白銀あくあ、4分の2。
スターズに到着した俺たちが最初に向かったのはジョンのいるスタジオだ。
「あくあ! 久しぶり!!」
「ジョン!」
俺はジョンと軽くハグをする。
あれからまだ数ヶ月しか経ってないけど、元気そうで何よりだ。
たまにテレビ通話で話したりするけど、こうやって顔を合わせて会話するのとはまた違う気がする。
「クリスも、あの時は世話になったよ」
「ああ、あくあも元気そうで何よりだ」
俺はウォーキングを指導してくれたクリスとも再会を喜ぶ。
「せっかくだ、まずはゆっくりして行ってくれ」
ジョンは天我先輩や、とあ、慎太郎たちともハグを交わし、俺たちを暖かくスタジオの中へと招き入れてくれた。
スタジオの中は5階建てになっており、俺たちはエレベーターに乗って3階を目指す。
3階はジョンがメインに使うフロアで、壁をぶち抜いた大きな部屋の中には、制作途中の服をかけられたトルソーが沢山並んでいた。俺たちは部屋の中に乱雑に置いてあったパイプ椅子を動かして座る。
「本当なら仕事の話をしたいところだが、それはもっとちゃんと落ち着いてからにしようか。まずは、カノン王女殿下の結婚についての話だったね」
ジョンは立ったままのクリスに目配せする。するとクリスは近くにあった大きなホワイトボードにペタペタと写真を貼った。
「まず今回の件に関していえば、主に動いているのはスターズ正教だ」
ジョンはホワイトボードに貼った写真の一枚を指差す。
そこはかとなく幸が薄そうな感じの人で、どちらかというと守ってあげたくなるタイプというのだろうか。
なぜかはわからないけど、同級生のクレアさんの事が重なって見えた。
「スターズ正教の主教を務めるのは、キテラという名前の女性だ。年は40前と主教としてはまだ若いが、前主教が辞める時に異例の13人抜きで次の主教に指名されている。私も過去に一度話したことがあるが、かなりのやり手だよ」
ん? 40前? 写真見るとまだ20代後半くらいにしか見えないような気がするけど……えっ!? これ十数年前の写真とかじゃないよな? 母さんといい、この世界の女の人はどうなってるんだ……。
「あくあは、スターズ正教がどういう宗教か知ってるかい?」
ジョンの質問に俺は首を左右に振る。
基本的な知識としてそういう宗教があるっていうのは、スターズの事を勉強する上で知ってたけど、俺が知っているのはあくまでも学校の授業で習うくらいの事で、現地の人が知るような詳しいことまでは何一つ知らない。
「うん、いいだろう。スターズ正教というのは、もともとは保守的な宗派でね。減っていく男性の数を、みんなで守るために立ち上げられた宗教なんだ」
学校の授業でも習ったけど、スターズ正教の元となる団体ができたのは今から数百年前だ。男性出生率の低下、それに合わせて出来たのが最初の始まりとされている。元々は宗教色は薄く、今でいうところの有志によるボランティア活動のようなもので、スターズ正教ではなく、男性のことを考える有志の婦人会という名前だった。
ジョンの説明によると、有志の婦人会が発足してからも男性の出生率は下がっていくばかりで歯止めが効かなかったそうだ。やがて国や企業、国民と一体になって解決を模索するが打つ手は見つからない。いわゆる神頼みくらいしかできなかった時に、男性のことを考える有志の婦人会でも大きな変化が起きて、より宗教色を強めていったらしい。それがスターズ正教の始まりとされているそうだ。
「ただ、知っての通り、最初はそれでも良かったけど、数百年もすれば男性だって私やクリス、あくあや君達のように何かをしてみたいと思っている男性が出てくる。それをきっかけに、スターズ正教の中でもいくつかの変化があった」
ジョンはホワイトボードに、社会派、保守派、過激派の三つの単語を書き込む。
「その変化の結果、今のスターズ正教は大きく分けて3つの派閥に分かれているとされている。男性の保護という基本的なところはそのままに、男性の社会進出をサポートしようとする社会情勢に合わせて変化していった派閥。その一方で従来のように男性の保護を最重要として掲げ、あまり大きな変化を望まない保守的な派閥。そして……3つの派閥の中でも1番厄介なのが、女性完全至上主義派閥と呼ばれる過激派だ」
何やら物騒な単語に、俺たちベリルの男組は顔を見合わせた。
「女性完全至上主義というのは、ここ十数年で出てきた派閥でね。彼女たちの主張は、女性同士での交配を神聖なものとし、男性などこの世界にはいらないのではないかという主張を繰り広げているんだ。最初はごく少数だったけど、その数は年々増えていっていると聞く。そしてその派閥を取りまとめているのが司教ミーズだ」
ジョンはスターズ正教のトップ、キテラさんの隣に貼られた女性の写真に指を差す。
スレンダーな体型のミーズさんは一見すると穏やかな感じの女性で、とてもじゃないがそんな過激な感じの人には見えない。でも、俺の隣にいるとあは、あくあはこういう人に騙されそうだよねと呟いていた。解せぬ……。
「ちなみに保守層の派閥のトップはキテラで、私たちのような男性を支持してくれる層のトップを務めているのが司教シェラ様だ」
シェラさんはスレンダーな体型のミーズさんとは真逆で、とても豊かなものをお持ちの女性だった。
ふふーん、なるほどねと思っていたら、隣にいたとあが俺の方をじーっと見て、さっきのキテラさんといい、あくあが好きそうな感じの女の人らしい体付きをしてるね、と呟いていた……ちょっ、なんでわかるんだよ!?
「スターズ正教は今や、この国の政治家とは切っては切れぬ関係にある。そんなスターズ正教が、政治家たちを唆したのがことの始まりだ」
留学中の王女殿下が、他国の男と恋に落ちてこの国から離れていくかもしれない……。
ジョンの説明によると、次の女王陛下の候補者は3人いて、その中でもカノンはスターズの国民からダントツの支持を得ているそうだ。そんな彼女がこの国を去るかもしれないと聞かされて政治家の人たちは焦ったらしい。
それが今回のことの発端だった。
「とはいえ、王族の結婚に対して政治家は口を出せない。そもそもカノン王女殿下を強制送還したのは、フューリア女王陛下の決定と、王配であるハーキュリー殿下の承認があってこそだ。私はそこが不可思議だと思っている。お二人はカノン王女殿下を溺愛なされていると聞くし……今回の事だって、あくあと付き合っているという事実を知っていれば、カノン王女殿下の意思を無視した結婚だとしか思えない。私はどちらともお会いしたことがあるが、フューリア女王陛下も、ハーキュリー殿下も子煩悩で、慈愛に満ち溢れたとてもお優しい方達だ。もしかしたら何か弱みを握られているのかもしれない」
俺はお二人のことは写真や映像でちょこっとだけしか見たことがないけど、ジョンがそういうのならそうなのだろう。
「あと申し訳ないけど、結婚相手に関しては何もわからなかったよ。私もパトロンを通じて、探ってみたが何一つ情報が出ない。一体、誰と婚約し結婚するのか、全くの謎だ」
「いや……ありがとうジョン、入国許可証だけじゃなくって、こんな短い時間で色々と調べてくれて感謝するよ」
俺は申し訳ないと言ったジョンに感謝の気持ちを伝える。
こんな我儘に近い要望を叶えてくれて、ありがとうの言葉だけでは伝え切れないと思った俺は、立ち上がってジョンに頭を下げた。ジョンはそんな俺の肩にそっと手を置く。
「気にするなよ、あくあ。君がいつもそうしているみたいに、私だって友人を助けたかっただけなんだ。それでも、もし……君が気にするのならば、これはランウェイの仕事を突発的に受けてくれた事へのお返しのようなものだと思ってくれていい」
「わかったよジョン。君のその気持ち素直に受け取るよ」
俺は頭をあげると、再びジョンと固く握手を交わした。
「さて、問題はここからだ。どうやって、あくあを王女殿下のところへ連れていくかだけど……当日、私は王女殿下の元にドレスを持っていく予定にしているが、直接王女殿下に会えるわけではない。また同行者を連れていくことは許されていないから、このルートを使って王女殿下に近づくことは不可能だろう。そこでもう一つのルートを使うことにした」
ジョンとクリスは、近くにあった大きなケースを二つ、テーブルの上に置くと、鍵を開けてその中身を俺たちに見せつける。
「これは……!」
中に入っていたのは、見覚えのある金色と銀色のヘルメットが一つずつ。スターズとのフェスティバルで一緒に仕事をしたトラッシュパンクスの2人が被っているヘルメットだった。
「当日、王女殿下の結婚を祝って2人はライブをすることになっている。彼らのステージが行われるのは、結婚したカノン殿下が教会から出て王宮へと向かうときのお見送りだ。つまりそれまでは結婚式場の近くで待機する予定になっている。結婚式当日になってしまうが、結婚前のカノン王女殿下にコンタクトを取るとしたら、警備の厳重な王宮に忍び込むより、遥かに此方の方がカノン王女殿下に会える可能性は高いだろう」
ジョンの言葉に、阿古さんが手を挙げる。
「ヘルメットを被っていても、中を確認されてはおしまいだと思いますが?」
阿古さんの質問にみんながその通りだと頷く。だが、ジョンはこの疑問に対して首を左右に振る。
「トラッシュパンクスの2人は、これまでも一度も素顔を晒していない。だから本当のところは男なのか女なのか、この私だって素顔を見たことがないからわからないくらいだ。だからステージを引き受ける条件として、決して素顔を見せないということを条件に引き受けたと聞いている」
ジョン曰く、本来であればそんなことは絶対に許されないそうだ。
でも結婚までの時間があまりないことや、スターズ正教の中にも三つの派閥があるように、政治家や王家に近い人達の間でも意見は一つには纏まっていないのだろう。だから許可が出たのではないかとされている。
本当にカノンに会えるかもしれない……。
最初は無理だと諦めていたが、多くの人が手を貸してくれて、俺をカノンに会わせようとしてくれている。みんなのその温かい気持ちと優しさに、胸の奥が熱くなった。
「ありがとうみんな……!」
俺の頬に自然と涙が伝う。それを見た天我先輩が俺の頭をポンと叩く。慎太郎は俺の肩を叩き、とあは俺の背中に手を置いた。もうこれ以上は迷惑をかけられないな。そう思った俺は、感情が落ち着くのを待ってから、みんなの顔をゆっくりと見渡す。
「ここから先は俺が1人でやる。だから、みんなは知らなかったことにしてくれ。それで通用するかはわからないけど、俺がやろうとしてることは不敬罪を通り超えて国家間の問題にすらなり得ることだと思う。だから俺が捕まった時は、みんな知らなかった事にするか、無理矢理協力させられた事にしてほしい」
誰しもが口を開こうとした瞬間、俺はさらに強い言葉でそれを牽制した。
「頼む!! これだけは絶対に譲れないことなんだ。阿古さんならわかると思うけど、もうベリルは俺だけの事務所じゃない。みんなを守ってほしい」
「あくあ君……わかったわ」
阿古さんは強く唇を噛んで、血が出るのじゃないかと思うほど拳をぎゅっと握りしめた。
鈍い俺だって阿古さんの今の気持ちくらいは理解できる。きっと阿古さんはついてきたかったのだと思う。でも、俺がみんなを安心して任せられるのは阿古さんだけだ。今回のことで3人をこれ以上は巻き込みたくない。
阿古さんが我慢をしている姿を見たら、他の人たちも何かを言いたそうだったけど、全員が口をつぐんだ。
「待ってください……。トラッシュパンクスはお二人ですよね?」
その中で1人、口を開いたのは桐花さんだ。
「だったら最低もう1人はいるはずです。それにトラッシュパンクスの2人の身長を考えても、銀色のヘルメットはあくあさんが、金色のヘルメットを私が被ればちょうどではないでしょうか?」
確かに桐花さんのいう通り、トラッシュパンクスは2人組だ。そして俺たちの身長を考えるとこの場で最も違和感がないのが桐花さんだと思う。桐花さんは女性にしては身長が高くて、俺と数センチしか変わらない。男性陣を見ると、天我先輩はデカすぎるし、とあは逆に小さすぎる。ジョンやクリスは俺より少し高くて、黛は俺と同じくらいだ。女性陣を見るとりのんさんは俺より大きいし、阿古さんやクレアさんはとあ同様に身長が足りてない。どう考えても桐花さんしか選択肢がない。
「お願いします! 私もあの子のところに、カノンのところに連れて行ってくれませんか?」
俺は桐花さんの言葉に小さく頷いた。
「わかりました。でもなんかあった時は俺の責任にしてください。絶対に無理やり手伝わされたと言ってくださいね」
「……はい」
俺の言葉に、納得してくれたのかどうかはわからないけど、桐花さんは頷いてくれた。
こうして数日後、俺と桐花さんは、ジョンの用意してくれた白いスーツと、トラッシュパンクスのヘルメットを装着して会場へと向かう。ちなみにトラッシュパンクスの2人はアリバイづくりのために、決行日前にジョンのところで合流して感謝の気持ちを伝えた。
「到着した。後の健闘を祈る」
俺は送ってくれたクリスと握手をして別れる。
とりあえず一旦は控室に入ってから、隙を見て抜け出そうと思う。
そんなことを考えていたら、見覚えのある人が控室の前でスタッフの人と押し問答をしていた。
「だーかーら、取材許可はちゃんと取ってるんだってば!! ほら、見なさいよ!! 友好国の国営放送を敵に回すつもりじゃないでしょうね!!」
すごいな……現地の言葉を使わずに勢いだけで押そうとしてる。
いつもより5割増し元気そうな彼女は、俺たちの存在に気がついたのか此方へと視線を向けた。
「あっ! トラッシュパンクスのお二人ですね! どーもどーも、お久しぶりです! 国営放送の森川、貴方の森川楓でーす! いやあ、この前のスタフェス以来ですよね。ね! ちょっと、ほんのちょこーっと、先っちょだけでいいから、そこでお話聞かせてもらえませんかあ?」
国営放送の森川楓さん。俺の喫茶店の常連さんで、ランウェイでのインタビューや、朝の美術番組、そして藤のトークショーでもお世話になった人だ。まさかこの地で彼女と会えるなんて想像もしていなかったことである。
ちらりと隣の桐花さんへと視線を向けると、彼女は俺にしか聞こえない小さな声で呟く。
嘘でしょ……。
あっ、そういえばこの2人も知り合いだったのか。
俺はこのスターズの地で起こったまさかの奇妙な巡り合わせにびっくりした。
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森川楓こと○○スキーの日常回のお話を投稿しました。
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