白銀あくあ、伝説のテレフォンショック!!
笑っていいですとも。
俺が生まれる何十年と前から続いてる超ご長寿番組、その番組の名物コーナーの一つ。テレフォンショックに呼ばれた俺は、舞台袖で自分が呼ばれるのを待っていた。
「こんばんは」
「「「「「こんばんは」」」」」
司会の守田さんの声に観客席の人たちが応える。
今日はいつものこんにちはで始まる挨拶と違って、放送時間の関係で挨拶が夜仕様のこんばんはになっている。
「今日は暑いですね」
「「「「「そうですね」」」」」
そしてここからは、いつものやりとりが始まった。
笑っていいですともでは、司会の守田さんが今週のゲストが登場する前に喋るお話に対して、観客席の人たちがそうですねと応えるのが様式美とされている。
「なんで今日のスタジオはこんなに暑いんですかね? もう10月も半分過ぎてますよ?」
「「「「「そうですね」」」」」
守田さんは羽織っていたジャケットを開けたり閉じたりしてパタパタと扇ぐ。
確かに熱気というか少し湿度が高い気がするけど、観客席にいっぱいお客さんが入ってるからだろうか?
「あっADさん? ちょっと空調強めにして」
「「「「「そうですね」」」」」
手をあげた守田さんはADさんを呼んで空調を下げさせる。
守田さん……それCMの間にやっといてよ。なんていう野暮なツッコミはしない。
「えっ? ナニ? くだらない話してないで、さっさと呼べって? はいはいわかってますよ」
「「「「「そうですね!!」」」」」
なんか今のそうですね、やたらと語気が強かった気がするけど気のせいかな?
「そういうわけで今日のゲストはこの人です。白銀あくあさん、どうぞ」
「「「「「きゃあああああああああああ!」」」」」
俺は舞台袖からステージに出ると、観客席の方に向かって近づく。
この番組の観客席はすごく近いと聞いてたけど、本当に近いな。こんなにも観客席が近い番組に出演する事は滅多にない事だ。
俺は自分から見て一番右端の席前に行くと、手を伸ばしていた女の子とハイタッチする。
「ぎゃあああああああああああああ!!」
「うぎゃああああああああああ!」
「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ!」
その流れで一番左端の子までハイタッチすると、真ん中に戻ってうまくハイタッチ出来なかった子と軽めに握手する。その後に、ニヤニヤしてる守田さんの方に振り返って軽く会釈した。
「どーも、どーも、今日はお世話になります」
「うぇっへっへっ、相変わらずやってんねえ! ところで最近調子どう? 昨日、電話かけた時はちょうどお昼休みだったみたいだったけど学校は楽しい?」
俺は手に持っていたネームプレートを机の上に置く。
ネームプレートには俺の名前以外に、ベリルエンターテイメントの社名も入っている。
「そうですね。クラスメイトも先生も、先輩にも良い人がいっぱいいるんで、お陰様で学校生活は楽しいですよ。あっ、よかったらこれ」
俺は守田さんに持ってきたポスターを手渡す。
「おーい、これ貼っといて」
守田さんは舞台袖から出てきたADさんにポスターを手渡す。
ADさん達は、手慣れた手つきで後ろの壁にポスターを貼る。
「特に週明けからは、週末の文化祭に向けて本格的に活動しなきゃいけないんでそれも凄く楽しみですね」
「へぇ〜、文化祭ね。あくあ君もなんかするの?」
「あっ、はい。実はクラスの出し物でコスプレ喫茶をやる予定にしています」
「コスプレ喫茶!? あくあ君もコスプレするの?」
「もちろんですよ。コスプレして来てくれたお客さんの席に座って接客する予定です」
「えっ? 本当に言ってんのソレ!?」
俺の提案したホスト喫茶は、途中から先生とか色んな人にホストの説明をするのが面倒くさいからという理由で、コスプレ喫茶という名前でやることになった。
「本当ですよ。他にも演劇部と茶道部に入っているんで、そっちの催しにも出るつもりです」
「はぁ〜、ほんとすごいね君。ちょっとは休みなよ。人生なんてサボってなんぼなんだから」
「はは、ありがとうございます」
ちなみに茶道部では慎太郎と一緒に即席の御茶会。演劇部ではとあと一緒に体育館で演劇をやる予定だ。
「ところでこれ、このポスター何?」
「あぁ、これ今度やるハロウィンイベントですね」
ポスターには俺たち4人の写真が並んでる。
マントを羽織ってるからまだどんな衣装で出るかは明らかにしていないけど、コスプレ喫茶以上にイベントでは衣装チェンジする予定だ。
「これ、私が貰って帰っちゃっていいんだよね?」
「もちろん。なんなら俺のでよかったら、サインも入れときましょうか?」
「本当に? ちょっと誰か、サインペン持ってきて」
舞台袖から出てきたADさんが慌ててサインペンを持ってきてくれた。
俺は軽く会釈すると、ありがとうございますと小声でお礼を言う。
「やったね」
「「「「「えー!」」」」」
「いやいやいや、これもお仕事ですから! ね、お仕事なんです。うぇっへっへっ。あ、そこ守田一美さんへでお願いします」
「「「「「やだー!」」」」」
「やだーじゃないよ。だからこっちは仕事だって……家に持って帰って額に入れて飾ろ」
「「「「「ぶー!」」」」」
さすがは守田さんだ。俺がサイン入れてる時間も、観客席の人や視聴者を飽きさせないために場を繋いでくれる。
俺はサインを書き終えるとADさんにペンを返して、観客席をぐるりと見渡すようにしてから口を開く。
「みんなそんなに、このポスター欲しいの?」
「「「「「欲しいー!」」」」」
「そっか……でもこのポスターは大きいからこれしか持ってきてないんだよね」
「「「「「えーっ!」」」」」
「でもその代わりと言っちゃなんだけど、今日はこれのミニポスターにサインが入った奴をみんなの分持ってきてるから、帰りに忘れずにスタッフさんから受け取って帰ってね」
「「「「「ええええええええええええ!?」」」」」
「はは、みんな俺が持ってきてないと思った? そんわけないでしょ。そっちはちゃんと俺だけじゃなくって先輩や慎太郎、とあのサインも入ってるから大事にしてあげてね」
「「「「「きゃああああああああああ!」」」」」
俺は観客席のみんなに手を振る。
守田さんはそのままの流れで、後ろに飾ってあるお祝いの花の方へと視線を向けた。
「ところで、お花もいっぱいきてます。すごいですねこれ、うちの局のトップですよ。藤財閥の藤蘭子会長から祝いの花輪が贈られるなんて私、長い事この番組やってるけど今日初めて見ました」
「蘭子さんは、ベリルが藤本社と同じビルだからよくお話しますよ。この前なんかビル内の喫茶店で遭遇して、プリンアラモード奢ってもらいました」
「蘭子会長はね。あの人は奢りたがりだから一度遭遇したらなんか奢らないと帰ってくれませんから。私なんかこの前ね、お寿司食った帰りだって言ってるのにね奢ってもらいましてね、お腹がもうパンパンのパンパンですよ」
「あはは、わかりますわかります。でも俺たちみんな育ち盛りなんで有難いですよ」
ちなみに蘭子さんからは、その前にもとあと一緒に遭遇した時にはチョコバナナパフェ、4人で遭遇した時にはそれぞれにホットケーキも奢ってもらってる。
「他にも企業だとコロールのグループ本社から来てますね。後、森長のメリーさん……メリーさん!?」
「CMで共演してますから。この後、どこで流すのか知らないんですけど、今日の番組の最中に新しいキャンペーンのCM始まるんですけど、夏と比べ物にならない事をやるつもりですからみんなこぞって応募してくれると嬉しいです」
テレフォンショックの間か後かは知らないけど、冬のクリスマスキャンペーンが今日から始まる予定だ。
「あっ、お母さんからも普通にお花来てますよ。まりんさんはお花の先生としても有名ですし、この番組でも何度かお花贈ってもらってますよ」
「……うん、嬉しいですよ、嬉しいんだけど、ちょっと恥ずかしいですね」
俺が照れた仕草をすると、観客席から恥ずかしがらないでと言われた。
前世でも今世でもまだ経験がないけど、授業参観に母さんが来るってもしかしたらこんな感じなのかもしれないな。それと同じくらい俺の羞恥心がくすぐられた。
「こっちは本郷監督に、八雲いつき先生、白龍アイコ先生、モジャPさんにノブさん、小早川優希に、玖珂レイラ……あっ、ミシュ様からもきてますね。これさ、前から聞きたかったんだけど、ミシュ様に似てるって言われない?」
「あー……確かに何人かに言われた事が有りますね。そんなに似てますか?」
「こうやって普段話してる時とか、歌ってる時はそうは思わないんだけど、凄みのある演技の時、雰囲気がね、もうミシュ様そっくり。私、ミシュ様のファンでね。直ぐにピーンときましたよ」
「あはは、そう言ってくれると嬉しいです。美洲さんのような世界に名だたる大女優さんと似てるなんて言われて嬉しくないわけないですからね。でも、まだまだ自分の演技はそこまで至ってませんから、月9の撮影現場でもゆかり先輩に結構コテンパンにやられましたよ」
実際にゆかりさんの演技に自分の演技が追いついてなくて何度か凹まされた。
その度に、直接何かを教えられることはなかったけど、ご飯に誘われたり、ちょっとした会話とかがきっかけになって、それが自分の成長に繋がったと思ってる。
「小雛ゆかりさんといえば、メッセージを預かってますよ」
俺は守田さんに促されて席に座る。
「ええっと、お兄様へ。今度、文化祭で面白いことやるって莉奈に聞いてるからお邪魔しますね。あと莉奈にお返しでハロウィンライブのチケット渡したいので2人分手配してくれませんか……だそうです」
「あはは……マジか。わかりました。多分だけど関係者席がまだ空いてたと思うんで、阿古さんに言っておきます。ただこればっかりは俺もどうなるかわからないので、空いてなかったらごめんなさい」
チラリと舞台袖に視線を向けると、阿古さんが頭の上で丸を出していたから大丈夫だと思うけど、生放送なので念のためにも空いてなかったらと言っておく。
「いやあ、私もね、この番組を長くやらせてもらってますけど、このテレフォンショックの長い歴史の中で、今日が初めての男性ゲストです。今までにそういう話がなかったわけでもなく、何度か検討された事もあったんですけどね。だからね観客席の皆さんも視聴者の皆さんも、これね凄い事なんですよ。ちゃんとわかってる?」
「いやあ光栄です。まさか自分がいいですとものこんな名物コーナーに出られるなんて思ってもいませんでしたよ」
俺がそう答えると守田さんはサングラスをクイっと上げて、観客席を見渡して笑みをこぼす。
「みなさん聞きましたか? あのね、ここでこういう事が言えるのがね。この人の人気の秘密なんですよ。これね、番組スタッフ、プロデューサーから下っ端まで今日から、あくあさんを呼んでくれた小雛ゆかりに足向けて寝られませんね」
「はは、それを言うと、ゆかりさんなんかは逆に嫌がりそう」
「うん、だからわざと言ったんですけどね」
守田さんの切り返しに俺も観客席もドッと笑う。
番組に出てない人もちゃんといじって来るところが実にらしい。
「そういえば今日、なんか持ってきてくれたんだって?」
「はい。俺も今日はちょっとしとりお姉ちゃ……じゃなかった、うちの社員の人に頼んで家から持ってきてもらいました」
「なるほどね。みなさん聞きましたか? どうやらあくあ君がお姉さんを呼ぶ時はお姉ちゃんらしいです」
「その情報いります!?」
俺は手土産の入ったベリルエンターテイメントの紙袋を守田さんに手渡す。
守田さんは紙袋を開くとニヤリと笑う。
「えっ? ちょっと待ってこれアレじゃない?」
守田さんが紙袋の中から最初に取り出したのは、ポップアップショップで先行販売されたグッズだ。
「前に買えなかったって守田さんがお話してたから、今日は会社の倉庫の中を漁ってそれ持ってきました」
「いいの本当に?」
「もちろん。でもメインはそれじゃないですよ」
「ンンッ、なんだこれ?」
守田さんが次に取り出しのは、大きなレコード盤だ。
これは乙女色の心を俺がカバーした時に、原曲となった曲が1980年代だったということもあって冗談で5枚だけ作られたものである。だから一般にはまず出回ってない。
「守田さん、乙女色の心を歌ってる玉木さんとかと仲がいいらしいじゃないですか。だからこれどうかなって、お姉ちゃんに頼んで家にあったやつ持ってきてもらいました」
「えぇっ? いいのこれ? 非売品じゃない?」
「非売品ですよ。これ以外だと、モジャさんの所に1枚でしょ、原作の八雲いつき先生のところに1枚でしょ、あとは阿古社長と会社に保管しているのが1枚ずつなんで、この世に5枚しかないやつです」
「……私、もう仕事やめようかな。これ売ったら一生暮らせそうな気がします」
「ちょっと! 売っちゃだめですよ!! せっかく持ってきたんですから、せめて1年くらいは大事に保管してください」
守田さんの冗談に観客席のみんなも笑う。
そりゃほぼ毎日、何か手土産もらってたら置く所がなくなっちゃうよね。
「いやあ本当に、色々とありがとうございます。これ楽屋に持っていっておいて」
商品を紙袋の中に戻した守田さんは、ADさんにそれを手渡す。
「どうですか? もうこの仕事には慣れましたか?」
「はい、お陰様で、ちょうど4月から計算すると10月で約半年なんですよね」
「あぁ、そっかまだ半年かー。なんか君、色々やらかしてるからもう2、3年はこの業界にいるのかと思ってたよ」
「すみません。なんかとあにもよく言われるんですよね。自分ではわからないんですけど、無自覚に色々やらかしてるらしくって、この前も奥さんに叱られたばかりでございます」
「えぇっ? 奥さんってカノン殿下……じゃなくって、今はカノン様だっけ、何を怒られたの?」
「実は5日前に同居を始めたばかりなんですけど、朝、洗面化粧台の前にいたカノンさんがですね。すごく可愛かったから思わず後ろから抱きついておはようって言ったら、心臓にものすごく悪いからやる前に言ってと怒られました」
だってさ、寝起きで普段見せてくれないような好きな女の子の無防備な姿を見てドキッとするなっていう方が難しいよ。朝から誘っているのかなと一瞬勘違いしてしまうほど、キャミソールの肩紐が片方だけ落ちてたり、裾が捲れてパンツが見えてたんだから、男としてはもう止まれないよな。ただ、勢い余ってカノンのうなじにキスしたのは良くなかった。そこだけは反省したい。
「それはね。あくあ君が悪いよ。女の子はそういうの慣れてないし、されるとも思ってないからね」
「あーなるほど。確かにそれもそうですよね」
「もしかして他にもなんかやらかしてない? そういえばさっきお姉さんの話がちょこっと出てたけど、家族に対しても何か無自覚にやらかしてたりしてそうな気がするなあ」
「家族ですか? あー……そういえば、その、最近ですね、中学2年生の妹がお年頃なのかちょっと反抗期でして」
「反抗期?」
「はい、結婚する前までは実家に住んでたんだけど、最初の頃は髪を乾かしたり、髪を結んであげたりとか、爪切り、耳掃除、足のマッサージとかもしてたんですけど、最後ら辺は、恥ずかしがってあまりやらせてくれなくなったんですよね。いやぁ悲しいです」
俺の発言で守田さん含め、その会場にいた観客、スタッフ、阿古さんまでもが固まってしまう。
おーい、みんな大丈夫? これ生放送ですよ?
「いや、うん……想像していたものの100倍上のものが返ってきてびっくりしてる。流石の私もこれに関してはもうびっくりです。そんな話聞いたことがない!!」
守田さんの言葉に、復活した観客達が首を縦に振る。
「百歩譲って、そう百歩譲って髪を乾かしたりヘアアレンジをしてあげるのはいいとして……いや、それだって普通におかしいですよ。でもですね、耳掃除? 足のマッサージ? あくあ君は妹さんをどうしたいのかな?」
「いや、普通に可愛がってるだけですよ。耳掃除する時、妹の頭を膝の上に乗せてするんですけど、なんか横たわった妹が猫みたいで可愛いんですよね」
「「「「「ぎゃあああああああ」」」」」
観客席から今日一番の大きな悲鳴にも近い大歓声が聞こえた。
「やっぱまずいですか?」
「まずいですよ。それを聞いて、足のマッサージの話が恐ろしくて聞けなくなりました。下手したら放送倫理コードに引っかかるんじゃない?」
えぇっ!? ただお風呂上がりの素足をマッサージして、クリームを塗りこんでるだけなのに今のテレビ局ってそれもだめなのかー。らぴすは肌が弱いから、乾燥してかぶれたりしないように普通にケアしてるだけなんだけどな。
「えっと、それじゃあさ、昨日、電話かけた時、猫山とあ君と黛慎太郎君は居たけど、せっかくだから居なかった天我先輩との話が聞きたいな」
「えっと、天我先輩はですね……」
俺が喋ってる途中で、突如としてスタジオの中にやたらとかっこいいギターサウンドが流れる。
「ちょっと待ったあああああああああ!」
聞き覚えのある声に、俺だけじゃなくて守田さんや観客席に座っているみんなも反応する。
観客席の入場口がバーンと開くと、現れた天我先輩がものすごいダッシュでステージの方に向かってきた。
「きゃああああああああああああ!」
「天我先輩ーーーーーーーー!」
「天我君大好きいいいいいいい!」
「アキラくーーーーーーーん!」
まさかのサプライズに俺はびっくりする。
天我先輩はそのままステージに上がると、椅子に座った俺と守田さんの隣に立った。
「我が今日ここに来たのは、一言後輩に物申すためだあああああああああ!」
「はい、それでなんでここに来たんですか?」
「そんなの決まってるだろう! 我だけ前回出てないの酷すぎるんじゃないか!?」
「いやだって、先輩、1人だけ学校違うし……そもそも大学生じゃないですか」
俺がそういうと天我先輩は目頭を押さえて天を仰ぐ。
「後輩が冷たくて我悲しい……」
「天我君頑張ってーーーーーーー!」
「あくあ君、たまにでいいから先輩に優しくしてあげてー」
「年1くらいでいいからー」
年1て、それ今より扱いが雑になるんじゃ……。
「先輩、俺も聞いてないし、今舞台袖の阿古さん見ても焦った顔してるけど、今日どうやって来たの? っていうか出演許可は? 勝手に出ちゃまずいよ?」
「1人でバイクに乗って来た!! あと番組出演はマネージャーを通して番組にお願いした。だからプロデューサーも了承済みなので心配しなくていい。あと天鳥社長に言うと後輩に伝わってしまうかもしれないからな。その代わり統括マネージャーの桐花さんも知ってる事だから大丈夫だ。そういう訳で……」
天我先輩は、ADの人から看板を受け取るとカメラと観客席に向けてデデ〜ンと見せつける。
【ドッキリ成功】
なるほどね。俺の苦笑いした顔をカメラに撮られる。
「アキラ君も久しぶり」
「お久しぶりです守田さん」
守田さんは天我先輩と握手すると、腕時計を見る仕草をした。
「あのさ、アキラ君にも来てもらったとこ悪いんだけど、もう時間押してるんだよね」
「えっ?」
「つまりこのコーナーもう終わりで、次のコーナーに行かなきゃ、ほらカンペ見て、まきでお願いしますって書いてあるでしょ」
天我先輩は体を屈めると、目を細めてカンペを覗き込む。
「本当だ……」
「うんそういう訳なんだよね。だからありがとうね」
「ありがとうございます。天我先輩」
俺と守田さんはその流れでコーナーを終わらせようと話を持っていく。
「いやいやいやいや、せっかくだから我なんかやってから帰りたい」
「うーん、じゃあアキラ君、なんか5分くらいでできる事やってよ」
「ご、5分!? ど、どどどどうしよう。後輩なんか良い案ない?」
「うーん、仕方ないなぁ……。じゃあ、なんか一曲歌います?」
「「「「「「「「「「きゃあああああああああああああああああ!!」」」」」」」」」」
今日一番の大歓声に俺もびっくりする。
「よし! そういう事なら任せろ!!」
何人かのADさんが舞台袖から出てくると、ものすごいスピードでステージの上に楽器を設置した。
ははーん、この手際の良さは明らかに準備してたな。その証拠に、俺の隣の守田さんもニヤついている。
流石に鈍い俺でもこの後の展開は予想がついた。
「カモン! 後輩ズ!!」
天我先輩がギターを振り上げると、俺が出てきた正面の舞台袖からとあと慎太郎の2人が現れた。
「みんなー! あくあと天我先輩の2人だと、心配だから僕達も来ちゃった!!」
「あっ、守田さん昨日はありがとうございました」
大きく盛り上がる観客席に向かってちゃんとパフォーマンスするとあに対して、慎太郎はその盛り上がりなど関係なく律儀に守田さんに挨拶をする。
これがツボだったのか、守田さんは笑い転げて俺の肩をバンバンと叩く。
うん、なんとなくだけど、守田さんは慎太郎が好きだろうなと思ってた。
「それじゃあ何歌います?」
「そりゃアレでしょう。月9の曲」
「あれ、イントロ長いけど大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫、なんかあったらあくあ君が蘭子会長にお願いしたら許してくれますよ。どうせこの後のコーナーなんておまけみたいなもんです」
「本当にいいのかなぁ。まっ、細かい事はいいや。それじゃあ歌います。月9ドラマ、優等生な私のお兄様より、Phantom Requiem歌います」
「「「「「わあああああああああああ!」」」」」
この曲のイントロは長いが歌い出してしまえばそこまで長くない。
アヤナとゆかりさんの台詞のところは、とあにやってもらって俺たちは一曲を歌い切る。
「いやあ、すごかった。やっぱ生の音はいいね。今日は本当にありがとう」
「いえ、こちらこそ歌わせてもらってありがとうございます」
「それじゃあ、みんなには最後に108分のいくつアンケートやってもらいましょうか」
108分のいくつアンケートというのは、会場にいる108人のお客さんにアンケート問題を出題して、予想した人数とピタリと票数が合えば番組のグッズがもらえるというものだ。
「え〜、なんの質問にしようかな? せっかくだからドラマに関係したことがいいよなぁ……あっ、そうだ! 今、現在お兄さんがいるって人はどう?」
「あくあ、それだと人数的に答えが1か0だよ」
「それも限りなく0人に近いと思うぞ」
「それなら佐田一也……いや! 白銀あくあのようなお兄ちゃんが欲しい人って質問はどうだ?」
「ちょっと先輩、それ言って0人とか数人だったら俺泣きますよ!?」
「「「「「「「「「「んなこたーない」」」」」」」」」」
うわっ、びっくりした。
さっき観客席だけじゃなくて、とあや慎太郎や天我先輩どころか守田さんの声まで重なってた気がするけど、俺の気のせいじゃないよな?。
「わかったよ。じゃあそれでいってみる? 人数どうする?」
「「「108!」」」
「えぇ? 満票は流石になくない?」
「いいね。実は満票まだ出てこないから、挑戦してみたら?」
「マジか……それじゃあわかりました。予想は108で! 満票目指します!」
「はい、それじゃあみなさんいいですか? 白銀あくあのようなお兄さんが欲しい、はい! どうぞ!!」
俺たちは数字が表示される電光掲示板を見つめる。
数秒後、電光掲示板に点った108の数字と共にスタジオの中を観客席の歓声が包み込む。
「やった!」
「やったぁ!」
「やったな!」
「うおおおお!」
なんか票を入れるように強要してしまったような気がするけど、今回はスペシャル号だし許してほしい。
俺たちは肩を組んで4人で喜び合った。
「おめでとう。これボールペン貰って帰って」
「「「「ありがとうございまーす」」」」
「それじゃあ残念ながらもう最後だけど、次のゲスト紹介してもらえますか?」
「あっ、そうですね」
番組からは事前に用意もしてるけど、本当に好きな人にかけてもらっていいと言われた。
芸能界では交流関係がまだ少ない俺だけど、どうせならここでも何かをしたいと思ったんだよね。
できればまだ番組に出た事が無い人で、それでいて新しいことをしたいと思った。
「電話、繋がるかなあ? 実は本人に言ってないんだよね」
「誰にかけようとしてるの?」
「まぁ、それは繋がってからのお楽しみで」
耳に当てていた受話器のコールが途切れる。
『Hi』
第一声から凛とした声で、思わず背筋が伸びる。
「どうも、お久しぶりです白銀あくあです」
「あら、どうしたの? もしかしてうちの孫娘が、また何か粗相をやらかしたのかしら?」
観客席や慎太郎、天我先輩はポカーンとしてたけど、後ろにいたとあだけは直ぐに気がついたのか、君、何とんでもない人に電話かけてるんだよって目で見てきた。
「いや、そうじゃなくてですね。実は義理のお婆さまに少しお願いがありまして……」
「わかったわ」
「ええっ!? お願いの理由を聞いてないのにいいんですか?」
「もちろんよ。だって可愛い孫娘の旦那様で、この私の騎士なのですから」
ここまで来ると鈍い人でも気がつく。
観客席はどよめき、慎太郎や天我先輩はおろか、舞台袖にいたスタッフや阿古さんまで慌てふためく。
「あっ! でもどうせなら対価として、さっき守田さんに渡したレコードと同じものが欲しいわ。倉庫に一つ余ってるんでしたっけ?」
「そんな物でいいんだったら、全然、もう何枚だっていいですよ。余ってるの1枚しかないけど」
「ふふっ、もちろんサイン付きよね?」
「もちろんです」
よしっ、これで対価の交渉は無事成立だ。
次に番組の出演を依頼する。
「確かこの前、用事があって週明けからこの国に来るからって話をしてたじゃないですか」
「うん。もちろん貴方達の文化祭にも行くし、新居にも遊びに行くから楽しみにしててね」
「だからもしよかったらなんですけど、笑っていいですともって番組がありましてね。お婆さまはこの国でも人気ですから、よかったら出てくれないかなぁって」
「ああ、笑っていいですともね。知ってますよ。八雲いつき先生もだいぶ前に出演していましたね」
ここで俺は、守田さんに電話を渡す。
あれ……? なんか今、多少の違和感があったような……うん、気のせいかな。
「どうも、藤テレビで笑っていいですともとかいう番組をやらせてもらってる、守田一美です。もしかしなくても、メアリー前女王陛下ですか?」
「はい。そうですよ。今日は私の騎士がお世話になっています」
「いえいえ、それよりも女王陛下、八雲先生の事を知っていらっしゃるんですね。驚きました」
「はい、メル友なんですよ。だから次の電話を繋ぐ相手も任せてくださいな」
「おぉ……マジか。番組のことちゃんとわかってるみたいで……ありがとうございます。それじゃあその最後にいいですか?」
「もちろんです」
「それじゃあ明日……じゃなかった、明後日、スタジオに来てくれるかな?」
「いいですとも!」
「ありがとうございます。ありがとうございます」
守田さんは電話越しにペコペコと頭を下げる。
「お婆ちゃんありがとね」
「いいのよ。何かあったら直ぐにお婆ちゃんにかけてきてね」
「うん、ありがとう!」
俺はここで電話を切る。
そして顔を見合わせた守田さんとの間で数秒間の沈黙が流れた。
「君さ、やっぱとんでもないわ。この番組こんなに長くやってて、今日ほど肝が冷えた日はないよ」
「驚きました? これが本当のドッキリです。なんちゃって」
「もう、これだからベリルはああああああああ、はい! もうCMです!」
カットという言葉とともに、一斉に緊張感が途切れたかのようにスタジオの中がざわめく。
「今日はありがとうございました」
「いやいや、こっちこそありがとう。それじゃあ気をつけて帰ってね」
「はい、みんなもありがとねー」
「ありがとー」
「ありがとうございます」
「またな!」
CMの時間は限られてるので、俺たちは慌てて撤収する。
こんな感じで、俺は初めてのバラエティ番組の生出演を無事に終える事ができた。
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