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白銀カノン、文化祭デート、とは。

 世界中にいる全ての女性、その何%が男性とデートをした事があるのだろう?

 普通男性は女性とデートなんかしてくれない。してくれたとしても、男性の数メートル後ろを女性がついて歩くような、護衛対象とSPみたいな感じのデートだ。

 それなのに私の隣にいるこの人は、白龍先生や八雲先生の描く作品に登場する男性たちよりも甘くときめくようなデートをしてくれる。


「ん? どうかした?」

「う、ううん、なんでもない」


 あっ……あくあがカッコ良すぎてついつい見つめすぎちゃったかも。私はあくあからスッと視線を外すと、何もなかったかのように平静を装いつつ前を向く。

 ずっと見てたなんてバレてないよね。私は再び視線だけをあくあの方にチラリと向ける。

 も〜、学生服着てるだけなのになんでこんなにかっこいいの!?

 少し遅めのお昼休憩、私とあくあが同じ時間帯に休められるようにと、クラスのみんなが気を遣ってくれたことが嬉しかった。


「それじゃあ2人で文化祭デートできるね」

「ぶ、文化祭デート……」


 はっきり言って文化祭でデートなんて聞いた事がないよ。

 そもそも付き合ってたとしても、学校では内緒にしておきたいという理由から他人のふりをすることも珍しくはないのに、一体あくあは何を言っているんだと思った……。

 しかもあくあってば、デートをしてる事を周りに隠すつもりもないのか、教室を出る時からずっと私の手を握ってるし、私の手が手汗でベトベトになってるのがバレませんように!!


「ちょ……アレ……」

「手繋いでるとかマジ?」

「えっ? 女性の手首を縄で縛って男性が紐で引っ張るならわかるけど、手を繋ぐ? どういう事?」

「手袋もしてない……ばい菌扱いされてないだと?」

「私なら手汗だけで嫌われる自信がある。だってあんな事されたら絶対にびしょびしょのヌルヌルになっちゃう……」

「嗜……カノン様すごい。私なら内股気味になって歩くの大変だと思う」

「捗るも来てるのかな?」


 ちょっと! 誰か1人、明らかに嗜みって言いそうになって言い直してなかった!?

 それと捗るって言ってた奴! そう、貴女よ貴女、貴女は絶対に掲示板の住民でしょ!

 ううう……あくあと一緒にいる以上、仕方のない事だけど、なんかこんなに近くからジロジロとデート姿を見られるのは緊張するなあ。でも、私が逆の立場でもきっと同じ事しちゃうし、気持ちはわかるから止めたりはしないけどね。


「おっ! カノン、せっかくだからたこ焼き食べよ?」

「う、うん……」


 私がポケットの中から財布を取り出そうとしたら、それよりも先にあくあは現金を出していた。

 その流れがあまりにも自然すぎて、思わず見惚れてしまう。


「だ、男性が自らお金を出すなんて」

「男の人がお金を払ってる姿を生まれて初めて見た……」

「男の人ってちゃんとお財布持ってるんだ。それとも、あー様だけ?」

「生の嗜……カノン王女綺麗! ところで捗るはどこ?」


 だから! 掲示板以外でその名前を呼ばないでってば!!

 みんな、あくあに私が過去にちょっと恥ずかしい事とか言ってるのがバレちゃったらどうするのよ! へぇ、カノンって結構えっちなんだね……とか言われたら、私だって3日は引きこもっちゃうんだからね!!


「ありがとう。鉄板熱いから事故に気をつけて頑張ってね」

「ふぁ、ふぁい……」


 あくあは店員の女の子からたこ焼きのパックを受け取る。

 店員さんはちょっとサービスしておきましたからとか言ってたけど、あんなに蓋の浮いているたこ焼きのパック見た事ない……。

 私たちはたこ焼きを食べるために近くにあったベンチに座る。

 相変わらずすごい人数が私達の方を見ていて、ちょっと落ち着かない。

 見られ慣れすぎてる私ですらそう思うのに、あくあってば全然その視線に気がついてない。ミリも気がつくそぶりすらないんだよね。

 ねぇ、あくあって本当にアイドルなの? 私も相当ポンコツだけど、それならあくあはドがつくほどのポンコツだよ!?


「お、うまそう」


 呑気な顔をしてたこ焼きのパックの蓋を開けたあくあは、その中のたこ焼きの一つに爪楊枝を刺す。

 いっぱい入っててラッキーとか言ってるけど、その量は明らかにおかしいからね!?

 あくあはたこ焼きを一つ持ち上げると、私の方へと差し出した。


「はい、カノン」

「へ?」


 あくあさん?

 も、もももももももしかして、それを私に食べろとおっしゃっているのですか?

 みんなの視線が私とたこ焼きの間を行き来する。


「あ!」


 私が躊躇していると、あくあは何かに気がついたような顔をする。


「ごめんなカノン。俺、鈍いから気がつかなくって」

「う、うん」


 ほっ……流石の鈍いあくあも気がついたよね? そういうわけだから……。


「カノンって猫舌だったんだな。最初から言ってくれればいいのに」

「へ?」


 あくあは何を思ったのか、たこ焼きにフーフーと息を吹きかける。

 うぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!

 それは私の中の心の叫びだったのか、それともこの状況を見守っている女子達の絶叫だったのかはわからない。

 周囲に居た女子の数人がふらついて、隣の女子に体を支えてもらっていた。かろうじて立っている女の子達もよく見ると足が震えている。みんな満身創痍だった。


「はい、あーん」


 はわわわわわ、これ食べて大丈夫? だって、あくあの吐息がかかってるんだよ?

 もしかしたらワンチャン妊娠しちゃうとか……。って、カノン! お婆ちゃんの言葉を思い出すのよ!!

 これはまたとないチャンス! 遥か遠くからペゴニアも行けって看板出してるし!! ええーい、ままよ!


 ぱくっ。


 ふわあああああ、あくあの、あくあのが私の中に入ってくるよおおおおおおお。

 心なしか体の奥がぽかぽかする気がする。だって、お腹の下の辺りがキュンってしたもん。

 これがあくあの吐息、ゴッドブレス……god bless you、神のお恵みとはこの事だったのですね! あーくあ! じゃなくって! あぶな!! もうちょっとで、捗るのやってる変な宗教に入信してしまうところだった。

 現にそこ、数人膝折って拝んでる集団! 貴女達、絶対に捗ると同じお仲間の面白軍団でしょ!


「どう、美味しい?」

「う、うん」


 ひっひっふー、ひっひっふー、よーし、一旦心を落ち着けよう!

 私が呼吸を整えてると、チラチラとあくあが私の方を見てくる。どうしたんだろう? 何か様子がおかしい。


「カノンは、してくれないの?」

「え?」


 するって何? あの人達みたいに拝めってこと? そ、そそそそそそ、それとも、まさかここで……。

 かっ、覚悟を決めるのよカノン、みんなの前でするのはちょっと恥ずかしいけど、私が頑張ればここにいるみんなを救済できるのかもしれないのよ。

 人生において男性との触れ合いを何も知らないまま死んでいく女の子はとても多い。

 もしかしたらその流れであくあが興奮して、何人かはお情けが貰えるかもしれないし、既にペゴニアによって文化祭に参加する全ての女性の身元はチェック済みだ。特に問題がある女子はいないし、間違ってあくあと事が進んでも大丈夫な事は確認してる。

 だから、あとは私が覚悟を決めるだけなんだ! が、頑張れカノン! 流石に上を脱ぐのは恥ずかしいけど下だけなら……私はスカートの中にゆっくりと手を伸ばしていく。


「あーん、して欲しいな」

「へ?」


 あ、あ、あ……そ、そっち?

 遠くに居たペゴニアが看板に書かれた文字を指差す。


 【ぷーくすくす、お嬢様は何と勘違いしてたんですかあ?】


 もー! ペゴニアってば、知ってたなら言ってよね!

 それとその看板、お客さんを案内するためのクラスの看板なんだから遊んだらダメでしょ、メッ!


「は、はい。あーん」

「あーん。ンンッ! 熱々のトロトロでうまいな!!」


 あれ? ちょっと待って、今さっき普通にあーんってしちゃったけど、これってちょっと恥ずかしいような?

 だ、大丈夫、みんなの前でお外○ッ○○しちゃう事よりかは恥ずかしくないはず……?


「は? 何やってるのアレ?」

「よ、よくわからないけど、私たちの目の前でとんでもない事が行われているのだけは理解できる」

「男の子が床に弁当の中身落として、ほら食えよって言ってたのは見たことあるけど、アレ、ナニ?」

「幾ら払えばあくあ君に餌付けできますか? お腹いっぱい食べさせてあげたい……」

「むしろ、ほら食えよってちょっと雑に餌付けしてほしい……。もちろん全財産差し出します」

「それよりアレ、間接きしゅじゃ?」

「捗るーー!! はやくきてくれーーっ!!」


 捗るなんて呼ぶな!! あくあ1人で限界なのに、収拾がつかなくなるでしょうが!!

 私があのお泊まり会でどれだけ苦労したことか!

 あとこれ○ッ○○じゃないから! お外でなんてしないもん!!


「ふぅ、美味しかったな。よし、あっちに他のクラスの面白そうな出し物あったから行ってみよう!」

「う、うん……」


 たこ焼きを食べ終わってちょっと休憩した後、私たちは校舎の方へと戻る。

 さっきも普通に手を差し出してくれたから自然と握り返しちゃったけど、も、もしかしてデートの間、ずっと手を握ってるのかな? ふぁ〜、大丈夫かな私、ペゴニアが見守ってくれてるからもしもの時は大丈夫だろうけど、自分が何か粗相をやらかしたりしないかとても心配になる……。


「おっ! お化け屋敷じゃん!」

「お化け屋敷……」


 実は怖いの苦手なんだよね。

 そういえば前に、姐さんも怖いの苦手だって言ってたけど意外だったな。

 ちなみになんでかって理由聞いたら、お化けには物理攻撃が通用しないからという斜め上の答えが返ってきて一緒に聞いてたティムポスキーと乾いた笑いが出たっけ。姐さん、頼むからなんでも物理で解決しようとしないで……。あと姐さんならきっとお化けの方が怖がって出てこないから。だってお化けさんだって2回も死にたくないでしょ。


「もしかして怖い?」

「う、うん……ちょっとだけ」


 他事を考えていたら、あくあに心配されてしまった。

 あくあは私の手をほんの少しだけ強くぎゅっと握りしめる。


「大丈夫、俺がそばにいるから。行こ」


 至近距離からのあくあの笑顔、不意打ちの攻撃に足元がふらつきそうになった。

 ちょっとあくあってば今の反則だって、ほら、近くで巻き添え事故を貰っちゃったお化け屋敷の受付の女の子もちょっと内股気味じゃん!!


「おっ! 結構本格的だなあ」


 あわわわ、待って、そんな早く行っちゃダメ。

 私はあくあの肩にピタリと寄りかかるようにして歩く。

 こ、これで大丈夫! そう思った次の瞬間……。


 びたーん!


 わわっ、何、何、なんかぬるっとしたものが私の顔面にビターンって当たった!

 何これ、なんかベタベタ、ヌルヌルしてるし、ってこんにゃくじゃん! 誰よこんなところにこんにゃくぶら下げた人! しかもなんで私の顔にそんなに都合よく直撃するのよ!


「カ……カノン大丈夫?」

「う、うん大丈夫」


 なんだろう。なんかあくあの声が心なしか上ずってるような……。


「カノン……」

「あっ……」


 びっくりして、あくあにギュッて押しつけちゃった。流石にちょっとはしたなかったよね?


「あっ」

「へ?」


 ま、待って待って、今の声私じゃないよ!? 一体、何が起こってるの……?


「し、白銀君って結構積極的なんだね……」


 ちょっとぉ!? あくあ? 何してるの!?

 私は暗闇の中、目を凝らして声のした方をジッと見つめる。

 するとお化けの格好をした女の子の飛び出た部分ををあくあが鷲掴みにしていた。


「あ、あくあ!?」

「い、いや、これは不可抗力みたいなもんで……」

「ンンッ」


 あっ! あっ! 今、間違いなく一揉みしたよね!

 しかもその子、私より二回り以上も大きいじゃない! ほら、やっぱり大きいのがいいんだ! お義母さんだって、お義姉さんだって私よりおっぱい大きいし、やっぱりシャツのボタンが弾け飛ぶくらい大きいのが好きなんだ。この前のお泊まりだって、私やティムポスキーより、姐さんとか捗るのを見てた回数が多かったし……ちゃ、ちゃんとカウントしてるんだからね!


「いやいやいや、手を離そうとしたらちょっとだけ指先が食い込んだだけだから」

「ふーん。この前も私のよりペゴニアの方ばかり見てたよね」

「あ……はい。ごめんなさい……」


 ちょ、カマかけたのに本当に見てたんだ。あくあ、サイテー!!


「い、いやぁ、すごかったなお化け屋敷……」

「つーん」


 あの後、他のお化け役の女の子たちもこぞってあくあに押しつけた。

 あくあは耐えるようなそぶりを見せていたけど、暗闇の中でも顔がちょっとニヤけてたのちゃんと見えてるんだからね!


「よ、よし、次の出し物に行こう。ほら、体育館とかなんかやってるんじゃない」


 あくあはそう言って誤魔化すように、私の手をグイッと引っ張って体育館の中へと私を連れ込んだ。


「バスケ部でーす! 誰か挑戦者いませんかー? 部員と1on1で10回対決して、3本以上取れたら豪華賞品ありますよ〜!」


 へぇ……そんな事もやってるんだ。体育館の中はそこそこ人がいたけど、誰も挑戦しようとしてる人がいない。

 そりゃそうだよね。乙女咲、普通にバスケも強豪だから3点取るのも難しいと思う。


「よし……! カノンこれ預かってて、さっきのを帳消しするくらいかっこいいところ見せるから!!」

「えぇっ!?」


 あくあはジャケットを私に預けると、バスケ部の皆さんがいる方へと向かった。

 バスケ部の人達もあくあが挑戦するなんて思ってもいなかったのだろう。すごく驚いた顔をしていた。


『ピンポンパンポーン! 只今より体育館にて、1年A組、白銀あくあ君とバスケ部の1on1対決が行われます。ご観覧を希望されるご来場者様は、急いで体育館の方へお集まりください。私も行きます!!』


 ちょっと、放送部!?

 放送部のアナウンスのせいもあって、あっという間に体育館の中が人で溢れかえった。

 そりゃそうだよね。男子が体育するなんて月9でもすごく話題になってたし、あくあの身体能力が並みの男性からかけ離れてる事は、ヘブンズソードやお兄様の役でも既に証明されている。

 それを生で見られるんだから、みんなそりゃ集まっちゃうよね。


「まだ始まってないけど、これもう月9じゃん……」

「はわわわわ、理想のお兄様が私の前に」

「ちょっと静かにして、今から役に入り込むから」

「私今から小雛ゆかりになる。沙雪の気持ちになって見守る」

「兄様、かっこいい……」

「じゃあ莉奈役もーらいっと!」

「捗るは? あいつ今日来ないの?」

「嗜みーしっかりしろー! 顔が森川ってるぞ!」


 ちょっと今、確実に嗜みとか言ったやついるでしょ! これだから掲示板の連中は少しは自重しろ!!

 あとなんか捗る探してる人多くない? あいつそんなに人気なの? 私の気のせいかな?


「あくあちゃーん頑張ってー! フレフレ、あくあちゃん! フレフレ、あくあちゃん!」


 しかもお義母さんズいるし!! って皆さん、その格好どうしたの?


「まりんさん、流石にちょっとこれは……私も恥ずかしいかなぁって。とあが着るなら似合うんだろうけど……」

「わ、わわわ私たちみたいなおばさんがチアリーディングの格好なんて……シンちゃんに見られたらどうしよう」


 とか言ってちゃっかり3人ともチアのコスプレしてるじゃん!! しかも超ミニだし、おへそ出してるし、なんか背徳的ないけない感じがするし!! これこそえちち警察が出動しちゃうよ!!

 しかもあくあったら、ちゃんと黛君のお母さんとか、とあちゃんのお母さんの方をチラチラと見てるし! あと口ではお義母さんだからって言ってたけど、ちゃんとまりんさんのも確認してるし! そういうところ、全然と言っていいほど誤魔化せてないんだからね。もう!


『はい、それでは只今より白銀あくあ君とバスケ部による1on1を始めたいと思います!』


 いつの間にかアナウンサー席までできてるし。何コレ?

 あくあが最初のパス交換を対戦する選手とすると、そのままそこからジャンプして綺麗なフォームでシュートを打った。さっきまでの歓声が嘘みたいに静かになると、あくあの放ったシュートがリングの中を通る心地の良い音だけが体育館の中に聞こえる。


「ぎゃああああああああ!」

「今のって、3ポイント!?」

「いや、このルールの場合、3ポイントとか関係ないよね?」

「えっ、えっ、何アレ? 嘘でしょ……」

「やば、かっこよ」

「はい、もう完全に気持ちは沙雪です」

「ヤベェ、私もホゲ川みたいな顔してたわ……」


 バスケ部の女の子もびっくりした顔をしてた。

 そりゃそうだよね。普通男の子ってあんなところまでシュート届かないでしょ? それをまぁ、いとも簡単そうに、それもスリーポイントラインより1m以上離れてたよね。普通に考えておかしいでしょ……。

 そんな事を考えていたら、あくあは2本目も相手をかわして綺麗な形でシュートを決めた。

 ちょっと待って、その対戦相手の子、確か世代別の代表選手だよね!? おかしくない!?


「は?」

「へ?」

「ほげー」


 3本目はもっと圧巻だった。なんとあくあは相手をフェイントで躱すと、直接ボールをリングに叩き込んだのである。嘘……でしょ……。生のダンクを見たのも初めてだけど、そんなのできるなんて聞いてない……。


「きゃあああああ! 見て見て、アレうちの子です! ね、ね、かっこいいでしょ!!」


 お義母さん……そんな事言わなくてもこの国とスターズの女性ならみんな知ってる事です。だから落ちついてください。黛君のお母さんが首を振られすぎて目を回しちゃってますよ!


「ねぇ、どうせなら人数増やさない?」

「はい?」


 あくあが、またなんか言ってる……。

 様子を伺っていると、どうやら相手の選手が2人に増えるみたい。うん、だって申し訳ないけど、相手になってなかったから仕方のない事だと思う。

 それでもあくあはダブルクラッチで1点決めると、フェイドアウェイからの3ポイントでさらにもう1点とる。

 うん……そっか、あくあはアイドルじゃなくって、ステイツでプロのバスケット選手になりたいのかな? あくあが居たら、史上初めてバスケット競技でこの国が金メダル取れるよ。そんな気がします。


「小雛ゆかりの凄さに震えてる」

「わかる。私なんてもう腰砕けて立てないもん」

「とてもじゃないけど演技なんてする余裕ない」

「私は別の意味で席から立てない。多分座ってるところが大変な事になってる」

「待って、嗜みってこんなの毎日見せられてるの?」

「もう嗜みのことを馬鹿にできない……」

「捗る……あとは任せたぞ!」


 そうだよ! みんな少しはわかってくれた? 言っておくけど私だって立ち上がれないからね。なんで立ち上がれないかは、乙女の秘密だから絶対に言えないけど!!


「お嬢様、お嬢様、ほらこっちです」


 それなのにペゴニアに無理やり用具室に連れ込まれた私は、その場でパパッと見覚えのある服に着替えさせられた。


「ちょっとこれ、お義母さん達と同じチアの格好じゃん!」

「はい、先ほど借りてきました。さぁ、コレで一緒に旦那様を応援しましょう!!」


 よく見たらペゴニアもいつの間にかチアの格好してるし!!

 用具室から出た私たちの目の前では、今にも最後の10本目が始まろうとしていた。

 スコアポイントを見るとここまで9本全部成功してるし、今見たらもう相手チーム5人いるじゃん。1on1じゃなくて1on5じゃん。おかしいでしょ。バスケットってチームスポーツじゃなかったっけ?


「みんな! 意地見せるわよ!!」

「白銀君には申し訳ないけど、この一本、本気で止めるよ!!」

「ディフェンス気をつけて、うちらよりフィジカル強いから強引にくるよ!」

「私たちより高く跳ぶからね! 1人が跳んだらすかさず2人がカバー意識しよ」

「さぁ、泣いても笑ってもこれが最後、ゴール下は私に任せて!!」


 コレもう試合じゃん。ガチのガチじゃん……。ちょっと体当てて、おっぱい押しつけちゃった、てへっとか、そういうのが絶対にあると思ってたのに微塵もそんな雰囲気がない。バスケ部の子達もちゃんと本気見せてるし、かっこよ。


「あくあ君頑張れー!」

「バスケ部の子たちも最後がんば!」

「あー様に10本決めてほしいような、バスケ部の子たちに最後の一本止めてもらいたいような」

「どっちも頑張れえええええええええ!」

「私も両方応援しよ。あくあ様もバスケ部の子達もどっちもがんば!!」


 体育館の至る所から両方を応援する声が聞こえてくる。

 それを見たあくあがフッと笑った。あーあ、見ちゃった……それ、その感じ、私、結構好きなんだよね。わかっててやってるでしょうもう……。

 なんであくあの側にいるとこんなに楽しいんだろうってずっと思ってたけど、そっか、この人、みんなを本気にさせちゃうんだ。本気で遊ぶし、何をやっても真剣だから、みんなが見てて楽しくなっちゃうんだよね。


「さぁ、お嬢様、会場の空気はちょうど中立っぽくなりましたけど、もちろん応援するんですよね?」

「当然。私が応援するのは最初から最後まで1人って決めてるから」


 ペゴニアにそそのかされた。ううん、私は自分の意志で一歩前に出ると、大きく息を吸い込む!


「あくあー!! 最高にかっこいいところ見せて!!」


 私の声に気がついたあくあがこちらの方を見る。

 えっと、えっと、他にもなんか言わなきゃなんか……。


「か、帰ったら、め、メイド服だけじゃなくてこっちも着てあげるから……ね」


 ほんのちょっとだけ前屈みになってアピールする。

 するとあくあはちゃんと私の谷間の方を一旦確認してから大きく頷いてくれた。

 なんか今日一番いい笑顔をしているような気がするのは私の気のせいだろうか?


「うおおおおおおおおおおお!」

「嗜みよく言った!!」

「嗜み! 嗜み! 嗜み! 嗜み! 嗜み!」

「嗜み最強! 嗜み最強! 嗜み最強!」

「嗜……じゃなかった、ちゃんとカノン様って言わなきゃ」

「みんなストーップ、嗜みコールダメ、ちゃんとカノン様って言って!」

「今晩はお楽しみですね!!」

「くっそ、嗜み羨ましい……」

「嗜み死ね!」

「捗る乱入しろ!」


 こら、お外で嗜み死ねとかいうんじゃありません! そういうのは掲示板の中だけにしときなさい。

 まぁ、私も貴女と同じ立場なら間違いなく言ってるだろうし、捗るがいたら100%言ってたと思うから何とも言えないけど……。


『さぁ、泣いても笑ってもこれが最後です!!』


 ラスト10本目、あくあは最初のフェイントで一人をかわす。すかさずカバーに入った2人目を背中で背負うそぶりを見せたあくあは、すぐにターンして中に切り込む。そこからさらにもう1人、あくあは強引にフィジカルで躱して空に跳ぶ。


「させないっ!」


 完璧なタイミングのブロックショット。でもあくあは空中でボールを持った手を引っ込めると、反転してもう片方の手へとボールを持ち替える。ダブルクラッチ! 決まった!!

 誰もがそう思った瞬間、最後の1人があくあの放ったシュートを叩き落とす。

 彼女はダブルクラッチが来るとわかっててあえてタイミングを遅らせたのだ。

 最初からあくあと1on1をやっていた彼女だから、あくあの攻撃を読めたのかもしれない。


「おおおおおおおおおおおお!」

「すげぇ!!」

「ヤベェ、バスケかっけー!!」

「最後のバスケ部の意地すごかった!!」

「どっちもすごくカッコよかったよ!!」

「よくやった、感動した!!」

「あくあくーん!」

「バスケ部のみんなもありがとー!」


 体育館に巻き起こる拍手の嵐、バスケ部の女子たちは試合で勝ったみたいに喜んでた。

 あくあは汗を拭いながらゆっくりと私の方へと近づいてくる。


「ごめん。最後かっこいいところ見せられなくって」

「ううん、すごくカッコよかったよ。試合に勝つとか負けるとかそういうのじゃなくて、すごく楽しかった!」


 私は観客席の方へと視線を向ける。それに釣られてあくあもみんなの方へと視線を向けた。


「ほら見て、みんな楽しそう。やっぱあくあって凄いね!」


 あくあはみんなの笑顔を見て、フッと小さく笑った。


「じゃあ……俺と結婚してよかったって思ってくれた?」

「え、あ……」


 私の体を抱き寄せたあくあの首筋に汗の滴が滴り落ちる。

 あ……やばい。あくあの汗の匂い、私の女の子の細胞を一瞬で活性化させてくるよ……。


「覚悟しておいて、何度だって惚れさせてやるから」


 えっ、えっ? まだこれ以上、なんかあるんですか?

 もう流石にないよね? はっきり言って今日1日だけで女の子が味わえる一生分の幸せ以上の事を味わわされてると思うんだけど、これ以上何か他にあったりしちゃうの?


「だから、カノンだけはずっと俺の側で見てて。そもそもよそ見なんてさせないから、ずっと俺の事を見てろよ」

「ふぁ、ふぁい……」


 あ、あの、あくあさん? 周りみんな見てるよ?

 バスケ部の女子の皆さんなんてもう顔真っ赤っかだし、観客席の女の子、みんな森川さんみたいな顔してるし、お母さんたちもなんか顔赤いけど大丈夫? ちゃんと責任取れる?


 【お嬢様へ、ちょっとお手洗いに行ってきます】


 って、気がついたらペゴニアなんて看板だけ残してどっか行ってるし! 私だっておトイレ行きたかったのに、もう!

 あくあと別れたあと、私はすぐにトイレに駆け込んだけど、1時間待ちだった……。

 トイレに並んでる私の隣を、ペゴニアがスッキリとした顔で過ぎ去っていく。


「あっ、お嬢様、私は先に戻りますね!」


 思わずもうちょっとでペゴニア死ねって言いそうになった。

 私が言ったら冗談じゃ済まされなくなるから言わないけど、捗るだったら絶対に言ってたと思う。


「はぁ……捗る、どこ?」


 だから今日は捗る来ないって! あいつが来るのは、あ・し・た!!

fantia、fanboxにてこのお話の裏側を那月会長の視点で掲載しています。

よろしければこちらもどうぞ。


本編ではやらなかったようなお話をこちらのサイトにて無料で公開しています。


・らぴす視点の、あくあが引っ越した後の日常

・スターズ編後の姐さん視点の日常回

・森川視点の日常回

・鞘無インコが配信中に、配信外のシロやたまとプレーするエピソード

・あくあ、とあ、黛、天我のバーベキュー回(ヘブンズソード撮影中)


上のサイトは挿絵あり、下のサイトは挿絵なしです。


https://fantia.jp/yuuritohoney

https://www.fanbox.cc/@yuuritohoney


Twitterアカウントです。作品に関すること呟いたり投票したりしてます。


https://mobile.twitter.com/yuuritohoney

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