白銀あくあ、お茶を濁さない。
カノンとのデートが終わった後、俺は慎太郎と合流して茶道部が用意してくれた更衣室で和服に着替えた。
「あらあらまぁまぁ、2人ともすごく似合ってるわよ」
俺と慎太郎を笑顔で出迎えてくれた黒上さんは、そっと俺に近づいてくるとさりげない所作で俺の衿を正してくれた。
黒上さんのこういう所は貴代子さんに負けてないというか、本当に高校生かって思うくらいの色気がある。しかも今は着物を着ているからわかりづらいけど、この着物の下にはとてつもなく大きなものをお持ちだ。
ピシッとした着物と学生服を着ている時のギャップが、より一層俺の内に秘めた劣情を掻き立てる。
あぁ……実はお婆ちゃんが来てからしてないんだよな。
そんな俺にとって、黒上さんのような甘く大人びた色香はよく効く。
「白銀君、大丈夫? もしかして疲れちゃった?」
「あ、いえ、大丈夫です……」
余計な事を考えていたら黒上さんに心配されてしまった。
ちょっとイケナイ事を考えてしまった自分が恥ずかしくなる。
ごめんね、黒上さん。
「本当? 疲れたら隣の部屋で一緒に休憩しようね」
えっ? きゅ、休憩!?
待ってください黒上さん、俺にはカノンっていうかわいい奥さんが居てですね。それなのに他の女の子と2人きりで密室の中でご休憩なんてダメですよ。それこそ母さんが言ってたえっちっち警察とかいうの出動しちゃいますよ!!
「ふふっ」
俺の反応を見て笑みを見せる黒上さん。
あれ? もしかして揶揄われたとか……? なんか黒上さんの掌の上で弄ばれてるような気がする。
「さぁ、行きましょう。お客さん達がきっと2人の事を待ってるわ」
「は、はい……」
あ、そうだった……。
俺は隣に慎太郎が居る事も忘れて黒上さんにデレデレしていたのである。
頼む慎太郎! この事はどうか……どうか! カノンとペゴニアさんの2人には内密にしておいてくれ!!
俺は慎太郎に向けて手を合わせて拝む素振りを見せる。
「あくあ、一体それは何をやってるんだ? ほら、早く行こう」
「うん……」
慎太郎は素知らぬ振りをしていたが、きっと俺が拝んでいた意味は伝わってるはずだ。頼むぞ慎太郎!! 信じてるからな俺の親友!!
「それじゃあ慎太郎、また後でな」
「ああ、お互いに頑張ろう」
俺は2つある和室の1つにはいると、先に来ていたお客さんの顔を見てほんの少し笑みが溢れる。
「2人とも間に合わないかもって言ってたけど、来てくれたんだね」
「ごめんね。思ったよりも仕事が長引いちゃって。しとりさんにも迷惑かけちゃった」
「社長、気にしないでください。その分、午前中はお母さん達が楽しんでくれたみたいですから」
俺の最初のお客さんは、阿古さんとしとりお姉ちゃんの2人だった。
休日まで働いてくれてる2人に感謝すべく俺は頭を下げる。
「阿古さんも、しとりお姉ちゃんも、本当にいつもありがとう」
文化祭の後にはハロウィンイベントも控えている。
それなのに胡桃さんの件についても結局2人が、いや、ベリルのみんなが見えないところからサポートしてくれた。
だからその分、ハロウィンイベントでは最高のパフォーマンスをしようと気合が入る。
「あくあ君、気にしないで、みんなやりたくてやってる事だから」
「そうそう、とあちゃん達も言ってるけど、あーちゃんは前だけ見てればいいの。後ろは私達みんなが支えるから。でも……たまには立ち止まって、こっちに振り向いてくれたら嬉しいかな」
たまには振り向いてか……。しとりお姉ちゃんの言葉に俺はほんの少しだけ考え込む。
俺がこの世界でこれだけやりたい事をやれてるのはみんなのおかげだ。
巻き込まれたと言っても過言ではないのに、とあや慎太郎、天我先輩は俺に続いてこの世界に入ってきてくれたし、チャーリーや赤海みたいに俺に憧れて一歩を踏み出してくれた後輩がいる。
最初は阿古さんが声をかけてくれて、しとりお姉ちゃんや、母さん、らぴす、家族のみんなも協力してくれて、モジャP、ノブさん、ジョン、トラッシュパンクスの2人、本郷監督、白龍先生、小雛先輩、アヤナ、桐花さん、それに森川さん……数えきれないほどの多くの人達に助けられてきた。
ファンのみんなだって俺のやる事についてきてくれて、結婚した後も変わらず俺の事を応援してくれている。
全てのきっかけとなったあの撮影からちょうど半年、ずっと前を、前だけを見て俺は走ってきた。
立ち止まって……か。
帰国後、俺はカノンの事でみんなに迷惑をかけたと思って、また多くの仕事を入れてしまった。
もしかしたら、しとりお姉ちゃんにその事を見抜かれたのかもしれない。
「それに……振り向いた時にあーちゃんの好きなお胸がチラッと見えるかもしれないしね!」
俺は袴の裾を踏んで盛大にずっこけそうになった。
せっかく感心してたのに、しとりお姉ちゃん……そういうとこだよ!!
って、なんで俺が女の子の胸部が好きだって事を知ってんの!?
もしかして、前にこっそりタグを見ちゃった姿を見られてたとか……。
「おっぱ……」
阿古さん、自分のサイズを確認しないで! そりゃしとりお姉ちゃんと比べると小さいけど、阿古さんも十分大きいから!!
俺はこのままじゃまずいと思って話を違う方に振る。
「あれ? そういえば母さん達は?」
「お母さん達なら今回は黛君の方に入っていったわよ」
うっ……母さんが何かやらかしてないかとても心配になる。
慎太郎にだけは迷惑かけてませんよーに。
「あーちゃん、お母さんの事なら心配しなくても大丈夫よ。だって黛君は真面目なんだもん。だからお母さんもちゃんとやるって言ってたし」
えぇ……? ちゃんとできるなら俺といる時もちゃんとして欲しいんだけど……。
まぁそれならそれで慎太郎の方は大丈夫か。俺は気を取り直して畳の上に正座する。
「本日は忙しい中ようこそお出でくださいました。ありがとうございます。ほんのひと時ですが、どうかごゆるりとお過ごしください」
「ありがとうございます」
俺は正客であるしとりお姉ちゃんと挨拶を交わすと、阿古さんとも同じように改めて挨拶を交わす。
この後、普通なら道具とか掛け軸の話をしたりするのだけど、多くの人に楽しんでもらいたいのでそこら辺はカットする予定だ。その分、ここはお客さんと俺や慎太郎とのフリートークタイムとなっている。
「あくあ君の着物姿を見てて思ったけど、ハロウィンイベントの後は陰陽師の撮影ね」
「今からすごく楽しみにしてますよ。天我先輩と敵同士ってのも楽しみですけど、はなあたで共演したヒロイン役の茉莉花さんともまた一緒にやれるのもすごく楽しみです」
この前、森川さんが家に来た時に聞いたけど、森川さんも国営放送のアナウンサーという事で、サプライズゲストとしてほんの少しだけ陰陽師に出演するらしい。
森川さんは不安がってたけど、なんとなくだけど森川さんって本番に強そうな気がするんだよなあ。
それと森川さんって、本番に緊張を引きずるタイプじゃないからきっと大丈夫だと思うんだよね。
「でも、今は文化祭を無事に終わらせて、その後のハロウィンイベントに集中します」
「それがいいと思うわ。先の事を考えておくのも重要だけど、目の前の仕事に集中して。一つずつちゃんと終わらせていく事があくあ君の成長につながると思うから」
俺は阿古さんの言葉に頷く。
いただいた仕事は等しく全力を持って取り組みたいと思ってる。
何故なら全部、自分がしたいと思って引き受けた仕事ばかりだからだ。
中には阿古さん側から提示された仕事もあるけど、そういった現場も凄く熱があって楽しいし、俺や俺達の事を阿古さん達がちゃんと考えてくれているんだろうなと伝わってくる。
それこそ月9の現場がまさに阿古さんが持ってきてくれたお仕事だったけど、共演した小雛先輩との出会いは俺にとっては本当にありがたい事だった。絶対に調子に乗ってマウント取ってくるから、小雛先輩本人には絶対に言わないけどね。
それに同世代のアヤナと切磋琢磨できたのも良かったし、監督も俺が男性だからと遠慮する人じゃなかったのも良かったと思う。
もう撮り直し分も含めて全ての撮影は終わってるけど、ヘブンズソードとは違ったものが得られた現場だった。
「ふふっ、あーちゃん、楽しそう」
「しとりお姉ちゃん……」
しとりお姉ちゃんは穏やかな笑顔で俺の事を見つめる。
もしかしたら俺の気のせいかもしれない、いや、気のせいであって欲しいんだけど、しとりお姉ちゃんって、母さんより母性に満ち溢れてない?
「あーちゃん、お仕事や学校は楽しい?」
「うん。すごく楽しいよ。学校はいい人たちばかりだし、お仕事だって楽しくして仕方がないんだ。しとりお姉ちゃんや阿古さん、支えてくれるみんなのおかげでものすごく充実した毎日を送れてる。だから、改めてありがとうって言わせて欲しい。2人とも……本当にありがとう」
俺がそう言うと、しとりお姉ちゃんと阿古さんは少し目を潤ませていた。
少しの気恥ずかしさはあるけど、俺はどうせならと思ってしとりお姉ちゃんの目を見て言葉を続ける。
「それとカノンと結婚してから思った事だけど、実家に居た時、もっと……もっと、家族との時間を大事にするべきだったなと反省してる」
カノンとは、ちゃんとあの後も子供の事とか、お互いに思っている事をたくさん話し合った。
だからなのか、自分が親になること、親になって子供を育てることについて考えているうちに、俺は今まで家族とちゃんと向き合えていたのだろうかと考えるようになったのである。
前世で家族が居なかった事もあって、どういう距離感で家族と接したらいいのかわからなかった俺は自然と家族を遠ざけていたのだと思う。
この事には結婚する前から薄々と気がついていたけど、自分1人じゃどうする事もできなかった。だからこそ、もっとちゃんと誰かに相談した方が良かったのかもしれないな。
「だから、これからもちゃんと家に帰ったりするから、その時はみんなでゆっくり過ごそう」
「あーちゃん……」
でも……一つだけ、そう一つだけ言い訳させてもらうと、しとりお姉ちゃんや母さんは勿論の事、それこそらぴすだってみんな綺麗すぎるんだよ……! しかも無防備な姿をこれでもかと見せつけてくるし、脱衣所の洗濯籠に無造作に色々と脱ぎ捨ててあったりするし、毎日毎日良い匂いしてるし、しとりお姉ちゃんなんて寝ぼけてベッドの中に潜り込もうとするし! ああああああああ! 今、考えたらよく耐えたよ俺! 家族に負けるな、その言葉を合言葉に耐えに耐え抜いた日々だったと思う。
よく頑張ったと褒めて欲しいくらいだ。
でも、カノンに聞いた話だと、この世界じゃ家族と結婚する奴だっているらしい。
そう考えると俺の方がおかしいのか……? い、いや、そんな事ないはずだ。うん、きっとそうだよな? だ、誰かそうだと言ってくれ!!
「それじゃあ2人とも、ちょっと待っててね」
その後、2人にお抹茶を振る舞った俺は、また軽く談笑した。
今回のお茶会はちゃんとした形式ばったものというよりも、来てくれた人と楽しくお話しする事がメインである。
本当は母さんの息子として、茶道部としてちゃんとした方がいいのかと思ったけど、母さん曰く、お茶会は来てくれる人が楽しんでくれるのが一番よと言ってくれたのが大きかった。
うん、そう考えると母さんにもちゃんと尊敬できる部分はある。というか普通にしてたら、間違いなく尊敬できるちゃんとした大人だ。
それなのに、それらを帳消しにしてしまうくらいの子供っぽさとか、奇行に走っちゃう時があるのがな、うん。
この前もプリンひとつで駄々こねてたし……。
「あーちゃん今日はありがとう。お抹茶とても美味しかったわ」
「あくあ君、明日の文化祭も大変だろうけど頑張ってね。無理しちゃだめよ。疲れてたらハロウィンイベントも別の構成を考えてあるから、ちょっとでも何かあったら安心して相談してね」
「2人とも今日は忙しい最中にありがとう。それじゃあまたね」
2人を見送った後は、俺は和室に戻って次のお客さんを出迎えるための準備を整える。
幸いにも黒上さんや他の部員の人が手伝ってくれたから、すぐに次のお客さんを出迎える事ができた。
そうして数人のお客さんにお茶を振る舞う事、数時間。予定していた人数を終えた頃には、文化祭も終わりの時間が近づいてきていた。
「2人とも、今日はありがとう。無理言ってごめんね」
「気にしないでよ黒上さん、俺たちも一応は部員だしね。それにやってよかったってすごく思ってる」
「ああ、こんな事をしたのは初めてだったが……すごく楽しかったよ。こんな貴重な体験をありがとう黒上さん」
俺と慎太郎は、黒上さんや他の部員たちと軽くハイタッチをする。
茶道部のお茶会は明日も行われるけど、俺が出るのは今日だけだ。
慎太郎も本当は今日だけの予定だったが、どうやら明日も空いてる時間に参加するつもりらしい。
うん、これは良い傾向だと思う。
陰陽師だって元々は天我先輩が自分から受けた仕事だし、とあも最近はノブさんや桐花さんと何か新しい事をしようとしている。慎太郎も少しずつだけど積極的になっていっている気がした。
ヘブンズソードや今度やる予定の番組みたいに、もしかしたら4人でやる仕事もこれからは少し減っていくのかなと思うと寂しい気持ちもあるけど、それもまた俺達の成長にとっては必要な事なのかもしれない。
まあベリル&ベリルや、ベリル主催のフェスとか、ベリルが主体で受けてる仕事やベリルが主体でやるイベントは、今まで通り一緒にやれるだろうけどね。うん、そうだよな。そう考えるようにしよう。
「それじゃあ黒上さん、俺たちは先に教室に戻るよ」
「わかったわ。2人とも、今日は本当にありがとう。黛君は明日もよろしくね」
「はい、それじゃあまた後で」
文化祭が終わるまで、まだ少し時間が残ってる。
ギリギリまでクラスのコスプレホスト喫茶を手伝う事を決めた俺と慎太郎は、着替える時間がもったいなくて黒上さん達にお願いして和服のまま教室に戻った。
俺達の姿を見たみんながびっくりした顔をしてたけど、俺と慎太郎は逆にとあの服装にびっくりさせられる。
「ふっふっふっ、こんな事だろうと思って、ちゃんと準備してたんだよね」
まさかの和服メイド姿をしたとあに皆がびっくりした。
どうやらとあは俺と慎太郎が和服で戻ってくる事を見通して、この日のためにプライベートで衣装を用意していたらしい。
それにしてもとあの奴、普段は男物の制服着てるし、もう女の子の服なんて着てないのにどうしたんだろうって顔してたら、そっと耳元でサービスだよって囁かれた。
サービスって、なんの?
「とあちゃん? とあくん?」
「あああああああ、とあちゃんが私たちを弄んでくるうううううう!」
「もうどっちでもいい……とあちゃんなら女の子でもできる自信がある」
「和服姿の3人てぇてぇ……」
「あぁっ、あくあ君に囁くとあちゃん……今日一番の動悸ががが!」
「とあちゃんテイクアウトできませんか!!」
「和服姿の黛君に叱られたいです。いくらお支払いすればよろしいでしょうか?」
「あくあ君に着物ひん剥かれる妄想で今晩捗ります」
「捗る? さっき誰か捗るって言ってなかった?」
まぁ、お客さんも喜んでるみたいだしいっか。
それとこの前、シロで配信してた時も思ったけど、その捗るって言葉はやってんの?
俺も今度、配信でちょっとだけ使っちゃおうかなあとかそんなしょうもない事を考える。
そんな感じで、俺の文化祭1日目は無事に終える事ができた。
しかしその翌日、意気揚々と呑気な顔で登校した俺を、とんでもない事件が待ち受けていたのである。
fantia、fanboxにてこのお話の裏側を那月会長の視点で掲載しています。
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・らぴす視点の、あくあが引っ越した後の日常
・スターズ編後の姐さん視点の日常回
・森川視点の日常回
・鞘無インコが配信中に、配信外のシロやたまとプレーするエピソード
・あくあ、とあ、黛、天我のバーベキュー回(ヘブンズソード撮影中)
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