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白龍アイコ、私の想像していた王子様。

「嘘でしょ、ユリス……」


 私はユリスから送られてきたメッセージを見て固まった。


【ごめぇ〜ん! もう帰らないといけなくなったよぉ〜! アイコはシロさんとのデート楽しんでネ!】


 いやいやいやいや!

 何が、ごめぇ〜んよ! 楽しんでネって、今の私に楽しめる余裕なんてあるわけないじゃない!!


「や、やばい……ど、どどどどうしよう」


 あくあ君とユリスの3人で食事をすると決まったあの日から、私の日常はとても忙しくなった。

 久しぶりにお洋服を買ったり、普段しないネイルケアやエステをしてもらったり、普段使ってるシャンプーだって良い匂いがする奴に変えたし、ちゃんとお化粧をしようと色々買ったりとか。無駄だとわかっていても、念のため……そう、念のために何かがあったらいけないから、少しでも良く見せるためにここ数日間でやれるだけの努力はしてきたつもりである。


「大丈夫かな、私おかしくないかな?」


 私は待ち合わせしていたホテルのラウンジで、鏡を見て自分の姿を確認する。

 今日のコーディネイトは、シャツタイプのワンピースに、シンプルなピンヒールのブーツ、ミニのショルダーバッグだ。うん、藤百貨店の店員さんに全部選んでもらったから大丈夫なはず。

 そういえばあの藤の店員さん、私が白龍アイコであることも、今度あくあ君とデートすることもわかってたみたいだけど、あの人ってもしかして……。


「白龍先生?」

「えっ?」


 私は声のした方へと視線を向ける。

 するとそこには、ほんの少しカジュアルなジャケットスタイルのあくあ君が立っていた。

 固すぎず、かといってカジュアル過ぎない、サラリとかっこいいコーディネイトをより完璧に着こなす白銀あくあという存在に面食らう。夕迅様の時もそう思ったけど、本当にまだ16歳? なんで高校生がこんなにも色気があるの!?

 しかも私たちメスの体臭と違ってなんかめちゃくちゃいい匂いするし、リアルのくせに二次元の男の子たちよりも造形のクオリティが高いし、本当にどうしたらこんな子が生まれるんだろう。職業柄、あくあ様じゃなくて、むしろそれを生み出してしまったお母さんの話が聞きたくなるくらいだ。


「ごめん。待った?」

「う、ううん。い、今きたとこ……です」


 ちょ、ちょっと待って、これでいいんだよね? この対応でいいんだよね?

 早めに待ってれば大丈夫かなって考えてたけど、それはそれで気を遣わせてしまったりしたんじゃないのかと、頭の中でぐるぐると考えてしまう。あああああ! デートなんか生まれてこの方した事なんてないからわからないよ!!


「はは、なんで敬語なのアイコちゃん……じゃなかった、白龍先生」


 うわああああああああああああああ!

 ア、アアアアアアアアイコちゃん!? あくあ君の不意打ちに一瞬キョドりそうになる。


「あ、あああアイコちゃんで」


 ちょっと、貴女! 白龍アイコ!! 自分で何言ってるのか分かってんの!?

 誤魔化さなきゃ! 今ならまだリカバリーできる!!


「あ、えっと……その、今日はシロくんとの打ち上げだから」


 おーい! そうじゃないだろ私!! そっちじゃなくってぇ!!


「そっか……そうだよね! じゃあ今日はアイコちゃんで!」


 あっ、あっ……ずるい! 大人びてるあくあ君を見てこっちは翻弄されているのに、いきなりそんな年相応の笑い方されたら、こんなおばさんすぐに落ちちゃう……。いや、もう落ちてるんだから、今更落ちるとかそういう次元の話じゃないか。


「今日はごめんね。外で待ち合わせすると人目につきすぎるかなって思ったから、俺の都合でここになっちゃって。っと、そろそろ時間だし行こうか」

「う、うん……」


 うわああああ、本当は年上の私がリードしなきゃいけないのに、年下のあくあ君にリードさせちゃってるし、ほんと私ってポンコツすぎる……。これがこの年まで乙女を守り続けてきた女の姿だ。うぅ、自分で言って悲しくなってくる。

 私とあくあ君はホテルのエレベーターに乗ると上の階へと向かう。


「アイコちゃん」

「は、はいい!」


 な、なんだろう? もしかして私、臭かったりする?

 エレベーターって密閉してるし、変な匂いとか出てたらどうしよう……。


「髪型変えたんだね。前に会った時も良かったけど、今日のその髪型もとっても素敵だよ」


 ほへ? 予想とは全然違う言葉がやってきて、一瞬間の抜けた顔になってしまった。

 えっとえっと、とりあえず何か会話繋がなきゃ……。


「あ、あの……今日はその、ホテルで食事だから服も変えてみたんだけど、ど、どうかな?」

「うん、今日の服装もとっても似合ってるよ。わざわざ食事する場所に合わせてくれたんだね。ありがとう。むしろアイコちゃんの隣に立っている俺が子供っぽすぎないか心配になるぐらいだよ」


 えっ? これ口説かれ……いや、待て待て待て! 待つんだ白銀アイ、じゃなくって! 白龍アイコ!

 あぶな! 何が白銀アイよ。妄想の中で勝手に結婚までスキップしてたわ……。

 それくらいエレベーターで2人きりになってからのあくあ君の攻めが凄かった。

 まず現実の男子はそんな髪型が素敵だねとか、服が似合ってるねなんて言わないし、ありがとうって感謝なんかしないよ!? も……もしかして嗜みさんって、毎日これに耐えてるの? 嘘でしょ!?

 ていうか、どうせあくあ君の事だから、私みたいなおばさんに言っているように他の人にも同じように言ってそうだし、嗜みさんだけじゃなくて、あくあ君の周りの女の子っていつもこんなのに耐えてるってこと?

 よ、よくそれで襲われたりしないよね。いや、襲おうとしても無理だって悟っちゃうのか。

 私はチラリとあくあ君の方を見つめる。


「ん? どうかした?」

「ううん、なんでもない」


 私は適当に誤魔化したあと、再びあくあ君の方を見つめる。

 あくあ君は私より身長が高くて、ちゃんと筋肉もあって、首から肩、胸板あたりから既に女の子とは全然違う。どう考えてもそこら辺の女子が襲ったところで、片手で簡単にどうにかされてしまいそうな予感しかない。近付いただけで屈服させられちゃうって生物としての本能が囁いてくるんだよね。そもそもこの良い匂いのせいで、若干内股気味になっちゃうし……。

 あーだから、みんな遠巻きに見つめるしかないのか。ふむふむ、なるほどね。うん……無理。これは無理ですね。だって私の頭の中にいた最高の男の子なんて一瞬で吹き飛んだもん。そしてそれを目の前のあくあ君が自分で勝手に更新し続けてる。もう誰も止められないよね。はは……。

 そんなしょーもない事を考えていたら、目的の階にエレベーターが到着した。


「ようこそお越しくださいました。白銀様ですね。お席の方へとご案内いたします」


 うわー高いところだ……。出版社の編集長とかにこんな感じの高いお店に連れてきてもらったことはあるけど、こんなところ普段は自分で行かないから変じゃないかと不安になる。大丈夫、私本体はともかくとして藤の店員さんのコーディネイトは間違いないはずだ。だから私はそれを信じる!!


「あくあ君は、こういうところ慣れてるの?」


 カウンター席に案内された私は、隣に座ったあくあ君にコソッと話しかける。


「俺もそんなに来たことないですよ。だから少し緊張しています。でも今日は、ユリスが和牛食べたいっていうからさ、どうせ個室でホテルなんだから良いところに連れて行ってあげたいなって思ったんだ。そのユリスを連れてこられなかったのは残念だけど……」

「残念だけど……?」


 私がそう聞き返すと、あくあ君は優しくはにかんだ。


「その分、今日は2人で美味しいものをいっぱい食べよう。それでもって、あとで2人でユリスに自慢しちゃおう」

「う、うん」


 はーい、反則でぇーす。

 今の笑顔といいもうね。私がまだ10代ならここまでで100回は勘違いしちゃうよ。

 そもそもさ、男の子が女の子と一緒にホテルで食事だなんてわかってる?

 この後、お部屋でしようって合図じゃないの!? ユリスがここにいたら、この後、アイコと3人でするんだよねって普通に聞いてたと思うよ。


「こちら栗南瓜の擂り流しになります」


 はい、味なんてわかりません。

 いや、美味しいのは美味しいんだけど、じっくりと味わえるだけの余裕が私にない。


「美味しいね」

「う、うん」


 次に出てきたのは、玉子豆腐の上に雲丹と鶏そぼろを乗せたものと、茄子と海老の利休たれで焼いた物、紅葉鯛昆布〆に春菊、菊花を添えて塩ポン酢をかけた三品だ。

 もちろん全部美味しかった! こちらからは以上です!!

 普段からそんないいもん食ってない私に食レポを期待するな!!


「この利休たれだっけ? 美味しいね。ただの焼き茄子がこんなに上品になるなんて……」

「う、うん、そうだね」


 ちょっと私、さっきからう、うんばっかり言ってるじゃない!

 仮にも作家ならもっとバリエーションを見せなさいよ!!

 あと、あくあ君が焼き茄子の話出してきたのは、何かの暗喩だったりするのかな? このあとホテルの部屋とってるとか? いや、流石にそういう意味じゃないよね? お願い誰かオシエテ……。生まれてから一回もこんな男女の駆け引きしたことないクソ女の私にはもうナニモワカラナイヨ……。


「鱧の出汁で味付けをした茸を名残鱧で巻いて柚子を乗せた逸品になります」


 隣のあくあ君の方を見ると、上品な箸使いでいただいていた。

 うわ……男の子なんてお箸の持ち方が酷い子が結構いるって聞くのに、あくあ君のは礼儀作法の先生みたいに箸づかいに品がある。


「あくあ君ってお箸使うの上手だよね」

「あー……アイコちゃんは、俺の出た月9ドラマ知ってる?」


 私は首を縦に振る。ていうか、知らん人なんて誰もいないよ。

 だってカウンター席の前で調理してくれてる料理人のお姉さんや、ホールにいたスタッフさんたちもみんな頷いてたしね。って、こっちの話聞いてるの!? まぁ、高級ホテルと言っても仕方がないか。だって私がその立場でも、あくあ君が話す内容が気になるもん。


「そこで共演した小雛さんがさ、『いきなり上流階級の役をやれって言っても、お箸の使い方だったりとかそういう細かい所作で違和感が出たらその時点で三流なんだよ。だから私が美味しいところに連れてってあげる。料理人の役だったりとか、配膳の役だったりとか、そういうのをやらされた時も参考になるから』って結構連れてってくれたんだよね。それもあって結構気をつけるようにしてるんです。他にも小雛さんは、晩餐会のシーンでフライドチキンやポテトフライ食べてるような作品は、その時点で終わってるとも言ってたなぁ。あはは……」


 嘘でしょ……あの業界で1番と言われるほどの男嫌いとして知られてる小雛ゆかりさんが、あの面倒見の悪い事で有名な小雛ゆかりさんが、先輩としてあくあ君のことをちゃんと面倒見てるんだ。それって1人の役者さんとして、小雛ゆかりさんにもちゃんと認められてるってことだよね。あくあ君すごい……。


「そういえば月9ドラマの脚本って司先生だよね? あくあ君は司先生に会ったことある?」


 私の質問にあくあ君は首を左右に振る。


「実は俺も会った事ないんだよね。アイコちゃんでも会ったことないの?」

「うん。だってそういう作家同士のパーティーとかでも出てこないらしいし、そもそもラノベの私と本格的な作家の司先生とじゃね……あはは」


 純粋な作家さんと私みたいなラノベ作家とでは違う。もちろんそんなの関係なく交流してくれる人が大半だけど、中には馬鹿にしてくる人もいるから、会ったこともない人とは、基本的に向こうから来ない限りは距離を置くようにしている。そっちの方が基本的に傷つかなくていいからだ。

 あー……どうしよう、なんかちょっとブルーになってきた。せっかくのあくあ君との食事中なのにな。


「そういえば、先生の作品は実写化しないんですか?」

「えっ?」


 わたしのさくひん……?


「そ、それってのうりんのこと?」

「のうりん? ああ! 農家を継いだら宇宙一かっこいい男の子が隣人でしたを略してのうりんっていうんですね」


 うわあああああああああああああ!

 あ、あ、あ、あ、あ、あくあ君のお口からわわわ私の作品の名前ががががが!


「知ってるの?」

「え?」

「わ、私の書いてる作品……」

「もちろんですよ先生……じゃなかったアイコちゃん」


 ちょっとまって、ちょっとまって、ちょっとまって!

 うわ、なんだろう、このむず痒い感覚。別に恥ずかしい作品を書いてるわけじゃないけど、なんかあくあ君に知られてたってことが恥ずかしかった。だ、大丈夫かな。気持ち悪いとか言われたらもう私、立ち直れないかも……。


「主人公のはたこが初めての農業に四苦八苦しながらも頑張ってる姿を見てると、こっちも元気になれるんです。のんびりとした話もあれば、ちょっと泣ける話があったり、熱い展開だったり、あと時たま出てくる隣人の男の子がいいんですよね。今度出る続きの巻も楽しみにしていますよ」


 う、嬉しい……シンプルに嬉しい……。

 あくあ君が、あのあくあ君が私の作品をちゃんと読んでくれてる。今までやってきたことが報われた気がして嬉しくなった。これ絶対、帰ったらあとで編集に連絡しよ。そして一緒にビールで乾杯するんだ。


「アイコちゃん、もしドラマ化する時は言ってね。隣人の男の子の役は俺がオーディションで貰い受けるから」


 いや、いやいやいや! オーディションなんかしなくっても、あくあ君が出るって言ったら、そんなのもう満場一致で決定ですよ! 原作者の私が猛プッシュします!!

 うわー、もうなんか今日これだけでも来てよかったと思える。あー泣きそう!!

 この後、私とあくあ君はもう一品食べた後に、メインディッシュとなる最高級和牛の柔らかさに舌鼓を打った。

 のうりんの話をした後は私も緊張が解けたのか、CreamRAWカップの話とか、ユリスとか、他のいろいろなお話で会話に花を咲かせる。


「あ、おかえり」


 お手洗いに行ったあくあ君が帰ってきたのを見計らって、私も帰るための準備を整える。

 楽しい時間ももう終わりだ。こんなことなら最初緊張せずにもっと自分から喋りかけてればよかったな……。


「そろそろ出ようか」

「うん」


 私はバッグの中からお財布を取り出す。

 これでもお金だけは持ってるから任せて!

 そう意気込んでいたのに、なぜかお会計の紙が回ってこない……。えっ? なんで?


「すでに代金の方は白銀様の方からいただいております。だから大丈夫ですよ白龍先生」


 戸惑っていた私に、スタッフのお姉さんが囁いてくれた。

 えっ? ちょっとまって、すでに代金を頂いている? も、もしかしてさっきお手洗いに行ったのって、お会計するために? そ、それとも私が先にお手洗いに入った時には、もう支払ってたってこと?

 ほえ〜……もうカッコ良すぎて、森川さんみたいに開いた口が塞がらなかった。


「あ、あの、ご馳走様。その、本当は年上の私が払わなきゃいけないのに」

「気にしないでアイコちゃん。誘ったのは俺なんだから、ここは格好つけさせてよ」


 いや、もうそれ以上格好つけなくても……って思うのは野暮なんだろうね。

 本当に最初から最後までカッコよくてどうしようかと思うくらい。


「料理すごくおいしかったね。あとでユリスに自慢しちゃお」

「ふふっ、そうだね」

「あっ、そうだ!」


 あくあ君はエレベーターの中でそっと私に体を近づける。

 えっ? まって! いや、待たなくてもいいけど、私にもその心の準備が……!


「アイコちゃん、写真撮るよ笑って」

「う、うん」


 あくあ君は私の顔にご尊顔を近づけると、手に持ったスマートフォンで自撮りする。


「この画像、ユリスに送っちゃお。ユリスが食べたがってた和牛、すごく柔らかかったよって、羨ましがるかな?」

「もう、意地悪しちゃダメでしょ。ふふっ」


 こういう年相応なあくあ君の悪戯っぽいところとか、屈託のない笑顔を見ると、やっぱりちょっと若いんだなって思ってしまった。そうだよね、だって私、一回り以上歳離れてるんだもん……。

 だからもうこの夢みたいな時間はこれで終わりだ。

 エレベーターから降りた私たちは、ホテル1階のあまり人気のない通路を歩く。


「今度は3人で来ようね」


 そうだねって言わなきゃいけないのに、私はそこで固まってしまう。


「アイコちゃん?」


 あくあ君は返事がない事に気がついて私の方へと振り返る。

 そこで私は何を思ったのか、あくあ君の方へと近づくと彼の胸の上にそっと手を置いた。


「私と2人は……嫌?」

「えっ?」


 私はさらに一歩前を踏み出すと、見上げるような姿勢であくあ君のことを見つめる。

 少しびっくりした表情をしたあくあ君は、恥ずかしそうにスッと私から視線を逸らした。


「別に嫌とかじゃないけど……その、俺、奥さんいるから」

「奥さんがいるから?」


 どういうことだろう。嗜みさんがいるからダメってこと?

 あくあ君は、嗜みさんに操でも立てているのだろうか?

 確かにこの世界には、一夫多妻の人もいれば、いろいろな理由から一夫一妻を貫いてる人だっている。

 でもなんだかあくあ君のソレは、そういうのとは違う気がした。


「ちょ、アイコちゃん、白龍先生! ち、近い! 近いですって!!」

「あ……」


 無意識のうちに私はあくあ君におっぱいを押しつけるくらいの距離感まで体を密着させていた。

 まずい。これじゃあチジョーだ。レイプ犯と何一つ変わらない。

 慌てた私は体をどかそうとする。しかし普段履き慣れないピンヒールのブーツに足がもつれて、あくあ君の体に余計に自分の体を密着させてしまう。

 そのせいで私は、あくあ君の体のとある部分の変化に気がついてしまった。


「えっ……?」


 私が気がついた事に気がついたのか、あくあ君は急速に顔を赤くする。

 ねぇ、あくあ君、私、君より一回り以上も年上なんだよ?

 それなのに、こんなおばさんに反応しちゃったの? 流石に私だって、この体に触れる硬くなったものが何であるかくらいはわかる。

 そっか……私、こんな若くて素敵な男の子に、あの白銀あくあに1人の女の人だって意識されてるんだ。

 あくあ君はこんなおばさんでもそういう対象として私を見てくれている。それに気がついてしまった以上、諦めるなんてできないと思った。女としての本能が、私の眠っていた心を突き動かす。


「あくあ君は、他にお嫁さんが欲しくないの?」

「他にお嫁さん!?」


 この反応……やはりあくあ君は一夫多妻があるってことを知らない?

 男の子なら小学生や中学生の時に性教育の一環として習うはずだけど、あくあ君はサボってた? それとも真面目に授業を受けていなかったのだろうか? あくあ君の性格からするとそれは考えづらいけど、そうとしか思えない。

 男子は高校生になると、そういうのを嫌がるのと、そもそも学校に来ないのもあって性教育の授業がないけど、もしかしたらあくあ君も小中時代は引きこもりだった過去があるのだろうか? それも考えづらいけど、16になるまで白銀あくあという存在が世の中に見つからなかった事を考えるとそれも十分にあり得るのかと思った。


「あくあ君、男の子は何人奥さんを娶ってもいいんだよ? 女の子が浮気するのは世間的にも法律的にも絶対にダメだけど、男の子に浮気なんてもの、そもそも存在しないんだから」


 そう、だから……。


「あくあ君がちょっとでもいいなって思ってくれてるんだったら私……」

「ストップ! アイコちゃん! 白龍先生! それ以上は一旦待ってください!!」


 あくあ君は、私の両肩を持つと密着させた私の体を引き剥がした。


「反応してしまったことはすみません。でも、ちょっと待ってください! ちゃんと調べてなかった俺も悪いんですけど、こういうのはちゃんとカノンに相談したいし、そ、その……女の子の事を弄ぶようなことはしたくないんです」


 女の子を弄ぶ……?

 やっぱりあくあ君から何かすごく違和感のようなものを感じてしまう。

 明らかに、私たちと……言ってしまえばこの世界の人と、明らかに根本的に何かが違う気がした。


「あくあ君、もしかして……う、ううん、なんでもない。わ、わかった。今日のところは諦める。で、でも、これが私の気持ちだから。私みたいなおばさんにこんなこと言われて気持ち悪いって思っちゃうかもしれないけど、私はあくあ君のこと異性として好きだから……」


 他の男の人なら笑われたり、罵倒されてもおかしくないけど、あくあ君は私の話を最後まで真剣に聞いてくれた。その上で、ちゃんと真面目に向き合ってくれたのである。


「わかりました。俺もその……白龍先生みたいな綺麗で素敵なお姉さんからそういうこと言われて、男としては普通に嬉しかったです。それくらい先生は魅力的な女性だから……でも俺はカノンとの時間を今は大事にしたいって思ってるから……だから」


 それ以上はダメーーーーー!

 振られる。そう思った私は、咄嗟に、あくあ君の唇を塞いだ。


「今断るのはダメ……。あくあ君、お願いだから私にもがんばらせてほしいの。これがきっと、白龍アイコの……ううん、白崎アイにとっての最初で最後の恋だから。ね。だからお願い。こんな私にもチャンスをくれませんか?」


 ああなんてずるいんだろう。そう思っていても、この細く繋がってしまった私とあくあ君の糸を手放したくはなかった。


「……わかりました白龍先生。俺も、先生のことちゃんと考えます」

「ありがとう、あくあ君」


 嬉しくて泣きそうになったけど我慢した。

 あんなずるい事して今更と思うかもしれないけど、あくあ君と結ばれる時は同情じゃなくってちゃんと結ばれたい。そう思ったからだ。


「白龍先生……いや、アイコちゃん。今日はありがとう」

「うん、私の方こそごめんね。また……」


 タクシーに乗った私は、これが最初で最後の恋だと決意を新たにした。

Twitterアカウント、作品に関すること呟いたり投票したりしてます。


https://mobile.twitter.com/yuuritohoney


姐さんの休日、公開しました。


https://fantia.jp/yuuritohoney

https://www.fanbox.cc/@yuuritohoney

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