森川楓、秘境探訪!
「そういうわけでさ、森川、スターズにすぐに飛んでくれる?」
条件反射で目の前の上司に、は? と言いそうになった。
上司に呼び出された私は、これは確実に怒られるやつだろうなと覚悟していたけど、話を聞いてみたら全く違う話でびっくりする。なーんだ、てっきりこの前こけてケーブル引っこ抜いた件かと思って、念の為に始末書作ってきたけど損した。
「え? わ、私がですか??」
「うん、私もそう思ってるんだけどね。予定が空けられそうなの貴女しかいないんだよね」
私は上司が手渡してきた書類に目を通す。
するとそこには、先進国スターズに残された最後の秘境という番組のタイトルが書かれていた。
どうやら上司の説明によると、その番組を制作するために海外ロケがあったのだが、予定していたメインのアナウンサーが直前になって骨折で入院したらしい。あくあ様のポスターによそ見して段差で転けたとか……大丈夫それ?
「詳しい内容はそれに書いてあるから、それじゃ頼むわよ!」
そう言って上司は、特に詳しい説明もないまま私に飛行機のチケットを手渡すと、スタスタとどこかに行ってしまった。その場に1人取り残された私は、手に持ったチケットの日程に視線を落とす。
出発日 9月25日。
ちなみに今日は9月22日である。
「3日後じゃねーか!」
思わずチケットを床に叩きつけそうになった。
仕事終わりだった私は慌てて帰宅すると、スターズへの出張に向けて慌てて準備する。
ちなみに結局、始末書は提出してしっかりと怒られた。ぐぬぬぬぬ……。
準備やら色々あって、あんまり掲示板に顔を出せなかったけど、なんとか旅行をするための最低限の準備は整った。パンツよし! 非常用のお茄子様よし! うん、これで全く問題ない。
「行ってきまーす!」
私はあくあ様ポスターにキスすると、自宅を出て空港へと向かう。
流石は国営放送だけあって、席もエコノミーではなくビジネスだったので空の旅も快適だった。
とは言っても、昨日は朝まで色々と捗っていたから飛行機ではずっと寝てたんだけどね。
「この茄子はなんだ?」
「え?」
手持ちのバッグに入れてたお茄子様を没収されてしまった……。
おまけにジロジロと見られて、なかなかハンコ押してくれないし。押してくれたと思ったら、私のパスポートを雑に投げ飛ばしやがって!! 言っとくけど、これでも国営放送のアナウンサーなんだからね! 不審者じゃないぞ!!
「おぉ〜!」
スターズに降り立った私は感動する。
実はというとスターズに来たのは初めてなんだよね。
まさか初めてのスターズ渡航が海外ロケだとは思ってもいなかったけど、これはこれで無料で観光旅行できたみたいでお得じゃん! 何事にもプラス思考な私はそう考えた。
ええ……そんなことを思っていた時期が私にもありましたよ。
楽しかったのは最初だけで、電車、バス、車などを乗り継ぐ度に、私の沈んでいく気持ちに合わせて周囲の風景が段々と寂しくなっていく。
「な、なんもねぇ〜」
人はおろか、建物すら存在してない場所、私の周りを彷徨いてるのも羊のパチモンみたいな奴だけだ。
しかもこいつら私が撫でてやったら顔にくっさいツバ吐きやがって!!
くっさ! これ本当に臭いんだけど!!
「森川さん、今の撮れ高ですよ!」
カメラマンさんさぁ、そんなこと言って、遠くからつまむ様にハンカチ渡すのやめてもらっていいですか?
山に入って半日、私たちは野宿することになった。
「え? ホテルとか……」
「おい、このバカ野郎! ここのどこにホテルがあるんだ?」
案内してくれた現地の女性コーディネーターさんに言われて、私は改めて周囲をキョロキョロと見渡す。
草、木、羊のパチモン、岩、土、羊のパチモン……。なんもない……。うん、確認するまでもなく何もなかった。
「よく聞け、いいか。我々は今からここをキャンプ地とする」
なるほどね。現地のコーディネーター達が大荷物だったのはこういうことか……。
私と同行したスタッフ達は、キャンプの設営を手伝いつつ、一緒に夜のご飯の準備を整える。
夜の食事はレトルトのカレーだった。ああ……お茄子様が恋しいよ。
お茄子様があればこのレトルトカレーだって、茄子カレーになったのに……。
くっそー、私からお茄子様を没収したやつら覚えときなさいよ!!
「はぁ……」
飯を食った私は、寝る前にトイレを済ませておこうと、少しみんなから離れた。
流石の私もみんなの前では致したりはしない。
私はさっき掲示板の連中に注意されたように、遺跡がないような森林の奥の草むらへと進んでいく。
「おぉっ!」
それは偶然だった。
私の目の前に、雄々しく反り立つお茄子様のような岩。
あくあ君ってば……こんなところでも私のことを見守ってくれるんだね。
私はお茄子岩様に、チュッと口づけすると、その場にしゃがみ込んだ。
「何をしてるんだお前!!」
「うぇっ!?」
背後から怒声が飛んできてびっくりする。
やばっ、今ちょっとでかけた……というか確実にちょっと出た。
「早く立て!!」
「あわわわわ」
振り返ると少し原始的な格好をした筋肉隆々の女性が立っていた。
知ってる言語じゃなかったから何を喋っているのかわからなかったけど、怒っているのは間違いないだろう。
怒られそうな気配がしたので、この人にはさっきチョロって音がしたのは黙っておこ……。
そんなことを考えていると、草むらから同じような服装の女性達が数人現れる。
「こっちに来い!」
何を言っているのかわからないけど、こっちに来いと言われてる気がした。
私はそれに従うように、おとなしくその人達についていく。
もちろん逃げようとしたけど、すぐに後ろ手に縄をかけられてどうしようもなくなった。
だ、大丈夫かな? これ……確実に私、死んだんじゃ……。
「ここだ! 早くこい!!」
彼女達に連れられてきたところは小さな集落……というか、すぐに移動できるような簡易のキャンプ地のようなところだった。
「長! 御神体の傍で不審な行動をしていた怪しげな人物を連れてきました」
「うむ、よくやった」
うわぁ……さらに筋肉質な女性が出てきた。
明らかに姐さんやあくあ君より身長でかいし、間違いなく2mくらいあるんじゃないの……。
しかも姐さんよりでかいのはそこだけではない。こんなにも胸部のでかい人がいるのかと私は驚く。
顔ぐらいの大きさどころではない、明らかに顔よりでかかった。
「お前、この言葉はわかるか?」
お、おー! わかる! 言葉がわかるぞ!!
前に捗るがメアリーの音楽合同会で歌ったアニメに出てくる大佐の喜びが、私にも理解できた瞬間だった。
「わかります! わかります!」
スターズの言葉だけど、私だってあのメアリー卒なのだ。これくらいの語学はなんとかできる。
「お前、御神体の側で何してた?」
「え、あ、おし……ンンッ! お祈り、そう、お祈りをしようとしてました」
御神体と言ってたからきっと大事なものだ。だから私は笑顔を引き攣らせながら慌てて誤魔化す。
そんな私の表情を見た部族の長は疑わしそうな目で私を見る。
「長! これを……!」
「ん?」
部族の1人が私のズボンのポケットを漁って、その中にあったものを長に手渡す。
長は私の財布の中を開けると、大きく目を見開いた。
「おぉ……! 我が神!!」
え? 何、何? どういうこと!?
長の周りに部族の人たちがワラワラと集まる。
そして私の財布を覗き込んでは次々と膝をついてお祈りし始めたり、中に涙を流している人までいた。
ちょ、ちょっと、いったい何が起こっているというんです?
なんか私のことを見張ってる2人もソワソワし始めたし、ちょっと誰か私に説明してよー。
しばらくしてようやく落ち着いてきたのか、長は私の財布の中から優しい手つきで一枚のカードを取り出す。
「お前、聖あくあ教の信者か?」
長が手に持っていたのは、私がお財布の中にお守りがわりに入れていたあくあ君の森長コラボのQUOカードだった。ちょっと待って、聖あくあ教スターズ支部とか明らかにネタだろうと思ってたけど、ガチじゃん! 絶対に冗談か何かかと思ってたのに……。
「ノ、ノー、聖あくあ教じゃありません」
私が素直にそう答えると、長の視線が鋭くなった。
ヒェッ! 股間がキュッと締まった。どうせなら嘘つけばよかったと言った後に後悔したけど、私の場合、残念ながら嘘をついてもすぐバレるんだよね! えっへん!!
「長、これを見てください!」
私のスマートフォンを起動させた部族の人間が、震えた手で長にそれを手渡す。
「THiMPOsuki……ティムポスキー?」
あっ……そういえば私、さっきまで掲示板に書き込んでたから画面を開きっぱなしだった。
おそらく彼女たちは私のコメント欄のコテハンを見て声を出したのだろう。
や、やべぇ! 今まで自分が掲示板であくあ君に対して酷い妄想をしていたことくらいは理解してる。
だから聖あくあ教の人たちにとって私は絶対に敵対視されてるはずだ。
「ご、ごめんなさ」
「すまなかった! いえ、すみませんでした!!」
私が謝ろうとしたその瞬間、長が私の前で土下座する。
えっ? えぇっ!? なんで!?
「まさか貴女様が、聖人ティムポスキー様だとは知らずにご無礼を働いてしまったことを謝罪します。お前ら! 何をぼさっとしている!! さっさと解放して差し上げろ!!」
ん? 聖人、今、聖人って言った? 邪教徒とかの間違いじゃなくって?
「聖人?」
「はい! 聖人ティムポスキー様、聖人くにねえ様、聖人たしなみ様、聖人はかどる様。我ら聖あくあ教が認定した四大聖人様でございます!」
聖人とは、その宗派にとって模範となり崇拝される人物である。その生涯が記録され後世に語り継がれるようなそんな人物にのみ与えられる崇高な称号だ。
えっ? 私が? いやいやいや、どう考えてもまずいでしょそれ。だって私、さっき貴女達が信仰する御神体とやらに引っ掛けようとした女だよ? ちょっと待って、それじゃあ私のこの生き恥みたいな掲示板の発言とかも後世に語り継がれるってこと? しかも四大聖人って、四大性人とかの間違いじゃないの? 姐さんはともかく、私以上に嗜みとか捗るとかを後世に引き継いだらダメでしょ。
「これはお返しします」
長はそう言って私に財布とスマートフォンを返した。
「祭りだ、聖人ティムポスキー様の歓迎の祭りをするぞ!!」
えっ、祭りって何!?
困惑する私をよそに祭りの準備が着々と進められていく。
どうしようかと迷っているうちに逃げ出せなくなった私は、いつの間にやら神輿の上に担がれていた。
えっ? 待って、これどうなっちゃうの私!?
祭りが少し落ち着いた頃に、みんなと合流したいと長に相談したらダメだと言われた。
「現地のコーディネーターに、異教徒……スターズ正教のものが混ざっていました。彼女達に貴女様が聖人ティムポスキー様だとバレたらとんでもないことになるかもしれません」
えっ? スターズ正教ってスターズの国教だよね?
全世界に信者がいるって……そんなやべー宗教に私マークされてるの? うっそでしょ……ねぇ、嘘だと言ってよ。
ちなみに長の顔は真剣そのもので、明らかに嘘をついてたりする雰囲気はなかった。あっ、これマジな奴だとすぐに気がつく。だってガチで怒ってる時の上司と同じ顔つきだったもん。
そういうわけで私は数日間、部族の人たちと行動を共にする予定になった。
とりあえず同行したスタッフには大丈夫だから、現地の部族の人と出会って取材交渉しているからとだけ連絡する。
「長! 朝早くに申し訳ありません」
次の日、私が呑気に朝ごはんをいただいていると、誰かが慌ててやってきた。
その人は私と同じような普通の服を着た人で、私の方をちらりと見る。
「心配するな。このお方はあの聖人ティムポスキー様だ」
「おぉ……おぉ……まさか生きている内に四大聖人の方に出会えるとは、これも唯一神あくあ様のお導き……聖人ティムポスキー様、お会いできたことを光栄に思います」
は……はは……乾いた笑いが出る。ちなみに部族の人には一通りやられてるので多少は慣れた。
改めて思うけど、そんな尊敬されることやってたかなぁ。明らかに変な事しか呟いてなかったと思うけど……まっ、細かいことはいっか! 上司も、細かいことを気にしないのは貴方の良いところで悪いところだと思うわって言ってたしね!
「慌てた様子だったが、どうした?」
「は、はい。実は我らが唯一神、あくあ様が、ここスターズに向かっているとのことです。聖教徒である藤の会長様からプライベートジェットを手配したと連絡がありました」
その言葉に長が立ち上がる。ちょ、ちょっと、待って、あくあ君がスターズに? なんで!?
困惑する私の周りで部族の人たちもどよめく。
「どうやら交際をされていたスターズの王女殿下、カノン様のご結婚を阻止なされるおつもりだそうです」
「は、はぁ!?」
私は素っ頓狂な声をあげて思わず立ち上がる。
カノンが……嗜みが結婚!? しかもあくあ君と付き合ってたってどういうこと!?
頭が混乱しそうになった……。
「しかも我らが聖女様は、あくあ様の動きを先に察知されて、単身でスターズへと向かっておられるそうです!!」
「おぉ、さすがは我らが聖女様だ! 唯一神あくあ様が行動なされるより先に、神託によって動き出したというのか。素晴らしい……!」
長は涙を流し感動に打ちひしがれる。
その一方で私はカノンのことで頭がいっぱいだった。
カノンがあくあ君と付き合ってたのは驚いたけど、カノンが他の誰かと結婚……しかもあくあ君がそれを阻止しようとしているという事は、その相手はあくあ君じゃないってことだろう。
「ふざけんなよ……!」
「聖人ティムポスキー様?」
どういうことであくあ君が、カノン……嗜みみたいな頭がお花畑の女と付き合うことになったのかは知らないけど、せっかく掴んだ友人の幸せを誰かが潰そうとしてるだと? ふざけるなと思った。
上司の言う通り、私の頭の構造は至ってシンプルで細かい事なんて気にしないから、その分、余計なことに惑わされずに結論を出すことができる。
「その結婚、絶対に阻止するわよ!」
私は声に出してそう叫ぶ……そう、叫んでしまったのだ。
「うおおおおおおおおおおおお!」
「さすがは聖人ティムポスキー様だ!」
「何よりも唯一神あくあ様のことを最優先にするその御心に感動しました!」
「迷いなきご決断! これが聖人様か!!」
「そこに痺れるっ! 憧れるっ!」
「おおおおおおおおおおおお!」
私の叫びに合わせて、全員が立ち上がって雄叫びをあげる。
あっ……やばい、これなんかまずいやつだ。
それに気がついた時には、もう全てが手遅れなんだよね。
「皆のものよく聞け!」
騒ぎだしたみんなを長が制止する。
さすが長! 略してさすおさ、頼むから暴走するみんなを止めて!!
「今、この時に聖人ティムポスキー様が我々のところに来られたのも、全ては唯一神あくあ様と聖女様のお導きによるものである。良いか、よく聞け! ついに我らが街へと降る時がきた!! ここへはもう2度と帰って来れないかもしれない! それでもこれまでの生活を捨てて、新しい人生を始める覚悟はいいか!! 私と聖人様についてくるもの達は、40秒で支度しろ!!」
「「「「「おおおおおおおおおおおおお!」」」」」
えええええええええええええ!
そこは長として冷静になってと言おうとしたら周囲のみんなが騒ぎだした。
「ティムポスキー! ティムポスキー!」
「ティムポスキー! ティムポスキー!」
「ティムポスキー! ティムポスキー!」
「ティムポスキー! ティムポスキー!」
「ソムリエー! ソムリエー!」
「ティムポスキー! ティムポスキー!」
「ティムポスキー! ティムポスキー!」
「ティムポスキー! ティムポスキー!」
「ティムポスキー! ティムポスキー!」
ティムポスキーの大コールである……やめて、恥ずかしいからそれだけはやめて……。
今でもなんであんなコテハンとトリップにしたのかと思う。一言で言うと若気の至りなんだよね。大学生デビューした時の寒いノリでつけちゃっただけなのよ。みんなだってそんな経験の一つや二つ、三つや四つ、十や百くらいあるでしょ!! あと、ところで今、誰か1人だけソムリエって言ってなかった? 気のせい?
私は慌ただしく準備を始めたみんなを、呆然とした状態で笑顔を引き攣らせながら見守った。
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