雪白えみり、悲報、聖あくあ教は変なやつしかいない。
教会に来てから3日が過ぎた。
ここでの生活は快適そのもので、空調のついた寝床が確保されているし、シスター服も毎日洗濯済みが支給される。それだけでもありがたいのに、3食飯付きなのだ。しかも飯がうまい!! まぁ、雑草より不味いものなんてよっぽどじゃないとないけどな。
この生活に唯一欠点があるとしたら、プライベートがないことくらいだ。
部屋は何人かで一部屋を共有するから、そういうことは当然できない。だからしたくなった時は外に行く、
教会で不謹慎なことをするなと怒る奴のために言っておくけど、別に私だけがそういうことをしているわけじゃないからな。むしろシスターはそういうやつの方が多い。その証拠に、昨日の夜も外に出たら、複数の人影を見かけた。
『それだけは許してください。こちらは好きにしてくれていいですからっ』
『そんな穢らわしいものをシスターに向けるなんて、絶対に許さないんだから!』
『あっ、ダメ、早くしてぇ!』
おい、その木って、確か神聖な木とか言ってなかったっけ?
それと、ここに来て気がついたけど、スターズのシスターは妄想のバリエーションが少なすぎる。基本的には押し倒されるシチュエーションが好きなようで、無理やりされることに興奮するらしい。中々、業の深い極まった奴らばかりが集まっているようだ。
押し倒されるシチュエーションは女性の妄想としては定番の一つだが、じゃあ実際にそんなことがあり得るのかというとほぼ不可能と言っても過言ではない。例えば私が今から好きに使ってくださいという看板を持って街中を闊歩するとする。もちろんその間、通報されるとか、警察に捕まるとか、そういう障害がなかったとして、1ヶ月歩いたって襲われることはないだろう。
もちろん可能性はゼロではないし、過去にそういう事件もあったけど、限りなく可能性はゼロに等しい。それくらいレアなケースだ。
「はぁ……あいつらも無事なのかな」
私は支給されたパンをもしゃもしゃと齧りながら、雲ひとつない青空を見上げる。
教会で毎日シスターを見ていたせいか、聖あくあ教とかいう狂った集団のことを思い出す。
流石にもう悪の秘密結社ごっこにも飽きて解散しただろうと思ってたが、私がいない間にますますひどくなってやがった。時間が経てばそのうち自然消滅するんじゃないかと思ってたんだけどなぁ……残してきたクレアは大丈夫かな?
ちなみにクレアだって澄ました顔をしてるけど、あいつはムッツリなだけであって絶対に私と同類なはずだ。いや、実際に見たわけじゃないけど、女なんて一皮剥けばみんな同じだよ同じ。ちなみにどうせ剥くなら別の皮がいいけど、あくあ様は多分そうじゃないだろうな。なんとなくそんな気がする。
私はポケットの中から例の草を取り出すと、その上にビスケットの粉を乗せて丸めた。それを口に咥えると、拾ったライターで火をつける。
「ふぅ……食後の後の一服は最高だぜ」
甘いビスケットの香りと、いい匂いのする雑草の香りが混ざって心がリラックスする。
前に粉狂いの前でこれをやったら、流石ですエミリー様、エミリー様はビスケットに無限の可能性を与えてくれますって感動された。違うんだよ。金もなければ食べるものもないから、自然と少ない持ち手でバリエーションを増やしていっただけなんだよ。
『そこの貴女! 何してるの?』
やっべ、私はすぐに火を消すと、ビスケットの粉を包んだ葉っぱをポケットの中に突っ込む。ちなみに言っとくけど、私は吸ったことはないぞ。だって、元気な赤ちゃん産みたいし、いつでも大丈夫なように健康を維持しているつもりだ。
『今日は結婚式よ。サボってないで早くみんなのいるところに行きなさい』
『はーい』
私は年上のシスターの指差した方へとスタスタと向かう。
なんか知らないけど、今日ここでカノンが結婚するらしい。ほえ〜、あれだけ、あくあ様が好きとか言ってたのにな。やっぱり妄想と現実は別ってやつか? それにしても、カノンみたいな頭がお花畑みたいな奴でも、貰ってくれる婚約者とかいたんだなぁ。きっとそいつも嗜みと同じくらい頭のおかしい奴だろう。せっかくだから嗜みの友人として、狂った男の顔くらいは拝んでおいてやるか。
『悪いけどこれ物置に片づけてきてくれる? 行き止まりを右に曲がって3つ目の部屋ね』
『あいあいさー』
私は手渡された箱を持って1人教会の通路を歩く。もうここにきてから数日経つけど、それでもまだ地図が把握できてないくらいこの教会は広い。
「こっちだったかな?」
私は指示された行き止まりで右に回る。すると偶然にも前から歩いてきたシスターの1人と目があった。
その女を見た瞬間、私の肌がピリリと震える。見た目は20代後半くらいに見えるが、実際はもっと上だろう。清楚なシスター服と所作で誤魔化しているが、私の目は誤魔化せない。体から漏れ出るような妖艶な雰囲気、男を誑かす蠱惑的な甘い香り、何よりもだらしのない体つきと、ぷっくりとした唇や男に縋るような目つきが、いかにも強そうだ。うん、間違いなくこいつは、私が見た中でも相当だと思う。間違いない。
向こうは私の顔を見て一瞬びっくりしたような顔をしたが、すぐにニッコリと微笑み、一歩横に避けてくれる。
おぉ、やっぱ同類に悪い奴はいないな。きっと私が荷物を持ってるのを見てそうしてくれたのだろう。
『ありがとうございます』
すれ違う時にお礼を言うと、その女性も軽く会釈を返してくれた。
『いえ……当然のことをしたまでです』
こいついい奴じゃん……。それなのにごめんな、さっきは強そうだなんて言って、でも心配するな。私も同じくらい強いし、機会があったら今度一緒にしようぜ。特別に私のとっておきのものを貸してやるよ。
『では、また』
『はい』
ふぅ、やっぱ大人の女性はわかってるね。一緒にしようなんて言わなくても、この一言だけで会話が成立してるんだよね。察しの悪い奴に言うと、さっきのやりとりはこういう事だ。
『では、また(後で一緒にしような)』
『はい(今晩あたり行きます)』
大人のレディになると、これくらいはスマートに会話のキャッチボールができないとな。
私は指定された部屋に入ると扉を閉めて、適当に荷物を置くと窓から外を眺める。
教会の外には自国の王女殿下のウェディングドレスを見るためか、多くの人たちがつめかけていた。
あいつ、結構人気有ったんだな……。いやぁ、よかったよかった。ちょっと心配してたんだよな。だって中身が嗜みだぜ? 普段の嗜みを知っていたら、国民から嫌われたりしてないかなぁとか思ってたけど、これだけ慕われてるなら多少頭がお花畑でも大丈夫だろう。うんうん、
そう私は自分に言い聞かせるように呟いた。
「はぁ……」
私は軽く息を吸い込むと天井を見上げる。
全くもって嫌になるぜ。これがあいつの……カノンの本当に望んでいることなら、それでいいんだよ。
だけどあいつは私と同じくらいピュアな奴だからわかる。あいつのあくあ様への気持ちは本物だ。姐さんみたいにちゃんと現実と妄想を分けてるわけでもなく、ホゲ川のような頭がパリピッてるようなただの馬鹿とは違う。
嗜みは、カノンは本気であくあさまに恋してた。
残念ながらここには姐さんも森川もいない。まぁ姉さんはともかく、森川はいても多分賑やかし要員くらいにしかならないけど、どっちにしろ今のカノンを助けてやれるのは先輩の私しかいないと言うわけだ。
ああああああああああああ、くっそめんどくせぇ。けどまぁ仕方ない。あいつにはたけー肉を奢ってもらったこともあるし助けてやるか。
私はポケットの中に手を突っ込むと、念の為にいつも持ち歩いてた目隠しをポケットから取り出して、両目の上から巻き付ける。
「……やるしかありませんね」
私がそう呟くと、天井から黒い影が落ちてきた。
うえええええっ!? び、びっくりしたぁ……驚きすぎて声も出なかったし、固まってしまう。
「さすがは聖女様、天井裏に潜んでいた拙者に気がついておられたのですね。にんにん!」
いかにも時代錯誤なくの一っぽい衣装の女が私の眼の前で跪いた。
おい! また変なやつ出てきたって。これ、確実にアレだろアレ。あの頭のおかしい奴らの一味だろ!
「聖あくあ教十二司教が1人、くの一ことポップコーン・パンケーキです。にんにん」
ほら〜、やっぱり聖あくあ教じゃん。頭のおかしいやつ、大体聖あくあ教説、うーん、あると思います!
あと聖あくあ教十二司教ってなんだよ! 厨二(病)司教だろ!!
大体、ポップコーンパンケーキって言うふざけた名前がなんなんだよ! なんで明らかに忍者なのに、ポップコーンでパンケーキなんだよ。
「拙者、パンケーキとポップコーンが好きで候……」
くっそ、ふざけやがって。どうせ送ってくるなら、聖あくあ教はもうちょいマシな奴よこせ!!
確かに百歩譲ってパンケーキはあくあ様の得意料理の一つだが、ポップコーンは一体どこからきたの!? ホワァッツ!?
「えへへ……」
褒めてないんだよなぁ。褒めてないから照れるのだけはやめてくれ。
一つここまでのやり取りで確実にわかったことがある。こいつは絶対にポンコツだってことだ。さっき、ホゲ川と同じ匂いがしたぞ!! まぁいい、1人よりかはマシだ。こいつくらいでも弾除けくらいにはなるだろ。
「ポッ……コホン! くの一よ。この結婚には裏があります。カノン王女殿下の結婚を阻止します」
「ヤー!」
ヤーじゃねぇだろ!! さっきまで使ってたにんにんはどこ行ったんだよ!!
そう言う時こそにんにん使えよ、にんにん!
「それでは外にいる者達にそう通達しておきます」
おぉ……おおっ! ちゃんと他にも味方いるんじゃん! そうだよそれそれ、それを先に言って欲しかった。
ハイジャックの時にいた、あの頭のおかしい3人、あいつら呼んでこいよ〜。
私がくの一を天井に見送ってから数秒後、奴は再び天井から顔を出す。
「ところで聖女様……どっちが出口かわかりますか? にんにん」
頭を抱えたくなった……。
お前、忍者だよな? 忍者なのに方向音痴なの? ねぇ、頼むよ。聖あくあ教、百歩譲って十二司教だか、厨二司教だかも認めるとする。でもな、1人くらいはまともな奴を入れよう? 誰がトップか知らないけど、ちゃんとしよ? なぁ、頼むよ。本当に頼む!!
私が適当な方向に指差すと、くの一は目を輝かせてどこかへといった。
うん……だめだこりゃ。聖あくあ教とかいう頭のいかれたやつらを計算に入れようとした私が悪かった。やっぱり自分でどうにかするしかない。そう思った私は、タイミングを伺うために部屋の中で息を殺して潜んだ。
本編では少ししか絡んでいませんが、鞘無インコ視点でのシロとたまとの絡みになります。
月2回以上はこういう小話やりたいですね。
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