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白銀らぴす、私の悪いお兄様。

 私の名前は白銀らぴす。

 世界を股にかける世界最高にして最凶……じゃなくって最強の兄様、白銀あくあの唯一にして本物の妹とは私のことです。

 今日はその私の、そう 私 の お兄様が、出演する月9ドラマの放送開始日だ。

 兄様はなんとそのドラマで、他の誰かの兄様の役を演じるらしいのです!!

 これは由々しき事態と言えるのではないでしょうか? だって兄様はらぴすの兄様であって、他の誰の兄様でもないのですから! だからドラマとはいえどこれを見逃すことはできません。兄様の正統な妹として、ちゃんと私が隅々までチェックしないといけないのです。


「そろそろ始まるわねー」


 はぁ……母様は全くもって呑気なものです。

 この間の抜けた、だらりとリラックスした姿を見てください。

 きっと自分は大丈夫、だなんて思っているのでしょうね。でも、母様だって安心しているのは今のうちだけなのです。もし兄様が出演する番組に母親役が出たら、母様だって私と同じように絶対に動揺するでしょう。

 だって母様はらぴすの母様なのですから、きっとらぴすとレート帯は同じなのです。


「あ」


 は、始まりました……!

 私は母様の事は一旦横に置いといて、目の前の画面に集中します。


『ここが桜華院(おうかいん)ですか……』


 校舎を見つめる主人公、佐田沙雪(さださゆき)こと小雛ゆかりさんの姿が画面に映し出される。

 ドラマのナレーションによると桜華院は歴史のある学校で、多くの名家の子供たちが通っているという設定らしいです。兄様演じる佐田一也(さだかずや)の妹である佐田沙雪は、母である佐田雪歩(さだゆきほ)に命じられて、この学校へと進学することとなりました。


「うわあああああああん! ら、らぴすちゃん! マ、ママが! あくあちゃんにママ以外のママが!! やだやだやだ〜」


 さっき母様はらぴすと同じレート帯と言いましたが修正します。母様のレートは間違いなくらぴすより下でした。

 ふぅ、だから言ったじゃないですか。それなのに母様といえば、私は関係ないよねと言わんばかりに、さっきまで呑気に芋菓子をパクパクと摘んでいるからそんな事になるんですよ。


「あ、あくあちゃんのママとして、貴女があくあちゃんのママにふさわしいのかチェックするんだから! がるるるるる!」


 私はうるさい母様をぺいっと引き剥がすと再びドラマに集中します。


「沙雪」


 入学式のために通路を歩く沙雪、彼女を呼び止めた声を聞いて、さっきまで煩かった母様が静かになる。

 その一方で私は、私の名前を呼ぶように優しく沙雪を呼ぶ兄様の声に、恐れ多くもむかむかしてしまいました。


「お兄様!!」


 違う!! 兄様は貴女のじゃないもん!!

 テレビを見てそう叫びたくなったけど、ぐっと堪えて我慢します。

 これは作り物、そう作り物のドラマなのですから!!


「入学おめでとう」


 私と母様は画面に映った兄様を見て固まってしまった。

 生徒会長役でもある兄様は、その証である黒のパイピングが施された真っ白なブレザーの学生服を着用しており、その内側には同じ様式の白いベスト、そして黒いシャツには真紅のネクタイを巻いています。銀色のボタンはとてもお上品で、兄様の麗しさを余すところなく体現している制服と言っても過言ではありません。

 おまけに兄様の黒革の手袋がものすごくえっちで、私の背筋がゾクゾクと震えて腰が砕けそうになりました。


「うわああああああああああああ」

「おぎゃあああああああああああ」


 キャパオーバーしてしまった私は、隣にいた母様とキテレツな叫び声をあげて抱き合ってしまいました。

 くっ……悔しいですが、このドラマのスタイリスト、衣装担当だけは素晴らしいと認めざるを得ません!!


「せっかくの晴れ舞台なのに、リボンが破けているね。新しいのに変えてあげよう」


 は? 兄様は、いつも私にやっているみたいに、沙雪の髪に優しく触れると破けたリボンを解いて新しいリボンに変えてあげます。


「ありがとうございます。お兄様」


 あっ、あっ、あっ! ずるい!! 兄様演じる一也の胸板に、沙雪の手がそっと触れる。

 はい、ピーっです、ピッ、ピッ! 私は心の中のホイッスルを吹いて、小雛ゆかりにイエローカードを提示しました。いや、これはさっきのリボン結び直しによるイエローと合わせて、レッドカードで退場してもおかしくない行為と言えるでしょう。VAR? そんなの認められるわけないじゃないですか!! ちゃんとカメラに証拠が映ってますよ! メッ!


「お兄様、今日の入学式のご挨拶、楽しみにしていますね」

「あぁ、任せておけ」


 入学式のシーンでは在校生の挨拶を一也が、新入生の答辞を沙雪が担当していました。

 母様なんて兄様が挨拶をしているシーンではずっとデレデレとだらしのない顔をしていましたが、さすがはプロの役者さんばかりです。あんなにもかっこよく、そして優しく笑みを浮かべて挨拶をする兄様を見ても、ちゃんと皆さんプロとして動じずに演技を続けているのは素直にすごいと思いました。


「お兄様……」


 沙雪が兄である一也を見つめる何気ない1シーン。

 このシーンを見て私は全てを悟ってしまいました。

 あぁ、沙雪も私と同じなのですね……。

 経験者である私にだからこそ、これからの沙雪の事を思うと少し胸が苦しくなりました。

 妹が兄を想う気持ち、それが恋になる前の感情を、小雛ゆかりは完璧に演じきっていたと思います。


「私、負けないから」

「わ、私だって一歩も引くつもりはありません」


 見つめ合う沙雪と、月街アヤナが演じるクラスメイトの笠道莉奈(かさみちりな)

 兄様に憧れて生徒会に入ろうとする沙雪、それに対して次期生徒会長を目指している莉奈が敵意を向ける。

 最初から沙雪の事をライバル視してきた莉奈に対して、兄様と同じ生徒会長になることを夢見る沙雪も譲りません。入学早々に行われた学校内での小テストでも2人は満点を取り、体力測定でも2人は上級生にも劣らない好成績を残しました。

 莉奈は沙雪以外には優しかったけど、ライバルだと認めたからこそ沙雪には敵対心を隠そうとはしません。

 そんな矢先に、2人の体力測定の結果を見た1人の女生徒が2人に声をかけてきたのです。


「沙雪さん、莉奈さん、お二人にお願いしたいことがありますの!」


 声をかけてきた女生徒は、野球部に所属するクラスメイトの原田さんです。

 原田さんは、今度行われる野球部最後の練習試合に2人の力を貸してほしいとお願いしました。

 どうやら桜華院の野球部は新入部員をあまり獲得できず、今度の練習試合を以て廃部が決まってしまったそうなのです。声をかけてきた原田さんは、中学時代からお世話になってる先輩たちのためになんとか最後に試合をさせてあげたいからと、7人しかいないメンバーを補うために、ダメもとで2人に声をかけたのだとか……。原田さんの熱い想いを聞いた沙雪と莉奈の2人は、野球部の助っ人として練習試合に参加することになりました。


「言っておくけど、馴れ合うつもりはないから」


 3番ファーストとして出場した莉奈は、ツンツンとした発言とは裏腹に堅実なプレーで塁に出ます。

 それに続く沙雪のポジションは4番サード、1回裏は2人とも塁に出て2アウト1、2塁にしましたが、5番ピッチャーを務める部長さんが強烈な打球を放つもののセンターフライでアウト。惜しかったけど、点は取れませんでした。

 守備では1回の表ではランナーを出しながらもなんとか無失点に抑えましたが、2回の表には1失点、3回の表には2失点してしまいます。3−0とリードされる状況で、4回の表をなんとか無失点で抑えた裏に莉奈の先頭打者ホームランが出ました。その直後には競い合うように沙雪のホームランが出て3−2と1点差になります。

 でもその後に5番の部長さんはヒットを打ちますが、6番、7番、8番と凡退してしまい、なかなか後につながりません。部長さんの頑張りもあって5回の表も無失点で抑えると、その裏、9番が凡退し、1番が粘って四球、2番が送りバント、そして3番の莉奈がタイムリーツーベースヒットで3−3、同点にしました。


「絶対に打ちなさいよ」


 莉奈は試合を通してライバルの沙雪の実力を認めていました。

 いえ、むしろ真正面からぶつかっていく莉奈だからこそ、沙雪の実力を認めているのでしょう。

 続く沙雪は莉奈の期待に応えてタイムリーヒット、足の速い莉奈はホームにヘッドスライディングをしながらなんとか一点をもぎ取って3−4と逆転します。

 す、すごい……月街さん、アイドルさんなのに迷いなく頭から行くなんてと感心しました。


「やったぁ!」


 私も母様と手を合わせて喜び合う。……って、ちっがーーーう!

 そうじゃないでしょ、らぴす! 普通にドラマに熱中してどうするのよ!!

 沙雪が兄様の妹に相応しいかどうかちゃんとチェックするのが、兄様の妹である私の役目でしょ!


「いけるよ!」

「あと4回、頑張ろう!」


 続く5番打者の部長は凡退し、6回の表は相手の一発が出て再び4−4の同点。その裏は6番の人がヒットを打つも、7番が送りバント成功、8番がレフトフライ、9番がセカンドゴロで無得点のまま7回に入ります。

 7回の表は莉奈と沙雪の守備でのファインプレーもあってなんとか無失点に抑えるも、事件はその裏に起こりました。


「部長!!」


 7回の裏では、1番がファーストフライ、2番がヒットを打つも、3番の莉奈がフォアボールを選択、迎えた4番の沙雪はライト方向に打ちますが、先頭ランナーが3塁で刺されて2アウト1、2塁の状況で5番の部長に回ってきました。

 ここで一打逆転のチャンス!

 しかし部長さんは、相手のピッチャーにわざとデッドボールを当てられてしまいます。


「アイツら!!」


 相手のピッチャーの顔を見て、莉奈はそれがわざとだということに気がつきます。

 カッとなって掴みかかろうとした莉奈を、部長と沙雪と原田さんの3人が抑える。

 莉奈さん、最初の雰囲気じゃお上品で高飛車な女の子かと思っていましたが、直情型で熱い感じがどんどん視聴者のイメージを覆していきます。最近の月9の傾向だと、女同士のドロドロした感じだったりとか、裏で陰湿ないじめがあったりとかというパターンが多かったのでこれは新鮮でした。


「だ、大丈夫……だから! 乱闘になったら相手の思うツボよ」


 確かにそうかもしれませんけど、だからと言って、負けそうになったからといってルールに反するのは許されていい事ではありません。だから今日だけ……そう今日だけは特別に沙雪を応援してあげるんだから、偽物とはいえ兄様の妹として頑張りなさいよね!!


「んがー! 負けそうになったからって卑怯なことせずに堂々と戦いなさいよ!!」


 隣でテレビに向かって怒りをぶつける母様を見て、ほんの少しだけ冷静になります。

 それと母様、そんなに怒りに任せて芋菓子を口に放り込むと、後でダイレクトにお腹が膨れてきますよ?

 2アウト満塁でしたが、部長のデッドボールで冷静でいられなくなった莉奈が牽制で3アウト。8回の表、デッドボールの直撃を受けた影響もあって、部長の制球が乱れて2失点、その裏は6番、7番、8番が粘るけど三者凡退。9回の表、さらに1点を追加されて7−4になってしまいました。

 9回裏最後の攻撃、9番を務めていた原田さんがなんとか粘って四球で出塁。1番、2番は続くことができませんでしたが、この後に続くのは3番の莉奈と4番の沙雪です! これなら同点に、あわよくばその後の流れ次第では逆転に持ち込めるのではないでしょうか。

 しかし、相手のピッチャーは3番の莉奈に敬遠します。


「あー!! ちゃんと勝負しなさいよ、もー!!」


 母様は手に持っていたクッションをバンバンと叩く。クッションに罪はないですよ母様……。

 それと芋菓子の後にアイスを食べるのは危険です。あぁ、そんなにも勢いよく甘ったるいジュースをガブガブと飲んだら……これはきっと明日、体重計に乗ってシクシクと泣いてしまう流れでしょう。言っておきますけど、私は一応止めましたからね!!

 相手のピッチャーは、続く4番の沙雪にも再びわざとデッドボールを当てます。


「ちょっと! なんなのよこいつ!! こうなったら私が代わりに、この生意気なメスガキをわからせてやるんだから!!」


 私はテレビに掴みかかろうとする母様にしがみついて押しとどめる。


「母様待って、これドラマ、ドラマですから!!」

「離しなさい、らぴす! 大丈夫、こう見えてお母さんも昔は野球の鬼、ベースボールの申し子と呼ばれていたのよ!!」


 そんなの初耳ですよ!!

 どうせまた母様の事だから、適当に言ってるんだと思いますけど……。


「ちょっと、あんたねぇ!!」


 怒ったまりん……じゃなくて、怒った莉奈が再びピッチャーに詰め寄ろうとします。


「ま、待って!」


 なんとかゆっくりと立ち上がった沙雪は、莉奈に大丈夫だからと伝える。

 それにしても莉奈、沙雪にはツンツンしてたのに、仲間意識が芽生えてもうちょっとデレデレしていませんか? やっぱり、ツンデレってチョロ……ごほん、なんでもありません。


「大丈夫……だから」


 立ち上がって塁に向かおうとする沙雪。そこに誰かが近づいてきました。


「沙雪……これは一体どういうことだ?」


 あっ……あっ……あっ……。

 いつもの優しい聞き覚えのある声と違って、凍えるような低い声に、私の体がびくんと跳ねる。

 怒っています。あの優しい兄様が怒っている。でもその怒りは、ヘブンズソードで見せる剣崎の熱く優しい怒りとは違う。優しさの一欠片もないような冷えた怒りです。


「お兄様……」


 ほんの少し潤んだ瞳で一也を見つめる沙雪。

 たった、それだけのことで一也は全てを察してしまいます。

 あぁ、兄様これくらい察しがよかったら、私の気持ちにだって……いえ、今はそれどころじゃありません。ドラマに集中しましょう。


「くっ……」


 辛そうな顔をした部長は、持っていたバットを落としてその場によろける。

 それを強く抱き止めて支えたのは一也でした。


「無理はするな」


 兄様は部長が着ていたユニフォームの裾をシャツごとほんの少しだけ捲り上げる。


「うぎゃああああああああああああああああ!」

「あっ、あっ、あっ、あくあちゃんだめ、そんな破廉恥なことするのはママだけにしなさい!!」


 私は赤くなった顔を隠すように、両手で顔を覆い隠します。

 濡れ場、もしかして濡れ場が始まっちゃうんですか!?

 ほんのちょっぴり淡い期待を抱きながら、指の隙間からチラチラとテレビを見つめる。


「なるほどな、そういうことか……」


 あ……先程のデッドボールが当たった場所が赤くなっていました。

 一也はそれを確認するために、部長のユニフォームを捲りあげたのです。


「審判、選手交代だ」


 一也は羽織っていたジャケットを脱ぎ捨てると、首元のネクタイを緩める。

 あっ、だめ、そんなボタン一個外したら、兄様の首元の素肌が全国のお茶の間へと流れてしまいます!

 そんなことになったら、何人かの女性は鼻血を出して倒れてしまうかもしれません。現に溢れ出る兄様のおフェロモンに当てられたキャスト達だって……って、しゅ、しゅごい! 月街アヤナさんも、小雛ゆかりさんも平然としています。どうやったらあんなにも普通にしていられるのでしょうか? そう……これがプロの女優なのですね。

 一也もまた、そんな事を気にする素振りもなく、部長の使っていたバットを拾い上げるとバッターボックスへと向かいます。


「だ、だめだ。登録されたメンバー以外と交代する事は認められない!」

「それなら問題ない」


 一也は審判に一枚の紙を見せると自分がメンバー表に登録されていることを示す。


「え……嘘?」

「な、なんで?」


 びっくりする周囲の人たちに対して、一也はほんの少しだけ悪い顔で微笑む。

 きゃああああああ、だめ、だめ! そんな悪い笑顔の兄様を見てしまったら、お股のあたりがむずむずしちゃいます。私は内股を擦らせて、スカートの上から手で疼いた女の子の部分を押さえつける。


「沙雪が参加すると聞いていたからな。もしもの時のためにこうしておいてよかったよ」


 ああああああああああああああああああああ! 兄様、私以外の妹に優しくしないで!!

 でも今回だけ、そう今回だけは……!


「さすがは、あくあね!」

「さすがです、お兄様!」


 うっ……なぜか母様とシンクロしてしまいました。

 一也は軽く素振りすると、再び審判の方へと視線を戻します。


「代打、俺」


 いや、普通それは監督が言うんじゃないんですか!?

 っていう野暮なツッコミは不要です。兄様がかっこいいから細かい事は気にしません。


「会長……」

「お兄様……」


 沙雪と莉奈の2人が熱の籠った目で一也を見つめる。


「あ……!」


 球場に響き渡る木製バットの快音。

 勝負はほんの一瞬、決着がついたのは初球でした。

 一也は落ちてくるボールを芯で捉えると、軽く掬い上げるようにセンターへと返します。

 見惚れるほどの綺麗なスイングとボールが描き出す美しい軌道、もはや誰しもがそのボールの行く末を見送ることしかできません。


「しゃーーーーーーー! どうだ見たか、これが私のあくあちゃんよおおおおおおおお!」

「きゃああああああああああ! 兄しゃま、かっこいいいいいいいいいいいいいいいい!」


 なぜか抱き合って喜ぶ私と母様。

 一也はバットを地面に置くと、ゆっくりとベースを回り始める。

 兄様の満塁サヨナラホームランによって一打逆転、桜華院の野球部は廃部を前に有終の美を飾る事が出来ました。


「莉奈さん、沙雪さん、2人ともありがとう。私ね、廃部になっても同好会として頑張ろうと思うの。そしていつかは野球部を復活させるんだ」


 決意を新たにしたクラスメイトの原田さんは沙雪や莉奈と優しく抱擁を交わす。

 そして最後には、あの莉奈と沙雪も固く握手を交わしました。


「沙雪……私、負けないから」

「私だって、だから正々堂々と勝負しましょう、莉奈さん」


 沈みゆく夕日をバックに、笑顔で頷き合う莉奈と沙雪。

 いいですね。今までの月9ドラマの歪みあうヒロインズより、私はこっちの方が好きです。

 しかも変に男の人に媚びたヒロイン脳をしてないところがいいと思いました。


「なるほど……今回の月9はこんな感じなのね」


 時間を見ると間も無く放送が終わる時間です。

 誰しもがホッとした瞬間、暗くなった校舎の中を1人歩く一也の姿が映し出されました。

 月明かりに照らされた兄様の横顔の美しさと、廊下に響く革靴の音に、私の頭がポーッとなります。

 隣にいた母様は、口を半開きにして手に持っていた芋菓子を袋の中に落としていました。

 一也は生徒会室に戻ると、ポケットの中から見覚えのあるリボンを取り出します。


「沙雪……」


 先ほどまでの通路を歩いていた一也は冷たい感じの顔をしていましたが、リボンを見つめる一也の顔は温もりの感じられる表情をしていました。

 どこからどう見ても妹の事を想う優しい兄の顔ですが、先程の沙雪の無自覚に兄を兄以上に慕う表情に被って見えます。まだ自覚はしてないのかもしれないけど、もしかしたら一也も沙雪に対して妹に対する感情以上のものを持ち合わせてるのかもしれません。

 へぇ……一也と沙雪は、まだお互いに無自覚だけどちゃんと両思いなんだぁ。ふぅーーーーーーーん。

 後でちゃんと誰が書いた脚本だったか、名前を調べておかないといけませんね。


「兄様……」

「らぴすちゃん!?」


 母様は、ハイライトの消えた私の両目を見て狼狽える。

 芋菓子食べる? なんて聞いていますけど、そんなので釣られるほど私は子供じゃないんです!! パクパク。

 私が芋菓子をやけ食いしていると、教室から出た兄様を誰かが待ち伏せしていました。


「誰だ?」


 警戒する素振りを見せる一也に対して、黒いスーツを着た女性はニヤリと笑う。


「貴方が、佐田一也さんね」


 黒いスーツを着た女性は、一也に一枚の封筒を差し出しました。

 一也は訝しみながらも、差し出された封筒を開けて中に入った一枚の紙を広げる。

 なんとその紙は、一也と沙雪のDNA鑑定書でした。


 血縁関係なし。


 えっ……? そこに書かれた文字を見て、一也は目を見開く。

 私と母様も思わず顔を見合わせてしまいました。


「言っておくけど、佐田沙雪は、佐田家の当主である佐田雪歩の正当なる血筋よ」


 つまりそれって……。一也が佐田家の人間じゃないってこと!?

 一也の肩をポンと叩いた黒いスーツの女性はポツリと呟く。


「佐田家の真実を追いなさい、佐田一也。それが貴方の本当の両親の望み、そして……貴方の本当の妹はこの学校にいるわ」


 ふぁ!? 沙雪だけでもアレなのに、まだ妹がいるってこと!?

 過ぎ去っていく女性を呼び止めようとする一也、しかし振り向いた時には、黒いスーツを着た女性はもういませんでした。


「ほえー」


 テレビを前にポカンとする私と母様。

 その場に1人残された一也の姿をバックに、番組の終了を告げるED曲のイントロがかかる。

 あ……そういえば月9のテーマソング、急遽beautiful right? から変更になったんだった。あのCMのインパクトが強すぎて、作品に影響するからという理由から監督たちと話し合ってアルバム制作のために作り置きした曲の中から一つの曲を選んだそうです。

 新曲は天我先輩のかっこいいギターサウンドから始まったと思うと、スバルちゃんのお兄さんが作ったオーケストラの要素が混ざって、イントロだけで全てを引き摺り込むような世界観を演出していました。


『わからない! 何もかも全てが曖昧で、本当の君を探して彷徨う俺の心は何を思う』


 あっ、あっ、あっ、ダメ、これ女の子がすぐに持ってかれちゃう曲だ。

 主に兄様の曲は2つのタイプあって、1つはゆっくりとじんわりと解きほぐすように優しく抱いてくれるような曲、もう1つは女の子の準備ができてないのにも関わらず、強引に全部を奪っちゃうような曲です。

 これは間違いなく後者の曲と言えるでしょう。おかげで私の穿いていた下着が秒でダメになってしまいました。


『今日の街の景色が昨日とは全く違って見える。ああ、本当の君は今どこにいる? 昨日まで見えていたモノがもう何も見えない』


 沙雪が自分の部屋ですやすやと寝ている姿が映し出される。

 その表情は幸せそのもので、お兄様と小さく囁く彼女はきっと幸せな夢を見ているのでしょう。


『ふたりでひとつだったあの頃にどうやったら戻れる? ほんの少しのすれ違いで、もう俺の中に君はいない』


 その一方で一也は、暗い部屋の中、制服のままでベッドに座っていました。

 手には沙雪のリボンを持っていましたが、それを見つめる一也の瞳は先程の優しい目とは違って見えます。


『君がいない心の中はもう何もなくて、孤独で死んでしまいそうになる』


 シーンが切り替わると、部屋に戻ってきた莉奈が映し出される。

 お風呂上がりでしょうか、手にタオルを持っていました。


『君が俺の生きる理由だった。君に俺は生かされてきた。月明かりがそうするように、君のことだけを照らしていたかった』


 ベランダに出て綺麗な満月を見上げる一也。

 月明かりに照らされたまま穏やかに眠る沙雪と、窓際でカーテンを閉める莉奈の姿が映し出された。


『そして私は甘く抱きしめられている』


 は? 女の人の声!? え? 誰? とあさん? とあさんってこんなセクシーな声出せるの?

 曲はロングバージョンなのか、そのまま2番へと入る。そして歌詞はだんだんと過激なものへとなっていった。

 流れていくテロップ、2番のサビのところでやっと曲のタイトルが映し出されます。


 「Phantom Requiem」


 歌 佐田一也/白銀あくあ


 作曲 天我アキラ

 編曲 猫山とあ

 作詞 黛慎太郎


 台詞 笠道莉奈/月街アヤナ、佐田沙雪/小雛ゆかり


 月街アヤナああああああああああああああ。

 えっ! えっ? あんなの絶対にダメじゃないですか。

 その前の兄様の歌い方といい2人の声が重なったところとかダメでしょ。これ、この時間に放送して大丈夫なの? しかも小雛ゆかりどこ……?


『たとえ何も知らなくても、愛しているずっと……』


 ここだああああああああああああああああ!

 1番のサビの終わりに兄様のお歌と重なる女性の声が月街アヤナさんで、2番のサビが終わった後にはいる女性の声が小雛ゆかりさんです。え? 本当に大丈夫なんですこれ? 何らかの倫理コードに引っかかってたりしませんか?

 せっかくいい話だったのに、最後の展開と兄様の曲が全部持ってってしまいました。

 ていうかこれ主演、小雛ゆかりだよね? 兄様はあくまでも助演だよね? 確かに出てる時間は短かったけど、兄様の存在感が強すぎて……私が妹だからそう思うのでしょうか?


「えっちっち〜の、ヨイヨイヨ!」


 隣で変な踊りをしている母様はもう手遅れだから無視するとして、テレビが終わった後も私はずっとテレビから目が逸らせないでいました。ちなみに次の番組はニュースだったけど、キャスターの人たちが原稿持ったままずっと固まってたけど放送事故ではありません。ええ、わかりますとも。


「どうしよう……」


 腰が砕けて立ち上がれなくなっちゃいました……。

 カーペットだってちょっと汚しちゃったかもしれないし、兄様が帰ってくるまでにちゃんと綺麗にしておかないといけません。私は気合と根性でなんとか立ち上がると、お風呂場に向かって、1人よちよちと歩き出しました。


「ただいま、らぴす! 母さん!」


 しとりお姉ちゃんと一緒に帰ってきた兄様は、お風呂上がりの私を見つけると、すぐに私を抱き抱えて髪をドライヤーで優しく乾かしてくれました。最近までちょっと恥ずかしくて逃げていましたが、今日の私はちょっと違います。

 いくら沙雪といえど、こんなシーンは撮ってないはずでしょう。カノンさんだってね。流石にドライヤーで髪を乾かしてもらったりなんてしてもらってないはずです。

 つまりはそう、妹である私だけが兄様に優しく髪を乾かしてもらっているという事なのですよ!!

 ふっふーん! これは今流行りのネット言葉で言うとらぴすちゃん大勝利ってやつですね。


 気を良くした私はまだ知りません。

 後に沙雪が一也に髪を乾かしてもらうシーンが挿入されるということを……。

姐さんの休日、公開しました。


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― 新着の感想 ―
[良い点] えっちっち〜のヨイヨイヨ!超好きw
[良い点] らぴす、物静かでおとなしいイメージだったけど、今までの描写より肉食気味でしたねー…… うん、知ってたw
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