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白銀あくあ、ポップアップショップ手伝います。

 9月25日の朝9時。

 今日は渋谷のポップアップストアが開店する日だ。

 ポップアップショップが入っているBARCOの通常開店時間は11時からだが、混乱を避けるためにポップアップショップだけは朝の7時から整理券を配布して、9時から開店するらしい。

 販売するグッズは多種多様で、よくこれだけのものを揃えたなと思う。

 俺は阿古さんから手渡された商品リストに目を通す。



 グッズ商品一覧


 ロングTシャツ(ベリルエンターテイメントロゴ)※1 3200円

 半袖Tシャツ(ベリルエンターテイメントロゴ)※1 2800円

 ショッピングバック(ベリルエンターテイメントロゴ)※1 1800円

 ※1 所属タレント全員の直筆サインプリント付き。


 タオル 6種類 各1500円

  白銀あくあ、猫山とあ、黛慎太郎、天我アキラ、星水シロ、大海たま 各1種類

 キーホルダー 6種類 各1200円

  白銀あくあ、猫山とあ、黛慎太郎、天我アキラ、星水シロ、大海たま 各1種類

 アクリルスタンド 6種類 各1000円

  白銀あくあ、猫山とあ、黛慎太郎、天我アキラ、星水シロ、大海たま 各1種類

 ボックスメモ 1種類(所属タレント全員掲載) 1000円

 シールセット(中、6枚入り) 1種類 1000円

  白銀あくあ、猫山とあ、黛慎太郎、天我アキラ、星水シロ、大海たま 各1枚入

 ステッカーセット(小、6枚入り) 1種類 500円

  白銀あくあ、猫山とあ、黛慎太郎、天我アキラ、星水シロ、大海たま 各1枚入

 ジャンボうちわ 6種類 各500円

  白銀あくあ、猫山とあ、黛慎太郎、天我アキラ、星水シロ、大海たま 各1種類


 ペンライト 6種類 各1200円

  白色 白銀あくあ

  紫色 猫山とあ

  緑色 黛慎太郎

  赤色 天我アキラ

  水色 星水シロ

  黄色 大海たま


 B2ポスター 16種類※2 各800円

 A4クリアファイル 16種類※2 各500円

  白銀あくあ 5種類※3

  猫山とあ、黛慎太郎、天我アキラ 各2種類※2

  4人集合 2種類※2

  星水シロ、大海たま 各1種類

  白玉コンビ 1種類


 ※2 通常とヘブンズソードコラボで各1種類ずつ。

 ※3 白銀あくあのみ、藤コラボ、森長コラボ、夕迅コラボの追加バージョンあり。


 オフショット写真 300枚 各180円


 注意

 オフショット写真の販売は別途特設会場にて受付しています。

 ご希望の写真番号、名前、住所、郵便番号、電話番号をご記入の上、お申し込みください。

 当日の販売は行なっておりませんので、ご了承くださいませ。オンラインでも受付予定。



 聞いた話によると、正式にショップが開店した時や、年末にかけてグッズはもっと追加されていくらしい。

 ちなみに売れれば売れるほどインセンティブが入ってくるらしく、俺やとあ達はそれぞれに会社を作って細かいことはベリルの税理の人たちに頼んである。

 しとりお姉ちゃんからはとんでもない金額が入ってくるだろうから覚悟してねと言われたが、入ってきてもそうそう使うものもないんだよなぁ。服も全部コロールが送ってくれるし、送り迎えもしてくれて至れり尽くせりだし、食事だってなぁ……高校生がいける所なんて限られてるし、パソコンのパーツとかくらいかなって思ったけど、それもスポンサーがつくらしいから買わなくて良くなるんだよね。

 ちなみに天我先輩はちょっと広いところに引っ越して、本格的に音楽スタジオ作るって言ってたな。あと、みんながたまれる場所にしたいらしく、引っ越したら遊びにきてねオーラをすごく出してくる。そこまで心配しなくてもちゃんと行きますって。もっと後輩を信じてくださいよ。あっ、でも昨日の通話切ったアレは仕方ないんでノーカンでお願いします。だって面倒臭かったんだもん。

 とあと黛の2人はバイクの免許を取ったから、バイクを買いたいって言ってたな。マスク・ド・ドライバーの撮影では既にみんなバイクに乗ってるし、2人がどういうバイクを買うのか楽しみだ。

 そういう話を聞くと俺も何か買いたいなぁって思うんだけど、バイクはもう持ってるんだよね。

 そんなことを考えていたら、しとりお姉ちゃんにNPO法人を作ってはどうかと言われた。


「使う予定がないなら、必要としている人のところに回してあげたらどうかしら? だって、あーちゃんはみんなを笑顔にしたいんでしょ? きっとそれで救われる子だっていると思うの」


 確かにそれがいいなと思った。俺みたいに持ってても大して使わない奴よりも、ちゃんと使ってくれる人のところに回した方がいいに決まってる。

 俺はラーメン屋でバイトしてた時の先輩だった小保原さんの言葉を思い出す。


「いいか白銀? 金は天下の回りもの。俺なんて入ってきた給料をその日で使い切っちゃうんだぜ? どうだ白銀、俺より社会貢献してるやつはいないだろ?」


 小保原先輩がそんな事を言いながら、給料袋を握りしめて朝早くにどこかに出かけていった姿は今でも印象的だ。そして帰ってきた先輩は、いつも空から金でも降って来ねーかな、残金139円で後30日って言ってた事もよく覚えてる……。小保原先輩、元気にしてるかなぁ。多少アレな人だけど優しい人だったんだよな。

 俺は過去に思いを馳せながら服を着替える。


「あくあちゃん準備できた?」


 玄関に降りるとなぜかおめかしした母さんが待機していた。相変わらず着物姿でしゃんとした母さんは綺麗だなあ……。


「あれ? 母さんどこかに出かけるの?」

「ふっふっふっ、今日はねー、しとりちゃんも阿古さんも桐花さんも渋谷のポップアップショップで忙しいんでしょう? だから、あくあちゃんの午前中の森長のCM撮影にはお母さんがついていきまーす!」


 えっ? それっていいの?

 俺が呆気に取れた顔をしていたら母さんは頬をぷくーっと膨らませる。


「あくあちゃん、ママが株主だってこと忘れてない? 一応取締役だしー、ママがついて行っても問題ないよね!」

「あー……でもちょっと恥ずかしいかも。なんなら俺が1人でバイクで行っても……」


 俺がやんわりと断ろうとしたら、母さんは小さい子みたいな駄々を捏ね始めた。


「いーやーだー! ママもあくあちゃんのお仕事してるところみーたーいー!!」

「えぇ……」


 どうしようかと戸惑っていると、目の前の母さんは目にうっすらと涙を滲ませる。

 母さんを泣かせてしまった罪悪感に胸が苦しくなるのと同時に、母親も笑顔にできないのにみんなのことを笑顔にするなんて無理だよなと、心の中の自分に囁かれた気がした。

 仕方ない。お母さんが一緒だなんてちょっと恥ずかしいけど、これも親孝行だと思って我慢しよう。


「ぐすっ、ぐすっ……あくあちゃんはママのことが嫌い? ママはこんなにもあくあちゃんの事が好きなのに、ぐすん」

「あー、いや、俺も母さんのことは好きだようん……」


 はっきり言って俺は母さんに泣かれるのが1番弱い気がする。

 多分目の前で泣かれたらなんだってお願いを聞いてしまうと思う。


「じゃあ母さんも一緒に行く?」

「うんっ!」


 一瞬でご機嫌になる母さん……あれっ? さっき泣いてなかった? 俺の気のせい……か?

 俺は母さんの車に無理やり押し込まれると、撮影現場へと向かって出発する。


「まりん、しゅっこう!」


 出航!? そこは出発じゃなくて? まぁいいか、母さんのこういうところに突っ込んだら負けだ。

 移動中の車内ではカラオケが大好きな母さんとなぜかデュエット曲を歌ったりして過ごす。前に温泉旅行に行った時もこんな感じだったけど、賑やかな家族の暖かさに心がホッと癒される時がある。12月から1月は忙しいと聞いてるけど、その前か後かくらいでまた家族とどこかに遊びに行けたらいいな。


「とうちゃーく!」


 前回と同じ撮影現場のビルに到着した俺と母さんは、エレベーターに乗ってスタジオに向かう。


「おはようございます!」

「あっ……白銀さん、おはようございます!」


 前回と同じスタッフさんたちがいっぱいいて、なんだかすごく懐かしくなる。

 今思えば森長さんとの出会いから、全てが始まったのだと思うとこの縁は大事にしたいな。

 それはそうと……俺は一緒に着いてきた母さんの方をちらりと見る。


「うちのあくあちゃんがお世話になります」

「あくあちゃんがいつもお世話になってます」

「あくあちゃんのこと、よろしくお願いしますね」


 は……恥ずかしい……。マネージャーというより、どっからどうみてもただの過保護なお母さんである。

 でもなぜか母さんの周りには人だかりができていた。


「お母様、あくあ様のことを産んでくれてありがとうございます!」

「あくあ君はこの国の、いえ……世界の誇りです」

「お母様、あくあ君は人類の宝です。こんな素敵な宝物をどうしたら授かることができるのですか?」

「あくあ様に出会わせてくれてありがとうございます」

「我々人類にあくあ神を授けてくれた聖母まりん様に感謝の気持ちを捧げます」

「ありがとうございますっ……ありがとうございますっ! 感謝しても感謝しきれませんっ!!」


 何を言っているのかはよく聞こえないけど、スタッフの人たちも喜んでるみたいだし、連れてきて正解だったのかな? あとなんか拝んでる人いない? 聖母とか聞こえたような気がしたけど、きっと気のせいだよな?


「それじゃあ母さん、ちょっと着替えてくるよ」

「1人で大丈夫? ママがお着替え手伝ってあげよっか?」

「いや、いいよ。大丈夫だから」


 俺は母さんが人に囲まれているのを良い事に、少し遠くから声をかけてそそくさと更衣室へと向かう。用意されていた真っ白なセーターに着替えて、赤いタータンチェックのパンツを穿く。CMのメインは12月なので、クリスマスを意識した衣装となってる。

 服を着替えた俺は、髪をセットしてもらい薄くメイクしてもらう。


「あわわわわ、あくあちゃんかわいい……しゅき」


 母さんは着替えた俺の姿を見ると、頬を緩ませてだらしのない顔をする。

 俺はそんな母さんの頭をポンポンと優しく叩く。


「いってくるよ母さん」

「うん……いってらっしゃいあくあちゃん」


 母さんに見られるのは恥ずかしいが、実はそれを上回るくらい嬉しい気持ちに満たされている事に自分でも驚く。前世の自分ではできなかったことだが、母さんに仕事をしている自分の姿を見せられることがこんなにも嬉しいことだとは思わなかった。


「白銀あくあさん入られます」


 俺は撮影場所に入ると、一緒にCMに出るメリーさんの背中にそっと手を置く。


「メリーさん、今日も一緒に頑張ろうね」

「メ、メェ〜!」


 おぉ、俺はメリーさんのあまりにもクオリティの高い羊の鳴き声の返事に驚く。

 すごいな中の人、完全に成り切ってるじゃないか……。


「すげぇ、茶々さん、完全に仕上げてきてんな。さっきの羊の鳴き声のクオリティ高すぎ」

「まるちゃん、私はメリーさんになるって地獄のようなトレーニングしてたからな」

「がんばったねまるちゃん……一時期は本気で病院連れて行こうかと思ったけど、こんなにも立派なメリーさんになって……ううっ」

「えっ? でも筋トレやるぞーって言いながら、裏でドーナッツぱくついてましたよあいつ、しかもチョコレートがたっぷりかかったやつ、しかもその前にアイスも食べてたし」


 メリーさんの鳴き声にスタッフの人たちもざわついていた。

 そんな状態のスタッフさんたちを、監督がメガホンをパンパンと手で叩いて黙らせる。


「それじゃあ皆さん今日もよろしくお願いします」

「お願いしまーす」


 俺は森長さんから渡された台本を思い出して、ゆっくりと自分の中でイメージを作りあげていく。


「それでは撮影の方を開始させていただきたいと思います。3……2……1……」


 軽快なクリスマスのミュージック。街中は暖かな光に包まれて、穏やかな顔をした人たちが映しだされる。

 その一方で、メリーさんは一人、人の流れとは逆方向に向かって歩き出す。

 住宅街に入ると街灯の光も少なくなって、寂しい気持ちが心の中で広がっていく。

 家に到着したメリーさんを玄関で待ってくれてる人はいなくて、部屋の中はさっきまでの喧騒が嘘のように真っ暗だった。

 世間では特別な日でも、メリーさんにとってはいつもと変わり映えのしない日常である。

 メリーさんは部屋の電気をつけて1人こたつの中に入った。

 しかし次の瞬間、誰かがメリーさんのお家のチャイムを鳴らす。

 メリーさんはこたつに入ったばかりなのに、もそもそと抜け出るとゆっくりと玄関の方に向かった。

 こんな時に訪ねてくるなんて誰だろう。メリーさんは玄関の扉をゆっくりと開ける。


「メリークリスマス!」


 そこにいたのは俺だ。

 びっくりしたメリーさんの頭を撫でた俺はメリーさんのお家の中に入る。


「ごめーん、ケーキ売り切れちゃってさ。ビスケットしかないけどいい?」


 俺は赤い箱のメリービスケットを手に持って振り向きざまにメリーさんにはにかむ。

 そんな俺を見て、メリーさんはどうしてここにきたのという雰囲気を醸し出してる。

 マジかよ……着ぐるみなのに、本当にそう語りかけているように見えるのだからすごい。

 俺は直感で、この人は本物だと、真のプロフェッショナルだと確信した。


「え? なんできたかって? そんなの決まってるでしょ」


 あえて理由は言わない。ここは視聴者の人たちに想像の余地を残すためらしい。

 俺はビスケットの箱を開けると、ビスケットが2枚入った袋を取り出す。


「ほら、そんなことより、せっかく買ってきたんだからさ、2人で食べよ?」


 袋を破いてビスケットを取り出した俺は、そのうちの1枚をメリーさんの方に差し出す。

 メリーさんはそのビスケットを大きな蹄の両手でしっかりと掴んで口のほうへと持っていく。

 すげぇ、普通なら落としてもおかしくもないし、監督からもここは何度も撮り直しするかもと聞かされていたが、メリーさんは一発目から完璧に仕上げてきてる。


「貴女にハッピー、森長メリービスケット」


 こたつの中に入った俺とメリーさん、部屋の中は、ほわほわとした暖かな光で包まれていた。

 CM本編の映像はこれで終わりだが、このCMにはまだ続きがある。


「クリスマスイブの夜、俺たちと一緒に過ごしませんか?」


 12月24日、俺たちベリルエンターテイメントは、森長さんの協賛でファンのみんなとクリスマスライブをする。

 クリスマスにライブをやってみたいと阿古さんに言ったら、私の命に代えても実現して見せますと言われた。

 桐花さんや他のスタッフの人たちもすごいやる気で、本当に一週間くらいで決まっちゃったんだよね。

 天我先輩や、とあ、慎太郎も楽しみだと言ってたし、俺も今からすごく楽しみだ。

 そしてこのCM、まだここで終わりではない。さらなる続きがあるのだ。


「クリスマス、みんなのところにプレゼントを持ってお邪魔します」


 イブの翌日、クリスマス当日は、キャンペーンに応募してくれた個人や団体、企業や学校、病院や公共施設などに、みんながバラバラになって訪れる予定にしている。

 これは協力してくれた森長さんとなんかできないかと思って俺が企画したことだ。

 提案した瞬間に社長から許可が出るとは思わなかったけど、これもまた楽しみにしていることの一つである。


「今日はおせわになりました。ありがとうございます。お疲れ様でした!」

「こちらこそありがとう」

「白銀くん、またね!」

「次のCMもよろしくね」


 お昼は過ぎるかなと思ってたけど、まさかの全部一発撮りで午前中に終わってしまった。

 俺はスタッフの人たちや森長さんの社員さんたちに挨拶をする。


「メリーさんもまたね」

「メェ〜!」


 今日はメリーさんにずっと驚かされていた気がする。

 着ぐるみをかぶっていても表情が見えるかのようなメリーさんの演技に、俺の演技はまだまだと言われたような気がした。俺もメリーさんには負けてられないなと思う。


「それじゃあ母さん、どこかでお昼食べよっか」

「うん! あくあちゃんは何が食べたい?」


 俺は昼からポップアップショップ行くつもりだったから、それなら精がつくようにと、母さんは知り合いの鰻屋さんに連れて行ってくれた。食事するところも個室で、2人でゆったりと食事できたのが良かったので、今度はみんなと来ようかな。ちなみに、うなぎはふわふわしてて、普通の鰻重と比べるとタレは少なめだが全体的にお上品な味付けのお店だった。


「それじゃあ最後に渋谷のBARCOに向かえばいいのね!」

「うん、今日は何から何までありがとう母さん」


 鰻屋さんのある神楽坂から渋谷へと再び車を走らせる母さん。

 外の通りを眺めていると最初は普通だったが、渋谷に近づいていくにつれ俺は一つの違和感に気がつく。

 あれ……? この人の列ずっと続いてない?

 その列の先を見ると、俺たちの向かっている渋谷のバルコにつながっている。

 え? ちょっと待って、これどこから続いてた?

 反対側へと視線を向けるが、どこが終わりかわからない。


「は……はは……」


 乾いた笑いが出た。

 今日は社長以下、全社員が総動員されているらしいけど、みんな大丈夫かな?

 そんなことを考えてると、目の前に簡易の検問所が見えてきた。

 車に乗って近づいていくと、警察官の人が走って近づいてくる。


「すみません、ここから先は関係者以外は……あっ! あくあ様……」


 警察官のお姉さんは俺をみて一瞬だけ固まったが、すぐに職務へと復帰する。


「どうぞ! お通りください!!」


 検問を通り過ぎようとすると、警察官の皆さんに敬礼されてしまった。俺はちょっと恥ずかしかったけど、母さんはすごく誇らしげな顔で車を運転している。俺たちはそのままパトカーの誘導に従って渋谷バルコへと向かう。


「母さん、送ってくれてありがとう。帰りは誰かに送ってもらう事になってるから」

「うん、今日は楽しかったよあくあちゃん。本当はずっと傍にいてあげたいけどママもちょっと用事があるから、残りのお仕事がんばってね」


 俺は地下駐車で母さんと別れると、搬入用のエレベーターに乗ってポップアップショップのあるフロアへと向かう。藤百貨店と契約しててバルコにポップアップショップを出すのは大丈夫なのかと思ったが、そこらへんもちゃんと許可は取ってあるらしい。


「あっ……あーちゃん!」


 ポップアップショップのあるフロアに到着すると、すぐにしとりお姉ちゃんと会った。

 おそらく母さんが連絡してくれたのだろう。ありがとう母さん。


「それでどうなってるの?」

「売り上げは順調なんだけど……その、すごい人だから覚悟してね?」


 え? 覚悟いるの? 俺はしとりお姉ちゃんの後に続いて、搬入エリアから一般通路へと出る。するとその瞬間、悲鳴に近いような大歓声に襲われた。


「きゃああああああああああああああああああああああああああ!」

「あくあさまああああああああああああああああああああああああ!」

「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ……」

「愛してるよおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「好き! 好き! 好き! 好き! 大好きいいいいいいいいいいい!」

「会いにきたよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「本当に来たああああああああああああああああああああ!」

「結婚してええええええええええええええええええええ!」


 正直あまりの声の音量に何を言っているかは聞き取れない。

 それでも俺はみんなに笑顔で手を振って応える。こんなに来てくれるなんて嬉しいなぁ。


「はわわわわ」

「その笑顔、プライスレス」

「とりあえず拝んどこ、ありがたやー、ありがたやー」

「我が人生悔いなしっ!」

「笑顔だけで子供産めそう」

「映像より生の方が百万倍いい男とか」

「ふわぁ……この距離でもういい匂いがしゅるよぉ」

「念の為にオムツ穿いてきてよかった。視線が合った瞬間にドキッとしたもん」

「すみませーん、係員さーん。倒れちゃった人がいるんですけど」


 あれ? 今、倒れた人いなかった? 大丈夫?

 倒れた人はすぐに係員さんが駆けつけて、別階に用意してある救護室へと運ぶ。

 何事もなければいいけど、みんなまずは自分の体調を1番に考えてね。俺がそう言うとまた倒れた人がいた。ねぇ、本当にみんなまずは体調を1番に考えてよ。

 ようやくポップアップショップに到着すると、すでに3人は揃っていた。


「あっ、あくあきた」


 最初に気がついたのはとあだった。


「もー、早くこっちに来て手伝ってー」

「あいあい」


 そんな事を言っていたとあだが、隣に立つと小さな声で午前中はお仕事お疲れ様と囁いてくれた。

 この飴と鞭よ……。とあが女の子だったら俺はきっと弄ばれてたな。そんな気が強くしてる。

 ちなみにとあはカウンターに立って、みんなとお話ししていた。


「そこのお姉さん、今日はどこから来たの?」

「北海道から、とあちゃんに会いに来ちゃった!」

「うわぁ、そんな遠くから来てくれてありがとう!」


 1人のお客さんにそう話しかけたと思ったら、次のお客さんに立て続けに話しかける。


「ねね、そこの君。誰のグッズ買ったの?」

「あ……あくあ様のペンライト買いました」

「えっ……あくあのだけ? 僕のは買ってくれないの?」

「買います、すぐに買わせていただきます」


 おい! さりげなく俺のファン取ってるだろお前!

 俺はススっと会話に割り込んで、俺のペンライト買ってくれてありがとねと言っておく。

 全く、油断も隙もない。てへぺろしても誤魔化されないからな!

 とあの奥にいた慎太郎を見ると、商品を入れた袋をお客さんに手渡ししている。


「商品のご購入ありがとうございました。またのご利用よろしくお願いします」


 慎太郎も最初は女の子をいっぱいみただけで倒れてたのに、すごく成長したなと思う。

 一人一人のお客さんと目を見てお礼を言って商品を渡す。でもその後には、ちょっと表情を崩して手を振る慎太郎の仕草に、お姉さんたちからも自然と笑みが溢れる。

 そしてレジカウンターの一つには天我先輩が立っていた。レジ打ちする姿が独特で、なんかちょっとかっこよくて中学2年生で止まってる心の一部分がソワソワする。お客さんもアキラくんのレジ打ちかっこ良すぎと騒いでいた。


「ターンっ!」


 いや、先輩、流石にレジ打ちの効果音はいらないって……でもお客さん喜んでるからいいのか?

 俺もとりあえずどこかにヘルプに入るかと思ったが、後ろから誰かがトントンと肩を叩く。


「あくあ君はこっち」


 俺の肩をたたいたのは阿古さんだった。

 阿古さんに案内されたのは、すぐそばに造られた簡易のブースである。


「みんなはもうやったから、次はあくあ君がお願い。はいっ!」


 そう言って阿古さんが俺に手渡したのはマジックだった。

 なるほどね。俺はなんとなくその意図を理解した。


「商品の購入が終わった方は、是非ともこちらにもお並びください! 今から人数限定で白銀あくあのサイン会を開始いたします」


 まさかの人生初、サイン会である。

 阿古さんが呼びかけると、すぐに俺の前に列ができた。

 俺は最初に並んでくれた人に声をかける。


「今日はありがとう。お名前聞いてもいいかな?」

「あっ、あっ、あっ……」

「大丈夫、ゆっくりでいいからね」

「あ……佐藤しおりっていいましゅ……」

「しおりちゃんね。了解」

「し、しおりちゃん……」


 佐藤しおりちゃんへ、白銀あくあより、今日は来てくれてありがとう。


「はい、今日は本当に来てくれてありがとうね」

「ひゃ……ひゃい……」


 俺はサインしたクリアファイルをしおりちゃんに手渡す。

 その瞬間、後ろがざわついた。


「嘘……だろ……」

「待って、私の知ってるサイン会じゃない……」

「えっえっ、名前とか書いてくれるの?」

「しかも下の名前呼びとか、こんなの捗っちゃうでしょ」

「これが……無料?」

「有料オプションじゃないの!?」

「しかも会話できる……だと?」

「最後、握手してなかった?」

「生きててよかったっ!」

「今まで辛い思いをいっぱいしてきたけど救われた」

「さすがあくあ様、私たちの知ってる常識を普通に壊してくる」

「ああ……神よ!」


 俺はしおりちゃんのサインを終えると、次の人とも同じように会話をしてメッセージを書き込んでサインする。

 そして握手をした後に、また次の人とそれを何度も繰り返していく。

 ちょっと疲れてきたかなと思ったところで、ちょうど列が途切れる。

 流石は阿古さん、どこで区切ればいいのか俺のことがよくわかってるなと思った。

 本当はもっとしたかったけど、明らかに全員にするのは無理なのでそこは切り替える。


「みんな、もうそろそろ閉店するから最後にもう一つだけいいかな?」


 俺たちは顔を見合わせて頷く。本当ならこの後CRカップの本番のために、とあと俺はもっと早い段階で撤収する予定だったけど、今日はそれも中止になったから余裕がある。どうせなら最後の最後までやり遂げたい。

 俺たちは阿古さんに誘導されて裏の搬入エリアから一階へと向かう。

 今日のバルコはこのポップアップショップのために、来る人が混乱しないように入口と出口を固定してる。俺たちは出口へと向かうと、パーティションで区切られた外側に左右に分かれて立つ。お客さんはその内側を通る手筈になっている。


「みんな、今日はありがとう!」


 とあはみんなに向かって手を振る。引きこもりだったとあの姿はそこにはもうなかった。


「気をつけて帰ってね」


 慎太郎も以前に比べたら普通に女の子と接することができている。心なしか言葉も先ほどより柔らかくなっている気がした。


「フハハハ! また会おうお前たち!!」


 天我先輩は相変わらずだったけど、それが逆に安心する。


「みんな今日は来てくれて、そして俺たちのグッズを買ってくれてありがとう。また会おうね!」


 俺たちはひたすら手を振り続けた。

 そうずっとずっと立ちっぱなしで手を振り続けたのである。

 流石に3人は疲れたのか、全てが終わった後は地べたに倒れた。


「3人ともお疲れ様」

「あくあはなんでそんなに元気なのさ?」


 俺は倒れたとあを引っ張り上げる。


「これでも一応鍛えてますし、慣れてますから」

「ふーん、ま、いっか」


 俺は天我先輩や慎太郎の事も引っ張り上げる。


「流石にちょっとお腹が空いたな」

「慎太郎、実は俺もそう思ってたところだ」

「それならみんなで飯を食いにいくか。今日は俺の奢りだ!!」

「おー、パチパチ!」


 4人で盛り上がってると、阿古さんが俺たちのところにやってきた。


「どうせなら今日はみんなで食べましょう。私の奢りよ」


 阿古さん曰く、手伝ってくれた人たちと一緒に食事をできるように整えてくれていたらしい。

 こういう機会でもなければ、会社の人たちを労う事もできないし、俺たちは素直に阿古さんの言葉に甘えることにした。

 ちなみに食事会では、俺の隣の席は桐花さんだったんだけど、調子に乗ってあーんしたら固まっちゃったんだよね。流石にちょっと馴れ馴れしすぎたかな? でも桐花さんはちゃんと食べてくれたし、よかったよかった。

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[一言] お客さんの中にあくあ教徒がいた(笑)。
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