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黛慎太郎、誰も見た事のない世界へ。

 最初、目の前で何が起こっていたのかわからなかった。

 いや、正確に言うと頭では理解していたが、咄嗟に体が動かなかったという方が正しいのかもしれない。とにかく僕は状況が上手く飲み込めずに、突っ立っている事しかできなかったんだ。


「僕が行く!」


 そんな中で、とあだけが誰よりも早く一歩を踏み出す。


「みんな! プログラムプランBで行くわよ!」


 とあが走り出した瞬間、天鳥社長が周囲のスタッフに指示を出した。

 ライブにとってアクシデントは付き物である。天鳥社長やスタッフの人たちは、事前に何かがあった時の事を想定して幾つかのプログラムを準備していた。

 その中でもプランBは、あくあの到着が遅れてしまった場合、ライブの開始時刻に間に合わない状況を想定して練られていたパターンである。予めいろいろなプランを準備してリハーサルを重ねていた事もあって、阿古さんの指示でスタッフの人達がスムーズに動き出す。


「あくあさん、とりあえず席に座りましょう」


 側にいた桐花さんが、近くにあったパイプ椅子を持ってくる。

 天我先輩は、ふらついたあくあを体を支えてその椅子に座らせると、大丈夫かと声をかけていた。

 それなのに僕は、そこから一歩を動き出せなかったんだ。


 これじゃあ、何も変わってないじゃないか!


 親友のあくあが苦しんでいるのに、僕はそんなあくあを目の前にして立ち尽くす事しかできなかった。

 自分の事がものすごく情けなくて、そんな自分に対してやるせない気持ちになる。

 あくあと出会う前と何も変わらない。今の僕はあの頃の、あくあと出会う前の黛慎太郎と何が違うというのだろう。


「スタイリストチームこっちきて! 予定変更よ!!」

「モジャさん、セットリストの変更これでいいですか?」

「問題ねえ!」

「みんな落ち着いて、ゆっくりでいいからね!」

「照明の切り替えだけど多少変更して……」

「国営放送の歌詞テロップ間違えないでね。曲順、変更になってるからねー!」

「森川さん、バックヤード戻ってくるよ! 誰か状況説明してあげて!!」

「みんなー! とあちゃんが時間を稼いでくれている間に、それぞれが自分の中で状況を整理して、わからない事があったら自分で納得せずに、すぐに周囲の人に聞いてください!!」

「「「「「はい!」」」」」


 握りしめた拳の掌に爪先が食い込んで痛くなる。

 プランBの場合、次に歌うのは僕の番だ。天我先輩は少し準備に時間がかかるから順番は変更できない。

 だから僕が動き出さないといけないのに、いまだに僕は一歩も動き出せなかった。

 そう、あの頃と同じように……。


『君が黛慎太郎君ね』


 ねっとりと体に絡みつくような声。

 当時、幼稚園児だった僕は、生まれて初めて恐怖というものを感じだ。


『ま、待ってください、揚羽さん。この子はまだ女性というものを知らないんです』


 すぐに異変に気がついた母さんが僕に駆け寄ると、彼女から僕の姿を隠すようにぎゅっと抱きしめる。

 黒蝶揚羽、当時22歳だったにも関わらず、彼女は実質的に黒蝶家のトップの座についていた。

 そんな彼女に逆らうような行為、今にして考えてみればすごく勇気の必要な行動だったと思う。それくらい母さんは、彼女から僕を守る事に必死だったんだ。


『あらあら、貴代子さん。私はただ慎太郎君に挨拶しただけよ。だって、慎太郎君は私たち黒蝶の大事な大事な男の子で、黒蝶家の未来なんですから』


 黛家は黒蝶一派の中でも末端の家の一つだった。

 でも僕が生まれた事でその状況は一変してしまう。

 当時の僕は何もわからなかったけど、男子が生まれるっていうのはそういう事だ。


『慎太郎君、6歳の誕生日おめでとう。はい、これプレゼントよ』

『あ、ありがとうございます……』


 僕がお礼を言うと、彼女はにっこりと微笑んで、その大きな胸の谷間を見せつけるように僕の前にしゃがみ込んだ。

 母さんとは違う女の人の匂い。甘ったるくて頭がくらくらしてふらつきそうになる。


『あらあらまぁまぁ、ちゃんとお礼が言えるなんて偉い子ね。ふふっ、なんか困った事があったらいつだってお姉さんに相談してくれていいのよ。もちろん普通に遊びにきてくれたっていいわ。お姉さん、慎太郎君のためにいっぱいオモチャを用意して待っているからね』


 なんでこの人はこんなにも僕に優しいのだろう。

 その理由を知ったのは、僕がもっと大人になってからだった。

 黒蝶揚羽さんは僕を黒蝶一派の共有財産として使おうとしているらしい。

 本人が直接そう言ったわけではないが、そんな噂が僕や母さんの周りで流れ始める。

 不特定多数の女性にあてがわれ、自由なんて何もない生活、それが僕に与えられる未来だった。


『慎太郎君、貴代子さん、よければスターズに留学してみないか?』


 僕が中学生に上がる時、当時23歳だった玖珂理人さんが家に訪ねてきた。

 玖珂さんは黒蝶家から僕を守るために、幼馴染の天草しきみさんとずっと準備を整えてくれていたらしい。

 政府による交換留学プログラム、メアリー前女王陛下が始めたこのシステムを僕は男性として初めて適用する事が決まった。氏名や出自を明かす事なく政府主導のもと秘密裏に行われた為に、この国の人間でも大きく知られていたわけではない。あくまでも実験のような意味合いのものだった。

 そうして僕は中学3年間をスターズで過ごした後、理人さんの皇家なら君を守る事ができるからという提案もあって、僕は皇くくりさんが理事長を務める乙女咲学園に通う事になったのである。

 その乙女咲で、僕は君と出会ったんだ。


『なぁ、黛、俺はアイドルになりたいんだ』


 初めて歌詞の相談を受けた時、あくあは僕にそう言った。

 アイドルになりたいという事にも驚いたが、それ以上に君は僕と違って自由なんだという事を知る。

 今は延命措置のようなもので、僕はいつの日か黒蝶家に、黒蝶揚羽に飼われる事になるだろう。

 そんな僕と違って、君は明日と言う未来に目を輝かせていた。

 うらやましくない。嫉妬なんてしなかったといえば嘘になる。

 それでも君のその眩さは僕を惹きつけてやまなかった。


『良い詞じゃねぇか』


 僕の歌詞を見たモジャさんはぶっきらぼうにそう褒めてくれた。

 大人の人に認められたみたいで嬉しかった事をよく覚えている。

 幸いにも作詞の仕事は自分に向いていた。

 もとより本を読むのが好きだったからというのもあるのかもしれない。

 だって、本の中だけは僕は誰にでもなれるし自由だから。本は僕にとっての現実逃避だった。


『シンちゃん。またこうやってシンちゃんと話せるようになってママとっても嬉しいわ』


 中学時代、思春期になり、大人の体になったあたりから僕は男女の関係がどう言うものなのか知った。

 それからと言うもの、今までうまくいっていた母さんとの関係も少しギクシャクしていく。

 頭では母さんは大丈夫だと理解していても、世間的にそういう事は珍しい事ではない。

 だから僕は母さんを自然と避けるようになって、本を読む事へと逃げていったんだ。

 同様にあまり好きではない勉強をするようになったのも、この頃からだと思う。

 だって勉強をしていれば部屋に篭れるし、女性である母さんと向き合わなくていいから。


『ふふっ、こうやってシンちゃんとまた一緒に、同じテーブルでご飯食べられるなんて夢みたい』


 あくあと出会った事で、俯いて本を読む事よりも顔を上げるようになった。

 そうして久しぶりに見た母さんの目が潤んでいたのを見た時、取り返しのつかない事をしてしまったと気付かされたんだ。

 女の子を笑顔にしたい。そう言っていたあくあに手を貸すって言ってた僕が何をやっているんだろう。女の子を笑顔にするどころか、こんなにも身近な人を泣かせてしまっていた自分の愚かさに腹が立った。

 失った時間は戻らない。それから僕は、ちゃんと母さんとも向き合うようになっていったんだ。

 そして、僕を変えたあの日がやってくる。


『今と違って、あの時の俺には何にもなかったんだよ。そう、最初から何にもなくって、どうして自分は生きているんだろう。なんで生まれてきたんだろうって思ってた。希望も目標もなくって、ただ生きているだけ、生かされているだけの人生。俺は一人薄暗い部屋の中で、あぁ、早く終わってくれないかなってそんなことばかりを考えていた』


 とあがあくあに自分の秘密を打ち明けようとした時、あくあが言った言葉に衝撃を受けた。

 僕と同じじゃないか……。

 何もなくて、なんで生まれてきたんだろうって、希望も何もなくて……ああ、それなのに、お前はそんな素振りも一切見せずに、あんなにも輝いていたのか。自らの未来さえも諦めて、ただ現状に流されてるだけの僕と違って、君は本に出てくる主人公のように、いや1人の人間として、何も見えないこの先を勇気を出して走り出したんだと気付かされた。

 僕も、君を真似れば、君のようになれるだろうか? そんな浅はかな僕の子供じみた考えをぶち壊したのもあくあだったな。


『この世界でアイドルをやろうと思ったのも、何かに挑戦しようと思ったのも、お前が応援してくれたから、俺だってやってやろうって思ったんだ! 何もできない? 嘘つけよ。お前はもう既に俺を、白銀あくあの事を救ってるんだよ! いいか黛! 俺がお前のヒーローなら、お前は俺のヒーローなんだよ!!』


 だからこそ、あの時、病院で僕を奮い立たせたこの言葉は衝撃的だった。

 強張っていた体がゆっくりと緩んでいく。あの時の言葉がまた俺に勇気を与えてくれる。

 気がつけば、僕は椅子に座って俯いているあくあの目の前に立っていた。


『だから……だから、お前はお前だけのヒーローを目指せよ!! 白銀あくあじゃない、黛慎太郎にしかなれないヒーローを目指せばいいじゃないか!!』


 あくあ、君は知らないかもしれないけど、君の言葉で救われた人は僕やとあだけじゃない。

 今日きっとここに来てる人たちだって、きっと君に何かしらを救われてきたんだ。

 そんな人達に、情けない姿の白銀あくあを見せるわけにはいかない。

 俺達には幾ら情けない姿を見せてもいいが、ステージに立つあくあには誰しもが憧れた白銀あくあでいて欲しいと思う。とあもそう思ったから誰よりも早く走り出したんだ。


「あくあ……この歌声が聴こえてるか? ステージの上で今、とあが頑張ってる」


 君が復活するって、とあはきっと誰よりも信じてるから。


「僕も今からそこに行くよ」


 全ては君に繋ぐために。

 信じてる。そんな言葉を言わなくても、わかっているだろ?


「だからそこで僕の姿を見ていてくれ」


 だって僕は君のヒーローなんだろう?

 僕の知っているヒーローはいつだって、その大きな背中で誰よりも先頭を走っていた。

 でもずっと先頭を走り続けることは難しい。自転車競技でもチームメイトがいて、先頭を交代する事でチームでゴールを目指すんだ。だから今度は僕が先頭に立つ。


「あとは僕に任せろ」


 僕はとあにそう言ってから所定の位置へと向かう。

 心は思ったよりも落ち着いていた。でもその奥では熱い何かが燃えていた。


「僕が時間を稼ぐから、とあは後ろで休んでくれ」


 とあを照らしていたスポットライトの光が落ちる。

 もう一歩も引けない。ここからは僕1人の時間だ。


「さぁ、ここからは黛慎太郎の時間だ」


 僕はそっとピアノの鍵盤へと手を置く。

 stay hereのソロピアノアレンジ。ゆったりとした曲があっている僕のために、ピアノの弾けるあくあがアレンジしてくれた。


「僕は君に何度も酷いことをした。だから変わらなきゃいけないって思ったんだ」


 ステージに上がる時、チラリと母さんの姿が見えた。

 まだ登場しただけなのに、母さんはもう感極まっているのか、今にも泣きそうに見える。


「君の代わりなんて、世界のどこを探したっていない。だから僕から離れないで」


 本来のこの曲の意図とは違うのかもしれないけど、僕はまだ女の人の事が好きになった経験がない。

 だから僕は、母さんとの事を考えてこの曲を歌う。


「間違って、悔やんで、また間違った行動をする。そうして僕は君の時間を奪ってしまった。僕は君がどれだけ僕のことを考えてくれていたのかをわかっていなかったんだ」


 久しぶりに一緒のテーブルで食事をした時の母さんの顔は、僕が知っていた頃よりもほんの少しだけ老けて見えた。

 どれくらいの時間を無駄にしてしまったのだろう。いくら悔やんでも時が戻ることはない。


「僕はもう終わりだよ。君がそばにいてくれないなんて考えたくもない。僕は君に何度も酷いことをした。だから変わらなきゃいけないって思ったんだ。君の代わりなんて、世界のどこを探したっていない。だから僕から離れないで。僕は君に取り返しのつかない事をしたかもしれない。だから謝らなきゃいけないって思った。だって、君の代わりなんて、世界のどこを探したっていない。だから僕を待っていて!」


 泣いてる母さんを抱きしめた時、びっくりした。

 もう僕の体の方が母さんよりも大きくて、母さんはこんなに小さな体で僕を守ってくれていたのだと気付かされる。


「やっと君を捕まえることができた。この手で君に触ってもいいだろうか? 君のおかげで俺は愛に気付かされた」


 家族を、僕を守ろうとした母さんの母としての無償の愛。それを蔑ろにしてきた。


「俺は君のことを信じることができなかったんだ。今までの関係を崩したくないから怖くて一歩を踏み出せなかった」


 そんな母さんの事を同じ女性だからと言って信じられなかった。


「君は俺のせいで前を進むことをやめてしまった。1人取り残された君をみて俺はこのままじゃダメだって思ったんだ。だって君には俺が必要だろ? だからベイビー、俺のそばにいてくれ」


 そうやって僕は線を引いていたんだ。

 母さんだけじゃない。他の女性に対しても。

 僕は観客席の方へと視線を向ける。ファンのみんなが僕の歌に合わせて、手に持った緑色のペンライトをゆっくりと揺らしていた。


「俺は君に何度も酷いことをした。だから変わらなきゃいけないって思った。君の代わりなんて、世界のどこを探したっていない。だから俺から離れないで。俺は君に取り返しのつかない事をしたかもしれない。だから謝らなきゃいけないって思った。だって、君の代わりなんて、世界のどこを探したっていない」


 あくあのおかげで仲良くなったクラスメイトの女の子たちはみんな優しくて、仕事で関わった女の人達も僕が先入観で思い込まされていた女性たちとは大きく違った。

 母さんにしてしまったように、あのままなら僕は他の女性に対しても失礼な事をしていたかもしれない。

 そんな僕を正しく女性へと向き合わせてくれたのは君だ。

 世界を変えるといったあくあは気がついているだろうか。

 今まさに君が初めて変えた男子がこうやって大勢の女性の前で歌っている。


「だからそこで待っていて、俺が君を迎えに行くから!!」


 最後まで歌い切ると、周りの女性たちから大歓声が巻き起こった。

 僕は立ち上がるとステージの前まで行って、静かに曲を聞いてくれた事に対してゆっくりとお辞儀をする。


「みなさん、こんばんは」


 僕が喋りかけるなんて思ってなかったのか観客席がどよめく。

 わかるよ。だって自分でもこんな事するなんて思ってもいなかったんだから。

 同様に今ごろ後ろでも何人かが慌てているのかもしれないな。

 はは、僕がアドリブを言うなんて、きっとあくあのせいだよ。


「「「「「「「「「「こんばんはー」」」」」」」」」」


 一呼吸おいて、ファンのみんなから挨拶が返ってきた。

 それがまた嬉しくなる。

 挨拶はいいものだって言っていたあくあの気持ちがわかるよ。


「今日は来てくれてありがとう。みんなこの日のために仮装してくれたんだね。ありがとう。でも、薄着の人は寒くないですか? 風邪を引いたりしないようにみんな気をつけてね」


 僕は観客席に向かって微笑む。


「黛君のスマイルに全私が為す術もなくやられた件について」

「ちょっと待って、今日の黛君どうしたの?」

「わ、わ! 仮装だけど男の子に服装褒められたの初めて……」

「もう私、このナース服脱がない」

「お前医者だろ、ややこしくなるからやめろ!」

「ベリルの男子たちを悩殺するためにちょっとだけ露出多めな衣装を着てきた私、無事やり返される」

「これがパターン4、優しさ全振りの黛君か……」

「そりゃ4選んだやつ死ぬわ」

「とあちゃんで死んで、マユシン君でも死ぬ私」

「あと何回死ねばいいんだ」

「リアルでゾンビばっかりじゃねーか」


 本当に今でも信じられない気分だ。

 こうやって普通に女の子達と話せるなんて、乙女咲に入学した時の僕からは考えられない。


「ところで僕のこの衣装はどうかな? 今日のこの日のために、あくあのついでにジョンさんがみんなの分もデザインしてくれたんだ」


 せっかくだからと、僕はゆっくりとターンして全身を見せつける。

 この衣装は牧師風のエクソシストをイメージしてあつらえてくれた衣装だ。


「やばい! 普通にかっこいい!!」

「文化祭の時から、黛君の衣装が私を殺しにきてる件について」

「ここにゾンビいます! 除霊してください!」

「こっちにゴーストいます! 除霊してください!!」

「除霊されたがる奴が多すぎだろ」

「黛君に除霊されるなら死んでもいい……」

「命懸けのやつ多すぎて笑った」

「死ぬな。まだ始まったばかりだぞ」

「朗報、始まってまだ30分も経ってない」

「嘘でしょ!?」

「もう一生分を超えた先を味わってる」


 僕は観客席でファンの人達がざわめいている間に、マイクの音を切ってピンマイクを使ってモジャさんに喋りかける。


「モジャさん、次のMCの後、あの曲、行きます」

『黛、テメェ……まだあの曲は……!?』


 直前まで準備していたとあが作ってくれた曲がある。

 スローテンポな曲が得意な僕にとって、明るくて元気なこの曲を1人で歌いきるのは難しかった。

 100%のものを提供できないのなら、違う曲にした方がいい。

 変更になったプログラムを見た時、悔しくて本番直前まで何度も何度も練習した。


「モジャさん……僕はもう昨日の黛慎太郎じゃない。今日の黛慎太郎を信じてください」


 この前まで無理だった事が今日も無理だとは限らない。

 僕だって成長している。やるしかないと思った。


『わかったわ。黛君、君の思った通りにやりなさい。責任は私が取るから』


 回線に天鳥社長が割り込んでくる。


「ありがとうございます天鳥社長」

『ふふっ、それが私の役目なのだから、貴方達はそんなことを気にしなくていいのよ。それにね……あくあ君が言ってたもの。黛慎太郎はやるって言ったら絶対にやる男だから信じて欲しいって』


 喉の奥が熱くなった。そうやって君はいつだって僕に道を繋いでくれる。だから今度は、僕が君に道を繋ぐ番だ。


『こうなったら俺も腹を括るぜ! 黛、テメェの好きなようにやれ!! ダメでもこっちでなんとかするから、テメェの思ったようにやりやがれ!!』

「はい……ありがとうございます。天鳥社長、モジャさん」


 僕は再びマイクの電源をONにする。


「さぁ、ハロウィンの夜はまだ始まったばかりだ! もっとみんなでこの夜を楽しもう!!」

「「「「「「「「「「わああああああああああああああああああ!!」」」」」」」」」」


 歓声が鳴り止むのと同時に曲のイントロがステージに流れる。

 光輝く未来へ。それがこの曲のタイトルだ。


「君はいつだって自由だ。その翼でどこまでも飛んでいく。誰も見た事もない景色へと。目の前は何も見えない。それでも君は迷う事なく歩いていくんだ。切り開いていく。世界すらも。Wow、Wow、Wow、Wow!」


 僕は声を張り上げる。歌い出しの歌詞はあくあの事を考えて書いた。


「期待と重圧で押しつぶされそうだった。逃げ出したくてもそんな勇気すらもない。諦める理由だけをずっと考えて生きてきた。でも今は向き合う事だけを考えている」


 曲が自分の人生と重なる。今までの自分に別れを告げるために書いた歌詞だ。


「僕は自由なんだ。どこにだって好きなところに飛んでいける。誰も見た事のない景色へと。目の前は何も見えない。それでも僕は迷う事なく歩いていくんだ。切り開いていく。世界すらも」


 全てを諦めていた。何もせずに現状を受け入れようとしていたんだ。

 それがどれだけ愚かだった事かも知らずにただ流されるだけの人生。それが僕だった。


「どこにだっていける。だって僕は自由だろう? 迷う必要なんてない。まだ見た事ない景色が僕を待っている。突き進め。未来へと。Wow、Wow、Wow、Wow!」


 それでも立ち上がる事の、頑張る事の素晴らしさを教えてくれたのは君だ。

 新しい事にチャレンジする事はとても新鮮で、それで得られたものは決して本を読んでいるだけでは得られないものばかりだった。


「もう誰かのせいにして生きたくなんてないんだ。何かのせいにして諦める事なんて何一つない。君の背中はいつだってそれを教えてくれた。僕が馬鹿だって事、君が気づかせてくれたんだ」


 あぁ、そうだよ。僕は馬鹿なんだ。

 頭のいい振りをして全てを諦めてただけの子供、それが僕、黛慎太郎だったんだよ。


「何も見えない今が楽しくて仕方がない。明日の道は自分で切り開いていく!」


 情けなくたっていい。それでも前に進む事の楽しさを君が教えてくれた。


「僕達は自由なんだ。どこにだって好きなところに飛んでいける。誰も見た事のない景色へと。目の前は何も見えない。それでも僕達は迷う事なく歩いていくんだ。切り開いていく。世界すらも」


 この道はどこに続いているのだろう?

 ここから先はどうなっているのかわからない。

 それでもいいじゃないか。

 たった一度きりの人生、僕は本に描かれている事以上の人生を味わうんだ。


「どこにだっていける。だって僕達は自由だろう? 迷う必要なんてない。まだ見た事ない景色が僕達を待っている。突き進め。未来へと」


 僕は観客席に向かって手をあげると、大きく体を左右に振らせた。

 ここから先は今日来てくれた人、テレビの前で見てくれている人、ファンの人達の事を想って書いた歌詞だから。


「これが正解かどうかなんてわからない。もしかしたら間違ってる事をしているのかもしれない。だからと言って諦める事なんてもうできない。みんなを笑顔にするって君が言ったあの日から」


 ほら! 俯いてないで顔を上げろよ親友!!


「僕の笑顔を君達に届けたい。この気持ちを伝えたいんだ。そのために僕は手を伸ばし続ける。どこにだっていける。だって君と僕は自由だろう? 一緒に行こう、同じ未来へと」


 観客席にいるファンの人達の、みんなの笑顔を見てくれ!!

 僕が笑顔にしたんだ。みんながこの曲を聴いて楽しんでくれている。


「みんな自由なんだ。どこにだって好きなところに飛んでいける。誰も見た事のない景色へと。目の前は何も見えないかもしれない。それでも僕達と一緒に歩いていこう。切り開いていく。世界すらも」


 そしてみんなが君の事を待っている。

 僕も、とあも、天我先輩も、天鳥社長も、モジャさんも、みんな、みんな君の事を待っているんだ。

 だからもう一度立ち上がってくれよ。僕の……いや、僕達みんなのヒーロー、白銀あくあ!!


「どこにだっていける。だって僕達は自由だろう? もう迷う必要なんてない! まだ見た事ない景色にみんなを連れていく。ゆっくりでもいい。明日に向かって」


 今まで声量が足りなくて最後はいつも尻すぼみになってたけど、最後まで声を張り続けた。

 これが今の僕にできる全力を見せつけたつもりだけど、それでもまだ足りないのだと思う。

 足りない分は気持ちを乗せたつもりだ。

 君の事、とあや天我先輩の事、支えてくれるスタッフのみんなの事、母さんの事、そして……目の前のお客さん達の事。どうだ、あくあ、僕はみんなを笑顔にできたか?

 その答えが大歓声となって返ってくる。


「最後、私達に向けて歌ってない!?」

「最初の辺はあくあ君の事だよね」

「これって、黛君作詞だよね?」

「黛君って黒蝶家に連なるお家だっけ」

「多分色々とあるんだろうね」

「私がマユシン君を守る……!」

「これは黛慎太郎君を守り隊が結成される予感」

「なんか知らないけど泣いた」

「あんた、とあちゃんの時から泣いてるじゃん……」

「つまりずっと泣いてる。私も泣いてる」

「とりあえず全てが尊い」

「てぇてぇ、こーれ、私は最後までずっとこれ言ってる気がします」


 僕はもう一度観客席に向かって大きなお辞儀する。

 きっと最後まで歌い切れたのは、みんなが手拍子をとってくれたり心の中で応援してくれたからだ。

 1人だけじゃない、僕だけじゃない。ファンやスタッフとみんなで一つの物を作っていく。

 ライブのステージはそういうものだって、あくあが教えてくれた。

 あぁ、ありがとう、あくあ。君のおかげで、今日もまた見た事のない新しい景色が見れたよ。

 だから早くこっちにこいよ。ここから見える景色は、ファンの人達の笑顔はいつだって最高だぞ。


『後輩、我もそちらに行くぞ!!』


 インカムから天我先輩の声が聞こえる。

 天井へと向けられるスポットライト。

 空から両手を広げた天我先輩が降りてくる。

 しかし今日の天我先輩は堕天使ではない。狼男をイメージした衣装とヘアスタイリングをしていた。


『またせたな、お前たち! スーパーテンガタイムの時間だ!』

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[良い点] ま、黛ぃ(´;ω;`) [一言] ぱ、パイセぇぇん!(/・ω・)/
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