雪白えみり、悲報、聖あくあ教は抜けられない。
「すぅ……すぅ……んぐごっ!」
おっと……やべえやべえ、夢の中でも捗りすぎてついつい寝過ごしちゃうところだったぜ。
私は口からこぼれ落ちそうになっていたよだれを袖でゴシゴシと拭い取ると窓の外を見る。すると、外でデモ隊らしき連中と警備隊が衝突していた。
おぉっ! なんか知らないけど揉めてるぞ!!
今ならこっそりと嗜みのやつを助けられるんじゃないか……?
私はゆっくりと物置の扉を開けると、キョロキョロと外の様子を伺う。
「よしっ、誰もいないな!」
私はそーっと物置から出ると、壁に張り付くように抜き足差し足忍び足ちょっとずつ周囲を確認しながら前に進む……って! 私、ここのシスターの服着てるんだから、そんなことしなくても大丈夫じゃん!!
頭がポップコーンの忍者に釣られて、私まで挙動不審になってたわ。
私は普通に関係者を装うように、自然な体を装って走らず慌てずゆっくりと前に進む。
あ……そういえば、嗜みってどこにいるんだ?
そもそも警備だって厳重なんじゃ……まぁ、私と嗜みは同じネタを使う仲だし、会えばどうにかなるか!
そんなことを考えてると、曲がり角の先から言い争うような人の声が聞こえてきた。
「うるせえ! お前のにも茄子突っ込むぞ!!」
おぉ、おぉっ!!
この聞き覚えのあるようなアホみたいな声! 知能指数が低そうな頭の悪い会話!
我がメアリーの先輩、ティムポスキーさんことホゲ川さんの声じゃないか!!
私はそっと曲がり角から頭だけを出して、声のする方の様子を伺う。
「絶対にここから先は通しません!」
大勢のシスターの前に立ち塞がる姐さん。
ヤベェ、やっぱ姐さんは、かっけぇわ。立ち姿がすげー様になってる。
へっぴり腰のホゲ川パイセンとはまるで違う。
「早くしろよ後輩。女の子の笑顔を守るのがお前の役目だろ……!」
えっ……えぇっ!? なんでこんなところにポイズンチャリスがいるの?
しかもあの声、間違いなく中に入っているのは天我アキラ本人だ。
すげええええ、生のポイズンチャリスくそかっけぇええええええ。
くっそー、色紙持ってないけど、後でサインもらえるかなぁ。えへへ。
『みんな止まってくれ。俺たちは話し合いに来ただけなんだ。ほんの少しでいい。俺の友人に時間をくれ!!』
って! マユシンくんもいるじゃん!?
しかも他の3人とは違って、ちゃんと向こうの言葉を使って、対峙するシスター達を説得しようとしてる。
さすがはメガネをかけている事だけのことはあるな。この中でも一番冷静そうだ。
姐さんはもう完全にデストロイモードに入ってるし、ホゲ川は頼りにならないし、ポイズンチャリスはポイズンチャリスだし、頼むぞマユシンくん、お前ならなんとかできるはずだ!! きっと草葉の陰から、あくあ様も同じことを思ってる!
『そいつらの言葉に耳を傾けてはだめなのです!』
あぁん? なんだ、あのちんちくりんのシスター。
男が喋ってる時は黙っとけよ!! 女としてのマナーだろ?
『早くそいつらを拘束するのです!』
これはまずいな。圧倒的な多勢に無勢、このままではすぐにでも拘束されてしまうだろう。
仕方ねぇ、こうなったら私も一肌脱ぐか! なんとなくだけど嗜みはあの先にいそうだし、森川や姐さん、マユシンくんや天我先輩だけに任せるだけなんてのは、女が廃るってもんよ! 死なば諸共、私も行くぞ!!
『お待ちなさい』
私の声が広間に響く。
『誰なのです!』
ちんちくりんは私の方へと視線を向けると声を荒げる。
私はゆっくりと通路から広間へと現れると、周囲をぐるりと見渡す。
『貴女達はそれでも良いのですか?』
ちんちくりんは、私に向けて怒りの籠った目で睨みつける。
『はっ! 何を言っているのです。今や男なんていなくても女の子だけで子を産むことができるのに、まだ男なんかに拘るんですの? 女の子を泣かせる男なんていらないのです!!』
なるほどな……こいつも過去に男に泣かされたくちか。
私は自らの胸に手を置くと、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
『確かに女性だけで子供を産むことは可能になりました。でも、本当に貴方はそれでいいのですか?』
子作りのための生殖活動、男女間の妊娠に至るアプローチの一つには、そんな素晴らしい行為がある。
しかし、実際のところ、そんな幸福な経験をするのは一握りの人間だけだ。
確かにほとんどの女性にとっては無縁かもしれないが、まさかお前はその可能性すらも捨てるのか?
いいか? 私は絶対に諦めない。無理だと、不可能だと分かっていても、可能性がゼロじゃないならその可能性にベットし続ける!! それが女としてのプライドってもんだろうが!!
『そして貴女は……男性が女性を泣かせることしかできないと、本当にそう思っているのですか?』
確かにそうかもしれない。いや、今まではそうだったのだろう。
でもそれをベリルは……いや、あくあ様は全てを変えてくれた。
私たちすべての女性に向けて優しく手を差し伸べ、その屈託のない笑顔で傷ついた心を癒してくれる。ちゃんと1人の女の子として扱ってくれて、その慈愛に満ち溢れた心で私たちを満たしてくれるのだ。
確かに、あくあ様に泣かされることだってある。
でもその涙は、決して悲しい涙じゃない! あったかくて、嬉しくて、心が感動して溢れてくる涙なのだ!
『森長のビスケットをかじるそのお姿は一言で言うと尊い。夕迅様は、私たちの胸の奥を高鳴らせてくれました。そしてヘブンズソードでは私たちの心を熱くさせてくれる。何よりあのライブ……』
ライブの時のあくあ様は一味違った。
あんなにも歌がうまくて、ダンスも上手で、役者としてもモデルとしてもあんなにも素晴らしいのに、これ以上を目指して努力する。その姿に心が震えるのは、男だからとか女だからとか、そんなちっぽけなもんじゃ決してねぇ!!
『貴女達は、あくあ様の歌うお姿を見ても何も感じなかったのですか?』
あくあ様なら、白銀あくあなら、このドン詰まりになった世界すらも変えてくれる。
そう思ったのは、私だけじゃねぇはずだ!
事務所の社長さんだって、とあ君やマユシン君、天我先輩だってそう思ったから、あくあ様を支えたいと思ったんじゃないか? この人なら変えてくれると、そう信じたから、カノンや森川、桐花さん……それに掲示板の連中だって、あくあ様のやることに必死になって食らいついてるんだ。
『何よりも、世界を変えようと男性が行動を起こしているのに、貴女達はそれでもいいと思ってるのかしら?』
あーくそ、なんだかムカムカしてきたぞ。
せっかく男の方からカッコつけてくれてるんだぞ? これに応えるってのが良い女ってことだろ!
『男の人が変わるのなら、私たち女性だって変わらなければいけないはずです!!』
気がつけば、その広間にいたすべての人間が私の方を見ていた。
ちょっと恥ずかしいけど、ここまできたら決めるしかねぇ!
私は両手を広げ、一際大きな声で語りかける。
『さぁ、今こそ立ち上がるのです、すべての女性達よ! 貴女達もあくあ様と共に世界を変えるのです!!』
はぁ、はぁ……言ってやった。言ってやったぞ!!
この後きっと捕まるだろうけど、悔いはねぇ。スカッとしたし、何よりこれで少しは時間を稼げただろう。
外からはとあちゃんの歌声が聞こえるし、ここに天我先輩やマユシンくんがいるってことは、きっとあくあ様がカノンを助けに行ってるってことだ。なんであくあ様がカノンを助けるのかはわかんねぇけど、あくあ様はそういう人だから、こまけー説明なんていらねぇんだよ。
『あの女は危険です……すぐに拘束するのです!!』
ちんちくりんの指示で、何人かの武装したシスターが私の方へと迫ってくる。
ここまでか……そう思った瞬間、武装したシスター達は私に背を向けて反対側へと振り向く。
『全ては我らが聖女様の御心のために』
は? 聖女? ちょっと待て、なんか嫌な予感がするぞ?
『何をしているのです? まさか裏切るのですか!?』
声を荒げるちんちくりん。
『裏切るも何も……我らが神は最初からただ1人だけ』
『我らに命令できるのはこの世でたった2人、主神あくあ様と聖女様のみ』
『全てはオウバジーンの導きのままに……!』
『我ら聖あくあ教、聖女様親衛隊。貴女様が約束の地にくることをずっとお待ちしておりました』
『全てはこの時のために……我らは信じる神と自らの御心の在り所にも叛き、スターズでずっと活動をしてきた』
聖女親衛隊? 何言ってんのこいつ? 頭大丈夫か?
後なんか1人、スターズウォーみたいなかっこいいセリフを言ってるけど、茄子の導きってなんだよ!!
『聖あくあ教? なぜそんな奴らがスターズ正教、それも過激派に紛れているのです!? それに聖女……? この女が、あの悪名高い聖あくあ教の聖女だというのですか!?』
ちんちくりんは聖女親衛隊とやらの圧に負けたのか、一歩後ろへ下がる。
それに合わせるように、私の後ろから二つの足音が聞こえてきた。
その足音は私の横を通り過ぎると、私を中心として左右に立つ。
私はその2人の姿にとても見覚えがあった。
『お控えなさい! この大きな茄子が目に入らないのですか!』
うおおおおお、なんだあの茄子すげぇでかい……欲しい……じゃなくって、なんでお前達がここにいるの!?
私は急に現れたりのんとクレアの2人にびっくりする。いや、聖あくあ教が来てるなら、この2人が来ててもおかしくないのか……。
『このお方をどこのどなただと心得ている!』
だから、おい、ちょっと待てって! りのん、お前なんでそんなにノリノリなのさ!?
『こちらにおられるのは、我らが聖あくあ教がトップ、聖女エミリー様であらせられますよ! 控えなさい!!』
やりやがった……こいつ、やりやがった。
クレアの奴、しれっと私に全部丸投げどころか責任を押し付けやがったぞ……。
くっそー、こうなったらもうやるしかねぇ! 乗るしかないんだよ、このビッグウェーブに!!
『スターズ正教よ! 今一度、貴女達の原点、男性に寄り添うという心を思い出すのです。クレアさん! りのんさん! ほんの少し懲らしめてあげなさい!! あっ、でも痛めつけるのはなしよ。拘束するだけですからね』
『『ははぁーっ!』』
あっという間だった。途中からハイジャックの時にいた3人が加わったのもデカかったけど、何より聖女親衛隊つえー……えっ? なんなんこいつら、本当になんなん? こんなのがいるとか聖あくあ教やばくない?
もしかしたらだけど、これこいつらだけでスターズ滅ぼせたりしちゃわないよね。私の気のせいだよな? うん……気のせいだってことにしておこう。私は知らない。そう、何も知らないのだ! 知らなければ無実、セーフだセーフ!
『お見事ですわ』
まるで体に纏わりつくような、悍ましいほどまでに甘い声に体がぞわりとする。
声の方に振り向くと、さっき通路ですれ違っていた女性が立っていた。
『ミーズ、並びに過激派に対して、フューリア・スターズ・ゴッシェナイト女王陛下から拘束命令が下っています。警備隊は今すぐ彼女達を縛り上げなさい』
その女はテキパキと指示すると、私たちと争っていた勢力を拘束して外へと運び出していく。
『さぁ、中で白銀様とカノン殿下がお待ちです。ご友人の方達はどうぞ中に』
マユシン君と天我先輩は顔を見合わせると式場の方へと向かう。
そして森川も姐さんもそれに続く。でも姐さんだけは、私の方を見ると、パクパクと口を開いた。
あ と で 説 明
あっ……これ完全にバレてる奴ですね。念の為に後で遺書を用意しておくか。
私は姐さんから目を背けるように視線をスッと逸らす。すると私の視界に、目をキラキラと輝かせた聖あくあ教の皆さんが私を見上げるように跪いていた。
『聖女様のお言葉に感動しました』
『流石は聖女様、私たちの方が変わらなければいけないということですね』
『聖女様、どうか私たちをお導きください』
おいやめろって、そんな小さい子供のように純真な目で私のことを見つめるな!
これ以上ここにいたら、もっとろくなことにならねぇ。そう思った私は、そそくさと式場の方へと向かう。
カノンのことも気になるし、ちょっとでも無事なのを確認したらすぐにでも逃げ出そうっと。
中ではカノン達と姐さん達が抱き合って喜んでたが、私はこの輪に加わるわけには行かないし……とりあえず無事そうだから、今のうちにこっそりトンズラするか。そんな私の浅はかな希望は、私が逃げるのを察知して肩を掴んだ姐さんによって無惨にも砕かれた。
「説明」
「は、はい」
私は人知れず、暗闇の中へと姐さんに引き摺られていった。
本編では少ししか絡んでいませんが、鞘無インコ視点でのシロとたまとの絡みになります。
月2回以上はこういう小話やりたいですね。
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Twitterでお知らせとか、たまに投票とかやってます。
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