ。それじゃあ、えみりさん、これからよろしくね」
「こちらこそよろしく、お婆ちゃん!」
そんなわけで私は嗜みのお婆ちゃんこと、メアリー様のところでメイドとして働く事になった。
私はメアリー様と握手すると、ニヤリと悪い笑みを浮かべる。
「ねぇ、お婆ちゃん、こっちに来た事はカノンにもう言った? あくあ様には挨拶した?」
「ううん、さっき引っ越しが終わったばかりだから、まだ何も言ってないわ。それに、驚かせようと思って……」
「それなら私からいい話があるんだけど」
「あら、何かしら?」
それに応えるようにお婆ちゃんもニヤリと笑う。
明日の食事会、サプライズでメアリー様を連れていって、嗜みの奴を驚かせてやろうと思った。
首を洗って待ってろよ嗜み。私がお婆ちゃんをお前の所に届けにいくからな〜〜〜!
すみません。遅くなりましたけど、真決勝戦の方をfantia、fanboxにて掲載しております。
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