白銀あくあ、痛恨のミスを犯す。
「ねね、部活どうする?」
「あー……私、また陸上部にしようかな」
「えぇ……私はもう運動部はいいや」
「じゃあ私と一緒に吹奏楽部に入らない?」
お昼からは体育館での部活動紹介があった。
部活動推薦で入った人たちは、入学式より前に活動しているらしいけど、それ以外の人たちは今日からが部活動の体験入部期間である。俺のクラスの女子たちも、どこの部活に入るのかですごく盛り上がっていた。
しかしその和やかな会話の途中で、チラチラとこちらの方を確認するような殺気の籠った鋭い視線を送ってくるのはやめてほしいです。
杉田先生からも言われたけど、男子の部活動の入部は女子たちの動向にかなり左右するそうだ。だから俺がどこかの部活動に所属する気がある場合は、暫くの間はどこにも入部しないで外に情報を漏らさないようにしてほしいと、杉田先生からお願いされている。
「はいはい、みんな注目して」
杉田先生の一言でさっきまで騒がしかったクラスが静かになる。
「この後は、個々に気になる部活動の所に行ってそこで体験入部を行うことになっている。できる限り早めに入る部活を決めるように。わかってると思うが、白銀から無理やり聞き出したりするのは禁止だからな。それと白銀、話があるので職員室に来るように」
んん? 俺、何かやらかしてしまったのだろうか?
俺はみんなにさようならを言うと職員室の方へと向かった。
「すまないな白銀。嫌なら断ってくれていいんだが……このプリントを猫山に届けてくれないか? 猫山も同じクラスの男子に届けてもらった方が嬉しいだろうし、どうだろうか?」
杉田先生から受け取ったプリントは部活動紹介の事が書かれたものだった。
ちなみに猫山というのは、同じクラスの不登校男子のことである。
「分かりました! 俺は全然良いですよ!」
俺は二つ返事で了承すると、杉田先生から地図を書いたメモを受け取った。
かなり大雑把な地図だ……まさかとは思うが先生、実は地図描くの下手くそだな。
「そうか! ありがとうな白銀」
「いえいえ、これくらいのこと気にしないでください」
俺は学校を後にすると、先生の頼りない地図を手がかりに猫山くんの家に向かった。
「えーっと、猫山、猫山と……ここか!」
南仏系の立派な白い一軒家に目を見開く。
うちの家も中々の大きさだったが、猫山の家はそれよりも大きかった。
俺は軽く咳払いすると、インターフォンのボタンを押す。
『……』
『…………』
『………………はい』
暫くするとインターフォンの向こうから可愛らしい声が聞こえてきた。
もしかしたら猫山くんの妹さんだろうか。
確か妹とお母さんの3人で暮らしてるって杉田先生も言ってたしな。
「あ……えっと、猫山くんのクラスメイトの白銀と言います。猫山くんにプリントを届けにきたんですが大丈夫でしょうか?」
俺はそう言うとインターフォンに耳を傾ける。
しかし待てども待てども返答が返ってこない。
どうしたのものかと思っていると、ガチャリという玄関の扉が開く音が聞こえた。
タッタッタッと軽い足音が近づいてくると、近くにあった外扉がゆっくりと開いていく。
「あの……白銀くん、ですか?」
インターフォン越しに聞いた声と同じと言う事は、彼女が猫山くんの妹さんなんだろうか?
猫山くんの妹は、くりッとした大きな瞳の猫目にさっぱりとしたショートカットが特徴的な可愛い女の子だ。
フェミニンなフリルのブラウスの首元を止めるリボンは、髪飾りのリボンともおそろいなのだろう。
甘めの上着に対して、下はシンプルな黒のショートパンツに黒のニーソックスを着用している。
身長は低くて俺の肩くらいの高さしかない。中学生の女子の平均と比べても低いように思う。大体150cm前後くらいだ。
「あ、はい、そうです。猫山くんの妹さんですよね? 杉田先生に頼まれてプリントを届けにきました」
俺は少し驚いた顔をした妹さんにプリントを手渡す。
妹さんはそれをジッと見つめると、再び俺の方へと視線を向けた。
「……あの、良かったら中に入ってください」
「それじゃあお邪魔します」
俺は妹さんの後に続いて猫山くんの家の中に入る。
猫山くんの家の中は、外と同じ南仏系のインテリアで纏められていてとてもオシャレだった。
「えっと……ここがあ、兄の部屋になります」
妹さんに案内された部屋の前で立ち止まった俺は軽く扉をノックした。
「えっと……猫山くん、クラスメイトの白銀です。今日は杉田先生の代わりにプリントを持ってきました。良かったら見てくれないか?」
俺は部屋の中にいるであろう猫山くんに向かって呼びかける。
しかし部屋の中からの反応は返ってこなかった。
それどころか人の気配すらしない。
せめて何かしらの返答があったら会話もできるのだが、これでは厳しそうだ。
「あの……良かったらリビングでお茶でも飲んでいきませんか? もしかしたらそのうち、あ、兄も顔を出してくれるかもしれないし」
「そうですね。お邪魔じゃなかったらそうさせてください」
俺たちは一旦、二階の猫山くんの部屋から離れると一階のリビングの方へと向かう。
案内されたリビングのゆったりとしたソファに俺が腰掛けていると、妹さんが奥のキッチンからティーセットとケーキを持ってきた。
お構いなくとはいったものの、やっぱり気を使わせちゃったかな。申し訳ない。
「あ、ありがとうございます」
俺は紅茶を一口頂くと、目の前のショートケーキをフォークでカットして口に運ぶ。
程よい甘さのクリームと、少し酸味の聞いたストロベリー、鬱陶しくない軽めのスポンジのハーモニーが俺の口の中を一瞬で幸せにしてくれる。
「ん! 美味しい!!」
こんなに美味しいケーキを食べたのは初めての事かもしれない。
家では母や姉がよく高そうなケーキを買ってきてくれるが、そういうのとは違った優しい家庭の味がした。
「これ、どこのケーキですか? すごく美味しいです」
猫山くんの妹さんは照れた表情で少し俯き気味になる。
「えっと……その……ぼ、僕が作りました」
へぇー、猫山くんの妹さんは僕っこなのか。
まだ中学生なのに、こんなにも美味しいケーキが作れるほど料理が上手だなんてすごいな。
「あの……白銀くんは、下の名前は何て言うんですか?」
「あ、ごめんね。俺の名前は白銀あくあって言うんだ。えっと……」
あれ……そういえば猫山くんの妹さんの名前って何って言うんだっけ。
そういえば俺、猫山の下の名前も知らないぞ……。
「あ、あの、僕、猫山とあって言います」
へぇ、とあちゃんって言うのか。
そういえばインターフォンの隣の表札にもそう書かれていたような……。
俺は記憶を呼び起こす。
表札の1番上は世帯主であるお母さんとして、その下には、とあとスバルという二人の名前が明記されていたような気がする。となると、猫山くんの名前は猫山スバルくんでいいのかな?
「改めてよろしくね。とあちゃん」
「あ、ぁ……こちらこそよろしくお願いします。あくあくん」
俺が手を差し出すと、とあちゃんは一瞬戸惑ったような表情を見せる。
しかしすぐに俺の手をとって、優しく握り返してくれた。
白く細い指先と薄ピンク色の綺麗に手入れされた爪先にドキッとする。
あまりにも全てがか細くて、ほんの少しでも強く握りしめたら折れてしまうのでないのかと思った。
「あの……あくあくんさえ良かったらですけど」
そこで一旦、言葉に詰まったとあちゃんは、勇気を振り絞るようにショートパンツの裾をぎゅっと握りしめる。
「これからもぁっ……あ、兄にプリントを届けてくれませんか?」
「もちろん! 俺だって猫山くん……スバルくんとは友達になりたいし、とあちゃんがいいのならこれからも俺がプリントを持ってくるよ!」
結局、この後もしばらくの間猫山家に滞在したが、スバルくんは部屋から一切出てこなかった。
残念だけど仕方ない。それにチャンスは一度だけじゃない! 俺だって友達が欲しいから諦めないぞー!
ちなみにスバルくんを待っている間、俺ととあちゃんは、お喋りしたりゲームをしたりして夕方まで二人で楽しく遊んだ。
ここでも念の為に書いておきます。
騙されないでくださいね?