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カノン、こんな結婚式だとは聞いてない。

 あの結婚式から数日後。

 改めて、私たち2人の結婚式が執り行われる事になった。


「綺麗よ、カノン」


 ウェディングドレスを着た私を見て、母は穏やかな笑みを浮かべる。

 母と父は全てが終わった後、私にいっぱいごめんねと謝ってくれて抱きしめてくれた。


「お嬢様、これなら白銀様もメロメロですよ!」


 ペゴニアは小さくガッツポーズを見せる。彼女はこの結婚式の後も、王宮に仕える侍女という立場を捨てて私についてきてくれるそうです。みんなと同じように……ううん、最初から私を助けてくれようとしていたペゴニアも、私にとってはかけがえのない人の1人だ。だから王室を離れた後も、ペゴニアと一緒にいられるのは素直に嬉しいです。


「それじゃあ行きましょうか」


 控室をでた私たちが通路を進んでいくと、あくあが家族の皆さんと歩いてる姿が目に入った。

 す、素敵……! いつもと違って髪をしっかりとセットして、白のタキシードを着たあくあは、夕迅様よりもかっこよかった。

 あくあは母とほんの少しだけ言葉を交わすと私の方へとやってくる。


「カノン、今日も綺麗だよ。それとドレスすごく似合ってるね。ドキドキしたよ」

「う、ううううううん……」


 え、待って待って、私、この人と結婚するの? 本当に? 結婚したら24時間ずっと一緒にいるんだよね? 正確にはお仕事とか学校の時間には会えないんだけど、それでも毎日数時間は一緒にいるわけでしょ。え……そんなの絶対に無理じゃん。あくあの前じゃずっと可愛くいたいし、絶対に間抜けな顔とかできないよ……。私、たまにやらかした時のホゲ川さんみたいに間の抜けた顔をしてる時あるけど大丈夫? あくあはそんな顔見ても幻滅しないでいてくれる?


「大丈夫、俺が隣にいるから安心して」


 確かに安心だけど、別の意味で安心じゃないよ!

 き、緊張でお、オナラとか出ちゃったらどうしよう……。


「それじゃあ行こうか」

「よ、よろしくお願いします」


 私たちの前の扉がゆっくりと開いていく。

 ば、馬車!? 普通は車で移動するはずなのに、おとぎ話にでてくるような馬車が待っていて驚いた。


「お姫様、お手をどうぞ」


 先に馬車に乗り込んだあくあは、そう言って私に手を差し伸べてきた。

 確かに私はお姫様かもしれないけど、なんか違う。あくあのいうお姫様はもっとこうなんかメルヘンチックで、私の乙女心がキュンキュンと反応する。


「ゆ、夢みたい……」


 この前の結婚式、1人で車に乗ってた時、本当は不安で心が押し潰されそうになった。

 でも今は違う。隣を見ればあくあがいるし、あくあは私が安心するようにってずっと手を握ってくれている。


「カノン、まだ始まったばかりだよ? ほら、もっと楽しもう」

「うん……!」


 街道にいる人たちがみんな私たちのことを祝福してくれる。幸せすぎて、こんなに幸せでいいのだろうかと思ってしまう。それくらい幸せに包まれていた。


「あ……カノン、あっち見て」

「え?」


 あくあが指差した場所を見ると、小さな女の子が目一杯手を振ってくれていた。


「ふふっ、かわいい」

「うん、やっぱり子供は可愛いよね」


 え……? こ、ここここここ子供って?

 それってもしかして、今晩はそのあの……できる限り考えないようにしていた事が頭の中をよぎる。


「え、え、え、それってつまり……」

「ん? どうかした?」

「う、ううん、な、ななななんでもないから」


 あ、あ、あ、やらかしちゃった……!

 純粋に子供が可愛いねといったあくあに対して、私はその……エッチなことの方を考えてしまう。

 大丈夫だよね? さっきの一言で、あくあが気がついちゃったりしてませんように……。

 ふーん、カノンって四六時中そんなえっちな事ばっかり考えてるんだなんて思われたら、私生きていけない!


「あ……」


 近くでこけた男の子の姿を見て、あくあはすぐに馬車から飛び降りた。

 ふぁぁぁあああああ! かっこいいよぉ……。

 あくあは気がついてないけど、私も含めたその場にいた全員が2人のやりとりを固唾を飲んで見守る。

 そっか……あくあのようになりたい。そんなことを思ってくれる男の子がスターズにもいるんだ。

 すごいな。あくあはまだこの国に来て数日しか経ってないのに、もうこんなにも多くの人に影響を及ぼしている。

 そんな素敵な人と、私はこれから結婚するんだ……。

 私が馬車の上で呆けていたら、あくあが戻ってくる。


「ごめん! 結婚式なのに花嫁さんを置き去りにするなんて、カノンは怒っていいよ」

「ううん。そんな事ないよ。あくあなら行くだろうなって思ってたし、子供が生まれたらあくあって子煩悩になりそうだなって……」


 そこまで言って私は固まる。な、何を言ってるの私は!?

 そんなの子供が欲しいっておねだりしてるはしたない女じゃん!!


「あ……そうだ、さっきのコサージュ」


 あくあは手に持ったコサージュに視線を落とす。

 これはチャンスだと思った私は、さっきの話を誤魔化すようにあくあに提案する。


「付けてあげよっか?」

「ああ、ありがとう」


 私はあくあからコサージュの一つを受け取ると、タキシードのジャケットの襟につける。

 待って、結婚したら奥さんは旦那さんの着替えを手伝うのが普通って聞いたけど、これなんか違う……。そんなのじゃない。もっと幸せな何かだ……!


「じゃあ俺も付けていい?」

「うん、いいよ」


 あくあは私の着ていたドレスにコサージュをつけてくれた。

 その時に、あくあの手の甲が私の胸をむぎゅっと押してしまってビクンと反応する。


「と、とりあえず手を振ろっか」

「う、うん、そうだね」


 だ、だだだだだだ大丈夫かな?

 さっき、あくあの手の甲がちょっと触られただけでも、体が反応してしまいそうになった。

 それなのに私は今晩……ううん、今はその事を考えないようにしよう。

 まずはなんとしても結婚式を乗り切らないと。

 教会に到着した私たちは、祝福しに来てくれた人たちに手を振る。


「カノン、そろそろ行こうか」

「はい」


 あくあにエスコートされて2人で教会の中に入る。

 前の結婚式を上書きするように、あくあは私の初めての結婚式を幸せにしてくれた。


「おばあちゃん……?」


 教会の中に入ると、おばあちゃんが祭壇で待ち構えていた。

 私があくあやみんながいる国へと行くきっかけを作ってくれたのはお婆ちゃんである。

 だからおばあちゃんに会いたかったのに、ここまで会う機会がなくてしょんぼりしていた。

 でも、今日は来てくれたんだよね? 会いにきてくれたのはすごく嬉しいけど、お婆ちゃんは、なんでそんなところに立っているの? そこから先は、お婆ちゃんの独壇場だった。

 一気に色々なことを決められていく中で、私は何が起こってるのかさえもうまく理解できない。

 その中でわかったことは、あくあが最高位勲章を授与されたということと、大公位を授けられたことで私は王族に近い立場のままでいられるということだけだ。


「あくあ様、カノンの事をどうか幸せにしてあげてください」

「あ……はい!」


 お婆ちゃんが、あっちの言葉を喋れたのはびっくりしたけど、そういえばお婆ちゃんの図書館には原書が置いてあったんだから喋れて当然だよね。

 ん……? それに何か重要なことを見落としているような……そんな気がしたけど、気のせいかな?


『白銀あくあ並びにカノン・スターズ・ゴッシェナイト、前へ』


 ほえ? 聞き覚えのある声の方へと視線を向けると、目隠しをしたシスターこと捗るが立っていた。

 いやいやいや、ちょっと待って、なんで捗るがそんなところにいるの!?


『この善き日の門出を祝って、全員で讃美歌を斉唱します』


 よりによってこの曲!? 嘘でしょ……。

 まぁ、私としてはアニソンが歌えるなんて最高に嬉しいけどね。

 ちなみに捗るはバレないようにするためか、微妙に声色を変えている。


『誓約の証として両名の指輪の交換を取り行います』


 ふぅ……事前に知らなかったなら慌てふためいていたかもしれないけど、この事は事前に聞かされていたし、2人で一緒に指輪を選んだから、なんとか指輪を落とさずに交換することができた。

 ちょっと指先が震えてたけど、せふせふ!

 おそらくですが、私にもようやく心にゆとりが出てきたのでしょう。これならば残りの行程も何がこようと大丈夫です。むしろ、どーんと来い! なんちゃって!


『次に、ち……誓いのきっ!? ふ、ふざ……ンンッ、なんでもありません』


 うあえおいあうあうあうあうあう!

 わけのわからない声が漏れそうになった。

 誓いのきす……あっ、そっかぁ、誓いの鱚かぁ。よく知らないけど、お互いに釣った鱚を交換するとかそういう奴なのかな? もーっ、KISSの事かと思っちゃったじゃない!

 そんなことを考えていたら、私のヴェールがふわりと上に上げられる。

 えっ、待って……キッスって、やっぱりそっちのKISS? 鱚じゃなくて口と口の方のキッス!?


「カノン……もしかして俺じゃ不安?」

「う、ううん、そんな事ない。で、でも、その、こんなに幸せでいいのかなって思って……ご、ごめんね。式の途中の、しかもこんな大事な時に、そんなこと考えちゃって……」


 焦った私の声がしどろもどろになる。


「大丈夫。これからのカノンの人生には、ずっと俺が隣にいるから、不安な気持ちになったら、直ぐにでも言ってほしい。ちゃんと聞くから、ね、俺と一緒に歩いて行こう」

「うん、ああありがとう……」


 死ぬ……私、これ、幸せすぎて死んじゃうやつだ。多分……。

 あくあの顔がゆっくりと近づいてくる。はわわわわ、無理、無理、これ以上は無理〜!


「ごめんカノン、やっぱりこっちにさせて?」


 えっ!?


「んっ」


 あくあの唇がそっと触れた。

 あの花火大会の夜を思い出してうっとりとする。


「えへ、えへへ……」


 あっ、あっ、あっ……もう無理ぃ。普通を保っているのも難しくなる。


『ンンッ! 両名はこの結婚に異論がなければ、誓約書にサインを』


 捗るのわざとらしい咳払いで現実に引き戻された。

 もう! ちょっとくらい、あくあとの余韻に浸らせてくれたっていいじゃない!

 でも、助かったかも……ありがとう、捗る。


『12人の証人に選ばれた者たちは前に』


 証人に選ばれたみんなの署名が終わると、捗るの言葉を持って私たち2人の結婚が高らかに宣言された。

 ねぇ、だからなんで捗るなの!? 誰か説明してよ!



 式場を出た私たち2人は、みんなに見送られて披露宴会場へと向かう。

 ふぅ……流石にもうこれ以上は何もないよね?

 あくあはきっと披露宴に参加してくれるのだと思う。

 披露宴と言っても、普通にみんなでご飯食べてちょっと挨拶するくらいしか思い浮かばないし、うん、きっと大丈夫!


 ええ……そんな事を考えていた時期が私にもありました。


『それでは新郎新婦による最初のお色直しの時間です』


 お色直しって何のことって思ったけど、どうやら披露宴でドレスを着替えることをそう呼ぶらしい。

 私も含め誰も知らなかったけど、あくあがいうのだから、きっとそういうものがあるのだろう。

 そういえばドレスを2人で選ぶ時、あくあは白いドレス以外も念のために選んでおこうと言われた。


『みなさま、盛大な拍手でお見送りください!!』


 ちなみに司会をやってくれているのは、ティムポスキーだ。

 あれでも国営放送のアナウンサーだけあって手慣れてるしうまい。

 初めてティムポスキーのことがかっこいいと思ったかも……。


 控室で私は自分が選んだ菫色のドレスに着替えさせられる。

 着替え終わった後、再び会場の入り口の方へと戻ろうとしたところで私の足がピタリと止まった。


「そのドレスもよく似合ってるよ。カノン」

「ふ、ふぁい……」


 そうお色直しとは、何も私だけが着替えるわけじゃない。

 私は目の前に立っているあくあの姿をまじまじと見つめる。


 まんまだ……。


 私が見た、あのはなあたの夕迅様が私の隣に立っていらっしゃる。

 あくあの後ろでは、この日のために来てくれたベリル専属のスタイリストチームの人たちが満面の笑みでハイタッチを交わしていた。私からもみんなを代表して言わせてほしい。貴女達は最高の仕事をしたわ。


『どうやら新郎新婦のお色直しが終わった模様です。みなさま更なる盛大な拍手でお出迎えの程をよろしくお願いします!!』


 大きな拍手に包まれるように、ゆっくりと目の前の扉が開いていく。

 私たちが一歩、また一歩と前に出ると、あくあの姿を見た参加者の表情が次々と固まっていった。

 そりゃそうなるよね……だって夕迅様だもの。何故かは知らないけど、今この国の女の子の間では夕迅様が絶賛ブームらしいし、こんなの見せられたら、誰だってそうなっちゃうよ。

 私だって今こうやって2人で並んで歩けているのが不思議なくらいなのに……。

 心なしか、あくあを見ていたお婆さまの眉がピクリと動いた気がした。気のせいかな?

 席に座っても私はまだふわふわとしたままだった。


『続きまして、ご両人のご友人代表の桐花琴乃さんからの祝辞です』


 姐さんがゆっくりとマイクのある場所へと向かう。

 私たち共通の友人となると姐さんしかいなかったし、そもそも姐さん以外は誰も期待できない。とてもじゃないけど、ティムポスキーや捗るなんかには任せておけない。


『白銀あくあさん、カノンさん、ご結婚おめでとうございます。本当に好きな人同士が結ばれるなんて……そんな素晴らしい結婚式を見せてくれた2人に、みんなを代表して感謝の気持ちを述べさせてください。これから先、きっとカノンさんは大変だと思うけど、白銀あくあさんは絶対に貴女を幸せにしてくれる人だから、信じて一緒に同じ道を歩いていってください。最後に2人とも、今はまだここがスタートなんだから、だからもっともーっと幸せになってね!!』


 泣いた……。そんな、私のことをみんなが慰めてくれる。

 姐さん、大丈夫だよ。絶対に姐さんのことも私が幸せにしてみせる。ティムポスキーのことも、捗るのことも、だからあとは私に任せて! 嗜みちゃんの本気を見せちゃうんだから!!


『心温まる祝辞をありがとうございます。それでは皆様、お手元のグラスの方を持ってご起立ください』


 私とあくあも手にグラスを持って席から立ち上がる。


『『『『『かんぱーい!!』』』』』


 私とあくあは、炭酸水の入ったグラスを傾ける。

 周りを見るとみんなが笑顔だった。こんな披露宴もあるんだね。

 今までに何度か仕事として披露宴に参加したことはあるけど、新婦さんは1人でやってすごく疲れた顔をしてたりした。でも私は、きっと……ううん、ものすごく笑顔だと思う。もしかしたら、ちょっとくらいはだらしのない顔をしてるかもしれないと心配になるくらいだ。


『続きまして、新郎新婦によるケーキ入刀です』


 えっ……ケーキにゅうとうって何?

 もしかしてケーキの中に自分のものを突っ込むんですか!?

 えっ、ちょっと待って、色とか形には自信があるけど、流石にそれはすごく恥ずかしいかも。

 あっ……それとも、あくあがケーキに突っ込むのかな? いやいやいや、それこそまずいでしょ。どう考えても放送禁止じゃん……。

 そんなしょうもないことを考えていたら、大きなケーキナイフが私たちの目の前に運ばれてきた。いや……うん、わかってたよ? わかってたんだからね!!


『ちなみにこの結婚式のために用意されたウェディングケーキ? は、新郎とご友人達がプロのパティシエ協力の元に一緒に作られたものです!』


 至る所から大きなどよめきと歓声が上がる。

 えっ、こんなおっきなケーキ、あくあが作ったの? しゅ、しゅごい……。


「俺はちょっとデコレーションを手伝ったりとかしかしてないけどね」


 私の隣で苦笑するあくあ。え……全然嬉しいんだけど? だって、あくあが私のためにしてくれたってことだよね。そんなの嬉しくないわけないじゃん……。それにご友人達ってことは他のベリルの男の子達も手伝ったってことだよね? す、すご……そんな価値のあるものに、ナイフを刺しちゃっていいのかな?


『それでは改めまして、ケーキにゅうと……じゃなくってケーキ入刀!』


 ちょっと! ティムポスキーったら絶対に違う方のケーキ入刀の方で言っちゃったでしょ!

 もう! でも私も同じこと考えちゃった時点で人の事を言えないんだよね。

 私はあくあと一緒に、持っていたケーキナイフをウェディングケーキに入刀する。


『ケーキは皆様にも召し上がれるように、今からスタッフがそれぞれのテーブルに配膳いたしますから、是非味わって食べてください』


 観客席から今日一の大歓声というか、雄叫びのような咆哮が木霊した。

 流石にその反応にはあくあもびっくりする。

 だってねぇ、そりゃそうだよ。あくあの……ううん、男の子達の作ったケーキが食べられるなんて、そんなこと普通に人生で一度もないような事だよね。

 みんな、運ばれてきたケーキを見て、この部分のデコレーションは誰だろうって想像しながら楽しそうに会話をしていた。その一方で、誰からも見られてないと思って、会場の隅っこで捗るが綺麗に皿をべろべろと舐めている。ちょっと! そんな寝とってやったぜみたいな顔しないでよね!!

 何故かその奥ではパンケーキちゃんがこっそりとケーキを一切れキープしていたが、見なかったことにする。あれどうやって侵入したの? もしかしてスターズの警備ってものすごくザルなんじゃ……私は細かい事を気にする事をやめた。


『みなさんそれでは最後に、新郎並びに新郎のご友人達からの祝辞と余興を兼ねたパフォーマンスに移らせていただきたいと思います。良いですか? みなさん、心をしっかりと保って聞いてください!!』


 えっ……何、一体何が起こるの!?

 私を含めた参加者全員がざわざわと騒がしくなる。

 照明が落ちて暗くなっていく会場。スポットライトがマイクの前にいる1人の人物を照らしだす。


『みなさん初めまして、猫山とあです。あくあ……それにカノンさん。ご結婚おめでとう。今から僕たちは、あくあが考えた言葉を元に、慎太郎が作詞して、僕や天我先輩が作曲し、モジャさんやトラッシュパンクスの2人が編曲してくれた歌をいくつか歌おうと思ってます。よかったら聞いてください! 猫山とあで、愛を待っている。歌います』


 心が跳ねるような軽快なピアノサウンドのイントロ。

 アップテンポな明るめの曲に会場も盛り上がる。


『どんなに辛い夜を過ごしても、必ず朝はやってくる』


 最初の歌詞が絶望していた時の自分の姿と重なった。


『少し億劫になる月曜日の朝、君と離れたくないと思った。火曜日の昼、離れていてもずっと君の事ばかりを考えている。水曜日の夜は2人で水族館に行きたいな。木曜日のお昼は、ちょっと2人で外に抜け出さない? 金曜日の夜は君と美味しいディナーを2人きりで食べよう。土曜日、今日は1日君と家で一緒に過ごしたいな。日曜日の朝、目が覚めた時にベッドの中で君が僕の目の前にいた。ねぇ、こんなに幸せなことってあると思う?』


 あっ……あっ……あっ……これ、結婚した後の話なんだ。

 それに気がついた時、心がものすごく幸せで優しい何かに包まれていく。


『愛してる。ただそれだけのことが何気ない日々を幸せにしてくれるんだ』


 やばい……もう泣きそう……。

 姐さんの方を見ると、目を見開いたまま完全に固まっていた。

 うん、そりゃそうなるよね。

 とあ君は歌い終わると、黛くんへとマイクを手渡す。


『黛慎太郎です。あくあ、カノン様、2人ともご結婚おめでとうございます。よかったら僕からも2人の結婚をお祝いする曲を歌わせてください。黛慎太郎で、僕の独り言を聞いてくれ。歌います』


 ちょ、ちょっと待って! 一曲目で死にそうなのに、えっ? これがずっと続いちゃうんですか?

 大丈夫かな、さっきの一曲目でもうぐったりしてる人いたけど………。


『ふと目を閉じた時、今よりずっと先の未来が見えた』


 私はそっと目を閉じる。っていうか、その会場にいた全員が直ぐに目を閉じた。


『もうどれくらいの時が経ったのだろう。それでもまだ、お互いの指先がそっと触れ合っただけで、僕は君にドキドキしてる。ベイビー、君は、そんな子供みたいな僕のことをずっと好きでいてくれるだろうか?』


 スローテンポな曲調と、黛くんの優しい声が心に沁みる……。ていうか、黛くんも普通に歌えるじゃん。これ、次のライブやばくない? あの過去のライブ達を超えてくるのはもう間違いないよね。みんな、どれだけ練習したのよ……。男の子だから女の子だからじゃなくて、普通にしゅごい……。

 ていうか、私だってあくあと指先が触れただけでも心臓が爆発しそうなほどドキドキしてるのに、大丈夫かな、これ? ちなみに病院に行った方がいいかもと思ったけど、お医者様からは頭以外は正常ですと言われた。


『きっと僕は毎日、君と恋に落ちるだろう。だから、ハニー、こんな僕を毎日優しく抱きしめて。その分、僕は君に愛してると囁くから。この先もずっと2人で愛を積み重ねよう』


 それにしても、黛君がこんなちょっと甘くてしっとりした曲を歌うなんて意外だ。

 4人の中では一番普通っぽいって言われてるけど、だからこそ誰よりも自由に成長できて、意外性も一番あるんだと思う。あのCMでの演技もまさにそんな感じだった。

 黛君が歌い終わると、天我先輩へとマイクを手渡す。


『後輩、それにカノン殿下、ご結婚おめでとうございます。後輩よ……一度でも愛する人のその手を掴んだら、もう2度と離すんじゃないぞ! 天我アキラで、俺はお前を愛するために生まれてきた、歌います!!』


 待って! 私だけじゃない。もう会場のお客さんのライフはゼロよ!!

 きっとこの後の流れで、天我くんの後に、あくあが歌うんだよね? 本気で死人でるよ!?


「お嬢様、お医者様と救急車の用意は万全です。このペゴニア、最後の瞬間までお付き合いしますよ」


 後ろに控えていたペゴニアが私の耳元で囁く。

 いや、そんないい笑顔で言われても困る。むしろ助けて!!


『初めて出会ったその瞬間、俺の心臓は今までに感じたことがないくらい強く脈打った。あぁそうか! 俺はお前に出会うために生まれてきたんだと、熱くなった胸の奥が締め付けられる』


 うっっっっっま! ちょっと待って、天我先輩、こんなにお歌が上手なの?

 今までちょっと隠してたとか? あくあにも負けてない気がする……。


『俺はお前を幸せにするためなら、どんなところにいてもすぐに会いに行くよ。だから俺の名前を呼んでくれ! 俺が必ずそこにいくから、お前はただ安心して待っていればいいんだ!!』


 魂の咆哮のような、天我先輩のシャウトに、死にかけていた人たちも目を覚ます。

 本番はまだこれからだぞ、と天我先輩に言われているようだった。


『死ぬまでずっとお前の事を愛していたい! お前のことを愛させてくれ!! オーイエー!!』


 ボルテージは最高潮、会場の中に熱気が渦巻く。

 空を見上げると、みんなの熱気で雲ができてる……こ、これは、あの伝説のベリル雲!!

 説明しましょう。ベリル雲とは! あの夏コミ以来、あまりにもベリルのライブが熱くて、観客達の熱気によって天井付近が曇って見える現象である。

 そんなことはどうでも良くって、とあ君、黛君、そして天我君が繋いだマイクのバトンが、あくあに手渡された。


『ありがとうみんな。それじゃあ最後に俺から、カノンにこの歌を捧げます。カノン、聞いて』


 あ……だめ、これ確実に死ぬ奴だ……。


『白銀あくあ、君の事を一瞬たりとも逃したくない』


 はい、死んだ。今、カノンこと乙女の嗜みは天に召されました。

 我が人生に悔いなし! 後ろに椅子ごと倒れそうになった私を、ペゴニアが支える。


「だめですよ、まだ初夜が残ってるんだから頑張ってください!」


 初夜とか言われても無理無理無理、絶対、無理!

 そんな私の状況などお構いなしに、あくあは歌い始める。


『隣を見ると君がいる。そんな日常の一コマが俺を幸せにしてくれる』


 よく見ると、あくあの後ろでみんなが楽器を弾いている。さっきの天我先輩の演奏でもそうだったけど、みんな芸達者すぎでしょ……。


『たとえ夢の中で君にあったとしても、それじゃあだめなんだ。それくらい俺は君のことが恋しい。だからこれからもずっと俺の隣にいて欲しい。誰よりも甘い夢を見せてあげる』


 ゆっくりとあくあが私に向かって近づいてくる。

 あっ、あっ、あっ、こ、これ、私のためのライブだ、私だけに向けて歌ってくれてるんだ。

 もう溢れ出した涙が止まらない。そんな私をあくあは優しく抱きながら歌ってくれる。


『君が微笑む度にそっと口づけを交わそう。この瞬間、君と一緒にいられることが何よりも嬉しい』


 幸せ……もう何度この言葉を言ったのかわからない。

 泣きじゃくる私に、歌い終わったあくあが囁く。


「俺を好きになってくれてありがとうカノン」


 こんなの好きにならない人なんていないじゃん……。

 だって世界で一番かっこいい人が、みんなのアイドルが私のために歌ってくれてるんだよ?

 好きにならない理由を見つけるほうが難しい。


『アンコール! アンコール!』


 招待された人達のアンコールの声が会場に鳴り響く。

 あくあは私を落ち着けると、再びマイクを手に取って、みんなに喋りかける。


『それじゃあ、アンコールに応えて4人で歌います! 君が美しい。聞いてください!!』


 えっ……? 4人で歌う?

 今まであくあをボーカルとしたバンド形式の曲や、2人でのデュエット曲はあった。

 ちょっと待って、4人で歌うってどういうこと!?


『ねぇ、なんでそんなに不安げな顔をしているの?』


 最初に歌ったのはとあ君だった。

 可愛らしさをそのままに、男らしい部分も少し覗かせてくる。


『下を向いて歩いてたら、俺たちが君のことを見逃してしまうかもしれないぞ』


 黛君がそれに続く。ちょっとぎこちない笑みに、何人かの御令嬢がふらふらと崩れ落ちていく。

 あー、あれ多分、堕ちたな。


『前を向いて歩こう。君の素敵な笑顔を俺たちに見せて』


 天我先輩はさっきともまた違う、ちょっと大人らしい余裕のあるところを覗かせてきた。

 この人の引き出しも結構多くない!?


『その事を君に伝えたくて、俺たちは歌にするんだ』


 あくあは、会場にいた4人に向かってマイクを向ける。


『モジャさん! ノブさん! それにジョンもクリスもこいよ! みんなで歌おう!!』


 え……? 何を言ってるの? 会場のみんなもびっくりする。

 言われた方もびっくりしてたけど、モジャPが、しゃーねぇ、やったるかって立ち上がると、ノブさんが近くにいた人にカメラを手渡して、ジョンさんやクリスさんの2人を連れてステージに上がった。


『君が素敵だって事をみんなが知ってる。それなのに君だけがそのことに気がついてない』


 こんなことってあるのかな?

 みんなが立ち上がって、ステージの方を見ていた。

 会場にいた男の人たちが、私たち全ての女の子に向かって歌を歌ってくれている。


『ほら、俯かずに顔を上げて!』


 しかもこの曲の歌詞、何て素敵なんだろう。

 女の子にもっと自信を持って欲しいって、男の子が女の子を励ます曲なんだ。


『君のことが美しくないって人がいるなら、そんな奴は俺たちがぶっ飛ばしてやるよ!』


 気がついたら私は、捗るや姐さん、ティムポスキー達と泣きながら抱き合ってた。

 やっぱりベリルは、白銀あくあは最高だって、この人のことを、この人たちのことを好きになってよかったって……ふふっ、だめ、もう言葉になんてならないよ。


『だからほら、勇気を出して、君の素敵な笑顔を俺たちに見せて欲しい』


 歌い終わった瞬間に、会場全体から大歓声が巻き起こった。

 でも……でも、これで終わらないのがベリル、白銀あくあなんだよね。

 私たちはそれを理解していたから、4人で顔を見合わせて笑い合った。


『最後にみんなでこの曲を歌おう!』


 会場に歌詞の書かれた紙が回る。

 ほらね、やっぱりここまで準備してるんだよ。これだからベリルは、もー!


『生きてたら良いことばかりじゃなくって、悪いことだってあるかもしれない。ある日突然、暗いニュースがやってきて落ち込む日だってあるだろう』


 ここまで全部新曲だったけど、最後に歌った曲も新曲だった。

 軽快なステップを踏むようなリズムに、思わずみんなが体を左右に揺らしてしまう。


『でも、そんな日だからこそ、明日がハッピーになるように、みんなで手を叩いて喜び合おう!』


 あくあ達の手拍子のリズムに合わせて、みんなで手拍子をとる。


『幸せな日には、もっと手を叩こう。この幸せがみんなに届きますようにって!』


 あくあは私のところにくると、5人で一緒になって歌う。この4人と、あくあと一緒に歌えるなんて、想像もしてなかった。

 ベリルの男の子達や、他の男の人たちもそれぞれにバラけて、近くにいた女の人たちと一緒になって歌う。

 男の子とか女の子とか、そんなの関係ない。みんなが同じ目線で、一つの曲を一緒に歌うその時間は何事も変えられないほど幸せな時間だった。


「ありがとう。あくあ、最高の結婚式だった!」

「言っておくけど、これはまだ序の口だから、新婚生活も楽しみにしておいてね」


 え……こ、これ以上があるんですか?

 後ろにいたペゴニアが、大丈夫ですお嬢様、いえ、奥様、最後まで私が支えますとか言っているけど、こ、これ以上とか絶対に無理いいいいいいいいいいいいいいいいい!

 私は誰にも聞こえないように、心の中で1人そう叫んだ。

Twitterでお知らせとか、たまに投票とかやってます。


https://mobile.twitter.com/yuuritohoney


番外編などを公開しています。


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― 新着の感想 ―
[良い点] >あくあを見ていたお婆さまの眉がピクリと (*´ー`)b
[気になる点] >正確にはお仕事とか学校の時間には会えないんだけど 『学生結婚したら妻が夫となる人の学校に来るのは当然のこと』という設定と合ってないのは、ノクタと別設定ということでしょうか。  複数…
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