白銀あくあ、脳を破壊される。
『私、あくあさんの事が好きです』
桐花さんからさらりと告げられた言葉の意味を改めて考える。
俺と桐花さんの関係性を考えるのなら、この好きはアイドルとして好きだという意味だと思う。
桐花さんはとっても素敵な大人の女性だ。俺なんて桐花さんと比べると全然ガキだし、普通に考えたらまず好きになる理由がないと思う。
そう考えるとやはり桐花さんの言っていた好きの意味は、アイドルとしての白銀あくあが好きという事になる。
いや……でも、待てよ。
思い出せ。本当にその答えでいいのか?
過去のパターンを思い返せば胡桃さん、深雪さん、白龍先生と、過去に俺に告白をしてくれた人達は、みんなちゃんと俺の目を見て、真剣な表情で好きだと言ってくれた。
それなのに俺はその好きの真剣度を読み違えたり、間違った方向で勝手に解釈してきたじゃないか。
だったら桐花さんも彼女達と同じように、俺の事が異性として好きだと言ってくれたのかもしれない。
あの時の桐花さんの表情はどうだった? お互いの視線が合った時、彼女の目は真剣そのものだったと思う。
ヤベェ……もし、そうだとしたら、俺はまた間違うところだった。
俺は改めて現在の状況を頭の中で軽く整理する。
桐花さんが俺の事を異性として好きという事を考慮して動くとして、現在、俺に告白してくれたのは胡桃さん、深雪さん、白龍先生、桐花さんの4名だ。
結論から言うと男としては嬉しい。というか、可愛い子や美人なお姉さんから好きですって言われて嬉しくない男っている? はっきり言ってそんな男なんていませんよ。
もちろんカノンの事は好きだ。愛してるし、この人のためなら他の何もいらないと思うくらいには惚れてる。
でも、前世の価値観が根底にある俺としては、大好きな嫁がいて他の女性と浮気していいのかって罪悪感がどうしても拭えない。
浮気イコール不誠実。
絶対にしてはいけない事、倫理に反した相手を不幸にする行為だと常日頃から刷り込まれてきた。
連日連夜流される芸能人や有名人の浮気報道。毎日のようにコメンテーターや司会者に叩かれ、SNSでは大炎上のお祭り騒ぎ。朝から晩までそんなニュースばかり聞かされてた前世の俺からすれば、どうしたって、浮気はしちゃいけないものだという倫理観が先行してしまう。
だから俺は思い切って夕食時にカノンに聞いてみた。
正直、嫁にそれを聞いていいのかとも思ったし、ダサいなと思ったけど、夫婦なんだからちゃんと相談したほうがいいかなと思ったからである。
「カノンってさ、ズバリ聞くけど、俺が他の女の子とその……イチャイチャしたりするのって嫌じゃないの?」
「うーん、嫉妬するかしないかで言えば状況によっては嫉妬はすると思う。でも嫌かどうかでいえば嫌じゃないかな」
わかんねぇ……これが乙女色の心って奴か?
嫉妬はするけど嫌じゃないって、どんな感情なんだろうと思った。
俺の顔を見たカノンは、モグモグと食べていたご飯を飲み込んで、持っていたお茶碗とお箸をテーブルの上にそっと置く。うん、カノンはご飯食べてる時もかわいいな。キュンとした。
「例えば、あくあが私と全然イチャイチャしてくれないのに、他の女の子とばかりイチャイチャしてずーっと放置されてたら、私が最初の奥さんなのになって思っちゃう。だから構ってくれなくていじけると思うし、嫉妬はしちゃうんじゃないかな? 今だって、想像しただけでちょっとムカッてしたもん」
なるほどな。
俺としては、カノンがちゃんと嫉妬してくれる事が嬉しかった。
むしろムッとした嫁の表情を見て可愛いな。一体どこの奥さんだ? あっ、俺の奥さんかー。そりゃ可愛いよな! ウヘヘとか、しょうもない1人コントを頭の中で繰り広げてしまった。
「ごめんね、あくあ。やっぱり私、ちょっと……ううん、だいぶ面倒臭いかも……。あくあと一緒になってからワガママな女の子になっちゃったと言うか、欲張りさんになっちゃったのかもしれない。でも……他の女の子とあくあがイチャイチャする事が嫌じゃないって言うのは本音だよ。例えば深雪さんとあくあがイチャイチャしても、良かったね深雪さん、おめでとうって思う」
俺は飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。
ゲホッ、ゲホッ! カノンさんや、具体名を出しちゃダメだよ。思わず想像しそうになったじゃないか。
「ちなみに念の為にもう一度聞くけど……あくあは純粋に女の子とするのは……好き、なんだよね? 忌避感とか……多分ないよね?」
「うん。好きか嫌いかで言えば大好きです。大好きの大の前に大4つつけて、大大大大大好きって言ってもいいくらい大好きだと思う」
「そ、そっか……」
あ、あれ? なんか嫁が若干引き気味のような気がしたが気のせいか。
確認のために隣の席のペゴニアさんに視線を向けると、いいぞ、もっとやれって看板出してた。
ちなみにペゴニアさんは我が家に来て最初の食事の時、自分1人だけ後で食べようとしたけど、そんな寂しい事しなくていいから一緒に食べようって言ってからはずっと一緒に食卓を囲んでいる。
従来の主人と従者の関係からすればありえないのだろうけど、うちは嫁が喜ぶってのを第一に考えてるからね。
カノンが嬉しそうにしてたら、それが正解なんですよ。忖度でミスコンを優勝させた旦那の愛を舐めるなよ!
「じゃあさ、純粋に何のしがらみもない状況で、深雪さんとか好意を持たれてる人達から迫られたらえっち出来る?」
「そりゃできるでしょ」
そんな事ないよ。俺はちゃんと我慢できる。普通の男ならそう答えたかもしれない。
でも俺は違う。嫁に、カノンに、嘘を吐きたくないと思った。俺は夫としてカノンに対しては誠実でありたい。
だからカノンの言う通りに真剣に考えてみた。俺になんのしがらみ、前世で長年培われてきた倫理観や価値観、道徳心がなければどうなるだろう? うん……深雪さんともできるし、胡桃さんともできるし、白龍先生や桐花さんとだってできる。もちろんカノンが悲しまないという前提条件はあるけどね。
「うーん……ならさ、例えばだけど、あくあってペゴニアとはできる?」
「え?」
いやいやいやいや、カノンさん!? 一体何を言ってるのかな?
確かに俺はペゴニアさんの圧力に負けましたよ。それは認めます。
でも、ペゴニアさんとできるかと言われると……純粋に下半身で考えた結果、問題なくできると思う。
だからと言って、そこにはペゴニアさんの感情も必要だし、俺の感情だってある。
「お嬢様……ペゴニアは感動で震えております。今日この日ほどお嬢様にお仕えしてよかったと思う日はありません。よっ! さすがは正妻! そこに痺れる憧れる!! これだからお嬢様以外は勝たん!!」
ペゴニアさーん!? 何言ってるのかなー?
これはまずい。事態が変な方向に向かう前に食い止めないと。
そんなことを考えている間に、ペゴニアさんは俺の目の前にまで迫ってきた。
「旦那様、ペゴニアはどうですか? 他の殿方からは全く見向きもされませんが、ちゃんと旦那様を満たす事ができますでしょうか?」
は? ペゴニアさんの体が誰からも見向きもされない?
嘘……だろ……?
ペゴニアさんの着ているメイド服は、よくあるミニスカのメイド服じゃなくて、クラシックタイプのちゃんとしたロングスカートのメイド服だ。そんな貞淑なメイド服の中から、あんな凶悪なものが出てきて反応しない男がいるわけないだろ。それとも、この世界の男って、もしかして俺が想像する以上にポンコツなのか? まさかとは思うが慎太郎や先輩がそんな奴らじゃないと思いたい。いや、信じさせてくれ! 俺の信じたお前達はそんな男じゃないはずだ!!
「ペゴニアさん……」
俺は椅子からスッと立ち上がると、ペゴニアさんの両肩にそっと手を置いた。
「だ、旦那様……」
いつもは自信満々のペゴニアさんの表情に影が落ちた。
白銀あくあ、目の前の女性を悲しませていいのか?
もう1人の俺にそう囁かれた気がした。
ペゴニアさんを救いたい。その想いが俺の心を奮い立たせる。
「貴女の体は魅力的です。だから自信を持ってください」
「じゃあ、今から私ともイチャイチャしてください」
「はい?」
何を言ってるんですか?
俺はペゴニアさんを慰めただけだ。
それなのになんか状況がどんどんと良くない方向へと向かっている気がする。
「あくあ、嫌じゃないなら試しにペゴニアとイチャイチャしてみたら? なんかあくあって女の子に対して、付き合うとか、結婚するとか大袈裟に考えてるけど、そんな深く考える必要なんてないと思うんだよね。だって、お互いに合意さえあったら何も問題ないんじゃない? さっきも言ったけど、私はペゴニアとあくあがイチャイチャしても全然嫌じゃないよ。むしろ、ちょっと見せてほしい……」
カノンは顔を赤らめると、恥ずかしそうな表情で俺に囁く。
「あ……でも、私がイチャイチャするのは、あくあ限定だから安心してね」
はい、これが世界で1番可愛い俺の嫁です。
くっ……! こんな素敵な奥さんがいて、他の女性にうつつを抜かすなんて俺はなんて最低なんだ。
それでも男としての本能が、誘惑に対してダイレクトに反応しちゃうんだよ。
だから俺はずっと我慢してきた。
理性を保ち、自らを律しコントロールしてきた自負はある。
「旦那様……」
声の方に振り向くと、ペゴニアさんがいつもとは違った自信なさげな顔で俺の事を見つめていた。
ぐっ……普段は全然そんな雰囲気ないのに、急に弱い面を見せられると、守ってあげなきゃいけないという気持ちになってくる。まさかペゴニアさんに庇護欲を掻き立てられるなんて……!
「旦那様は、ペゴニアの事がお嫌ですか?」
ペゴニアさんの義眼がきらりと光った気がした。
「もし私に少しでも魅力を感じられているのであれば、どうか気軽な気持ちでイチャイチャしてみてはくれないでしょうか?」
真剣なペゴニアさんの表情に俺はたじろぐ。
ど、どうしてこうなった? カノンに相談したら、とりあえずペゴニアさんとイチャイチャする事になった。
何を言ってるのかわからないけど、俺だって何が起こってるのか理解できない。
ただ、目の前の女性を、カノンの大事な人を悲しませたくないとは思った。
どうすればいい? どうしたらいい?
イチャイチャできるかイチャイチャできないかで言えば、普通にできる。
でも、本当にその答えでいいのか?
誰か、誰でもいい。俺の背中を押してくれ。
あ……。
急に体の感覚がなくなっていく。
この感じ、ついこの前もあったばかりだ。
前世の記憶がフラッシュバックする。
まずい! これじゃあ、またあの時と同じに……ならなかった。
『あくあ、男にはいつだって絶対に何かを選択しなければいけない時が来る』
アキオ……さん?
目の前に前世の師匠だったアキオさんの大きな背中が見えた。
『逃げれば大事なもの1つは守れるかもしれない。でもな……進めば新たに2つ何かが手に入る時だってあるんだ』
当時はどういう意味かうまく理解できなかった。
だけど今の俺は違う。今の俺には貴方の伝えたかった言葉の意味がちゃんと理解できた。
そっか……そういう事だったんですね。アキオさん!!
確かにここで逃げても俺には嫁のがある。
でもここで前に進めば目の前の2つが手に入るかもしれない。
『男なら迷わず進め、進めばわかるさ男道! 白銀、女を泣かせるのはベッドの上だけにしとけよ?』
アキオさーーーーーーーーーーーーーん!
俺はアキオさんの、前世の師匠に向かって手を伸ばす。
覚悟を決めるんだ白銀あくあ!!
逃げたら1つ、進めば2つ……俺は、イく!
「わかったよ、ペゴニアさん」
ペゴニアさんの目尻にきらりと光るものが見えた。
女の子を泣かせるなんて男として最低じゃないか。それなのに俺は何やってるんだよ!!
ありがとうアキオさん、俺にとって役者の師匠は小雛先輩だけど、男としての人生の師匠は、やはり貴方だけだ!!
「あれ? 義眼から涙って出たっけ?」
ん? カノンなんか言った? 俺の気のせいか?
「それでは旦那様、早速寝室に行きましょう。さぁ、早く早く〜」
あ、あれぇ? さっきまでのしおらしいペゴニアさんは? 泣きそうになっていた弱いペゴニアさんはどこに行ったんですか?
俺はペゴニアさんにグイグイと押されて主寝室へと向かう。
その後ろからカノンがワクワクした顔でついてきてた。え? 本当に見るの? 嘘でしょ……嫁の前で嫁の侍女とイチャイチャしろって? それって一体、どんなプレイなんですか?
◆
はい、いっぱい2人でイチャイチャしました。
「ふふっ、かわいい……私、こう見えてかわいいのに、ものすごく弱いんです」
わかります。だって、カノン可愛いし……。
「ふわぁ……ペゴニアしゅごいぃ、私と違って奥さんみたい……」
ほらね。可愛いでしょと、お互いに確認し合うようにペゴニアさんと顔を見合わせた。
「旦那様、これでも私は旦那様より年上です。だから、いっぱい甘えてくれていいんですよ」
か、勝てない。これが年上の魅力だというのか!?
って、年上? あれ? そういえば、ペゴニアさんって幾つだろう?
そもそも本当に年上なのか? なんかこの人が素直にそういうと信じていいのか疑わしくなる。
「え、えーっと……」
「秘密です」
「えっ?」
「だから、ヒ・ミ・ツです」
あれ? これ以上聞くなって言われてるような……。
守秘義務か何かでもあるんです?
あ、でもカノンなら年齢知ってるよね?
「あ、あれ? そういえばペゴニアの年齢って……」
嫁ーーーーーーー! 嘘だろ……。想定以上に俺の嫁がポンコツだった件について。
「ふふっ、どうでしょう旦那様。これで旦那様の中の懸念や雑念は消え去りましたでしょうか?」
あ……そういえばそうだった。
なんかペゴニアさんにうまくはぐらかされた気がするけど、元々は俺が他の女の人とどうなるかの話だったんだよな。
「旦那様、私は今とても幸せです。だからもっと気楽に考えてください。付き合うとか、結婚するとか、そんな事よりも純粋に男と女として、もっとお互いに幸せになる事だけを考えましょう」
確かに俺は難しく考えすぎていたのかもしれない。
前の世界の価値観で結婚しなかったら、ポイしないでくださいとか、最低男だなんだと言われてたけど、この世界の女性はそもそも男性との接触する機会が少なくて、そういう価値観がないんだ。
「この国には私と同じような女性がたくさんいます。そういう人たちとイチャイチャしたっていいじゃないですか。それなのに我慢して体を壊されたら、きっとファンの人たちだってそっちの方が悲しみますし、私達や社長、桐花様も泣いちゃいますよ」
ペゴニアさんの言葉が俺に突き刺さった。
そっか、我慢して体を壊す方が色んな人に迷惑をかけるのか。
今思えば最初から限界だったのだと思う。
急にできた家族、前世で家族の居なかった俺にとって、家は刺激に溢れた危険なところだった。
そりゃ、血は繋がってるかもしれないけど、急に血の繋がった家族だって言われても、はい、そうですかってすぐに頭や心で理解できるわけじゃない。
俺からすれば3人とも綺麗だし、可愛いし、魅力的だった。
それをごまかすように俺はらぴすを妹だと自分に言い聞かせて甘やかしていたけど、本当はそうじゃない。そうじゃないんだ! 自分の心に嘘を重ねて何度も誤魔化したし、我慢に我慢を重ねてきた。
「家族にだって我慢しなくていいんですよ。旦那様はなぜか、家族の間に妙な隔たりを感じられますが、家族だって女なのです。息子に、弟に、そして兄に好かれて、嬉しくない母も、姉も、妹もいないのですから」
あぁ……ペゴニアさんの言葉が俺の中にあった何かを解きほぐしていく。
俺はもう我慢しなくていいんだ。
今までずっとどこかで気を張っていたのだろうか。俺はゆっくりと目を閉じた。
「ふふっ、お疲れ様です旦那様。今はゆっくり眠ってください」
ゆっくりと意識が遠のいていく。
その中で、ペゴニアさんが何かを言ったみたいだが、既に意識を手放した俺に、その声は届かなかった。
「全ては計画通り、後でメアリー様にご報告しませんとね」
ただ、薄れゆく意識の中で泡食ってるカノンの顔を見て、俺の嫁、可愛いなと思った。
fantia、fanboxにてカットしたミスコンの話を投稿してます。
真決勝戦も今月中に投稿できたらいいなぁ。
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