白銀らぴす、おっきくなくてごめんね。
「らぴすちゃん、いくわよ!」
「はい、母様!」
私は母様とお揃いのサングラスをキラリと光らせる。
「お母さんもらぴすも今日はサングラスかけてどうしたの? お外は曇りだけど……」
私と母様はお互いに顔を見合わせると、ぼんやりとした姉様に対してわかってないなぁと人差し指を左右に振る。
「ちっちっちっ、しとりちゃん、もう戦いは始まっているのよ!」
「そうです姉様。絶対に負けられない戦いが、そこにはあるんです」
「うん、よくわからないけど、2人が楽しそうだし、まぁいっか。シートベルトはちゃんと締めてね」
私と母様は姉様の車に乗り込むと、言われた通りにシートベルトを締める。
「まりん号、しゅっこう〜!」
「はいはい、お母さんあまり身を乗り出しちゃダメよ」
うん……流石に私もちょっと恥ずかしいので、母様は拳を突き上げたりとか、あんまりはしゃがないでください。
ほら、お隣のお婆さんとか、近所の人たちも生暖かい目で私達のことを見てますよ。
「それにしても2人ともこの時間帯で大丈夫なの? あーちゃんはこの時間帯まだ家に帰ってないよ?」
「ちっちっちっ、しとりちゃん、だからこそだよ」
母様はサングラスをクイっと上げる。
「今回の目的はあくあちゃんのお母さんとして、お嫁さんがちゃんとあくあちゃんの身の回りのお世話ができてるかどうかをチェックするためのものなの。これはそのための抜き打ちチェックよ!!」
母様の言う通りです。
兄様のお嫁さん、カノンさんは元王女様、ただの一般家庭育ちの兄様と最初からうまくやれるはずがありません。
だからこそ私と母様で隅々までチェックして、2人の新婚生活がうまくいくように改善点を洗い出し助言をしにいくのです。
何も重箱の隅をつつくように嫌がらせをして、カノンさんの事を虐めようとかそんなつもりは全くありません。
「うまくいけば離婚……実家出戻り……うへへ」
母様? 何か不穏なキーワードが聞こえてきた気がしますが気のせいですよね?
「ふぅん、なるほど、そういう事ね」
あれ? なんか姉様まで不敵な笑みを浮かべているような……。きっとらぴすの気のせいですよね?
姉様は普段からおっとりしてるし、きっと気のせいです。うん。
「とうちゃ〜く! 行くわよ2人とも!」
兄様とカノンさんの暮らす新居へと無事到着しました。
ちなみに何故かココに来るまでの間に姉様のサングラスも購入してきたので、3人でサングラスをクイっと持ち上げてレンズをキラリと光らせます。
「わかってると思うけど、最初からかましていくわよ!!」
颯爽と肩で風を切って先陣を切る母様、かっこいい!
ええ、そんな事を考えていた時期が私にもありました。
「あっ! お義母さん。しとりお義姉さん、らぴすちゃん、ようこそ我が家へ! ごめんなさい、まだあくあは帰ってきてないんですけどゆっくりしていってくださいね」
「ふぁ〜」
し、しっかりしてください母様!!
私と姉様は母様の体を後ろから支える。
「我が家……まだあくあは帰ってきてない……」
わかります。わかりますとも母様。
先制ゴールをかまそうと思ったら、最初から嫁感を出されてカウンターアタックでノックダウンしたんですよね。
だから最初から速攻を仕掛けるのは難しいって言ったのに……ここは後ろでしっかり守って、カウンター狙いですよ!!
「お邪魔します」
玄関で靴を並べていると、兄様の靴とカノンさんの靴が隅っこで並べられているのが目につく。
くっ、こんな小物を使って夫婦感を演出するなんてやりますね。
私がカノンさんの方へと視線を向けると、にこやかな笑みを返されました。
これが正妻の、第一夫人の余裕というものでしょうか。
「ふふっ」
なぜか隣にいたメイドさんのペゴニアさんに鼻で笑われました。
ま、まさか!? これは、カノンさんじゃなくて彼女の仕業だという事ですか!?
私の中のリトルらぴすが囁く。ペゴニアさんにだけは気をつけろと……。
くっ、さすがは王家の元侍女、やはり有能な方が多いみたいですね。
「すぐにお茶を淹れますから、ソファにでも座って待っていてくださいね」
「お構いなく……」
母様は借りてきた猫みたいに、森川さんのようなホゲーっとした顔で大きなソファの端っこにちょこんと座る。
あー、ダメですこれ。確実に最初の攻撃で凹まされてます。
母様は勢いだけは良い人なんですけど、出鼻を挫かれると基本的に使えません。
ここはやはり私が頑張るしかありませんね。
私はスススと窓際の方へと向かうと、窓の中桟の部分に指先を滑らせる。
あら? こんなところに埃が……溜まってませんでした。
「ふふっ」
ま、まさか……これもペゴニアさんの仕事だというのですか!
私がペゴニアさんの方へと視線を向けると、残念、そこはペゴニアの仕事だと言わんばかりのドヤ顔をされました。
ぐぬぬ。まずはこのスターズの壁、ペゴニアさんを突破する必要があるみたいですね。
「ところでそのサングラスどうしたんですか? 家族みんなでお揃いだなんて羨ましいです」
カノンさんは少し悲しそうな顔で私の事を見上げる。
か……かゎぃぃ……。思わず心の奥がキューンとします。
世の中には愛され女子と呼ばれる男性にモテる女性が少なからずいると聞きましたが、なるほど……これが、今、世界で最も素敵だと言われる男性、兄様ことアイドル白銀あくあを落とした女性のテクニックなのですね。
「ふふっ」
ハッ!? お茶を持ってきてくれたペゴニアさんの顔を見上げると、勝ち誇った顔でドヤ顔されました。
「室内でサングラスだなんて、本当にお可愛らしいですね」
私はスッとサングラスを外すとそっとポケットにしまった。
くっ、ここまでは完全に向こうのペースです。
この状況を打開するためにも母様の復活が必要だ。
私は、白銀らぴすは、母様を諦めない!!
「お茶うまうま」
ダメです。紅茶をがぶ飲みする母様をみて、これは完全に戦力外だと把握する。
きよきよしいほど……じゃなかった、清々しいほどホゲってました。
「カノンさん、急にお邪魔してごめんね。この前、あーちゃんが帰宅した時にね、お家でとってもリラックスしてたから、もしかしたらカノンさんとの新婚生活がうまくいってないのかなと心配になったの」
劣勢の白銀家、その状況を打開したのは姉様でした。
さすがは白銀家のジーニアスと呼ばれているだけの事はあります!!
「だから私達で協力できる事があったら協力させて欲しいの。だってほら、私達はもう家族でしょ?」
サンキュー姉様サンキュー!!
ここはやはり私達家族が一歩リードして主導権を握らないといけません。
「か、家族……嬉しいです」
ぐぎゃあああああああああああああ!
カノンさんの無垢なる一撃が私の鳩尾に突き刺さる。
姉様の言葉を純粋に受け取り、テレテレしたカノンさんの表情がクリティカルヒットします。
なるほど、これが……これが兄様の奥様、カノン・スターズ・ゴッシェナイトではなくカノンシロガネの底力なのですね。
「よかったですね。お嬢様」
「うん!」
ほわぁ……かゎぃぃ……。
こんなのダメです。卑怯です。防御力が紙しかない兄様なんて今の感じだけで完全にイチコロですよ。
「カノンちゃん、かゎぃぃ……」
ほら、見てください。もう母様なんて完全に陥落しています。
ここに来る前は、最高の白銀まりんを約束するとか調子に乗った事を言ってたのに、何が、最高の白銀まりんを約束するですか! ポンコツな白銀まりんの間違いです! おにぎりみたいな顔して、もう!!
「ふふっ」
またしてもペゴニアさんは、私達にしか見えないように勝ち誇った表情をする。
これがスターズ組の、兄様と同い年、プラチナ世代の実力ですか。
ちなみに世間では、兄様を中心としたベリル4人の事を白銀のカルテット、兄様と近い世代の人達をプラチナ世代と呼んでいます。昨日のワイドショーでは、兄様達のお仕事を支える女性達、天鳥社長、桐花さん、本郷監督、白龍先生、藤蘭子会長、小雛ゆかりさん、森川さんを7人の騎士と書いてキャバリアクラブ、略してキャバクラ7と呼んでいました。
「あーちゃんはちゃんとご飯食べられてる? 体調に変化があったりとか、そういう事はない? 帰ってきてからも色々あったし、この前の事だって……ちょっと心配になるわ」
この前の事……?
兄様に何かあったのでしょうか? 気になるけど、お仕事に関係する事だったら姉様は教えてくれません。
母様は株主だから教えてくれるかもしれないけど、今の母様はまるでダメです。出された茶菓子のクッキーを美味しそうに頬張ってる時点でもうね……。この人、一体何しにここに来たんですか?
あと、そんなにお腹にもたれるもの食べてたら晩御飯食べられなくなりますよ。もう……。
私はスッと母様の前にあったクッキーの入ったカゴをそっとこっちに寄せる。あ、そんな悲しそうな顔をしてもダメですからね。めっ!
「ふふっ」
ほら、ペゴニアさんにもまた笑われてますよ。しっかりしてくださいよ母様。
最高にかっこいいマリンシロガネを見せてくださいよ!!
「えっと、ご飯は大丈夫だと思います。それと健康の方もここ暫くはお休みをもらってたので疲れも……あっ」
ん? なんかカノンさんの顔が赤くなったような……気のせいでしょうか?
「えぇ、昨日もドバドバでしたものね?」
「ぺ、ペゴニア!?」
美白のカノンさんの顔がますます赤くなる。
「あらあら、どうしたのですかお嬢様? 昨晩も旦那様は、オムライスにお好きなケチャップをドバドバしてたではありませんか。旦那様はケチャップたっぷり目のオムライスが好きですものね。ふふっ、それとも何か違うもの、白いものをドバドバされているお姿を想像されたのですか?」
確かに兄様は私と一緒で、ケチャップ多めのオムライスが好きです。でもお家で食べるときは、そんなにドバドバしてたでしょうか? うーん、わかりません。
それにしても白いケチャップってなんなんでしょう。どんなお味がするのかとっても気になります。あとで、らぴすにも食べさせてもらえないか兄様に聞いてみようかな?
「ぐぬぬ……あーちゃんの白ケチャップ」
あれ? 姉様がとても悔しそうな顔をしています。どうしたのでしょうか?
「ふふっ」
出ました! 今日1番のペゴニアさんによる勝ち誇った顔、略してQPKです。
なぜかはわからないけど、女の子としてすごく負けた気がします。気のせいでしょうか?
むむむ、らぴすも早く大人の女性になりたいです……。
「ただいまー。って、アレ? 誰か来てるの?」
あっ! この気の抜けたような声は間違いなく兄様です!
「あっ、らぴす。遊びに来てたのか!」
兄様は私を見つけるとぎゅっと抱き寄せる。
そしてそのまま私を膝の上に抱えるようにしてソファに座った。
えへへ、ここはらぴすの特等席です。
「ぐぬぬ……」
あれ? なんかペゴニアさんが初めて悔しそうな顔をしています。どうしたのでしょう?
「らぴすちゃん半端ないって……後から来たあくあに、めっちゃ膝のせされるもん……そんなんできひんやん普通」
カノンさん? なんか変な言葉遣いになってませんか?
「らぴすさんかっけー」
姉様もしっかりしてください!
「ホラリラロ、これがうちのらぴすちゃんよ」
母様……こっちはもはや何を言っているのかもわかりません。
わかりました。ここは頼りにならない母様や姉様の代わりにらぴすが頑張ります。
「兄様、今日は母様達と遊びに来ました」
「あぁ、って、母さんどうしたの? なんで家の中でサングラスかけてるの?」
よかった。兄様が来る前にサングラス外しておいて。
気がついたら姉様もいつの間にかサングラスを外していました。
つまり部屋の中で1人サングラスをかけてる母様はよりアホっぽく見えてます。
「え、えへへ……だってスターズから帰国した時、空港でちょこっとだけサングラスかけてたあくあちゃんがかっこよかったからつい」
そういえば少しだけかけてましたね。お昼のワイドショーでは羽田コレクションと呼ばれて全身のコーディネイトが紹介されてました。
今思い出すと、寝ぼけて腕時計を両手につけた兄様とか、同じく寝ぼけて下だけ飛行機内のスリッパのまま出てきたとあちゃんとか、寝ぼけて前後ろ表裏間違えてシャツを着た黛さんとか、かっこいいと思ってストールじゃなくて黒いトイレットペーパーを首に巻いて出てきた天我先輩とか、普通に考えたらおかしいんですけどね。なんで誰も突っ込まずに絶賛してたんでしょう……。
「ふーん、まぁいっか。それよりも母さん、この前、なんか俺に話あるって言ってなかったっけ?」
話? なんだかとっても嫌な予感がします。気のせいでしょうか?
「あ、うん……えっと……ね」
母様は口籠るとペゴニアさんやカノンさんの方をチラチラと見つめる。
何か2人がいると言いづらい事なのでしょうか?
「実はね。あくあちゃんにお見合いの話がいっぱい来てるの」
な、なんですってー!?
そんな話聞いてませんよ母様!!
「お見合い!?」
「うん……それでね。今までは天鳥社長や国家機密局の天草さんとお話しして、お母さんの方で断ってたんだけど、あくあちゃんも結婚しちゃったから、これからはその対応も徐々にカノンちゃんにシフトしていこうと思ってるの。あ、もちろん、急に一気にとかじゃないよ。まだ2人とも未成年だし、私もしとりちゃんもサポートするけど、いずれは正妻であるカノンちゃんが切り盛りしていかないといけない話だから」
あわわわ、兄様に擦り寄ってこようとしてる女の人は多いです。
別にそれ自体はいいのですが、中には変な人というか危ない人だっているから、注意してチェックしないといけません。きっと中にはやばい事を考えている人だっているはずです。兄様を食い物にしようとしてる人だって少なくはないでしょう。
そんなふざけたお見合いは、兄様の家族として認められるわけがありません!!
「ありがとうございます。お義母さん。それにお義姉さんも、みんなであくあの事を守っていきましょう」
「カノンちゃん……良い子!」
母様……チョロ……。
小一時間前の母様はどこに行ったのですか? 一瞬で絆されました。
月9みて、莉奈って子ちょろいわね〜なんて言ってた人とは思えません。
母様も全く同じ顔をしてますよ。兄様もチョロいけど、母様も間違いなくチョロいです。
「らぴすちゃんも、一緒にあくあの事を守ろうね」
「カノンさん……!」
えへへ、今までそんな事を知らなかった私は蚊帳の外だったのに、カノンさんはこんな私の事も子供扱いせずに頼ってくれるんだ。嬉しいな!!
「と、ところで、らぴすちゃん」
「カノンさん? どうかしましたか?」
少し恥ずかしそうにモジモジしているカノンさんの顔を見て首を傾ける。
「わ、私の事、カノンさんじゃなくて、カノンお義姉ちゃんって呼んでくれたら嬉しいかなって……やっぱり、だめ……だよね?」
ふぁ〜、かゎぃぃ……。
なるほど、これは兄様なんてイチコロですよ。即死です。
「カ、カノンお義姉ちゃん……改めてよろしくね」
「ふぁ〜、らぴすちゃん、かゎぃぃ……うん、よろしくね」
私は隣にいたカノンお義姉ちゃんと手を取り合う。
最初はちょっと恥ずかしかったけど、姉様が2人に増えたみたいでとっても嬉しいです。
雨降って地固まるといいますか、これにて一件落着と思ってたら、不穏なワードが聞こえてきました。
「F……G……こっちはHだと……?」
兄様の口から無慈悲な単語が聞こえて来る。
いつの間にやら兄様は、母様が例として持ってきたお見合いのファイルを手に取って目を通していました。
「あくあ……」
「旦那様……」
「あくあちゃん……」
「あーちゃん……」
「兄様……」
流石の鈍い兄様も、私達女性陣からの、こいつは、ほんま……という視線に体をビクッとさせる。
兄様がそうやって隙だらけだから、中には犯罪者みたいな人だって擦り寄ってくるのです。
インターネットに詳しいスバルちゃんが教えてくれたけど、捗るって人は確実にヤバい人だから、絶対に兄様と接触させたらダメだよと言われた事を思い出しました。
「あ、いや、その、これはですね。その……参考までにですね……あはは……」
兄様は手に持っていたファイルをそっと閉じると、元あった場所へと何事もなかったかのように返す。
「やっぱり、私より大きいのが良いんだ……」
「旦那様、お嬢様を泣かせたら次も私のでわからせますよ?」
「あくあちゃん、ママはでないけど、あくあちゃんが頑張ってくれたらママも頑張るから!!」
「あーちゃん、溜まってるならお姉ちゃんの使う? お仕事の一つみたいなものだから遠慮しなくて良いからね」
「ツーン……」
私は4人の大きなものを確認した後、自分のものへと視線を落とす。
その視線に気がついたみんなが私の頭を優しく撫でてくれました。
ぐぬぬ……確かに今はちっちゃいかもしれないけど、いつかは姉様や母様みたいにおっきくなるもん!!
えぇ、そんな浅はかな事を考えていた時期が私にもありました。
この数年後、私は絶望する事になるのですが、この時の私はまだそれを知りません。いいえ、本当はみやこちゃんの大きなものを見て気がついていたけど、スバルちゃんと顔を見合わせて気がついてなかった振りをしていたのです。
大きい子は、もう中学から大きいって事を……。
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真決勝戦も今月中に投稿できたらいいなぁ。
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