赤海はじめ,欠けたキーホルダー。
ソフトにしてるけど胸糞展開なので、苦手な人は読み飛ばして。
俺の名前は赤海はじめ。
都内の私立中学校に通う2年生だ。
同級生と比べても身長が低いのがコンプレックスで、男子からもはじめちゃんと呼ばれて揶揄われている。
「白銀あくあとかいうやつ、うぜえよな〜」
「う、うん……そうだね」
「だろ? 女なんかに媚びやがってマジ気持ち悪いわ」
「ゴウ君の言う通りだと思うよ」
ゴウくんは同級生の男子で、俺たちのクラスには運よく男子が4人も通ってる。
なんでこんなに男子が多いかというと、今から100年以上前になるけど由緒正しき男子校だったからだ。
まぁ男子校と言ってもかき集めて100いたかいなかったかくらいだったそうだけど、それでもすごい方だと思う。
「あー、マジで朝から気分悪りぃわ。またクラスの女子どもがキーキーうっせえんだろうな」
ゴウくんは俺たちの中で1番体が大きいこともあってリーダー格を張っている。
白銀あくあ、突如としてこの国……いやこの世界に彗星の如く現れた彼は、その眩いばかりの光で良くも悪くも多くの人たちを惹きつけた。
【白銀あくあはゴミ】ベリなんとかアンチスレpart12【とあちゃんだけは神】
685 名無し
白銀あくあとかいう奴のせいで、今日も女がうざい件について。
686 名無し
>>685
わかるわ。あいつのせいで前よりも女が言う事を聞かなくなった。
687 名無し
そもそも女が近づいてこなくなった。
688 名無し
>>687
それな。ブスの癖に何勘違いしてるんだか。
いくらその白銀あくあだって、お前らみたいな牛乳女なんか興味あるわけねーだろwwwww
689 名無し
この前、クラスでそいつのクリアファイル出して他の女とひそひそ楽しそうに話してたから、ムカついてクリアファイルぐちゃぐちゃにしたらガン泣きして最高に気分よかったわ。
690 名無し
>>689
最高。
691 名無し
>>689
こういうエピソードもっとくれ。
692 名無し
>>689
俺もこれやるわ。
693 名無し
もうそういうことやめようぜ。
694 名無し
>>693
はぁ?
695 名無し
>>693
きめーw
696 名無し
白銀あくあより、天なんとかと黛なんとかの方がイラっとしたわ。
いつもみたいに公園で遊んでるメスガキをサンドバッグにしようと思ったら、偶然そこにいた黛とかいうやつが気がついて、必死な顔して止めやがったから殴り飛ばしたんだよ。メスガキを抱えるようにして守ってたから手出せないから丁度いいわと思ってソイツ殴ってたら、天我とかいう奴が来て鬼みたいな顔して俺の腕捻りやがって。あーいてぇ。しかも慰謝料せびろうと思ったら、向こうのほーむぶとかなんとかいう牛乳女が出てきて、正当防衛だから悪くない、むしろ逆に訴えるとか言いやがって。本気でベリなんとかうぜえわ。
公園にいた女どもなんか俺のこと睨んでたし意味わかんねー。
女なんてストレス発散用のサンドバッグ以外に価値ねーだろ。
697 名無し
>>696
はぁ? お前悪くないじゃん。
698 名無し
>>696
それは災難だったなー。
699 名無し
>>696
どうせサンドバッグにするなら、使い捨てじゃなくて同じ相手に繰り返しやって、男に恐怖心抱くまで殴った方がいいぞ。そこまで行くと、体触っただけで嫌そうな顔するから、俺たち男できめえ妄想もできなくなる。
700 名無し
>>699
これまじ?
703 名無し
おっ、おっ、女に嫌がらせした自慢か?
昔、月街アヤナって女がムカついたから、子役やってたあいつの仕事を全部取ってやったなあ。
真面目に演技したりしてたから、わざとミスして監督にあの女が悪いんだって言ってクビにさせた時はガチで最高だったわ。あの当時連んでた男3人で色んな女優そう言うこと繰り返してたんだけど、その中でも月街アヤナは泣かなかったからよく覚えてる。途中で飽きてやめちゃったけどw
俺に対してもすげー睨んできてたし、あいつこれから一生男のこと好きになれねーんだろうなと思ったらめちゃくちゃ気分よかったのを久々に思い出したwww
あーでも>>699のこれ聞いたら、あの時俺もサンドバッグにしてやるのも悪くなかったかもなー。
それ想像したら楽しくなってきたわ。仕事するのたりーけど、あいつの出る現場ならってやってもいいって久々に連絡しとくか。後で殴ってるとこの映像撮って晒すから期待しといてくれ。
確か白銀あくあと共演してるし、同級生だからスカッとするかも。
704 名無し
>>703
そんな汚い女の動画いらねーよw
でも事後報告は頼むわ。女が壊れる姿を見るのは最高だからな。
そいつが白銀あくあに惚れてたら尚最高。
705 名無し
>>703
お前も女にかまってやるなんて優しすぎ。
706 名無し
だからそういうのはもうやめろって。
あと男に対しても一応法律は適用されるし、過去に事例がなかったわけじゃないからな。
707 名無し
そんなことよりとあちゃんの話しようぜ
708 名無し
とあちゃんが女の子なら結婚できる。
709 名無し
>>708
はぁ? 俺たちの女神とあちゃんを汚いメスなんかと一緒にするなよ。
710 名無し
>>708
ついてない女に価値ある?
711 名無し
小汚いメスがとあちゃんになんかしたら絶対に許さん。
712 名無し
>>711
後、白銀あくあもな。
あいつとあちゃんと距離近くてまじでムカつく。
714 名無し
とあちゃんだけは人気だな。
この国の男性のみがアクセスできる匿名掲示板。
男性の中にはベリルエンターテイメントや白銀あくあさん達を応援する人も多いけど、そうじゃ無い男性も多い。ただ、本当は応援してるけど、俺みたいに表立って言えない人とかも多いと思う。
例えば俺たち4人の中でもゴウくんはベリル反対派で声がデカいけど、他の2人はどっちでも無いって感じ。そして俺は、白銀あくあさんのファンだ。
今日はそのあくあさんがVtuber星水シロとして初めての配信をする日である。
『みんなー、こんばんは! 少しの時間かもしれないけど、ゆっくりしていってね!! それと最初に死ぬって言ってた人、死んじゃダメだよ?』
シロくんを演じている時のあくあさんは、何時ものかっこいい声とは違う柔らかく愛らしい幼い声で喋りかける。
「凄いな……」
俺はアニメが好きで結構見てるけど、あくあさんの声のバリエーションの広さは声優さんにも負けてないんじゃ無いのかと思う。歌だって乙女色の心みたいに甘く色気のある感じに歌い上げる時もあれば、とあさんとのデュエット曲みたいにカッコよく歌う事もできるし、星水シロ、白銀あくあで声色を使い分けて自分1人でデュエットを歌ったstay hereなんて圧巻としか言いようがないと思った。
「えっと……配信待ってました!! と」
俺は自分のアカウント、um1chanでコメントする。
コメントしている大半の人は女性だろうけど、こうやって俺みたいに紛れてコメントしてる男の人だって結構いると思う。ちなみに、その日の配信はあまりにも人が来すぎて、すぐに配信が落ちてしまった。
「おい、ユリカ、お前何持ってきてんだよ」
同じクラスの宮島ユリカさん。
黒くて長い髪が綺麗なすらっとしたタイプの女子で、大人しいからゴウくんによくちょっかいをかけられている。
「か、返して……」
宮島さんはゴウくんが取り上げた、アクリル板キーホルダーに手を伸ばす。
よく見るとそこに書かれていたのは、手書きのシロくんのイラストだった。
そんなグッズが出てるなんて聞いてないし、宮島さんは絵が上手だからきっと自分で作ったのだろう。
「チッ……また、白銀あくあかよ。ユリカ、てめぇみたいなブスが男に夢見てんじゃねえぞ」
ゴウくんはキーホルダーを地面に落とすと、そのままダンっと足で踏んで二つに割ってしまった。
「あっ……」
宮島さんは粉々になったアクリルのパーツを見て、悲しそうな顔をする。
砕けたパーツを拾おうと宮島さんは手を伸ばすが、ゴウくんはその行動にイラッとしたのか、宮島さんの事を蹴っ飛ばして拾い上げたアクリルの割れたパーツを窓から校舎の外に投げ捨てた。
「ハハッ、おい、お前ら行くぞ!」
男子はもちろんのこと、女子たちも宮島さんに駆け寄ろうとはしない。
何故ならゴウくんは体が大きいし、宮島さんがゴウくんに目をつけられたのは、前にターゲットになっていた女の子を助けたからだ。
「おい、はじめ! 何してんだよ、早く行くぞ」
「あ、うん」
俺もそんなクラスメイト達と一緒だ……。
チビな俺じゃゴウくんに勝てるわけがない。
しかも少ない男子の中ではぶられたりいじめられたりしたらと考えたら一歩がでなかった。
「宮島さん……」
授業が終わって学校から帰る時、投げ捨てられたアクリルキーホルダーのパーツを探していた宮島さんの姿が目に入る。
翌日、いつもより早めに学校に来た俺は偶然にもそのパーツを見つけてしまう。いや、偶然じゃない。宮島さんの悲しそうな顔を見たら眠れなくて、誰よりも早く学校に来て必死に探した。でも見つかったのは一つだけで、割れたもう片方のパーツが見つからないままタイムリミットを迎える。
欠けたアクリルキーホルダー、残った半分は宮島さんのバッグにつけられていた。おそらく昨日みんなが帰った後に自分で探したのだろう。この残った半分のパーツをどうやって宮島さんに返そうかと俺は悩む。机に置いておくのもいいかと思ったけど、その日から暫くゴウくんが離れてくれる隙がなかったから、俺は返すタイミングを失ってしまった。
俺が欠けたアクリルパーツを渡すのにもたついていると、宮島さんの持っていたポーチに新しい手作りのアクリルキーホルダーがこっそりと取り付けられている事に気がつく。
そしてそれに気がついたのは俺だけじゃなかった。
「あれ? ゴウくんは?」
「さぁ?」
お昼休み、その日、俺は水筒を忘れてしまって、自販機にお茶を買いに行った。
教室に戻ってくると、何故かゴウくんが席にいない。
宮島さんの席を見ると、お弁当を広げたままの状態のままで彼女はどこにもいなかった。
何故だろう、何か、何かとてつもなくすごく嫌な予感がする。
「はじめ?」
俺は他の男子2人を教室に残して外に駆け出した。
この学校は開校100年以上を超える名門校で歴史があるからこそ校舎も広く、その中には使ってない旧校舎がある。ゴウくんは授業をサボる時、その旧校舎の中にある鍵が壊れた教室をよく利用していた。
その教室の傍まで来た俺は、中の様子を伺うために息を殺して窓へと顔を近づける。
「ユリカ、俺、言ったよなあ。お前みたいなブスが夢見んなって」
ゴウくんは宮島さんが買ったキーホルダーの穴に人差し指を入れてグルグルと回す。
「か、返して……約束通り来たでしょ」
宮島さんはゴウくんの方にスッと手のひらを向ける。
「あぁっ!? 返してくださいだろ!?」
ゴウくんは宮島さんの体を強い力で突き飛ばす。
体を突き飛ばされた宮島さんは、後ろにあった教卓に背中を強くぶつけてその場に崩れ落ちる。
「お前さあ、ほんとむかつくよなあ!!」
大きく手を振り上げたゴウくんを見て、宮島さんは恐怖に怯えた顔で腕を交錯させ自らの身を守るように構えた。
助けなきゃ、助けなきゃいけないと思う程、俺の体が強張って動かなくなる。
「ハハッ、宮島ほら、ほら!」
ゴウくんは何度も何度も宮島さんに殴りかかるようなモーションを見せる。
その度に宮島さんは何度も体を小刻みに震わせて、唇を噛んで目をキュッと閉じた。
「いいじゃんいいじゃん。今のお前最高にいいわ宮島」
満足そうに笑みを浮かべたゴウくんは、何かを思いついたような顔をする。
「そういや掲示板に面白そうな事書いてあったな」
掲示板という言葉を聞いて、俺は何故かすぐにピンときた。
動け! 動いてくれ!! 俺は震える自らの両足を叩いて根性で前に一歩踏み出そうとする。
でも俺が普通に止めに入ったところで、腕力でねじ伏せられて、目の前で宮島さんの心と体を弄ばれてしまうだけだろう。だから考えなきゃいけない。どうやってゴウくんを止める? どうやって宮島さんを助けられるんだ?
俺の視界に、非常用の警報器が目に入る。
そうだ。あれを使えばどうにかなるかもしれない。
「ほら、さっさとしろよユリカ!」
「いやあああああああああああ!」
もう迷ってる暇はない。俺は走り出すと、非常用警報器のボタンを力強く押した。
ジリリリリリリリリ!
旧校舎の中に火災警報器の音がけたたましく鳴り響く。
反対側の階段の影からこっそりと見ていると、でてきたゴウくんが慌てて校舎の外へと向かっていた。
俺は残された宮島さんの様子をみるために教室の中を覗き込む。
「ひっく、ひっく……もう嫌、なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないの……っ」
俺は教室の中に入って彼女に声をかけようとしたが踏みとどまった。何故なら俺に声をかける資格があるだろうかと思ったからである。今までだって、何度も、何回も、ゴウくんを止める機会はあったはずなのに、それが出来なかった俺が、宮島さんに見せられる顔が果たしてあるのだろうか。いや、そんなものはない。
鳴り響くサイレンの音。俺の心は締め付けられるほど痛かった。
『えっと、せっかくなんでまだ時間あるし配信しようと思うんだけど、みんな大丈夫? 眠たい人は寝てもいいよ』
その日の夜に行われた星水シロのトゥコール企画。
俺はどうするのが正解だったのだろうか。それを相談しようと何度もコールしたが繋がることはなかった。
でも、その企画の中で繋がった一つの電話。その声を聞いた瞬間、俺の心臓が止まりそうになる。
『……あの、私。学校で男子にいじめられているんです』
今にも消えてしまいそうなほど弱々しいその声は、間違いなく宮島さんの声だった。
最初はポツリポツリと喋っていた宮島さんだけど、シロくん……いや、あくあさんは、彼女の心に真剣に寄り添うように、そして暖かく包み込むように彼女の精一杯の声に耳を傾け、優しい声で何度も話しかける。
「宮島さん……」
彼女の苦しみを聞くたびに、心臓がぎゅっと掴まれるように苦しかった。
ゴウくんだけじゃない。宮島さんがそういう状況だってわかってたのに、助けられなかった自分の事がどうしようもなく情けなくて涙を零しそうになる。でも、俺が泣いちゃだめだ。俺には泣く資格なんてない。
「明日、宮島さんが学校に来たら……」
勇気を出して話しかけてみようと思った。
そしてこの欠けたアクリルキーホルダーを渡して謝ろう。
でもその翌日、宮島さんは学校に来なかった。
あとで掲示板に書かれていたけど、あくあさんは、トゥコール企画の後に個別に宮島さんに連絡を取っていたらしい。
あくあさんは、宮島さんの傍にずっと居たのに何もできなかった俺とは何もかも違っていた。
たった一つのきっかけ、それだけであくあさんは、宮島さんの事を、その壊れかけた心ごと救ってみせたのである。白銀あくあだから仕方ない。そんな都合のいい言葉だけで片付けられないほど、俺にはすげぇ衝撃的だった。
かっけぇ……しかもただかっけぇだけじゃない。優しくて、暖かくて、とてもじゃないが俺と同じ男の人だとは思えなかった。それに比べたら、俺はダサい……いや、そもそもそんな事を考えてしまってる時点で俺はダメなんだと思った。
だってあくあさんは、かっこいいからとかダサいとかじゃなくて、宮島さんの事を救いたくて行動に出たんだと思う。俺は何もできなかった事が悔しくて情けなくて、自分の事が恥ずかしいと思った。
「くそっ……」
腹が立つ。それも無性に、自分に対して、だから、だから!! もう2度とこんな思いをしたくないと誓った。
俺もいつの日か……いや、そうじゃない!
あの時、一歩を踏み出せなかった俺とはもうおさらばしたかった。
俺は俺のなりたい俺になる。
そんな時、俺の目に入ったのが、とある有名アニメの声優オーディションだった。
今にして思えば、なんでそのオーディションを受けようと思ったのかはわからない。
でも、なんかしなきゃ、動かなきゃ何も変わらないと、気がついた時にはデータを送って応募していたのである。
その後、俺は実際に監督に会って、そのアニメに出るタン・リューレンというキャラクターの声優を務める事が決まった。
「よろしくお願いします」
監督にマンツーマンで鍛えてもらって最低限の事ができるようになった俺は、ついに他のキャストの人達との顔合わせの日を迎える。
そして収録日、現場にあくあさんが来たのを見て俺は固まった。
「あれ、男の子がいるよ?」
最初に俺の事に気がついたのはとあさんだった。
お互いに自己紹介を交わして、軽く談笑する。
みんなすごく優しくて、その日はそのまま収録する事になったけど始めての仕事はすごく楽しかった。
それから数日後、2度目の収録日、無事収録を終えた後に俺の携帯にメッセージが届く。
『ユリカの奴が見つかったから、みんなで玩具にしようぜ』
そのメッセージを読んで、あの日の事がフラッシュバックする。
あれ以来、俺は忙しいからとゴウくん達と距離を置いていた。
「俺が……今度こそ、俺がどうにかしなきゃ……」
でも、本当に俺が行ったところでどうにかできるのだろうか。
あの時はたまたま運が良かったけど、今度はうまくいかないかもしれない。
警察に通報する? いや、まだ事件が起こってないのだから警察はすぐに動いてくれないかも。
くそっ……俺は結局どこまで行っても俺のままで変われないのか。
そうだよな。俺はあくあさんやベリルの人達とは違う。俺がどんなに足掻いたところで、どうしようもないんだ……って、そんな理由で諦め切れるなら、こんなに苦しいのは何でだ。
思い出せよ。俺の憧れた白銀あくあは、こんな事で折れる人じゃないだろ!!
体が大きいから小さいからだとか、そんなちっぽけな事じゃない。
ハートを燃やせ。警察でもあくあさんでもましてや他の誰でもない、俺がやるんだよ。
重苦しい足を一歩踏み出した。はっきり言って怖い。ゴウくんは体だってでかいし、俺より力が強いけど、それでも立ち向かうんだ。気がついた時は、メッセージに書かれていた場所に向かって走り出していた。
「久しぶりだったなユリカ、元気だったか?」
「な、なんでここに……」
「あぁ? そんなの伝手を使って政府関係者にお前と結婚したかったけど、転校したから場所教えてくれって演技して言ったら簡単に教えてくれたぜ。ほら、早くこっちに来いよユリカ。今日は久しぶりにサンドバッグにしてやるよ」
現場に到着した時、ゴウくんは今にも宮島さんに襲い掛かる直前だった。
迷ってる暇はない。俺は駆け出すとゴウくんの大きな体目がけてタックルした。
「あっ、なんだ? はじめじゃねぇか。お前、何邪魔してくれてるんだよ!」
ゴウくんに投げ飛ばされた俺は地面に転がる。
それでも俺は立ち上がると、またゴウくんの体目がけてタックルした。
「宮島さんをこれ以上苦しめるなよ!!」
「ああん? はじめちゃんの癖にうぜえ事言ってんじゃねえぞ!!」
何度も何度もゴウくんにぶつかっては投げ飛ばされた。
勝てないってわかっていても、俺が諦めたら宮島さんがまた傷つけられる。
だから俺は、足に力を入れて歯を食いしばっては立ち上がり続けた。
「はぁ……はぁ……」
ゆらりと立ち上がった俺を見て、ゴウくんはほんの一瞬だけ怯んだ隙を見せる。
チャンスだと思った俺は足をもつれさせながらも、残った力を振り絞ってゴウくんに突っ込んだ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あああぁぁぁ!」
俺の気迫に押されたのか、少し後退りしてしまったゴウくんは後ろに尻餅をついた。
「くそっ、どけよはじめ!!」
再びゴウくんに投げ飛ばされた俺は、宮島さんの前に転がる。
立たなきゃ、立たなきゃいけない! 俺はもう気力だけで立ち上がって、宮島さんの前で両手を広げた。
「くそっ、はじめ、てめえもサンドバッグにするぞ!」
ゴウくんは、ゆっくりと俺の方に近づいてくる。
そんな俺とゴウくんの間に入ったのは意外な人物だった。
「そこまでだよ」
とあさんは、俺とゴウくんの間に入ると、ゴウくんの事をキッと睨みつけた。
なんでここにとあさんがいるんだろう。混乱する俺の後ろから二つの足音が聞こえる。
「何があったか知らないが、これ以上赤海を傷つけるというのなら我が相手になるぞ」
気が抜けて倒れそうになった俺の体を、後ろから現れた天我先輩が支えてくれた。
「状況を見る限り、お前達はそこにいる女性に何らかの危害を加えようとして、赤海はそれを止めようとしたんじゃないか?」
天我先輩と共に現れた黛さんは、地面に膝をつくと宮島さんに怪我はないかと聞く。それと同時に俺たちが来たから安心してほしいと言っていた。
「な、なんで、お前らがここにいるんだよ」
後退りするゴウくんの後ろから更に足音が聞こえる。
「さぁ、なんでだろうな」
ゴウくんの後ろから現れたのは、あくあさんだった。
「し、白銀あくあ!? か、関係ないやつがしゃしゃってんじゃねえぞ!」
あくあさんは、殴りかかったゴウくんの拳を掴む。
「関係なくはない。はじめは俺たちの仕事仲間で大事な業界の後輩だ。それに……恐怖に震えて俯いてる女の子を見て見ぬふりをするなんて俺たちにはできない事だ」
ゴウくんはジタバタと暴れるが、あくあさんの方が力が強くてびくともしない。
「先に攻撃したのははじめの方だった。だからこれ以上何かをするつもりはない。でも、お前がはじめやそこにいる彼女に対して、これ以上、危害を加えるのであれば俺は絶対にお前を止めてみせる」
あくあさんは手の力を緩めるとゴウくんを解放する。
「チッ、帰るぞお前ら! はじめ、お前明日からハブり確定な!!」
ゴウくんはそう捨て台詞を残すと、その場から立ち去っていった。
「み、みなさん何で……」
「そりゃ、収録現場であんな思い詰めた顔してたらねぇ。気がつくよね。特に誰かさんは」
とあさんはそう言うとあくあさんの顔を見つめる。
「大丈夫か2人とも」
「俺は大丈夫です。でも、宮島さんが……」
俺は天我先輩に支えてもらって宮島さんのところに行く。
「宮島さんごめん。助けにきたつもりだけど、俺じゃなんもできなくって……いや、そうじゃない。そうじゃないんだ。あの時もあれよりも前もずっとずっと傷ついていた姿を見ていたのに、俺は何もできなかった。だからこんな俺に謝る資格なんてないのかもしれない。で、でも、これ……もう遅いかもしれないけど、これ渡したくて……」
俺はポケットの中に手を突っ込むと、半分になったアクリルキーホルダーを宮島さんに差し出した。
渡せなくて、渡しそびれてずっとポケットの中に入ってた欠けたアクリルキーホルダー。それを見た宮島さんはスッと目を細める。
「赤海くん……そっか、あの時、警報器を鳴らしてくれたのは赤海くんだったんだね。ずっと誰が鳴らしたんだろうって思ってたけど、私のことちゃんと助けてくれてたんだ」
俺は首を左右に振る。
「そんな事ない。俺はあの時も今日も何もできなかった。だから変わりたいと思ってこの仕事を始めたけど、結局このざまで……俺の行動を不審に思ったベリルの皆さんに助けてもらって……はは、やっぱ俺ダメだよな」
俺の言葉に宮島さんは、ゆっくりと首を左右に振る。
「そんな事ない。助けに来てくれて嬉しかった。私の方こそごめんね。本当は私が通報するとかできたらよかったんだけど、あの時のことを思い出したら指が震えて急に体が冷たくなって動けなくって、だから私の方こそごめんね」
俺は宮島さんに謝る必要なんて何もないって言った。だって宮島さんは何も悪い事をしてない。
それに俺が宮島さんと同じ立場だったらきっと同じように震えていたからだ。
「2人とも悪くなんてない。だからそれ以上は自分を責めるんじゃなくて、もっと自分を褒めてやれ。むしろ反省するのは、肝心なところではぐれて迷子になった俺たちの方……」
「ちょ、ちょっと、あくあダメだよ、それ言っちゃ!」
「すまぬ、よそ見をしてしまった我のせいだ……」
「いや、そもそも方向音痴の僕が……」
「ふふっ」
あくあさん達の締まりのない会話に、宮島さんから笑みが溢れる。
それをみて俺のこわばっていた表情が崩れた。
「あ……ごめんなさい。私ったら……」
「いいさ。どういう形でさえ、君が笑顔になってくれたら俺たちは嬉しいよ」
サイレンの音が聞こえる。揉めてた俺たちの姿を見て誰かが通報したのだろう。
俺は駆けつけた救急車に乗せられて、念の為に検査をしてもらうことになった。
「あっ、宮島さんキーホルダー」
話の流れで出したはいいけど、肝心の欠けたキーホルダーを渡しそびれていた。
俺はそれを彼女に返そうと思って止まる。
「赤海くん?」
「宮島さん。よかったらこの欠けたキーホルダー、俺にくれないか?」
「えっ? う、うん、別にいいけど……そんな欠けた奴じゃなくて新しいやつとか」
「いや、これがいいんだ。これは……俺の原点だから……だから宮島さん。俺、この欠けたキーホルダーに誓うよ。俺の眼の前で君みたいに苦しむ子がいたら、今度こそ絶対に直ぐに助けてみせるって、そのために俺は強くなるよ。ただ強くなるんじゃない。心を強くして立ち向かうんだ」
「そっか……うん、わかった」
宮島さんは俺に笑いかける。
それは、俺にとって初めて見た女の子の心からの笑顔だったのかもしれない。
女の子ってこんな風に笑うんだ。
「なぁ、よかったら2人とも俺達のハロウィンライブイベントに来ないか?」
「「えっ?」」
あくあさんの言葉に俺と宮島さんは顔を見合わせる。
「まだもうちょっと先だけど、2人に見に来て欲しい。な? いいだろ?」
あくあさんの言葉に、天我先輩、とあさん、黛さんも頷く。
一体何をするつもりなのだろう?
「はじめ、女の子を笑顔にするって事がどういう事か教えてやるよ」
ベリル主催によるハロウィンナイトイベント、それは俺にとっての人生のターニングポイントだった。
らぴすの日常回を公開してます。
https://fantia.jp/yuuritohoney
https://www.fanbox.cc/@yuuritohoney
Twitterアカウント、作品に関すること呟いたり投票したりしてます。
https://mobile.twitter.com/yuuritohoney