白龍アイコ、わけえ奴らがとんでもないことを言い出した。
私の名前は白龍アイコ。ただの物書きであって、それ以上でもそれ以下でもありません。
最近は現実の男の子に抗うべく頑張ってはいるけど、なにぶんこの男の子は私の知っている男の子たちとはあまりにもかけ離れ過ぎていました。
私もこういう仕事をしているので、取材として何度かは男の子と会った事があります。その中には会話すらしてくれない子もいれば、酷い子だと、男がこんなこと言うわけねーだろと、自分の書いていた本を頭にぶつけられた事だってありました。
だからこそ彼を初めて知った時の衝撃は、今でも鮮明に覚えています。
「先生、とんでもない子がいます」
私が彼を知ったきっかけは、担当編集によるタレコミです。
彼女曰く、八雲先生の代表作である花咲く貴方への実写深夜ドラマ、その2話にとんでもなく顔立ちの良い男の子が出るという話でした。
私もこの業界には長くいるので、同業者しか知らない色々な噂話や情報を聞いたり知ってたりしています。
だからこそ担当編集の話を聞いて首を傾けました。
あんな低予算ドラマに、そんなすごい男の子が出るだなんて思えなかったからです。
「ううん、まぁ、一応見るだけ見てみましょうか」
1人になった後、私はネット配信でドラマの再放送を視聴しました。
やはり作品は想定していた通りの出来で、これなら実写化しなければよかったと多くのファンがそう思った事でしょう。私も八雲先生のファンとして、はなあたのファンとして複雑な気分になりましたが、一度見た以上は最後まで視聴します。それがマナーというものでしょう。
その後も特に良いところはなく物語も終盤へと差し掛かかる。
まぁこんなものかと思っていたら、テレビの画面に誰かの背中が映りました。
「な、なんじゃこりゃあああああ」
夕迅が……あの再現不可能と呼ばれた夕迅が画面の中を歩いていたのです。
えっ? これCGですか? 最初は状況がうまく呑み込めなくてただ口を半開きにして画面を見つめていました。
はなあたは私にとってもリスペクトしてきた大事な作品です。だからこそ、あえて実写ドラマを見ていませんでした。でも、その時ほど何故リアルタイムで見ていなかったのかと後悔した事はありません。
「えっ、ちょっと待って、夕迅様って存在したの?」
慌てて検索サイトで夕迅と入力すると、関連ワードに以下の項目が並んだ。
夕迅 実在した
夕迅 現実にいる
夕迅 存在してる
「やっぱり、みんな私と同じことを感じたんだ……」
夕迅役を務める白銀あくあ君は、まさに漫画の中から出てきたような男子でした。
綺麗なお顔立ちをしていますが、キリッとした感じだけじゃなくて、年相応の幼さも垣間見えたりしてすごくドキドキします。体つきの方も背が高くすらっとして、それでいて筋肉質で、ハグを想像しただけで大体の女子達は頭をポーッとさせてしまうでしょう。何よりもその隠せない色気、女の子にはない男の子の魅力を無防備に曝け出す姿は、私を含め多くの女性たちを困惑させました。
特にアイドルフェスであの無防備にさらした脇腹の筋肉、男性のあんなところの筋肉を見たことがある女子なんてまずいません。資料で男性のぬいぐるみのようなぽよんとしたお腹の写真を見た事のある私だって、初めて見る筋肉質なお腹周りを何度も何度も停止ボタンを押してじっくりと観察してしまいました。
なんで彼はこんなにも女性に対して警戒心がないんだろう? そのことについて深く考えたことがあります。
まず最初に思いついたのは、頭をぶつけるなど記憶を失ってしまい、女性への恐怖心や警戒心を強めるような出来事を忘れてしまったんじゃないかと考えました。
でもこの場合、頭の方はその出来事を忘れていたとしても、体の方が恐怖心や警戒心を忘れる事はないと思います。
「もしくは女性に対して警戒心や恐怖心を抱くような行為をされた経験がないとか……?」
それはもっとあり得ない話だと思いました。
あくあ君のような男子が16年も生きてきて、そういう事をされないなんてことあり得ないと思ったからです。
家族だって母と姉と妹がいるのなら、日常的にそういう目で見られる事は日常茶飯事でしょう。大体の男子はそれで警戒心を覚えます。
職業柄そういう話は結構入ってくるのですが、そうなるのもわかるくらい結構えげつない話も聞きました。
いくらご家族がまともな人だったとしても、あくあ君だってこれに近い経験を最低一回くらいはしているはずです。
「実はこことは違う、どこか別の異世界からやってきた……とか?」
男子が女子に対して忌避感を覚えない世界。
少なくとも男子が貴重ではない世界で生まれ、女性から何かされてもなんとも思わない価値観が植え付けられていたとしたら、女性に対して警戒心も恐怖心もないのではないでしょうか。
それなら全ての辻褄が合います。
「って、流石に考えすぎかぁー、そんなことあるわけないよね」
職業柄ついつい色々と妄想してしまいました。
異世界から来た男子とか、あまりにも突飛すぎると自分でも思います。
「さてと、そろそろ時間かな?」
私は配信のための部屋に入ると、パソコンを起動させて配信ソフトを立ち上げる。
「今日からCRカップの練習再開かぁ。頑張ろうっと」
遅延をつけて配信を開始する。
すると遅延をつけただけの分数だけ遅れて、チャット欄に文字が流れていく。
『先生おつー』
『先生視点の配信助かる』
『nourinというコメントをひらがなで打ち込んだら削除される白龍先生のチャット欄』
『先生nourinの発売まだですか?』
『今日は頼むぞ先生』
『先生がシロくんをキャリーする勇姿を見に来ました』
『このコメントには不適切なワードが含まれていたので管理人が削除しました』
『nourin! nourin! nourin!』
もうnourinも禁止ワードにぶち込もうかな……。
私はチャット欄をスルーすると、チームのチャットに入る。
「えっ? ユリス今この国に来てるの?」
「うん、そうだよぉ〜!」
チームのオープンチャットに入ると、先に来ていたユリスとシロくんが談笑していた。
『先生曰く、若者は待たすもの』
『また大御所出勤か』
『先生、若い子の邪魔しちゃダメだよ?』
『若い子の談笑を邪魔するBBA降臨』
『先生ちゃん空気よんで!』
『お前ら流石に白龍先生をいじりすぎや』
『アイコちゃん先生は優しいから許してくれるけど、他の先生のとこでやっちゃダメだぞ』
『これでも偉大な大先生なんだぞ!!』
こいつら、私だと思って好き勝手言って本当もう!!
まぁいいや、あくあ君やユリスのチャット欄が荒れるくらいなら私の方が荒れてた方がマシだ。
「あっ、アイコ〜〜、こんばんはぁ〜」
「アイコちゃん久しぶり、元気だった?」
うっ……シロくんのアイコちゃん呼びは心臓に悪い。
まさかこの歳になってショタにアイコちゃんなんて呼ばれる日が来るなんて、あぁ、ラノベ書いててよかった!!
「こんばんは、2人とも今日からまたよろしく。ところでユリス、今こっち来てるって本当?」
「うん、そだよぉ〜! だって本番の大会で勝ちたかったから、pingなしでやりたかったんだもんねぇ!」
あー、ユリスはステイツ在住だから東京サーバーでの試合は、映像に0.1秒から0.2秒の遅延が発生するんだよね。
0.1秒の世界を争うゲームの中では致命的だとされているけど、まさかプロの試合じゃないこの試合のために来国するなんてすごい行動力だなと思う。これが若さってやつなんですか?
「そっかあ、それじゃあ一緒にご飯いく?」
「ワオ! シロさんの奢りですかぁ?」
「もち」
お〜、よかったね。ユリス。
シロくん……あくあ君とは16歳同士だし、2人でご飯食べていい雰囲気だったら何か起こるかも知れないし頑張ってほしいなぁ。
そんな呑気なことを考えていたら、シロくんが私の方に話しかけてきた。
「もちろんアイコちゃんも行きますよね?」
「へっ? わ、わわわわわ私!?」
えっ? 待って、若い2人で食事行くとかそういう話じゃないの?
私おばさんだよ? そこに混ざっていいの?
『うおおおおおおおおお』
『マジかよ先生やったじゃん!』
『犯罪の香りがしてきた!』
『先生、嗜みに続け!!』 10000円 by 掲示板の民
『先生の時代がついに始まったな!』
『わかってるよな? 先生、これが最初で最後のチャンスかも知れないぞ』
『先生、年下にご飯奢られるとかどんな気持ち?』
『これでシロくんに美味しいもの食べさせてあげて』 50000円 by 石油女王
『頼む先生! 私たち熟女の希望になってくれ!!』 10000円 by 往年のファン
『先生があくたんと結ばれたら、それをネタに小説を書くんだ!!』
『先生なら応援する、年齢を言い訳に諦める必要はない』 50000円 by 乙女の嗜み
『先生は諦めずにちゃんとデート服を着ていくんだよ?』 10000円 by 服代にして
『これで勝負下着を買ってください!』 10000円 by 名無しのファン
み、みんな……!
私、もうピー歳だけど、まだ頑張っていいのかな? 頑張っても許されるのかな?
「え、先生、ダメですか……?」
「アイコも一緒に行こうよぉ〜!」
「全然ダメじゃないです。行きます、行かせてください……!」
ここにきて人生最大のビッグチャンスが巡ってきたと言っても過言ではない。
チラリとチャット欄の方を見ると、さっきよりもすごいスピードでコメントが流れていた。
『ちょっw嗜みwww』
『嗜みさん!?』
『嫁きたあああああ!』
『先生!! 正妻の許可が出たぞ!!』
『嗜みお前マジかよ!! 最高だな!!』
『こいつコメントする度に、満額投げてやがるwww』
『嗜み、ほんま好きw』
『嗜みのコメントで全ての熟女が救われた』
『全熟女が泣いた』
『全国の天剣好きのお母さんが勇気もらったと思う』
『このコメントには、あーくんのママもにっこりしてそう』
『諦める必要はない、このコメントに元気もらったやつ多いぞ多分』
『これが女王の器か』
『やっぱ嗜みが女王やった方がスターズは救われるんじゃないか?』
『スターズからの留学生です。やっぱり帰ってきて、あー様を連れて!!』
『こりゃ結婚後も支持率90%超えてて母親もお姉さんも涙目になるわ』
『でもちゃんと月9ドラマで嫉妬する嗜みは好きw』
『全国の嫁見てるか? これが私たちの嗜みの嫁力だ!!』
『旦那の配信相手もちゃんとチェックする嫁なみ好き』
『そりゃ、あくあ君も惚れるわ』
うえええええええええっ!?
あっ! 本当だ……嗜みさんコメントしてる……。
『白龍先生、みんながついてる』
『男の子と食事デートなんて一生に一度あるかないか、楽しんできて』
『先生のnourinに何度も救われました。だから先生も救われてほしい』
『こう考えるんだ先生。今までいい出会いがなかったのは、白銀あくあに出会うためだったんだと。あくあ様と結ばれるために、他の男たちは先生の横をスルーしていったんだよ。少なくとも私は自分の事もそう思ってる』
『↑にめっちゃいいコメントしてるやついると思ったら、ラーメン捗るじゃねぇか!!』
『白龍先生ならやれるって信じてる』
『さっき姐さんも投げ銭してたぞ。名前変えてたけど』
『アイコちゃんはやればできる子』
そっか……私、頑張っていいんだ。
あくあ君と私は一回り以上離れてる。それでも諦める必要はないって、嗜みさんは私の背中を押してくれた。
そのコメントは力強く、年齢を言い訳にして最初から勝負を諦めるんじゃない。そう言われた気がする。
そうだよね。私の書いているのうりんでも、主人公の女の子は頑張り屋さんで、ずっと前を向いて何度も何度も隣人の男の子にアタックし続けた。それなのに作者の私が最初から諦めて挫けてたら、自分の作品に! 自分の作った主人公に顔向けができるわけがない!!
逃げるな、白龍アイコ! いいえ、白崎アイ!!
私はあくあ君とデートする!! そして楽しい思い出を作るんだ!!
「それじゃあ、CRカップ終わった後みんなで打ち上げする?」
「いいねぇ〜、みんなでご飯食べに行きましょ!」
「うん、わかった。予定空けておくね」
私はスケジュール表に予定を記載する。
それまでにデート用のワンピースをデパートで買って、あ、靴も思い切って可愛いの買っちゃおうかな? ついで、そうついでに、し、下着も新調しようかなぁ、なんちゃって! ね、念のためにね。私とあくあ君は女の子と男の子なんだから、一応生物学上は、その……できるわけなんだから、な、ないとは言い切れないもん。
あ、後、当日に美容院も予約入れてっと……それと、エステも1番高いコース入れとかなきゃ。うわぁ、急に1週間の予定表がいっぱいになっちゃった。えっ、まって? 男の子とデート、正確にいうとユリスがいるけど、そんな野暮なことは今回無視して、たった一回、男の子と食事するだけでこんなにも幸せな気持ちになれるの?
それともやっぱりあくあ君とするから、こんなにも幸せな気持ちになれちゃうのだろうか?
食事してもご飯食べてその場で解散するってのはわかってるけど、それでもすごく! すごく嬉しいし、この歳になってそんな心が躍るような経験ができるなんて、楽しみでウキウキして仕方なかった。
『先生、マジであるぞ』
『気合い入れろよ』
『もしもの時も一応考えとくんだぞ』
『念のために……痛み止めとローションは用意しておいた方がいいです』
『↑今なんか上のへんで嫁の不穏な言葉が……』
『嗜みさん!?』
『嫁!! その辺詳しく!!』
この時の私はまだ何も知らない。
ユリスがチームの事情で食事前に帰国してしまう事も、私とあくあ君の2人で、夜のお食事デートすることになる未来が待っている事も、全く想像していなかった。
姐さんの休日、公開しました。
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