雪白えみり、他人の金で食う飯はうめえ!
「は?」
私はクレアから送られてきたメールを見て固まった。
『文化祭で、えみり先輩の事を探している人が多いみたいです』
ヤベェ、借金取りか!? って勘違いしそうになったけど、どうやらそうではないらしい。
クレアからよく話を聞くと、雪白えみりとしての私ではなく捗るとしての私を探している奴らが多いみたいだ。
くっそ、掲示板の連中め。人騒がせな! そんな暇があるならもっと有意義な事に時間を費やしやがれ!
「仕方ない。あの格好で行くか」
私は箪笥の中から聖女服を取り出して着替える。
あっ、よく見たら隅っこに披露宴で食ったチキンのタレがしみになってるじゃん!
ちゃんとタライでゴシゴシと洗ったはずなのに、どうやら汚れが残っていたみたいだ。
ま、まぁ、このくらいなら大丈夫だろ。
「いってきまーす」
流石にシスター服で目的地まで行くのはアレすぎるので、一旦服を戻して目的地の側まで行った後に、近くの公衆トイレで着替えて乙女咲に向かう。
周りを見ると、私と同じように乙女咲に向かってる人達の姿が大量に目につく。
全く、どいつもこいつも頭の中でムフフな事を考えてそうな顔しやがって!
おっ! その中でも1番ボケっとした顔の奴がいるなと思ったら、めちゃくちゃ知り合いだった。
「お〜い、ホゲ川」
「ちょっと、ホゲ川じゃなくて森川でしょ。誰よもう! って捗……モゴモゴ」
はぁ〜、流石はホゲ川だぜ。全くもって油断も隙もねぇ。
少しは私が変装している姿を見て察してくれよ。そんなに察しが悪いんじゃ、あくあ様からお誘いのサインが出てても見逃しちまうぞ?
ほら、たとえばお前の隣でさっきから私に向かってひえっひえの視線を送ってきてる姐さんなんて、ミリも動じてないだろ。まぁ、それが逆に怖くて、あくあ様に近づくにつれキュンキュンしてた心臓が違う意味でドキドキしてるけどな!
「説明」
「はい……」
せつめいの4文字だけで有無をも言わさず圧かけてくる姐さんぱねぇっす。
仕方ない……。私は2人を連れて少し人気ないところに逸れると、なんでこの格好をしているのかを2人に説明した。
「ねぇ、もしかしなくても捗るってアホなの?」
「なっ!?」
よりにもよって、私の中でもアホランキング堂々の第1位、アホの筆頭に認定されてるホゲ川にだけは言われたくないんだが!? ちなみに2位は嗜みです!
「捗るさん……」
姐さんやめてくれ! そんな馬鹿を憐れむような視線で私の事を見ないで!!
仕方ない、こうなったら、嗜みの奴に助けを求めるか……。
私は自分の姿を自撮りして嗜みにメールを送る。するとすぐに返信が返ってきた。
『ねぇ、もしかしなくても捗るってアホなの?』
ぐがあああああああああああ!
よりにもよってホゲ川と同じ事を言いやがって!
言っておくけどなあ! 姐さんはともかく、掲示板規定ではお前もティムポスキーも私側だからな!!
くっそー。こうなったら嫌がらせで、今度会った時にあいつの携帯の待ち受け画面を、あくあ様の寝顔から私が涎垂らして寝てる写真に変えといてやる!!
「今、絶対にしょーもない事考えてると思う」
「奇遇ね。森川さん、私も同じ事を思ったわ」
ぐへへ、あくあ様の写真かと思ったら残念でしたって文字も丁寧に入れといてやるか。
「そういうわけだから、2人ともまた後でな。私は他のグループで参戦するから」
「他のグループ? なんだかとっても嫌な予感がするのだけど?」
「奇遇ですね姐さん。私もすごく嫌な予感がします」
私は2人に手を振って別れると、今日一緒に回る予定にしている忍者の所へと行く。
えーと、待ち合わせ場所はここだったかな?
「聖女様、今日はよろしくお願いします」
うぉっ!? びっくりしたあ!!
音もなく背後に現れるなよ。至近距離だし、フツーにこえーよ!!
「よ、よく来たな。ポップ……じゃなかった、リン」
こいつの名前は風見りん、明らかに見た目は小学四年生くらいだが実際は大学四年生だから私よりも年上だ。
残念ながらポンコツ具合は嗜みあたりと同レート帯だけど、十二司教とかいう頭のおかしい奴らの中でも会話ができるだけ比較的まともな奴だと思う。
これは冗談でも揶揄ってるわけでもなく、マジで半分くらいの奴はまともに会話できないのが実情だ。もうね、コミュ障とかそういう次元じゃないんだよね。芸術家とか呼ばれてるやつなんて、焦点のあってない目で一心不乱に何かを描いてたり、彫刻を彫ってたりする時あるし、昂ったら頬をピンク色に染めて息を荒げながら描いてたりするし、普通にアウト寄りのアウトだ。もう病院にぶち込んどいた方がいいんじゃないのかってクレアに言ったら、リアルで医者だっていうんだよ。大丈夫か? そいつの病院、医療事故とか起きてない?
間違ってもそいつのいる病院にだけはお世話にならんとこ……絶対にヤブ医者だろ。
「それじゃあ、行くか!」
「はい! 聖女様!」
私はりんの手を掴んで乙女咲の受付へと向かう。
こうでもしとかないと、方向音痴なコイツが迷子になる可能性があるからな。
「ねぇ、見てアレ」
「あっ、あの人、聖あくあ教の聖女様じゃん」
「ちょっと待って、隣にいる女の子は誰?」
「まさか隠し子!?」
「え? もしかして聖女様って子供いるの!?」
「ふぁ〜。なるほどね。だからあんなに落ち着いてるんだ」
「うんうん、聖女様って大人の落ち着いた淑女って感じがするよねー」
「あー、私も聖女様みたいなお淑やかで楚々とした美人さんになりたーい」
「お胸が大きいのはマイナスだけどね」
「いやいや、寧ろあくあくん的にはプラス要素だから聖あくあ教の聖女としては完璧なんじゃ?」
「確かに!」
「そう考えると、聖女様ってそこまで読んでたって事!?」
「聖女様すげぇ!」
「さすがは聖あくあ教の聖女。捗るみたいな賑やかし要員とは違うぜ」
「え? 捗る? どこ!?」
文化祭の受付を担当していた学生が私を見て吃驚とした顔をしていたが、奥から出てきた偉い先生っぽい人が、その人はいいからと簡単に通してくれた。
嫌な予感がするぜ。もしかして聖あくあ教って乙女咲まで侵略してたりしないよな?
「さっきの人は信者の1人です。良かったですね聖女様」
してたー。めっちゃしてたあああああああ。
おい……お前ら、頼むからもうそろそろ本気で自重しよ? いい加減、やばいって。なんか絶対そのうち偉い人が出てきてめちゃくちゃ怒られたりとか、裁判所から解散命令が出されるのはまだマシだけど、公安か何かに目をつけられてテロ組織として監視対象に入れられたらもう終わりだぞ!?
しかもコイツらと言ったら、最近は江戸城の跡地に城を建てようとかアホみたいなこと言っているし、なんだよ風雲えみり城って、もう名前の時点で嫌な予感しかしねえよ!!
くっそ、そうなる前にどっかで解散するか、ダメそうならもう本気でトンズラするしかない。
「あ、番号こちらで確認しますね」
受付でチケットの代わりに受け取ったリストバンドの番号を、あくあ様達のいる教室の前に居た受付の人に見せる。
ここでも受付の女性に吃驚した顔で三度見くらいされた。
ちなみにあくあ様のやるコスプレホスト喫茶は、混雑しないように事前に入れる人が決められていて、1年A組の生徒から招待チケットをもらった人は全員が入る事ができる。それ以外の招待チケットと一般参加チケットの人は抽選だ。
あくあ様たちのいる時間、シフト表は既に公開されているので午前中は人気だが、午後も残り香だけ嗅ぎにくる高度な奴もいる。さすがはあくあ様のファンだ。ちゃんと頭がイカれてる奴が多くて安心する。
「はい、番号確認できました。1巡目のお客様ですね。おめでとうございます」
「はい、ありがとうございます」
「あ、あああありがとうございます」
私がお礼を述べると忍者もそれに続く。忍者の格好をしている時からは想像ができないだろうが、コイツはコミュ障だ。なんでも田舎の山奥から出てきた時に、都会の学校で最初の挨拶で失敗したらしく、それ以降こんな感じらしい。
悪い奴じゃないし、良い奴なんだけど、学校ってのは残酷なもんだ。最初で失敗したらその後3年間で友達なんてできるわけがない! 掲示板の連中しか友達のいない私が言うんだから間違いねぇ!!
「いらっしゃいませ〜、お席にどうぞ」
教室の中に入ると、すでに私たち以外は全員席に座っていた。
そのせいで目立ってしまう。
「ね、ねぇ、アレって聖あくあ教のシスターの人じゃない?」
「綺麗……目隠ししてても美しいってわかる」
「うわぁ、私、カノンさんと同じくらい綺麗な人、初めて見たかも……」
「カノンさんが美少女ならシスターさんは美女タイプよね」
「あの人ってこんなところに来ても大丈夫なの?」
「うーん……あくあ君とカノンさんの結婚式の時にも居たし大丈夫なんじゃない?」
「本当にダメだったら受付で先生方が止めてるでしょ」
「うんうん、外には警察とか公安とか自衛隊の人が一般人に紛れて警備してくれてるらしいし、やばかったら誰かが止めてるよね」
おい……マジかよ。誰にも止められなかったんだが!?
この国の警察、公安、自衛隊は大丈夫か? 流石にホゲ川や嗜みのように間が抜けてるわけじゃないだろうし……うっ、嫌な予感がしたのでこれ以上は考えるのを止めとこ。
私たちが席に座ると、1年A組のお嬢様っぽい子がオーダーを聞きに来てくれた。
「ご注文は如何なさいますの?」
「えっと、アールグレイでお願いします」
「せっ、拙者、タピオカ入りバタフライピーゼリー添えモカチップましましのクリームフラッペwithキャラメルソースで……後パンケーキもお願いします」
おい、忍者それは呪文か? 後それ、絶対に不味くても残すんじゃないぞ!
自分で注文した分のお残しは、捗るさんが許しません!!
「ま、まさか本当に注文する人がいるなんて……ンンッ! かしこまりましたですわ」
私は一旦水を飲むと、改めて周囲の席を見る。幸いにも隣のテーブルにいる人は普通そうだ。視線があったのでお互いにペコリと軽く会釈する。
その奥へと視線を向けると同じく1巡目に当選した姐さんとホゲ川、それにあくあ様の妹であるらぴすちゃん達のテーブルが目についた。
そういえば披露宴の後、らぴすちゃんと話す機会があったんだけど、すごく良い子だったなぁ。聖女様みたいな落ち着いた大人の女性になりたいですって……えへへ、聞いたかホゲ川、嗜み? やっぱりあくあ様の妹は見る目がある!
あぁ〜、私もあんな妹が欲しいなぁ……いや、待てよ! 私があくあ様と結婚すれば、自動的にらぴすちゃんが妹になるじゃん! さすがは私、良い事を思いついてしまったぜ。
「聖女様? 聖人ティムポスキー様みたいな顔をしてるけど大丈夫ですか?」
「ふへっ!?」
危ねぇ危ねぇ。私は気を取り直して、改めて周囲のテーブルを確認する。
あっ! 嗜みの婆ちゃん発見! 向こうも私に気がついたのか、手を振ってくれた。
って、アレ? 向こうは私のことは知らないはずじゃ……。あぁ、そっか一応披露宴と結婚式で顔を合わせてるから知らない仲でもないのか。私は軽く会釈すると小さく手を振りかえした。
「みて、メアリー様とシスターさん、手を振ってたわよ」
「やべぇ、もうメアリー様も公認なのかよ……」
「そういえば結婚式でもいたよね?」
「まだできてから数ヶ月でしょ」
「やば……広がっていくスピードが尋常じゃなくない?」
「最近は隠れ信者とかいうのもいるらしいし、国会でちょっとだけ取り上げられてたよね」
「気がついたら全世界の人間が聖あくあ教の信者になってたりして」
「ありうる……」
ほんの少し教室の中がざわめく。どうせみんな、ムフフな話で盛り上がってるんだろうな〜。
そんな呑気な事を考えつつ、ゆっくりと視線を左に動かす。
げげげっ!? 嗜みの婆ちゃんと一緒のテーブルにいた人物を見て私は固まる。
あいつの顔は忘れもしない。皇くくり……この世界の上位華族にして、実質華族のトップだ。
私が高校生の時、小学生だった時のあの女にあったことがある。
今も薄く笑みを浮かべているが、なんでか知らないけどアイツだけは、腹の底で何を考えているのかわからない怖さがあるんだよな。生理的に嫌いってわけでもないし、実際に話した時も至って普通だった。
それこそ考え方だって特におかしなところはないし、思想が偏ってるわけでもない。むしろアイツと話していると、誰しもが自然と彼女に共感して寄り添ったり助けたいと思ってしまう。だからこそ怖かった。
ポンコツな私の壊れかけのセンサーが、この女だけは逆らっちゃダメだっていう。
なんでアイツと嗜みの婆ちゃんが……いや、お互いの立場を考えればそこに繋がりがあっても不思議ではないのか……? そんな事を考えていると、奥から人が出てきて教室がざわめく。
「えっ、えっ、誰? 誰?」
「あんな男の子居たの?」
「ランウェイの時の月街アヤナ来たあああああ!」
「ちょっとまって、アレ嗜みじゃね?」
「じゃあ、最後の子も女の子かな?」
「やば、普通にそこらへんの男の子よりかっこいいじゃん!」
「もう私、嗜みでいい」
「嗜みめっちゃ美少年」
うん……嗜みもクレアもイケるな。今度一緒にどうですかって誘うか。
私が心の中でニタニタしてると、さらにもう1人外に飛び出てくる。
最初はやたらと身長の高い女が出てきたなと思ってたら、顔を見て心臓が止まりそうになるくらい吃驚した。
は?
教室の中に居た全員が一斉に騒ぎ出す。
その声はあまりにも大きくて、あくあ様もたまらず耳を押さえた。
やべぇな……私、あくあ様なら女でもいけるかもしれん。
しかもアレでちゃんとお茄子様がついてるんだろ? 最高じゃねぇか!
あと、ホゲ川はよだれをちゃんと拭けよ。お前それでも国営放送のアナウンサーなんだから少しは周りの目に気を遣え!
「聖女様、口の端から涎が出てますよ」
「おっと、すまねぇ」
私は忍者の貸してくれた手ぬぐいで涎を拭く。
あとで洗って返そ。
「えへへ……聖女様は友達じゃないけど、ハンカチの貸し借りしたのこれが初めて」
ちょっと待てよお前!! そんな悲しい事を言われたら心の奥がキュンとしちゃうだろ!
そういえばさっきも小声で、友達と一緒にお茶するってこんな感じなのかなとか言ってたし……くぅっ、わかった、わかりましたよ。私がもれなく友達になってやるから、そんな悲しい事はもう言うな! 後ほら、あそこにいるクレアも優しい奴だからきっと友達になってくれるから。あーあと、あんま喋んねーけど、りのんとかも大丈夫なはずだ。
言っておくけど、他はダメだぞ。聖あくあ教の中で話が通じるのはここら辺までだからな。
「りん……今度普通に喫茶店行こうな」
「は、はい、聖女様!」
嬉しそうにしやがって。私より年上の癖に可愛い奴だなもう。
私は再び視線をあくあ様に戻すと、男装をしたとあちゃんや黛君と寸劇を繰り広げていた。
へぇ〜とあちゃんってば、普通に男装してもかっこいいじゃん!
「神に祈りを! あーくあ!!」
「バッカ、お前、静かにしろ!! 私の存在が掲示板のアホタレどもにバレるだろうが!!」
隣のテーブルに居たバカたれが騒いだので思わずツッコミを入れてしまった。
っていうかお前……一見すると普通の奴に見えてたのに信者かよ。いいって、こっちみてペコリしなくても!! 仲間だと思われるだろ!! しっ、しっ!
「こちら注文の商品になります」
「ありがとうございま……ってクレアじゃねぇか」
クレアは私たちのテーブルに持ってきた紅茶やパンケーキ、謎の飲み物を置くとそのまま私の隣に座った。
「えみりさん頼むから大人しくしててくださいよ」
「だいじょーぶだって、こう見えて私はしっかりしてるんだ。大船に乗ったつもりでいてくれ!」
「ううう、本当かなあ? 心配だよぉ……」
あくあ様の方を観察していると、嗜みの婆ちゃんとくくりの居るテーブルについた後、ホゲ川と姐さんがいるテーブルの方へと向かっていった。
大丈夫か? ホゲ川がやらかしたりしないだろうなって注意深く観察してたら、逆にあくあ様の方がやらかしてしまわれる。
まさか先日のお泊まり会が本人の口から明言されるなんて……いや、待てよ。これはもしや牽制なのでは? 捗るはうちの家にお泊まりするくらいの仲だから手を出すなよと、言ってしまえば、あくあ様による捗るお手つき宣言にも等しい発言だ。
へへ、俺の女か……あくあ様に言われるのなら悪くないな。
「捗るがいたら襲っちゃうからニュースになってるだろ」
「襲わねーよ!!」
やべっ、思わず突っ込みそうになったけど、すんでの所でクレアが両手で口を塞いでくれたおかげで、ほんのちょっとモゴモゴっとしただけになった。
「ちょ、ちょ、えみりさんダメ、騒いだらバレるってぇ!」
悪りぃ、悪りぃ、つい……な。そういう時もあるから仕方ない。
「パンケーキうまうま」
ちなみに忍者は呑気に目の前でパンケーキを頬張っていた。
普通お前が止めなきゃいけないんじゃないか……? まぁ、うまそうにパンケーキ食ってるからいっか。
あくあ様はホゲ川の席の前で、私と一夜を共にした宣言をした後、らぴすちゃんのテーブルでも色々とやらかして、私のテーブルの前を横切る。
その時、偶然にも……いや、運命に導かれた様に、私とあくあ様の視線が交錯した。
「あ、あれ!? なんでここにシスターさんが……?」
ど、どどどどうしよう!?
そういえばあくあ様からすれば、なんでこんな所に私が居るのって話になる。
多分だけど、あくあ様は私がスターズの人って思ってそうだし、そんな私がここに居るのは不自然だ。
「実は彼女、私の知り合いでして……」
「クレアさんの知り合い?」
ナイスカバー、クレア! やっぱり他の奴らと違ってお前は有能だよ!!
「結婚式の時はどうもありがとうございました。今日は楽しんで行ってくださいね」
あ〜、やっぱあくあ様はいいっすね!
たとえメスの格好をしてたとしても容赦なく声や視線だけでわからせてくる。
「あ、あとですね。こっちも私の知り合いで、風見りんさんです」
「風見りん。メアリーの4年生。好きなものはパンケーキとポップコーン……です」
忍者の事を見るあくあ様の目線がらぴすちゃんを見る時と同じだった。
騙されないであくあ様、こいつこう見えて私より年上ですよ!
あくあ様はそんな事に気がつく素振りもなく、不用意に忍者の頭を撫でる。
「あくあさん、ちなみにりんさんは大学四年生です」
「ふぁ!?」
「良い、気にしなくて……それよりもっと撫でて」
おい、こら! 忍者、お前だよお前、そこ代われ!!
わ、私だって頭なんかあんま撫でられた事ないんだぞ!
ぐぬぬぬぬぬ……私の嫉妬圧がクレアのお腹に響いたのか、腹を抱えて苦しみ出す。
「ヒィッ……胃が、イタタタタ」
「クレアさん大丈夫?」
「だ、大丈夫です。ここここは、私がなんとかするので1秒でも早く、他のテーブルにヘルプしに行ってください。お願いします……!」
おっと、あまりにも羨ましくて、本気の捗るさんが顔を出しちゃったみたいだ。
だって私も頭なでなでされたいもん! あくあ様に撫でられたい。なんなら頭じゃなくて胸の方とか、股の方もなでなでして欲しい。なんなら手じゃなくてその立派なお茄子様で撫でてくれてもいいくらいだ。
そんな事を考えてたらまた嫉妬で圧が出そうになったので、私はクレアのために圧を緩める。
「大丈夫かクレア?」
「は、はひ……ちょっとお手洗いに行ってきます」
「大を気張りすぎるなよ〜」
「大って……えみりさんのバカ!」
うんうん、それだけ言えるならまだ大丈夫だろう。
ちなみにこっちは違う意味で腹が痛い。そういや昨日、飯食ってなかったわ……。
ぐぅ〜、せっかく貰ったあのMVのバイト代も、帰りに子供の修学旅行のお金を落として顔を青褪めていたお母さんがいたから、全部あげちゃったんだよね……。だってよ〜、無視すればよかったじゃんっていうかもしれないけど、あんな今にも死にそうな顔でトボトボ歩いてる人いたら普通は心配で声かけちゃうだろ。
しかも話を聞いたら、お母さん病気であんま働けなくて、一括払いでギリギリまで学校に待ってもらってたっていうし、うん。まぁ、幸いにもコンビニで支払った後だったし、多少食うの我慢すりゃいいだけだからな。
こんな紙切れで誰かが幸せになれるならそっちの方がいいだろ。だからやった事にはミリも後悔してねぇ。ただな……目の前のパンケーキの匂いが! 全部、全部、私の方に向かってふわあああって飛んでくるんだよ。
甘味食いてえええええええええええええええ! 雑草に甘味なんてねぇんだよ! 花の蕾の味じゃ一瞬しか持たないし、もうその味は飽きた!! 私だってパンケーキ食べたい!!
「聖女様……パンケーキ、一緒に食べよ」
「忍者、お前……」
忍者……お前すごいよ。私、お前の事を少し侮っていたかもしれない。
これがホゲ川や嗜みなら、ミリも気が付かずにノンデリカシーな顔でうまそうに食ってるだけだったぞ!
忍者はパンケーキをカットすると、フォークに刺して私の方へと向ける。
「は、はい、聖女様。あーん」
「ンンッ! パンケーキうんめええええええええ!」
ヤベェ、涙出てきたわ……。
改めてパンケーキってこんなに美味かったんだな。
あくあ様が焼いてくれたパンケーキを食べた時並に感動したわ。
「りん……お前は特別に私の事をえみりと呼んでいいぞ」
「えっ!?」
忍者は戸惑った顔をしたが、ほんの少し恥ずかしそうな表情で私の方をチラチラと見る。
いいんだぞ。ほらいってみなさい。なんならえみりお姉様と言っても許そう。私の方が年下だけど……。
「じゃ、じゃあ、え、えみり……ちゃん」
「おう!」
「えへへ……と、友達みたい……」
嬉しそうにしやがって、おかげでこっちもホッコリとした気分になる。
「よしっ! じゃあ、りん、せっかくだから他の出し物とかも回ってみようぜ」
「う、うん!」
私たちは時間が来たので会計へと進む。
ちなみに料金は、昨日掲示板で騒がれていたように全てがタダだった。
一応、今日もやるとは確証がなかったからアールグレイにしたけど、パンケーキもらっちゃった忍者には悪い事しちゃったかな。
ちなみになんで無料だったかというと、噂のシャンパンタワーが注がれる度に、あくあ様が今日は俺の奢りだ、楽しんで行けよっていうんだもん。だから、有り難く頂くことにした。
「わ、私……男の子に奢られたの生まれて初めて……」
「わかる。財布出した事なら経験あるけど、それでもいい思い出にしてた」
「今日この日のために全財産おろしてきた私、まさかの奢りに思考が停止する」
「うっ、うっ、うっ……今日来れて本当によかった」
「外れた人ごめんね。でも、その分、みんなの分も楽しんだから」
「これは白銀キングダムですわ……」
「やっぱ勝つのは白銀あくあ」
「負けるのは私達」
「あー様になら永久に負け続けてたっていい」
「どうせならベッドの中でも負かされたい……」
店の外に出たら泣いてる人で溢れていた。
姐さんとホゲ川も泣いてたし、あのくくりや嗜みの婆ちゃんだって驚いた顔で笑いあってる。
らぴすちゃん達も嬉しそうだし、いやぁ、変装してでも来た甲斐があったなぁ。
と、この時の私はそんな事を能天気に考えていたのであった。
聖あくあ教、その恐ろしき深淵の一端をこの文化祭で知る事になるなんて……。
fantia、fanboxにてこのお話の裏側を那月会長の視点で掲載しています。
よろしければこちらもどうぞ。
本編ではやらなかったようなお話をこちらのサイトにて無料で公開しています。
・らぴす視点の、あくあが引っ越した後の日常
・スターズ編後の姐さん視点の日常回
・森川視点の日常回
・鞘無インコが配信中に、配信外のシロやたまとプレーするエピソード
・あくあ、とあ、黛、天我のバーベキュー回(ヘブンズソード撮影中)
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