白銀あくあ、乙女咲学園高校1年A組のみんな。
スターズから帰国した後、ずっと気がかりだった事があった。
「黒上さん、鷲宮さん、ちょっといいかな?」
「は、はい、かまいませんわ」
「私も大丈夫よ白銀くん」
お昼休み、いつもならとあや慎太郎、もしくはカノンやペゴニアさんと一緒にご飯を食べる時間だけど、今日はみんなに断りを入れてから、学食のテラスで食事している黒上さんと鷲宮さんのところにやってきた。
「2人にちょっと聞きたいんだけど、胡桃さんって最近学校に来てないよね? 俺、胡桃さんと同じ家庭科同好会だし、何よりもクラスメイトだから心配でさ。2人なら事情を知ってるんじゃないかって声をかけさせてもらったんだけど……」
胡桃さんは深雪さんどころかカノンより前に俺に告白してくれたのに、今思えば俺は彼女に対してとても不誠実な対応をしていたと思う。言い訳になるけど、あの頃はあまり誰かと深い関係になろうとも思ってもいなかったし、その後は仕事で忙しかったり夏休みを挟んだりした事もあって、自然と胡桃さんとの事はタイミングを失ってしまった。
だけどカノンや深雪さんとの話し合いもあって、勇気を出して告白してくれた彼女とも改めてちゃんと向き合わなきゃと思っていたのに、俺が学校生活を再開してから胡桃さんは未だに1日たりとも学校に来てない。
「ココナさんはその……今、病院に入院してますの」
病院? 入院? 鷲宮さんから返ってきた言葉に、俺はびっくりして固まる。
俺がスターズに行く前は元気そうだったのに、いったい俺がいない間に彼女の身に何があったというのだろう?
事故かそれとも病気か……とりあえずお見舞いに行けるのなら行きたいと思った。
「ごめん。言いにくかったら答えなくていいんだけど、それって病気? それとも事故? もし、お見舞いに行けるのなら行きたいと思うんだけどダメだろうか?」
鷲宮さんはもう一度黒上さんと顔を見合わせると、お互いに小さく頷いて俺の方へと視線を戻す。
2人の口からゆっくりと言葉を選びながら語られた重苦しい事実に、俺は言葉を失ってしまった。
胡桃さんは幼い時から内臓の一つに大きな問題を抱えているらしい。
今回、彼女はそれを解決するために移植手術へと踏み切ったそうだ。
「お、お願いします。白銀様、手術前に一度でいいからココナさんのお見舞いに行ってはくれないでしょうか?」
「私からもお願い。白銀くん、本人は知らせないでって言ってたけど、扉越しでいいから声をかけてほしいの」
胡桃さんの手術予定日は10月の30日、文化祭の一般開放日に手術をするそうだ。
医療の進歩によりほぼ間違いなく移植手術は成功すると聞かされているそうだけど、何事も100%確実に上手く行くというわけではない。それは前世で不慮の事故で亡くなってしまった自分には痛いほど理解できた。
「わかった。2人が大丈夫なら、今日帰りに一緒に病院に行ってくれないかな?」
「はい、私は構いませんわ。私のわがままを聞き入れてくれてありがとうございます」
「私も構わないわ。ありがとう白銀くん」
午後の授業が終わった後、俺はカノン、とあ、慎太郎、そしてついでにペゴニアさんを呼び止める。
今後のことも考えて4人には胡桃さんが入院している事だけを説明し、今日は病院にお見舞いに行くとだけ伝えた。
みんなも一緒にお見舞いに行きたいと言ってくれたけど、あんまり大人数で病院に押しかけるのも良くないかと思って、今回は俺とカノン、それにペゴニアさんを含めた3人でお見舞いできないかと、改めて黒上さんと鷲宮さんに相談する。
2人の了承はもらえたが、実際に会えるかどうかは2人が本人に会ってからだからわからないと言われた。
俺たちはそれでも良いと言ったけど、一つだけ気がかりな事がある。
さっきみんなに胡桃さんの話を伝えた時に、ほんの少しだけカノンが動揺している様に見えた。カノンは転校してきたばかりで胡桃さんとは面識がないと思っていたけど、もしかしたら知り合いなのだろうか? 最初に私も一緒に行っていいかしらと聞いてきたのはカノンだったし、俺が知らないだけで2人の間には面識があるのかもしれない。
「みなさんこちらですわ」
俺たちが病院に到着すると軽く院内がざわついた。
最近はいいですともみたいな地上波の大人気テレビ番組にも出てるし、月9やニチアサにも出ている。何よりもカノンと結婚した事で、俺の事を知っている人やファンも相当いるのだと思う。
だから俺は他の人に迷惑がかからないように、軽く会釈をすると人差し指を唇に当てて、シーッと言うジェスチャーをする。みんなすぐに理解してくれたのか、それをすると一瞬で静かになってくれた。でも窓口の人たちは別にコソコソ話さなくてもいいんですよ? 業務があるのだからいつも通りにしてください。
「あそこが胡桃さんの入院している病室ですわ」
鷲宮さんが指差した先を見ると、ちょうどそのタイミングで白衣を着た女性が胡桃さんの入院している病室から出て来る。その人は俺の方を見ると完全に動きを停止した。
「えっと、皆様に紹介しますわ。胡桃さんの主治医を務めてくださるマリア・ロウリィ・マクレーン先生です。マリア先生すみません。こんなにいっぱいで押しかけてしまって、胡桃さんと同じクラスメイトの皆さんですわ」
マリア先生はステイツのお医者さんで30代前半とまだ若いにも限らず、外科医のスペシャリストとして自らの技術を広めるために国家間の特別交流プログラムを利用してこの国に来てくれたそうだ。
俺の居た世界では、外国のお医者さんが日本で手術をしようとしたら、日本で医師免許を取らないと手術できないけど、どうやらこの世界ではそういったルールはないらしい。
この世界では研究や医療分野の交流が盛んで、食糧問題やエネルギー問題などの解決のために、技術の進歩という幅広い共通課題をあげて積極的な国家間の協力・交流体制がとられているようだ。
「安心して、彼女の手術は100%成功させてみせるわ。我が神に誓って……」
敬虔深い人なのだろうか、マリア先生は俺の方を見つめたまま軽く会釈するとその場を立ち去った。というか瞬きもせずにずっと俺の事を見ていたけど、な、何かあるのだろうか? もしかして俺の顔から病気のシグナルが出てるとか……最近、カノンからも頑張りすぎないでって言われたし、気をつけるようにしよう。
「ココナさん、お見舞いに来ましたわ」
「ココナちゃん入るわよ」
先に黒上さんと鷲宮さんの2人が病室に入る。
俺たちは外の通路で待機しつつ中の様子を伺うが何の反応もない。
暫くして病室の中から出てきた鷲宮さんと黒上さんは、浮かない表情で首を左右に振る。
「だめ……だ、そうですわ。今は会いたくないって」
「ごめんなさい。連れてきたらどうにかなると思ったんだけど……私達の見通しが甘かったみたい」
「そっか……」
急に押しかけて来たのはこちらだし、仕方ないよな。
せっかくだから扉越しにでもいいから声をかけられないかと聞こうとしたら、カノンが何かを決意した表情で一歩前に出る。
「ちょっと待って、私が説得するわ」
「え? あ……カ、カノンさん、待ってくださいまし」
カノンは2人の隣をスタスタと歩くと病室の扉に手をかける。
鷲宮さんや黒上さんが慌てて制止しようとしたら、ペゴニアさんがスッとカノンと2人の間に体を滑り込ませた。
「大丈夫。お嬢様はやると言ったら必ずやるお人ですから、どうかお嬢様に全てをお任せください」
珍しく真剣な表情のペゴニアさんの言葉からは、カノンに対する絶対的な信頼が感じられた。
俺は2人の意思を汲み取って、鷲宮さんと黒上さんの肩をポンと叩く。
「俺からも頼む。2人とも、カノンの事を信頼して任せてあげてほしい」
2人は顔を見合わせた後、小さく頷く。
カノンが病室に入ってから暫くすると、扉の向こうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あくあ君……」
いつもの胡桃さんからは想像できないほど元気がない声にますます心配になる。
「今日は来てくれてありがとう。でも……ごめんね。今の私の姿、とてもじゃないけどあくあ君には見せられないから」
胡桃さんの声は震えていた。その心情を完璧に計り知る事は、病気で苦しんだ経験のない俺にはできない。
でも、胡桃さんの心が不安で押しつぶされて、今にも擦り切れてしまいそうなのは感じる事ができた。
「胡桃さん、話しかけてくれてありがとう。きっと今はすごく不安で辛いと思うけど、だからこそ手術が終わった後の事を考えて少しでも楽しくなる事を考えて欲しい。それと胡桃さんに対して、俺が何かできる事はあるかな? もし、俺に何かできる事があるのなら言ってほしい」
「あくあ君……」
俺は胡桃さんからの答えが返ってくるのを静かに待つ。
彼女からのほんの小さな声も聞き漏らさないように、耳に全神経を集中させる。
「胡桃さん、素直になって……大丈夫」
うっすらとカノンの声が聞こえる。どうやら胡桃さんに話しかけているようだ。
それから暫くして、胡桃さんは今にも消え入りそうなほど小さな声でボソリと呟く。
「大丈夫だよって言ってほしい……ちゃんと顔を合わせて、大丈夫だって……ううん、やっぱりダメ」
今にも泣いてしまいそうな胡桃さんの声を聞いた俺は、気がついたら病室の扉に手をかけていた。
彼女はちゃんと顔を合わせてと言った言葉を俺は聞き漏らさない。
「胡桃さん、開けるよ」
「えっ?」
俺はゆっくりと扉を開ける。
「あっ! あっ……ダメ、見ないで」
胡桃さんの顔を見て俺は驚く。
女の子はメイクで大分変わると聞いた事があるけど、すっぴんの胡桃さんは、そばかすがチャーミングな素朴な感じの女の子だった。
でも俺がびっくりしたのはそこではない。俺が喫茶店でバイトしていた時に、通り道で具合を悪くしていた女の子と胡桃さんが同じ人物であった事に気がついたからだ。
「胡桃さん、君はあの時の……」
「ご、ごめんね。内緒にしてて、でも、私自分に自信がないから……」
胡桃さんは肩を震わせて目からポロポロと涙を溢した。
隣にいたカノンは彼女の肩をそっと抱き寄せてさすってあげる。
「だから、いつの日か、あくあ君にあの時のお礼が言いたくて、変わりたくて、ダイエット頑張ったり、メイクのやり方勉強したりして、少しはマシな見た目に取り繕う事ができたら変わる事ができるんじゃないかって……」
ぽつり、ぽつりと、胡桃さんはこれまでの自分の事を話し始める。
その表情はどこか申し訳なさそうに、後ろめたさを孕んでいた。
「学校で再会した時、すぐに気がついて嬉しくなった。あくあ君はやっぱり他の男の子と違ってみんなにも優しかったし、だから私も頑張ったらどうにかなるんじゃないかって夢を見ちゃったの。でも……好きになれば好きになるほど打ち明けづらくなったわ。だって、あの時の、今の、この不細工な私をあくあ君に知られたくなかったから……!」
俺は手を伸ばすと彼女の両頬に触れる。そして真っ直ぐと彼女を向き合うように喋り始めた。
「そんな事はない。メイクをしていた時の胡桃さんもとても素敵だったけど、今の胡桃さんだって同じくらい素敵だよ。何よりもその事を打ち明けるのは凄く勇気のいる事だと思う。だから俯くんじゃなくて、努力をした自分に胸を張って欲しい。頑張った自分を褒めてあげようよ。ね? だからその綺麗な涙の雫は、もっと楽しくて嬉しい出来事を経験した時のためにとっておこう」
俺は、そんな理由で胡桃さんに泣いて欲しくなんてなかった。だって綺麗になりたいとか、自分のコンプレックスを隠したいって思うのは女の子として当然の事だからである。
それにアキオさんも良く言っていた。男が女の子を泣かせるのはベッドの上だけにしておけって。未だにその意味はわからないけど、何となくカッコよかったので覚えている。
俺もいつかはそんな男になりたい。だからそれ以外の事で女の子に泣いてなんか欲しくないんだ。
「それと……胡桃さんは化粧で隠していたけど、俺、女の子のそばかす好きなんだよね。だって可愛くて健康そうですごくチャーミングじゃん」
「え……あ……う……」
胡桃さんは顔を真っ赤にして、俺の事を見つめたまま固まってしまった。
ふと思ったけど、あの時も胡桃さんは顔を隠すような素振りをしていたし、この世界なら他の男の子にそばかすを揶揄された事があるんじゃないだろうか。それならと思って、俺はもう一言付け加える。
「だから他の男が言った事なんて気にするなよ」
そばかすが嫌いな人もいるかもしれないけど、好きな人だっているんだから、1人の男の言葉が全てではないと胡桃さんに知って欲しかった。ちなみに俺は本心しか喋らないので、そばかすが好きなのは事実である。
「う、うん……」
よかった。最初に見た時より心なしか顔色が良くなってる気がする。
その一方で隣にいたカノンは何故か顔が真っ赤になっていた。どうした、大丈夫か?
「ココナさん」
「ココナちゃん」
駆け寄ってきた鷲宮さんと黒上さんが胡桃さんの事をぎゅっと抱き締める。
いいな、こういうの。きっと胡桃さんにとって鷲宮さんと黒上さんの2人は、俺にとってのとあと慎太郎みたいなもんなんだろう。
「ここで話してたらみんなの迷惑になるから、病室の中に入りましょうか」
黒上さんの言葉で俺たちは病室の中に入る。ちなみに固まっていたカノンは、ペゴニアさんがぐいぐいと押し込んでいた。なんかさっきと違って、カノンの扱いが雑じゃない? 俺の気のせいかな?
「今日はあくあ君もカノンさんも、ペゴニアさんも、ありがとうね……」
しばらく病室の中で話し合った後、鷲宮さんと黒上さんはもう少し残るそうだけど、俺とカノン、ペゴニアさんの3人は先に帰る事になった。
帰り際、胡桃さんは精一杯の笑顔で手を振ってくれる。でもその笑顔は辛そうで、ただでさえ小柄な胡桃さんの体はいつもよりさらに小さく見えた。
俺に何かできる事はないだろうか。
いや、はっきり言って俺にできる事なんて何もないのかもしれない。
それでも彼女をほんのひと時でも不安な気持ちから解き放つ事ができたら……。
そんな事を考えていたら病院を出たタイミングで俺の携帯が鳴る。
発信者の名前を見ると猫山とあと書かれていた。
「もしもし、とあか?」
「うん、慎太郎も一緒にいるよ。お見舞い、どうだった?」
俺はどう答えていいのか返答に悩む。
そんな時、悩んでいた俺の手をカノンがそっと握ってくれた。
思ったようにしなよ。
カノンにそう言われた気がした。
ありがとう、カノン。
おかげで俺も覚悟が決まったよ。
「その事なんだけど、とあ、慎太郎、お前たちに話したい事がある」
「ちょっと待ってね」
とあは慎太郎も会話に参加できるように、スピーカーフォンに切り替える。
「時間がなくて悪いんだけど、2人に協力して欲しい事があるんだけど……」
「うん、いいよ」
「ああ、任せてくれ」
相談しようとした矢先に軽々しく了承されたので、俺は念の為に聞き返す。
だって今回は準備までにあまり時間がないし、俺が頼もうとしている事は2人への負担が半端ないからだ。
「おい、2人とも何をするのか聞かなくてもいいのかよ? もしかしたらとんでもない無理難題をふっかけるかもしれないんだぞ?」
「いいよ。どうせまた、何かかっこいい事やろうと考えてるんでしょ? それに無理難題なんていつもの事だしね」
「全くもってとあの言う通りだ。俺たちが何のためにベリルに入ったと思ってる?」
慎太郎は一呼吸置くと、少し恥ずかしそうに喋り始めた。
「白銀あくあがやろうとしてる事に共感したからだ。俺たちみんな、お前が目指してる未来が見たくなったんだよ。だから俺たちに手伝える事があるなら巻き込んでくれ。だってその……俺たちは友達だろ?」
「うんうん、慎太郎の言う通りだよ。だから……今日も、明日も、これから先も、僕達がヨボヨボのお爺さんになっても最高にかっこいい白銀あくあを見せてよ。ま、仕方ないから僕の前だけはカッコ悪いところも見せてくれていいけどね!」
お前ら……お前ら、本当に最高かよ!!
2人の言葉に胸の奥が熱くなる。
「わかった。慎太郎、とあ、俺は……俺は胡桃さんのためにしたい事がある。それは俺の自己満足かもしれないけど、そのためにお前たち2人の協力が必要だ。だからお前たち2人の力を俺に貸してくれ!!」
「ああ! サポートは俺たちに任せておけあくあ。だからどんなに時間無くても間に合わせて見せる!!」
「うん、あくあのやりたいコト、したいコト、僕たちがあくあをそこまで連れて行くから、どーんと任せておいてよ!!」
スマートフォンを握る手に力が入る。
「ちょっと! 何をやろうとしてるのか知らないけど、コソコソしてないで私にも協力させなさいよ!」
「ア、アヤナ!?」
いきなり会話に入ってきたアヤナの声にびっくりする。
「わ、私にも協力できる事なら、が、頑張ります」
「クレアさん?」
どういう事かと思ったが、そうか、文化祭の準備をしていたから2人とも教室の中で話してたのか。
そりゃスピーカーフォンだから俺たちの会話が聞こえてたっておかしくないよな。
「白銀君、胡桃さんの事で何かやろうとしてるなら私達にも協力させてよ」
「そうそう、男子のみんなより私達、女子の方がココナちゃんと仲がいいんだからね」
「頼り無いかもしれないけど、私達だってやるときはやるんだから!」
「そうそう私達もココナちゃんのクラスメイトなんだよ」
「何の役にも立たないかもしれないけど、少しでも私達が協力できる事があるなら頑張るから」
「まぁまぁ、ここは泥舟に乗ったつもりで任せておいてよ!」
「そこは大船でしょ! 泥舟って沈んじゃうじゃない! 縁起悪っ」
「はいはい、そこ2人、今はそういうのはいいから」
「あくあ君となら泥舟で沈むのも悪くないかも……」
「こら! 貴女は話を変な方向に持っていくな!」
クラスメイト達のわちゃわちゃとした元気な声が聞こえてくる。
もしかしたら俺がやろうとしていることはただの我儘で、自己満足なのかもしれない。
でも、それでも俺がやろうとしている事に、何も聞かずに手伝おうとしてくれるクラスメイトがこんなにもいる。
それくらいみんなも俺と同じ様に胡桃さんに何かをしてあげられないかって思っていたって事だと思う。
「ありがとうみんな。約束するよ。みんなのこの想い、全部、ちゃんと、余すところなく胡桃さんに伝えるから……だから、みんなの力を貸してくれ。今にも不安で心が押しつぶされそうになってる俺たちのクラスメイトの心に寄り添うために……!」
それから数日後、俺たちは手術前日に当たる前夜祭の日を迎えた。
前夜祭では本番を想定して、午前中はクラスのコスプレホスト喫茶に参加し、午後からは慎太郎と一緒に茶道部のお茶会に参加したり、とあと一緒に演劇部の演目に参加したりする。
そして夕方6時前、全てのイベントを終えた全校生徒が体育館に集まっていた。
「それではこれにて前夜祭は終わりだ。明日の文化祭本番もみんなで頑張ろう!!」
全校生徒の前で那月会長がそう宣言する。
「しかしその前に、今日を頑張ったみんなにサプライズプレゼントだ」
会長の言葉に、何も知らない他の学年やクラスの生徒達だけじゃなくて杉田先生以外の先生達もどよめいた。
壇上から振り向いた那月会長と目が合う。
本当ならどこかの時間で体育館を押さえようと考えていたけど、残念ながらステージが空いてる時間がなかったので、文化祭のスケジュール管理もしている那月会長に俺がやろうとしている事を相談した。
『わかった。それなら、なんとかして私がステージを使える時間を作ろう!』
それがまさかこのタイミングだなんて思ってもいなかったが、那月会長は俺との約束をちゃんと果たしてくれた。
担任の杉田先生も責任は私が取るから好きにやりなさいと言ってくれたし、今だってこの裏で俺のやろうとしている事に対して、他にも協力してくれてる人がいる。
だから……。
「みんなありがとう。それじゃあ行こうか」
俺は舞台袖でみんなの顔を改めて見渡す。
「た、たたたた頼りないかもしれないけど、後ろは任せて!」
「う、うん、初めてのステージは緊張するけどが、頑張る」
「あわわわわわ、覚悟決めろ私、ここでやらなきゃ女じゃねえぞ」
「オロロロ、オロロロロロロ」
「だだだだだ大丈夫、大丈夫大丈夫大丈夫」
とあや慎太郎はもう慣れてるから大丈夫だろうけど、やはり何人かの人たちは緊張しているようだ。
だから俺は敢えて壇上の方に振り向いて、みんなの前に自らの背中を見せる。
それに合わせるように、俺の隣にとあと慎太郎が無言で並ぶ。
隣にいたとあはいつもみたいに、ニッと笑うと、反対側にいた慎太郎はクールに、いや、熱い感情をひた隠しながら眼鏡をくいっと持ち上げた。カッコ良すぎかよお前ら。
「みんな、初めてのステージに緊張してる人も多いと思う。でもな……みんなが俺を、俺たちをこのステージに連れてきてくれたんだ。だから、余計な事なんて考えずに安心して俺達についてこい! 白銀あくあのステージに、よそ見してる暇なんてないって事を特等席から教えてやるよ!!」
そうだ、虚勢でもいい。胸を張れよ白銀あくあ。自信満々に前を向け!
アイドル白銀あくあとして、そして1人のクラスメイトとして、お前が言い始めた事なんだから最後までカッコつけて見せろよ!!
「1年A組、行くぞ!」
腹の底から響くような気合の入ったクラスメイト達の声が後ろから返ってくる。
さぁ、行くぞ。ここからは俺の、俺たち1年A組の時間だ。
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