白銀あくあ、決意。
9月26日、夕方、ベリルエンターテイメント本社ビル。
「どうしたの、あくあ? なんか今日すごく顔色悪いよ?」
目の前にいたとあが俺の顔を覗き込む。
とあのいう通り、俺はきっと今、酷い顔をしているんだろうな。
「何があったかはわからないが、今朝から様子がおかしいぞ?」
慎太郎は心配そうに俺の事を見つめる。
昨日の夜から眠れていないからか、頭が思った様に回らない。
「2人の言う通りだ。白銀、今日はもう帰って休んだ方がいい……」
天我先輩はゆっくりと席から立ち上がろうとする。
俺はそんな天我先輩の腕を掴んだ。
「まっ……待ってください」
絞り出すように声を出した。
カノンの婚約。
そのニュースが流れた瞬間、俺はすぐにカノンに電話をかけた。しかし電話は繋がらない。不安になった俺は人気のない深夜に1人バイクを走らせる。頼む、家にいてくれ……その願いは虚しく、カノンの借りていたところは、既にもぬけの殻になっていた。報道直後に送ったメッセージもいまだに既読すらついていない。
どこにいるんだよカノン……!
俺は翌日……つまりは今朝、学校に行くとすぐに生徒会の那月会長のところを訪ねた。那月会長の伝手でメアリーの会長に連絡を取ってもらおうと思ったからである。幸いにもすぐにメアリーの会長とは連絡がついたが、カノンがどこにいるのかもわからないし、学校を辞めるのかどうかも聞いてないそうだ。
そんな右往左往する俺をあざ笑うように、お昼のワイドショーにスターズにいるカノンの映像が映される。
なるほど、既にスターズにいるから連絡がつかなかったのか……。
俺は授業中だったから後でネットのニュース配信で映像を確認したが、カノンは報道陣のカメラに笑顔で会釈をしていた。それを見た俺はどうしたらいいのかわからなくなる。カノンにとって俺との関係は本気じゃなかったのか? いや、そんなことをする女の子じゃないと俺が1番知っているはずだろ。でも、俺とカノンでは国籍や身分に差があるのはわかっていたことだから、どうしようもない未来だってあることに気がついてなかったわけではない。
何をしていいのかわからなくなった俺は、気がついたらベリルの本社ビルの前にいた。
阿古さんに全てを打ち明けて相談しようかとも考えたが、阿古さんは会社を空けていて、帰ってくるのはもう少し後になるらしい。そこで俺が休憩室で待機していると、学校での様子がおかしかったからと、みんなが駆けつけてきてくれたのだ。
俺はとあや慎太郎、天我先輩の優しさが嬉しくなる。こいつらに隠し事はできないとそう思った。
「……聞いてくれ3人とも」
みんなに全てを打ち明けよう。
俺は自分がカノンと付き合っていること。そして婚約や結婚の話を聞かされていなかったことや、急に連絡が取れなくなって学校にも通っておらず、住んでいた家がもぬけの殻だった事について説明する。
カノンと付き合っていることに、3人とも最初は驚いていたように見えたが、真剣に俺の話を聞いてくれた。特に天我先輩は何か思うところでもあったのだろうか。目を閉じて、静かに俺の話に耳を傾けてくれていた。
「なるほどね……。それで阿古さんを頼ろうとして本社に来たってことか……ちなみにその婚約とか結婚の相手って本当にあくあじゃないの? 聞き逃してたりしない?」
とあの言葉に、首を左右に振って答える。
まだカノンが誰と婚約したか結婚したかの発表はないが、きっと俺じゃないと思う。少なくとも俺たちはまだ付き合って1ヶ月だし、そもそも付き合ってからまだまともに一度もデートしてない。
俺だって遊びで誰かと付き合ったりなんてしないし、いつかは結婚をと考えて付き合ってたつもりだ。ただ、俺たち2人の間には、そこにいくために幾つものステップを踏まないといけないし、乗り越えなければいけないことが多い。だからゆっくりと愛を育もうとした。それなのにこんなことになるなんて……! でも俺には戸惑っている暇はない。報道が事実なら、カノンの結婚までにもう一週間の余裕もないからだ。
「本人に聞こうとしても連絡は取れない上に、お付きの人にも連絡がつかないと……」
慎太郎はメガネをくいっと指先で持ち上げる。
「そうなると本人に直接聞くしかないんだろうけど、僕たち男性が他国に行くのは手続きもあるし、なんとかそこをクリアしてスターズにいったとしても、相手は王女様だからどうやって会うかが問題だな」
慎太郎は顎に手を置いて、真剣な表情で考え込む。
俺も少し調べたが、俺たち男が海外に行くためには国に許可を取らなければいけない。よっぽどの特例がなければ審査には時間がかかるし、申請を出したとしても通るとは限らないそうだ。とてもじゃないが一週間じゃ間に合わないし、スターズに到着する頃には、既にカノンは俺じゃない誰かの隣で笑っているだろう。
「くそっ……!」
阿古さんに相談したとしても、おそらくどうしようもないだろう。その事には薄々勘づいていた。
やはり打つ手はないのか……。ニュースで流れていた映像では、カノンは笑顔だった。カノンが幸せならそれでいいんじゃないか? 俺にとって1番重要なのは、カノンが笑っていることだ。だから俺がカノンを諦めれば、全てが丸く収まるだろう。そう自分に言い聞かせる。
項垂れた俺の姿を見て、それまで静かに聞いていた天我先輩がゆっくりと口を開く。
「白銀……お前はこんなことで諦めるのか?」
「先輩……?」
まるで自分の後ろ向きになった心が、先輩に見透かされているようだった。
諦めたくなんてない……でもどうしようもない事もわかっていて、挫けそうになっている自分がいる。
「あの夜の日のことを覚えているか? お前は我に……いや、俺にこう言ったはずだ。愛する女性が笑っていなかったら、俺は戦ってでも奪い取ると……。白銀、もう一度お前の心に聞く。テレビに映っていた王女殿下の笑顔は、お前の知っている彼女の心からの笑顔だったのか?」
天我先輩の言葉が俺の心の痛いところを突く。
テレビに映ったカノンは確かに笑顔で手を振っていた。でもあの笑顔が、カノンの本当の笑顔じゃないって俺は知っている。あれは……あのカノンは無理をして笑っている顔だった。カノンと一緒にいた俺だからわかる。だからすぐに駆けつけたいと思ったし、カノンにあんな顔をさせている人たちにも、何よりも自分自身に腹が立った。
「白銀、お前は俺に言った言葉を忘れたのか!」
天我先輩は俺の首根っこを掴むと、無理矢理ソファから立ち上がらせた。
それを見たとあと慎太郎の2人が、驚いた表情で慌てふためく。俺だって温厚な天我先輩がこんな事をするなんて思ってなかったからびっくりした。
「お前は俺にこう言ったはずだ。好きな人が苦しそうに笑ってたら、俺なら戦ってでも奪いとると! だったらカッコつけて諦めずに、戦ってでも奪い取れよ!! 俺みたいに愛する人の幸せを誰かに委ねるな! 白銀……お前は、お前だけには! 俺みたいに後悔させたくないんだよ!!」
天我先輩の突き出した拳が、俺の胸を軽くトンと叩く。
優しい握り拳だった。だけどその中に込められた先輩の心が、俺の心臓を強くうった。
「僕は……僕は、ずっと流されてるだけだった」
慎太郎がゆっくりと口を開く。
「仕方ないって何かを諦めて、周りに、誰かに、全てを委ねていた。でも……あくあはそんな僕に言ってくれたよな? お前は本当にそれでいいのかって……だから今度は僕がそれをあくあに聞く番だ。あくあ、お前は本当にそれでいいのか?」
いいわけないに決まってる。俺だって諦めたくなんてない。蓋をしようとしていた感情がゆっくりと漏れ出る。
「僕の憧れたヒーロー、白銀あくあは目の前にいる女の子1人救えない、そんな奴じゃないだろ!!」
慎太郎は天我先輩と同じ様に拳を突き出して、俺の胸を軽く叩く。
冷え切っていた体に、2人の熱がこもる。
「あくあ……これは僕の我儘だけど、君にはいつだって、みんなの前では最高にかっこいい白銀あくあでいて欲しいんだ。だから、そんな情けない姿を見せるのは僕たちだけの前にしてよね」
とあは少し笑みを見せた後に、真剣な顔つきで俺のことを見つめる。
「僕はね、猫山とあは白銀あくあに世界の誰よりも笑っていて欲しいんだ。あくあが女の子たちを笑顔にするなら、そんなあくあを僕は笑顔にしたい。だから、頼りがないかもしれないけど、今度は僕が……ううん僕たちがあくあを助ける番だよ」
拳を突き出したとあは、その誰よりも小さな握り拳で俺の胸を軽く叩く。
胸を打った3人の拳から伝わってくる熱が、俺の心を芯から熱くさせる。
「ねぇ、あくあはどうしたい? カノン殿下がとか、会社の事とか、そんなの全部取っ払って、あくあが、ただの1人の白銀あくあがどうしたいのか、僕たちに教えてよ」
俺がどうしたいか。そんなこと決まっている。いろんなものを捨てて、ただの1人の男として、白銀あくあの中にあった答えはたった一つだった事に気付かされた。
「あくあ、あの時、僕が一歩を踏み出した時に君がくれた言葉を今返すね。白銀あくあ! その分厚い壁をぶち破って、僕たちのこの手をとれよ!」
3人の言葉に、喉の奥がカラカラと乾いて、感情が外へと溢れ出ていく。
「俺は……俺は、カノンに会いたい。会って確かめたいんだ。もしカノンが本気で笑ってないなら、その時はご両親を本気で説得する。それでもダメだったら……いや、ダメじゃない!! 俺が絶対にどうにかして見せる!! だから頼む……! 俺を……俺を! 愛する人の前に、カノンのところに連れて行ってくれ!!」
俺は膝から崩れ落ちると、3人の拳を手に取って頭を下げるように手の甲に額を擦り付けた。とあにも慎太郎にも天我先輩にも迷惑をかけてしまう。でもみんなはそれでもいいって俺に言ってくれた。ああ……俺はなんて恵まれているんだろう。こいつらが友達で、仲間でよかったと心の底から思った。
「だったら、頭を下げるのは違うよね」
「とあのいう通りだあくあ。もっと他に言うことがあるだろ?」
とあと慎太郎の言葉で俺は顔を上げる。
2人とも優しい顔で俺のことを見つめていた。
「ふっ、ヒーローが4人もいるんだ。どうにかなるだろ」
天我先輩はジャケットを捲って、腰につけたベルトを見せつけた。
自然とみんなから笑みがこぼれる。だから俺は、あえて天我先輩の言葉に乗っかることにした。
「お母さんが言っていた」
俺の言葉にみんなが目を見開く。
ゆっくりと立ち上がった俺は、そっと自分の拳をみんなの拳に押し当てた。
「友情とは友の心が青くさいと書くってな」
拳を合わせた俺がにやっと笑うと、みんなが表情を崩した。
「ふふっ、なんなのさそれ。そのセリフ今言っちゃう?」
「むぅ……ここでドライバーのセリフとはやるな後輩。ちなみにこれは第10話のセリフだな」
「どうやらいつも通りに戻ったみたいだな。それにしても先輩、話数までよく覚えてますね……」
さっきまでとは違ってほんの少しだけ心が軽くなった気がした。
俺はよっぽど思い詰めていたのだろうか、頭の中も少し冷静になって物事が考えられる様になっていく。
とりあえず阿古さんに相談するとして後は……そんなことを考えていると、部屋の端っこから何かが崩れ落ちる音が聞こえてきた。
ガタッ! ガタタッ!
部屋の端っこに積んでいた荷物が落ちたのだろうか?
そんなことを考えていると、ものすごく申し訳なさそうな顔をした桐花さんと、何故か目を煌めかせている本郷監督が衝立の奥から出てきた。
「ご、ごめんね。盗み聞きするつもりじゃなかったんだけど、みんな、その……急にやってきたから……」
桐花さんはそこで言葉を詰まらせる。おそらく2人は休憩室の奥にいたのだろう。
俺が慌てて、桐花さんたちは別に悪くないからと言おうとしたら、桐花さんは意を決したような表情でゆっくりと口を開く。
「えっと、あの、それで……実はその信じてもらえないかもしれないけど、たし……カノン王女殿下は私の友人なんです!」
桐花さんは携帯に写った画面を俺に見せつける。そこには確かに、カノンの電話番号が書かれていた。えっ……なんで? カノンと桐花さんが知り合いだったなんて想像もしてなかったから俺はすごく驚いた。
「だから、だから、お願い! 私にも協力させてください!! お願いします!! あの子は絶対にこんなこと望んでないって、私はよく知ってるから!!」
「桐花さん……」
頭を下げる桐花さんの表情を見て、カノンは桐花さんにとっても大事な人なのだとすぐにわかった。
俺は桐花さんの手を取る。
「もちろんです桐花さん。一緒にカノンに会いに行きましょう」
「はっ……はいっ!!」
俺と桐花さんを見ていた本郷監督が、ますます目を煌めかせた。
「桐花氏、これは熱いですぞ!! それにみんなも、さすがは私が見込んだドライバー達だ!! やっぱみんなはそうじゃなきゃね。ふんふん! 期待を裏切らない。ふぅ〜っ! ニチアサだねぇ! いいねぇ!! おかげで最高に熱いクライマックスが書けそうだよ!」
テンションマックスの本郷監督に若干押され気味になるが、俺はあえて本郷監督に疑問を投げかける。
「本郷監督、なんでこんなところにいるんですか?」
「えっ? 白銀君聞いてない? 何を隠そうこの私、本郷弘子もベリルエンターテイメントに入るからだよ。だってここにいたら、さっきのあんな光景がたくさん見れるかもしれないしねぇ。ふんふん!」
そっか、本郷監督もベリルに所属するのか。本当ならもっとちゃんとお祝いしたいけど、状況が状況だけにどういっていいのやらわからない。よし、こういう時こそ仲間に、友達に頼ろうと俺は視線を3人の方に向ける。すると3人はスッと俺から視線を逸らした。
おい! さっき僕たちを頼れよって言ってたとあ、1番最初に目線を逸らすんじゃない!!
そんなことを考えていたら、控室の扉が勢いよく開いた。
「全て聞かせてもらったわ!」
ええええええ? 阿古……さん? えっ!? いつからそこに居たの?
「あくあ君」
「はっ、はいい!」
俺は普通に怒られると思った。
でも阿古さんは俺に向かって、優しい顔で微笑みかける。
「ふふっ、本当にいつもいつもあくあ君には驚かされてばっかりね」
阿古さんは俺にゆっくりと近づくと、乱れた上着の皺を手で伸ばしてくれた。
「いつかは誰かとお付き合いするとは思ってたけど……まさか他国の王女殿下だなんてね。相変わらずこっちが想定していた以上の事をやらかすんだから、もう。私じゃなかったらパニックになってるわよ」
「お……怒らないんですか?」
「なんで?」
阿古さんはキョトンとした顔をする。
「え? いや……だって、その、アイドルが恋愛とか……」
「アイドルだって恋の一つくらいするでしょ。むしろ結婚してる方が自分にもチャンスあるかもって、女の子には人気出るからいいんじゃない? どっちみち、あくあ君の立場でフリーなんて難しいんだし、それならあくあ君には好きな人と結ばれてほしいって私は思うわ」
アイドルとして恋愛することについて何か言われると思っていた俺は、阿古さんの言葉にびっくりする。色々と疑問はあったが、寝不足と疲労で頭が混乱しすぎててうまく言葉にできなかった。
「まぁ、それは置いといて、出国許可書と入国許可書の方は任せておいてちょうだい。きっとどうにかして見せるから。だからあくあ君はいつでも行けるように準備しておいて!」
「は、はい! ありがとうございます!!」
阿古さんはそういうと、くるりと反転して、どこかに電話しながら部屋から出て行った。桐花さんも慌ててそれについていく。色々とあり過ぎて肩の力が抜けた俺は、ふらふらとソファの上にへたり込む。
「あれ……? さっきあくあに、あんなこと言ってたのに、僕たち何もできてなくない? なんだかちょっと恥ずかしくなってきちゃったんだけど」
「うっ……」
「猫山、そこに触れてはダメだ! 黛もしっかりしろ!」
悶え始めた3人に俺は笑みを見せる。
「そんなことないよ。俺は3人がいたからカノンに会いに行こうって思えたんだ。だから、ありがとう。俺、頑張るよ……」
俺はそのままソファに倒れ込む。緊張の糸が解けたせいで、一気に眠気と疲労が襲ってきた。
「まぁいいや。とりあえず、あくあは暫くそこで寝なよ。僕たちがそばにいてあげるからさ」
目の前のとあの姿がぼやける。俺はそのままソファの上で眠ってしまった。
それからどれだけの時間が過ぎたのだろう?
目が覚めた時、俺が寝ていたのはベリルのソファでも、自宅のベッドでもなかった。
もしかしたら誰かがどこかに運んでくれたのだろうか?
「どこだここは?」
俺はベッドからゆっくりと立ち上がると、窓から外の景色を覗く。
太陽の光が眩しくて目を細めたが、徐々に慣れてくると目の前には大きな青空が広がっていた。
「えっ? えぇっ!?」
青い空の下に広がる大きな雲と飛行機の翼、なんと俺がいたのは飛行機の中だった。
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