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白銀あくあ、百貨店デート!!

 住む家を決めた翌日、俺とカノンは藤百貨店さんにお邪魔をすることにした。

 これから2人で暮らす新居での新生活に必要なものを買い揃えるためである。

 せっかくなので、同じ藤系列で前にお仕事をした藤百貨店さんで全てを揃えようとしたら、藤百貨店さんの配慮で、営業時間が終わった後に貸切にしてくれたけど本当にいいのかな? 阿古さん曰く、これも契約中の藤のイベントに関係してるらしいから全然気にしないでいいみたい。

 ちなみに時間的な問題から、今日行われるCRカップの本番に向けた練習試合を俺はお休みすることになってしまった。

 元々緩い大会だから練習試合は自由参加なんだけど、俺が休んだ事によってユリスと先生が練習できないのは申し訳ないので、ピンチヒッターとして慎太郎を手配したので大丈夫だろう。あとなんか天我先輩もサポートするって意気込んでたけど、何するんだろ……。まっ、とあがいるから大丈夫か! 頼んだぞとあ!!

 って、そんなこと考えてたら、とあから全部僕に丸投げして、あとで責任とってよねとメールが来た。

 仕方ない。今度パフェでも一緒に食いに行こうなってメールしてご機嫌とっておこっと……。


「あれ? ペゴニアさん、なんでここにいるの?」


 藤百貨店さんに到着すると、何故かペゴニアさんがカノンに同行していた。

 ペゴニアさんは俺たちが結婚した事で、正式に雇用主を王家からカノンに変更したらしい。

 俺たちが住む予定の新居に引っ越してくるみたいで、変わらずカノンの身の回りのお世話をしてくれると聞いている。正直、あの家は広すぎて掃除するのも大変だから、ペゴニアさんみたいな人がいると助かる。


「先日の不動産の話を聞いて、お二人に任せておくのは危険だと判断しました」


 あ……うん。それを言われると何も言い返せない。

 そういえばあの会社、さっきのお昼のニュースで労働基準法違反とか、地面師がどうとか、建築基準法違反とか、なんか色々あって警察の強制捜査が入ってたみたいだけど、えみりさんは大丈夫なんだろうか?


「心配しないでください。私はただの置き物のようなもの。なのでお二人は、じっくりとおデェトを楽しんでくださいね」


 ペゴニアさんは後ろにススっと引くと、じーっとこちらを見つめる。

 いや、そんな見つめられると逆に意識しちゃうんだけど……。


「で、デェト……」


 カノンは顔を赤くする。

 ちょ、カノンさん!? 俺たちもう結婚してるんだよ? しかもデートだって初めてじゃない。

 それなのに、そんな風にうぶな反応をされると、釣られてこっちまで顔が熱くなる。


「と、とりあえず1階からみよっか?」

「う、うん!」


 1階は普通に化粧品売り場だが、レディースだけじゃなくてメンズの売り場もある。

 ペゴニアさんがいつもカノンが使ってる化粧品を追加で手配している間に、俺も自分が使ってる洗顔剤とかを新居用に揃えた。実家に置いてあるのはそのままにしておくつもりだから、こういうのも全部新しく買い揃えなきゃいけない。

 あー、そうだあれも買っとかなきゃな。

 最近、天我先輩にギターを教えてもらっていることもあって、爪のケア商品とか、爪割れ防止のトップコートとかも買い揃えておく。これからはライブを増やしていきたいなってみんなで話していたから、編成上の関係から俺も色々とできるように楽器の練習しとかないとな。ちなみに慎太郎もとあにドラムを教えてもらったりしているみたいだ。

 2人でフロアを彷徨っていると、カノンが棚に置いてあったディフューザーのサンプルを手に取って匂いを嗅ぐ。


「あっ、このディフューザーいい匂いするかも」


 俺はカノンが手にもったディフューザーへと顔を近づけて匂いを嗅ぐ。

 ほのかに優しい香り。あまり匂いもキツくないし、いいような気がする。

 そこのブランドの他の匂い、サボンの香り、薔薇の香り、柑橘の香りなどを嗅いでみると全部いい匂いがした。

 カノンが手に持ったサボンの香りはリラックスするし、寝室に置いておくのがいい気がする。

 シロとして配信する部屋とか玄関やトイレに置いてもいいな。全部買っておくか。


「うん、いいと思う。寝室の匂いこれにする?」

「し、しんしゅつ……」


 進出? あぁ、店員さんもこの国に初進出してきた新しいブランドだって言ってたね。

 ところでカノンはなんでそんな一杯一杯の顔してるのさ? おーい、ペゴニアさん助けてくれー!


 【いいぞもっとやれ!】


 ペゴニアさん、カンペで感想送るのやめてもらっていいですか?

 ダメだ、あの人は使い物にならない。っていうかペゴニアさんは置き物なんじゃないの? めちゃくちゃ最初から自我出してきてる気がするんだけど、俺の気のせいかな?

 それとペゴニアさんを見るために後ろを振り返って気がついたけど、藤百貨店の人が十数人くらい俺たちの後ろをついてきていた。偉い人だ……明らかに偉い人たちが俺たちの後をついてきてる。

 お気になさらず、私たちはお二人が困った時にサポートするために同行してますから、空気みたいな存在だと思ってくださいと言ってるけど、普通に気になっちゃうよ……まぁ、撮影スタッフもいるし、もうこれはお仕事のようなものだと割り切ろうかな。いや、やっぱりカノンのためにも、後ろは気にせずに精一杯デートを楽しもう!

 ええ、そんな呑気な事を考えていた時代が俺にもありました。


「まじか……」


 3階に上がった俺たちは、エスカレーターを上がった先にあったショップを見て固まった。

 不意打ちの下着売り場である。

 

 【そこのショップに入って!!】


 ペゴニアさん……そんなにボールペンでカンペをパンパン叩かなくてもちゃんと見えてますから。

 チラリとカノンの方を見ると、カノンは頬をピンク色に染めてチラチラと俺の方を見る。


「は、はいる……?」


 うん、そんな入りたそうな顔をされたら拒否なんてできるわけないよな。

 そういうわけでやってきました下着売り場。うわぁ……なんだろうこれ。売り場全体からほのかに女性特有のいい匂いがしてるような気がするんだけど俺の気のせいかな。本当はじっくりと見たい気持ちを抑えて、俺はあまりキョロキョロせずにカノンの後をついていく。

 藤百貨店さんには申し訳ないけど、デパートの下着売り場は年齢層高めだから大丈夫だろう。ええ、そんなことを考えていた時期が俺にもありました。

 最初にカノンが手に取ったのは白を基調とした可愛いデザインの下着である。それを着た時のカノンを想像すると……おっと、まずいまずい。もう少しで男の子としてピクリと反応してしまうところだった。

 無心だ、無心になるんだ白銀あくあ! 頭の中で天我先輩の数を数えて落ち着こう。天我が1人、天我が2人、天我が3人……うん、完璧だ。色々と気持ちが鎮まってきたぞ!


「どう、似合うかな?」


 ぐわああああああああああああ!

 こ、こら! 男の子の目の前で、女の子がそんな無防備に体の上から下着をあてがっちゃいけません!!

 カノンのせいで、俺の頭の中にいた天我先輩たちが一瞬でどこかに吹き飛んでいってしまった。


「あ……うん、似合うと思うよ」


 って、そこで赤くなるんかーい!!

 おっと、思わずインコ先輩みたいなツッコミをしてしまった。

 カノンは時たますごく無防備になるのに、その後の返しで素に戻って恥ずかしがるところがある。それが余計にいじらしくてどうにかしてしまいたくなるんだよなぁ。全く、その可愛さを真正面から受け止めてしまう俺の気持ちも考えてほしい!! でも可愛いので許します!!


「あと、これなんかどう?」


 流石にやられっぱなしの俺じゃない。あえてここで自らカノンに提案してやり返してみる。

 俺が選んだのは黒のシンプルなものだ。カノンは黒よりも白やピンクだろうという既存の概念をぶち壊すような提案をしてみる。カノンのようなパーフェクトボディだからこそ、このスポーディーな感じの下着が際立つのではないかと考えた。


「「「「「おぉー」」」」」


 えっ? 何、何!? 声の方に振り向くと、後ろからゾロゾロとついてきていたペゴニアさんと藤百貨店の人たちが口を半開きにして感嘆の声を上げていた。やたらと存在感を出してくる置物と空気である。

 俺がそちらの方に気を取られていると、ショップ内で待機していた店員の人がすすっとカノンのそばに近づいてきた。


「試着できますよ」

「えっ?」

「よかったらこちらにどうぞ」

「あ、わ……」


 店員さんは恥ずかしがっているカノンを押して試着室の方へと行ってしまった。


 【NICE!】


 後ろを振り向くと、ペゴニアさんが満面の笑みでカンペを出していた。はいはい、ナイスナイス。


「私、この売り場に勤めて20年になりますが、男性が女性のものを選ぶ姿を初めてみました」

「あくあ様が選んだ商品、私が仕入れたやつです。この仕事やってきて本当によかった……!」

「ちょっと、今すぐあのメーカーに……あー、もう会社閉まってるだろうから、社長に直電して在庫全部押さえといて」

「ど、どどどどどどうしよう、私、さっきあくあさんが選ばれたものと同じものを今まさに服の下に着てるんですけど……」

「「「な、なんだってー!?」」」


 なんか藤百貨店の店員さんが一塊になってコソコソと話してるけど、トラブルでもあったのかな?

 後、ペゴニアさん、カンペで私も同じものを着用しましょうかとか聞かなくていいです。

 思わず想像しそうになっちゃったじゃないですか。ペゴニアさんの事をジト目で睨んでいると、誰かが後ろから近づいてくる気配があった。カノンが試着を確かめて帰ってきたのかな? そう思った俺は、何も考えずに後ろに振り返る。


「ど、どうかな?」


 えっ? 振り返るとそこには俺の選んだものを着用したカノンの姿があった。


「ありがとうございます、ありがとうございます……!」


 俺は菩薩のような清らかな心で両手を合わせてカノンを拝んだ。

 もちろん大事なことなので、忘れないように感謝のお礼を2回述べる。


「さすがはカノン様、見事なプロポーションだわ……」

「あくあ様が泣いてらっしゃるわ」

「商品を仕入れた私も泣いてます……ぐすん」

「見て、あくあ様がカノン様の事を熱い視線を向けられているわ」

「「「「「男の子にあんな目で見られるなんて羨ましい……」」」」」


 藤百貨店の人は相変わらず固まってコソコソ何かを話してた。

 あれ? そういえばペゴニアさんどこ行った?

 まぁ、いないならいないでいいんだけど、なんだか嫌な予感がする。


「えっと、これ買おうかな」

「う、うん、いいんじゃないかな。俺はその、すごくいいと思います」


 やったぜ!! 嬉しそうな表情をしたカノンは、着替えるために再び試着室の方へと向かう。

 あぁ、かわいいなぁ……。俺がのほほんとした表情をしていたら、誰かがツンツンと俺の腕を突いた。


「ん? な……ん、だと……!?」


 振り向いた俺の視界に、先ほどカノンが着ていたのと同じモノを身に纏ったペゴニアさんの姿が映る。

 その時の感想を一言で表すとこうだ。


 DEKAI!


 そう


 SUGOKU DEKAI!


 いや、どこがとは言わないんだけどね。

 だって、もうそれ……パツパツじゃないですか。完全にアウトですよそれ……。

 ペゴニアさんが持っていたカンペを見て、俺は目を見開いた。


 【あえて、お嬢様と同じサイズのものを着用しています】


 おっふ……なるほどね。

 あのね、こんな姿で試着室のお外にでちゃダメでしょ!! ペゴニアさんは、もっと自分の事を大事にしてあげてください!!


「あら……ちゃんと反応してくれるんですね。嬉しい」


 うおおおおおおおおおおおおおおお!

 天我先輩が1人、天我先輩が2人、天我先輩が3人……煩悩退散!!

 ヤベェ、今確実にペゴニアさんの視線が俺のとある場所に向いてた。ほ、微笑んでたけどブラフだよね? 膨らんでないよな!? 俺も男だからピクリとは反応したかもしれないけど、これは浮気じゃない、セーフ!!


「私もこれ買ってきまーす」


 おい、マジかよ……。

 ちなみに2人の代金は俺が払った。なんでペゴニアさんの分までと思うかもしれないけど男なら当然の事である。

 見た分の対価は払うのが男のマナー、ジェントルマンの流儀ってやつだ。


 【#PEGONIA WIN】


 わかってるって、カンペ出さなくてもわかってますから。俺の負けでいいですよもう……。

 ちなみになぜかその後、3人でお揃いのアニマルルームウェアとスリッパを買う羽目になった。

 カノンは合わせで黒猫さん、ペゴニアさんは半目のクマさん、俺はメリーさん……じゃなくて羊さんのルームウェアとスリッパを選んで被らないようにする。あ……ちょっと待って、俺、家でこんなかわいいの着るの?


「ありがとうございます。ありがとうございます!!」

「もう無料で差し上げます。どうかもらってあげてください!!」

「すみません。ちょっと写真撮るので着用してくれませんか? いやぁ〜これも仕事なんで、ほんとすみません。下心とかは全くないんです。お手数かけてすみません。あっ、ありがとうございます。ちょっと100枚くらい写真撮っておきますね。もしもの時のために、あーすいませんすいません。ありがとうございます!」

「え? メーカーの担当が飲み会行ってる? 今すぐ首根っこ引っ張って呼び戻せ!! 倉庫に眠ってるやつも全部押さえろ!! 酒なんか飲んでる場合じゃねぇぞ!!」


 なんかね。藤百貨店のお姉さんたちにもうね、すごい勢いで囲まれて断れなかった。

 俺たちはなんとか3階での買い物を終えると5階へと向かう。

 5階にはインテリアの商品や生活雑貨などが数多く揃っているフロアで、今日のメインの買い物はここだと言っても過言ではない。


「このソファーいいかもね」

「うん、そうだね」


 ちょうどいい2人掛けのソファを見つけたので、試しに2人で座ってみる。

 シートが電動リクライニングになってるし、左右にテーブルがあって使い心地がすごく良さそうだ。

 2人で映画を見たりテレビを見たりする時にいいかもしれない。

 次に目をつけたのは大人数が座れるソファだ。来客のことを考えたらリビングには必要だと思う。

 値段を見たら新車並みのお値段だったけど、そこは見なかったことにする。というか、こういうことでもないと俺がお金を使う機会がまずない。それに貸切にしてくれて物件のサポートまでしてくれた藤蘭子会長のために、今日だけは藤百貨店さんで湯水のごとくバンバン使っちゃう。

 他にもダイニングで使うテーブルと椅子とか、玄関に置くオットマンとか、色々なところに敷く絨毯だったりも選ぶ。

 そして家具のコーナーで最後にやってきたのは寝具、ベッドの展示をしてあるコーナーだ。


「これ寝心地良さそう」

「う、うん……」


 俺はカノンと向き合うようにベッドに寝っ転がる。


「しゅ、しゅごい……」

「え? もしかしてこれ始まっちゃう感じですか?」

「念のためにカメラ回しとこ……」

「「「「「REC……」」」」」


 パンパン、パンパン。

 はいはい、そんなにカンペをボールペンで小気味よく叩かなくてもわかってますよペゴニアさん。

 

 【そのまま抱け! #AQUA WIN!!】


 アホか!! こんなところでするわけないでしょ!!

 全くこの人は何を考えてるんだ……。


 【手伝いましょうか? #実は2人と先ほどの商品を着用したままです】


 は? 何考えてんだこの人は……って、え? カノンも?

 ちょっ! そんなにも顔を赤くして頷くなら、カノンもなんで穿いてきた!?

 これはまずい。俺はすぐに上半身を起こすと、ベッドの上から離脱する。

 俺たちは枕や掛け布団、ブランケットなど寝具回りも一通り選ぶと、次に食器類のフロアへと向かう。

 そこで俺はちょうどいい柄のマグカップを見つけてしまった。

 さっき買ったルームウェアとそっくりな猫と羊の絵が描かれた黒と白のマグカップは、お互いにカップを向き合わせるとまるで羊と猫がキスしているように見える。元々ペアで作ってたわけじゃなくて、偶然なんだろうけど俺はこれが気に入ってしまった。


「カノン、これよくない? ペアのマグカップ」

「えっ……ペア?」


 なんだかカノンはよくわかってなかったみたいなので、俺はペアっぽく見えることを説明する。


「ペアの……マグカップ?」

「ちょっと待ってください。マグカップってペアで使うものなんですか!?」

「し、知らないわよ。そんなこと聞いた事ないもの……!」

「いや、そういえば以前、白龍先生が書いているのうりんで、偶然にも男の子と一緒の手ぬぐいを使って、お揃いだってシーンあったけどそれじゃあ……」

「「「「「それだ……!」」」」」

「やっぱり白龍先生は天才ね」

「ここにきて先生の作品で得た知識が役立つなんて思ってもみなかったわ」

「やっぱり先生の作品は私たち女性にとってバイブルね」


 あれ? 今ほんの少しだけ会話が聞こえてきたんだけど、ペアのマグカップって存在してないの? それじゃあさっきのあれとかペアルックとかって認識してる?

 俺は改めてカノンに聞く。するとわかってなかったみたいなので、改めて説明すると固まってしまった。


 【#NICE! #AQUA WIN #CANON LOSE #PEGONIA LOSE】


 はいはい、そこもわかってますって。俺はペゴニアさんを無視して、カノンの前で手をひらひらと振る。

 おーい! カノン、早くこっちに戻ってきてくれー!

 仕方ない、まだ戻ってくるまでに時間かかりそうだし先に会計しとこう。

 会計を済ませた後、戻ってきたカノンと一緒に色々と生活用品を購入して上の6階へと上がる。

 最初にアートギャラリーに行くと、カノンのセンスで壁に飾る絵とかアート作品を買う。

 なんとなく俺が選ぶと変なのを選びそうな気がしたから、そこはカノンに任せた。


「あ……でもこれいいな」


 俺はその中でも隅っこにあった一枚の絵に注目する。

 幾何学的な装飾の枠組みの中に描かれた女性の姿、純白のドレスを身に纏った女性は、しなやかで美しい線と力強くはっきりとした線で堂々とした立ち姿として描かれている。後ろに咲き誇る薔薇の花は高潔さを醸し出し、百合の花は純潔さを演出しているのだろう。そこはかとなくカノンを少し男前にした感じを連想させる。

 俺はひと目でこの絵に魅了された。


「これ買います」


 これを描いたMARIAさんは新進気鋭のアーティストで、他の展示されている絵画に比べるとものすごく安かった。

 別に安かったからとかじゃないけど、MARIAさんの作風が気に入った俺は、他にもこの人の描いた絵があるかどうかを店員さんに聞いてみたところ、お試しで置いてあったそうなので他の作品はないらしい。

 しかし作者のMARIAさんとは連絡がつくそうなので、他にどういう絵を描いているのか問い合わせてくれるそうだ。クリスマスに発表する予定の曲、そのジャケットのイメージにこの人は合いそうな気がするので、俺は連絡先を伝えて欲しいと電話番号とメールアドレスなどを書いた紙を店員さんに手渡す。


「あの紙切れ、きっとここに置いてあるどの美術品より高価よ」

「オークションに出したら秒で億を超える自信があるわ」

「スターズの貴族のお嬢さんなら、お金に糸目はつけないでしょうね」

「あの若き石油女王なら、普通に白紙の小切手だしそう」

「さっき店員の田中さん、紙切れを持つ手が震えてたわよ」

「「「「「わかる……」」」」」


 カノンとペゴニアさんが選んだ絵画も一緒に会計すると、今日いちの金額が表示された気がするけど見なかったことにする。隣にいたカノンが、5年後に売ったら間違いなくどれも10倍以上に値上がりするわよとか、とんでもない事を言っていたけど聞かなかった事にした。

 アートギャラリーでの買い物を終えた俺とカノンは、ギフトカウンターへと向かう。

 そこでは結婚式に参加してくれた人たちに、引き出物としてギフトカタログの1番高いやつを手配してもらった。

 俺とカノンの顔が入った皿とかもらっても需要ない気がするし、きっとこれが1番無難だと思う。


「これで全部かな?」

「うん、多分大丈夫」


 カノンは予め買うものを決めて来ていたのか、紙に書いたリストに目を通す。

 こういうところがいい加減な俺と違って、しっかりしてるなあと思う。

 買い物が終わったので2人でエレベーターに乗ろうと歩いていたら、その近くにベビー用品を売っている店があった。俺はそこに置いてあったウサギのぬいぐるみが、らぴすみたいな顔をしていて思わず笑みを溢してしまう。


「あ、あくあああくあああああ、その、あの……」

「ん?」


 あれ、なんかカノンの挙動がおかしいぞ。壊れたロボットみたいになってる。


「あくあは……その! こ、ここ子供は……す、好き?」

「あ、うん。好きだけど?」

「そっ、そっかぁ……」


 あれ? 浮かない顔してるけどどうしたんだ?


「もしかしてカノンは子供が嫌い?」

「ううん! そんな事ない!! 子供好き!!」


 お、おぉ、なぜかやたら前のめりになるカノン。


「あくあは……私との子供が欲しくない……?」


 ちょっ!? カノンさん!? 一体何を言い出すんですかこの子は!

 まさかまたペゴニアさんの指示じゃ……って、アレ!? いない!?

 って、思ってたら藤百貨店の社員の皆さんと一緒に、遥か遠くの物陰からこちらを見守っていた。

 気遣いしているのかしてないのか……いや、それはいい。今はこっちの方が問題だ。


「カノン……」


 俺は軽く咳払いをすると、カノンの目をじっと見つめて、両腕にそっと優しく手をかける。


「どうしてそう思ったのかはわからないけど、俺もいつかはカノンとの子供が欲しいと思ってる」


 俺の言葉で、カノンはパァッと明るい顔をする。


「でも今じゃない。俺とカノンはまだ学生だ。ちゃんとカノンには学校を卒業して欲しいし、同い年のカノンとゆっくりと一緒に歩んでいきたい。それに仕事だってもっと落ち着いてからの方がいいと思ってる。俺だってちゃんと子育てしたいと考えてるし、カノンだけに任せたりとか、ペゴニアさんみたいに他の人に頼りっぱなしになってしまうのは嫌なんだ。ごめんな。俺のわがままかもしれないけど、俺とカノンの子供だからちゃんと大切にしたいって考えてるから」

「そ、そっか……あくあは、そんなことを考えてくれているんだね。わ、私の方こそごめんね。その……つけてたから、私とその……作りたくないのかなって思って……」


 ちょっ、ちょっとカノンさん!?

 遠くで誰かが倒れた音が聞こえる。そちらに視線を向けると藤百貨店の社員さんの1人が倒れて、周りの人が介抱してあげていた。ペゴニアさんはNICEのカンペを持ったまま固まってるし、せめて聞いてない振りくらいしてくれよ!!


「そ、それはごめん。でもほら……仕方ないだろう?」


 俺の言葉に対して、何故かカノンは首を傾ける。


「あくあ……アレはね、もしもの時のためのもので、夫婦間で基本的に経口薬を飲むんだけど」

「えっ? でもアレって体にあまりよくないんじゃ……?」

「あれ? もしかして男の子って授業で習ったりとかしないのかな? お薬が体に悪かったのって数十年前だよ? 今のお薬はそんな副作用ないから」


 あっ、また遠くで誰かが1人倒れた音が聞こえる。念の為にそちらを確認すると、またペゴニアさんがカンペを出していた。


 【さっきの寝室エリア使っていいですよ!!】


 ちょっと、ペゴニアさん!?


 【ちゃんと許可は取ってます!!】


 藤百貨店の社員さんも頷かないで!!

 しないから、しませんから!!

 ちょっと、カノンさん!? えっ、しないの? みたいな顔しない!!

 いいですかカノンさん、ここは百貨店! お家じゃないんですよ!! 全くもう。

 ほら、そこが騒がしいからカノンが気がついちゃったじゃん……。


「そういうわけだからちゃんとカノンのことは考えてるし、ふ、2人の将来とか家族の事とか、これからの事とかも考えてるから、新居に引っ越したら一度ちゃんと話し合おうか? カノンだって、カノンが思ってることがあるだろうしね」

「う、うん」


 不安の消えたカノンの顔を見て、俺はホッと胸を撫で下ろす。

 とあにも、たまにというか結構説明が足りない時が多いって言われたし注意しないとな。

 今回の事も思ってもいなかったところで、カノンとすれ違わなくてよかった。


「そ、それじゃあ今日は帰ろうか。俺もその……CRカップが終わるまでは忙しいし」

「う、うん。私もあくあと話したい事、まだいっぱいあるけど、それは新居に引っ越して落ち着いてからにしようと思う」


 なんかまたペゴニアさんがカンペを出してたけど、俺は見なかったことにして、カノンと2人で1階まで降りるとその場で解散した。

 はぁ……なんか余計に疲れた気がする。

 俺はタクシーの中、ほんの少しだけ自分の選択に後悔しつつ帰路に着いた。



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姐さんの休日、公開しました。


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