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那月紗奈、ふおおおおおおおお!

「ふっふっふっー! 待たせたな新宿ベイカー! 私が来たぞ!!」


 私の名前は那月紗奈、私立乙女咲学園の生徒会長である。

 今日は我が学校に在籍している白銀あくあ君、猫山とあ君、黛慎太郎君が主演するマスク・ド・ドライバーのイベントが新宿ベイカーで行われる予定だ!

 幸運にも私は午前の部が当選したので、朝早くから電車に乗ってここまで来たのである。

 しかも今日は1人ではないっ!


「眠い……」


 私の背中におぶさって目を擦っているのは、るーなこと、我が乙女咲で風紀委員長を務める阿澄るなだ。


「るーな、我々の目的地に着いたぞ!!」

「ふにゃあ……紗奈ちゃん、もうここまで来たら席まで運んで……Zzz」


 ははは、仕方のないやつだ!

 きっと、るーなも楽しみで寝れなかったんだろう。

 何を隠そうこの私も、このイベントが楽しみで実は4日前から寝てないっ!!

 おそらく今の私の目は血走っているのだろう。そのせいでここにくる前に3度は警察の人に声をかけられた。


「チケットを持ってる方はこちらの待機列です! プラチナチケットをお持ちの人は、私のところに来てくださーい!」


 おっ、どうやら入り口はあそこのようだな。

 私はポケットの中からチケットを取り出すと、スタッフさんに見せる。


「あっ! プ、プラチナルームのお客様ですね! おめでとうございます!」

「ありがとうございます!」


 私の手渡したチケットを見たスタッフさんが驚いた顔をする。

 何を隠そうこの私、那月紗奈は、幸運にもチケットに当選しただけではなく、プラチナルームを引き当てることができたのだ!!


「では、こちらへどうぞ」


 近くにいたもう1人のスタッフさんに案内されて建物の中に入ると、建物の中がすでにベリル一色になっていた。

 私はその中でも、マスク・ド・ドライバーに出てくる等身大のチジョー達に目を奪われる。


「あ……写真撮ります?」

「はい!」


 私はるーなを下ろすと、スタッフさんにチジョーとの3ショット写真を撮ってもらった。

 ちなみに私のお気に入りはロ・シュツ・マーだが、るーなのお気に入りはクンカ・クンカーである。


「これでどうですか?」

「ありがとうございます!」


 スタッフさんから手渡されたカメラの画像を確認してニヤける。

 う〜ん! もうこれだけでも満足感がすごいぞ!

 私とるーなはそのままエレベーターで専用エリアへと向かう。


「ふぉぉぉおおおおおおお!」


 専用フロアへと踏み出した瞬間に、私の目がキラキラと輝いた!

 ヘブンズソード! ポイズンチャリス! ライトニングホッパー!!

 多くの天剣グッズに、もうどこから見ていいのか戸惑うほどである!


「すみません、先にカウンターで受付お願いします」

「あっ、はい!」


 おっと、スタッフさんに迷惑をかけるところだった。

 私とるーなはカウンターに行くとプラチナルームのチケットを提示する。

 ちなみにプラチナルームだけは同行者1名までは許されているので、今回は当選していなかったるーなを誘った。


「はい、プラチナルームですね。当選おめでとうございます」


 受付のお姉さんは、チケットの返却と共に私たちにメニューを手渡す。


「プラチナルームのお客様は、ドリンクが一杯無料となっております。先にご注文お受けできますがどう致しましょうか? もちろんイベント途中でも受け付けておりますし、どちらのタイミングでもお伺いできますよ」

「あっ……じゃあ、ホットキャラメルラテでお願いします!」

「私はホットミルクココアで」


 るーなが注文したホットミルクココアは、とあ君とあくあ君がプリントされた容器に入ってる商品で、私が注文したキャラメルラテは、あくあ君とメリーさんのコラボ容器だ。


「今お受け取りになられますか? それとも放送前にお部屋の方にお運び致しましょうか?」

「えっと、放送前にお部屋でお願いします!」

「かしこまりました。それではこれがお部屋の専用カードキーになります。このカードキーは記念にお持ち帰りできますので、帰る時に返却なされなくても大丈夫ですよ」


 私とるーなはそれぞれのカードキーを受け取る。

 お、おぉっ!! カードを見ると右上にはヘブンズソードのタイトルロゴが入ってるし、剣崎とヘブンズソードが背中合わせになった画像が大きくプリントされていた。

 本当にこれ持って帰っていいの? わーーーい!!


「それではまだ上映時間までお時間の方がございますので、心ゆくまでウェイティングルームの展示物をご鑑賞くださいませ」

「はい! ご丁寧にありがとうございます!」

「ありがとうございました」


 るーなと2人でまず最初に行ったのは、一番端に展示していたバイクのところだ。


「か、かっこいい!!」

「お〜」


 展示のスペース上の問題か、持ってきていたのは一台だけだったけど、その一台が剣崎が乗るバイクなのだから誰も文句のある人などいない。

 私とるーなが2人でバイクの写真をパシャパシャと撮っていると、側にいたスタッフのお姉さんが話しかけてきた。


「乗ってみますか?」

「えっ?」


 乗る? 乗るって何を? 剣崎のバイクが私に乗る? つまりバイクを担いで良いということなのだろうか?


「白銀あくあさんと本郷監督、それと放送局である松……担当者の部長さんにも許可を得ていますので、よかったらバイクにまたがっても良いですよ。ただし手袋の着用をお願いします。よろしければこちらへどうぞ」

「えっ、えっ?」


 スタッフのお姉さんは、パーティションのチェーンを外すと、こちらへどうぞと手招きした。

 私はふわふわとした気持ちのまま、言われた通りにパーティションの向こう側へと入る。

 ち、近い! 私は手渡された手袋をつけている間も、チラチラとバイクの方へと視線を向けた。


「紗奈ちゃん、頑張って!」

「う、うん!」


 私は恐る恐るバイクのタンクの上に手を置く。

 うわっ、うわ〜〜〜! エンジン切ってるけど、なんかタンクからバイクの鼓動が聞こえてくるみたい!!

 私、今からあのヘブンズソードのバイクに乗れるんだ。うーっ! 心が震えて感情が爆発しそうになる。

 本当ならもっとゆっくりと味わってたいけど、るーなもいるし、他のお客さんだっているからゆっくりしてる暇はない。覚悟を決めた私は、ワンピースの裾を翻し勢いよくシートの上に跨った。


 あっ! あっ! あっ!


 いつもより少し高い目線、今、私は剣崎と同じ目線で同じバイクに乗ってるんだ……!

 私はゆっくりと前に手を伸ばすと、そっとハンドルを握りしめる。


 うわ! うわーーーっ!


 これもうヘブンズソードじゃん。どっからどうみてもヘブンズソードだよ!

 時間にしたらほんの十数秒だったと思う。夢のような時間だった。

 記念に写真を撮ってもらった私は、バイクに跨ったるーなの写真を撮る。

 バイクを降りた今でも、手にはハンドルの感触が残っていて、剣崎が……ううん、あくあ君があのバイクに跨って、ドラマを撮影していたことを想像するとすごく感動した。


「ありがとうございました」

「ありがとうございました〜」


 すごい、すごい、すごい! あくあ君って本当に剣崎なんだ。

 スタッフのお姉さんにお礼を言った私たちは、壁に貼られたそれぞれのシーンのカットと台本のコピーを眺める。


「こ、ここここれ、生の台本だよね?」

「そうだと思う。だって下のケースにも台本置いてある……」


 るーなにそう言われて視線を下げると、5つの台本が置いてあった。

 台本にもそれぞれ特徴があって、例えば本郷監督の台本なんかはすごく丸まった癖がついてる。

 本郷監督の隣に置いてあった天我アキラさんの脚本はものすごく綺麗でびっくりした。ほとんど新品と言っても過言ではなく、すごく物を大事にされる人なんだなとわかる。セリフの変更も丁寧に定規を使って修正したりとかした跡があって感動した。

 隣に置いてあった黛君も綺麗に扱ってるけど、彼の台本のすごいところは書き込みの量だろう。ここをこうしたらいいとか、言われたところとかもすごく書いていて、あ、この人、本当に本気で橘さんを演じているんだと思ったら胸が熱くなった。

 さらにその隣にあったのが、とあ君の脚本だ。こちらも台本に書き込みがあったものの、黛君と違うところは自分のことじゃなくて周りのキャストの事が事細かに書かれているところだろう。例えば、あくあ君ならこうしそうだから、こうしようとか、ここは黛君をフォローしてあげないととか、天我さんの尺が伸びたら自分のこの部分を削ろうとか、もしもの場合を想定して現場で臨機応変に対応するために書き込んでいるところがすごかった。

 そしてさらにその奥、1番奥にあったのはあくあ君の脚本である。


「うわ……」


 あくあ君の脚本はどの脚本よりもズタボロだった。

 これは決して雑に扱ったら台本がズタボロになったわけじゃない。見た人なら誰しもがそれがわかる。

 何かを書き直した跡や汗染み、ページの端を折った形跡や擦り切れた跡が見られる。


「すごいね。紗奈ちゃん」

「うん……!」


 周りにいた人たちも、それぞれの台本に視線を落としたり、壁に貼ってあるコピーを見たりして感嘆の声を漏らしていた。中にはハンカチで目頭を押さえてる人までいる。私も隣にいたお姉さんにティッシュを渡してあげた。


「紗奈ちゃんこっち」


 待って、まだあるのか!? これだけでも大満足のボリュームだというのにすごいな!

 反対側の壁を見ると撮影現場のオフショット写真が展示されていた。おぉおおおおこれもすごい!!

 アイスを食べてるみんなの写真だったり、スタッフの人たちとBBQをしてる写真だったり、良い写真がいっぱいあって目移りしそうになる。それなのに周りにいた人たちは。何故か4人の写っていない1枚の写真を指差していた。

 そこに視線を向けると、写真の隅っこに穏やかな表情で現場を見守る松葉杖をついた女性が立っていたのである。周りの人たちは皆ヒソヒソとした声で会話する。


「あれ、松葉杖部長じゃない?」

「うわっ、本当だ、感謝しとこ……」

「松葉杖部長ありがとう……!」

「ママ、あの人誰?」

「えっとね、あの人がいたからヘブンズソードに出てるみんなが笑顔でいられたんだよ」

「わぁ、そうなんだ〜。じゃあしぃも松葉杖のお姉さんに拝んどこ」


 へぇ、あの人があの伝説の松葉杖部長か。ありがとう。貴女のおかげで天剣は守られた!!

 天剣にとって松葉杖部長は、地母神のような存在である。彼女がいたからこそ、本郷監督は作りたい作品を作ることができたし、彼女がいたからこそベリルのみんなが守られた。


「ありがとうございます松葉杖部長! どうか、どうかこの後もみんなのことを見守っていてください!! 貴女の蒔いた種は今こうして大輪のひまわり畑となって芽吹いてます!!」

「紗奈ちゃん……言っておくけど、松葉杖部長は死んでないからね?」


 う……わかってるって。私とるーなはオフショット写真を一通り見ると、最後のコーナーへと向かう。


「わあああ、るーな、ヘブンズソードだ! ヘブンズソードがいるぞ!!」


 ヘブンズソードのスーツを装着したマネキンが第一話で見せたカットと同じ姿で立っていた。

 しかもその隣には、ライトニングホッパーとポイズンチャリス、とあちゃんが着ていた少し大きめサイズのSYUKUJYOの隊員服が並んでいる。


「あれ? ねぇねぇ紗奈ちゃん、ポイズンチャリスってなんでここにあるの?」

「あー、確かに……ん? なんか書いてあるぞ」


 近くにあった立て看板へと視線を向ける。

 そこには、スーツは複数製作されてること、そして今日ここに展示されているスーツはそれぞれの登場シーンで使われたオリジナルで最初の1着目だということが明記されていた。

 それを見た周りのお客さん達がざわざわと騒ぎ出す。


「すっご、これオリジナルなんだ」

「じゃあみんなの汗が染み込んでるってこと!?」

「ライトニングホッパーのこの銃を構える立ち姿最高すぎる」

「ポイズンチャリス無駄にかっこいいポージングのせいでスペース取りすぎでしょ。天我先輩らしいけど」

「うわぁ、とあちゃんのちゃんとマネキンも少し小さめじゃん。捗ります」

「ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます!」

「ていうか、男の子達、本当に身長たっっっか、天我先輩190cmとかしゅご……」

「ヘブンズソードの胸板こんなにガッチリしてるんだ。すごくドキドキする」

「そりゃこんなのに抱かれたらチジョーも成仏しますわ」


 みんなの衣装をじっくりと見ていると、細かい傷があったりとか実際にアクションシーンで使った形跡が見られた。本当に作中で使われたものが、ほんの少し手を伸ばした距離感のところに置いてある。じ〜んと感動して体が震えた。

 下地のスーツの部分にほつれを修復している部分があったり、擦れて塗装が禿げたところを再塗装してたりとか、テレビではわからなかった部分を生で見ると現場の本気感が伝わってくる。


「すごい……みんな闘ってるんだ」


 マスク・ド・ドライバー、ヘブンズソードは作り物でしかないのかもしれない。でもその作品を一つ作るために多くの人たちが本気になって頑張っている。その事に気がついた時、胸から込み上げてくる熱さと共に、自然と握り拳に力が入った。


「紗奈ちゃん、よかったね」

「うん!」


 るーなと2人でスーツの写真を撮った後は、プラチナルームにだけ用意されたウェイティングルームへと向かう。

 プラチナルーム専用のウェイティングルームはいわゆる休憩室であり、プラチナフロア専用のウェイティングルームの奥にある。私は専用カードキーをかざして部屋の中へと足を踏み入れた。


「あ……」


 部屋に入って真っ先に目に入ったのは、テーブルの上に置かれた2枚のTシャツだ。


「る、るるるるるーな、こここここれ!」

「うん、紗奈ちゃん落ち着こ」


 Tシャツを広げると全員のサインが入っていた。よく見ると、胸のポケットや首の裏のタグにも天剣のロゴが入っているし、Tシャツを持っている手が震える。Tシャツをひっくり返すと、裏側にはマスク・ド・ドライバー、ヘブンズソード、STAFF ONLYと書かれていて、手が震えすぎてTシャツを落としそうになってしまう。


「紗奈ちゃんここ」

「え……?」


 るーなに指さされたところを見ると、スタッフオンリーの下に手書きのメッセージが添えられていた。


『お母さんが言っていた。ファンのことは何よりも大切にしなさいってね。だから今日は来てくれてありがとう! いっぱい楽しんで帰ってくださいね!! 剣崎総司/ヘブンズソード役、白銀あくあ』


 うわ、うわ、うわあああああああああああああああああああああああ!

 あくあ君ったらサービス精神よすぎでしょう! こんな事されたらみんな君のことが好きになっちゃうよ!!


「さ、紗奈ちゃん……私のこれ」


 るーなのTシャツを持つ手が震えている。あの、滅多なことでは動じないるーなですら動揺した表情をしていた。


『お母さんが言っていた。何かを好きになれることはいいことだって。だから、この作品のことを好きになってくれてありがとう! 今日は一緒に楽しみましょう!! 剣崎総司/ヘブンズソード役、白銀あくあ』


 あくあ君……一つずつちゃんと受け取る人の事を本当に考えて書いてて、もちろんそれも手書きなんだ。やっぱり好き、好き好き。剣崎自体も好きだけど、その剣崎をあくあ君が演じてくれて良かったと心の底から思う。


「しかもこれ……ちょっと、あくあ君の匂いがするよ」

「えっ?」


 すんすんすんすんすん……ほ、本当だ。ほんの僅かに、微かにだけど、あくあ君の残り香が感じられる。

 2人で鼻の穴を大きくしてTシャツの匂いを嗅いでいると、誰かが私たちの部屋をノックした。


「あ、はい!」


 私たちは慌ててTシャツを部屋に置いてあった袋にしまう。ちなみにこの袋にも、天剣のロゴがプリントされている。いいのだろうか本当にこんなに至れり尽くせりで……。


「ドリンクの方お持ちいたしました」


 お姉さんはさっきカウンターで注文したドリンクをテーブルに置くと、私たちの方を見つめてにっこりと微笑む。


「よろしければプラチナルーム当選の方だけに、それぞれのドライバーが実際に使った変身キットをお持ちしますが、お二人は誰の変身キットが宜しいでしょうか?」


 私とるーなは顔を見合わせる。


「えっと、じゃあ剣崎のカブトムシで」

「私も同じので……」


 私たちの返答を聞いて受付のお姉さんはにっこりと微笑む。


「はい、わかりました。それでは少々お待ちください」

「あ、はい! ありがとうございます!」

「ありがとうございます」


 お姉さんはお辞儀をすると部屋から出ていく。

 私たちは2人きりに戻ると、テーブルの上に置かれたドリンクへと視線を落とした。


「うわぁ、メリーさんだ! 背中から抱きついたあくあ君が可愛い!!」

「こっちは、とあ君とデートするあくあ君」


 私とるーなは、お互いにドリンクボトルを見せ合いっこする。

 ちなみにドリンクとドリンクボトルは別々になっており、ちゃんと新品が持って帰れるようになっているので汚れを心配する必要はない。


「しかもこれコースター付きだね」

「ほ、本当だ!!」


 コースターにも写真がプリントされていた。ちなみにこれも持って帰っていいらしい。

 専用台座付き紙袋があって、それに入れることでちゃんと持って帰れるようにしてるなんて、本当に隅々までわかってるなと思った。


「ビスケットも可愛いね」

「うん……」


 付属のビスケット2枚には、焼き印で二頭身になったVtuberの星水シロ君と、大海たまちゃんがプリントされている。こ、これ食べるの勿体無くない? でも、食べ物を粗末にするわけにはいかないし……ううう、悩む!

 そんなことを考えていたら、再び部屋の扉がノックされた。おそらくはさっきのお姉さんだろう。


「ど、どうぞ」

「失礼します」


 受付のお姉さんは、新幹線や飛行機の中で見かけるようなサービングカートを押して部屋の中に入ってきた。

 わあ!! カブトムシだ!! 私は思わず隣にいたるーなと手を取り合って喜ぶ。

 私たちはお姉さんから手渡された手袋を装着する。緊張で手のひらが汗ばんでるせいか、なかなかちゃんと綺麗に装着できないでいると、お姉さんからはゆっくりでいいですよと言われた。


「どうぞ」


 お姉さんは手袋をつけた手でゆっくりとカブトムシを持ち上げると、私の方へと差し出した。

 私は、恐る恐る手を伸ばすとゆっくりとそれに触れる。


「うわあ」


 重い……。単純に見た目以上に、想像していたよりも重いなという事もあるけど、それ以上に単純な重量だけでは計算できない重みがカブトムシにはあった。今までのドライバーが繋いできた想いと、ヘブンズソードの想いが込められた重み、繋いできた歴史の重みがプレッシャーとなって感じられる。


 そっか……剣崎は、あくあ君は本当にちゃんとドライバーとして選ばれたんだ……。


 その事に気がつくと、こんな凄いものを、資格のない自分が持っていいのだろうかとさえ思ってしまう。

 私は隣にいたるーなにカブトムシを手渡す。するとるーなも額に汗を垂らしながら、神妙な面持ちでカブトムシを見つめていた。


「こちらがベルトになります」


 お姉さんから手渡されたベルトは更に重かった。自分はおもちゃのベルトを持っているけど、それとは全然違う。生半可な覚悟ではそれを腰に巻くことも許されない、責任感や使命感のようなものを感じてしまうほどの重みに手が震えた。

 あくあ君は毎回、これを巻いて闘っていたんだな……。

 私ならそのプレッシャーに押し潰されてしまうかもしれない。初めて変身した時、彼はどんな気持ちだったのだろうか。やっぱり私と同じように緊張した? それともワクワクしたのだろうか? おそらく……ううん、きっとあくあ君はこの重みもわかった上で、それすらも抱えて彼は変身したんだろう。

 自然と私の目から涙がこぼれ落ちた。

 お姉さんはスッと、私の方へとハンカチを差し出してくれる。


「す、すみません。その……つい涙が……」

「わかります。私もこの大任を命じられた時に、同じようなことを思いましたから」


 あっ……そっか、このお姉さんも気づいたんだ。

 私と同じように、あくあ君が、剣崎が使ったこの変身ベルトとカブトムシを持って、私と同じようにその重みに込められた紡がれてきた歴史と、紡いできた想いに気がついてしまったのだろう。


「だからこそ、是非ベルトを装着して見てください。それはこのルームに当選されたお客様の権利ですから。それにこんな機会、もう2度とないのかもしれないですし」


 お姉さんは後ろに回ると、私のベルトの装着を手伝ってくれた。

 ふんわりとした白いワンピースの上から巻いた変身ベルトはずっしりと重くてゴツゴツとしている。なんだか、後ろからあくあ君に抱かれているような気分になって恥ずかしくなった。


「はい、紗奈ちゃん」

「う、うん」


 るーなからカブトムシを受け取ると、より一層手が緊張で汗ばんだ。


「頑張れ紗奈ちゃん」

「ばっちりと撮ってますから、大丈夫ですよ」


 私はハンカチで涙を拭うと、あの1話のシーンを思い出す。

 あくあ君が全てを変えてくれた、この国に渦巻く閉塞をぶち壊したあの変身シーンは私の脳裏に焼き付いている。


「お母さんは言っていた。女だって戦わなきゃいけない時があるんだって!」


 私はあの時のあくあ君と同じポージングから、同じ所作で手に持っていたカブトムシをベルトに嵌め込んだ。


「変……身……!」


 今までだって何度も変身の真似っこをやっていたけど、今日の変身ポーズは一味違う。自分でも完璧に決まったと思った。それくらいの満足感と充実感がある。


「はい、映像保存できました」


 お姉さんは撮影したデータを私のスマートフォンに転送してくれた。

 うわあああああああ、嬉しい、嬉しい! 私は子供のようにはしゃぐ。

 私に続いて、るーなも同じようにベルトを腰に巻くと手にカブトムシを持った。


「お母さんが言っていた……たとえどんな理由があっても、誰かを傷つけていい理由にはならない!」


 わ、わ、わ! 2話の変身シーンだ!!

 るーなは小柄だけどこう見ても風紀委員長で、乙女咲に侵入しようとした人たちを何人も捕まえている。

 男子生徒のいる乙女咲には元からそういう侵入者は珍しくなかったけど、あくあ君が乙女咲に通っていると知られてからはそういうのが増えた。それでも事故や事件に繋がらずに、穏便に事が済んでるのはるーなが流血沙汰にせずに一瞬で相手を拘束してくれているからである。

 そんなるーなだからこそ、剣崎の優しい心根が感じられるこのセリフが響いたのだろう。


「色々とありがとうございました」

「ありがとうございます」


 私たちはお姉さんを見送ると、感動の余韻に浸った。

 あ……でもそろそろ時間が来る。1話が始まる前に外にでて、観客席に座らなきゃ。そう思っているとプラチナルーム専用のウェイティングルームに設置されたテレビの画面がパッと切り替わった。


「プラチナルームにご当選の皆さん、おめでとうございます!」

「「「おめでとうございまーす」」」


 横に並んだあくあ君、とあ君、黛君、天我さんの4人は当選を祝して拍手してくれた。


「こんなにも早い時間から来てくれて、どうもありがとう」


 黛君は優しげな顔で微笑む。

 少し不器用な感じだがまたそれがいい!!


「ここからが楽しいところなんだから、眠っちゃだめだからね!」


 とあ君の注意するような仕草に、2人でだらしのない顔をしてしまう。

 どうせ怒られるなら、とあ君のような男の子に叱られたい!


「寝ぼけたまなこじゃ、我らの活躍を見逃してしまうぞ!!」


 うわー! 天我さんだ!!

 神代っぽさがあって作品のファンとしてはグッとくる。


「それじゃあみんな、画面の向こう側で会おう。またね!」


 あああああああああ、あくあ君!!

 ちょっと剣崎っぽく言った後に、素に戻るのは反則だよ!

 私とるーなは、画面の向こうから手を振ってくれている4人に向けて手を振る。


「紗奈ちゃん、そろそろ始まるしいこっか」

「うん! 行こう!!」


 一言で言うと凄かった。

 あまりにも語彙力のないコメントだが、これ以上に先程の出来事を形容する言葉が見つからない。

 大迫力の映像と音響、しかもところどころカットしたシーンを入れているのか新規カットが出るたびに会場が沸いた。ほんのちょっとした所でも気づいているのを見ると、みんな私と同じように何度も何度も繰り返し天剣を見ているのだろう。


「紗奈ちゃん、テレビで見るのと全然違ったね」

「うん! しかも特別編集版で前後で分けてたし、OPもEDも特別編集でフルバージョンだし、たかがイベントだからって手を抜くどころか、来た人が満足したものを見せてくれるんだもん。こんなの絶対にみんなもっともっとヘブンズソードが好きになる」


 終わった後にるーなと少しだけ雑談していると観客席が湧いた。

 ステージを見ると舞台袖から本郷監督が顔を覗かせる。

 そしてゆっくりと舞台袖から出てくると、頭をぺこぺこ下げてステージの真ん中に立った。


「みなさん今日はありがとうございます」


 本郷監督の言葉に大歓声と大きな拍手が返ってくる。


「楽しんでいただけましたか?」

「「「「「楽しかったー!!」」」」」


 本郷監督は照れくさそうに微笑む。


「ちょっと、ステージやばいですね。こんなにも緊張するなんて……本当は今日、国営放送の森川さんが司会で来る予定だったんだけど、ちょっと無理になっちゃったから私1人なんですよね。だから、ステージに慣れた人を助っ人に呼んでもいいですか?」


 悲鳴のような大歓声が会場の中に響き渡る。

 えっ……えっ? まさか、まさか、まさか!


「ほら、みんなこっちこっち!!」


 あっ、あっ、あっ!


「我、参上!!」


 かっこよくポーズをとる天我君に拍手の音が大きくなる。


「僕も参上! なんちゃって」


 待って、待って、天我さんの真似をするとあ君かわいい!!


「じゃ、じゃあ僕、参上!」


 少し戸惑った感じの黛くんに、頑張れーとみんなで声援を送った。


「最後に俺、参上!!」


 あくあ君の登場は今日1番の大歓声と大きな拍手だった。

 結婚したとしても衰えるどころか、鳴り止まない歓声と拍手が、この後もずっと貴方を支えるというファンからの強いメッセージのようである。私とるーなも声が枯れるほどに声援を送って、手が痛くなるほど拍手した。


「あ、相変わらずすごい人気だね。何かファンのみんなに言ってあげたら?」

「ありがとうございます! 今日こうやって皆さんの前に立つことができてよかったです!!」


 わああああああああ、みんな思わず席から立ち上がってスタンディングオベーションをしそうになる。

 するとあくあ君は、手を振って席に座ってというような仕草をみせた。


「みんなごめんね。今日は車椅子のお客さんも来てるから、どうかよかったら座ったままでお願い」


 会場の端っこを見ると、車椅子が折り畳まれていた。あくあ君はそれに気がついたのだろう。彼のその優しさにキュンとする。


「ありがとうみんな。ところで本郷監督、天剣のトークショーは何する予定だったんですか?」

「さ、さぁ?」


 さぁって! 観客席が笑い声に包まれる。


「いやだってさ、司会をする予定だった森川さんが、いっぱい考えてくれてたんだけど……なんか知らないけど彼女だけ税関に止められちゃうんだもん。スターズに入国した時に茄子を持ち込んで、そのお話を聞かせてもらえませんかって」


 観客席のみんなが大爆笑する。森川さんせっかくここまで評判良かったのに、何やらかしてるんですか!!


「あ、それならもう、観客席の人に聞いてみますか?」

「お、さすがはあくあ君、手慣れてるね!」


 あくあ君は観客席の方へと目を向ける。 えっ、えっ、えっ、私たちの中から指名されちゃうってこと?


「えっと、それじゃあ前から5列目の左から4番目の黄色のワンピースのお姉さん。森川さんって黄色い服を結構着てるから、会場に来れなかった彼女の代わりにそれ繋がりで!」


 うわぁ、いいなぁ!

 黄色いワンピースを着たお姉さんはマイクを渡された手が震えていた。


「あ、あの……白銀あくあさんは、どうして、この仕事をお受けになられたんですか?」


 それ聞いてみたかったやつ!!


「実は俺もドライバーのファンで、オファーがあった時に脚本を読ませてもらって、この作品に関わってみたいなとそう思ったんですよね。ただ誰かを傷つけるだけじゃない、悪とされている人たちの心に触れてそれすらも救う剣崎に惚れたっていうか……うん、本音を言うと、俺以外の人に剣崎を譲りたくなかったんです。俺が剣崎をやると、俺以外の人には剣崎をやらせないぞと、すぐにOKを出しました」


 ふぁーーーーーーーーーーーーーーー!

 も、もう無理、その言葉だけで、大満足です!!


「それじゃあ次は、手前から七列目の右から2番目のポニーテールのお姉さんはどう? 森川さん繋がりで」

「はは、いいですね本郷監督。こうなったら来れなかった森川さんを散々いじってあげましょう」


 くぅっ! こんなことなら、私もワンピースを白じゃなくて黄色に、髪もポニーテールにしておけばよかった!!

 ちなみに突っ込まないけど、隣のるーなよ。今更ポニーテールにしても遅いと思うぞ。


「えっとえっと、あくあさん以外の3人はどうしてドライバー役をやろうと思ったんですか?」


 おおー! これもいい質問だ。あくあさんはある意味であくあさんだからという理由でも通用するけど、他の3人はどうしてドライバーになったのか気になる。


「えっと……僕は、あくあのようになりたくて、それでドライバーの仕事をお受けしました。でも今は……あくあの事を1人の役者さんとして尊敬しているけど、そうじゃなくって、僕は僕の、誰かのヒーローになれたらいいなって、そう思って頑張っています。橘斬鬼をライトニングホッパーを通して何か少しでも、みなさんに勇気を与えられたらいいなと思っているので、よかったら応援してください」


 ま゛ゆ゛す゛み゛く゛ん゛!!

 熱いよ! なんて熱いハートなんだ!!


「我は……単純にかっこいいからやってみたいと思った。でも、それ以上に、ヘブンズソードを剣崎を演じる後輩を見て、我もこのままじゃダメだと、変わらなきゃいけないと思うところがあったのだろう。今は本当に神代始とポイズンチャリスを演じられてよかったと思っている。よかったら最後まで応援してくれ!! まだまだ物語は始まったばかりなのだからな!」


 さすがは天我さんだよ!!

 ちゃんと黛さんの熱い心に応えてくれる。


「僕は、みんなの知っている通り引きこもりでした。そんな僕を外に出してくれたのがあくあで、だから僕も変わりたいと思ったんです。だから僕もこのお仕事を引き受けようと思いました。作品のネタバレになるから、あまり多くのことはみんなには言えないんだけど、よかったら僕の演じるSYUKUJYOの隊員、加賀美夏希を応援してください。それをみて何かを感じてくれたら嬉しいです」


 とあくんの言葉にみんなで拍手で応える。

 観客席に来ているみんなも何も言わない。これこそが私たちの答えだ。

 その後も何人かの人を指名して質問コーナーが続いていく。

 そして最後の最後にその時が来たのだ。


「それじゃあ最後にプラチナルームの人を指名しようか、1番左側の人、よかったらどうぞ」


 わ、わわわわわわわわわわわ、私!?

 よりにもよって最後に本郷監督が指名したのは私だった。


「紗奈ちゃん、頑張って」

「う、うん!」


 私は席にやってきたスタッフの人からマイクを手渡される。

 ど、どどどどどどど、どうしよう!?

 前の質問と被っちゃダメだし、もう自分が聞きたいなと思ってたことは他の人が聞いちゃったし……聞きたいことは他にもあったはずだけどうまく言葉にできない。


 お母さんは言っていた。女だって戦わなきゃいけない時があるんだって!


 そうだ! 那月紗奈!! さっき自分が吐いた言葉を思い出せ!

 私が伝えたいことをみんなに伝えるんだ!!


「えっと、最後にその質問じゃなくてすみません。でもこれだけは伝えたくって、きっとこの場に来ているすべてのお客さんも、他のシアタールームにいた人も、ここに来れなかった全てのドライバーのファンのために言わせてほしいです!!」


 私は大きく息を吸い込む。


「本郷監督! 白銀あくあさん! 天我アキラさん! 猫山とあさん! 黛慎太郎さん! それに他のヘブンズソードのスタッフの皆さん。そして今日このイベントしてくれた皆さん。そして今までドライバーを作ってきた人たちとドライバーに携わった全ての人に、ありがとうって!! 言わせてくださーーーーーーーい!!」


 私がそういうと会場に来ていた全てのお客さんがそれに応えるようにありがとうと言ってくれた。

 4人はびっくりした顔をしていたし、他のスタッフさんたちも驚いた顔を見せる。

 本郷監督は感極まったのかポロポロと涙をこぼした。

 あくあ君は本郷監督の背中をポンポンと叩くと、マイクを受け取って観客席をぐるりと見渡す。


「みんなありがとうー!! 那……プラチナルームの人も、素敵な応援をありがとうございます。まだまだヘブンズソードは始まったばかりだけど、最後までみんなで一緒に駆け抜けよう!!」


 この言葉に、今日1番と言っていいほど観客席が沸いた。

 トークショーが終わって、グッズを買った私たちは2人で駅へと向かう。

 お互いに余韻を噛み締めるように歩いてると、2人の携帯が振動した。

 メールかな? 中身を確認すると、あくあ君から、楽屋の4人のショットと共に、最後の応援ありがとうってメッセージが添えられている。

 それをみて笑顔で泣きそうになった。


「ありがとう、紗奈ちゃん」

「こちらこそ、るーなと一緒に来てよかったよ」


 その後は、2人でヘブンズソードの話をしながらウキウキな気分で楽しく家路についた。

姐さんの休日、公開しました。


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― 新着の感想 ―
[良い点] おのれ、一介のファンとして思う様翻弄されてばかりかと思いきや、こやつ最後に一矢報いおったわ……!(つД`)ノ まさにファンの鑑ーー!
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