胡桃ココナ、私の王子様。
手術前日の夕方、病院で決められている面会時間の事もあって、リサちゃんとうるはちゃんは、前夜祭での自分の役割が終わった後にすぐに駆けつけてくれた。
18時過ぎにはお母さんが来るから家族と過ごす時間の前にと気を遣ってくれたのだと思う。
「2人ともありがとう」
「気にしないでくださいまし……わ、私達、友達でしょ」
「あらあら、リサちゃんったら恥ずかしがっちゃってかわいい」
2人との他愛のない会話のおかげで、不安で押しつぶされそうな心が一瞬だけ安らぐ。
次に2人と会うのは術後しばらく経ってからになるけど、私はまたこうやって元気に2人と会話する事ができるのだろうか。たとえ手術が成功したとしても、拒絶反応が出たり予後が悪くなる可能性は決して少なくはない。
それを乗り越えても短くないリハビリ生活が待ってるし、手術に成功して何十年と生きてる人もいれば5年も持たずに亡くなってしまう人もいる。
あぁ……せっかく2人といるのに、ほんの少しの事がきっかけでどんどんと悪い方向に考えてしまう。これは私の悪い癖だ。
たとえどんなにメイクで取り繕って明るい自分を演じたとしても、元々の地味で引っ込み思案だった性格は変えられないのかもしれない。そんな自分への嫌悪感に苛まれていると、誰かが病室の扉をノックした。
「入るわよ」
「はい」
扉をノックして入ってきたのは、主治医を務めるマリア先生だった。
「あら……お友達が来ていたのね」
マリア先生は普段、ボーッとした感じの親しみやすい人だけど、仕事になるとスイッチが入るのか、人が変わったみたいに凄くかっこよくなる。
先生は絵を描くのが趣味らしく、この前も病院の中庭で紅葉の絵を描いていたら子供たちに囲まれていた。
この病院には、その絵を含めて先生の描いた風景画が一杯ある。マリア先生のおかげで、殺風景な病院の中でもちゃんと季節を感じる事ができると長く入院してる人達も喜んでいた。
「それなら後で来るわ」
気を遣ってくれたのか、先生は反転して病室から出て行こうとする。
しかし次の瞬間、見覚えのある意外なものが扉の向こうから現れた。
私達はもちろんのこと、出て行こうとした先生もびっくりして驚いた顔をする。
「あ……」
「へっ?」
「え?」
「なんで?」
突然現れたポイズンチャリスにみんなで顔を見合わせる。
え? ちょっと待って、何で病院にポイズンチャリスがいるの!?
「俺についてこい」
マスクで少しくぐもった男性の低い声。ほ、本物だ。だって声があの天我先輩だもん。
つい最近、公式のインタビューでも自分が使う用に、ポイズンチャリスのスーツと同じ物を作ったって言ってたけど、これがそうなのかな?
ポイズンチャリスこと天我先輩に言われるがまま連れ出された私達は、大きなテレビのあるエントランスに連れて来られる。
「あ……あれ……」
「ほ、本物かな……?」
「あれだけ身長が高いの天我君くらいでしょ」
「記念写真撮りたい……」
「握手とか頼んじゃダメかな?」
病院にポイズンチャリスが来ていることもあって、エントランスにはそのフロアに居た大半の人たちが病室から出て来ていた。その中には普段はあまり病室から外に出て来ない人だっているし、いつも暗い顔をしている人たちも心なしか顔色がよく見える。
すごい……。男の人だからとかじゃない、きっと天我先輩だからこんなにもみんなが穏やかな顔をしているんだ。あくあ君だけじゃない。きっと天我先輩も多くの人の心の支えになって、たくさんの人を笑顔にしているんだと思う。
「ココナ!」
「あ……お母さん!」
丁度、病院に到着したばかりのお母さんがびっくりして私のところに駆け寄ってくる。
お母さんも良く状況がわからないのか、天我先輩のポイズンチャリスを見て慌てふためいていた。
「ここに座ってくれ」
天我先輩が大きなテレビの前に椅子を並べてくれたので私達はそこに座る。近くにあったリモコンを手に取った天我先輩は、国営放送のチャンネルに切り替えて後ろに下がっていった。
一体何が始まるんだろう、私は両隣に居た2人と顔を見合わせる。
リサちゃんと、うるはちゃんも私同様に何も知らないのか、目をパチクリとさせていた。
「えぇっと、今から少し番組の内容を変更して、明日から行われる乙女咲学園高校の文化祭、その前夜祭のイベントが特別に公開されました」
夕方のニュース番組、そのコーナーの中で、生徒会の那月会長とローゼンエスタ副会長が、それぞれの教室の出し物などを案内する映像が流れる。
その中にはもちろん私たちのクラス1年A組の映像もあった。
接客するあくあ君や、黛君、とあちゃんの映像が流れる度にフロアに居たみんなの歓声があがる。
その一方で私は文化祭に参加できなかった事に少し気持ちが落ち込む。私も、ちゃんと参加したかったな……。
「乙女咲学園高校の文化祭は今日金曜日が前夜祭で、明日10月29日と明後日30日には一般開放される予定です。既に抽選に当選されている方にはメールが届いているはずなので、皆さん忘れないように再確認してくださいね。それと今は前夜祭の閉会式が行われてる最中なんですが、今回は特別に現場の取材が許されたリポーターと中継がつながってるようです。現場の森川さーん、森川楓さーん」
テレビの画面に気の抜けた様子の森川さんの姿が映る。
それを見たみんながくすくすと笑い声を漏らす。
「ふふっ」
あまりの気の抜けっぷりに、私やリサちゃん、うるはちゃんも思わず笑みを零してしまった。
「森川さーん、おーい、森川しっかりしろ! もう映ってるぞ!」
「あっ、はい、はい!! こちら現場の森川楓です」
慌ててマイクを落としそうになる森川さんの姿を見て、みんなが笑い声を上げる。
国営放送なんてお堅くてつまらないって印象だったのに、なんでこの人だけはこんなに面白いんだろう。
それこそこれだけやらかしてたらクレームだって多いはずなのに、森川さんはあくあ君と会う前からそれを上回るくらいの応援する声が多い。それはきっと見てる人を笑顔にしてしまうくらい森川さんに魅力があるからだと思う。
「たった今、乙女咲学園高校の生徒会長より前夜祭終了の宣言が行われました。それと今から何かサプライズイベントがあるらしくて、そちらの方を中継したいと思います。それではどうぞ!」
カメラがステージを映す。
一体何が始まるんだろう……。
じっとその様子をみんなで見守っていると、あくあ君を先頭にとあちゃんや黛君たちが舞台袖から現れる。
乙女咲の生徒達も何も聞かされてなかったのか、ステージに現れた3人の姿を見てざわめいていた。
よく見ると3人の後ろからクラスメイト達がついてきている。リサちゃんとうるはちゃんは何も聞かされてなかったのか、私と同じ様にびっくりした表情で画面を見ていた。
「みなさん……今日は早く行けって、なるほど、そういう事でしたの……」
「ふふっ、私を出し抜くなんて、みんなやるわね」
うるはちゃんが怖い顔をしてる。見なかった事にしとこ……。
あくあ君はステージの中央に立つと一緒に入ってきたみんなの状況を確認してからマイクを手に持った。
「みんな、文化祭前夜祭はどうでした? 学校は楽しいですか? 毎日ちゃんと笑えてますか? 俺はすごく楽しいです」
あくあ君の問いかけに対して、乙女咲の生徒達も楽しかった、明日も楽しみと声を返す。
でも……森川さん楽しいって言ってるけど、あなた乙女咲の学生じゃないですよね!? 後、マイク切り忘れてるのか声が全部入ってるけど大丈夫!?
「それはきっと仲のいい友達だったり、クラスメイト達との何気ない日々の積み重ねだったりするんじゃないでしょうか?」
あくあ君の言葉にみんなが応える。私もテレビに映った画面を見ながら小さく頷く。
すぐに友達ができたのも嬉しかったけど、クラスメイトのみんなも優しかったし、何より学校に行けば大好きなあくあ君がいたから毎日がすごく楽しかった。
「だから今日はその事を歌にしてきました。聞いてください。作曲猫山とあ、作詞黛慎太郎で四季折々」
とあちゃんの綺麗なピアノのイントロ、その隣では黛君が指揮棒を振っていた。
よく見ると後ろのオーケストラに数人のクラスメイトが混じっている。楽器を弾けない子たちは、コーラスでも歌うのだろうか緊張した面持ちで立っていた。
『春夏秋冬、めぐる季節を君と一緒に重ねて行けたらいいな。さぁ、休みの日は何をしようか。君と計画を立てる休み時間』
韻を踏んでいるわけではないけど、少しゆったりとしたラップ調の歌。そういう曲をオーケストラに合わせるのは意外だったけど、歌詞がメッセージとなって心の中にスッと入ってくる。
『今日は帰り道にどこに寄ろうか、明日は朝から遊べるよね。週明けの憂鬱な学校も君と友達になってからは楽しくなった。何気ない日々の日常、こんなにも色鮮やかに彩られているのはきっと君のおかげだよ。春夏秋冬、この先もずっと君と過ごせたらどれだけ楽しいだろうか?』
とあちゃんのそっと触れる様な優しいタッチの心が洗われる様な美しいピアノの音と、一糸乱れぬ黛くんの的確な指揮にも感動したけど、クラスメイトの子たちが真剣な表情で演奏を頑張っている姿は、何よりもすごく心にくるものがあった。
『秋は近くの公園で君と紅葉を見よう。
冬はみんなでクリスマスを祝おう。
1年の終わりを君と過ごしたい、みんなで祝いたい。
来年の春にはみんなで花見をしよう。
その後の夏休みはみんなで海に行こう。
新しい季節も君と一緒に学校に通いたい、みんなで過ごしたい』
あ……だめ。自然と目から涙がこぼれ落ちていく。
サビの部分は、あくあ君とクラスメイト達による合唱だった。
視界の端に、同じタイミングで涙を流すお母さんの姿が目に入る。
もー、恥ずかしいよお母さん、でも、ちゃんと親子なんだなぁって嬉しくなった。
『季節がめぐる度に、君との楽しい思い出がまたひとつできる。たまには喧嘩したりする事もあるかもしれない。それもまた青春の1ページ。そうやってみんな仲良くなっていくんだ。だからずっと俺のそばにいてくれよ。君をもっと楽しませるって約束するから、俺から離れていかないで』
カメラが後ろの映像を映す。そこには入学してからここまでの映像が流れていた。
みんなで頑張った体育祭、応援団を務めたあくあ君と黛君、調理実習だったり普通の授業風景、お昼休みにみんなで談笑しながら一緒にご飯を食べたり……あぁ、学校行きたいな。
『辛いことはいっぱいあるかもしれない。涙を流した夜だって昨日だけじゃない。ごめんな。本当は寂しがり屋の君を1人にして。だけど、ほら、もっと周りをよく見て。俺だけじゃない。君の周りにはこんなにも多くの人がいる。ねぇ、今、君の隣には誰がいる? 春夏秋冬、新しい季節をみんなと過ごそう。君は1人じゃない!』
あくあ君の言葉にハッとした。
私の両手を、隣にいたリサちゃんとうるはちゃんがぎゅっと握ってくれている事に気がつく。
2人の顔を見たら、私と同じように涙を溢していた。
ずるいよ……2人とも私なんかよりずっと大人っぽくて、特にうるはちゃんなんていつもクールでお姉さんって感じなのに、そんな歳相応に泣いちゃう姿なんて知らなかったよ。
『来年の今頃は紅葉に彩られた場所でピクニックしよう。
冬はまたみんなでクリスマスを過ごそう。
初日の出を君と祝いたい、みんなでおみくじを見せ合いたい。
春にはみんなで新入生たちを迎えよう。
夏の暑い日にはみんなでプールに行こう。
ずっと君と同じクラスで居たいな、みんなで一緒に学校を卒業しようよ!』
コーラスを歌うクラスメイト達の顔がアップになる。みんな涙で瞳を潤ませていた。それでも声がブレないように、頑張って歌っている姿を見た私の感情がまた揺れる。
みんな、みんな、本当にカッコ良すぎでしょ。
あくあ君がかっこいいのはいつもの事だけど、こんなの反則じゃん……。
『何気ない日々の日常、たまには誰かの家で勉強会をしたり、結局みんなで遊んじゃったりして。そんなだらけた日々もきっと楽しい思い出になる。さぁ、明日はどこに行く? これからの楽しい日々を想像して。こうやって、何をしようかと考えるだけで楽しいよね。そして卒業した後もみんなで歳を重ねていって、何度だってみんなでまた集まって、くだらない話で馬鹿騒ぎするんだ』
教室にあくあ君が入ってきた時の事を思い出した。
あの時、私を助けてくれた王子様、そんな人と再会できた偶然。
私なんかが烏滸がましいと思うかもしれないけど、運命だって思ったの……。こんな私でも白龍先生が描くヒロインになれるんだって心が跳ねた。
あくあ君はやっぱりかっこよくって、せっかく一緒のクラスになったのに、私が追いつけないくらいのスピードで、どんどんと先に行っちゃって、それでも諦めきれなくて、苦しくて……。
この病気のせいで私は今までも色んな事を諦めてきたし、今思えば諦めることを積み重ねていく人生だったと思う。そんな私の中に残った、たった一つの気持ち。この気持ちだけは、絶対に諦めたくない!
たとえ無理だってわかっていても、自分の全部を出し切って笑顔でダメだって言うんだ!!
だから、だから……こんなところで死んでたまるか馬鹿野郎!!
生きる! 私は絶対に生きて、また告白するんだ。貴方の事が好きだって!
『さぁ、今日は何して遊ぶ?
明日はどこに遊びに行こうか?
今日も明日も、その次の日も、君と一緒なら楽しいだろうな』
とあちゃんのソロラップに会場が湧く。
たまちゃんの配信で、歌だけはあくあ君に負けたくないって言ってた事を思い出した。
男の子だってこんなに努力してる。同じなんだ、私達と……!
「本当は遊ぶために学校に来てます」
まさかのとあちゃんのアドリブに、みんなが笑い声をあげる。
とあちゃんは舌をペロリと出すとカメラに向かってウィンクした。
『週明けはちょっとだけ勉強しよう。
でもテストが終わった後はまた遊ぼう。
少し退屈な授業も君と一緒なら楽しい。苦手なテスト勉強も君と一緒なら乗り切れる』
さっきまで指揮棒を振っていた黛君のラップが続く。
凄い、歌だってそんなに得意な感じじゃなかったのにこんなに歌えるって事はそれだけ練習したんだ。
黛君だって変わろうとしている。だったら私も頑張らなきゃ!
「実は僕、本を読むのは好きだけど、勉強はあまり好きじゃないです」
黛君の呟きに、みんながええーっと声を出した。
これにはあくあ君やとあちゃんもびっくりした顔を見せる。
黛君、君、あくあ君並みに色々出てくるね!?
『今月はすごく楽しかったね。
来月はもっと楽しいといいな。
毎日がワクワクした気持ちになる。それはきっと隣に君がいるからだろう』
そして最後はまたあくあ君に戻ってくる。
あぁ、やっぱりかっこいいな……。
あくあ君は覚えてるかな。あの家庭科室の中で私が言った言葉。
確かにとあちゃんや黛君も素敵かもしれないけど、そうじゃないんだよ。私が恋をしているのはただ1人、アイドル白銀あくあでもなく、クラスメイトの白銀あくあでもない。あの時、私を助けてくれたただの白銀あくあなんだよ。
『きっと貴女と私、恋に落ちたタイミングは同じだと思うから……だから諦めないで。これは私の我儘なんだけど、待ってる事しかできなかった私とは違う景色を見せて欲しい。貴女なら、ううん、きっと貴女にしかできない事だから』
カノン様があの時の女の人だって聞いてびっくりしちゃったな。
私に正体をバラした彼女は全てをわかっていた。うん、そりゃそうだよね。
カノン様みたいな本物のお姫様と私なんかじゃ月とすっぽんくらい違うかもしれないけど、あの時、あの瞬間だけは、同じ人を好きになった、ただの1人の同い年の女の子同士だった。そんな彼女が言ってくれた言葉だから、どんな言葉よりも私は素直になれた。
私はお姫様にはなれないけど、それがヒロインになれない理由にはならない。
だったら答えは一つ、掴み取ってみせる。そしてカノン様と同じように胸を張ってあくあ君の隣に並び立つんだ!!
『今年はいい年だったねって君と笑い合いたい。
来年もいい年にしようねって君と笑い合うんだ。
だから……だから……!』
あくあ君の語気が強くなる。
最後の歌詞、おそらくそれは想定されたものじゃなかったのだろう。
それでも全てを感じ取ったとあちゃんと黛君が上手くメロディーをループさせてあくあ君に繋げる。
『君は1人じゃない。俺が居る。俺達が居る!
不安な日は泣いたっていいし、辛くてどうしようもない時は周りに我儘言ったっていいんだ。
傍に居る事しかできないけど、話を聞いて、手を握って、励ます事くらいはできる。
だから知って欲しいんだ。君は1人じゃない。俺が居る。俺達が居る!』
それはもう歌というより魂の言葉だった。
泣いてる声が聞こえる。私だけじゃない。全員が泣いていた。
なんならマイクにスイッチが入りっぱなしになってる森川さんも泣いてるし、フロアの後ろではくぐもった声で泣いている天我先輩の声が聞こえる。
『巡る季節を君と一緒に過ごしたい。だってこれは君のストーリーなんだから』
最後はしっとりと歌い上げたあくあ君は、ステージの方へ、そして画面越しの私たちに向かって広げた掌を伸ばした。
カメラがターンする。泣いているクラスメイト達や、涙を拭うとあちゃんや黛くんの姿が見えた。
その中であくあ君だけが、最後まで声を震わせる事なく歌い切ったのである。
あー、もう、かっこいいなぁ。おそらく私だけじゃない。この映像を見た人たちはみんな同じ事を思ってると思う。
でも次の瞬間、みんなを讃えるために後ろに振り向くほんの一瞬だけ、あくあ君の目尻に輝くものが見えた。
「そういうところが反則なんだよ……」
きっと……ていうかほぼ100%、間違いなくマイクを切り忘れた森川さんの言葉にみんなが頷いた。
ただプロフェッショナルに歌い上げるだけじゃない。みんな、君のそういう所が好きになっちゃうんだよ。
あくあ君はとあちゃんや黛君、クラスメイトのみんなに声をかけると、再びこちらを向いてマイクを手に取った。
「みんな聞いてくれてありがとう。そしてこんなに学校生活が楽しいのは、優しい先輩達や学校をよくしようとしてくれている先生方、地域の皆さんや卒業生や関係者の皆さん、何よりも俺たちを支えてくれる保護者の皆さんのおかげだと思います。だからこの場で感謝の気持ちを伝えさせてください。ありがとうございます」
ああああああああ、もうっ、もうっ、もうっ! だからそういう所が全部好きなんだってば!!
「なんか……ちょっと湿っぽい感じになっちゃったな。本当は元気付けるつもりだったのに……よかったら、もう一曲みんなで歌いませんか?」
「「「「「「「「「「歌うーーーーーー!」」」」」」」」」」
みんなが拳を突き上げた。
周囲を見渡すと、病棟のエントランスの中もみんな笑顔で笑いあってる。最近は暗い顔ばかりしていたお母さんも、リサちゃんやうるはちゃんと笑いあっていた。
「神よ……そういう事なのですね。やはり貴方は素晴らしい。貴方は常に私に新しいインスピレーションを与えてくれる。道を指し示してくれる。ええ、わかりました、わかりましたとも。このマリア、最後の最後、その瞬間まで貴方様が歩まれる茨の道をお供します」
いつもは感情をあまり見せないマリア先生も、涙を流しながら何かボソボソと呟いている。やっぱり先生みたいな大人の女の人でもあくあ君の事が好きだったりするのかな?
それなら嬉しいと思った。だって先生と共通のお話で盛り上がれるもん。
「それじゃあ歌詞を知ってる人は一緒に歌ってください。歌詞を知らない人は手拍子でもいいし、体を揺らせたり笑い合いましょう!」
最後にみんなで歌ったのはあの結婚式の時の曲だった。
病院の中でも歌える人は歌で、そうじゃない人も手拍子をしたり、体を揺らせたり、笑いあったりする。
ちなみに森川さんは仕事も忘れて普通に手拍子を叩きながら歌っていた。
「ポイズンチャリス、一緒に歌お」
「あぁ、もちろんだとも」
子供達に囲まれた天我先輩が中心になって子供達と歌い出す。
それを見た大人達は混ざりたそうにうずうずとする。あっ、お母さんの1人が子供に寄り添う振りをして混ざりに行った。それを見た他の大人達もどさくさに紛れて混ざりに行く。
ふふっ、微笑ましい光景に思わず笑みが溢れる。
「ココナさん、やっと笑いましたわね」
「うんうん、やっぱりココナちゃんは笑っている顔が一番素敵だよ」
「リサちゃん、うるはちゃん、ありがとう……!」
その日は結局、面会時間が終わる時までみんなが傍にいてくれた。
面会時間が終わった後も、残った患者のみんなで就寝時間になるまでエントランスでベリルのみんなの話や、今日の森川さんの話をしたりして笑いあう。あー、なんて楽しいんだろう。
手術を控えた人たちみんなで頑張って生きようって言い合って、最後は喋り疲れて解散して、ベッドに入った時、見上げた病室の天井がいつもとは違って見えた。
まさか手術前日にこんなに楽しい気分になるなんて、私はどうかしてるのかもしれない。
でも今の私の頭の中はそんな事よりも、手術に成功して、リハビリを頑張って、あくあ君に会う事でいっぱいだった。
「待っててね。あくあ君……私、絶対に君のヒロインになって見せるから」
その日見た夢は覚えてないけど、すごく幸せなものだったんだと思う。
翌日、手術をした日の記憶はあまりないけど、次に目が覚めて意識がはっきりとした時、笑顔のお母さんが優しく頭を撫でてくれた。
だから手術はきっと成功に終わったんだろう。術後しばらくはあまり意識はなかったけど、意識が朦朧とする中であくあ君の歌声が聞こえた気がした。それはまだ聞いた事がない歌だったけど、もしかしたらハロウィンで歌う曲だったのかな? ふふっ、そんな事あるわけないのにね。でもそのおかげで、寂しくなかった。
「ココナさん!」
「ココナちゃん!」
一般病棟に移ってすぐにリサちゃんとうるはちゃんが来てくれた。嬉しいな。
2人は私が見れなかったハロウィンのライブ映像を見せてくれた。
「あ……」
嘘みたいな話かもしれないけど、その時に流れた歌は私の意識が朦朧としていた時に聞こえてきた歌と一緒だった。
ふふっ、ふふふっ、俺がついてるだなんて歌詞、普通ならそんなのきっと安心させるための常套句なのに。そっか、そっかぁ、本当に私の傍にずっと居てくれたんだ。気のせいかもしれないけど、そういう事にしておく。
だってこれは私のストーリーで、私は君のヒロインになるんだから!
だから待っててね。元気になって、絶対に会いに行く。そしてもう一度、あくあ君に言うんだ。
貴方の事が大好きだって!!
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