白銀あくあ、男子のクラスメイトと出会う。
「ん?」
朝、学校に登校すると見覚えのない人物が俺の二つ前の席に座っていた。
こざっぱりとした雰囲気のすらりとした体型の人物は、スマートな眼鏡がよく似合っており知的な印象を受ける。一人静かに教室の中で本を読んでいたその人物は、どこからどう見ても紛れもなく男だった。
やった……これでクラスに男一人の状況から解放される!
俺は期待を胸に、彼の座っている席に近づく。
「おはよう!」
「……おはよう」
クラスメイトの男子は、俺に気がつくとちゃんと挨拶を返してくれた。
挨拶も返してくれない人物だとどうしようかと思ってたけど、なんとなくそんな感じのタイプではないと思う。
「初めましてだな。俺の名前は白銀あくあ、よろしくな!」
クラスメイトの男子は、読みかけの本に栞を挟んで閉じると立ち上がる。
立ち上がった時の彼の身長は俺と同じくらいかちょっと高いくらいだった。
「白銀君、こちらこそよろしく。僕の名前は黛慎太郎だ」
同級生の黛は、俺が唯一あったことのあるこの世界の男よりも全然マシだった。っていうか普通に良いやつぽい。
今も俺がニカっと笑うと、普通に笑顔を返してくれたし、そこに嫌味のようなものは感じられなかった。
「これから3年間同じクラスなんだ。俺の事は白銀でいいよ」
「わかった。それなら僕の事も黛で、これからの3年間よろしく」
はっきり言って俺は、この世界の男にあまりいい印象を抱いてなかった。
もっとこう高圧的だとか、コミュニケーションに大きく問題を抱えているような人物だったりとか、家族からこの世界の男について聞いても、大方そんな感じの話しか出なかったんだよなぁ。
だからそういう奴が来るんじゃないのかと身構えていたんだが、目の前の黛にはいい方向で期待を裏切られた。
「うちのクラスやばくない?」
「私も思った、白銀君はもはや別格だけど黛君もかっこいいよね」
「本当にこの学校に来てよかった」
「私だけかな? イケメン同士が会話してるの見るのだけでなんかドキドキする」
「「「わかる」」」
「一度でいいからあの中に挟まってみたい」
「他の女子から殺されてもいいのならどうぞ」
騒がしくなる女子達を傍目に、黛は至って冷静に自分の席に着席する。
「白銀、よかったら後で一緒にお昼を食べないか?」
「もちろん!」
ちょうどそのタイミングでチャイムが鳴ったので、俺は自分の席に戻って着席する。
女子達はチャイムが鳴っても騒がしくしていたので、SHRでクラスに入ってきた杉田先生に叱られていた。
お昼のチャイムが鳴ったので、俺は黛と一緒に教室の外に出た。
この学校は教室の他にも食堂や中庭など、椅子やテーブルがある所では自由に食事をとっていい事になっている。
俺たちは比較的座るところが少ない中庭の一角にあったベンチに腰掛けた。
ちょうど対面のベンチに居た女子達と目があったので、俺はにこりと微笑んで手を振る。
たったそれだけのことで、3人居た女の子のグループの一人は泣き出してしまった。
隣の席に座っていた女子2人は、涙ぐみながらその子によかったねと言って慰めている。
「白銀は……ああいう事を平気でするのか?」
「え?」
俺はどう返答していいのかわからずに固まってしまった。
もしかして黛の逆鱗に触れるような事でもしてしまったのだろうか……。
「ああ、すまない。別に他意はないんだ。白銀の事を非難しようだとかそういうつもりは一切ないから不快に感じたのであれば謝罪する。ただ、これは僕の問題なのだが、あまり女性と触れ合うのは苦手でな……」
黛はかけていた眼鏡をくいっと持ち上げる。
まだほんの少ししか会話していないが、黛はちゃんと他人の事を考えて言葉を選んで話してくれているような感じがした。
「白銀はどうして女性に対してそういう対応ができるんだ?」
真剣な黛の眼差しに、俺はいい加減に答えるわけにはいかないと改めて姿勢を正した。
「黛、実は俺、記憶喪失なんだ」
「記憶喪失……?」
俺は自分が記憶喪失であったことを告白する。
だから自分があまり女性に対して忌避感がない事、この距離感でいいのかどうかなど、自分の思っていた事や疑問に感じていた事を黛に吐き出した。流石に転生したとかは信じてもらえないだろうから言ってないけど、俺もずっと誰か他の男性にこの話を相談したかったのだろう。
でも家族もこの世界で知り合った人もみんな女の人ばかりで、相談できるような身近な男性は一人としていなかった。
「そうか、白銀は大変だったんだな。話してくれて嬉しいよ」
「いや、こっちこそ黛に聞いてもらえて凄く嬉しかったよ。今日あったばかりなのにすまないな」
黛は一通り俺の話を聞いてくれると、改めてこの世界の男性のスタンダードを教えてくれた。
やはり俺はこの世界の他の男性陣と比べると、相当変わっているらしい。
それは家族や周りの女性から聞いていた話と一致するものであった。
「僕個人としては、白銀の女性に対しても忌憚無く接する態度を好ましく思う。実際、僕たち男性陣はすごく恵まれた状況に置かれてるし、白銀のようにもっと女性に対して優しい態度で接するべきなんだ」
俺は黛の言葉を聞いて確信に至る。
黛はやっぱり話で聞いた他の男性と比べてもまともな奴だと。
途中で言葉に詰まった黛は、ほんの少し俯きながら言葉を選んで紡いでいく。
「ただな……僕はどうしても女性を前にすると緊張してしまって、態度がそっけなくなってしまうんだ。何を話していいのかもわからないし……」
なるほど……。
そういえば教室でもクラスメイトの女子に話しかけられた時も軽く会釈を交わしていたが、直ぐに読んでいた本へと視線を戻していた。
おそらくどうしていいのかわからずに、そうすることで自分のパーソナルスペースを守っているのだろう。
俺も女性陣にぐいぐいと来られると少し距離を置いてしまうところがあるが、黛はファーストコンタクトの段階でどうしていいのかわからずに戸惑っているみたいだ。
「白銀……よかったら、君の話をもっと聞かせてくれないか? そうすれば僕も今よりかは少しは女性に対して良くなれる、そんな気がするんだ」
「もちろんだよ黛、俺の方こそ常識知らずで迷惑かけるかもしれないけど、改めてよろしくな」
「ああ!」
俺たちは笑顔で握手を交わした。
「白銀、話し込んですまなかったな。そろそろお昼を食べよう」
「気にするなって黛、おっ、お前も弁当なのか!」
ちなみに俺も弁当だ。
学校で変なものを食べさせられたらいけないからと、心配性の母さんが朝早く起きて弁当を作ってくれている。
マジで感謝しかない。俺はいつもありがとうと心の中で感謝しつつ弁当箱の蓋を開けた。
さすがは母さん、相変わらず俺の好きなものばかりである。今日も帰ったらありがとうと伝えよう。
「おっ、黛の弁当、うまそうだな!」
俺は目の前の黛の弁当へと視線を向ける。
おこわに卵焼き、煮物に揚げ物、野菜と肉のバランスがきちんととれた上で、ちゃんと見栄えも計算されていた。
「そうか……」
黛は頭をかいて少し照れた表情を見せる。
「実はこれ……俺が作ったんだ」
「マジか! すごいじゃないか」
俺も一応は料理はできるが、料理ができるだけに自分でお弁当を作る大変さはよく知っている。
だから俺は食事をするところでもいつもご馳走様、美味しかったですと、できるだけお礼の言葉を述べるようにしているのだが、以前、食事処でそれを言ったら対応してくれた人が泣いてしまって大変だった。
「なるほど、素直に褒められるとこうも嬉しいものなのだな。白銀が女の子に人気の理由がよくわかった気がするよ。白銀……よかったらどれか食べてみないか?」
「いいのか、じゃあうちの母さんの卵焼きと交換しようぜ!」
俺たちはお互いの卵焼きを交換しあう。
「うっま……黛、これちゃんと出汁から取ってるだろ」
「そういう白銀こそ、お母さんの卵焼きふわふわで美味しかったぞ」
別に自分で作ったわけではないが、母さんの卵焼きを褒められるのはなんだか自分の事のように嬉しい気持ちになる。帰ったら友達の黛がおいしかったって言ってたって伝えてあげよう。
俺たちはその日、お互いの連絡先を交換して友達になった。
今日はまだあと1話あります。もしかしたら2話かも。