白銀あくあ、スターズに降り立つ。
目が覚めたら飛行機の中だった……。
何を言っているのかわからないと思うけど、俺自身も何を言っているのかわからない。
ただ一つわかっているのは、ここが飛行機の中で空の上だということだけだ。
「あら……目が覚められましたか……?」
後ろから声が聞こえてきたので、俺は慌てて振り向く。
清涼感のある雰囲気と、同級生にしては落ち着いた佇まい。声の主は、椅子に座った同級生の千聖クレアさんだった。うたた寝をしていたのか、目を擦って小さくあくびをする。
え? ちょっと待って、なんでこんなところにクレアさんが……どういうこと!?
ますます頭の中が混乱する俺に、クレアさんは優しい声で話しかける。
「いいですか、落ち着いて聞いてください」
何やらとてつもなく不穏な発言に俺はゴクリと息を飲む。
「まず、ここは藤の会長さんが手配してくれたプライベートジェットの中です。ちなみに白銀さんは、寝ている間にモジャさんとノブさんがこの機内まで運んでくれました。私たち女性陣は誓って触れてないのでご安心ください」
頭の中で俺を担いでエッサホッサと運ぶモジャさんとノブさんの姿が思い浮かぶ。
ど……どうせなら、女の子に運んで欲しかった……。とは言っても俺の身長を考えると女の子が運ぶのはまず無理だろう。なんか少し残念な気持ちになったが気のせいということにしておこう。
「そして私たちは今、スターズに向かって飛行中です。出国許可証は、白銀君の搾精担当者の深雪ヘリオドール結様が政府を通じて手配してくれました。ちなみに入国許可証の方はジョン氏とトラッシュパンクスのお二人が、新曲の制作と現地でのコロールのイベントを兼ねてということで手配してくれております」
深雪さんの名前を聞いて胸が苦しくなる。彼女には申し訳ないことをしたのに、今回の事で甘えてしまってよかったのだろうかと罪悪感に苛まれる。
そして、ジョンやトラッシュパンクスのみんなにも感謝の気持ちで胸がいっぱいだ。
大勢の人に迷惑をかけちゃったな……これは何かの形でお返ししないといけない。
「それと深雪様から伝言です。必ず王女殿下を連れて帰るように、私もこのような形で決着がつくことは望んでおりません。どうか白銀様がご無事に帰国される事を待っております……とお聞きしております」
深雪さんのかっこよさに心を打たれる。俺はカノンのことが好きだから、彼女の……深雪さんの気持ちに応えられなかった。果たして俺の対応はあれで正しかったのだろうか……深雪さんには笑っていてほしい。そう思っているのに、俺は深雪さんに辛い顔ばかりをさせている気がする。
「失礼します」
俺とクレアさんが話していると、見知った人が部屋の中に入ってきた。
「りのん……さん?」
またしても俺は意外な人物に出会う。
神狩りのんさん、俺の家の真向かいに住んでいる人だ。
りのんさんはランニングの行きや帰りですれ違うことが多く、最初は挨拶だけだったけど、それがきっかけで自然と世間話のような会話をするようになったんだよな。だから全く知らない仲というわけでもない。
「あの……どうして、りのんさんやクレアさんがこんなところに?」
俺がそう聞くと、クレアさんがゆっくりと口を開く。
「りのんさんは藤の会長さんの秘書をなさってる方で、今回は私たちのこの旅にご同行していただいております。そして私は……そうですね。実は私の親が藤の会長さんとは旧知の仲でして、白銀さんとは別件でスターズに用事があるので、プライベートジェットを手配してくれていたのです」
「すみません。2人とも、俺のために……」
なるほど、そういう理由があったのか。俺は2人に頭を下げる。
「気にしないでください。私は元々、スターズに行く用事がありましたし、そのおかげで手配していたプライベートジェットがこのように白銀さんのお役に立てたのですから」
「りのん、これが仕事……だから気にしなくていい……」
りのんさんは少し照れくさそうに、クレアさんは優しげな笑みを浮かべながらそう言ってくれた。
「ところで、りのんさん、どうかしましたか? 何かご報告があってここに来られたのでは?」
「あ……コンテナを積んだ飛行機……シグナル消えた。どうしたらいい?」
りのんさんの言葉を聞いたクレアさんは、さっきまでの優しげな笑みが嘘のように、なんとも言えない表情でこめかみを押さえる。何か強烈な頭痛でもしたのだろうか?
「あー……まぁ、どうにかなるんじゃないんでしょうか。うん、なんかそんな気がします。そういうことにしておきましょう」
「わかった」
何かとてつもなく大きな問題が起こってるような気がしたけど、俺の気のせいだろうか?
そんな事を考えていると、機内アナウンスで目的地へ間も無く到着することが伝えられる。
「白銀さん、よろしければシャワールームもございますし、着替えの方もご用意させていただいておりますので、さっぱりとされてはどうでしょうか? 私たちとベリルの皆さんは隣の大部屋で待っておりますから、準備を整えてから来てください」
「あ……はい。何から何までありがとうございます」
俺はお言葉に甘えてシャワーをお借りすると、用意してくれた新しい服に着替える。
どこかで見たことがある服だと思ってたら、自宅に置いてる自分の服だった。
「ん?」
何やら違和感のようなものを感じた俺は、ポケットの中に手を突っ込む。
そしたら中には小さなメモ書きのような物が挟まっていた。
メモ書きを読もうとしたら、飛行機が着陸態勢に入ったので、俺は慌てて近くの椅子に座ってシートベルトを締める。ふぅ……俺は手に持ったメモ書きへと改めて視線を落とした。
『お話はあとで聞きますから、ちゃんと無事に帰ってきてね』
これは母さんの字だ。母さんの字は達筆だからすごくわかりやすい。
『兄様、どうかご無事で……帰ったら、色々とお話聞かせてくださいね』
小さく可愛らしい字はらぴすの書いたものだ。
一見すると普通のことを書いているようにしか思えないが、後半のへんが何か不穏な雰囲気が出てるのは気のせいだろうか?
『あーちゃん。私は会社に残るけどどうか無事に帰ってきてね』
最後に書かれていたのは、しとりお姉ちゃんの字だ。
家族の言葉に心が温かくなる。
「よしっ!」
俺はシートベルトを外して座席から立ち上がると、鏡の前で再度気合を入れ直す。そして、みんなの待っている大部屋へと向かう。
大部屋に入るとクレアさんとりのんさんの二人以外にも、天我先輩、とあ、慎太郎の三人と阿古さん、桐花さんが待っていた。どうやら俺を運んでくれたモジャさんとノブさんもお留守番組のようである。
「少しはマシな顔になったな後輩」
「天我先輩……ありがとうございます!」
俺は天我先輩と手をあげてガッチリと握手する。
あの時の天我先輩の言葉が俺を再び立ち上がらせてくれた。それほどまでに先輩の言葉は真に迫っていて、俺の心を強く揺り動かしたのである。
「あくあ、その様子じゃいつものお前に戻ったみたいだな」
「慎太郎、ありがとな」
俺は慎太郎とも同じように握手する。
あの時の慎太郎の言葉が俺の背中を押してくれた。俺はいつだって慎太郎には背中を押してもらっている気がする。
「あくあはやっぱそうじゃないとね」
「ああ、ありがとう、とあ」
俺はとあとも同じように握手をする。
とあの言葉でほっぺたを引っ叩かれた気がした。あのおかげで目が覚めたと言っても過言ではない。
「阿古さん、桐花さんもありがとうございます」
「うん! その様子じゃもう体調の方はバッチリみたいね」
阿古さんは笑みを浮かべると、みんなの顔を見渡す。
「はっきり言って、スターズに行くのはまだまだ先だと思ってたけど、逆に良い機会だと思うことにするわ。だからみんな、派手にいくわよ!!」
阿古さんの言葉に身が引き締まる。
初めて阿古さんに会った時、仕事に疲れていて、とてもじゃないけどそんなに頼り甲斐のある人だとは思えなかった。
でも今、俺たちの目の前にいる阿古さんはどうだろう。ジャケットを肩にかけ、腰に手をついて胸を張り、高いピンヒールの靴で、堂々とした表情で立っている阿古さんの姿に、もはやその頃の影はない。
俺が会ってきた人の中でも、阿古さんが1番変わったんじゃないだろうか。今の阿古さんの姿を見て、俺はあの時、阿古さんに声をかけてよかったと改めてそう思った。
「さぁ、うちの自慢の子たちを、スターズの皆さんにお披露目しましょうか」
ゆっくりとプライベートジェットの搭乗口が開いていく。
みんなが俺に道を開ける。
「みんなありがとう。それじゃあいくぞ!」
俺は先陣を切ってプライベートジェットから降りる。一歩外に出た瞬間、大量のフラッシュが俺の視界を遮る。どうやら外には多くの報道陣の方が詰めかけているようだ。
フラッシュが一旦収まったあと、俺は手をあげて応えると、また多くのフラッシュが焚かれる。
俺はその中をゆっくりと降りていく。タラップを降りた先にはレッドカーペットが敷かれており、その左右のパーテーションの向こう側に報道陣の人たちが大勢いる。俺は左右満遍なく手を振って、真っ直ぐ前に進む。
すごい報道陣だけど、やっぱりジョンやトラッシュパンクスとの仕事のせいだろうか。3人ともスターズ……いや、世界じゃ超がつく程の有名人だし、当然のことだ。俺も3人の名前を汚さないようにしないとなと気合が入る。
先陣を切る俺の後ろを、とあ、慎太郎、天我先輩の順で続く。間には阿古さんや、桐花さん、りのんさん、クレアさんや警備の人たちが俺たちをガードするように囲む。
『白銀あくあ……実在したのね……』
『私もてっきり、最新のAR技術を使ったCGか何かかと、ほらあの国はそういうの得意でしょ』
『オゥ……今、ミスター白銀が私の目の前を通った時、ふわっと良い香りがしたわ』
『あれが、ミスターオーバジーン……あの噂は本当のことなのかしら?』
『シット! 彼の吐息が聞こえないわ。黙ってて!』
『ホワッツ!? ミスタートア? ミストア??』
『良いわね、ミスター慎太郎、彼は磨けば光るタイプよ』
『ミスター天我……何かとってもアダルティな雰囲気がするのは私の気のせいよね?』
報道陣は俺たちの方を見て何やらコソコソと会話をしていた。残念ながら距離があるので何を喋ってるかまでは聞き取れなかったが、値踏みされているように感じる。
俺はあのランウェイ以来、こっそりとスターズの言葉を勉強して最低限の日常会話くらいならできるようになった。だから今こそ、その成果をお披露目するときなんじゃないか? 俺は先程の阿古さんの言葉を思い出す。
派手にいくわよ。
そのために何をすれば良いのか考えた俺は、スッと視線を横に向ける。何人かいた報道陣の1人、SBCと書かれたマイクを持ったお姉さんと目が合う。俺は動きを止めると、ゆっくりと優しげな表情で彼女の方へと向かう。
マイクを持ったお姉さんは左右に首を振ると、えっ? 私という顔をした。少し緊張しているような表情をしていたので、俺は和やかな雰囲気でフレンドリーに話しかける。
『ハイ!』
『ひゃっ、ひゃい……!』
俺の方から話しかけると、お姉さんは慌ててマイクを落としそうになったのでそれをキャッチする。そしてそのマイクを手渡すときに、さりげなく彼女の肩にタッチして、そんなに緊張しないでと向こうの言葉で伝えた。
女性の体に簡単に触れるなんてまずいかなと思ったけど、前世で外国のアーティストが来日した時もそんな感じだったし、まぁ、大丈夫なんじゃないかな?
『あ……あの、ミスター白銀、スターズへの急な来訪、その目的についてお聞きしてもよろしいでしょうか?』
『それに関しては近々、ベリルエンターテイメントから発表があると思うよ。これ以上は、まだちょっと俺からは何も言えないかな……ごめんね。せっかく質問してくれたのに』
俺はお姉さんに申し訳なさそうな表情を見せる。
ちらりと後ろを見ると、俺の動きを見て、先輩やとあ、慎太郎の3人も立ち止まって近くのインタビュアーの質問に流暢なスターズの言葉で答えていた。えっ? 待って、みんな俺よりスターズの言葉うまくない? なんかちょっと最初に意気揚々とインタビューに答え始めた俺が1番拙いってどうよ……俺はかっこ悪さを誤魔化すように、その他の全てを駆使して足りない分をカバーする。
小雛さんに知られたら、また小手先でカバーしてと叱られそうだ。
『はぅ……そ、その、スターズのどこかに立ち寄るご予定とかありますか?』
『せっかくなので、みんなでどこかでアフタヌーンティーをしたいかな。どこかおすすめの良いお店知らないかな?』
俺がそう聞くと、お姉さんはいくつかのお店の名前を上げてくれた。そして俺は、お姉さんの話が終わるのを見計らってあえてカメラに視線を向ける。
『あとそうですね……スターズに来たのですから、女王陛下の住んでおられるお城を眺められればなと思います』
この放送をカノンが見ているかどうかはわからない。でも、もしこの放送をカノンが見てくれているなら、安心して待っていてくれ。たとえもし、今が辛い状況でも必ず俺が迎えに行く。そうカノンに伝えたかった。そしてこれは、俺なりのスターズへの、カノンを連れ去った人たちへの宣戦布告でもある。
『えーと、えーと、最後にスターズのファンの皆さんに何か一言もらえませんか?』
『ファンがいるのかどうかはわからないけど……いずれみなさんの前でも歌いたいと思っているよ。だからみんな、いつの日かウェンブリーで会おう!』
さっきのが白銀あくあ個人としての宣戦布告だとしたら、これは1人のアイドル白銀あくあとしての宣戦布告だ。
ウェンブリーにあるスタジアム。アーティストであれば誰もが一度でいいから歌ってみたいと思う聖地。あんな大きなところで歌う事ができたらきっと最高だろうと思う。
『あ、ありがとうございました。いつかそんな日が来ることを私も願っています!』
『こっちこそ今日はありがとう。またね!』
俺はそう言って手を振りながら彼女から離れていく……と言っても、本当にこれで良いのだろうか? たとえば前世の記憶、アメリカの偉大な歌手、彼が来日した時のパフォーマンスは強烈だった。俺もそれくらいのパフォーマンスをしないといけないんじゃないのかと思う。だって阿古さんも派手にやれって言ってたし。
それを思い出した俺は、カメラに向かって彼と同じパフォーマンス、投げキッスをする。
『『『『『わぁっ!』』』』』
俺の投げキスに報道陣がどよめいた。流石にやりすぎたか……? あっちは世界的な有名アーティストだから許されたけど、流石に俺がやるのはまだ早かったような気がする……。俺はやった後に恥ずかしくなって、全てを無かったことにして、レッドカーペットの先で待機している車へとスタスタと少し早足で向かった。
『こっ……これが、日出る国のプリンスと呼ばれたミスター白銀か!』
『彼らはよく黒船来航という言葉を使っていたが、その言葉の意味が少し分かった気がするよ』
『全ての男を過去にする男と言われるだけのことはある』
『おい! すぐに特集を組むぞ!!』
『急いで! こっちは、夕方の枠で検閲が入る前に10分とって大々的にやるわよ!!』
『誰か、日本のエージェントに彼らの話が聞ける知り合いがいないか当たってみて!』
『ベリル本社や彼らの国のメディアに問い合わせて、使える映像がないか交渉を急いで!!』
『男の子たちのインタビューは無理でも良いから、ミス天鳥に誰かアポイント取れる!?』
『これは大変なことになるぞ!』
慌ただしくなる報道陣……でも今の俺にはそんな事を気にする余裕はない。
なぜなら背後から、こいつまた何かやらかしたなと、ジト目で見つめてくるとあの視線が背中に刺さって痛かったからだ。
Twitterでお知らせとか、たまに投票とかやってます。
https://mobile.twitter.com/yuuritohoney
森川楓こと○○スキーの日常回のお話を投稿しました。
せっかく開設したからにはこっちも有効活用したい……。
https://fantia.jp/yuuritohoney
https://www.fanbox.cc/@yuuritohoney