深雪ヘリオドール結、ハロウィンの夜に。
ベリルエンターテイメントが主催する初めての単独イベント。
ハロウィン・ナイトフェスティバル。
私はそのライブの特別招待席に国家機密局のトップでもあり天草家の当主でもある天草しきみさんと並んで座っていました。
特別招待席とは、家族席とは別にスポンサー側やベリルが直接招待した人が座っています。
私のチケットはペアチケットで、奥様であるカノンさんのご助言もあってあー様が手配してくれました。
「さすがはベリルですね。これほどまでの規模とは思いませんでした」
「はい、私も想定していた以上のものに驚いています」
まさか東京の中心に時間限定とはいえ短時間で夢の国を作ってしまうとは……。
どれだけの人と企業、物とお金が動いているのでしょう。
たった1つの企業、それも言うなればたった1人の人物を中心に起こったこのムーブメントは、今や我が国のGDPすらも上昇させています。
あー様を前にした国民の財布の紐が緩み、支出が増え、その分、仕事も増え収入が増加する。まさに理想的なサイクルと言えるのではないでしょうか?
それに加えベリルやあー様達は、余剰分の収益を必要以上に溜め込まず、国と連携して必要な所や苦しんでいる人達への支援に回してくれています。それがまた多くの共感者を生むのでしょう。
まだ活動を初めて半年も経ってないのに、あー様が及ぼす影響の凄さに私達政府関係者もただ驚かされています。
「アヤナちゃんこっちこっち!」
「まってくださいよ小雛先輩」
わわ、月9で主演を務める小雛ゆかりさんと月街アヤナさんです。
今をときめく女優2人の登場に、後ろの区画が違う観客席も少しざわめきだした。
ハロウィンに合わせて2人とも魔女っ子のコスプレをしていますが、さすがは女優さんとトップアイドル。普通に似合ってるし、2人ともとっても可愛いです。
おそらく2人ともあー様に招待されたのでしょう。
「あ、あ、どうやら私達の席はここみたいです!」
シスター服のコスプレをした女性達のグループが現れました。1人だけ忍者が紛れてますが、いじめとかじゃないですよね? うん、顔を見ると楽しそうなので違うみたいですね。
そのシスター服を着た集団の先頭を歩いている少女は、確かあー様のクラスメイトの千聖クレアさんです。
彼女は森長の藤蘭子会長とも繋がりがあるので、おそらくはスポンサー繋がりでこのイベントに招待されたのでしょう。彼女は聖あくあ教などという胡散臭い団体との関係が疑われているので、国家機密局の中でも重要人物としてマークされています。
そしてその中にはもう1人、私達の見知っている顔がありました。
皇くくり、あまり表に出てこない彼女が何故ここに? しかも側に千聖クレアさんがいるという事は、相当あー様に近づいている? いえ、それとも狙ってるのは他の誰かでしょうか?
ただでさえ黛慎太郎さんが黒蝶家の関係者という事もあって、そちらに対しても警戒を強めているのに、彼女まで動くとなると話が面倒になります。皇くくりさんの目的がわからない事にはなんとも言えませんが、彼女まで出てくるとなると黒蝶家を刺激する事になりかねません。
もう既にベリルに対しては、国家機密局のトップを務める天草家も、藤蘭子会長のご実家である藤堂家も、そして玖珂レイラの実家である玖珂家も連動して彼らの活動を守る方に動いています。六家の中でも唯一動向がわからないのは、あー様の親戚筋にあたる雪白家でしょうか。カノンさんのご友人である雪白えみりさんや、仕事で共演したミシュ様があー様の側に近づいている事は把握しているのですが、雪白家の意向かと言うと微妙なんですよね。
ミシュ様はすでに雪白家から離脱していますし、彼女が芸能界へと足を踏み入れたあー様に接触した理由はその事情を知っている人物であれば何となくわかります。雪白えみりさんも、現状の生活レベルや行動履歴、彼女の人間性、以前よりカノンさんとお知り合いであった事などを鑑みると危険性はとても低く、ノーマークでも大丈夫でしょうと判断が下されました。
「深雪さん、どうやらここに来たのは彼女だけではないようですよ」
「え?」
天草長官の向けた視線の先を見ると、黒蝶家当主である黒蝶揚羽さんと藤蘭子会長のお姉様である藤堂紫苑さんの2人が並んで入ってきました。
2人は天草長官に気がつくと、軽く会釈を交わして自分達に用意された席へと向かいます。
現場にピリッとした空気が走りました。そんな空気感を2人の男性の声が和らげます。
「わぁ、すごいですね。まるで夢の国みたいです」
「あぁ、そうだな!」
「山田くん達も来れたら良かったんですけどね」
「仕方あるまい。その分、2人にはお土産もたくさん買ったし喜んでくれるといいのだがな」
だ、男性、二人組!?
これには後ろの観客席も今日1番のどよめきが起こります。
おじさんと呼ばれた男性はスーツ姿がよく似合っており、優しそうなオーラが出ている感じがしました。
そしてもう1人は、ご立派な巻き髭をお持ちのダンディーな男性です。おじさんと呼ばれた男性の方が年齢は少し上でしょうか。
2人とも中々のナイスミドルなのですが、特筆すべきはそこではありません。
何と2人ともその見た目とは裏腹に頭には耳カチューシャをつけてるのです。
しかもおじさんと呼ばれた人が頭につけていたのは、シロくんをイメージして作られたカチューシャでした。もう1人の髭のおじさんがつけてるのはたまちゃんをイメージしたカチューシャですね。
「年甲斐もなくドキドキします。ライブまだかなぁ」
「ふむ。吾輩もとあ様の新衣装を考えるとドキドキしますぞ。それに今日のためにこれも買ってたのである」
「何ですかそれは……? 数取り機? ニャンコスキーさん、観客席の人数でも数えるんですか?」
「いや、これはだな……。ライブ中にとあ様がミスターあくあを見つめた回数を観測するためである!」
「あぁ、そういえばそんな事言ってましたね」
「うむ! 今日のセトリに2人のデュエット曲があればいいのだが……おじさんは目当ての曲はあるのか?」
「そうですね。私は、やはりみんなと一緒にやってる時のあくあ君がみたいです。ソロのあくあ君もかっこいいんですが、4人でいる時のあくあ君は、見ていてとても楽しそうなんですよ」
「うむうむ。わかる……わかるが、ミスターあくあは、たまに振り返ってとあ様の視線に気がつくべきなのですぞ。10回以上とあ様がミスターあくあに視線を投げかけても1回も返さないのはとあ様が不憫である。まぁ、それはそれで一方的で報われないとあ様の愛に吾輩としてはくるものがあるのだが……」
2人とも私たちに見られている事に気がついたのか、少しトーンを落として会話したために何を喋っているのかまでは聞き取れませんでした。一体、どんな会話をしていたのでしょうか?
男性達があー様達の事をどう思っているのかすごく気になりますが、彼ら2人の表情を見る限りはとても楽しみにしているという事だけは理解できます。だから周りの観客達も2人のおじさま達を邪魔しまいと、近くの人と顔を見合わせてにっこりと笑い合っていました。
「「「「「「「「「「わぁ!」」」」」」」」」」
ステージを照らしてたスポットライトが落とされる。
それに合わせて周囲のビルや看板から照明が落とされていく。
すごい。普通ならありえない事が起きています。この夢の国を最高のステージにするために、どれだけの企業、どれだけの人が協力してくれているのでしょうか?
周囲のビルに設置された大型モニターや、ステージに設置されたモニターに開演までの分数が表示される。
森川さんのカウントダウンに合わせてみんながコールを返していく。
そして始まったステージは私たち観客を熱狂させました。
「ニャンコスキーさん、大丈夫ですか?」
「うっ、うっ、うっ……とあ様、吾輩は死ぬまでとあ様についていくですぞ!!」
お髭のおじさまが、猫山とあさんのステージを見て泣きじゃくってました。
最初はステージに大熱狂してたのですが、二曲目あたりから何かを感じ取ったのか、急に涙をポロポロと零されたのです。それを見た隣のおじさんこと、スーツのおじさまがハンカチを貸してあげてました。
「ふぅん……シンちゃんってば、成長したのね」
黒蝶揚羽さんの発言に藤堂紫苑さん、天草長官がピリッとした顔をする。
一体何を考えているのかはわかりませんが、男性を守るのが私達、国家機密局のお役目です。
黛慎太郎さんのためにも、そしてあー様のためにも、貴女の悪意から守ってみせると決意を新たにした。
「へぇ、あの子、中々気合の入ったアクションするじゃないの。ま、うちのあくあには及ばないけどね!」
「うん……小雛先輩が嫌われるところって多分そういうところですよ。うちのとか、あと絶対にマウント取ってくるとことか……」
月街アヤナさんの発言におそらく周りの人たちはみんな頷いていたのではないでしょうか。
少なくとも私には、周囲の人たちから、お前のあー様じゃないぞという心の声が聞こえてきます。
「ま、それはそうとして、アヤナちゃん行くわよ」
「え? え? 行くってどこに? ちょっと、待ってくださいよ先輩。下手に動いて問題起こしたら炎上どころじゃ……」
天我アキラさんのステージが始まってすぐに、2人はどこかへと行ってしまいました。
一体どこに行ったんでしょう? 何か問題を起こさなければいいのですが……。
2人は天我アキラさんの歌が終わるまで戻ってきませんでした。
「そろそろあくあ君の出番かな?」
「そうじゃない?」
会場のボルテージは最高潮。
猫山とあさん、黛慎太郎さん、天我アキラさんと繋いできて、次に出るのが誰かはみんなわかっています。
ここまでのステージ、どれも素晴らしい出来で私も天草長官もペンライトを腕が引きちぎれるくらい何度も振りました。それに周囲を見ると、あの黒蝶揚羽さんや、皇くくりさんでさえ無表情でペンライトだけはちゃんと振っていたのです。これには私も天草長官もびっくりしました。
つまりそれくらい3人が見せたステージは素晴らしい出来だったのです。
「あくあさまー!!」
「あくあ! あくあ! あくあ!」
「あくあくーん!」
「あくあ様に会いにきたよー!」
「早く出てきて私達の王子様ー!」
天我アキラさんへの賛辞の拍手とコールの後、観客席から白銀あくあコールが起こりました。
みんな、あー様の事を、白銀あくあの事を待っています。
観客席へ目を向けると、祈るように両手を組み合わせてハラハラとした表情でステージを見つめている女性がいました。それも1人だけじゃない。何千人、何万人といった人たちが願いを捧げているのです。
「俺の名前を呼ぶのは誰だ?」
ステージに響くあくあ様の声にみんなが反応する。
さっきまで握り拳に額を当てて祈るように目を閉じていた女性も、今にも泣き出しそうな顔でペンライトを握りしめていた女性も、何度も何度も声が枯れるくらい名前をコールしていた女性も、ペンライトを振り上げていた女性も、みんながステージへと顔を向ける。
「ステージに立っていいのは、俺についてくる覚悟のある奴だけだ」
全員が息を呑む音が聞こえてきます。
白銀あくあが来る。たったそれだけの事で誰しもが笑顔になった。
「白銀あくあが約束する。お前たちに最高のステージを見せると……だから俺についてこい!!」
ステージの中央へと降り注がれるスポットライトの光。
誰しもが白銀あくあの名前を叫んだ。
さっきまで無表情だった皇くくりさんも、おじさま2人組も張り裂けそうなほどの声で彼の名前を呼ぶ。
天我アキラさんの軽快なギターサウンド、猫山とあさんが叩く激しいドラムの音、黛慎太郎さんが奏でる美しいピアノのメロディ、それにあー様の声が最初から一つだったように重なる。
『深い暗闇の中で聞こえた歌。僕達を呼ぶ声が聞こえた』
あぁ……。
なんで、なんで、彼の声は、歌声はこんなにも胸の奥をキュンと締め付けるのでしょうか?
『苦しみの中でもがいている君がいる。傷ついた心が悲鳴をあげる』
歌が上手いとか、声が綺麗とか、もうそういう次元ですらない気がします。
その歌うお姿に、楽しそうな表情に、紡ぎ出す歌声に、多くの女性達が恋に堕とされていく。
罪作りな人……。そうやって、どれだけの女性を惑わしていくのでしょう。
でも仕方ありません。だってこんなにも簡単に堕とされてしまう我々女性の方が悪いのですから。
『狂っているのは自分か世界か。針の停まった壊れた時計。何が正しいかなんて誰にもわからない。でも誰かが今もこの瞬間にも泣いているんだ』
ときめく心臓の鼓動を抑え、私たちはその歌詞へと集中して耳を傾ける。
そうしてみんなが白銀あくあの作り出す世界へと招かれていく。
『世界から光が失われていた』
あくあ様がこの世界の表に出て来るまで、世界は、この国は良くない方向へと向かおうとしていた。
広がっていく男女間の溝、修復できなくなるその一歩手前まで、状況は悪化していたのです。
『張り裂けそうな心が悲鳴をあげる。願いなんてあるんだろうか? 世界が傾いていくのを、ただ見過ごすしかできなかった』
多くの女性が男性に傷つけられました。
多くの男性を女性が傷つけました。
傷つき、傷つけられ、その挙句にお互いをさらに傷つけ合う。
お互いをよく知る事もなく、どこかで仕方なく折り合いをつけて生きていく。
そこに生きる人たちに残された個々の善性で辛うじて保っていた世界。
いつかはそれが崩れる日が訪れると思っていました。
『これは誰かの話じゃない。これはみんなの話なんだ』
本当はみんなだってお互いに優しくありたいと思っていた人は少なくないはずです。
でもお互いに傷つけ合うのが怖くて、一歩を踏み出せなかった。
『僕達に何ができる? この行動は正しいのか? そう考えている間も時間は止まらない。どこかで誰かが泣いてる声が聞こえる』
変わりたいと思っていた人達は一歩が踏み出せず、一部の攻撃的な人達が悪意を撒き散らしていく。
勇気を持って行動した人もいると思います。でも、それは一部だけで多くの人は動き出せませんでした。
『1人で泣かないで』
でも彼らは……あー様だけは違った。
『苦しむ君の姿を見て覚悟を決めた。例え間違っていても時計の針を進める。世界を変えようと決意した夜。僕らは今、閉塞感をぶち破るために走り出した』
今までの事とか、今起こっている事、その全てをぶち破って私達の方へと手を伸ばしてくれました。
こうした方が楽しいだろう? もっとお互いに言いたい事は言いあおうと言われた気がしたのです。
そんな貴方だからこそ、みんなが貴方に惹かれました。そして、そんな貴方を支えたいと思った人達が、貴方の周りにたくさん集まってきたのです。
『涙を流した日々に別れを告げる。みんなで笑い合うために、全てを乗り越えていく』
真っ暗で何も見えなかった夜空に瞬くたった一粒の輝く星。それは大きな流星群となって、この国を暖かな光で照らしてくれたのです。
『世界を優しい光で包み込んでいこう』
あぁ……そっか、いつか、いつの日か、いや、そう遠い未来ではないでしょう。
白銀あくあの人気は今やこの国どころかスターズへと、そしてステイツへと及ぼうとしています。
もちろんそれは、猫山とあさん、黛慎太郎さん、天我アキラさんにも言える事でしょう。
彼らは、この国のアイドルから世界のアイドルへとなるのです。
おそらくこの曲はそのための決意表明なのでしょう。
この国を良くした彼らは次は世界を良くするためにさらに羽ばたいていくのです。
『今日のこの満天の星空に、願いを込めるように、みんなで同じ景色を見たんだ。世界すらも変えると、この夜に誓う。僕らは駆け抜ける。どこまでも!』
おそらく多くの人たちがそう感じたのでしょう。
あー様が曲を歌い終わると、啜り泣く人もいました。
もはやこの国だけに収まる子達じゃない。
そんな事は彼らを見ている人達、ずっと応援している人達にとっては分かりきっている事でした。
「あくあ様ー!!」
「天我先輩ー!」
「とあ様ああああああああああああ!」
「シン様ーーーーー!」
「みんなー!」
「ありがとうベリル!!」
誰しもが彼らの名前を叫びました。
世界に羽ばたくという事はそれだけ私たちの国で活動をする機会が減るという事です。
ライブの回数だって減るでしょうし、そうなると生で彼らを見る機会は無くなるかもしれません。
ましてやステイツやスターズと言った本場で活動するとなれば、拠点を移動させるために海外移住だって考えられます。
そんな事になれば誰だって悲しい。それでもみんな、世界へと挑戦しようとしている4人を祝福しようと声を出し続けました。
「みんなありがとう!」
「ありがとー!」
「ありがとうございます!」
「感謝する!」
4人は並ぶと手を繋いで私たちの方へと頭を下げた。
割れんばかりの拍手があー様達を包み込む。
「みんな、ごめんね。まだライブは続くんだけど、実は今から皆さんに僕達から重大な告知があります」
涙が出そうになりました。私と同じように多くの女性達も目が潤んでいます。
それでもみんな泣かないように我慢していました。
「はい、それでは皆さん、ステージのモニターへと視線を向けてください」
あぁ、だめです。それでも目尻に溜まった涙の滴がこぼれ落ちてしまいそうになります。
「いいですか? 準備はできましたね? それでは、どうぞ!!」
あー様の声に、モニターの画面がぱっと切り替わる。
世界進出……誰しもがそう書かれていたと想像していました。
でもそこに書かれていた言葉は違っていたのです。
【12都道府県全国縦断ツアー開催決定!!】
その大きな文字の周りには、4人の手書きのメッセージが添えられています。
【みんなに会いにいくよ!! by白銀あくあ】
【みんな、楽しみにしててねー! by猫山とあ】
【よろしくお願いします。 by黛慎太郎】
【我参上!! by天我アキラ】
その端っこには、いつかはやりたいな、47都道府県全国ツアーと小さく書かれています。
え? 全国縦断ツアー? 世界進出じゃなくて?
みんなびっくりして顔を見合わせる。
そんな私達の様子を見て、あー様はマイクを通して私たちに喋りかけた。
「ついこの前まで個人的な理由でスターズに行っていたんですが、その……帰って来た時にですね。みんなが温かく俺を迎え入れてくれて、やっぱりこの国はいいなと。そんなみんなに何かお返し出来る事はないかなと阿古さん、天鳥社長に相談したんですけど、やっぱり直接みんなにありがとうを届けに行くのがいいんじゃないかなと思ったんです」
みんなが静かに、あー様の話へと耳を傾けています。
状況がうまく整理できない中で、みんながその言葉を受け止めようと必死でした。
「毎日、ベリルにはみんなからの多くのメールやお手紙が届いてます。その中でも1番多かったのが色々な理由からライブに行けないけど、それでもテレビで楽しんでみていますとか。ライブのチケットは当選しなかったけど、配信してくれたから見る事ができた。だからありがとうとか、そういう内容のお手紙を貰う事が多いんですね。どうかしたい。どうにか1人でも多くの人達に生のライブやステージを見せたい。そう思って僕達は今回のツアー企画を考えました」
あー様はそこまで言うと、少し申し訳なさそうな顔を見せる。
待って、なんでそんな表情をするの?
だって私たちはさっきまであー様と、みんなと遠く離れるんじゃないかと思ってたのに、これって、こんな事って……ずるいですよ。
「本当は47都道府県周りたかったんですけど、僕達も学生ですし、やはりそれはちょっと難しいかなというのと、俺達自身も会社自体もツアー自体が初めてだし、まずは1月に1ヶ所という所から始めましょうという話になりました」
あー様は周りにいた猫山とあさん、黛慎太郎さん、天我アキラさんと顔を見合わせる。
「だから行けなかった県の人達には、本当にごめん!!」
「ごめんね」
「申し訳ないです」
「すまない」
そう言って4人は、再び深く頭を下げた。
頭なんか下げる必要なんかないのに、それでも彼らは行けない所に住んでいる人達の事を思って頭を下げたのです。
「でもね、いつの日か、そう遠くない未来に、47都道府県でもやれるように僕達もベリルのみんなも考えてますから楽しみにしててください!!」
一体何が起こっているのだろう。多くの人たちは見送る気持ちであー様達の事を見つめていました。
それなのに、あー様から言われた事は、私達へのご恩返しという名義のご褒美だったのです。
みんながびっくりした顔をしていました。
「嘘……でしょ」
「私、私、絶対に世界に行くんだって、もう私たちはここに置いてけぼりなんだって思った」
「わかる、わかるよ。それでもこの楽しい思い出があれば生きていけるって思ったもん」
「あー、やばい。嬉しくて泣きそう」
「悲しくて泣きそうだったのが、今、嬉しくて泣いてる」
「ベリルはファンの感情をジェットコースターしすぎ。でもこういう弄ばれ方ならいい」
「これだからベリルは……でも、そんなベリルだからついていこうと思ったんだよね」
「あー様、ちゃんとファンの事考えてくれてるんだ」
「ねー。あくあ君が私達の事を思ってくれてるってだけでもう嬉しいもん」
「ありがとう、あくあ君! ありがとう、みんな! ありがとう、ベリル!」
「やったあああ、またとあちゃんに会えるよー!」
「天我先輩ー、地元で待ってまーす!!」
「県を挙げて、マユシン君をおもてなししなきゃ!!」
「あくあくーん、うちの県、おいしもんいっぱいあるから来てやー!」
先程の光景が嘘みたいに、誰しもが笑顔になった。
そんな観客席の中で誰かが呟く。
「この国には白銀あくあがいる」
それを聞いた周りの人が思わず噴き出してしまう。
私もちょっとだけ、ほんのちょっとだけクスリと笑ってしまいました。
「お前……嘘だろ」
「おま、森川のあのステッカー盛大なフラグじゃねぇか!!」
「あいつなんでこんなに持ってるんだよ!」
「あの違法ステッカー、絶対あとでオクで高騰するぞ」
「ホゲ川すげぇわ。お前の事を舐めてた」
「これあとで国営放送の先輩、ステッカー見て泣くやろ」
「なるほどね。そりゃホゲ川にベリルから仕事くるよ」
「今、全国民が森川という存在に震えてる」
「なるほど、これが今年の流行語大賞ね。わかります」
みんなの顔から自然と笑みが溢れます。
その様子を見て、あー様はポケットの中から一枚の手紙を取り出した。
「実はね。さっきお手紙の話を少ししたんですが、実は僕宛にこんなお手紙を頂きました」
あー様は手紙を広げると、その内容について読み始める。
「拝啓、白銀あくあ様。いつも娘と一緒に楽しく歌う貴方様の映像を見させていただいております」
みんながうんうんと頷く。
あー様達のご活躍は、男女間だけではなく親子間の関係まで良好にさせています。
これは国の調査でも明らかになっており、そういった相談の件数が目に見えて減っていると聞きました。
私も……もっと若い時に、あくあ様がいたら、母とこんな関係にはなっていなかったかもしれませんね。
それでも私は、あー様の担当官になれたのだから、それだけでもう満足です。
「私の娘は中学生なのですが耳が聞こえません」
続く手紙の言葉に、観客席のみんなが驚いて顔を見合わせた。
「それでも娘は、楽しく歌うあくあ様の姿や表情を見て楽しいって言います。小学生の時はお友達とうまく会話できずに塞ぎ込む事も多かったのですが、あくあ様のおかげもあって、今はお友達と共通の話題で盛り上がる事も多く笑顔が増えました。ただ一言、貴方に感謝の言葉が言いたくて、このお手紙をしたためています。本当にありがとうございました」
静かに手紙を読み終えたあー様は、丁寧に優しく手紙を元あったように折り畳むと大事そうにポケットへと戻した。
「実は他にも何人か、耳の聞こえない人からのお手紙をいただいています。今回はその中でも、許可を頂けた人の手紙をこの場で読ませていただきました」
誰しもがあー様の言葉に耳を傾ける。
「そんな人達に僕達の歌を届けたい。慎太郎の考えてくれた歌詞を。天我先輩やとあが作ってくれたメロディーの雰囲気だけでもうまく届けられないのかと思いました。よかったら聞いてください」
軽快なリズムの曲が流れる。
でも今回は、天我アキラさん、猫山とあさん、黛慎太郎さんは楽器のあるところへとは移動せずに4人で並んでいました。
『春夏秋冬、めぐる季節を君と一緒に重ねて行けたらいいな。さぁ、休みの日は何をしようか。君と計画を立てる休日』
これは……!
文化祭の時に披露したあの曲です!!
『今日は帰り道にどこに寄ろうか、明日は朝から遊べるよね。週明けの憂鬱な学校や仕事も、君と友達になってからは楽しくなった。何気ない日々の日常、こんなにも色鮮やかに彩られているのはきっと君のおかげだよ。春夏秋冬、この先もずっと君と過ごせたらどれだけ楽しいだろうか?』
所々、歌詞を変えている事に気がつきました。
3日前に歌ったばかりの曲ですが、誰しもが聞き込んでいるために気がついています。
そして何人かの人は、もう一つの事にすぐに気がつきました。
彼らがしている事に涙がこぼれそうになる。
『秋は近くの公園で君と紅葉を見よう。
冬はみんなでクリスマスを祝おう。
1年の終わりを君と過ごしたい、みんなで祝いたい。
来年の春にはみんなで花見をしよう。
その後の夏休みはみんなで海に行こう。
新しい季節も君と一緒に休日を遊びたい、みんなで過ごしたい』
最初はダンスをしているのかと思いました。
でもそうじゃないのです。みんな手を大きく動かして歌っている内容の事を手話で伝えようとしているのです。
『季節がめぐる度に、君との楽しい思い出がまたひとつできる。たまには喧嘩したりする事もあるかもしれない。それもまた楽しい思い出になる。そうやってみんな仲良くなっていくんだ。だからずっと俺のそばにいてくれよ。君をもっと楽しませるって約束するから、俺から離れていかないで』
みんな、みんな、本当に素敵すぎます!!
あー様だけじゃない、3人ともものすごく練習したんだろうなと思いました。
『辛いことはいっぱいあったかもしれない。涙を流した夜だってきっと昨日だけじゃない。ごめんね。家族が苦しんでいるってわかってたのに1人にして。心配ばかりかけてごめん。本当にダメな奴だよ。今になって家族の有り難みに気付かされてる。ねぇ、今日は一緒にご飯を食べよう? 春夏秋冬、新しい季節を家族で過ごそう。今日は1人じゃない!』
1番の歌詞はお友達に向けて、2番の歌詞は家族に向けて歌っているようです。
先程の事もあって母の事を考えてしまいました。
『来年の今頃は紅葉に彩られた場所でピクニックしよう。
冬はまたみんなでクリスマスを過ごそう。
初日の出を家族と祝いたい、みんなでおみくじを見せ合いたい。
春にはみんなで新しい季節を迎えよう。
夏の暑い日にはみんなでプールに行こう。
ずっと家族と仲良く居たいな、みんなで楽しく過ごしたいな!』
うまくいかなかった親子関係。祖母との関係。
今からどうにかできるとは思えませんが、ほんの少しだけ温かな気持ちになりました。
そうであったらいいなと思う未来が見えたような気がします。
『何気ない日々の日常、たまには家族とだらけてみたり、結局友達と遊んじゃったりして。そんなだらけた日々もきっと楽しい思い出になる。さぁ、明日はどこに行く? これからの楽しい日々を想像して。こうやって、何をしようかと考えるだけで楽しいよね。そしてみんなと一緒に歳を重ねていって、何度だってみんなでまた集まって、くだらない話で花を咲かせるんだ』
あー様は、猫山とあさんとお互いにウィンクして場所を入れ替わる。
あ、目の前でお髭のおじさまが膝から崩れ落ちました。
『さぁ、今日は何して遊ぶ?
明日はどこに遊びに行こうか?
今日も明日も、その次の日も、君と一緒なら楽しいだろうな』
そしてあの時と同じように、猫山とあさんはアドリブを入れた。
「お陰で毎日が楽しいよ!」
隣にいた黛慎太郎さんと入れ替わりながら軽くタッチを交わす。
『週明けはちょっとだけ頑張ろう。
でも仕事や勉強が終わった後はまた遊ぼう。
少し退屈な日も君と一緒なら楽しい。楽しい休日が待っていると思ったら乗り切れる』
黛慎太郎さんはニコリと微笑む。
「僕も今、毎日がすごく楽しいです!」
そして天我アキラさんとグータッチで位置を入れ替わる。
『今月はすごく楽しかったね。
来月はもっと楽しいといいな。
毎日がワクワクした気持ちになる。それはきっと隣に君がいるからだろう』
本来であればあー様のパートだけど、今回は天我アキラさんが歌い切りました。
「我もめちゃくちゃ楽しんでるぞおおおおおおお!」
一際大きな元気いっぱいな声と、大きなリアクションの手話にみんなが笑顔になる。
『今年はいい年だったねって君と笑い合いたい。
来年もいい年にしようねって君と笑い合うんだ。
だから……だから……!』
4人の声が重なる。
『君は1人じゃない。俺が居る。俺達が居る!
不安な日は泣いたっていいし、辛くてどうしようもない時は周りに我儘言ったっていいんだ。
傍に居る事しかできないけど、話を聞いて、手を握って、励ます事くらいはできる。
だから知って欲しいんだ。君は1人じゃない。俺が居る。俺達が居る!』
誰しもが笑顔になった。
歌っている4人も、私たち観客席も、誰もが笑い合う優しい世界。
今まさにあー様が、4人が作ろうとしている世界がここにある。
『巡る季節を君と一緒に過ごしたい。だってこれは君のストーリーなんだから』
もう何度目かはわからない今日1番の拍手、だって、だって、さっき見せたばかりの最高のライブを、次の瞬間にはもう超えてくるんだもん。そんなのもう、反則でしょ……。
「この国には白銀あくあがいる。いや……ベリルがいる」
また誰かがそう呟いた。
「もう反則だって、それ!」
「森川あああああああああ!」
「もうあいつこそ、ベリルに就職しろよ」
「ホゲ川のポテンシャルなめてたわ」
「実は嗜みよりあくあ様の理解者なんじゃ……」
「やべえぞ嗜み、寝取られるぞ!!」
「森川の掌で私たちは踊らされています」
「流行語大賞待ったなし!」
「こーれ、森川で始まって森川で終わっちゃう流れですか?」
ふふっ、ふふふっ、もう。やめてくださいよ、それ。
いつの間にかこちらの席に戻ってきていた小雛ゆかりさんも爆笑しています。
「みんな、聞いてくれてありがとう!!」
あー様は観客席に向かって、声を張り上げた。
「さぁ! ライブはまだ始まったばかりだ!! 最後までついてこいよ!」
辺り一帯が大きな歓声に包まれる。
4人によるドライバーのOP曲、あー様と猫山とあさんによるデュエット、黛慎太郎さんと天我アキラさんのデュエットなど、歌のパフォーマンスはもちろんの事、4人のちょっとしたトークショー、早着替えからの衣装チェンジ、ショー形式のステージなど、本当に本当にずっと最後まで夢の中に居たような時間でした。
ハロウィン・ナイトフェスティバルが終わった後、私は天草長官と別れると近くで予約していたホテルへと向かいます。
この後は、星水シロさんと大海たまさんによるミッドナイトハロウィンフェスの配信時間が予定されているので、絶対に見逃すわけにはいきません。
私はホテルの近くで空を見上げる。
空に輝く満点の星空、あー様の事を好きになってよかったと改めてそう思いました。
fantia、fanboxにてカットしたミスコンの話を投稿してます。
真決勝戦も今月中に投稿できたらいいなぁ。
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