雪白えみり、私、聖あくあ教やめる!
「さ、寒い……」
揺れるコンテナの中、私たちは強烈な寒さに体をガクブルと震わせる。
ちょっと待って、これガチで死んじゃうやつじゃ……。
「うっ……うっ……」
「もうだめ、お母さん……」
「さむい、さむいよ……」
「あぁ、あくあ様のお顔が見える。お迎えが来たのかも」
「私たち、このままここで死んじゃうのかな?」
「こんなことなら、来るんじゃなかった」
周りを見ると、コンテナの中に一緒に詰め込まれた人たちが咽び泣いていた。
おいおいおい、諦めるなよ! 私もさっきちょっと諦めかけたけど、もうちょっとだけ頑張ろうぜ!
そこ! 遺書を書き始めるな! そういうのは不吉すぎる!!
まずはこのしけた空気をどうにかしよう。こんな空気感じゃ頑張れるものも頑張れない。
そう思った私は、ポケットの中に手を突っ込んでとあるものを取り出す。
「みなさん、これを見てください」
ポケットの中から取り出したあくあ様の写真を、みんなの目の前に掲げる。
これはあくあ様が喫茶店でバイトをしてた時、こっそりと撮らせてもらった私の秘蔵写真だ。
言っておくけど、こっそりと言っても断じて盗撮じゃないからな!! ちゃんと本人から許可も得てる。
ちなみに私がいつもこれを肌身離さず持っている理由は、単純にお守り代わりというやつだ。……というのは建前で、本当はいつでもどこでもあくあ様で妄想するためである。
「あ……あくあ……くん?」
「あーしゃま、あーしゃまが本当にむかえにきてくれたよぉ」
「あぁ、見える。あくあ様のお姿が見えます」
「あーたん、私を連れてって……」
「最後に一眼見れてよかっ……た」
「今際の際にあくあ様のお姿が見られるなんて、ああ……やっぱりあくあ様は神様だったのですね」
私が掲げたあくあ様の写真に向かって、ワラワラと女どもがGのように這いずって群がってくる。
おい、触るなよ! あくまでも見るだけだからな!!
「諦めてはなりません! ほら、あくあ様のお顔を、そのお体を見て、自らの体を暖かくするのです!!」
ほら、体の芯からあったかくなるだろ! 特に下の辺からじわじわと……あーくそ、あくあ様の写真見てたら変な気持ちになってきた。
「本当だ……私の子供部屋がぽかぽかする」
「死にたくない。こんなところで、死にたくないよぉ!」
「せっかくあくあ君に出会えたのに! わ、私だって諦めないわ!!」
「死ねない! あくあ君を生で見るその時までは!!」
「ヘブンズソードを最後まで見れてないのに、こんなところで終われない!!」
「みんな頑張ろう。これからのあくあくんを見ずに死ねるわけがないもの」
「私、これを乗り越えたら、あくたんのライブを見に行くんだ」
お……おぉ! 明らかにみんなの目に光が戻ってきた気がする。
やっぱり困った時はあくあ様だな。あくあ様さえいればどうにかなる。
ただ、最後のお前、それはフラグだからやめとけ!!
みんなで一塊になって、私たちはなんとか暖を取ってこの寒さに耐えようと試みる。それでも寒さは一向に衰えることはない。ダメかとも思ったが、突如として後ろのコンテナ扉がガチャガチャと音をたてた。
着陸したのか? いや、違う、なんだか様子が変だと思った私はみんなの前に出る。
ゆっくりと開いていくコンテナの扉、そこに現れたのは、迷彩服を着て手に銃を持った奴らだった。
明らかに普通じゃない……。そう察した私は、みんなを背中に隠すように立った。この中で1番元気なのは私だから、みんなのことを守らなきゃと咄嗟にそう思ったのだろう。気がついた時には体が動いていた。
『不法入国者達か……出ろ!!』
私たちは彼女達のいうことに従って外に出る。
見る限り着ている迷彩服も手に持ってる銃もバラバラだ。明らかに正規の軍隊じゃないと判断した私は、みんなにも刺激しないように、彼女たちの指示に従うように促す。
『こっちだ! 早くしろ!!』
コンテナから脱出した私たちは、客席のあるフロアに入る。あ、あったけぇ……さっきは死ぬかと思ったけど、これなら大丈夫だ。冷えた体温がゆっくりと熱を帯びてくる。
私たちは空いてる席やスペースを指定されて座らされていく。
『おい、お前はここに座れ!!』
私は白衣を羽織った女性の隣に座らされた。
彼女は気分が悪いのか、顔面をポリ袋の中に突っ込んでいる。
だ、大丈夫? 吐きそう? 背中さすろうか? と聞こうとしたら、余計なことをするなと、先ほど私を席に座らせた奴に怒られた。
私たち全員が座ったのを確認すると、正面の中央にいたやつが手に持った銃を上に掲げる。
『聞け! 我々はこの狂った世界を正すために立ち上がった正義の淑女達である!!』
あーはいはい、なるほどね。そういう主張の人たちかー。これはあれですね、完全にテロリストで、この飛行機はハイジャックされちゃったって事かな? うん……普通に考えてやばくない?
『男性優遇社会、その裏で多くの女性達が犠牲になり、彼女たちは誰にも見えないところで1人静かに涙を流してきた! 胸に手を当ててよく考えてほしい。本当に男は必要なのか? 我々は女性だけで子をなす技術を得た。もう男という存在に、これ以上こだわる必要はないじゃないか!』
うーん……確かに、男の人の裏で泣いてきた女の人が多いのは事実だろうと思う。私もそこそこ胸がでかいから、顔を見られた後に胸を見られてガッカリされたことあったしな……。あくあ様くらいだよ、私の事をチラチラ見てきたのなんて、いやあ、本当にあれは良かった。今思い出すだけで、下腹部のあたりが熱くなる。
まぁ、それは置いといて、世の中には男性が嫌になりすぎて女性に走る人も少なくないと聞くし、私も何度か学校で女性からそういう告白をされたことがあった。カノンは立場的に難しいから、チラチラと見られるだけだったけど、私なんかは普通にグイグイくる人いたからなぁ。どうせグイグイ来るならあくあ様に迫られたいよ。そしたらすぐにOKしたのに。
『私たちの目的はただ一つ。スターズ正教から提出された男性保護法の改革案に政治家達がサインをし、敬愛すべき女王陛下に、我々の意見を奏上することである!! 愛すべき諸姉らには申し訳ないが、我々のこの主義主張を通すために、しばらくは我々に付き従ってもらう』
おそらく政府は折れないんじゃないのかなぁ……。いや、人の命を優先するということにして、政治家達は議会で改革案とやらを通して、全ての判断を女王陛下に丸投げすることもあり得るのか。うーん、そうなるとこれって、政治家と、そのスターズ性教とかいう卑猥な名前の宗教もグルなんじゃないの?
「くだらねぇな」
通路を挟んで反対側の席に座った奴が、私と同じ国の言語でボソリと呟く。
その声に聞き覚えのあった私は、顔をぐるりとそちらの方へと向けた。
「チッ、せっかくこっちは、さっきまでトイレの中でビスケットでハイになってたのによぉ!」
見覚えのあるビスケットをポケットから取り出した彼女は、特徴的なギザギザの歯でそれを噛み砕く。
身長が低く体の起伏も乏しい彼女の姿は、一見するとただの少女のようにしか見えないが、私が知る限り彼女は間違いなく大人の女性だ。
聖あくあ教とかいう、いい大人達が本気で悪の秘密結社ごっこをしてる団体の中で、粉狂い、ビスケットジャンキーと呼ばれている彼女は、何度か食事の時に顔を合わせたことがある。
こいつは私の中でも頭がおかしい奴らの筆頭だが、後からクレアに聞くと、聖あくあ教には他にもこんなのが10人くらいいるらしい。勘弁してくれ!! なんでそんな変なやつばっかいるんだよ。頼むから、トップのやつはちゃんとしてくれ!!
幸いにも私は聖あくあ教では目隠しをしていたから、こいつには私の正体はバレていないはずだ。他人のふりをしとこーっと。
『おい、お前!! 何をやってる!!』
ほら、言わんこっちゃない。この人たちは真剣なのに、大きな音を出して呑気にビスケット貪ってたらそりゃ怒られるよ。
「ああん? 私の晩餐の邪魔をしたのはお前らの方だろうが!!」
『何を言っている!? この国の言葉で話せ!!』
「はっ! テメェが話しかけてきたんだから、私のわかる言葉で喋るのが筋ってもんじゃねぇのか?」
あわわわ、なんか険悪な雰囲気になってきた。
落ち着こう、とりあえず一旦は落ち着いて話し合おうじゃないか。
ほら、そこの貴女もその物騒な武器を下ろそう。ね? ね?
『なんだこれは!?』
1人のテロリストが、粉狂いの手からビスケットを奪う。
あ……ヤベェ、粉狂いのビスケットへの執念はよく知ってる。
3食間食はもちろんのこと、こいつは砕いた粉を鼻から吸い込んでダラダラと粘着性のある液体を垂れ流すようなやべー女なんだよ。そんなビスケット中毒患者から、ビスケットを取り上げたらどうなるかは明白だ。
「返せ……」
『ああ? 何を……』
ビスケットを奪ったテロリストが何かを喋りかけた瞬間、粉狂いの拳骨でそいつは後ろに大きく吹っ飛ばされた。
「お前ら……私から、この粉狂いからビスケットを奪ったな?」
粉狂いはゆらりと席から立ち上がる。体が身震いするような怖気に、テロリスト達も固まっていた。
あ……これ、あかんやつだわ。間違いなくキレてる。
『動くな、銃を撃つぞ!』
銃を構えたテロリストに向かって、どこからともなく飛んできたお茄子様が直撃する。
「あらあら……そんなにイライラなさってはダメよ。お茄子様を食べて、使って♡ 貴方様もイライラした体を発散させましょう♡」
聞き覚えのある超がつくほどの甘ったるい声に、思わず吐きそうになった。
シスター服を着ていてもわかるむっちりとしただらしのない体つきと、口元の黒子。聖あくあ教の司教の1人。確か聖農婦、ナス・プロフェッサーと呼ばれている女だ。
「ほら♡ 粉狂いちゃんもお茄子様を食べて落ち着きましょう♡ お茄子様にはビタミンH♡ がいっぱい入ってるから、女の子の体にはとってもイイのよ♡」
「うるせぇ! 私にはビスケットがあればそれでいいんだよ! それに茄子にそんな卑猥そうなビタミン入ってるわけねぇだろ! 頭イカれてんのか?」
聖農婦は、元々は大きな企業の社長だったらしい。でもある日、あくあ様との出会いが、お茄子様という衝撃のワードが、彼女の人生を大きく変えてしまった。理想のお茄子を作る。そのために所有している土地の全てを茄子畑に変えて、社員を使って日々研究を積み重ねているらしい。それから彼女は聖あくあ教でも茄子狂と呼ばれるようになったが、粉狂いと似ているから嫌だという理由から、聖農と農婦を掛け合わせた聖農婦と呼ばれるようになった。
ちなみに性農婦とかいうツッコミは無しだぞ。
「ふぅん、粉狂いちゃんは、そんなのだから、頭もカリカリしてるし、体もおっきくならないんだよ♡」
「うるせえ胸でか女、お前はそんなんだから、頭の中がお花畑で、だらしのないメスくさい体をしてるんだよ」
確かこの2人って解釈違いってやつなんだっけ? 私からすれば茄子もビスケットもいいけど、そんな事に解釈違いもクソもあるのか? そういう理由から、この2人は仲悪いんだよな……はぁ、なんでよりにもよってこんな奴らを一緒に組ませて行動させているのか、上層部は誰か知らないけど、しっかりしろよ!! 誰だよ聖あくあ教のトップは! 言っとくけど、絶対に私じゃないからな!!
『お前ら大人しく……がっ……』
襲ってきたテロリストを2人は息の合った連携で薙ぎ倒す。おおっ! 仲が悪いと思ってたけど、そういうところはちゃんとしてるんだ……。
2人の戦いに感心していると、なぎ倒したテロリストの1人がこっち飛んできた。
「うわっ」
私は咄嗟にそれをかわしたが、隣の席に座っていた人がポリ袋を落としてしまった。
「あっ、大丈夫ですか?」
私は隣の人に声をかける。しかしその瞬間、私の体は粉狂いや聖農婦に感じたのと同じ反応をしてしまう。
悍ましいほどの恐怖……私は直感で、こいつもあいつらと同類だとわかってしまった。
「ふふ……ふふふふふふ……」
気味の悪い笑い声に、その場にいる全員が固まった。
ハイライトの消えた瞳と長ったらしい黒い髪が余計に怖い。
よく見たらこいつ、白衣の下にシスター服を着てる。完全にアイツらと同じ一派じゃねーか!! どうなってんだよ聖あくあ教!!
「せっかく、せっかく……再現したあくあ様の匂いに包まれて、頭の中で楽しくハッピィデェトしてたのになぁ。一体、どこの誰なんですかぁ? 私とあくあ様の逢瀬の時間を、大事な大事なお祈りの時間を邪魔した奴は?」
あ、こいつ、やべー奴だわ。私は一瞬で理解した。
「調香師! いるならお前も手伝え!!」
調香師という名前に、私は体をビクッと反応させる。
クレアから聞いたことがある名前だ。調香師……確か、リアル・クンカクンカーって呼ばれてる奴のことだろう。
確かクレアから聞いた話によると元々は大手化粧品の有名な調香師だったらしいけど、今はその職業で培った技術と自らのセンスで、日々、記憶の中のあくあ様の匂いを再現しようと頑張っているらしい。あくあ様が藤で撮影した時に本社からの助っ人として化粧品売り場に立っていたらしく、その時にあくあ様とすれ違って彼女の人生は狂ったとクレアからは聞いている。
「あぁ、臭い、臭い、メスの臭いをこんなにも撒き散らして。お前らのようなメス臭い汚物は、私の作ったあくあ様の性なる香りで消毒してやるよぉおおおおおおおお!」
調香師は両手に持ったスプレーボトルで、テロリストの顔に向かってナニかを噴霧する。
『オー、イエス♡』
『セシボーン♡』
調香師に何かをかけられた女たちは、地面に転がって艶かしい声を出しながらビクンビクンと体を痙攣させた。
「ひひひひひひひ! これぞ、我らが主神あくあ様の匂いよ。そこら辺のメスが、濃縮したあくあ様の匂いを嗅いで無事でいられると思うなよ。うひっ!」
な、なんだってー!?
私は思わず席から立ち上がりそうになった。
くっそ、あいつら羨ましすぎだろ。どうせなら私にも、それちょっとでいいからかけてくれないかなぁ……。
「あぁ……でも、まだまだ足りないわ。あくあ様の匂いはこんなものじゃない。もっと体の奥を貫くような、あんな香りを再現しなきゃ……あぁ、待っていてくださいね。いつの日か、私があくあ様の体を滴る黄金の汗の匂いから、パールのように美しい白いカスの香りまで全てを再現して見せますわ。ふふふふふふふふ」
私はそーっと、さっき調香師が落としたポリ袋を拾って、クンクンと匂いを嗅ぐ。
う〜ん、良い。あくあ様の匂いにはまだ遠く及んでいないが、それでも匂いの路線としては間違ってないと思う。
こいつ、なかなかやるじゃないか、後でクレア経由で匂い分けてもらおっと。
『くそっ、なんなんだよこいつらは!!』
テロリストさんたちの気持ち、よぉくわかります。私も他の乗客のみさなんも多分おんなじ気持ちだと思うな。うん。
「はっ! よく聞けテロリストども、私は聖あくあ教十二司教が1人、粉狂いだ! 聖女エミリー様の作られたハッピーになれる粉の素晴らしさを、お前たちの脳みそがトリップするまで刻みつけてやる!!」
「同じく聖あくあ教十二司教が1人、聖農婦♡ 聖女エミリー様からご指導して頂いたお茄子様の素晴らしさを、世の中の全ての女性に伝える聖の伝道師ですわあ♡ さぁ、貴女たちも一緒に茄子イク活動をしましょう♡」
「聖あくあ教……十二司教が1人、調香師。ほんの一瞬だけすれ違った聖女エミリー様の香りは、私に可能性を示してくれた。あのお方の香りを研究すれば、あくあ様の匂いに近づける気がするの。うふふふふふふふ」
おいいいいいいいいいいいいいいいいい!
お前たちの罪を全て私に擦りつけるな!! 私は無害だし、何もやってないだろ!!
ていうか調香師とか呼ばれてたやつ、一瞬、こっちみやがった……。
ヤベェ、この女、確実に私だと確信してやがる。他人だ他人、世の中そっくりな顔をしたやつが3人はいるとされているんだから、匂いだって似たような奴がいてもおかしくないだろ!! だから、どこから取り出したのかわからない注射器はすぐにしまえ!!
『せ、せっかくここまで念入りに計画を立てたのに、こんな変な奴らに阻止されるなんて……』
あ……テロリストのリーダー格と思わしき人物が、口の中にビスケットを詰め込まれ、ナスを突っ込まれ、吹きかけられた匂いで体を痙攣させながら倒れていった。
む、酷い。なんてことをするんだこいつら……。
「残りはコック♡ ピットにいる人たちだけね♡」
「おい、性農婦! 変なところで区切るな!!」
「さっさと終わらせて、聖女エミリー様の匂いを採取しなきゃ。あへ、あへへへへへへへ」
やばい。周りの乗客たちはなんか助かったと思ったのか、安堵した表情で歓声なんかあげてるけど、私的には全然助かってないぞこれ!!
「あっ!」
コックピットの方から大きな声が聞こえてきた。
あ、アイツら、またなんかやらかしたのか!!
私は慌ててコックピットのほうに向かう。
「ヤベェ、やっちまった」
粉狂いの前に倒れるテロリストとパイロット。
どうやら粉狂いのやつがテロリストを投げ飛ばしたら、パイロットに当たって気絶させてしまったみたいだ。
「あらまぁ♡ どうしましょう♡」
「観測者なら操縦できたかもしれないけど、厳しそう」
観測者……ああ、りのんの事か。って、えっ? ちょっと待って、アイツってジェット機が操縦できるの!?
ていうか、りのんって確かただの司祭だったのに、聖あくあ教十二司教とかいう変なグループに昇格してねぇ? そういえばクレアも司教って呼ばれてたし、なんだかすごく嫌な予感がする。
「よしっ、じゃあしゃーねぇから消去法で私が操縦するわ」
おぉっ! 粉狂い、お前もそんなこともできるのか!?
ただのビスケットの粉をはふはふしてるだけの奴なんて思っててごめんな。
「あらぁ♡ 粉狂いちゃんは、操縦できるのぉ?」
「問題ねぇ。配信中にゲームでやったことがある!」
ゲームかよ!! ふざけんなよお前!!
思わず突っ込みそうになった。確かに最近じゃ正確なフライトシミュレーターゲームとかあるらしいけど、人の命がかかってるんですよ!! それで問題ないと言い切るあたり、不安を通り越えて恐怖しかない。
これワンチャン、死ぬかもしれないな。念の為に遺書でも書いとくかと思った瞬間、天井のスピーカーから誰かの声が聞こえてきた。
「はーい! 盛り上がってるところ悪いけど、飛行機の操縦は遠隔操作で私がプログラミングするから大丈ブイブイ!」
やけに明るい声で、本当に心配になる……。
ていうかもう声だけでわかったよ。こいつもこの変な奴らと同じ一派の奴らだ。
聖あくあ教とかいうの、頭のおかしい奴しかいないから声聞いただけで秒でわかる。
それにしても、この声の主、声が若いな。中学生くらいの女の子の声にしか聞こえない。
「管理人。ハイパフォーマンス・サーバーか……お前、仕事は大丈夫なのか?」
「もちのロンロン! 私が、大事な大事なあくあ様のサーバーを落とすわけないジャーン! それよりお姉ちゃんが来る前にさっさとどうにかするね」
ハイパフォーマンスサーバーさん……。えっ? ハイパフォーマンスサーバーって、あのハイパフォーマンスサーバーさんのこと!?
「はいはいはいはい、ポチッとな!!」
ポーンという音の後に、飛行機全体にハイパフォーマンスサーバーこと管理者のアナウンスが聞こえる。
「えーと……当機は今から着陸体制に入りますので、皆さんシートベルトをご装着の程よろしくお願いしまーす! つ・ま・りぃ、何が言いたいかっていうと、ミンチになって死にたくなけりゃ大人しく座ってろよ……ってことね!」
管理者のアナウンスの後に、スターズの言葉に翻訳された機械音声のアナウンスが流れる。
「というわけでぇ、そこから見えるだろうけど、目の前に見えるあのおっきい川に着水するようにプログラミングしたから、みんなは泥舟に乗った気持ちで安心してよ!」
泥舟っておい! そこはせめてもうちょっと大船とか言ってくれよ!!
不安でちびりそうになっちゃったじゃん……。
「あっ! それと〜、不法入国さんも多分捕まったらアウトだから、陸に着いた瞬間がラストチャンスだから気を抜かないでね〜?」
気のせいかもしれないが、さっき天井の監視カメラと目があった気がした。いや、私の気のせいだよな?
とりあえずここに突っ立ってたらやばい。私はさっきのフロアに戻ると、あへ顔で体を痙攣させてるテロリストたちをなんとか席に座らせようとする。怪我しちゃかわいそうだし、ちゃんと固定させとかないと。
私の行動を見た他の乗客の皆さんも手伝ってくれて、なんとか全員を席に座らせることができた。
「ふぅ」
私が席に着席すると、機内アナウンスから粉狂いの声が聞こえてきた。
「死にたくねぇ奴らは、あくあ様にお祈りしときな! 今から着水するぞ!!」
シートの前のテレビや、前の大きな画面にあくあ様の画像が映し出された。
私は体に巻き付けたシートベルトをぎゅっと握りしめる。
こんなとこで死にたくない。頼む頼む頼む、あくあ様助けて。私はポケットの中から取り出したあくあ様のお写真にぶちゅっとキスをした。
「あくあ様! あくあ様! あくあ様!」
「あぁ、最後にあくあ君の顔が見られるなんて幸せ……」
「諦めちゃダメ! まだヘブンズソードだって終わってないんだよ!」
「ライブだって、延期したCRカップだってあるんだから!」
「せっかく、あー様に出会えたのに、こんなところで死にたくない!!」
「そうだよ。きっとあくあ様だって見守ってくれてるよ!」
「みんなであくあ様にお祈りしましょう」
「お願い、あくあ様、私たちのことを助けて!!」
私が再びあくあ様のお写真をポケットの中にしまうと、数秒後、ふわりと機体が下に傾く。それから少しの間は生きた心地が全くと言っていいほどしなかった。
「皆様、当機は無事着水に成功しましたぁ♡ ただいまからスライドを展開しますので、ゆっくりと♡ 慌てず♡ お外に出ましょう♡」
なんか汚いアナウンスだな。性農婦、アイツが喋ると全部卑猥なものに聞こえてくる。
機体が無事、着水したのを確認した乗客たちから大歓声が上がった。
『助かったああああああ!』
『ありがとう! 聖あくあ教!! ありがとう、あくあ様!』
『さっき、テロリストの人を席に運んだ時、すごくいい匂いがしたわ』
『あれってあくあ君って名前の男の子の匂いを再現したって言ってたけど本当かしら。』
『ええ、私も同じことを思ったわ。あんな良い匂いのする男の子って実在するのね』
『あくあ様って何者? さっき着水の前に画面に出てたあの男の子のこと?』
『えっ? 東の島国には、あんなかっこいい男の子がいるの? 嘘でしょ……』
あれ? 外国の人たちが、なんかあくあ様の話で盛り上がってない?
もちろん、あくあ様の話で盛り上がってるのは外国の人だけじゃない。
「やっぱりあくあ様はヒーローだったんだ……」
「ごめんね、聖あくあ教なんて胡散臭いって思ってたけど、帰ったら絶対に入信する!」
「あくあ様しか勝たん!!」
「死にかけて分かったわ……やっぱりあー様しかいないって、私なんて接点もないしって諦めてたけど、後悔しないように頑張る!」
「私も!! たとえお近づきになれなくても、あくあ様をお支えしたい!」
「みんなで聖あくあ教に入ろうよ!」
「うん、そうしよう!」
「あーくあ!」
おい! これ絶対にサクラとか紛れてるだろ!!
先生は怒らないから素直に手をあげなさい! さっきの、うん、そうしようって言ったやつ、口の端がにやけてたぞ。鈍い私でも、お前だけは確定で聖あくあ教だってわかるわ。あと最後の奴は誤魔化せないからな!!
私は帰国したら、絶対にあの変な団体から足抜けしてやる。あんな大人になって、本気で悪の秘密結社ごっこやってるようなやべー奴らと同類と思われたくないしな。
「スライドを開くから、怪我をした人や1人で歩行するのが困難な人から順番に前に来てくださーい」
それから少しするとスライドが展開したから、私たちは気絶したパイロットやテロリストたちをスライドの上に運びつつ、乗客全員でスライドの上に乗った。スライドは本来、飛行機が緊急着水した時に、緊急脱出用にタラップの代わりに使われるものだが、水面に浮かべて切り離すことでゴムボートの代わりとしても使えるようになっている。
近くにいたいくつかの小型船やボートが私たちの存在に気がついて、スライドの上から陸まで運んでくれた。
「あ、ありがとうございます」
私はお礼を言って救出してくれた小型船から降りる。
よしっ、不法入国から逃れるためには、もうこのタイミングしかない。
そう思った私は、遠くから聞こえてきたパトカーや救急車、消防車のサイレンを背にして、野次馬たちの群れの中に紛れてそっと姿を消した。
とりあえずこのままの格好じゃまずいと思った私は、裏通りに捨てられていたゴミ袋の中に入っていたシスター服に着替える。ヨシっ! これでひとまずは大丈夫だろう。
私は何食わぬ顔で、裏通りから大通りに出る。
『貴女、そんなところで何してるの!』
「えっ?」
もしかしたら正体がバレたのかと思って、びくっとしたが、相手の雰囲気を見る限りどうやらそうじゃないっぽい。
『貴女も派遣されてきた人でしょ。早く行きましょう! 今は結婚式に向けて人が必要なのよ!!』
「ちょ、ちょっと……」
恰幅のいいおばさんに手をつかまれた私は、空の上からも見えた一際大きな教会へと無理やり連れて行かれた。
Twitterでお知らせとか、たまに投票とかやってます。
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森川楓こと○○スキーの日常回のお話を投稿しました。
せっかく開設したからにはこっちも有効活用したい……。
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