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白銀あくあ、本当に変わらなければいけないのは誰?

『デート、楽しみだね』


 俺はカノンからもらったメールを見てニヤける。

 あの日以来、カノンも俺もお互いに予定が合わなくて、なかなかちゃんと会うことができてない。この前は偶然にもイベントの最中で出会うことはできたが、あの状態じゃ落ち着いて話もできなかったからなぁ。

 俺としては改めてカノンに会って好きだってことを伝えたいし、近いうちに家族や阿古さんにもカノンを紹介して、真剣にお付き合いしていることを伝えようと思っている。もちろん、カノンのご家族にもご挨拶しなければならない。今回はそのためのお話も兼ねたデートである。

 本当はもっと愛を育む時間というか、お互いをよく知ってそれからと段階を踏んで行きたかったが、カノンと俺、2人の立場を考えると、そう長い間、秘密の恋を続けるのは無理だろうと思う。だからせめて、自分達の信頼している人たちには俺たちが付き合っていることを伝えておきたいと思った。カノンもペゴニアさんには打ち明けてるし、俺もとあや黛、天我先輩には知っておいてほしいと思ってる。

 そして今日、俺はカノンとは別に、これからのことについて話をしないといけないもう1人と会うために、とある場所へと向かっていた。さて、どう伝えようかな。そんなことを考えていたら、俺の乗っていた車が目的地に到着したのかゆっくりと停車する。


「白銀様、目的地にご到着しました」

「ありがとうございます」


 俺はここまで送ってくれた施設の職員である運転手さんに感謝の言葉を述べると車から降りる。


「お待ちしておりました白銀様」


 スッと通った大人の女性の声、どうやら真面目な彼女はエントランスで俺が来るのを待っていたみたいだ。


「お久しぶりです深雪さん」

「ええ、本当に……お久しぶりです。白銀様」


 目的地のタワーマンション、その地下に造られたエントランスで、俺の搾精担当官を務める深雪さんが待っていた。

 今日の深雪さんはいつものキリッとした軍服のような制服ではなく、普段着のようなルームウェアを着ている。こうやってプライベートな深雪さんの姿を見るのは初めてなので、少しびっくりした。


「今日はわざわざ私の自宅にまでご足労頂いてすみません」

「いえ、こちらこそ気を使わせてしまってすみません」


 深雪さん曰く、最近は施設の近くに不審な人物がうろついているらしい。実は俺の家の近辺でも不審者らしき人が現れたらしく、数日前にも家の近くにパトカーが十数台も集まっていた。しかもそのパトカーが道を塞いだ事によって、偶然にも運送中か何か知らないけど戦車が道に停まっていたりとか、自衛隊の人までいっぱい外に出ていたんだよね。そのせいか空中に数台のヘリが飛んでいたりとか、まるで何かの映画の撮影をしているような現実離れした雰囲気ですごくびっくりした。アレは本当になんだったんだろう……。

 そういう理由もあって、俺たちは今回、間をとって深雪さんの自宅で会うことにした。もちろんカノンに勘違いはさせたくないので、このこともちゃんと伝えている。


「私の部屋に行きましょう」

「あ……はい」


 いつもはクールな深雪さんだが、今日は少し気落ちしているような気がする。気のせいだろうか?

 深雪さんと一緒にエレベーターに乗ると、うなじから彼女の匂いがふわりと漂って鼻先をくすぐる。深雪さんはお風呂上がりだったのか、エレベーターという狭い密室の中に、彼女が使った良い匂いのシャンプーだかボディーソープの匂いが充満していく。甘くて柔らかな匂い……よく見ると深雪さんの白い肌が、ほんのりとした優しげなピンク色に包まれていた。


「こちらです」

「お邪魔します」


 深雪さんのお家は、そのクールな見た目からは想像できないほど、女の子らしい部屋だった。

 パステルピンクを基調とした可愛いインテリアは、ふわふわとした感じでありながら深雪さんらしく整理整頓が行き届いているし、ベッドなんか皺一つなくきっちりとしている。でも、ベッドの上に多くのぬいぐるみが置いてあって、そこがまたギャップがあって可愛いなと思ってしまう。


「へぇー、深雪さんはこんな素敵なところに住んでいるんです……ね……?」


 俺は深雪さんの部屋にあったものを見て驚く。いや、正確にいうと固まってしまった。

 部屋の天井から普通に吊るされた洗濯ハンガーが俺の視界に入る。あまりにも無防備な深雪さんに、もう少し危機感を持ってほしいと思いつつ、俺は当然の紳士的なマナーの一つとしてスッと視線を逸らす。この光景は、童貞男子高校生の俺にはあまりにも目に毒だ。


「どうかされましたか?」


 俺がそんなしょうもない事を考えていると、深雪さんが俺の首筋に吐息をかけるようにそっと囁く。そして、ゆっくりとその全身を俺の方へもたせかける深雪さん。びっくりした俺は、びくんと体を反応させる。

 やはり今日の深雪さんはどこか様子がおかしい。違和感を察知した俺は、話を進めようと、深雪さんの両肩に手を置いてぐいっと体を離す。


「深雪さん。実は今日が話があって……」

「聞きたくありません!」


 深雪さんは強引に俺の胸元に飛び込んでくる。それを受け止めようとしたら、足元のカーペットの上に置かれたクッションに足を引っ掛けてしまい、俺の体が後ろに倒れ込む。あ、やばい……と思ったが、後ろにあったベッドがクッションになって助かる。


「白銀様……」


 ベッドで仰向けになってしまった俺の体の上に美雪さんは跨る。


「私の事にはもう興味はございませんか?」


 深雪さんはキャミソールの上に羽織っていたカーディガンをカーペットの上に脱ぎ捨てると、下に着ていたキャミソールの裾に手をかけて一気にたくし上げようとする。


「私、知っているんですよ。白銀様からあんなにも熱い視線を送られたら、鈍い私だって流石に気が付きます」


 俺は深雪さんの言葉を否定できなかった。俺だってアイドルといえどプライベートの時は1人の男の子、男の子が女の子の胸部に興味を持つのは自然な流れだと思う。ごめんアキオさん、あんなにも女性の胸には注意しろって口すっぱく言ってくれてたのに、もうこれ以上、俺はその気持ちを、自分の心を偽ることができない。


「私からすれば、こんなただの肉の塊のどこが白銀様にとっていいのかはわかりませんが、それでも白銀様に需要があるのでしたら嬉しく思います」


 深雪さんの大きすぎる圧が俺へと迫る。

 くっ、こんなところで俺は負けてしまうのか!?


『負けるな! 立ち上がれ!!』


 誰かが俺の心の中でそう叫んだ。


『剣崎……お前はドライバーじゃないのか!!』


 ドライバー……? 俺は心の中の声に耳を傾ける。

 すると見覚えのある人物がぼんやりと浮かび上がってきた。


『お前が子供たちのヒーローだって、ドライバーだっていうのなら立ち上がって見せろよ!!』


 て……天我先輩!!

 そうか! これはマスク・ド・ドライバーの38話のシーンだ!!

 神代役の天我先輩が、倒れた剣崎に向かって大きな声で奮起を促すのである。


『最後まで希望を捨てるな! 諦めたら、そこで全てが終了だ』


 そうだ……思い出せ、思い出すんだ白銀あくあ!

 お前はマスク・ド・ドライバー、ヘブンズソード、剣崎総司だろ!!

 子供たちを! ドライバーのファンの子たちを裏切っていいのか! そうじゃないよな……!

 何よりも俺が胸部を見たい人は誰だ? 胸を張って答えてみろよ、白銀あくあ!!


『TENGA先輩……俺、俺……がみたいです。カノンの、カノンのがみたいんです』


 俺は目の前のオムネ・サマーに負けそうになった自分を再び奮い立たせる。

 もちろん、奮い立たせるのはもう1人の自分のことではない。そっちが奮い立ってしまったら取り返しのつかない事になってしまうからな!

 俺は……俺は絶対にカノンのものを見る! だから俺はカノン以外の、他の人のものに負けるわけにはいかないんだああああああああ!

 それは俺の中の本音、そして強く大いなる意志だった。


『よく言った剣崎……いや、白銀あくあ。もうお前は大丈夫だ』


 穏やかな顔をした天我先輩がゆっくりと俺の中から消えていく。

 ありがとう俺の心の中の天我先輩、俺はもう惑わされたりなんてしません!

 この間、わずかに三秒。俺は穏やかに、それでいて全てを達観したような表情で深雪さんのことを見つめる。


「深雪さん……ごめん。確かに深雪さんはすごく魅力的だし、ずっと見てたことは謝るよ。もちろんその……深雪さんの事を使わせてもらったこともあります。その事については謝らせてください。でも、とりあえず一旦は落ち着きませんか?」


 素直に事実を認めて謝る。それが俺の導きだした答えだ。

 確かに俺が深雪さんのことをそういう目で見ていなかったといえば嘘になる。

 だから俺はそこを誤魔化すことはしない。子供たちに誤魔化す姿を見せたくなかったからだ。

 潔く事実を認めて、その上で俺は深雪さんの説得を試みる。

 そんな俺の浅はかな思惑を、深雪さんはいとも簡単に上回ってきた。


「白銀様……私、知っているんですよ、白銀様は私のデータを何度も何度も使って致しましたよね? それって、私をそういう対象として見てくださったということじゃないんですか?」


 すぅ……まぁ、そっすね……。

 改めて事実を正確に指摘された俺は、深雪さんからスッと視線を逸らす。

 何でそのことを深雪さんが知っているのかはわからないけど、全てがバレてしまっている恥ずかしさと、本人に許可なく勝手にデータを使ってしまった後ろめたさが込み上げてくる。


「だったら、どうしてそんな器具じゃなくて、本物の方を使ってはくれないのでしょう? 絶対に私のものの方が、機械なんかよりも白銀様のことをよくしてあげられるのに……」


 深雪さんは見覚えのある器具を両手でしっかりと持つと、艶のある表情でその器具に頬擦りした、


「私で良ければご奉仕させてもらえませんか? その上で捨ててくださっても構いませんし、おそばにいさせてくださるのであれば、私の事を都合よく使ってくれて構いません」


 ゆっくりと俺の体の方へと倒れ込む深雪さん。その体温の熱っぽさと、柔らかな肌が生々しい。


「やっぱり……白銀様は、私なんかの体でもこんなにちゃんと反応してくれるんですね。それなのに……白銀様、私の事が、深雪の事が嫌いになったんですか? 直します。あなたの嫌いなところを全部。だから……だから! これ以上のことを望むようなわがままなんて言いませんから、ただ、お手伝いできるだけでいいんです。お願いだから私の事を捨てないでください。白銀様の望むこと、なんでもしますから……」


 深雪さんの表情はすごく辛そうだった。

 女の人に、深雪さんにこんな辛そうな顔をさせていいのか? 女の子を笑顔にしたいと、そう言った俺がこんなにも1人の女性をこんなにも悲しませてしまっている。


「白銀様、私は……私は……白銀様の担当官ではなく、ただの1人の深雪ヘリオドール結として貴方様を、アイドル白銀あくあではなく、ただの白銀あくあとして出会ったあの時からずっと、ずっとお慕いしております」


 涙を流しながら告白する深雪さんを見て、俺の胸が苦しくなった。

 ただの白銀あくあとして出会ったあの時、つまり俺がアイドルになる前から深雪さんは俺に恋心を抱いていたことになる。そんな時から俺の事を好きでいてくれたなんて、鈍感な俺は気がつく事ができなかった。

 俺は深雪さんの体を強い力でぎゅっと抱きしめる。深雪さんもそれにはびっくりしたのか、ハッとした表情で俺の顔を見つめ返す。今まで会話をしていてもどこか視線の合わなかった深雪さんとやっと目があった気がした。


「深雪さんの気持ち、すごく嬉しいよ……だから、その気持ちに気がつく事ができなくてごめん。でも、俺には、好きな人が、既にお付き合いをしている大事な人がいるんだ」


 俺は深雪さんの心に語りかけるように、優しい口調で話しかける。

 カノン本人から直接聞いたわけではないけど、自分の恋人が他の女の人とそういう事をするのは普通に嫌なんじゃないかって思った。俺はカノンの事を大事にしたいし、カノンの事を1番に考えてあげたい。だから今日、これからの搾精は1人で行いたいという事を担当の深雪さんに伝えようと思っていた。

 まさかその事をこんな形で伝えることになるとは思っていなかったけど、真剣に告白してくれた深雪さんには全てを包み隠さず自分の気持ちを話したいと思う。


「その人のことが大事だから、俺はその人が悲しむような事はしたくないんだ。だから俺は、深雪さんの気持ちには応えられない。ごめん……」


 落ち着かせるために抱きしめていた腕を緩ませると、深雪さんはそれを解くようにゆっくりと体を起こす。


「白銀様が私と会う頻度が落ちたのは、私のことが嫌いになったとか、そういうわけじゃないと……?」


 俺は無言でコクリと頷いた。

 心なしか、深雪さんの表情を見ると、今日最初に会った時のような思い詰めたような感じがなくなっているように見える。俺が伝えたかったことが深雪さんに通じたのかもしれない。


「わかりました。では、その人を説得します」

「え?」


 あれ? ちょっと、待って、今なんて?


「つまりお付き合いされている方が嫌じゃなかったらいいってことですよね?」

「え、でも……」


 俺の言葉は深雪さんの言葉によってかき消される。


「では、私が白銀様のお付き合いされている方を説得します。確かカノン殿下ですよね?」


 え? ちょっと待って、何で知ってるの?

 俺がびっくりした顔をしていると、深雪さんが不思議そうな表情で首を傾けた。


「私は白銀様の担当官ですよ? そのくらいのことは把握しています」


 深雪さんは、さも知っていて当然ですよね見たいな顔をしていた。

 あれ? もしかして俺の知らない間に、周りの人たちにも普通にバレちゃってるってこと?

 だめだいろんな事がありすぎて頭が混乱してきた……。


「ふふ、それじゃあ絶対に説得してみますね。ですから次回は、ご安心して私の事をご利用ください。あ……今日は自分でなさいますよね? わかりました……。本当は手伝いたいけど、今日だけは我慢します。それでは私は、ラウンジで時間を潰してきますね。終わったら連絡ください。それと……私の部屋にあるものでしたら何でも使っていいのでお好きにどうぞ」


 珍しく饒舌な深雪さんにびっくりした。深雪さんはさっきまでハイライトが消えて澱んでいた目をしてたが、今はその目がキラキラしている。思いもよらぬ方向に話が進んでいるが、俺はびっくりしすぎて固まってしまった。


「それでは私は一旦ここで失礼します」

「え、ちょっと待って、え……?」


 俺を残して部屋を出ていく深雪さん。

 1人取り残された俺は、深雪さんの部屋の中で茫然とした。

完全版はノクターンで公開しています。


この作品の略称をTwitterにて投票受付中です。


https://mobile.twitter.com/yuuritohoney


森川楓こと○○スキーの日常回のお話を投稿しました。

せっかく開設したからにはこっちも有効活用したい……。


https://fantia.jp/yuuritohoney

https://www.fanbox.cc/@yuuritohoney

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― 新着の感想 ―
[良い点] ノクターン版ではこの後説得出来たんだろうか?あの時に再会してから目標達成した後まだ未登場だから気になるゾ [一言] 渡された下着でナニしたかはノクターン版をチェックだ
[良い点] 本妻に妾の許可を取りに行く… …男に打つ手どころか、ぐうの音もでんわなあ
[良い点] この行動力こえーよw [一言] おっぱい神!…もといTENGA神!!
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